特別レポート〔第9回世界ホルスタイン・フリージアン会議報告〕 

ヨーロッパ (主としてオランダ) の農場における窒素・燐等の成分投入量の管理について

アベレ・カイパース博士 オランダ・Lelystad畜産試験場 場長

はじめに


 欧州連合においては、 農場における窒素・燐等の成分投入量の管理の問題は、 大きな政治的関心事の一つである。 窒素に関する努力目標は、 地下水は1l当た りの硝酸塩含有量が50mg未満でなければならないとされている。 この目標を達 成するための、 一般的取り組み方としては、 1ha当たり許容される最大窒素投入 量はどのくらい、 或いは、 同じく許容される牛の最大飼養頭数は何頭、 という問 題に帰着する。  しかしながら、 欧州連合内の個々の国においては、 それぞれ、 異なる角度から の取組みを推進し、 管理に対処する付加的措置をとっているのが現状である。 な お、 環境問題の一環としての、 糞尿の臭気の問題は、 本稿のメインテーマではな い。  オランダでは、 燐と窒素の双方に重きが置かれる。 硝酸塩に焦点を当てた、 ヨ ーロッパ全体のガイドラインに加えて、 アンモニア揮発は、 2000年には、 1 980年比で50〜70%までに減らさなければならない。  糞尿については、 1ha当たりの投入量が規制され、 糞尿の割当数量が各農家毎 に定められている。 農場へのバランスのとれた燐の投入は、 糞尿の過剰地域から 不足地域への輸送によって達成される。 さらに、 燐の含有量の少ない濃厚肥料が 奨励されている。  窒素の投入は、 主として、 当該農家の経営のやり方を適応させることによって、 その程度を減らすことができる。 無機質の流出の諸要因を把握するため、 幾つか の管理方式が、 コンピュータによる酪農家シュミレーションを行って調査された。 窒素肥料の一層効果的な使用、 よりバランスのとれた飼料と組み合わせた制限的 放牧、 そしてこれらよりもやや効果が低いが、 牛一頭当たりの乳量増加の対策を、 コンビネーションよく組み合わせて対策を講じた結果、 硝酸塩の流出を著しく低 減することができた。  また、 スラリー注入法により施肥すると、 農家レベルで、 アンモニアの揮発を 50%近く低減することが出来る。 他のアンモニアの揮発低減化技術、 即ち、 揮 発抑制畜舎やスラリー堆積場の被覆は比較的コストが高くなる。  実際問題として、 スラリーの注入施肥法は義務化された。 また、 この方法は、 環境から糞尿の臭気を大部分取り除いてしまうという、 副次的効果がある。 農場 への糞尿の投入は、 作物の生育シーズンにおいてのみ許される。 酪農家は、 窒素・ 燐等のバランスシートを備えつけておかなければならない。 これらのバランスシ ートに基づいて、 窒素と燐の過剰分に税金が掛けられるのである。  本稿では、 無機質の水中への流出を制限しようとする、 ヨーロッパの幾つかの 目標について、 説明する。 しかし、 個々の国においては、 別の手法を用いて、 一 定の目標に到達しようとしていると同時に、 窒素・燐等の流出に対して適切に対 処するための付加的措置を取っている。  事例研究として、 オランダにおける状況を考察してみる。 オランダでは、 酪農 は集約的な方法で行われている。 窒素と燐は、 制御すべき最も重要な成分と見な されている。 本稿において、 シュミレーション研究の結果を紹介し、 その中で窒 素のバランスに及ぼす幾つかの管理法の影響について、 示すこととする。 また、 窒素の流出を最小限にする取組みについて、 その概要を紹介することとする。

欧州連合における規制


 欧州連合においては、 主として、 窒素の制限に関心が向けられている。 その努 力目標は、 地下水1〓当たりの硝酸塩含有量が50mg未満でなければならないと されている (最終目標は、 地下水1l当たりの硝酸塩含有量は25mg) 。 関係隣 接諸国は、 北海及びライン川への窒素・燐等の流出を50%減らすことに同意し た。  ただし、 今日にいたるまで、 燐については、 努力目標は設定されていない。 し かし、 幾つかの国においては、 糞尿の投入と取扱いについて規制しているので、 燐の投入についても規制していることになる。 一般的取り組みが、 将来の規制に 結果的につながりそうである。 その規制とは、 土地1ha当たりに投入される無機 質の量の制限、 或いは土地1ha当たりで飼養される牛の頭数の一定枠内への制限、 などである。 しかし、 地域内及び地域間で土壌の生産性に大きなばらつきがある ので、 画一的な措置はとれそうにもない。

