動きはじめた食肉産業の構造改革 (豪州)





● 硬直的な労働制度がコスト高の要因


 豪州では、 労働者職種ごとに連邦、 州レベルのアワード (賃金、 労働条件に関 する仲裁裁定) 制度が広く採用されている。 ところが、 その制度の下では、 各企 業の生産性や経営実態が十分に反映されない形で、 賃金や労働条件が決定される という問題点が存在している。  特に、 食肉産業のアワードには、 タリーシステムと呼ばれる独特の賃金制度や、 複数シフト操業に対するペナルティー制度など、 企業経営の硬直化やコスト高に つながる規定が多く含まれている。 行政監察機関である産業委員会は、 94年に、 豪州産食肉の国際競争力の向上を妨げている割高な加工コストは、 このような硬 直的な労働制度の下で生じていると指摘した。 しかしながら、 労働者層を支持基 盤とする旧労働党政権の下では、 この労働制度の改善は全く進展しなかった。

● AMH社で 「柔軟な」 労働契約が実現


 ところが、 豪州最大のパッカーであるAMH社の主要3工場において、 このほど 「柔軟な」 労働契約が実現することとなった。 同社は、 生産合理化につながる独 自の就業規定を設定するため、 2年半にわたって、 従業員および豪州食肉産業従 業員組合 (AMIEU) との交渉を続けてきたが、 この4月末に、 新しい労働契約の 合意に達したものである。 この労働契約には、 タリーシステムの廃止とともに、 労働時間の弾力化、 生産性の向上が図られるような内容が含まれていると伝えら れている。  この労使間交渉は、 旧労働党政権下では、 労働関係大臣の干渉もあって、 遅々 として進まなかった。 今回合意に達した背景には、 労働制度の改革を大きな政策 課題としている保守連合が、 今年3月に、 13年ぶりの政権復帰を果たしたことが 大きく影響している。

● 食肉産業全体の構造改革に弾み


 現在、 食肉産業は、 オイルショック以来とされる極めて深刻な不況下にあるだ けに、 今回のAMH社での労使間交渉の妥結は、 コスト削減、 生産性の向上が急務 となっている食肉産業の労使関係、 ひいては産業構造の改革の大きな推進力とな ると考えられる。  AMIEUは、 各パッカーごとに設備水準や労働者の意識が異なることなどから、 AMH社のケースが、 急速に他社に波及することはないとして冷静に受け止めてい るが、 生産者団体である豪州肉牛協議会は、 今回の合意を歓迎し、 これが他のパ ッカーの労働契約改訂交渉を進展させることを希望している。

● 経営の合理化に向けた努力を開始


 また、 一部のパッカーは、 経営の合理化に向けた具体的な努力を開始しており、 業界の再編は、 急展開の様相を示し始めている。  AMH社のローソン会長は、 5月中旬、 「企業の生き残り」 をかけた合理化計画を 発表した。 その内容は、 1) 所有8工場のうち3工場を閉鎖する、 2) 本社工場に 5千万ドルの設備投資を行い、 1日当たり処理頭数を従来の2倍 (2, 500頭) と する、 3) 老朽化した工場を再評価し、 そのうえで新工場の建設を検討する、 な どとなっている。

● リストラの進行を歓迎する生産者団体


 この合理化着手の直接の引き金となったのは、 最近の輸出の低迷である。 しか し、 それが実現に向けて動き出したのは、 4月末に柔軟な労働契約が結ばれたこ とで、 労働生産性、 資本回転率が向上する見通しが出てきたためといえる。  3工場の閉鎖などは、 食肉業界にショックを与えているが、 肉牛生産者団体は、 この動きを、 生産効率と競争力の改善を促すものとして歓迎しており、 他のパッ カーも同様にリストラを進めるべきであるとしている。

● 質的に変化した食肉業界の再編


 豪州の食肉業界では、 これまでにも幾度か合理化・再編の動きがみられたが、 その中身は、 大企業が、 主に中小の買収を通じて生産能力を拡大するというもの であった。 しかしながら、 今回のAMH社の合理化計画は、 大企業といえども、 自 らの質的 (生産効率) 向上という構造改革を迫られるようになったという意味に おいて、 これまでとは趣を異にしている。   食肉業界は、 設備の老朽化や中小工場の乱立、 さらに、 牛肉生産の中心である クイーンズランド州、 ニューサウスウエールズ州における処理能力の過剰などの、 大きな問題を抱えている。 先頃、 AMH社のほかにも、 中堅パッカーのマクフィー 社 (第7位) が、 所有2工場のうち1工場を売却し、 もう一方を無期限閉鎖する こととなったが、 今後も、 こうした食肉会社の合理化・再編の動きは継続するも のと思われる。

● フィードロット部門にも再編の動き


 さらに、 最近では、 フィードロット部門にも、 輸出の低迷による影響が及び始 めている。 先頃、 豪州で最も歴史のある、 日系資本のキララフィードロット (収 容能力約2万頭) が、 今年10月をめどに閉鎖されることが決まった。 このほかに も、 先に閉鎖の決まったAMH社の工場に併設されているもの (収容能力1. 2万頭) や、 別の1万頭規模の大型フィードロットの閉鎖のニュースが流れている。  豪州フィードロット協会は、 フィードロット不況の最大の要因として、 現在の 穀物高ではなく、 日本向けを中心とする輸出の不振を挙げている。 この不振は、 同産業の基盤が圧倒的に大きい米国との競合によるところが大きく、 豪州は、 現 状のままでこの不況を克服することは困難であるため、 今後、 フィードロット部 門でも、 合理化・再編が一層進むものとみられる。

● 政府は食肉関係機関の再編に意欲


 食肉業界が、 合理化・再編に向けた大きな動きを見せ始める一方で、 連邦政府 も、 食肉関係機関の再編に向けた取り組みを開始した。  現在、 政権にある保守連合は、 労使関係制度の改革などとともに、 食肉関係機 関の機能の見直しや再編に意欲的に取り組む姿勢を打ち出している。 5月初めに は、 アンダーソン第一次産業大臣が、 豪州検疫検査局 (AQIS) の機能見直しに加 え、 食肉産業協議会 (MIC) をはじめとする食肉関係機関の再編に着手する方針 を表明した。

● 官民合同で再編を推進


 この中で、 同大臣は、 食肉関係機関の再編のために、 連邦政府職員と民間人か らなるプロジェクトチームを編成し、 MIC、 豪州食肉畜産公社 (AMLC)、 豪州食肉 研究公社 (MRC) の業務、 財務内容および事業効果などを審査することを明らか にした。 このプロジェクトチームは、 5月末に発足したが、 今後、 3機関の活動 状況を審査したうえで、 3〜4カ月のうちに 「食肉産業の再編に関する指針」 を 作成することとなっている。  このように、 新政権が積極的に食肉関係のリストラに乗り出した背景には、 最 近の輸出環境の悪化で窮地に陥っている食肉産業に対して、 行政当局としても、 何らかの政策的な道筋を示す必要が強まっているためと考えられる。  新政権が、 食肉関係機関の再編という難問にどのように取り組み、 実行に移し てゆくのか、 その手腕に食肉産業の注目が集まっている。
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