調査レポート 

豪州の肉牛経営と酪農経営の動向 (豪州の農業生産費調査から)

シドニー駐在員 鈴木 稔、 石橋 隆

はじめに


 豪州では、 農業経営の動向を収入やコストの面から分析する 「Farm Surveys」 が第一次産業・エネルギー省の農業資源経済局 (ABARE) から毎年公表されてお り、 主要な農業経営の形態別に農家経営の動向を把握することができる。  本年も、 先頃、 94/95年度 (7月〜6月) の状況と95/96年度の見通しが公表 されたところである。  本レポートでは、 この 「Farm Serveys」 から最近の豪州農業経営の概況を紹介 するとともに、 肉牛経営、 酪農経営の動向などについて検討してみた。

1 「Farm Surveys」 とは


 この 「Farm Surveys」 は、 ABAREが統計的手法を用いて標本農家を抽出し、 抽 出された対象農家の経営内容を調査分析したものである。 調査は、 豪州農業の基 幹作物である穀物、 畜産 (肉牛、 酪農、 羊) について、 専業、 複合を併せて、 1) 穀物専業農家 (小麦中心)、 2) 穀物−畜産複合経営、 3) 羊専業経営、 4) 羊−肉 牛複合経営、 5) 肉牛専業経営、 6) 酪農経営、 の6経営類型に分類したうえで、 それぞれの経営動向を報告している。  この調査は、 昨年6月から11月までの間に、 ABAREの専門調査員が農家を訪問 し、 それぞれの農家の経営内容を聴取するとともに、 関連情報を収集して農家の 生産状況や経営内容を取りまとめたものである。     調査対象農家は、 前年と比較できるよう定点観測を原則としているが、 離農や 経営転換などによって、 一部入れ替わりがあるようである。  農家の経営分析は、 1経営体単位で行われているが、 まず生産物販売に係る現 金収入と現金支出を把握し、 その差額 (現金収支) から家族労働費、 減価償却費 などの費用を差し引き、 最終的な収益性を分析している。  また、 同じ作目でも州によって生産状況が大きく異なるので、 経営内容を州ご とに区分している。

2 農業経営全般の動向


(1) 94/95年度における農業経営の動向
 豪州の基幹作物である穀物、 畜産についての6経営類型別の経営動向について、 現金所得 (現金収入−現金支出) を比較したのが図1である。  94/95年度は、 干ばつが悪化し、 主として穀物や肉牛生産に大きな被害を及ぼ したことから、 農家の現金所得は、 全体で前年度比6%減の3万7, 360豪ドル (325万円) に低下した。  特に、 穀物専業経営と肉牛専業経営への被害が大きく、 現金所得は、 それぞれ 前年度比16%減の6万5, 580豪ドル (570万円)、 同43%減の2万5, 180豪ドル (219万円) と大幅に低下した。  一方、 羊専業経営と羊−肉牛複合経営の現金所得は、 国際的に羊毛価格が好調 に推移したことから、 それぞれ前年度比117%増の2万4, 970豪ドル (217万円)、 同41%増の3万1, 670豪ドル (275万円) に上昇した。  この結果、 現金所得を確保した農家、 すなわち現金収入が現金支出を上回った 農家の割合は、 基幹農業全体で93/94年度の81%から94/95年度には75%に減少 した。 特に、 穀物専業農家が91%から81%に、 肉牛専業農家が81%から62%にそ れぞれ減少し、 干ばつの影響を強く受けたことを示している (図2参照)。
◇図1:豪州農業の経営類型別の現金所得の推移◇
◇図2:経営類型別の現金所得確保農家の割合◇
(2) 95/96年度の農業経営の見通し
 95/96年度の見通しについては、 主要な農業地帯での干ばつもほぼ終息し、 生 産が急速に回復したことから、 現金所得は一転して改善の方向に向かい、 全体で 5万2, 600豪ドル (457万円) と前年度比41%の増加が見込まれている。  特に、 穀物専業経営と酪農経営は、 好調な海外市況という追い風もあって、 現 金所得はそれぞれ前年度比138%増の15万6, 200豪ドル (1, 358万円)、 同31%増 の6万3, 600豪ドル (553万円) と大幅な増加が見込まれている。  しかしながら、 肉牛専業経営は、 干ばつ被害からの立ち直りの遅れや、 米国の 牛肉生産過剰に伴う輸出環境の悪化により肉牛価格が急落したことなどから、 現 金所得は前年度比69%減の7, 900豪ドル (69万円) と大幅な減少が見込まれてい る。 これにより、 肉牛専業経営は、 6経営類型の中で最も現金所得の低い部門に なるとみられている。  また、 羊毛価格も再び下落したことから、 羊専業農家の現金所得も前年度比36 %減の1万5, 900豪ドル (138万円) と見込まれている。  一方、 95/96年度において現金所得を確保した農家の割合は、 全体で74%と前 年度より若干低下すると見込まれている。 これを各部門別に比較すると、 穀物専 業農家と酪農家は9割以上が現金所得を確保するものの、 肉牛専業農家と羊専業 農家は5〜6割の水準にとどまる見込みで、 輸出環境の善し悪しによって明暗が はっきり分かれるとみられる。  なお、 酪農経営について最近3年間の推移をみると、 他の部門と比較して、 現 金所得を確保した割合は非常に高く、 安定した経営が続いている。 これは、 酪農 の中心がビクトリア州など降雨に恵まれた地域に分布し、 比較的干ばつの被害を 受けなかったことや、 最近における海外からの順調な乳製品需要に支えられ、 乳 価上昇など生産環境に恵まれたためと考えられる。 さらに、 酪農は他の農業分野 と違い、 飲用乳については州政府が乳価を行政的に設定しているほか、 加工原料 乳生産者に対しても生乳課徴金を原資とした交付金が支給されるなどの政策がと られていることも、 経営が安定している一因と考えられる。

