特別レポート 

自動搾乳システムの開発・普及の現状について


 本稿は、 オランダ王国農業自然漁業省発行の 「AGRI-Holland」 96年第1号に掲
載された論文を、 在日オランダ大使館ならびに同国当局のご好意により、 許可を
得て翻訳のうえ、 ここに掲載するものです。 (なお、 タイトルは、 編集者が付加
したものである)。

搾乳ロボット


 搾乳機の導入は、 酪農業の将来に向けて、 搾乳の機械化、 そして自動化へつな がる重要な第一歩であった。 それは、 労働時間の削減、 牛の飼養頭数、 および1 頭当たりの乳量の増加をもたらすものであった。  しかしながら、 搾乳作業は、 1日当たり平均4時間を占め、 酪農家の作業全体 の中で依然として大きな比重を占めている。  搾乳作業に重大な影響を与える次のステップは、 搾乳作業の自動化にある。 搾 乳作業の自動化が可能になれば、 搾乳作業における人の手作業はもはや必要でな くなり、 日常の作業の中から搾乳作業が切り離されることから、 酪農家の労働環 境は著しく改善されることになる。  また、 搾乳作業が自動化されれば、 酪農場での作業の軽減化も一層促進される。 特に、 ロボットによる自動搾乳は、 農場経営に、 酪農家とその家族に、 そして牛 にも多大な影響を与えることになるだろう。

自動搾乳システム


 自動搾乳システムでは、 従来のミルキングパーラーに代わり、 いわゆる搾乳ボ ックスが使用される。 乳牛は飼料を摂取するため、 搾乳ボックスに入り、 自動搾 乳システムが人に代わって、 搾乳するかどうかの判断を行う。 このシステムの設 置に当たっては、 乳房にティートカップを効率的に取り付けるシステムの開発が、 特に重要な課題となった。  自動搾乳システムでは、 ロボットアームを使ってティートカップの位置を調節 する。 ティートカップを牛の後ろまたは横のどちらから取り付けるかは、 使用す る取り付けシステムにより異なる。 ロボットアームがティートカップを乳房に一 つずつ取り付ける方法と、 乳房の下でティートカップの位置を調整し、 一斉に取 り付ける方法がある。  しかしながら、 現在の自動搾乳システムでは、 ティートカップを取り付ける前 に、 乳頭の位置を確認する必要がある。 乳房の形や乳頭の位置は、 牛ごとに大き く異なるため、 ティートカップを正しく取り付けるのは複雑な作業であり、 さら に、 乳房にたまった乳の量によっても、 乳頭の位置が変わることがある。  また、 現在の自動搾乳システムでは、 搾乳間隔にばらつきがあるため、 1頭当 たりの乳量が一定しない。 ティートカップの取り付けを容易にするため、 搾乳ボ ックスの中での牛の動作を制限している自動搾乳システムも多い。

搾乳ロボットの実用化


 オランダでは、 自動搾乳システムが既に導入されており、 2種類のロボット式 搾乳システムが市場に出ている。 これらのシステムは両方とも、 牛が搾乳ボック スに入り搾乳が行われる。 一つのシステムでは、 1本のロボットアームで一つか ら三つの搾乳ボックスを管理し、 もう一つのシステムでは、 搾乳ボックスごとに ロボットが取り付けられている。  現在酪農場には、 この2種類、 約30基の自動搾乳システムが導入されている。 24時間稼動で、 搾乳作業を行った場合、 一つの搾乳ボックスで1日約35頭から50 頭分の乳用牛を搾乳できる。 また、 上記のシステムの一つについては、 Lelystad の 「Waiboerhoeve」 実験農場において、 他のシステムを導入して試験的な取り組 みが続けられているが、 まだ市場には出ていない。  このシステムは、 乳頭の距離を測定し、 その距離を基準として、 視覚システム によりティートカップを取り付ける方式である。 この際、 測定した乳頭間の距離 は、 コンピュータに記憶される。 ティートカップ間の距離は、 乳頭間の距離と搾 乳間隔を考慮して搾乳のたびに測定され、 ティートカップをすべて瞬時に取り付 ける方式となっている。  一方、 この実験農場で試験が行われているもう一つのシステムは、 二つの搾乳 ボックスから構成されている。 このシステムのロボットアームを乳房の下に配置 すると、 超音波センサーがまず右前の乳頭を発見し、 この乳頭を基準として他の 乳頭の位置を確認する。 次に、 もう1台の超音波センサーが、 基準となる乳頭と 他の三つの乳頭の距離を測定し、 それぞれの乳頭にティートカップを一つずつ取 り付ける。

