海外情報   畜産の情報 2018年11月号


ブラジルにおける採卵鶏を中心としたアニマルウェルフェアの取り組みに関する一考察

調査情報部 佐藤 宏樹、新川 俊一



【要約】

 ブラジルでは、EU向けに畜産物輸出が本格化した2000年代初頭以降、輸出企業はアニマルウェルフェアを意識し始めた。現時点でアニマルウェルフェアに特化した具体的な規制を設けた法律はないが、今後、政府はアニマルウェルフェアに関する基本的な原則を盛り込んだ法案の法制化を検討中である。
 一方、輸出企業は、EU市場からの要請もあり、輸出市場でのシェアを確保するため、積極的にアニマルウェルフェアに取り組んでいる。

1 はじめに

欧州においては、1960年代以降、集約的な畜産に対して批判が高まり、動物の5つの自由(注1)を中心にアニマルウェルフェア(以下、「AW」という)の概念が普及した。

現在、AWの考え方に対応した家畜の飼養管理については、EUではEU指令で規定され、EU各国は指令に基づき法制化している。一方、米国、カナダ、豪州などでは、国全体として規制はないものの、一部の州において、州法で規定しており、企業によっては、独自にAWに関する点検項目を含んだGAP(農業生産工程管理)のガイドラインを策定しているところもある。

このように、AWの考え方に対応した飼養管理の在り方については、畜産の発展の歴史や産業としての位置付けなどを背景に、気候、文化および消費者意識などの要因の影響を受けるため、各国の取り組みはさまざまである。

一方、国際獣疫事務局(OIE)(注2)では、「陸生動物衛生規約(以下「OIEコード」という)」において、AWに関する勧告が順次採択され、国際的な認識となっている。

AWを取り巻く情勢が変化する中、ブラジルでは、EU向けに畜産物を輸出する企業がEU市場の影響を受けていることに加え、リオデジャネイロオリンピック・パラリンピック(2016年開催)の食材調達基準において、AWの考え方が配慮されていた。ブラジルでの取り組みや考え方は、わが国が今後、畜産物の輸出を拡大していく上で、参考になるものと考える。

そこで、本調査は、ブラジルにおいて、関係者からのヒアリング等を基に、AWに関する政策の基本的な考え方や、採卵鶏を中心としたAWの取り組みの現状を把握し整理することにより、今後のわが国におけるAWの考え方に対応した飼養管理の検討の一助になることを期待するものである。

なお、「アニマルウェルフェア」は、家畜のみではなく動物全般に対して用いられる用語であるが、本稿では、その対象を家畜に限定して用いた。

(注1) 5つの自由(Five Freedom)
①「飢えと渇きからの自由」

②「不快からの自由」

③「痛み、傷、病気からの自由」

④「正常行動発現の自由」

⑤「恐怖や悲しみからの自由」

(注2) 国際獣疫事務局(OIE)は、1924年に発足した世界の動物衛生の向上を目的とした政府間機関で、動物衛生や人獣共通感染症に関する国際基準の策定等を行っている。

2 AWに関する基本政策

(1)2000年までの動き~環境保護政策としてのAW~

ブラジルは、赤道をまたぎ広大な国土を有し、世界最大の熱帯雨林であるアマゾンを擁する。しかし、ブラジルでは、1980年代に入って、そのアマゾンを中心に環境破壊が続き、このような状況への国際的関心が高まっていった。このような背景の下、1988年の新憲法制定においては、環境問題と並んで動物の虐待を禁止する旨の規定(第225条)が盛り込まれ、次いで1998年に制定された環境犯罪法においては、動物を傷つけたり、虐待したりした場合の罰則(3カ月~1年の懲役と罰金)が設けられた。このように、この時代、環境保護政策の一つである野生動物の保護と関連して、家畜を含む動物の虐待などについて規制された。

(2)2000年以降の動き ~家畜を対象としたAW~

1990年代、EU向けの畜産物輸出は低調であったが、2000年代に入ると、急速に拡大することになる(図1)。この変化は、政府に、EUにおける動物保護政策を意識させるきっかけになっていった。EUが91年に「輸送中の動物の保護基準」指令、93年に「と畜又は殺処分時の動物保護基準」指令を制定すると、ブラジルは数年遅れではあるが、畜産物輸出に関連する家畜の輸送・と畜時においてAWに配慮するための技術的指針等を策定している。ブラジルとしては、EU市場の要請に応じた対応を図る必要があったものと考えられる。