3 肉牛専業経営の動向


(1) 州別の経営規模・概要
 94/95年度の肉牛専業経営は、 1万9, 901戸、 専業経営が飼養する肉牛頭数は 全体の69%と推計されている。 表1は、 肉牛専業経営の州別の経営規模、 分布を 示したものである。 表1 肉牛専業経営の規模・分布[94/95年度(暫定値)] ───────────────────────────────────────────── 州 NSW VIC QLD SA WA TAS NT 全体 ───────────────────────────────────────────── 推計農家戸数(戸) 5,375 5,372 6,965 995 398 597 199 19,901 戸数割合(%) 27 27 35 5 2 3 1 100 頭数割合(%) 19 9 51 3 7 1 10 100 1戸当たり平均農地面積(ha) 915 239 15,098 60,575 41,189 325 356,774 12,722 1戸当たり飼養規模(頭/戸) 472 232 1,019 1,275 1,031 329 6,984 699 1頭当たり農地面積(ha) 1.94 1.03 14.82 47.51 39.95 0.99 51.08 18.20 ─────────────────────────────────────────────    注:1肉牛頭数全体に占める専業経営の飼養割合は69%。      2フィードロットを含む。   資料:ABARE「Farm Surveys」(1996)  なお、 肉牛専業経営といっても、 肉牛以外に羊を飼養しているほか、 小麦、 大 麦等の穀物を生産している場合が多い。  肉牛専業農家の戸数については、 クィーンズランド州 (QLD) が35%、 ニュー サウスウェールズ州 (NSW) が27%、 ビクトリア州 (VIC) が27%を占め、 この3 州で全体の9割近くを占めている。  頭数については、 クィーンズランド州が51%と過半を占め、 次いでニューサウ スウェールズ州の19%、 ノーザンテリトリー (NT) の10%となっている。 ノーザ ンテリトリーは、 戸数では全体の1%に過ぎないが、 頭数では10%を占めている。  肉牛専業経営の1戸当たりの農地面積と飼養規模は、 約1万2, 700ヘクタール、 699頭となっているが、 州によってその規模は大きく異なっている。  例えば、 肉牛生産の主体を成すニューサウスウェールズ州とクィーンズランド 州を比較しても、 飼養規模は、 ニューサウスウェールズ州の472頭に対して、 ク ィーンズランド州は1, 019頭と、 2倍以上の規模となっている。 農地面積につい ても、 ニューサウスウェールズ州の915ヘクタールに対して、 クィーンズランド 州は、 約17倍の1万5千ヘクタールと、 かなりの大規模経営が展開されている。  また、 豪州北部のノーザンテリトリーは、 農地面積が36万ヘクタール、 飼養規 模が約7千頭と、 その経営規模は他州と比較して圧倒的に大きい。  一方、 豪州南部に位置するビクトリア州とタスマニア州 (TAS) は、 平均農地 面積がそれぞれ239ヘクタール、 325ヘクタールと小さく、 飼養頭数も232頭、 329 頭と豪州平均を大きく下回っている。  これらの数値から、 肉牛1頭当たりの農地面積を算出すると、 ビクトリア州と タスマニア州がほぼ1ヘクタールであるのに対し、 ノーザンテリトリーは約50ヘ クタールと大きな開きがある。 所有農地のすべてが肉牛の飼養に向けられている わけではないが、 これらの数値は大まかな牧養力の指標になると考えられる。  つまり、 ビクトリア州やタスマニア州では、 温暖で比較的降雨量が多く、 牧草 条件に恵まれているのに対し、 ノーザンテリトリーやクィーンズランド州では、 その大部分が乾燥地帯であり、 自然環境が厳しいことを物語っている。 州別の1 頭当たり農地面積の格差は、 このような自然条件の違いを大きく反映していると いえる。  このように、 豪州の肉牛専業経営と一言でいっても、 地域によってその経営規 模や経営形態は大きく異なっている。 (2) 最近の肉牛専業経営の動向と見通し
