調査レポート 

豪州の農業・畜産政策の展望 −政権交代に伴う農政展開の方向−

シドニー駐在員 鈴木 稔

はじめに

 去る3月2日、 豪州連邦下院議員総選挙が実施された。 選挙前から与党労働党 の劣勢が伝えられてきたが、 結果は、 自由党・国民党の保守連合が予想以上の大 差で労働党を破り、 議席の過半数を獲得して13年ぶりに政権を奪還した。  今回政権復帰した自由党・国民党保守連合は、 前回93年3月の連邦総選挙でも、 圧倒的優勢を伝えられながらも、 消費税導入を政策として掲げたことから、 与党 労働党によもやの逆転敗北を喫した。  このような苦い経験も踏まえ、 今回の総選挙では保守連合は政策的には与党労 働党と全く異なる政策を打ち出すようなことはなく、 全般的には与野党ともに政 策的な違いがほとんどなく、 重点の置きかたが異なると言った程度の相違でしか なかった。  前回の総選挙後、 景気は回復し、 失業率も11%台から8%台に改善されている ことを考えれば、 今回の選挙でもポール・キーティング首相率いる労働党政権は 評価・支持されて然るべきとも思われたが、 保守連合の地滑り的圧勝に終わった ことは、 13年間も続いた労働党政権に対する選挙民のマンネリ感が強かったこと をあらわしていよう。  農業政策について、 ジョン・ハワード首相率いる保守連合政権は、 基本的には 労働党政権時代からの政策を継続する姿勢にあるが、 自由党が商工業等の産業界、 国民党が農業者及び地方住民をそれぞれ支持基盤としており、 また、 農業政策を 担当する第一次産業・エネルギ−大臣にジョン・アンダ−ソン国民党副党首、 副 首相兼貿易大臣にティム・フィッシャ−国民党党首といずれも農業経験者が就任 したことは、 今後の農政展開の上で注目される。  さらに、 労働党政権は労働者を支持基盤とすることから、 労働者保護 (重視) 政策を採ってきたが、 保守連合は世界的に見ても低い豪州の労働生産性が国際競 争力の維持・強化、 経済の発展を阻害しているとして労使関係の改革を財政再建 とともに大きな政策課題として国民に訴えてきた。  新政権は、 労使関係の改革について、 特に、 食肉産業および港湾・海事産業を 名指しして改革の必要性を訴えており、 この労使関係の改革の動向も注目される。   このようなことから、 本レポートでは、 保守連合が選挙公約として掲げた農業・ 畜産政策の概要を紹介するとともに、 今後の展望について簡単に触れてみたい。

新政権の農業に対する基本的認識


 保守連合は、 総選挙が秒読み段階となった今年2月に、 今回第一次産業・エネ ルギ−大臣に就任したジョン・アンダーソン国民党副党首 (当時、 影の内閣の第 一次産業大臣) 名で今後の保守連合の農業政策を公表している。  「中心産業の再生 (Reviving the Heartland) −豪州第一次産業の持続的将来 の構築−」 と題されたそのレポートは、 保守連合の農業に対する基本的認識、 問 題点、 問題解決のための政策等を詳細に示したもので全体で40ページ以上にわた る。   ここでは、 その中から、 保守連合の農業に対する認識の概要をできるかぎり原 典に忠実に紹介する。 なお、 内容の理解が容易となるよう、 必要に応じて簡単な 注意書きを挿入してあるが、 特に重要と思われる農業政策の基本構造と食肉産業 に関する産業委員会勧告については、 本レポートの最後にそれぞれ参考1、 参考 2として示した。 ● 農業概観
 豪州の農業は、 国際的に競争力のある産業分野となっており、 豪州農民は低コ スト、 高品質、 「クリーン」 でかつ持続的に生産される食糧・繊維の供給者とし て高い名声を得ている。 また、 世界で最も急速に経済、 人口の拡大しているアジ ア圏に地理的に近いことが、 豪州にアジアの 「台所」 (food basket) となり、 経 済的利益を得る上で非常によい条件をもたらしている。  しかしながら、 逆風下にある貿易、 厳しい干ばつ、 高利率、 土地・水資源の劣 化が進む中、 特に農家を過ぎた段階の鍵となる関連分野 (注:農産物の加工、 流 通や農産物輸出に必須となる港湾・海運等を暗示している) において効率的な改 革を実施することができなかった連邦政府の失政が豪州農業に重いつけをもたら した。  その結果、 農業分野の国家経済への寄与は過少評価されるようになり、 農業の 有する来世紀の国家繁栄への大きなポテンシャルが覆い隠されている。  農業及び食品加工分野は、 国家輸出額の約4分の1をもたらし、 農業従事者は 約37万5千人と比較的少ないながらも、 農業間接雇用者は約230万人、 全労働力 の27%に達する。  