調査レポート 

米国における酪農制度改革論議

デンバー駐在員 堀口 明、 舟田信寿

 米国は、 生産量からみれば世界最大の生乳生産国である。 しかし、 他の多くの

農産物を輸出しているのに比べ、 乳製品については、 国際競争力の面で立ち後れ

が見られる。 また、 ガットの下でも、 自由化義務免除を受けて輸入割当制度を設

け、 国内生産を保護してきた経緯がある。  米国の酪農は、 長年の間、 ミルク・

マーケティング・オーダー制度と加工原料乳価格支持制度、 それらを実効性のあ

るものとするための輸入制限措置の3つの保護の下で発展してきた。 しかしなが

ら、 今日、 国内的には、 財政事情による予算削減要求、 対外的には、 北米自由貿

易協定 (NAFTA) やガット・ウルグアイラウンド合意による関税化や税率の引き

下げなどの市場開放要求を背景に、 酪農関係者は、 否応なくこれらに対応した制

度改革を迫られている。 これまでも、 時々の情勢に応じて様々な酪農制度の改革

が実施されてきたが、 現在、 95年農業法と関連して検討されている改革は、 米国

酪農の基本構造を変革するものになると考えられている。 影響の大きな改革であ

るだけに、 改革の手法や関係地域の利害をめぐって対立がみられ、 容易に合意に

達することのできない状態が続いているが、 一般的には、 この改革に後戻りは許

されないとの認識がある。 



 今回は、 現在、 大きな転換期を迎えている米国酪農について、 現行制度の概要

と、 制度改革の方向及びその影響に関する論議の内容などを紹介する。 



1.現行酪農制度の概略

(1) 米国の酪農関係制度の誕生  米国の酪農制度は、 小麦やトウモロコシなど畑作部門の価格支持制度と同様に、 1930年代に開始されたものである。 現在の酪農制度は、 飲用規格 (グレードA) 生乳の最低取引価格を規定するミルク・マーケティング・オーダー制度と、 加工 原料用規格 (グレードB) 生乳に対する価格支持制度の2つの制度によって運営 されている。 他の畜産部門で、 生産者に一定水準の販売価格を保証する制度を持 つものはなく、 その意味からも、 酪農が特別な扱いを受けている部門であること がわかる。 また、 昨年までは、 これと併せて、 制度の実効性を確保するために、 輸入割当制度による乳製品の輸入制限措置がとられてきた。  酪農関係制度が設けられる以前は、 乳価は非常に不安定であった。 その原因は、 生乳の特性として、 取り扱いや輸送が難しいこと、 生産と消費の季節周期が一致 していないこと、 取引が生産者と消費者の直接取引から中間取扱業者を通した間 接的な取引に移行したことなどが挙げられる。現行の酪農制度は、 これらの問題 を解決し、 安定した生乳供給を確保することで、 生産者と消費者双方に利益をも たらすことを目的として設けられた。 (2) ミルク・マーケティング・オーダー制度 ア.オーダー制度の目的  ミルク・マーケティング・オーダー制度は、 37年農産物取引協定法 (Agricult ural Marketing Agreement of 1937) に基づき設立された制度で、 飲用乳の秩序 ある取引市場を確立すること、 消費者に対する安定的な牛乳供給を確保すること、 乳価と生産者収入の安定を図ることを目的とした制度である。 この目的を達成す るため、 1) 飲用規格 (グレードA) 生乳に用途別の最低価格を設定し、 2) プー ル乳価を算定して生産者へ乳価を支払うことが定められている。 制度の管理監督 は、 農務省 (USDA) の農業流通局 (AMS) が管轄し、 各オーダー地域ごとに監督 官が配置されている。 制度運営の経費の大部分は、 生産者から徴収される賦課金 によりまかなわれている。 なお、 生乳代金の支払いについては、 各乳業メーカー が、 オーダー監督官の下で、 算定されたプール乳価を、 直接、 生産者に支払う方 法が取られている。 イ.オーダー制度の仕組み  ミルク・マーケティング・オーダー制度は、 飲用規格のグレードA生乳を対象 としたものである。 