ア 肉牛専業経営の現金収支と収益性  表2に最近の肉牛専業経営における現金収支と収益性に関するデータを示した。  94/95年度においては、 干ばつによって農家現金所得は大幅に低下したが、 95 /96年度は、 牛肉輸出の不振による収益性の一層の悪化が見込まれており、 肉牛 専業経営は非常に厳しい状況に置かれている。 表2 肉牛経営の現金収支と収益性 (単位:豪ドル) ───────────────────────────────────── 区 分 93/94年度 94/95年度 95/96年度 (暫定値) (見込み) ───────────────────────────────────── 現金収入 182,892 162,820 133,660 販売−肉牛 156,356 139,280 − −他の家畜 2,815 2,450 − −羊毛 2,367 1,210 − −穀物(小麦等) 4,540 3,960 − 経営外契約収入 3,457 1,990 − その他の現金収入 13,357 13,930 − 現金支出 138,561 137,640 125,700 家畜購入(肉牛等) 30,163 34,850 − 肥料・農薬費 5,890 4,650 − 飼料費 15,244 20,010 − 燃料費 7,671 6,670 − 修繕・維持費 11,148 10,050 − その他物材費 10,627 8,020 − 雇用労働費 7,823 6,950 − 契約・サービス費 28,653 26,210 − 地方税 4,053 4,310 − 利子 12,481 10,620 − 地代 1,160 1,320 − 株主配当 430 290 − その他現金支出 3,217 3,690 − 農業現金所得 44,331 25,180 7,900 在庫増価 -8,613 -240 − 減価償却費 13,541 13,280 − 家族労働費 28,080 26,850 − 農業事業収益 -5,903 -15,190 -29,300 農業現金所得がマイナスの割合(%) 19 38 42 農業事業収益がマイナスの割合 62 79 83 ───────────────────────────────────── 資料:ABARE「Farm Surveys」(1996) 1) 現金収入  現金収入は、 家畜及び農産物販売による収入、 農場経営以外からの収入、 その 他の現金収入などで構成されている。  94/95年度の肉牛専業農家1戸当たりの平均現金収入は、 16万2, 820豪ドル(1, 416万円) で、 そのうち肉牛販売収入は13万9, 280豪ドル (1, 211万円) と、 全 体の86%を占めている。 前年度と比較すると、 干ばつの終息による牛群の再構築 のため肉牛販売頭数が減少したことや、 1頭当たりの販売単価が低下したことで、 肉牛販売収入は11%減少した。  また、 他の農産物の販売収入も減少しており、 この結果、 その他の現金収入が 若干増加したものの、 全体の収入は前年度比で11%減少した。  さらに、 95/96年度の現金収入は、 海外市場における牛肉需要の低迷から肉牛 価格が急落したことを反映して、 前年度比18%減の13万3, 600豪ドル (1, 162万 円) に低下すると見込まれている。 2)  現金支出  現金支出は、 家畜購入費、 飼料費、 燃料費、 修繕・維持費、 契約・サービス費 などからなっている。  94/95年度の1戸当たり平均現金支出額は、 前年度比1%減の13万7, 640豪ド ル (1, 197万円) となった。 そのうち支出額の多いものとしては、 肉牛購入費 (現金支出の25%)、 飼料費 (15%)、 契約・サービス費 (19%)、 利子 (8%)、 修繕・維持費 (7%) などが挙げられる。  前年度と比較すると、 肉牛購入費が16%増の3万4, 290豪ドル (298万円)、 飼 料費が31%増の2万10豪ドル (174万円) と、 両者の負担が顕著に増加している。 この結果、 現金支出に占める肉牛購入費の割合は、 93/94年度の21%から25%に、 また、 飼料費の割合は11%から15%にそれぞれ上昇し、 経営を圧迫する要因とな っている。  一方、 肉牛購入費と飼料費が増加した反面、 その他の支出項目の多くは前年度 を下回っているが、 これは農家が節約に努め、 支出の抑制を図ったためとみられ る。  なお、 95/96年度の現金支出については、 内訳は示されていないものの、 合計 で12万5, 700豪ドル (1, 093万円) と、 前年度からさらに9%の減少が見込まれ ている。 3) 収益性   現金収入から現金支出を差し引いた農業現金所得については、 94/95年度には 2万5, 180ドル (219万円) と、 前年度の4万4, 331豪ドル (386万円) から43% 減と大幅に減少した。 さらに、 この現金所得に在庫の増価額を加え、 それから減 価償却費、 家族労働費を差し引いた農業事業収益は、 1万5, 190ドル (132万円) の損失となった。 農業事業収益は、 前年度の5, 903豪ドル (51万円) の損失から 一段と低下しており、 肉牛販売収入の減少と肉牛購入費及び飼料費の増加が、 経 営を圧迫する大きな要因となっている。  