特別レポート 

急速に拡大する豪州酪農の現状と今後の展望

シドニー駐在員 鈴木 稔、 石橋 隆

はじめに


 90年代に入ってからの豪州酪農は急速な成長を遂げてきた。  他の農業分野の多くが、 干ばつ被害や海外の需給事情に大きく左右され停滞を 余儀なくされたのとは対照的に、 酪農産業は、 輸出需要の拡大などにより、 90 年代前半に順調な伸展を果たしてきた。  特に、 アジア諸国への輸出拡大は、 近年の人口増加、 経済発展、 食文化の西洋 化などを背景にした乳製品の需要増大により、 目覚ましいものとなっている。  2000年に向けての展望においても、 UR (ウルグアイ・ラウンド) 合意に基 づく市場アクセス改善や輸出補助金のさらなる削減により、 酪農をめぐる環境は、 引き続き順調に推移すると期待されている。 また、 中長期的にみてもWTO (世界 貿易機構) やAPEC (アジア太平洋経済協力会議) などの貿易交渉の動向から、 世 界の農産物貿易は一層自由化への流れが強まることが予想されており、 豪州酪農 の将来はたいへん明るいとみられている。  今回は、 90年代前半に急速に拡大してきた豪州酪農の現状、 最近の特徴的な 動きを紹介するとともに21世紀に向けての展望を報告する。

1 90年代前半の豪州酪農


 90年代当初の世界の乳製品貿易は、 EU諸国や米国など主要生産国の在庫量が 高い水準にあったため、 多くの乳製品が補助金付きで輸出に向けられた。 このた め国際価格は全般的に低迷し、 生産された乳製品の大半を輸出に向ける豪州酪農 にとって、 たいへん厳しい環境にあった。  しかしながら、 90年代の半ばにかけて、 これら主要国の在庫量は漸減し、 さ らにEUの輸出補助金の削減も好影響をもたらし、 乳製品の国際需給は次第に引き 締まった。 加えて、 アジア諸国などからの需要増大も相まって国際価格は高騰し、 95年末には主要乳製品の国際価格は90年代当初に比べ約2倍の水準まで上昇 した。  国際需給が好転するとともに、 輸出に依存する豪州酪農は強く刺激され、 生乳 生産量はこの5年間で急速な拡大を遂げてきた。 今年に入ってからの乳製品の国 際価格は、 やや軟化基調にあるものの、 引き続き生産を刺激する水準にある。  このように、 90年代前半の5年間に急速に成長してきた豪州酪農であるが、 この間にどのような変化がみられたのだろうか。 (1) 酪農家戸数の減少率は鈍化、 乳牛頭数は拡大基調
 95年の酪農家戸数は14,166戸で、 5年前の90年と比較すると8%減 少した。 酪農家戸数は一貫して減少してきたが、 ここにきて収益性の向上がみら れることから減少率は鈍化しつつある。 これは、 小規模経営の離農が続く一方で、 経営環境の厳しい肉牛や羊経営などから酪農への経営転換がみられるためである。  95年の州別の酪農家戸数シェアを見ると、 酪農産業が比較的雨量に恵まれた 地域に限定されていることから、 ビクトリア州が56%と他州を圧倒し、 これに ニューサウスウェールズ州が15%で続き、 両州で全体の71%を占めている。  5年間の州別の動きをみると、 全州で酪農家戸数は減少しているが、 ビクトリ ア州では3%程度の減少に止まっているのに対し、 ニューサウスウェールズ州、 クィンズランド州では10%以上減少している。 これは、 後者2州の平均経営規 模が小さいことが影響していると考えられる。  ただし、 最近では、 農地価格の高騰に悩むニュージーランドから若くて意欲の ある酪農者 (シェアミルカー) が、 酪農条件に適し、 かつ、 比較的安価に農地を 取得できるタスマニア州などに入植して経営を始めるなどの事例もみられ、 95 年のタスマニア州の酪農家戸数は、 減少から一転して増加に転じている。  一方、 95年の乳牛頭数は2, 789千頭、 うち経産牛頭数は1, 875千 頭で、 90年と比較してそれぞれ7. 6%、 10. 4%増加している。 経産牛 頭数は、 酪農家戸数の減少などに伴い、 91年まで減少傾向で推移してきたが、 92年以降は増加に転じている。 酪農家戸数が一貫して減少している中、 経産牛 頭数が増加しているのは、 酪農家の規模拡大が進んでいるためである。  