ただし、 グレードA生乳のすべてが飲用に仕向けられる訳で はなく、 その用途により、 クラスI (飲用向け)、 クラスII (アイスクリーム、 カ ッテージチーズ、 ヨーグルトなどのソフト乳製品向け)、 クラスIII (バター、 チ ーズ、 脱脂粉乳などのハード乳製品向け) に分類され、 毎月それぞれのクラス別 に最低取引価格が決定される。 オーダー地域によっては、 クラスIIIのうち、 脱 脂粉乳をクラスIII Aと分類し、 4区分としている地域もある。  クラス別最低取引価格の算定に当たって、 USDAは、 最初にクラスIIIの取引価 格を設定する。 クラスIII価格は、 長年の間、 乳価の指標とされてきたミネソタ ・ウィスコンシン価格 (M−W価格) と同価格に設定されてきたが、 昨年の5月 からは、 M−W価格に代えて、 基本公式価格 (BFP;Basic Formula Price) が用 いられている。 両者の相違は、 M−W価格が、 加工原料乳生産地帯であるミネソタ ・ウィスコンシン地域の加工原料乳の取引価格調査に基づくものであるのに対し、 BFPでは、 全国を対象とし、 かつ乳製品の価格動向調査に基づくという点にある。  次に、 クラスIとクラスIIの最低取引価格は、 それぞれ、 クラスIII価格に一定 の差額を加えて算定される。 具体的には、 クラスII価格は、 100ポンド当たり30 セントの全国一律の差額をクラスIII価格に加えることにより算定される。 一方、 クラスI価格は、 クラスIII価格にクラスI差額を加えることにより算定されるが、 このクラスI差額は、 マーケティング・オーダーごとに異なっている。 クラスI差 額の構成要因は、 第1に、 生乳を飲用乳として品質保持し、 販売するために必要 な掛かり増し費用相当分 (全国共通) である。 そして第2には、 飲用乳の不足し ている地域に対するミネソタ州やウィスコンシン州からの飲用乳輸送費相当分 (距離に比例しオーダーごとに異なる) である。 ミルク・マーケティング・オー ダー制度を設定した当初は、 飲用乳生産が不足している地域に対し、 生乳生産量 が消費量を上回るミネソタ州やウィスコンシン州から生乳の輸送が可能となるよ う、 輸送費用相当を差額として上乗せすることで、 当該不足地域における供給を 確保する意図があった。  94年のマーケティング・オーダー制度の下での生乳取引の概況をみると、 38の オーダー地域 (95年12月には33に減少) が存在し、 9万2千戸の酪農家により 1,078億ポンド (4,890万トン) の生乳が出荷された。 この数量は、 米国の生乳生 産量全体の約7割に当たるものであり、 このうち41. 6%の生乳がクラスIに仕向 けられた。 ちなみに、 年間平均のクラスI乳価は、 100ポンド当たり14.75ドル、 プール乳価は13. 16ドルであった。 なお、 全米の生乳生産量のうち、 残りの約3 割は、 オーダー制度による規制を受けることなく、 生産者と乳業メーカーとの間 で自由に取引されている。  ミルク・マーケティング・オーダー制度においては、 オーダー内の生産者は、 クラス別に算出された生乳販売額の加重平均であるプール乳価に基づいて支払い を受ける。 すなわち、 あるオーダー内において、 ある月に各生産者が受け取る乳 代は、 出荷した生乳の用途にかかわらず、 プール乳価に販売数量を乗じた金額と なる。 プール乳価の算定方法を単純化した例でみると、 表1のようになる。 表1 プール乳価の算定方法 ───────────────────────────── オーダー内 用途及び 乳 価 販売額 生産者 販 売 量 (100ポンド当たり) 1 2 3 (1×2) ───────────────────────────── A 飲用乳 クラスT価格 480万ポンド $13.96 $670,080 ───────────────────────────── B アイスクリーム クラスU価格 150万ポンド $11.81 $177,150 ───────────────────────────── C チーズ クラスV価格 800万ポンド $11.41 $912,800 ─────────────────────────────  販売額合計  4 (3のA〜C合計)       $1,760,030 ───────────────────────────── 販売量合計 5 (1のA〜C合計)    1,430万ポンド ─────────────────────────────  プール乳価(100ポンド当たり)  (4/5)      $12.30 ───────────────────────────── (3) 加工原料乳価格支持制度 ア.