システムの信頼性


 ロボットアームが乳頭を発見する速度および正確さは、 搾乳ロボットが正常に 機能するためのカギであり、 現段階では、 一層の改善が必要である。 それには、 第1に搾乳ロボットの技術そのものを改善しなければならない。  第2に、 ロボットによる搾乳では、 乳房が自動搾乳に適した形であること、 お よび乳頭の正しい位置を確認することが極めて重要である。 これまでの実績では、 自動搾乳に適さない乳房の割合は少なくとも全体の10%に達している。 これは、 搾乳作業にロボットを導入した場合、 乳房の形状が適切かどうかが、 今後一段と 重要になることを意味している。 その方がティートカップの取り付けが容易に行 えるからである。  また、 ロボットによる搾乳を完全に自動化するためには、 ロボットが搾乳を行 っている間、 酪農家が現場にいなくても安心できるまでに、 搾乳システムの信頼 性を高めることも同様に重要である。

清浄と乳房炎の検出


 自動搾乳では、 乳房を清潔に保つことが重要である。 だが、 現時点では、 搾乳 ロボットが汚れのひどい乳房を検出できる方法はない。 当面は、 汚れのひどい乳 房の検出には人の注意が不可欠であると考えられる。  このため、 牛を放し飼いにする場合、 特に搾乳ボックス全体の衛生状態を高水 準に保つよう努めることが重要である。 さらに、 乳頭を事前に洗浄するための設 備を準備することも、 衛生状態の改善に役立つと考えられる。  人に代わって、 乳用牛の乳頭の衛生状態を点検するセンサーが付いている大規 模な乳用牛の飼養管理プログラムを導入すれば、 人が搾乳の現場で監視する必要 はなくなる。 ただし、 乳房炎にかかっている乳用牛やその生乳にはこのシステム を使用すべきではない。  なお、 乳房炎の検査は、 検査対象となる牛から搾った生乳の電導率の測定値に 基づいて行う。 乳房炎にかかった牛をこのシステムから隔離することについては、 さらに検討が必要である。  今後は、 このシステムにさまざまなセンサーを取り付けて、 牛の衛生および栄 養状態に関する情報を収集することも可能である。

牛の行動


 自動搾乳では、 牛が搾乳ボックスの中でどのような行動をとるかが極めて重要 になる。 自動搾乳システムでは、 牛がリラックスできる環境を作ることが必要で ある。 こうした環境が整えば、 牛は自発的にシステムの中に入る。 また、 牛がお となしくしていれば、 搾乳ロボットによるティートカップの取り付けも容易であ る。 このため、 自動搾乳システムは、 牛の行動に合わせた調整を行わなければな らない。  完全に自動化された牛舎で乳用牛がどのような行動をとるかを把握するには、 さらに実験を積み重ねることが重要である。 調査の結果では、 搾乳システムに入 る牛の頭数は時間ごとに異なる。 「Waiboerhoeve」 の実験農場では、 定期的に搾 乳システムに入るように仕向けることが必要となった牛はわずかであった。  自動搾乳システムを導入する際には、 当然のことながら、 牛にもそのシステム を認識させ、 システム自体も常に牛の行動と同じ反応を示す必要がある。 また、 「従来の搾乳方法で搾乳されたこと」 のない牛の方が、 搾乳ロボットに対する適 応が速いと考えられる。