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2005年に「5つの自由」を盛り込んだAWに関する基本原則が、OIEコードに位置付けられたことを契機に、ブラジルでも2007年、「動物福祉に関する連邦法案」が策定された。この法案は、国全体でAWに関して規制を設けるもので、妊娠豚の群飼養の義務付け、採卵鶏のケージ飼いの禁止などが規定された。しかしながら、議会で賛同を得られず不成立となっている。ブラジル農牧食糧供給省(MAPA)によると「当時の生産実態と大きく乖離していたため、生産者等が反対したことが大きかった」(2018年8月ヒアリング、以下同じ)と不成立の理由を明らかにしたが、これは初めての生産現場におけるAWの法制化に向けた動きであった。

現在、政府は、AWに関して主に二つの政策を進めている。まず、OIEコードにもある「5つの自由」を盛り込んだ基本的原則の法制化である。次に、生産者による自主的な取り組みを促すためのAWの考え方に対応した家畜の飼養管理のガイドラインの作成である。

前者については、国際的議論が進む一方で、2007年の法案が成立しなかったものの、基本的原則を法律で位置付けることは、OIEなどが定める国際基準との整合性の観点からも、政府は重要な政策と位置付けている。

後者については、政府は、養豚生産者協会(ABCS)と連携して、科学的根拠に基づいたガイドラインの作成作業を進めている。さらに、畜舎や施設の要件を課した場合の生産性への影響を科学的にも評価している。なお、養豚を中心に作業が進められているが、採卵鶏については、生産者の全国団体が存在しないため、生産者の意見を集約するのが難しく、具体的な作業は停滞している。

以上のように、政府としては、基本的原則の法制化と生産者による自主的な取り組みを促すことをAW推進政策の中心に位置付けている。

(3)採卵鶏のバタリ-ケージ飼い

前述の通り、採卵鶏のバタリーケージ飼いは法律で禁止されていない。その理由について、MAPAは「法律で規制することは、生産者の権利等を制限することになるが、社会からの強い要請や消費者の保護など社会的必要性がなければできない。現時点では法律で規制するだけの合理的な理由はない」としている。

他の関係者も同様の意見であった。ブラジル農牧研究公社(EMBRAPA)によると「採卵鶏の生産構造は、零細経営が主体で生産者の90%以上がバタリーケージを採用している。今後も、新たな投資を伴う飼養形態の変更は困難」とした(写真1)。

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また、鶏肉、鶏卵、豚肉の生産・輸出企業で構成するブラジル動物性タンパク質協会(ABPA)は「採卵鶏の主産地であるサンパウロ州北部では零細な生産者が多く、飼養形態の変更による生産量の減少が経営に大きく影響する」という。

以上のように、政府としては、国全体でバタリーケージ飼いを法的に規制することには否定的であり、生産者の大半は国内市場向けに出荷しており、畜舎・施設の改修を伴うような飼養管理の変更に消極的な状況であった。

3 考察

(1)自由貿易協定との関連性

EUは、AWに関連した政策をいち早く進展させた。例えば、採卵鶏の飼養管理でみると、飼養規模350羽以上の農場において、①平飼いなどのケージを用いない飼養、②エンリッチドケージを用いた飼養、③エンリッチドケージ以外のケージ(バタリーケージなど)を用いた飼養に区分して基準を規定している。このうち、③については、2012年1月1日以降全面禁止となっている(表1、写真2、3)(採卵鶏の保護のための最低基準に関する理事会指令)。

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このような飼養形態の変更は、卵に限らず、畜産物の生産コストの上昇を招き、域外の生産者との競争が不利になるとの意見が生産者からあった。

WTO(世界貿易機構)・SPS協定(衛生植物検疫措置の適用に関する協定)において、AWは対象とされていない。つまり、多国間の貿易ルール上の規律はない。

しかしながら、二国間や複数国間で合意が得られれば別である。実際、EUは、チリ、中米(コスタリカ、エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス、パナマ、ニカラグア)、コロンビア・ペルーとのFTA(自由貿易協定)の締結に際し、FTAのSPS条項の対象にAWを位置付けている。これは、EUとの貿易において、動物の重大な疾病や植物の有害な病害虫の発生に伴う際の輸入停止措置のような貿易制限が、AWにも適用される可能性を有することを意味するものと考えられる。なお、メルコスール(ブラジル、ウルグアイ、パラグアイ、アルゼンチン、ベネズエラ)とは、SPS条項にAWを位置付けるかは最終的に決定していない(EUは盛り込むことに強い意向を持っている)。

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今回の調査において、「EUとのFTAが締結された場合、輸出に際しEUと同水準のAWの規制が求められるのではないか」という質問に対し、政府関係者は「EUの目的はAWに関して相互理解の醸成であり、同様の規制を求めることではない」とした。現時点での政府関係者の見方は、EUの政策に同調する国を増やすことであるというものであった。