制度の目的  この制度は、 政府機関である商品金融公社 (CCC) が、 乳製品の製造業者等か らの申し出に基づき乳製品を無制限に買い上げることで、 加工原料乳の価格を間 接的に支持する制度である。 この制度は、 1) 十分な生乳生産を確保すること、 2) 生産コストを反映した乳価を設定すること、 3) 将来の安定的な供給が保証され るよう、 酪農経営の維持に必要な所得を保証することを目的としたものである。  現行の加工原料乳価格支持制度は、 恒久法である49年農業法の下で定められた ものであるが、 実際には、 それ以後の農業法で規定される内容により運営されて いる。 現在の制度運営は、 90年農業法に基づくものとなっている。 イ.制度の仕組み  加工原料乳の支持価格は生乳ベースで決定されるが、 実際の支持方法は、 CCC が加工原料乳支持価格に加工費等を加算してバター、 脱脂粉乳、 チーズの買い上 げ価格を算定し、 その価格でこれらの製品を買い上げるという間接的な形で行わ れる。 CCCは、 製造業者などから申し込みのあった乳製品の品質が基準に達した ものであれば、 公表した買い上げ価格で、 数量に制限を定めずに買い上げを行う とされている。  支持価格は、 49年農業法以降、 81年まではパリティ方式により算定されていた。 しかし、 この算定方式の下で支持価格水準が引き上げられた結果、 生産を刺激し、 生産過剰問題が生まれた。 このため、 政府は、 パリティ方式による支持価格の算 定を廃止し、 以後は、 農業法など時々の法律に基づき、 支持価格を算定する方式 を用いている。 90年農業法においては、 91年から95年までの価格決定方式が定め られた (93年包括財政調整法により96年まで延長)。 その内容は、 支持価格の最 低水準を100ポンド当たり10. 10ドルとし、 CCCの翌年の乳製品買い上げ見込み数 量 (毎年11月20日までに議会に報告) に基づき支持価格を調整するというもので ある。 こうした支持価格の算定における一連のプロセスは、 農業法の規定に基づ き、 農務長官の権限で実施されるため、 公聴会等により関係者の意見を聴取する ことはない。  なお、 輸出補助金制度であるDEIPによる民間企業の輸出数量も、 CCCの在庫か らではないものの、 制度がなければ輸出は行われないとの考え方から、 CCCの乳 製品の買い上げ見込み数量に含まれる (表2)。 表2 CCCの乳製品買い上げと支持価格 ──────────────────────────────────── 翌年の買い上げ見込み数量(全乳固形分ベース) 支持価格の調整 ──────────────────────────────────── 35億ポンド未満 支持価格を25セント以上引き   上げる ──────────────────────────────────── 35億ポンド以上50億ポンド未満 支持価格を据え置く ──────────────────────────────────── 50億ポンド以上 支持価格を25〜50セント引き   下げる ──────────────────────────────────── 注:翌年の買い上げ見込み数量が70億ポンド以上の場合は、支持価格引き下げの   措置のほかに、余乳処理に必要と見込まれる経費相当額を賦課金として生産   者から徴収することができる。  90年農業法の制定以降、 CCCによる買い上げ見込み数量が35億ポンド以上の年 が続いたため、 90年1月以降、 支持価格は法律で定められた最低水準である100 ポンド当たり10.10ドルのままとなっていた。 昨年11月に発表された96年の買い 上げ見込み数量は、 初めて34億7千万ポンドと基準数量を下回ったため、 96年1 月から、 支持価格は10. 35ドルに引き上げられた。 