このような農業の意義から、 将来に向けて積極的に対応していく上で、 豪州は 次のような主要課題を克服していかなければならない。 ・持続的な生産活動のさらなる開発とその実践 ・収入の大幅な変動が定期的に発生する豪州の農業環境において、 効率的な危機 管理を行う上で必要となる財政手段を農民に付与すること ・豪州経済の競争力改善のための改革の継続 ・投入コストの増加を抑え国際競争力を強化するため、 低インフレ率、 低利率を 維持するための有効な経済政策を講ずること ・豪州のアクセスを阻害する主要市場の関税、 非関税障壁を打破すること  これらの分野における対応は、 農業の収益性を改善し、 家族経営を豪州農業の 基礎として維持していくために必須のものである。 ● 国際競争力
 豪州の国際競争力は長期的・持続的という点で早急に改善されなければならな い。  豪州では農家段階を過ぎると、 多くの関連分野で労働が規制下におかれ、 技術 はしばしば時代遅れであり、 資本・設備利用度が低い。  具体的には、 ・包装コストは欧州・米国よりも40%近く高い ・食品加工業における労働生産性は、 米国の68%の水準 ・最近の46国際港の生産性の調査では、 シドニー港は92年の24位から31位へ、 メ ルボルン港は28位から37位に低下。 メルボルン港の生産効率は、 第1位のアン トワープの40%にすぎない ・豪州で最良の食肉加工場での加工コストは米国の3倍、 ニュージーランドのほ ぼ2倍 ・穀物の輸送コストは、 米国・英国のほぼ2倍  農業関連分野の生産性、 コスト効率を改善しなければ、 豪州の競争力は持続性 という点で改善されず、 また、 貿易機会、 資本の最大限の活用もできないであろ う。   このようなことから、 保守連合は、 労働党政権の競争力を阻害するような政策 を撤廃する。

新政権の農業・畜産政策 (選挙公約)


 上述の 「Reviving the Heartland」 に示された農業・畜産政策は次のとおりで ある。 なお、 内容が膨大多岐にわたることから、 農業政策全般については主要な 政策のみ、 畜産政策については主要分野の基本認識と政策について記した。 ● 農業政策全般
(1) 税制 ・新税を導入しない、 既存の税の増税も行わない ・農業用ディーゼル燃料の減税制度を維持する ・税制規定の簡略化 (関係実務に要する時間、 コスト削減のため、 よりわかりや すいものとする) (2) 労使関係 ・雇用の最低条件・権利を保証する枠組みの中で、 雇用者と被雇用者が生産性、 権利を改善するための個別労働契約交渉を行うことを可能とする ・労働党の不公正解雇禁止法を廃止し、 公正な雇用を提供する法律を制定 ・二次ボイコット (注:ストライキ中の 「兄弟」 組合支援のために他の組合が支 援ストを行うこと) の禁止 ・個人の労働組合の加入・非加入の権利を保証する (3) 国際貿易 ・豪州の市場アクセス確保のため、 二国間関係を強化 ・UR農業合意の 「見張り役」 としてのケアンズグループの位置付けの維持を推進 ・APEC活動の維持、 さらなる発展を推進 ・差別的貿易慣行の撤廃約束の維持 ・豪州の農産物輸出市場、 特にアジア地域への米国の補助金付き輸出への強い抗 議の維持 ・豪州へ輸出される食品への豪州産製品と同等の検疫、 衛生、 表示基準の適用を 確保 ・豪州農民連盟などの農業関係団体に、 二国間、 多国間交渉における政策アドバ イス機能を付与するメカニズムの構築 ・国際貿易奨励計画 (ITES‥輸出企業化をめざす企業に対する低利融資制度) の 継続 ・革新的農業マーケティング計画 (IAMP) を通じた輸出ポテンシャルを有する革 新的プロジェクトを計画している農林水産業に対する財政支援の継続 ・品質保証 (QA) プログラムの普及推進 (4) 不公正貿易 ・不公正貿易によって豪州の生産者が不利益を被らないよう、 現行のアンチ・ダ ンピング調査、 対抗措置手続きの改善 ・不公正貿易と考えられる事例の調査期間の短縮  不服の申し立てを正式な調査請求か否かを決定する期間を最大5日 (休日は除 く) とする。  正式な調査請求の第一次調査期間は60日までとする (ただし、 特別な事情があ る場合には30日間延長)。  第一次調査の後、 ダンピングあるいは (安い価格での輸出を可能とするような) 補助が認められた場合には、 暫定的措置を講じ、 最終的な判断のための調査は90 日以内とする。  これにより、 全体の調査期間は最大で155日 (例外的な状況の場合には185日。 なお、 現行は245−265日)。 (5) 豪州検疫検査局 (AQIS) の機能の見直し  産業委員会勧告 (注‥AQISの規制・取り締まり部門と検査サービス部門の別個 の独立した機関への分割を勧告) に従い、 ・規制・取り締まり機関は、 サービス 提供者の承認、 監督責任を有するとともに、 外国との輸出検査基準に係る交渉及 び適切な基準の制定に責任を有す ・サービス機関は、 連邦政府による検査を要求する輸出市場のための検査を実施 し、 その他のAQISが実施してきた検査業務は、 連邦及び州政府が承認した第三 者機関による実施を可能とする ・特に食肉産業の生産者、 加工業者によるQAプログラムの普及を促進する ・国内の食肉処理場を含む食品加工業者が州政府の検査に代わる政府承認検査員 による検査を利用できるように州政府を指導する ・輸入国の求める基準に達している場合には、 国内向け食肉処理場からの輸出が 可能となるよう、 食肉検査規定を改正する。 これは、 特にアジア・太平洋地域 市場における利益につながる ・豪州の食肉輸出業者に求められる食肉加工・衛生基準を豪州への輸出国の基準 と同等のものとするよう努める (6) 研究開発 ・現在の研究開発公社による研究開発体制の継続 ・業界拠出金と同額の連邦政府支援 (当該産業の粗生産額の0. 5%の水準まで) の確保 (7) 製品表示 ・国産品に求められるものと同等の検疫、 衛生、 表示基準を全ての輸入品に適用 ・製品表示法に正確な原産国表示規定を設置 (8) 農業環境 ・農業の持続的発展を図るため、 今後5年間で総額5億9400万豪ドルの国土保全、 水源管理対策等を実施。  内訳としては、 ・国家土地保全計画への追加支出;1億6400万豪ドル ・土地保全計画に参加する農業者に対する税の減免制度の導入;8000万豪ドル ・マレ−・ダ−リング河地域2001年計画等への支出;1億6300万豪ドル (注‥マレ−・ダ−リング河流域は豪州最大のかんがい地域であり、 本計画はそ の流域管理計画) ・水資源管理のため、 国家河川管理計画を新設;8500万豪ドル ・その他 (農村調整計画の拡充、 野ウサギ対策、 雑草防除対策、 農家の植樹奨励 等) ;1億200万豪ドル (9) 農村構造調整計画 (RAS) (注) ・96年に予定されている中期レビューの一環として、 干ばつに伴う 「例外環境」 規定の適用についての見直しを実施 具体的には、 ・個々には 「例外環境」 規定の対象たるに満たない要因であっても、 これらの要 因が累積して、 全体として通常予期されないような状況となった場合には、 当 該農家に対して 「例外環境」 規定を適用する ・干ばつ指定地域外に立地する養豚・養鶏農家であっても、 飼料穀物を干ばつ指 定地域に依存する場合には、 「例外環境」 規定を適用すること (注) RASは、 持続的営農を志す農民に対する生産性、 経営技術の向上に必要と なる訓練、 援助措置、 営農の継続が困難な農民の円滑な離農を進めるための支援 措置等から成る。 また、 この中には、 干ばつ等の被災地域で通常の状態ではない 例外的な自然・経営環境におかれ、 厳しい営農を余儀なくされている農家への支 援措置を実施するため、 「例外環境」 規定が設けられている。 ● 主要畜産政策
(1) 食肉生産・加工産業  豪州は世界をリードする牛肉生産国の1つであり、 また有数の羊肉生産国でも ある。 牛肉は、 豪州で第4位輸出産品であり、 干ばつにもかかわらず94年には約 30億ドルの貿易収入をあげている。  食肉加工コストの相当の削減と生産者の所得増加がなされなければ、 産業とし てこの重要な地位を維持していくことが困難なものとなる。 豪州が主要な食肉輸 出国として成功したことは、 加工・流通分野における非効率性を相殺するために 生産者は自己の家畜に対して不当に低い価格しか支払われていないという事実を 覆い隠している。 豪州における食肉加工コストは米国、 アルゼンチン、 ニュージ ーランドよりも相当高く、 この状況は改善されなければならない。  労賃が加工コストの主要部分であることから、 単位コスト削減のために生産性 を向上させなければならない。  産業委員会は食肉産業における労使関係、 AQISの機能、 業界団体の構造改革の ための全面的な勧告を行ったが、 業界団体の構造改革に関する勧告以外は無視さ れている。  保守連合は、 ・食肉産業の競争力を強化するため、 産業委員会勧告を採択し ・食肉産業内で個別労働契約を可能とする労使関係の改革を行い ・輸出のための検査コストを削減するため、 品質保証 (QA) システムの採用をさ らに推進するとともに、 国際的に連邦政府機関による実施が求められていない AQISの検査業務を承認された第三者の検査サービス提供者との競争関係に置く ・豪州の食肉輸出業者に求められる食肉加工・衛生基準を豪州への輸出国の基準 と同等のものとするよう努める ・産業の構造改革推進を確実なものとするため、 食肉産業委員会の機構と効率性 を見直す ・輸入国の求める基準に達している国内向け食肉処理場からの輸出が可能となる よう、 食肉検査規定を改正する。 