州別の経産牛頭数のシェアは、 ビクトリア州が60%、 次いでニューサウスウ ェールズ州が14%で、 両州で全体の約4分の3を占めている。 これらより1戸 当たり経産牛飼養規模をみると、 90年が110頭であったのが95年には13 2頭と5年間で20%も拡大している。 また、 1戸当たり経産牛頭数を州別にみ ると、 タスマニア州が150頭で最も多く、 次いでビクトリア州が143頭であ るのに対し、 ニューサウスウェールズ州が109頭、 クィンズランド州が95頭 と少ない。 表1 酪農家戸数、 飼養頭数の推移                             (戸、 千頭、 頭/戸) ───────────────────────────────────── 区   分 1975年 80 85 90 91 92 93 ───────────────────────────────────── 酪農家戸数 30,630 21,994 19,342 15,396 14,986 14,738 14,622 乳牛総頭数 − 2,830 2,806 2,591 2,430 2,432 2,532 経産牛頭数 2,477 1,869 1,809 1,698 1,648 1,653 1,716 飼養規模 81 85 94 110 110 112 117 ───────────────────────────────────── ────────── 94 95 ────────── 14,511 14,166 2,678 2,789 1,786 1,875 123 132 ──────────  資料:ABS 「Livestock and Livestock Products」   注:飼養規模は、 経産牛頭数を飼養農家数で除した1戸当たり経産牛頭数。 (2) 生乳生産量は36%の増加
 95/96年度 (7〜6月) の生乳生産量は、 87億1千6百万リットルと過 去最高を記録したが、 これを5年前の90/91年度と比較すると実に36%も 増加している。 その用途別内訳をみると、 飲用向けが7%増であったのに対し加 工向けが47%増と大きな伸びを示している。 これは、 飲用向けの需要の変動が 少なく、 増産分の大部分が加工向けに回されるためである。  これにより、 飲用向けと加工向けの比率は、 90/91年度が27:73であ ったのが、 95/96年度には22:78となり、 年々加工向けのシェアが拡大 する傾向にある。 また、 加工向け生乳のうち、 輸出用が約55%、 国内消費用が 約45%を占めている。  生乳生産量の州別シェアをみると、 ビクトリア州が63%と他州を大きく引き 離している。 次いで、 ニューサウスウェールズ州が14%と続いており、 両州で 全生産量の77%を占めている。 州別生産量を5年前と比較すると、 ビクトリア 州、 タスマニア州の加工乳生産地帯の伸びが4割を超えるのに対し、 ニューサウ スウェールズ州、 クィンズランド州の飲用乳生産地帯は2〜3割の伸びになって おり、 豪州南部に位置する加工乳生産地帯の伸びが際立っている。 表2 生乳生産量の推移 (単位:百万リットル、 %) ───────────────────────────────────── 区 分 1980/81 85/86 90/91 91/92 92/93 93/94 94/95 95/96 ───────────────────────────────────── 生 乳 5,243 6,038 6,403 6,732 7,327 8,077 8,206 8,716 −飲用 1,737 1,763 1,778 1,810 1,832 1,895 (27.1) (26.2) (24.3) (22.4) (22.3) (21.7) −加工 4,666 4,969 5,549 6,267 6,374 6,820 (72.9) (73.8) (75.7) (77.6) (77.7) (78.2) ───────────────────────────────────── 資料;ABARE「Commodity Statistical Bulletin」 ADC「Update」 (3) 1頭当たり乳量増加が大きく寄与