また、 これに伴い、 乳製品の 買い上げ価格も変更され、 バターは1ポンド当たり0.6500ドル、 脱脂粉乳は同 1.0650ドル、 チーズは同1. 1450ドルとなった。  このように、 CCCによる買い上げ数量をトリガーとした支持価格水準の見直しは、 買い上げ量の増加と支持水準の引き下げを結びつけることにより生産を抑制する という生産調整機能を果たしている。 一方、 90年財政調整法と93年包括財政調整 法は、 財政支出削減対策として、 酪農関係では、 91年から97年まで生産者から賦 課金を徴収する規定を設け (ただし、 前年より生乳生産量を増加させなかった生 産者には、 その請求に基づき賦課金の還付を行う)、 支持価格の調整による生産 調整と併せて二重の調整機能を講じている (表3)。 表3 生産者賦課金の徴収及び還付状況 ───────────────────────────────────── 暦年 生産者賦課金 調整賦課金 流通削減量 還付請求者数  還付額 ($/100ポンド) ($/100ポンド) (億ポンド) (戸) (百万ドル) ───────────────────────────────────── 1991 .0500 − 46 47,805 23.2 1992 .1125 .0240 36 38,595 50.7 1993 .1125 .0510 55 54,403 80.3 1994 .1125 .0803 47 47,956 72.8 1995 .1125 .0698 − − − 1996 .1000 − − −    −   1997 .1000 − − −    −  ───────────────────────────────────── 注:調整賦課金は、還付状況に応じた追加徴収の賦課金。 資料:「1994-95Dairy Price Support Program, Commodity Fact Sheet」    USDA/CFSA  このように、 生産調整について、 注意深い対策がとられている背景には、 80年 代中頃の直接的な生産調整対策が成功しなかったことへの反省があると考えられ る。  米国では、 農家戸数、 乳牛頭数が一貫して減少しているにもかかわらず、 育種 改良と飼養技術の向上による乳牛1頭当たりの泌乳量の増加から生乳生産量の増 加が続いている。 70年代後半からは、 生乳生産の伸びと需要の伸びのギャップの 拡大傾向が顕著となり、 余乳処理が財政支出面での大きな負担となりつつあった。  これを解決するために、 83年に打ち出された生乳転換計画は、 15カ月間にわた って前年の生乳生産量を基準に一定割合の生産量を削減する事業で、 この計画に 参加した生産者には、 減産数量100ポンド当たり10ドルの助成金が交付された。 この事業により、 いったん生乳生産量は減少したものの、 事業の終了とともに、 生乳生産者は生産を再び拡大し、 事業実施以前の余乳処理問題が再び発生してし まった。  このような状況において、 次にとられた対策が、 酪農経営休止計画である。 85 年農業法の一環として創設され、 86年から87年にかけて実施されたこの制度は、 事業参加生産者にすべての乳牛のと畜または売却を行わせ、 これに対して補償金 を支払うものであった。 政府は、 事業実施の経費の一部に充てるため、 86年には 100ポンド当たり0.4ドル、 87年には0.25ドルの賦課金を生産者から徴収した。 この事業により、 通常の乳牛の更新によると畜の他に、 全体の乳牛の約7%がと 畜された結果、 政府の余剰乳製品買い上げは大きく減少した。 しかし、 事業に参 加していない生産者は生産量を伸ばし続け、 また、 5年間の経営休止期間終了後 は、 より近代的な施設で酪農経営に復帰する生産者がみられるなど、 生産調整の 根本的な問題解決にはならなかった。  なお、 この事業は、 乳牛のと畜を一時的に集中させ、 供給増から牛肉価格の低 落を招来したため、 この影響を受けた肉牛生産者が酪農政策へ関心を寄せる契機 となった。 ウ.乳製品の販売  CCCの買い上げた乳製品は、 買い上げ価格の110%以上の価格で用途無指定販売 が可能であるが、 処理の主体は海外への援助事業や、 軍の食糧用などの政府事業 となっている。