これは、 特にアジア・太平洋地域市場におけ る利益につながる (2) 家畜生体輸出  家畜生体輸出は豪州にとって重要な産業となっていることから、 保守連合は、 ・動物愛護の観点から的確な取扱方法の下での、 羊を含む家畜生体輸出の支持を 継続する (3) 養豚産業  豪州の養豚産業は、 特に動物性たんぱく質の需要が拡大しているアジア市場に おいて非常に大きなポテンシャルを有している。 しかしながら、 比較的低価格で 一定品質の飼料穀物が利用できるにもかかわらず、 輸出機会はほとんど閉ざされ ている。  養豚産業は、 規模拡大による経済性を享受することができるが、 様々な障害に よりこれが未だ不可能となっている。  保守連合は、 近年、 養豚産業は、 豚肉の市場開放、 特にカナダからの豚肉輸入 により非常に厳しい経営環境におかれ、 さらに最近は干ばつによる飼料穀物価格 の高騰により、 その厳しさが一層増していることを認識。 また、 豪州アンチ・ダ ンピング法、 食品表示法の妥当性に対する養豚業界の関心も理解し、 これに対処 する。 (注)  保守連合は、 ・養豚業界とともに、 養豚産業がその資源を最大限に活用し、 国内外に高品質製 品を持続的に供給することにより競争力を改善できるよう、 政策立案、 販売促 進、 研究開発構造の合理化に努める ・豚肉輸入国の求める検査基準に合致している国内向け加工処理場からの輸出を 可能とするよう食肉検査協定を改正する。 これは特に、 アジア−太平洋地域に おいて発達しつつある市場での利益となる ・養豚業界とともに、 すべて (特にアジア) の輸出可能性のある市場へのアクセ ス改善に努める ・アンチ・ダンピング調査要求に係る調査期間を、 最長で100日に短縮するとと もに、 製品表示法に正確な原産国表示規定を設ける ・干ばつ宣言地域外に立地しながらも、 飼料供給を干ばつ地帯に求めるような、 実態として干ばつの大きな影響を受けている (養豚、 養鶏等の) 集約的畜産業 に対するRASの 「例外環境」 規定の有効性を検討する (注) 豪州政府は、 90年7月にそれまで検疫上の問題から禁止してきた豚肉の輸 入を解禁した。  豪州の豚肉生産は年間約33万トン (枝肉ベース) であるが、 輸 入解禁後、 年間数千トンの水準で主にカナダ産豚肉が輸入されている。  養豚関係者は、 カナダ産豚肉は飼料穀物に対する補助金を受けて安価に生産・ 輸出されていること、 カナダ産豚肉を原料とする加工品が豪州国内で国産品と不 当表示販売されていることが豪州の養豚産業を危機に陥れているとして、 92年と 95年に連邦政府にダンピング調査と事態の改善を要求し、 政府も対応を約束した。  しかしながら、 ダンピングの事実なしという結果とともに、 (養豚関係者にと っては誠意が感じられなかった) 政府の対応に対し、 依然として養豚業界には不 満がくすぶっているという背景がある。 (4) 酪農産業  酪農産業は、 付加価値製品輸出の最も成功した豪州産業の1つであり、 また、 ニュージーランドと並び世界で最も効率的な生乳生産国として、 消費者が国際的 にも低価格な乳製品を享受することを可能としている。  酪農産業は、 過去20年にわたり大幅な構造改革を遂げ、 現在は、 非常に低い水 準の価格支持制度 (注‥制度の詳細は、 「畜産の情報 (海外編) 」 95年12月号参 照) が存在するが、 この産業支持は西暦2000年までに関税水準でわずか5%相当 とされることとなっている。  保守連合は、 ・現行の酪農支持政策を継続し ・乳製品の海外市場の開放と貿易障壁の削減に努め、 輸出拡大を推進する

今後の展望


 以上、 新政権の打ち出した農業・畜産政策の概要を述べてきたが、 これが全て ではなく、 また、 経済政策等については触れていない。  新政権の政策の全体を紹介することは本レポートの意図するところではないが、 特に農業を中心に据えて関連政策も含めて、 全体像を要約すればほぼ次のように なろう。 ・増税なき財政再建 (2年間で80億ドルの歳出カットによる財政均衡の達成、 国 営電信電話会社の株式の一部売却による新環境対策の原資10億豪ドルの確保) ・ (特に農業・資源国として、 ) 国際競争力の強化を通じた国家経済の発展のた めの労使関係の改革による労働生産性の向上 ・市場アクセス改善のため、 従来の他国間交渉主体から二国間交渉重視へ ・農業の持続的発展を図るため、 土地・水源保全管理等の環境対策を強化 ・生産コスト低減のための規制緩和 (AQISの機構改革)  政権交代による豪州農業、 農産物貿易へのインパクトについては、 まず、 対外 的な面では、 新政権は、 農産物貿易に関してはアジア市場重視、 貿易交渉に関し ては二国間交渉重視の姿勢であり、 日本が牛肉、 穀物等の農産物の重要な輸出先 となっていることを考えあわせると、 今後の農業分野での対日姿勢に何らかの変 化が生じる可能性もあると考えられる。 さらにアンダーソン第一次産業大臣がニ ューサウスウエールズ州の肉牛・穀物農家出身、 フィッシャー貿易大臣が同じく ニューサウスウエールズ州の豪州でも米作の中心となる地域の農家出身であるこ とから、 両大臣の特定農産物に対する 「思い入れ」 が対日関係に影響を及ぼすこ とも考えられる。  国内的には、 農業政策全体としては、 従来と大きな変化はないと考えられる。 しかしながら、 特に畜産関係に目を向けて細部をみれば、 新政権は畜産関係者自 らが対処することがほぼ不可能であった食肉加工部門の労働生産性の問題、 タブ ーとされていた閉鎖的・排他的な港湾労働の問題を名指しして指摘し労使関係改 革を打ち出し、 また、 AQISの検査に対する産業界の不満、 養豚産業界のカナダ産 豚肉の輸入問題に係る旧政権への不満にも対処するなど、 大胆かつきめ細やかな 政策を打ち出したとみることもできる。  これらの農業政策 (選挙公約) が、 実際にはどのくらいのものが、 また、 どの ような形で実現されるかは現時点では不明であるが、 特に食肉産業へのインパク トが大きい労使関係の改革の実現には新政権にとっても、 また、 農業関係者にと っても極めて大きな苦難が伴うと考えられる。  豪州の労働生産性が低い要因は、 豪州人の資質ではなく、 歴史的にも労働組合 活動が盛んで、 その組織力・影響力が強大で労使関係法、 制度の近代的改革が進 められてこなかった点にある。  豪州ではアワード制度 (労働条件や賃金水準に関する仲裁裁定で、 連邦あるい は州を単位として各業種 (職種) ごとに設定されている) により、 言わば業種ご とに一定の労働条件基準と一律賃金表が設定され、 これが広範に採用されている。 つまり、 各企業の経営状況、 生産性とは無関係に豪州で同じ業種で働く労働者は 等しい労働条件で、 等しい収入を得る 「平等主義」 の伝統がある。 そして、 この アワード制度の下では、 各企業がその経営状況、 経営方針にしたがって労働条件 を設定することが不可能となっている。  労働者サイドの 「平等主義」 は、 企業の柔軟な経営を阻害するものとなり、 高 い生産性のポテンシャルを有する企業の経営者にしてみれば、 「高性能スポーツ カーに乗っているのに、 いつ果てるともしれない道路渋滞に巻き込まれてしまっ た」 ような苛立ちを覚えることであろう。  この裁定制度とは別に、 各企業が経営実情、 あるいは経営戦略に応じて労働条 件・賃金を交渉、 設定すること、 例えば生産性を高めるため、 賃金アップを条件 に労働時間の延長等の労働条件の変更を求めることなどは現行労使関係法でも可 能ではあるが、 手続きが複雑で、 仲裁裁定権限を有する労使関係委員会を仲介に 立てて実施する組合側との交渉が難航することから (特に、 他企業への影響力の 大きな大企業が実施しようとする場合に顕著)、 現時点では効果的に活用されて いるとは言いがたい。  新政権が打ち出した、 アワード制度とは別の賃金・雇用の最低水準を保証する 制度を制定した上で、 より容易に個別労働契約が締結できるようにすることなど の労使関係改革に対しては、 労働組合の中央組織である豪州労働組合評議会 (ACTU) は全面対決の姿勢を表明している。   なお、 労働者サイドにも、 個人的あるいは個別組合的には企業経営者から現行 のアワードよりも魅力ある賃金水準と良好な労働環境が提示されれば、 少々仕事 がきつくなってもそれが望ましいとの考え、 すなわち、 個別の企業労使協定 (EBA;Enterprise Bargaining Agreement)を肯定する声があるのは、 事実として EBAが徐々に広がりつつあることから理解できるが、 同時に、 後述のAMH社のよう な、 他企業への影響力の大きな大企業がEBAを導入しようとする場合に、 交渉が 極めて難航することが当たり前となっている事実からは、 アワード制に執着する ACTUをはじめとする労働関係団体の活動が、 組合員のためのものというよりは、 むしろ組織防衛のためのものとの感を抱かされる。  