また、 95/96年度の見通しでは、 肉牛価格の急落が大きく影響して、 農業現金 所得は7, 900豪ドル (69万円) に急減し、 また、 農業事業利益もさらに悪化して、 2万9, 300豪ドル (255万円) の損失になると見込まれている。  このような厳しい経営環境の下、 95/96年度の肉牛専業経営において、 現金所 得がマイナスとなる農家の割合は42%に、 また、 農業事業収益がマイナスとなる 農家の割合は83%に達するとみられ、 農家が窮地に立たされていることを示して いる。 イ 州別の経営動向  表3に94/95年度の州別の経営概要を示した。  州別の経営状況をみると、 経営規模に大きな差があることから、 現金収入、 現 金支出などは大きく異なっている。 現金収入の幅は、 ビクトリア州の6万2, 070 豪ドル (540万円) からノーザンテリトリーの78万4, 660豪ドル (6, 824万円)と かなり広い。 しかし、 肉牛販売収入の割合は、 ノーザンテリトリーが70%とやや 低いほかは80〜90%の範囲にあり、 全体平均の86%と大きな差はない。  1頭当たり平均販売金額は、 ニューサウスウェールズ州が508豪ドル(4万4千 円)、 クィーンズランド州が514豪ドル (4万8千円) と、 全体平均の496豪ドル (4万3千円) より高く、 一方、 ノーザンテリトリーは393豪ドル (3万4千円) と平均よりかなり低くなっている。  このような格差は、 生産物の品質に起因すると考えられる。 つまり、 対日輸出 を中心とするグレインフェッド牛肉は、 ニューサウスウェールズ州、 クィーンズ ランド州を中心に所在するフィードロットでの生産が主体となっているのに対し、 ノーザンテリトリーは米国向けなどの加工用牛肉生産が主体となっているためで ある。  一方、 現金支出のうち肉牛購入費の割合を州別にみると、 ニューサウスウェー ルズ州が40%と豪州全体の25%より高く、 ノーザンテリトリーが9%と低くなっ ている。 これは、 ニューサウスウェールズ州の肉牛生産は、 肥育部門の比重が高 いのに対し、 ノーザンテリトリーは繁殖部門の比重が高いためと考えられる。  また、 現金支出に占める飼料費の割合をみると、 フィードロットの所在するニ ューサウスウェールズ州、 クィーンズランド州が19%、 16%と高く、 牧草の豊富 なタスマニア州、 ビクトリア州が2%、 3%と低くなっている。 表3 肉牛専業経営の州別経営概要[94/95年度(暫定値)] (単位:豪ドル) ────────────────────────────────────────────── 州 NSW VIC QLD SA WA TAS NT 全体 ────────────────────────────────────────────── 現金収入(A) 208,260 62,070 189,740 321,490 137,150 96,980 784,660 162,820 うち、肉牛販売収入(B) 187,500 52,260 158,950 259,900 119,860 86,780 552,210 139,280 (参考) 肉牛販売収入の割合(% B/A) 90% 84% 84% 81% 87% 89% 70% 86% 販売頭数(頭 C)   369 110 309 616 263 174 1,405 281 1頭当たり販売金額(B/C) 508.1 475.1 514.4 421.9 455.7 498.7 393.0 495.7 現金支出(D) 187,200 54,290 153,410 230,050 134,730 77,810 535,820 137,640 うち、肉牛購入費(E) 74,810 11,260 24,620 21,100 21,600 17,140 47,960 34,290 飼料費(F) 35,560 1,890 24,810 28,160 4,330 1,820 40,130 20,010 (参考) 肉牛購入費の割合(% E/D) 40% 21% 16% 9% 16% 22% 9% 25% 飼料費の割合(% F/D) 19% 3% 16% 12% 3% 2% 7% 15% 農業現金所得 21,060 7,780 36,330 91,440 2,420 19,170 248,840 25,180 ────────────────────────────────────────────── 資料:ABARE「Farm Surveys」(1996) (3) 1頭当たり生産費 (試算)