2.95年農業法と酪農制度改革

(1) 予算調整法案と酪農関係規定  95年農業法案は、 財政支出の削減 (予算収支均衡) と農業における生産者の選 択権の拡大を2大テーマとして検討されてきたが、 予算調整法案にその内容が組 み込まれたことにより、 全体の財政支出削減内容とも関連することとなった。 こ のため、 審議が難航し、 大統領の拒否権の発動もあって、 96予算年度の開始時期 (95年10月) はおろか、 96年に入っても成立をみないという異例の事態になって いる。 また、 予算調整法案には、 主要な農産物計画等の農業関係法案の内容が上 下両院の統一案として盛り込まれた中で、 酪農関係法案は、 これからは除外され てしまった。 これは、 上下両院で可決された酪農関係法案に大きな隔たりがあっ たためであるが、 その内容は、 次のとおりであった。 ア.上院案 ・ 加工原料乳価格支持制度による買い上げ対象乳製品からバターと脱脂粉乳を  除外し、 チーズのみを対象とする。 ・ チーズの支持価格水準を96年は生乳100ポンド当たり10.00ドルとし、 2002年  まで毎年10セントづつ引き下げる。 ・ ミルク・マーケティング・オーダー制度は維持する。 ・ 生産者賦課金制度は廃止する。 ・ DEIPは維持する。 イ.下院案 ・ 加工原料乳価格支持制度及びミルク・マーケティング・オーダー制度をとも   に廃止し、 その後7年間にわたり、 生産者に過去の生産実績に基づく助成金を  交付する。 ・ 生産者賦課金制度は廃止する。 ・ DEIPは維持する。 (2) 両院案の提案の経緯  両院案とも、 財政支出の削減を主眼としているものの、 その方法が大きく異な っている。 上院では、 酪農政策に特別な関心を寄せる議員がいないこともあり、 酪農団体の多数派の考えに近い、 現行制度の継続を基本とした改革案が提出され た。 これに対し、 下院においては、 現行制度を廃止して、 デカップリング政策に 移行するという抜本的な改革案が提出された。  上院の農業関係法案の作成に主 導的役割を持つ、 ルーガー上院農業委員長 (共和党、 インディアナ州選出) は、 予算支出の削減の必要性については下院と共通の認識を持つものの、 支出削減の ための制度改革の手法については、 従来の制度を基本とした緩やかな改革を行う ことが望ましいとの考えを持ち、 酪農関係法案の内容に大きな改革を盛り込まな かった。  一方、 下院畜産酪農小委員会を率いるガンダーソン委員長 (共和党、 ウィスコ ンシン州選出) は、 当初、 上院案に近い比較的緩やかな改革案を提案する意向で あったが、 地域間の意見の対立や乳業団体の反対などで、 全体の合意を得られな かった。 このため同議員は、 「現行制度の廃止が次善の選択肢である」 との考え の下に、 ロバーツ下院農業委員長 (共和党、 カンザス州選出) の提唱していた、 デカップリング政策への移行を主な内容とする 「農業自由法案」 の手法にならい、 ミルク・マーケティング・オーダー制度および価格支持制度の廃止と、 移行期間 内の生産者に対する補償金の直接交付という大幅な改革案を提唱するに至った。  