また、 港湾部門の改革に関しては、 すでにジョン・シャープ運輸大臣はタスマ ン航路協定 (豪州、 ニュージーランドの海事労働者組合間の協定で、 同航路から 外国船を締め出すもの) の違法性を示唆し、 豪州海事労働者組合 (MWU) との緊 張が高まっているが、 この協定の他にも港湾・海事産業の差別的雇用、 排他的な 港湾荷役慣行、 大きな赤字を抱える国営海運会社の売却問題をめぐって政府と MWU、 ACTU (MWUへの支持を表明) との 「対決」 が注目される。  豪州とのビジネスに携わったことのある人の中には、 豪州といえば 「ストライ キ」 とイメージする人も少なくないと思うが、 近年の労働党政権とACTUの接近・ 協調路線の下でひところより減ったとはいえ、 依然として豪州ではストライキは 日常茶飯事となっている。 また、 歴史的にみても、 古くは1979〜81年に当時のフ レーザー保守連立政権の経済政策に対してストライキが多発し、 最近では92年に ビクトリア州、 タスマニア州で政権を奪還した保守連合政権の大胆な労働市場改 革に対して両州でストライキが多発するなど、 保守政党への政権交代や経済、 労 働市場改革に対しては必ずと言ってよいほど労働界からのストライキの 「洗礼」 がある。  このような背景を見ても、 保守連立政権の労使関係改革政策の実現にむけての 一連の過程の中で、 大規模、 長期間にわたる港湾ストライキが発生する可能性が 高いと考えられ、 特に貿易ビジネス関係者は今後の動向を注意深く見守る必要が あろう。  食肉産業における労使関係の改革に関しては、 ジョン・アンダーソン第一次産 業大臣が大臣就任後、 改めて大きな政策課題として取り組んで行くことを表明し ている。 これに対して現時点では豪州食肉産業従業員組合 (AMIEU) からのリア クションはない。 しかしながら、 AMIEUは、 豪州では名うての戦闘的労働組合と して知られており、 今後の改革の過程で紛争が起こる可能性もある。  いずれにしても、 ACTUを頂点とする労働界は新政権の労使関係の改革には全面 対決の姿勢であり、 さらに国会においても、 保守連合は上院では議席の過半数を 占めていないことから、 これらの労使関係改革法案の上院での審議は難航が予想 される。 改革法案成立のキャスティングボードは、 上院において野党で労働党に 次ぐ議席を有する民主党が握っているが、 民主党は労使関係も含め、 現時点では 保守連合の急進的な改革には反対の立場をとっている。  このように、 労使関係の改革の前途は多難と思われるが、 政権交代後、 豪州の 畜産関係者には一筋の光明といえるものが見えてきている。  すなわち、 豪州最大のパッカーであるAMH社は、 生産合理化につながるより柔 軟な就業規定の設定のため、 足かけ3年にわたりAMIEUとEBA交渉を続けてきた。 豪州最大のパッカーのEBAを認めれば、 食肉加工分野全体に波及し、 食肉産業労 働者 (組合) がよりどころとしてきた賃金制度 (タリー・システム)、 さらには 食肉産業のアワード制全体の事実上の崩壊につながる危険性もあることから、 労 働党政権の下では、 労使関係大臣の介入 (干渉) もあり合意実現には至らなかっ た。 しかしながら、 政権交代後、 交渉は大幅な進展が伝えられ、 AMH社も近日中 の合意成立の可能性を強く示唆している。   AMH社がEBAを結べば、 これを突破口として他のパッカーが追随することは必至 であり、 これにより食肉加工産業の労働効率が改善される可能性は大きい。  現在、 豪州の牛肉産業は、 主要輸出先の1つである米国が国内生産増で大幅に 輸出が減少し、 さらに最大の輸出先である日本市場での米国産牛肉との競争激化 等から非常に厳しい環境におかれている。 さらに南米の牛肉国際市場への登場な ど、 豪州の牛肉産業は今後益々厳しい国際競争下に置かれると考えられるが、 今 回の政権交代により、 大きな課題となってきた労働生産性の向上による加工コス ト削減の達成もようやく現実味を帯びてきたと言えよう。 (参考1) 豪州の農業政策の基本構造  豪州の農業政策の中で、 連邦政府として直接関与するものは、 貿易交渉、 検疫 検査等の国益保護のため国の責務として行われるべきものの他は、 土地・水源の 保全管理、 干ばつ救済措置等の国土保全・災害対策、 さらに農業横断的な構造調 整対策がめぼしいくらいである。  豪州には、 生産者への直接的な生産振興対策 (補助) はほとんどなく、 基本的 には農産物輸出国として、 輸出市場の拡大、 産品ごとの統一的マーケティング等 を通じて、 国際市場から最大限の利益を得ることが最終的には生産振興 (刺激) につながるとの哲学が伺われる。  