 表2の肉牛経営の現金収支と収益性から、 販売された肉牛の1頭当たり生産費 を試算したのが表4である。  肉牛以外の作目と共通する収入、 支出については、 費用を明確に区分できない ので、 90%が肉牛部門に帰属すると仮定して計算した。  これによると、 94/95年度における肉牛1頭当たりの生産費は、 580豪ドル(5 万円) となる。 その内訳をみると、 肉牛購入費が122豪ドル (1万1千円)、 飼料 費が79豪ドル (7千円)、 減価償却費が43豪ドル(4千円)、 その他物財費等が190 豪ドル (1万6千円)、 労働費が108豪ドル (9千円) などとなっている。  一方、 粗収入は、 肉牛の平均販売収入が496豪ドル (4万3千円)で、 さらに関 連収入を加えても540豪ドル (4万7千円) である。 したがって、 粗収入から生 産費を差し引くとマイナスとなり、 損失が発生している。  また、 所得及び家族労働報酬は、 それぞれ85豪ドル (7千円)、 47豪ドル(4千 円) となり、 所得率は16%となっている。  前年度と比較すると、 生産費が10%増加したものの、 粗収入がほぼ前年並であ ったことから、 収益性は低下している。 表4 肉牛1頭当たり生産費(試算) (単位:豪ドル) ───────────────────────────── 区 分 93/94年度 94/95年度 (暫定値) ───────────────────────────── 物材費 383.6 433.1 うち、家畜購入費 94.7 122.0 飼料費 60.8 79.0 減価償却費 38.9 42.5 その他物材費等 189.2 189.6 労働費 103.2 108.3 うち、家族労働費 80.7 86.0 費用合計 486.8 541.4 利子・地代 39.2 38.2 生産費 526.0 579.6 ───────────────────────────── 粗収入 537.9 540.3 所 得 131.8 84.9 家族労働報酬 92.6 46.7 投下労働時間(時間) 17.2 17.7 ───────────────────────────── 肉牛販売額(1頭) 499.5 495.7 ───────────────────────────── 資料:ABARE「Farm Surveys」(1996)

4 酪農経営の動向


(1) 州別の経営規模・概要
 94/95年度の酪農家戸数は、 豪州全体で1万3, 720戸と推計されている。 表5 は、 酪農経営の州別の経営規模、 概要を示したものである。  なお、 酪農経営といっても、 乳牛以外に肉牛を若干飼養しているほか、 牧草以 外に小麦、 大麦等の穀物を生産している場合が多い。  酪農家戸数の州別シェアについては、 ビクトリア州が56%と群を抜き、 次いで ニューサウスウェールズ州が15%、 クィーンズランド州が13%を占め、 この3州 で全体の84%を占めている。 また、 乳牛頭数と生乳生産量についても同様に、 ビ クトリア州が6割を占め、 他州を圧倒している。  1戸当たりの乳牛頭数については、 豪州平均で198頭、 そのうち搾乳牛頭数は 130頭で、 州別には95頭から150頭の範囲にある。  また、 農地面積は、 豪州平均で199ヘクタールとなっており、 その大半は、 牧 草地として利用されている。 面積は、 ビクトリア州の154ヘクタールからウェス タンオーストラリア (WA) 州の359ヘクタールの範囲に分布しており、 州間の差 は比較的少ない。  1戸当たりの年間の生乳生産量は55万6千リットルで、 そのうち飲用向けが12 万3千リットル (22%)、 加工向けが43万3千リットル (78%) となっている。 これを州別に比較すると、 ビクトリア州、 タスマニア州では加工向けの割合が高 く、 ニューサウスウェールズ州、 クィーンズランド州では飲用向けの割合が高い。  2大酪農地帯に当たるビクトリア州とニューサウスウェールズ州を比較すると、 平均農地面積ではビクトリア州のほうが小さいが、 搾乳牛頭数、 生乳生産量では、 ビクトリア州がニューサウスウェールズ州をそれぞれ2〜3割程度上回っている。 その理由は、 ビクトリア州の草地条件が良好で、 単位面積当たりの牧養力が高い ためと考えられる。  また、 生乳の仕向け先をみると、 ニューサウスウェールズ州では全生産量の56 %が飲用向けとなっているのに対し、 ビクトリア州では89%が加工向けとなって いる。 表5 酪農経営の規模・概要[94/95年度(暫定値)] ──────────────────────────────────────────────── 州 NSW VIC QLD SA WA TAS NT 全体 ──────────────────────────────────────────────── 推計農家戸数(戸) 2,058 7,683 1,784 823 549 823 Na 13,720 戸数シェア(%) 15 56 13 6 4 6 Na 100 頭数シェア(%) 14 60 10 5 5 6 Na 100 生乳生産シェア(%) 13 61 10 6 4 6 Na 100 飼養頭数(頭) 乳用牛 183 209 149 179 247 238 Na 198 搾乳牛 109 143 95 110 132 150 Na 130 平均農地面積(ha) 247 154 239 317 359 188 Na 199 生乳生産量(千リットル) 481 597 407 562 649 631 Na 556 うち、飲用 270 63 201 158 303 0 Na 123 加工用 211 534 206 404 346 631 Na 433 搾乳牛1頭当たり乳量(リットル)4,422 4,038 4,380 5,164 4,802 4,011 Na 4,200 1頭当たり農地面積(ha) 1.35 0.74 1.60 1.77 1.45 0.79 Na 1.01 ──────────────────────────────────────────────── 資料:ABARE「Farm Surveys」(1996) (2) 最近の酪農経営の動向と見通し