オランダにおける窒素・燐等の取扱い


 オランダにおいては、 燐と窒素の双方の投入量の制限に重点が置かれている。 窒素に対するヨーロッパのガイドライン (1〓当たり50mg未満) は、 オランダ でも使われている。 また、 農業におけるアンモニア揮発については、 2000年 までに1980年比で50〜70%に減らさなければならない。 燐に関しては、 植物により供給と利用との間のバランスが回復されるべきである。  オランダの牛、 鶏、 豚から生ずる糞尿の量は、 年に約8億トンに達する。 糞尿 の使用については規制があり、 土地1ha当たりの許容投入量が定められている。 例えば草地の場合、 現在は糞尿に由来するP205(燐酸塩) を1ha当たり150 kg、 またトウモロコシ及び一般耕地の場合には、 P205を110kgまで許され ている。  経産牛1頭は年平均でP205を41kg、 若おす牛と未経産牛は同じく9〜1 8kg、 豚1頭は7. 4kg出すと見なされる。 従ってオランダの一部の地域では、 大量の余剰糞尿が生じる。 特に、 養豚と養鶏が集約的に行われる地域で著しい。 農家は売却契約により、 余剰糞尿を処理する。 糞尿処理協同組合が、 この余剰糞 尿を不足している地域に輸送する。  肥育用若おす牛から生ずるスラリーは、 生物学的に処理される。 余剰糞尿を販 売可能な製品に加工するために、 糞尿処理プラントが建設される。 ここで作られ た糞尿ペレットは、 農業外の目的に使われたり、 国外に輸出されることもある。 1995年の全国統計によれば、 約1, 500万トンの糞尿が耕地に散布され、 80万トンが加工処理され、 80万トンが輸出された。 糞尿の処理施設を倍増す る計画があるが、 糞尿をペレット加工するコストは高くつくとされている。  さらに、 糞尿の許容数量が、 各農家に割り当てられる (酪農家の場合;割当数 量=土地面積[ha単位] ×125kgP205) 。 この割当数量を越えた場合には、 その越えた分に関し、 年ベースで税金を支払わなければならない。  農場レベルでの、 燐の一層効率的な使用が、 研究課題の一つになっている。 養 豚の分野では、 飼料の中にFytaseという酵素を入れることによって、 燐の流失を かなり抑えることができた。 さらに、 牧草や飼料作物の燐施肥の正確度を改善す るための試験が行われている。

窒素バランスに影響する飼養管理


 農場レベルの窒素の流出は、 飼養管理の方法を改善することによって、 低減す ることができる。 1) スラリーの注入  張り石を敷いた床の牛舎において、 糞と尿がスラリーとして混合される。 土壌 中にスラリーを直接注入する方法は、 土壌表面に直接散布する方法に比べ、 アン モニアの揮発を80〜100%減らすことができる。 また、 牧草の間にスラリー を挿入する方法も、 窒素の大気中への放出を減らすことができる。 2) スラリーの貯蔵所を被覆する方法  スラリー貯蔵所を屋根又は藁加工品で覆うことにより、 アンモニア揮発量を6 0〜80%減らすことができる。 3) 乳牛1頭当たり乳量の増加  生乳生産割当てシステムの下では、 乳牛1頭当たりの乳量の増加は、 その結果 として1ha当たりの乳牛頭数の減少をもたらす。 このように、 乳牛の産乳能力の 向上は、 窒素の大気中の揮発を低減させる。 4) 窒素肥料の使用を控える方法  放牧地への窒素施肥量は、 各種土壌タイプ間の水補給、 無機化率、 土壌中の窒 素含有量による本来の土壌生産力の差異を、 施肥に先立って考慮するように指導 することによって、 修正されるであろう。 植物の窒素要求量に合わせて、 過不足 なく施肥すれば、 施肥量を減らすことができよう。 5) 放牧制限  放牧シーズン中に、 牛を夜間のみ牛舎に移すやり方は、 土壌への尿の排出量を 減らせるとともに、 硝酸塩の土壌中の溶脱を減らすことができる。 しかしながら、 舎飼時間を増やすと、 アンモニア揮発量を増やす結果になる。 6) 飼料の組み合わせのバランス  牧草類飼料を、 トウモロコシサイレージや飼料ビートの様な窒素含有量の少な い飼料と組み合わせると、 農場レベルの窒素の揮発を減らすことができる。 7) 流出量を抑制する牛舎  張り石床構造にして濯ぎ落とす方式の牛舎、 傾斜をつけた、 堅固な床構造の牛 舎を立てて、 建物内のアンモニア揮発量を20〜50%程度減らす技術が、 現在 開発中である。  上述の幾つかの飼養管理的要因については、 各々の要因が、 農場レベルにおい て、 無機質の流出にそれぞれどの程度寄与しているかを査定するために、 コンピ ュータを駆使して、 酪農場のシュミレーション研究が行われた。 そして、 一連の 模擬農場で、 量的測定が行われた。  それによると、 窒素肥料の控えめの使用、 放牧制限 (窒素含有量の少ない飼料 の給与も含めて) 、 さらにこれより若干効力は劣るが、 乳牛1頭当たりの乳量の 増加による、 単位面積当たりの放牧頭数の抑制を組み合わせてみると、 窒素の地 下水への流出が著しく減少した。 スラリー土壌注入法は、 農場レベルで、 アンモ ニアの揮発を50%近く減らすことができる。 乳牛1頭当たり乳量の増加と窒素 肥料の使用を控える方法は、 アンモニア揮発を更に減らすことができる。  その他の流出抑制技術 (流出抑制牛舎とか、 スラリー貯蔵所の被覆など) は効 果のコストの観点から、 あまり好ましくない。 例えば、 スラリーの土壌注入法に よって、 農場における窒素の無駄を1kg減らすのにかかる年間コストは、 10ギ ルダー未満であるが、 スラリー貯蔵所を屋根で覆う方法のコストは、 20〜40 ギルダー (覆うのは当該年の何ヵ月間かのみ) である。 覆いとして藁加工品を使 う方法は、 経済的にずっと魅力がある。 牛舎構造を変える方法は、 スラリー貯蔵 所を屋根で覆う方法に比し、 高額の投資が必要になる。  以上に述べたいくつかの対応策の有効性は、 図1に示した通りである。 環境対 策の目標に到達するためには、 技術と管理手段の改善がさらに必要である。 図2 は、 図1に示した各種の対応策の経済的側面を図解したものである。 ◇図1:窒素過剰とアンモニアの流出に及ぼす、種々の管理法の効果(ha当たり窒素量:sで示す)◇ ◇図2:種々の管理法により窒素過剰を1s減らしたとき、純収益(ギルダー単位)に及ぼす影響◇