予算調整法案に農業関係規定を盛り込むという変則的な方法がとられることと なった農業法案の内容は、 上下両院において議決された内容を調整するため、 両 院協議会による調整が行われた。 この結果、 予算調整法案における農業法関係規 定の内容は、 ロバーツ下院農業委員長の提唱する農業自由法案に沿ったものとな ったが、 酪農関係の規定内容については、 地域間の意見の対立から下院案に沿っ た調整が不調に終わり、 結局、 予算調整法案から酪農関係規定を除外することと なった。 このとりまとめを困難にした地域間対立は、 ミルク・マーケティング・ オーダー制度の廃止に伴う影響が、 北部中西部を中心とする加工原料乳生産地帯 と、 北東部、 南東部などの飲用乳生産地帯で大きく異なる点に起因している。 両 院協議会における法案内容の調整過程において意見を対立させたガンダーソン委 員長とソロモン下院議員 (共和党、 ニューヨーク州選出) が、 ともに共和党、 酪 農州選出という背景を持ちながら、 意見を異にしたことが、 端的にこのことを表 している。 (3) 下院と生産者団体間で妥協案成立  下院農業委員会は、 1月25日付けのニュース・リリースで、 主要酪農団体と関 係議員との間で酪農関係法案の内容について合意が得られたことを伝えた。    上下両院の協議が不調となり、 酪農関係規定が予算調整法案から除外された後、 法案の内容については、 最大の生産者団体である全米生乳生産者連盟 (NMPF) を 中心に、 生産者団体の間で地域間の意見調整などが行われ、 生産者側としての妥 協案が成立した。 その後、 昨年12月から今年1月にかけて関係議員との意見調整 が行われ、 今般、 合意に達したものである。 主要な合意内容は以下のとおりとな っている。 ・ 加工原料乳価格支持制度による買い上げ対象乳製品からバターと脱脂粉乳を  除外し、 チーズのみを対象とする。 ・ チーズの支持価格水準を96年は生乳100ポンド当たり10.35ドルとし、 今後5  年間にわたり、 毎年10セントづつ引き下げる。 ・ 生産者賦課金制度は廃止する。 ・ バター、 粉乳、 チーズを対象としてローンレート制度を設ける。 ・ 輸入乳製品に対し、 消費拡大のため100ポンド当たり10セントの賦課金を課す。 ・ DEIPは維持する。 ・ ミルク・マーケティング・オーダー制度によるオーダー地域を8〜13地域に  統合する。  この合意内容は、 予算調整法案における上院案に近いもので、 新たにローンレ ート制度を設けるなど、 改革の内容としては緩やかなものであるといえる。 乳業 団体などからの反対はあるものの、 予算調整法案において酪農制度の大幅な改革 案を提示したガンダーソン議員を初めとする関係議員はこの案を了承しており、 今後の審議は、 この内容を盛り込んだ法案を基に進められるものと考えられる。