しかし、EUにとっては、実際にFTAが発効し関税が削減されれば、域外からの安価な畜産物がマーケットシェアを高めることも想定される。畜産物によっては、生産コストの差が関税等で埋まらずに域内生産者の不満が高まることは否定できない。その場合、EUがAWに関して、FTAを結ぶ輸出国になんらかの対応を求めるのかは今後注目すべき点と考える。

(2)企業戦略との関連性

輸出企業や大手生産者はAWに取り組んでいるが、その取り組みを①輸出戦略、②企業イメージの確保と関連付けて考えていた。

まず、輸出戦略について、複数の企業は「EU企業から取引条件として、AWの取り組みが求められる」との回答であった。

具体的な事例でみると、ファストフード大手マクドナルド社は自社のホームページで、AWの重要性を強調し、製品はAWに配慮して生産された食材を用いているとしている。また、ブラジルを含む主要市場で、遅くとも2025年までに100%ケージフリー(いわゆる「平飼い」)で生産された卵に切り替えるとし、すでに英国、ドイツ、フランスなどでは、このような鶏卵を食材とした製品を販売している。英国に拠点がある小売業大手のテスコも自社のホームページで、販売する食材の生産段階等において、AWの向上に取り組むとし、2025年までに100%ケージフリーで生産された卵に切り替えることも表明している。

多国籍企業やEUの小売業等のニーズを受け、ブラジルの大手食肉生産・輸出企業であるBRFおよびJBS(注3)は、グローバルGAP(注4)の取得に加えて、妊娠豚のストール飼いなどを全面的に禁止することを表明している(表4)。このような企業は輸出市場でシェアを確保するため、海外の小売業者等が求めるAWへの取り組みを進展させる必要があり、企業としては、畜舎・施設の改修を伴う取り組みにも積極的に投資を図るなど、AWの取り組みを輸出戦略の一つの柱に位置付けている。

(注3)BRF:2009年に、鶏肉生産第1位のSadia社と第2位のPerdigao社が合併してできた食肉企業。鶏肉および豚肉の生産、輸出量は国内第1位。
JBS:ブラジルに本拠を構える多国籍企業。世界の食肉企業の売上高で第1位の業界最大手企業。

(注4)主に欧州で普及している生産工程管理の取り組みの認証。

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また、今回の調査では、AWに関して、企業は自社のイメージの損の防止をいかに図るかに注力していることが明らかとなった。

現在、若者の多くは、ツイッター、フェイスブックなどSNSを利用するが、都市部に住む彼らは畜産の現場を知らないことが多々ある。このため、畜産のネガティブな情報に接すると、正しい理解のないまま、誤った情報を広く発信・拡散することがあり、国境を越えて、輸出相手国であるEU等の消費者に対してもイメージダウンにつながる場合もあるという。企業のイメージは、消費者の企業への理解と製品への信頼によって確立されるが、特に消費者の理解については、AWの取り組みと消費者の理解をいかに結び付けるのかが重要と考えていた。

この結び付きには「透明性の確保」が重要である。企業では、独自にAWに関する点検項目を含むGAPのガイドラインを策定・見直し等を行っているが、検討に当たっては、企業内に留まらず、大学関係者などの外部有識者や消費者も参画し、多様な意見を聴いているとのことであった。AWに関する企業の取り組みを可能な限りオープンな形にすることで、自社の取り組みを国内外に広く知らせ、企業のイメージの確立に注力していた。

今後、EUとメルコスールのFTAが締結された場合、EUとブラジルの食肉貿易分野における関係性はより深まり、このような取り組みの重要性は増してくるものと考えられる。

(3)消費者の購買行動との関連性

ブラジルにおける消費者の購買行動に触れる前に、まず、EUの消費者行動とAWとの関連性を述べたい。欧州委員会が域内の消費者に対して実施した調査(2005年6月発行、これ以降の公式の調査はない)によると「卵を購入する際に、飼養形態を意識するか」という質問(EU25)に対し、「放し飼い飼養(free-range or outside)のものを購入」が38%、「平飼い飼養(non-caged indoor)」が10%、「エンリッチドケージ」が5%と、飼養形態を意識しAWに配慮したものを購入する意向を示す者は約5割を占める。

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次に、「採卵鶏のAWの取り組みに対し、対価を支払うか」という質問に対し、「支払わない」が34%だったものの、「価格の5%支払う」が25%、「10%支払う」が21%、「25%支払う」が7%、「25%以上支払う」が4%と、支払う者の割合は57%で、全体の5割を超える(図3)。

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このように、EUでは採卵鶏の飼養形態が消費行動に影響を及ぼし、AWの考えに対応した飼養管理に応じて対価を支払うことを認めている。