臭  気


 人口過密地域では、 地表に散布されるスラリーの臭気は、 人によっては、 いら いらさせられる問題であろう。 スラリーの散布は作物の育成期にのみ許されてい るので、 シーズンの幕が開けると、 その第1週には国中で大量のスラリーが散布 される。 これがその悪臭を強烈にする。 そのため苦情も増えるのである。 しかし、 土壌へ直に注入するという様な発散抑制技術の導入によって、 環境に浸透するス ラリーの臭気を相当解消することができた。

窒素に関する規制


 土壌への直接注入によるスラリーの施肥法は、 アンモニアの揮発を抑制する上 で、 極めて重要である。 それ故、 スラリーの直接注入法は、 オランダのすべての タイプの土壌で義務化された。 スラリー土壌に注入したり、 或いは牧草間の土壌 表面に挿入するための種々の機械が開発された。  また、 農場への糞尿の投入は、 1年のうち限られた時期 (作物の生育期) のみ 許可されている。 なお、 スラリーの被覆については、 規制が行われている。  さらに、 酪農家はバランスシートを備えつけて、 窒素、 燐酸、 カリの収支の状 況が判る様にしておかねばならない。 (表参照) 表 1ヘクタール当たりの窒素、 燐酸、 カリのバランスシート:ある農家の実例  (草地:25ha、トウモロコシ:5ha、 経産牛:55頭、 一頭当乳量:7,500s)

養分のバランスシート


 オランダにおいては、 窒素・燐等のバランスシートが農業における無機質管理 の基礎となるという考え方で計画されている。 これはすべての農家にとって、 1 つの管理手段であることを意味する。 極度に集約的な経営を営む農場においては、 このようなバランスシートは、 経営方針の確立のためにも、 備えつけるべきであ る。 バランスシートには、 窒素、 燐酸、 カリの各無機物の収支が記録される。 酪 農家は各自の農場にとって、 受容できる成分バランスを達成しなければならない。 受容不可能な無機質の流出には課税される。 窒素・燐等のバランスシートが徴税 の手段として定着すれば、 現行の割当てられた枠を越えた糞尿生産への賦課金は 廃止されるであろう。

その他の廃棄物


 無機物活用の効率化の問題に加えて、 他の廃棄物の問題も解決を迫られている。 主な課題としては、 サイレージ被覆用に使用されたプラスティックの回収と再利 用、 搾乳室から出る廃棄水の処理と再利用の問題がある。 夏期、 スプリンクラー に使う水については、 国内の一部地域で地下水の水位が下がっていることから、 規制が加えられることになるであろう。
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