搾乳の回数


 搾乳ロボットは原則としてほぼ24時間使用できる。 また、 24時間体制で搾乳を 行うことで、 搾乳効率が向上するとともに、 搾乳回数も増やすことができる。 搾 乳の回数は、 搾乳ロボットの能力を決定する極めて大きな要因となる。 搾乳回数 が増えれば、 牛に及ぼす影響も大きくなる。 試験では、 搾乳回数を2回から3回 に増やすと、 1頭当たりの乳量は10%から15%増加するが、 乳の内容物は希釈す るという結果が出ている。  しかしながら、 搾乳回数を1日3回から4回に増やしても、 乳量の伸びは比較 的少ない。 しかも、 搾乳回数を増やした場合、 乳房の状態にも影響を及ぼす。  乳房の状態を考慮した場合、 1日3回の搾乳が最適と考えられる。 しかしなが ら、 1日に2回の搾乳と4回の搾乳を比較した場合の違いは少ない。 搾乳回数が 1日4回を超えると、 乳房炎の発生や乳頭の損傷が増えるため、 4回以内に抑え ることが賢明である。 また、 搾乳回数を2回から3回に増やすと、 特に乳量が多 い牛の健康状態の改善につながる。 搾乳回数を1日2回にすると、 乳量の多い牛 は、 搾乳の数時間前にはほとんど横にならずにいることが一般的に知られている からである。  以上のように、 自動搾乳システムでは、 最善の成果を上げるためには、 1頭当 たりの搾乳回数を調整する必要がある。

草地管理システム


 自動搾乳の導入は酪農場で使用されている草地管理システムにも影響を及ぼす。 自動搾乳システムは、 牛を搾乳ボックスの周辺で飼養するのが最も効果的である。  このためには、 年間を通じて牛を屋内で飼養する必要がある。 この飼養方法に より、 搾乳ロボットの使用効率は極めて向上し、 乳量の多い牛の搾乳回数を増や すことができる。 ただし、 西欧では、 通常、 夏期に牛を放牧している。  したがって、 1年を通じて牛を屋内で飼養することは、 草地管理システム全体 の変更を行うことが必要である。 経済的な観点からすると、 牛の飼養方法は、 舎 飼いよりも放牧の方が望ましい。 そのため、 自動搾乳システムと限定的な放牧を 組み合わせた飼養管理を検討する必要がある。

経済的な評価


 実際に搾乳ロボットを導入するかどうかは、 主に経済的な要因によって決まる。 自動搾乳システムは、 一時的ではあるが多額の設備投資を必要とする。 したがっ て、 このシステムを購入するかどうかを決定するのは、 旧式のミルキングパーラ ーを新しく建て替えるか、 改装する必要がある時である。  さらに、 搾乳ロボットの導入に伴い飼養管理システムにさまざまな修正を加え れば、 搾乳ロボットの収益性も向上する。 そこで、 搾乳ロボットの導入が酪農経 営にどのような影響をもたらすかを予測するため、 コンピュータによる算定を行 った。 なお、 この算定はオランダの酪農事情を基準に行われている。 搾乳ロボッ トの収益性に影響する最も重要な要素は次の通りである。 ・ 1頭当たりの乳量の増加 ・ 草地管理および飼養方法の変更 ・ 設備投資を従来のミルキングパーラーからロボット搾乳に変更  搾乳ロボットの導入により、 1頭当たりの乳量が増加すれば、 酪農家の収益も 増えるが、 その一方で、 年間を通じた屋内での飼養は収益の減少を招く。 だが、 自動搾乳システムあるいは従来型のミルキングパーラーのどちらかを購入するか は、 それぞれの価格に左右されるところが大きい。 搾乳作業の大幅な自動化に賛 成しているのは、 搾乳ロボットに投資する環境が比較的整っている酪農家である。 現時点では、 現行の価格レベルで自動搾乳システムに投資した場合、 最終的な収 益はマイナスになるとみられる。  ただし、 この算定では、 搾乳ロボットの導入による酪農家の搾乳労働の省力化 は考慮されていない。 短期的にみると、 搾乳作業の自動化による酪農家の搾乳労 働の省力化は期待できないと考えられるためである。  だが、 長期的にみると、 自動制御型の搾乳システムが導入され、 人の監視なし に搾乳が行われるようになれば、 労働力の節約につながると期待できる。 今後、 予想通り、 自動搾乳システムの価格が低下し、 酪農家の搾乳労働の省力化が実現 されれば、 搾乳ロボットの導入による収益性の向上を大いに期待することができ る。