ア 酪農経営の現金収支と収益性  表6に最近の酪農経営の現金収支と収益性を示した。  94/95年度においては、 ビクトリア州を中心とする酪農地帯では、 気象条件に 恵まれて生乳生産が増加したものの、 穀物価格の高騰による支出増によって、 収 益性はやや低下した。  また、 95/96年度においては、 穀物価格が引き続き高値で推移したものの、 乳 製品の輸出環境が良好なことから、 それを上回る乳代収入が期待されており、 収 益性は向上すると見込まれている。 表6 酪農経営の現金収支と収益性 (単位:豪ドル) ───────────────────────────────────── 区 分 93/94年度 94/95年度 95/96年度 (暫定値) (見込み) ───────────────────────────────────── 現金収入 185,448 193,650 215,800 販売−生乳 155,100 157,870 − −乳牛 13,341 14,260 − −肉牛 9,572 11,240 − −その他 2,023 2,520 − 経営外契約収入 1,653 1,390 − その他の現金収入 3,759 6,370 − 現金支出 130,524 145,080 152,200 家畜購入−乳牛 4,227 2,800 − −肉牛 1,971 1,350 − 肥料・農薬費 8,875 10,290 − 飼料費 23,323 33,640 − 燃料費 5,280 5,600 − 電力費 4,086 4,290 − 修繕・維持費 12,792 12,530 − その他物財費 9,439 9,590 − 雇用労働費 4,794 5,000 − 契約・サービス費 17,334 18,580 − 生乳課徴金 12,759 12,660 − 地方税 4,785 5,840 − 利 子            11,257 12,930 − 地 代 2,479 2,960 − 株主配当 6,141 6,130 − その他現金支出 982 890 − 農業現金所得 54,924 48,570 63,600 在庫増価 9,355 2,250 − 減価償却費 14,329 17,170 − 家族労働費 36,332 37,950 − 農業事業収益 13,618 -4,300 3,700 農業現金収入がマイナスの割合(%) 4 8 5 農業事業収益がマイナスの割合(%) 49 65 54 ───────────────────────────────────── 資料:ABARE「Farm Surveys」(1996) 1) 現金収入
 現金収入は、 生乳及び家畜販売による収入、 農場経営以外からの収入、 その他 の現金収入で構成されている。  94/95年度における酪農家1戸当たりの平均現金収入は、 19万3, 650豪ドル (1, 684万円) で、 そのうち生乳販売収入は、 15万7, 870豪ドル (1, 373万円)と 全体の82%を占めている。 また、 副産物である乳牛の販売収入は、 1万4, 260豪 ドル (124万円) で、 全体の7%を占めている。  93/94年度と比較すると、 生乳生産量は増加したものの、 加工用乳価が若干引 き下げられたため、 生乳販売収入は2%の増加にとどまった。  一方、 95/96年度の現金収入は、 生乳生産の拡大に加え、 乳価が上昇に転じた ことから、 11%増の21万5, 800豪ドル (1, 877万円) に増加すると見込まれてい る。 2) 現金支出
     現金支出は、 家畜購入費、 飼料費、 肥料・農薬費、 燃料費、 修繕・維持費、 契 約・サービス費などから構成されている。  94/95年度の1戸当たり平均支出額は、 14万5, 080ドル (1, 262万円) で、 前 年度よりも11%増加している。 そのうち、 支出額の多いものとしては、 飼料費 (現金支出の23%)、 修繕・維持費 (9%)、 燃料・電力費 (7%)、 契約・サービ ス費 (13%)、 利子 (9%) などが挙げられる。  現金支出の中で、 飼料費の占める割合は最も大きく、 5年前 (89/90年度) の 13%から年々上昇して23%になっている。 これは、 依然として牧草給与が主体で あるものの、 酪農家が乳量の向上を図るため、 濃厚飼料の給与割合を増やしてい るためと考えられる。  この結果、 ここ4年間で1頭当たりの乳量は14%上昇している。 しかしながら、 最近は穀物価格が高値で推移していることから、 酪農家は、 逆に濃厚飼料の給与 を制限する傾向にあるとみられる。  一方、 燃料・電力費及び修繕・維持費は、 作業機械や搾乳施設が高度化、 大型 化してきているだけに、 支出構成比としては比較的大きなウェイトを占めている。  なお、 95/96年度の現金支出については、 内訳は示されていないものの、 合計 で15万2, 200豪ドル (1, 324万円) と、 前年度からさらに5%の増加が見込まれ ている。 3) 収益性