 豪州酪農は、 放牧主体による経営形態であることから、 1頭当たりの乳量は、 天候などによる牧草の生育状況に影響され易いという特徴を有している。  しかしながら、 育種改良や飼養管理の改善に加え、 最近では濃厚飼料の給与量 が増加したこともあって、 1頭当たり乳量は急速に増大してきた。 95/96年 度の1頭当たり乳量は4, 530リットルに達し、 90/91年度に比べ19 %も増加している。 ただし、 93/94年度以降は、 干ばつによる穀物価格の上 昇等もあって、 ほぼ横ばいの傾向にある。  1頭当たり乳量を州別にみると、 ニューサウスウェールズ州、 クィンズランド 州の飲用乳地帯が豪州平均より高く、 ビクトリア州、 タスマニア州の加工乳地帯 が低くなっている。 これは、 飲用乳地帯では周年生産の必要から濃厚飼料を含め た給与体系が一般的となっているのに対し、 加工乳地帯は、 あくまでも牧草主体 の低コスト生産体系であるためと考えられる。  ところで、 94/95年度に豪州農業資源経済局 (ABARE) が酪農家を対象に 実施した繁殖・育種に関する調査によれば、 3年前と比較して牛群検定への加入 率が6%上昇して62%に、 また人工授精の普及率が7%上昇し80%に達して おり、 乳量アップ等を目指した育種改良に取り組む酪農家の割合が高まっている 点も注目される。 表3  経産牛1頭当たり乳量の推移 (単位:リットル/頭) ────────────────────────────────────── 年 度 70/71 80/81 90/91 91/92 92/93 93/94 94/95 95/96 ────────────────────────────────────── 1頭当たり乳量 2,641 2,871 3,806 3,962 4 ,271 4,522 4,504 4,530 ────────────────────────────────────── 資料:ABARE「Commodities」 (4) 安定した飲用乳価、 変動する加工乳価
 豪州の生産者乳価は、 飲用乳価と加工乳価の1物2価となっており、 その価格 差は乳製品の国際市況などによって変化する。 ここ5年間の飲用乳価と加工乳価 の動きをみても、 飲用乳価は加工乳価の1. 8〜2. 4倍とかなりの幅で変動 してきた。  95/96年度の飲用乳価は49.7セント/リットルで、 ここ5年間に21. 5%上昇した。 飲用乳価は、 毎年安定した向上を示しているが、 これは各州政府 が生産費や物価水準などに応じ、 行政的に設定しているためである。 飲用乳は年 間を通して消費者に対し安定的に供給する必要性から、 州政府は酪農家ごとに生 産枠を割当てるとともに乳価保証や冬季生産奨励などによって必要量を確保する 政策を行っている。 一方、 加工乳価は国内及び輸出市場の乳製品価格、 製造コス トなどを基に乳業メーカーと生産者の間で決定される。 このため、 加工乳価は乳 製品の国際市況や為替レートの影響を受け、 飲用乳価ほど安定した動きとはなっ ていない。  例えば、 EUからの高レベルの補助金付き輸出によって乳製品の国際価格が低迷 したため、 94/95年度の加工乳価は下落し、 飲用乳価との格差は2.35倍 まで拡大した。 しかし、 94年後半以降、 EUが輸出補助金を漸減したことなどに 伴って、 国際価格は上昇し、 95/96年度は26.3セント/リットルと前年 度比30%高となった結果、 飲用乳価との格差は1. 89倍に縮小した。 表4 生産者乳価の推移 (単位:セント/リットル) ──────────────────────────────────  仕向先 1985/86 90/91 91/92 92/93 93/94 94/95 95/96 ────────────────────────────────── @飲用乳価 32.8 40.9 43.2 43.5 46.2 47.8 49.7 A加工乳価 14.7 21.3 24.1 22.5 21.1 20.3 26.3 ────────────────────────────────── 比率(@/A) 2.23倍 1.92 1.79 1.93 2.19 2.35 1.89 ────────────────────────────────── 資料;ABARE「Commodities」 (注) 95/96年度は暫定値 (5) 飼料コストが大幅上昇