3.酪農関係者の見解

 制度改革の最終的な内容は明らかになっていないが、 農業政策研究機関は制度 改革の影響について、 分析報告を行っている。 また、 酪農関係者は、 今後の酪農 の状況について、 様々な見解や問題提起を行っている。 これらの分析や見解など は、 現実のものとなるかどうかは別として、 制度改革の内容が最終的に決定され たときに、 改めてその影響を考える際の参考になると思われるので、 参考として 以下に紹介する。 (1) FAPRIによる上下両院案の影響予測  農業政策の研究機関である食糧農業政策研究所 (FAPRI) は、 乳牛頭数、 生乳 生産量、 乳価及び生産者所得などについて、 予算調整法案における上下両院案の 影響を予測している。 これによれば、 支持制度の全廃等、 より大幅な改革内容を 含む下院案の方が、 上院案よりも生産者にとってよりネガティブな影響がでると している。 例えば、 プール乳価の低下幅についてみると、 実施初年度と仮定した 96年に、 上院案では、 100ポンド当たり0. 60ドルと予測されているのに対し、 下 院案ではその1. 8倍の1. 05ドルと予測されている。 こうしたことが、 NMPFが下 院案の実施が酪農経営に大きな打撃を与えるとして、 これに強く反対した背景に あったとみられる。  また、 予測結果は、 下院案に従ってミルク・マーケティング・オーダー制度を 廃止した場合、 乳価の下落幅が地域によって異なることを示している。 具体的に は、 飲用向けの比率の高い北東部や南東部では、 乳価の低下幅が大きいのに対し、 加工原料乳の生産地帯である北部中西部では、 下落幅が比較的小さいものとなっ ており、 下院案をめぐる意見の対立を裏付けるものとなっている (表4)。 表4 上下両院の酪農法案による影響分析 ──────────────────────────────────── 1994 1995 1996 1997 1998 ──────────────────────────────────── 乳牛飼養頭数(千頭) 上院案 9,525 9,515 9,410 9,186 8,988 下院案 9,525 9,515 9,401 9,159 8,944 両案対比(下-上)/上(%) 0.0 0.0 -0.1 -0.3 -0.5 ──────────────────────────────────── 生乳生産量(百万ポンド) 上院案 153,622 156,800 159,769 160,888 161,821 下院案 153,622 156,800 159,381 160,110 160,844 両案対比(下-上)/上(%) 0.0 0.0 -0.2 -0.5 -0.5 ──────────────────────────────────── 飲用向乳価($/100ポンド) 上院案 13.03 12.77 12.54 12.58 12.80 下院案 13.03 12.77 12.10 12.02 12.36 両案対比(下-上)/上(%) 0.0 0.0 -3.5 -4.4 -3.5 ──────────────────────────────────── 加工向乳価($/100ポンド) 上院案 12.00 11.72 11.45 11.49 11.70 下院案 12.00 11.72 11.18 11.28 11.61 両案対比(下-上)/上(%) 0.0 0.0 -2.3 -1.8 -0.8 ──────────────────────────────────── プール乳価($/100ポンド) 上院案 12.97 12.73 12.13 12.17 12.38 下院案 12.97 12.73 11.68 11.57 11.92 両案対比(下-上)/上(%) 0.0 0.0 -3.7 -4.9 -3.7 ──────────────────────────────────── 生産者所得($/100ポンド) 上院案 1.69 1.53 0.21 0.74 1.02 下院案 1.69 1.53 -0.13 0.30 0.70 両案対比(下-上)/上(%) 0.0 0.0 -164.9 -59.2 -30.6 ──────────────────────────────────── ──────────────────────────────────── 1999 2000 2001 2002 96-02平均 ──────────────────────────────────── 乳牛飼養頭数(千頭) 上院案 8,855 8,736 8,616 8,483 8,896 下院案 8,801 8,801 8,553 8,419 8,851 両案対比(下-上)/上(%) -0.6 -0.6 -0.7 -0.8 -0.5 ──────────────────────────────────── 生乳生産量(百万ポンド) 上院案 163,659 165,369 167,019 168,313 163,834 下院案 162,554 164,178 165,802 167,034 162,843 両案対比(下-上)/上(%) -0.7 -0.7 -0.7 -0.8 -0.6 ──────────────────────────────────── 飲用向乳価($/100ポンド) 上院案 12.84 13.02 13.07 13.13 12.85 下院案 12.48 12.70 12.86 12.91 12.49 両案対比(下-上)/上(%) -3.5 -2.4 -1.7 -1.7 -2.8 ──────────────────────────────────── 加工向乳価($/100ポンド) 上院案 11.74 11.92 11.98 12.03 11.76 