 現金収入から現金支出を差し引いた農業現金所得は、 94/95年度には4万8,570 ドル (422万円) と、 前年度の5万4, 924豪ドル (478万円) から12%減少してい る。 また、 農場事業利益については、 4, 300豪ドル (37万円) の損失となってい る。 これは、 乳代収入が増加したものの、 飼料費が前年度と比較して44%も上昇 したことが大きな要因となっている。  一方、 95/96年度の見通しでは、 飼料費の負担増など現金支出は増加するもの の、 それを十分上回る乳代収入が期待されることから、 農業現金所得は前年度比 31%増の6万3, 600豪ドル (553万円) に達すると見込まれている。 これによっ て、 農業事業利益は再びプラスに転じ、 3, 700豪ドルの利益が生ずると見込まれ ている。  このように、 酪農経営においては、 94/95年度に若干収益性が低下したものの、 95/96年度には収益性の向上がみられることから、 現金所得がマイナスとなる農 家の割合は、 94/95年度の8%から95/96年度には5%に低下すると見込まれて いる。 また、 農業事業収益がマイナスとなる農家の割合をみても、 65%から54% に低下すると見込まれている。 イ 州別の経営動向
 表7に94/95年度の州別の経営概況を示した。  州別の現金収入をみると、 クィーンズランド州の17万9, 130豪ドル (1, 558万 円) からウェスタンオーストラリア州の27万5, 360豪ドル (2, 395万円) の範囲 にあり、 大きな格差はない。 現金収入に占める生乳販売収入の割合は、 ウェスタ ンオーストラリア州が73%とやや低いほかは、 79%〜84%の範囲にある。  また、 州別の生乳販売単価をみると、 タスマニア州の1リットル当たり23. 6 セント (同20. 5円) からニューサウスウェールズ州の同37. 0セント (同32. 2 円) までかなりの開きがあるが、 これには、 用途別の生産割合の違いが大きく影 響している。  すなわち、 加工向け生乳は、 飲用向け生乳に比べて販売単価が低いことから、 加工向けの割合が高い州ほど平均単価が低くなっている。 このため、 ビクトリア 州の生乳販売収入 (15万3千ドル) は、 単価の低い加工向け割合が高いため、 出 荷量が多いにもかかわらず、 ニューサウスウェールズ州の生乳販売収入 (17万8 千ドル) を下回っている。  一方、 現金支出のうち飼料費の割合をみると、 ビクトリア州、 タスマニア州の 加工向け生乳生産地域が18%、 14%と低く、 ニューサウスウェールズ州、 クィー ンズランド州の飲用向け生乳生産地域が34%、 37%と高い。 これは、 両者の生産 形態の違いによるものと考えられる。  すなわち、 前者は牧草の生育に合わせて春に生乳生産のピークを迎え、 以後漸 減して冬季は極端に生産が減る季節変動型となっているのに対し、 後者は、 一定 の飲用需要に対応するため、 濃厚飼料を給与するケースが多く、 年間を通じて変 動の少ない生産形態となっているためと考えられる。 表7 酪農経営の州別の経営概要[94/95年度(暫定値)] (単位:豪ドル) ──────────────────────────────────────────────── 州 NSW VIC QLD SA WA TAS NT 全体 ──────────────────────────────────────────────── 現金収入 216,750 186,170 179,130 191,620 275,360 189,910 Na 193,650 うち、生乳販売収入 177,720 152,760 147,170 161,230 201,690 149,090 Na 157,870 牛販売収入 25,810 24,910 18,430 19,730 63,860 28,110 Na 25,500 (参考) 生乳販売収入の割合(%) 82% 82% 82% 84% 73% 79% Na 82% 生乳生産量(リットル) 480,700 597,141 407,096 562,116 648,945 630,945 Na 556,285 生乳販売単価(セント/リットル) 37.0 25.6 36.2 28.7 31.1 23.6 Na 28.4 現金支出 160,410 139,840 134,250 148,380 200,730 142,250 Na 145,080 うち、牛購入費 3,230 4,780 2,170 3,560 7,760 3,180 Na 4,150 飼料費 54,010 24,780 49,420 38,210 42,790 20,260 Na 33,640 (参考) 牛購入費の割合(%) 2% 3% 2% 2% 4% 2% Na 3% 飼料費の割合(%) 34% 18% 37% 26% 21% 14% Na 23% 農業現金所得 56,340 46,330 44,880 43,240 74,630 47,660 Na 48,570 ──────────────────────────────────────────────── 資料:ABARE「Farm Surveys」(1996) (3) 1頭当たり生産費 (試算)