 次に、 ここ5年間の酪農経営の動向をみると、 平均経営規模は順調に拡大して いる。 94/95年度の1戸当たり酪農家の平均経営規模を5年前と比較すると、 農地面積は24%増の199ヘクタールに、 経産牛頭数は20%増の132頭に、 また生乳出荷量は23%増の55万6千リットルに達した。    このように経営規模が拡大したことから、 平均経営収入および支出も、 それぞ れ大幅に増加した。 収入の内訳をみると、 生乳の販売収入が全体の約8割を占め る点など大きな変化はみられないのに対し、 支出は、 飼料費が約2.5倍に跳ね 上がったことが大きな変化として挙げられる。 これによって、 支出総額に占める 飼料費の割合は、 5年前の14%から23%に上昇している。 これは、 干ばつに などによって穀物価格が高騰する中にあっても、 酪農家が安定的な生乳生産や乳 量アップを目指し、 濃厚飼料の給与量を増加させたためである。 表5 酪農家の経営規模の比較 ───────────────────────────── 区 分 89/90年 94/95年 増加率   (暫定値) (%) ───────────────────────────── 農地面積(ha) 161 199 +23.6 乳牛頭数(頭) 169 198 +17.2 経産牛頭数(頭) 110 132 +20.0 生乳出荷量(リットル) 452,816 556,285 +22.9 飲用向け  117,741 123,388 +4.8 加工向け 335,075 432,898 +29.2 ───────────────────────────── 資料:ABARE「Farm Surveys」 ◇図1 酪農経営の支出額に占める各費目の変化◇ (6) 乳製品の輸出金額は倍増
 94/95年度の酪農品粗生産額は、 25億7千4百万豪ドル (約2,317 億円) に達した。 豪州の全農業粗生産額に対するシェアも5年前の7%から11 %へと年々上昇し、 その重要性は増してきている。 特に、 輸出部門の急速な拡大 がその原動力となっているが、 94/95年度の酪農品輸出金額は13億8千4 百豪ドル (約1, 246億円) と、 ここ5年間で2倍以上の伸びを示しており、 酪農品生産額に占める輸出金額のシェアも39%から54%に上昇している。  94/95年度の輸出先は、 日本、 東南アジア、 その他アジア諸国等のアジア 地域が全体の75%を占めた。 特に、 日本は全体の18%を占め、 豪州にとって 最大の輸出相手国となっている。 これまでアジア諸国は、 豪州にとって地理的に も近いことから伝統的な乳製品市場として重要な位置を占めてきたが、 依然とし て乳製品消費量は西欧諸国と比較して少なく、 また近年の人口増加、 経済発展な どにより将来にわたり乳製品需要の拡大が見込まれることから、 最も注目すべき 市場とされている。 ◇図2 酪農品の粗生産額と輸出金額◇  主要乳製品の品目別生産量を89/90年度と94/95年度で比較すると、 バターが29%増、 チーズが34%増、 脱脂粉乳が46%増、 全粉乳が82%増 と、 それぞれ拡大している。 国内の乳製品消費量はチーズを除きほぼ横ばい傾向 で推移していることから、 生産拡大の多くは輸出に向けられており、 この結果、 生産量に占める輸出の割合は、 バターが49%から64%に、 チーズが30%か ら50%に、 脱脂粉乳が63%から88%に、 全粉乳が58%から71%に拡大 している。 豪州酪農は、 ますます輸出依存型の産業構造になりつつあるといえよ う。 