● 政府声明発表後、 価格が急落
3月20日のイギリス政府による牛海綿状脳症 (BSE) についての声明発表後(本
編トピックス参照)、 同国の成牛生体 (EU市場参考) 価格は、 3月28日時点で、
前週より13% (前年同期より16%) と大幅に下落した。 また、 3月第5週には、
高齢の経産牛を中心に出荷頭数が減少したにもかかわらず、 その価格は前週の水
準を20%以上下回った。
イギリスの牛肉価格は、 昨年12月にも、 ヒトへのBSE伝播の可能性を示唆した
科学者の記事が影響して、 クリスマス前の需要期にもかかわらず安値で推移して
いた。 その後、 95年に入ってから、 好調な輸出に支えられて価格が回復基調にあ
っただけに、 今回の政府声明発表とその後の波紋の広がりは、 イギリス牛肉業界
に大きな失望をもたらしている。
これまでも、 BSEをめぐっては、 ヒトとの関連について科学的な解明が完結さ
れない状況下で、 時に、 関連を印象づけるセンセーショナルな報道が行われると、
国内消費に少なからぬ影響を与えてきた。 こうした報道に対して、 政府はこれま
で一貫して科学的には証明されないとの否定的な見解をとってきただけに、 今回
の政府声明による影響は計り知れないものとなった (BSE問題の過去の経緯など
については 「畜産の情報」 94年11月号の海外駐在員レポートを参照)。
● と畜処分対象は4百万頭を上回る
EU農相理事会が、 4月3日にBSE対策として基本合意した30カ月齢以上の牛の
処分が実施された場合、 その対象は約400万頭以上に上り、 この実施には今後6
年程度を要するとみられている。 これは95年の総と畜頭数 (約334万頭) を上回
り、 イギリスの牛総飼養 (1, 177万4千頭、 95年6月センサス) の3分の1を超
える。
また、 そのと畜処分経費は、 年間4億5千7百万ECU (約617億円) と見積もら
れ、 この3割をイギリスが負担、 7割はEU共通農業政策予算から支出される。 こ
れは、 95年度の同牛肉部門予算額の約7%に当たる。
この処分の対象となるうちの約6割が乳用牛とみられ、 仮にBSEに感染してい
る可能性が比較的高いとされる6歳以上の乳用牛が直ちにと畜処分され場合、 イ
ギリスの年間生乳生産量の3割以上が同時に失われると推計される。
近年、 イギリスの生乳需給はひっ迫傾向にあり、 乳価はEUの中でも比較的高水
準にある中で、 乳牛の大量と畜が行われた場合には、 今後、 乳業界にも大きな影
響が及ぶことが予測される。
また、 同国の肉牛生産は、 酪農経営における乳用種にアンガスやヘレフォード
をかけ合わせたF1を、 肉牛経営にて繁殖母牛として三元雑種を肥育するケースが
非常に多いため、 肉牛生産と酪農は密接な関係にある。 このため、 と畜処分を含
む今後のBSE対応策の進め方次第では、 イギリスの酪農および肉牛業界に大きな
影響を及ぼす可能性をはらんでいる。
表1 イギリスの牛飼養頭数 (単位:千頭)
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1総飼養頭数(95年6月センサス) 11,774
乳用繁殖雌牛 2,614
肉用繁殖雌牛 1,800
その他 7,360
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2イギリスの年齢別経産牛頭数
年齢 乳用経産牛 肉用経産牛 合計
2 272 120 392
3 505 242 748
4 449 276 724
5 380 275 655
6 300 217 517
7 221 148 369
8 152 98 250
9 98 67 165
10 57 42 100
11 31 25 56
12 25 27 52
────────────────────────
合計 2,491 1,537 4,028
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資料:1については農漁食糧省
2についてはNFU
● BSE問題長期化で懸念される経済的影響
イギリスは、 90年代に入ってから93年までは、 輸入量が輸出量を上回るネット
牛肉輸入国だった。 しかし、 94年、 95年は、 輸出が輸入を大きく上回り、 国内消
費がBSE問題などで減退するなかで、 輸出は牛肉価格下支えの主要素となってい
た。 95年の牛肉輸出量は、 27万7千トンと国内生産量の28%に達し、 そのうちEU