下院案 11.73 11.96 12.12 12.17 11.72 両案対比(下-上)/上(%) -0.1 0.4 1.2 1.2 -0.3 ──────────────────────────────────── プール乳価($/100ポンド) 上院案 12.41 12.57 12.64 12.68 12.42 下院案 12.03 12.27 12.42 12.46 12.05 両案対比(下-上)/上(%) -3.0 -2.4 -2.4 -1.7 -3.0 ──────────────────────────────────── 生産者所得($/100ポンド) 上院案 1.15 1.28 1.27 1.30 0.99 下院案 0.94 1.11 1.17 1.17 0.75 両案対比(下-上)/上(%) -18.7 -12.9 -8.1 -9.6 -43.4 ──────────────────────────────────── 資料:「Analysis Of United States House and Senata Agricultural Reconciliation Provisions」 Food and Agricultural Policy Research Institute(FAPRI) (2) 酪農関係者の見解 ア.生乳価格について ・ 酪農の廃止により、 一層厳しい競争が行われることとなる。 ・ クラスI乳価が低下する。 特に、 現在クラスI生乳の生産比率の高い地域は大  きな影響を被る。 ・ 大規模経営で品質のよい生乳を生産し、 飲用乳処理工場に近い地域の生産者  が高い乳価による取引を行えるようになる。 ・ 用途にかかわらず、 すべての乳価が低下するが、 加工向け乳価では、 チーズ  向けよりもバター、 脱脂粉乳向けの乳価の下落が大きい。 ・ マーケティング・オーダー制度によるクラス別価格が廃止された場合でも、  飲用向け生乳には加工向けより高い乳価が支払われる。 ・ マーケティング・オーダー制度におけるプール乳価方式廃止後の乳価算定方  式は未定。 なお、 乳価に関する一般的な認識としては、 飲用乳価は、 現行のプ  ール乳価に近づく方向で下落し、 一方、 加工用乳価は、 逆にこれに近づく方向  で上昇する。 特にチーズ向けの乳価は他の用途よりも値上がり幅が大きい。 ・ 乳価の統一性が失われ、 生産者間、 農協間、 生産地域間などで乳価の相違が  大きくなる。 ・ 低コスト化へ向けての競争が激化するため、 生産者に対する何らかの価格保  証対策が必要になる。 イ.取引形態 ・ 酪農協を通じて販売する農家は減少傾向にあるが、 制度改革後、 処理業者は、  安価で、 安定した供給源を確保するため、 独自の供給源としての酪農家の確保  を図るものと思われる。 一方、 市場の需要に対応した柔軟な供給を行うという  側面から、 酪農協に依存することも十分予想される。 ・ 需給調整機能については、 一般的には酪農協がこれを担うとみられるが、 そ  の場合、 どのような方法でこれを行い、 その費用負担をどのようにするかが問  題となる。 ・ 乳価の変動幅が大きくなり、 生産者の経営リスクが増すことになる。 このた  め、 先物取引や、 契約生産によるリスク回避の方法が多くとられるようになる  とみられる (この点に関しては、 ニューヨークのコーヒー・砂糖・ココア取引  所 (CSCE) やシカゴ・マーカンタイル取引所 (CME) が、 昨年末から今年始め  にかけて相次いで生乳の先物取引やオプション取引を開始した)。 ウ.酪農協の役割 ・ 酪農協の役割は今まで以上に重要なものとなる。 従来と同様、 生乳の販売機  能を担うとともに、 乳価の保証機能を担うことが期待されるようになる。 ・ 酪農協の合併が進み、 生乳の販売機能が強化される。 また、 乳製品の製造部  門に加えて飲用乳処理部門への進出が行われる。 ・ 酪農協と生産者、 及び乳業メーカー間の契約生産・販売が進む。 ・ 処理工場を持たず、 生乳販売のみを行う酪農協の消滅が予想される。 ・ 酪農協は存在意義を保つため、 関係者にとって価値のある何かを提供するも  のにならなければならない。 その場合の価値とは、 生乳生産の低コスト化や、  生乳販売の合理化に関係するものである。 ・ 酪農協に属する生産者は、 今まで以上に組織の所有者、 投資者としての意識  を持つことが必要になる。 エ.輸出市場 ・ 乳製品の国際価格は、 これまでよりも高い水準で推移すると見込まれるが、  世界市場が米国の国内市場より魅力的なものになるとは思われない。 ・ 今回の改革により、 直ちに、 バター、 チーズ、 脱脂粉乳など主要な乳製品が  輸出されることになるとは考えられない。 ただし、 改革は、 乳価や生産コスト  の引下げ努力を助長し、 乳製品の輸出環境を整えるものとなる。

4.おわりに

 酪農生産者団体と酪農関係の主要議員の間で、 法案内容についての合意がなさ れたとはいえ、 最終的に酪農制度改革の結論が出されるまでには、 これから先も 更に論議が重ねられると思われるが、 いずれにしても、 酪農に対するこれまでの 保護の枠組みが取り払われていくことは確実であろう。 その結果、 自由な市場取 引を前提とした生乳の生産・流通体系が生まれ、 これまでどちらかといえば内向 きであった米国酪農が、 徐々に国際競争力を強め、 将来、 国際市場において主要 な地位を占める方向に向かうことが考えられる。  今後の米国酪農の将来像を描くためには、 現在の酪農制度の改革の後に現れる 一つ一つの動きを観察し、 その方向を見据えることが必要であろう。
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