表6 主要乳製品の生産、 輸出状況                        (単位:千トン、%) ───────────────────────────────── 製 品 名 89/90 90/91 91/92 92/93 93/94 94/95 ───────────────────────────────── バター 生産量 104 106 108 126 143 134 輸出量 51 54 58 77 92 86 輸出シェア 49.0 50.9 53.7 61.1 64.3 64.2 ───────────────────────────────── チーズ  生産量 175 179 198 211 234 234 輸出量 53 65 69 86 99 116 輸出シェア 30.0 36.3 34.8 40.8 42.3 49.6 ───────────────────────────────── 脱脂粉乳 生産量 135 147 149 166 207 197 輸出量 85 115 105 119 165 174 輸出シェア 63.0 78.2 70.5 71.7 79.7 88.3 ───────────────────────────────── 全粉乳 生産量 57 60 69 80 93 104 輸出量  33 39 45 50 57 74 輸出シェア 57.9 65.0 65.2 62.5 61.3 71.2 ───────────────────────────────── 資料;ABARE「Commodities」

2 最近の酪農産業をめぐる動き


 このように5年間で急速に拡大してきた酪農産業であるが、 現在もその勢いは 止まず、 しばらくの間は拡大路線を継続すると見込まれる。 酪農家は、 さらなる 飼養規模の拡大を目指して搾乳施設などへの新規投資を進めており、 乳業メーカ ーも新規の設備投資や海外市場での拠点づくりを行うなど、 さまざまな動きを見 せている。 (1) 搾乳施設の充実と労働力確保が重要な課題
 ABAREが酪農家を対象に実施した今後の経営プランに関する調査によれば、 1 戸当たり経産牛頭数は現在の平均132頭から98/99年度には158頭とさ らに20%の拡大が意図されており、 引き続き酪農家の規模拡大意欲は強いよう である。  しかしながら、 規模拡大を目指す中で、 搾乳施設の充実が一つの大きな課題と なっており、 酪農家の38%はより搾乳効率の高いロータリーパーラー方式など への更新を望んでいる。 それは、 限られた労働力の中、 規模拡大を図っていくに は、 最も労働力を投下しなければならない搾乳作業の効率性を高めることが必要 とされているためである。  また、 規模拡大が進展する中、 労働者不足の問題も表面化しつつある。 特に、 ビクトリア州の300〜500頭の比較的規模の大きい酪農家で、 この問題が深 刻化しているようで、 外国人労働者を採用し、 当面しのいでいるところもあると みられる。  また、 酪農に従事する者は、 一定の技術的熟練を要することから、 これらを養 成するための教育研修制度の充実も急がれている。 (2) 濃厚飼料の給与量が増加
 豪州の酪農産業は、 豊富な草資源を利用した放牧主体による低コスト生産がひ とつの大きな特徴である。 しかしながら、 90年代に入ると、 穀物を給与する酪 農家が増加し、 濃厚飼料の給与量も増加してきた。 例えば、 主要な酪農地帯であ るビクトリア州では、 牧草に加えて濃厚飼料を給与する酪農家は80年代半ばで 約25%に過ぎなかったが、 現在では約80%に達している。  また、 主要な畜産関連の研究機関によってまとめられた 「2000年の飼料穀 物の需給見通し」 によれば、 酪農産業の穀物需要量は、 乳牛頭数の増加と1頭当 たりの給与量の増加によって、 93/94年度の104万4千トンから2000 年には倍増の205万9千トンに拡大するとの見通しが示された。  しかしながら、 干ばつ等の影響で長期にわたって穀物価格が高値で推移してき たため、 再び濃厚飼料の給与を制限する動きもあり、 この見通しはやや過大であ るように思われる。  今後、 酪農家は、 穀物価格と乳価の動きをにらみながら、 最も収益性の高い方 法を選択するものと考えられ、 これにより飼料穀物の需要量は増減するものと予 想される。 (3) 乳質向上が重要なキーワードに