域内向けが20万トンを占めた。 その輸出額は約5億2千万ポンド (約884億円)
に及ぶと推定されている。
今回の農相理事会では、 各国のイギリス産牛肉および生体牛に対する輸出禁止
措置の解除については先送りされた。 この禁輸措置については、 今後6週間以内
にEU当局によって見直しが行われる予定となっているが、 長期化した場合の価格
の下落傾向は、 避けられないものとみられる。
また、 農場やと畜場などの牛肉業界従事者は、 11万人に及ぶともいわれ、 と畜
の縮小や消費減退が長期化した場合の雇用や経済的な影響が懸念されている。 特
に、 と畜処分が経産牛を中心に行われるとみられることから、 加工原料用牛肉の
極端な供給不足が予想され、 雇用問題は食肉加工分野などでも深刻化する可能性
がある。 さらに、 現地報道によれば、 放牧場など土地価格が下落しはじめている
と伝えられており、 今回のBSE騒動による経済的な影響はさらに拡大しそうな様
相を呈している。
表2 イギリスの牛肉(単位:千トン)
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94年 95年
生産量 916 978
輸入量 148 173
輸出量 235 277
消費量 920 888
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国別輸出量 94年 95年 95年
金額
(百万ポンド)
フランス 80 80 179
オランダ 14 17 49
イタリア 23 42 127
スペイン 9 7 17
ベルギー 3 3 10
スウェーデン 1 1 3
ポルトガル 1 3 7
その他EU 29 39 75
EU計 160 191 467
南アフリカ 10 27 24
その他域外 42 26 39
合計 212 246 520
輸出割合 26% 28%
(枝肉換算)
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資料:MLC
注:国別輸出量はあ製品重量、その他は枝肉重量
95年の一部データは予測値
● EU、 5万トンの緊急買入措置を決定
4月2日のEU牛肉部門臨時委員会では、 今回のBSEによる価格下落に対する特
別措置として、 4月中に5万トンを買い上げることを決定した。 この買入措置の
対象は、 枝肉重量が340〜380kgのものに限定され、 イギリスを中心に域内全体で
行われる。
EUの介入買入は93年後半以来実施されておらず、 価格支持策としての運用は極
めて制限的に行う方針とされており、 今回の特別買入は、 BSEによる価格下落を
回避するための緊急非難的措置である。
● EU牛肉市場全体にも大きな影響
域内の牛肉消費量は80年代半ばから減少傾向が続いており、 今後のEU牛肉市場
の最大の問題は供給過剰といえる。 イギリス食肉家畜委員会 (MLC) の予測によ
れば、 現在の消費水準が維持されるとの仮定のもとで、 2000年までのEU牛肉需給
は、 比較的均衡したものになるとしている。 しかしながら、 過去5年間にみられ
たように、 消費が年率1%のペースで減少した場合、 2000年までに年間38万トン
の過剰を生み出すと予測している。
今後のEU牛肉需給を展望する上で、 世界貿易機関 (WTO) で現在米国と係争中
のホルモン問題に加え、 今回のBSE問題は、 域内消費傾向にとって大きなマイナ
ス要因であることは間違いない。 96年度以降のEU共通農業政策については、 今後、
新たに見直しが行われる予定であるが、 BSE問題は、 牛肉需給政策に少なからぬ
影響を与えるものとみられる。
● 域内で孤立感を深めるイギリス
イギリス政府は、 今回の農相理事会で基本合意されたイギリス産牛肉の禁輸措
置に対して強い不満を表明したが、 加盟各国の反応は鈍く、 BSE問題をめぐって
イギリスは孤立感を強めている。
今回の禁輸措置について、 EUのフィシュラー農業委員は 「消費者への信頼回復
措置が明確化するまでの暫定的な手段」 としており、 今後6週間以内にEUの家畜
獣医委員会によって見直される予定である。 しかし、 一方で、 フランスやドイツ
などでは自国産牛肉の流通を輸入品と明確に分離し、 これを制度化しようという
動きもみられ、 各国の思惑も絡みEU統一牛肉市場は混沌とした状況を呈している。
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