今回の調査において、ブラジルにおけるAWについての消費者意識を把握することはできなかったため、今回の市場調査および関係者からのヒアリングを基に考察する。

サンパウロ市などのスーパーマーケットにおいて、卵の販売状況を調査した(表5)。卵の販売形態については、独立した卵売り場を設けている場合と、野菜売り場と併設している場合があった。前者の場合、消費者は平飼い飼養の卵(放し飼い卵を含む、以下同じ)、あるいは有機卵を選択できるものの、取扱数量は通常の卵が売り場面積を圧倒的に占めていた。後者の場合、野菜の陳列台の下に設けた棚に無造作に置かれ、平飼い飼養の卵などの販売はなく、全て通常の卵であった(写真4〜7)。

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価格をみると、平飼いで生産された卵の単価は、通常の卵の約2倍であった。

関係者へのヒアリングによると、以下のとおりであった。

①サンパウロ州スーパーマーケット協会

「一般的な消費者はAWには関心はなく、卵を購入する場合、価格重視で飼養形態を意識することはない」

②ブラジル動物性タンパク質協会

「消費者はAWに配慮した飼養管理を望んでいるものの、対価を支払ってもよいという者はほとんどいない」

③ブラジル農牧研究公社

「平飼いで生産された卵は5%程度である。平飼い卵の生産量が少ないこともあり、小規模の生産者が一部の消費者向けのニッチな市場として出荷しているのに過ぎない。大規模生産者は、ケージ飼いに比べ2~3割上がる生産コストに見合うだけの価格転嫁が見込めないと判断している」

④企業関係者

「若者を中心にAWの関心は高まっている。それでも、全体から見ると限定的」

今回の調査結果から把握できたことを整理すると次の通りである。

① 低価格帯の卵の販売が主体

② 平飼い飼養の卵や有機卵の販売は限定的

③ 平飼いで生産された卵の価格は、ケージ飼いで生産された卵の価格の約2倍

④ 多くの消費者の購買行動には飼養形態はほとんど影響しない

販売状況や関係者からの意見に基づくと、ブラジル国内の消費者がEUと同様に、卵を購入する際に飼養形態を意識することは極めて限定的であり、購買行動に飼養形態が影響を及ぼすことは、ほとんどないと考えられる。また、サンパウロ州スーパーマーケット協会によると、平飼いの卵を購入する消費者も少数いるが「平飼いのような自然な飼い方で生産された卵の方がおいしい」という考えがほとんどで、嗜好性で選択しているという。

しかし、都市部の若年層を中心にAWを意識している層はあり、このような層を意識し、経営戦略のターゲットとしている企業もある。食肉製品ではあるが、製品に「動物を大切に育てました」という独自のマークを付けて、国内市場で差別化を図る試みも見られる。このような動きが、国内市場へどのような影響を及ぼすのかは、中長期的に分析していく必要があると考える。

4 AWの推進に向けて

EU市場において消費者が購買する動機としてAWの位置付けが高まっていることを背景に、ブラジルの輸出企業を中心に、生産現場でもAWの取り組みがより求められている。わが国においても、畜産物の輸出拡大は重要な位置付けとされているが、ブラジルが経験したように、EU市場等からのAWへのニーズ等に応じた取り組みが求められる可能性がある。

AWの取り組みを普及・定着させるためには、生産者がAWを十分に理解する機会を創出することに加え、消費者に対しても、畜産の実態など正しい情報を提供し理解醸成に努めることも重要となる。このような課題に対し、ブラジルの取り組みを例に見ると、AWの考えに対応した飼養管理と生産性の向上との関係について、養豚を中心に、科学的知見の蓄積を進めていた。生産者の理解を深めるためには、実証試験データや経営分析データに基づいて、客観的かつ科学的根拠を用いて説明することが必要だと考える。

また、消費者への情報提供について、ブラジルでは、幅広い意見等を反映することにより企業の取り組みの透明性の確保に努めていた。その一貫として、消費者の理解醸成のための双方向の意見交換ができる場など、有用な手法の検討は必要だと考える。

最後に、わが国では、これまで、家畜の衛生、生産性の向上や栄養に着目した家畜飼養管理の向上が図られてきた。しかし、近年は家畜の生態や欲求を妨げることがないよう、AWの考えに基づく飼養管理が求められるようになってきた。

今後、家畜の飼養管理の現場で、OIEなどの国際的な議論や諸外国の取り組みを整理した上で、わが国の畜産の実態を踏まえ、家畜の快適性を追求しつつ、生産性の向上を図られるようにすることは重要である。今回の調査が、わが国の飼養管理の向上の一助になれば幸いである。


				

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