各農産物のマーケティング、 技術開発、 業界の利害調整・政策提言は、 各農産 物ごとに、 いわゆる公社、 ボード、 協議会等が設置され、 その運営経費は基本的 には生産者等からの課徴金収入によっている。  なお、 組織の設置、 生産者等からの課徴金の徴収の根拠は関係連邦法の規定に 基づくものであり、 この点からは、 課徴金は一種の税金とも考えられる。 すなわ ち、 連邦政府は監督権は有するものの、 各産品分野ごとに、 その関係者に課徴金 徴収とこれを原資とした産業の振興推進の権限を委譲しているとも言える。  主な農業政策分野及びその担当機関、 財源を整理すると次のようになる。 ────────────────────────────────――――― 主な政策分野 担当機関 財源 ────────────────────────────────――――― 貿易(交渉) 連邦政府 連邦政府予算 (外務貿易省、第一次産業省)  検疫・検査 連邦政府 連邦政府予算及び   (豪州検疫検査局;AQIS) 受益負担金 マーケティング 各農産物ごとの公社、ボード組織 原則、当該産品生産者 (例)豪州食肉畜産公社;AMLC 等からの課徴金 豪州酪農庁;ADC  研究・開発 連邦政府 連邦政府予算及び (連邦科学産業研究機構;CSIRO) 当該産業関係者 各産業分野ごとの研究開発公社 からの課徴金 (例)食肉研究公社;MRC  環境 連邦政府 連邦政府予算  (土地・水源保全)  災害救済 連邦政府 連邦政府予算  (干ばつ救済等)  農業構造改革 連邦政府 連邦政府予算  税制  その他  政府/産業間の協議、 各産業ごとの協議会 各産業関係者からの  業界の利害調整 (例)食肉産業協議会;MIC 課徴金  政府への政策提案 ────────────────────────────────―――――― (参考2) 産業委員会の食肉産業への改善勧告 (94年4月) の概要  豪州の 「行政監察」 機関と言える産業委員会 (連邦大蔵省の一機関) は、 食肉 産業に係る調査を実施し、 94年4月にその最終報告書を取りまとめた (実際の公 表は94年7月)。  産業委員会は、 その調査で、 ・豪州の食肉加工業は、 競争相手国の加工産業と比較して相当高いコスト水準に ある ・豪州産食肉は、 ほとんど全ての主要輸出市場で市場シェアを失いつつあること を問題点として指摘し、 「豪州の食肉は全般的に輸出市場において価格競争力があるが、 それは加工業者 が他国の加工業者に比較して、 非常に安価に家畜を購入できることによる」 と 結論している。  そして、 これらの問題点を解決するための次のような改善勧告を行っている。  しかしながら、 現在まで食肉関係業界の再編以外は、 改善勧告のほとんどが実 施されていない。 1. 生産性の改善 (注1) (1)  食肉産業における最低雇用条件を確立するため、 最低賃金制の導入。 連 邦段階で導入できない場合には、 アワード (注2) は、 中央レベルで交渉され るのではなく、 州、 地域あるいは企業レベルで交渉される (2)  企業の生産効率改善のため、 資本・設備の利用効率改善を可能とするよ うな労働時間、 任用条件の設定、 タリーシステム (注3) の適用を必要としな い新たな賃金システムの設定に向けたプラント段階での交渉の推進 (3)  アワード制の改革を通じた企業別交渉の促進等のため、 食肉産業に関す る労使問題協議委員会の設置 注1:この勧告の前文で、 産業委員会は、 豪州では伝統的に労使間は激しい対立 関係にあり、 協調の必要性は認識が高まりつつあるが変革は極めて緩慢な現状に あること、 食肉加工において、 労賃は最大の投入コストであるが、 食肉産業のア ワードシステムは改革を阻害し、 紛争の要因となっていること、 豪州の食肉産業 の低資本利用率の要因としては、 季節による操業度の変動などコントロールでき ないものもあるが、 就業時間、 シフト回数等を制限する硬直的な食肉産業のアワ ードシステムも大きな要因となっていることを指摘し、 労働市場の改革を最優先 課題として上記の勧告を行った。 注2:アワードとは、 各業種 (職種) ごとに設定される賃金、 労働条件に関する 仲裁裁定であるが、 食肉産業を含め、 一般的には連邦レベルあるいは州レベルの ものが広く採用されている。  現在のアワード制は、 個別企業の生産性とは関係なく賃金が決定され、 また、 企業の実態、 経営方針に従った柔軟な労働条件の設定等ができないという問題点 を有している。  特に食肉加工業関係のアワードは非常に複雑難解な上、 後述のタリーシステム と呼ばれる賃金制度の他にも、 古参特権制度 (雇用、 昇進等に関する 「経験者」 の優遇制度。 