 表6の酪農経営の現金収入と収益性の数値を用いて、 搾乳牛1頭当たりの生産 費を試算したのが表8である。 肉牛の場合と同様、 酪農以外の作目と共通する収 入、 支出については、 費用を明確に区分できないので、 90%が酪農部門に帰属す ると仮定して計算した。 94/95年度における搾乳牛1頭当たりの生産費は、 1, 389豪ドル (12万円) と なる。 その内訳をみると、 乳牛購入費が22豪ドル (2千円)、 飼料費が233豪ドル (2万円)、 その他物財費が137豪ドル (1万2千円)、 サービス費が129豪ドル (1 万1千円)、 減価償却費が119豪ドル (1万円)、 労働費が297豪ドル (2万6千円) などとなっている。  豪州酪農は、 よく草地依存型といわれるが、 経営内の現金支出の中で飼料費の 占める割合は大きく、 17%となっている。  また、 所得及び家族労働報酬は、 それぞれ362豪ドル (3万1千円)、 252豪ドル (2万2千円) となり、 所得率は26%となっている。  93/94年度と比較すると、 干ばつなどにより濃厚飼料の給与割合が高まったの に加え、 穀物価格の急騰によって飼料費が40%も増加したことから、 生産費は7 %上昇した。 表8 搾乳牛1頭当たり生産費(試算) (単位:豪ドル) ───────────────────────────── 区 分 93/94年度 94/95年度 (暫定値) ───────────────────────────── 物材費 902 982 うち、乳牛購入費 34 22 飼料費 167 233 光熱・燃料費 67 68 修繕・維持費 91 87 その他物材費 131 137 サービス費 124 129 減価償却費 102 119 その他費用 51 49 地方税・課徴金 135 138 労働費 294 297 うち、家族労働費 260 263 費用合計 1,196 1,279 利子・地代 98 110 生産費 1,294 1,389 ───────────────────────────── 粗収入 1,375 1,378 所 得 439 362 家族労働報酬 341 252 投下労働時間(時間) 33 34 ───────────────────────────── 生乳販売額/頭 1,231 1,214 ───────────────────────────── 注:酪農以外の作物と共通する経費及び収入については、約9割が酪農部門 に帰属すると仮定した。 資料:ABARE「Farm Surveys」(1996)

おわりに


 豪州は、 主要農産物の多くを海外に輸出するいわば農業立国である。 このため、 最近の農家の収益性をみると、 海外の需給事情に大きく影響され、 また、 生産す る農産物の種類によって大きな格差を生じつつある。 すなわち、 海外市況の良好 な穀物、 酪農経営は、 著しい収益性の向上により活況を呈している反面、 海外市 況の不振が続く肉牛、 羊経営は、 収益性の悪化により窮地に立たされており、 農 家間ではっきりと明暗が分かれている。  このように、 豪州農業は、 海外の需給事情に大きく左右されるとともに、 国内 的には常に干ばつなどの自然災害に脅かされる宿命にあり、 農家の経営を一層不 安定なものにしている。  さらに、 豪州の農業政策は、 市場原理を基本原則 (酪農は例外) としているこ とから、 農産物の価格変動は直接的に農家所得に反映され、 農家の収益性は、 い やおうなく乱高下する結果となっている。  このため、 農家の多くは、 肉牛、 羊、 穀物などの複合経営の形態をとることに よって、 農産物の価格変動に対するリスクヘッジを行っている。 最近の傾向とし ては、 収益性の低い肉牛や羊生産から、 収益性の高い穀物生産に経営の重心をシ フトする動きが強まっている。  一方、 厳しい自然条件下で経営する肉牛農家や羊農家は、 他の作目への転換な ども制約されているが、 自らの経営努力には限界があり、 ただひたすら市況の回 復を待ち望むしかないのが現状のようである。  この 「Farm Surveys」 の数値の裏側には、 厳しい自然条件と対峙し、 また、 国 際的な価格変動に悩まされながらも、 農業経営者としてのプライドを持ち、 明る く農業に従事する豪州ファーマーの頑強な精神を見るようでならない。
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