搾乳ロボットの導入


 自動搾乳システムに特に高い関心を持っているのは、 搾乳作業に作業員1人を 割り当てられるような大家族で経営する農場や、 省力化を望んでいる大規模酪農 場と考えられる。 大家族経営の農場にとって、 搾乳作業の自動化を検討するに当 たり、 肉体労働の軽減や農場での拘束時間の削減は、 極めて重要な課題になると 考えられる。 また、 省力化は、 農場の労働環境にもプラスの影響を及ぼす。  一方、 比較的規模の小さい酪農家にとっては、 設備投資の負担が大きいことか ら、 搾乳ロボットの導入に対する関心も大規模農場より低いと考えられる。 3人 以上の作業員を抱える大規模農場の方が、 2人で経営している農場よりも、 省力 化ははるかに容易である。 労働時間の短縮は人件費の削減につながるため、 自動 搾乳システムはまず大規模酪農場にとって有利になると考えられる。  このほか、 生産水準の比較的高い農場の方が搾乳ロボットの購入に対する関心 も高いと予想される。 自動搾乳システムのように資本集約型のシステムへの投資 を決定する際には、 当然のことながら、 農場の経営状態も重要な決定要因となる。

総論


 オランダでは、 実際に酪農を営んでいる生産者に向けて、 既に搾乳ロボットの 販売が行われている。 他のあらゆる製品の新規開発と同様に、 ロボット搾乳も解 決しなければならない技術上の問題点を抱えている。 酪農家は、 いずれにせよ相 当の労働を余儀なくされているので、 搾乳作業の肉体労働を完全に自動化できる とは期待していないものの、 現行のシステムでも十分に受け入れられると考えて いる。 将来的には、 肉体労働が減って、 監視作業が増え、 酪農業の労働環境を大 幅に改善できると予測される。  さらに、 搾乳ロボットの導入は、 乳牛群の管理にも大きな影響を及ぼすと考え られる。 搾乳ロボットのメリットを最大限に生かすには、 牛を屋内で飼養する必 要がある。 これによって、 搾乳ロボットの利用率は極めて向上し、 乳量の多い牛 の搾乳回数を増やすことができる。  最後に、 自動搾乳システムを購入するか否かは、 主に社会的および経済的要因 によって決定されると考えられる。 搾乳ロボットの導入には、 多額の設備投資が 必要である。 また、 牛の放牧が制限されることも、 比較的マイナスの要因である とみられる可能性がある。  以上のことから、 搾乳ロボットに対し最大の関心を持っているのは、 大家族経 営型の酪農場であると考えられる。 また、 3人以上の作業員を抱える極めて大規 模の酪農場も、 同様の関心を抱くと予想される。 したがって、 最初に搾乳ロボッ トを導入し、 現在の酪農の労働環境を改善できるのは、 この2種類の大規模酪農 場であると考えられる。 Dr. A. Kuipers 著 Director of the Research Station for Cattle, Sheep and Horse Husbandry in Lelystad
元のページに戻る