本来は豪州の食肉加工の季節操業性等に起因する雇用の不安定制か ら発生する食肉の加工処理 (技術) の不安定性を回避するため、 有 (あるいは高) 技術者=経験者との思想で導入された制度。 現在では、 技術の優秀性等にかかわ らず、 単に 「経験者」 の優遇措置的色彩が強く、 若い経験の浅い従業員の技術向 上、 労働意欲を削ぐ制度と指摘されている)、 複数シフト操業に対するペナルテ ィー制度 (割増し賃金の支払い、 単発的なシフト回数の増加には特に大きなぺナ ルティーの付加) など硬直的かつ生産性の向上を阻害するような規定が盛り込ま れている。 注3:タリーシステムとは、 食肉産業従事者でも、 と畜、 脱骨等の加工業務に従 事する者に適用される賃金制度であり、 通常の賃金が労働時間を基準として算出 されるのに対し、 このシステムでは、 1日当たりの処理頭数が定められ、 この頭 数に基づき基準賃金が決定される。 いわばノルマ制の賃金制度である。  通常、 最低タリーと最高タリーが定められ、 最低タリー頭数の処理を達成した 段階で基準賃金が支払われ、 それ以上の頭数を処理した場合、 ボーナス (割増賃 金) が支払われる。 最も広く採用されている連邦アワード (FMIA) を例にとると、 ボーナスは最高タリー頭数までは25%、 それ以上は37. 5%となっている (94年 段階)。 なお、 最高タリー以上の処理は、 事前に労働者サイドの承認を得る必要 がある。  タリーシステムの主な弊害としては、 次のようなことが指摘されている。 ・タリー設定にあたっての労使間交渉のもつれがストライキ等の紛争の最大要因 となっていること (食肉加工業における労働争議に伴う操業中止日数は、 91年 で組合員千人当たり1535日で他の加工、 鉱業、 輸送業を含めた平均日数265日 に対し約6倍) ・本来的には、 労働生産性の最低基準、 あるいは努力目標的な意味で導入された タリーが、 今日、 実質的に労働生産性の最高水準を規定するものとなっている こと ・タリーの算定方式の技術的問題が、 近代的設備への投資、 最新技術の導入を阻 害すること (近代的設備・技術を導入しても、 その効率改善度が正確にタリー に反映されない可能性が高い、 例えば、 従来より20%作業効率の良い設備を導 入しても、 最低タリーには10%の改善としか反映されない可能性もある。 また、 アワード制では、 タリー算定のため、 食肉の処理加工を多数の作業段階に区分 し (例えば、 FMIAでは牛枝肉の処理工程を49作業に区分)、 その作業内容、 単 位所要労働力を厳密に規定するが、 規定された作業以外は実施できないため、 労働効率、 コスト効率を大幅に改善するような革新的な技術が開発されても容 易に導入できない) ・ノルマ制なるが故に生産される製品の品質への配慮がなされないこと (すなわ ち、 作業する者にとっては、 雑に作業しても丁寧に作業しても 「1頭は1頭」 ) 2. 品質保証 (QA) システムの推進及びAQIS機能の見直し  食肉の検査等に要するコスト削減のため、 (1)  QAシステムの開発、 普及を進め、 食肉の衛生、 品質管理等に関する政府 の検査への依存度を低める (2)  AQISを規制機関と検査サービス機関の2つの独立した機関へ分割し ・規制機関は、 サービス提供者の承認、 監督責任を有するとともに、 外国との 輸出検査基準に係る交渉及び適切な基準の制定に責任を有し ・サービス機関は、 連邦政府による検査を要求する輸出市場のための検査を実 施 (3)  公認された公共、 民間のサービス機関による食肉検査、 QAサービスの提 供を可能とする (=検査業務への競争原理の導入、 民営化) 3. 食肉関係団体の役割の見直し (1)  AMLCの機能、 活動全般にわたる見直し (商業化、 民営化に向けた業務計 画の策定とその実施、 「オージービーフキャンペーン」 のような従来の包括的 プロモーション活動からさらに進んだブランド化戦略の推進、 CALM (コンピュ ーター家畜取引) の民営化等) (2)  食肉産業の総意としての政策立案、 政府への提言機関として設立された が、 有効に機能してこなかった豪州食肉畜産政策協議会 (AMLIPC) を、 食肉 産業関係者からの課徴金を財源とした運営形態に改め、 その機構を関係者の 関心を反映したものとなるように見直し (3)  AMLIPCの傘下にAMLC及び食肉研究公社の業務を評価するレビュー機関の 設置
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