 近年、 食品産業全般で品質向上、 衛生強化を求める声が強まりつつあるが、 酪 農製品もその例外ではない。  最近では、 乳業メーカー側からの乳質改善を求める動きとして、 酪農家との生 乳取引において乳質に基づくプレミアムとペナルティーの格差を広げるなどの措 置が講じられている。  例えば、 ニューサウスウェールズ州酪農公社 (NSWDC) は、 今年6月から、 取 引生乳中に含まれる体細胞数に基づき生乳規格を5つに区分し、 規格に応じたプ レミアムまたはペナルティーを生乳出荷者に課すこととした。  また、 ビクトリア州の大手乳業メーカーでも今年7月からの加工向け乳価提示 の際に、 体細胞数が継続して一定数を下回った場合に支給されるプレミアムを倍 増する措置がとられるなど、 乳質向上への取り組みが強力に推し進められている。  このような、 乳業メーカーからの乳質向上、 衛生強化を求める動きに対し、 酪 農家段階でも新たな取り組みが始められた。  それは、 ニュージーランド酪農の品質保証 (QA) や豪州牛肉産業のキャトルケ アを参考とし、 豪州酪農研究開発公社 (DRDC) が独自のQAシステムを策定し、 既 にビクトリア州などの80戸の酪農家によってトライアルが開始されたことであ る。 このトライアルは97年5月まで続けられることとなっているが、 その間、 このQAシステムの問題点などが点検されることとなっている。 (4) アジア市場を焦点に乳業メーカーも活発な動き
 豪州乳業界は、 近年の乳製品輸出の急増により活況を呈している。  前述のとおり乳製品の輸出金額は、 この5年間で倍増しており、 今後もUR合意 に基づく市場アクセスの改善などによりアジア諸国を中心として輸出機会はさら に増大すると見込まれ、 活況はしばらく続くと予想されている。  このような状況の下、 乳業メーカーは、 将来を見据えた活発な動きを繰り広げ ている。 生乳生産の急速な拡大に対応するため、 かつてないような大規模な設備 投資を展開しており、 新たなチーズプラントや粉乳製造のためのスプレー・ドラ イヤーの増設・新設が相次ぎ、 さらに物流の合理化を目指した貯乳施設、 冷蔵施 設、 配送センターなどの充実が急ピッチで進められている。 また、 アジア諸国な どを中心とした販売を強化するための拠点づくりや合弁事業なども着々と進めら れている。  一方、 豪州連邦政府も、 ジョン=ハワード首相を代表とする農産物輸出強化委 員会を発足させ、 アジア諸国を対象とした中長期的な市場戦略を検討することと した。 この委員会は 「豪州をアジアのスーパーマーケットに」 をスローガンに掲 げ、 アジア諸国の多様な食品ニーズに応え、 豪州農産物がアジア市場で確固たる 地位を築くことを目的としている。  このように、 民間レベルの活発なアジア市場へのアプローチに加え、 行政サイ ドもこれを支援するという、 まさに官民一体となってアジア市場への輸出強化に 取り組むこととなった。

3 21世紀へ向けた豪州酪農産業


 90年代前半の豪州酪農は、 乳製品の輸出需要が増大したことによって生産拡 大を果たしてきた。 しかし、 UR合意によって農産物貿易は自由体制への入り口に 差し掛かったものの、 現時点ではEUや米国からの補助金付き乳製品輸出や、 主要 輸入国にみられるような輸入制限、 高率関税などの国境措置、 価格支持政策、 生 産調整などの国内保護措置が存在している。  21世紀に向けた世界の乳製品貿易を展望した場合、 完全な自由貿易体制の確 立はまだまだ難しいものの、 UR合意内容が着実に実施され、 WTOやAPECの下、 規 制緩和が徐々に浸透すれば、 乳製品の輸出環境はかなり改善され、 国際貿易は活 発になると予想されている。  そのようなシナリオで乳製品貿易が展開すれば、 21世紀に向けた豪州酪農は さらに飛躍していくものと考えられる。 (1) 2000年の生乳生産量は110億リットルへ
 ABAREによる 「2000/01年までの酪農および乳製品の生産見通し」 によ れば、 今後も良好な輸出環境が継続し、 98/99年度の生乳生産量は100億 リットルを突破、 さらに、 2000/01年度には110億リットルに達すると 見込まれている。  2000/01年度の生乳の仕向先をみると、 飲用向けは、 現在より6%増の 20億リットルに、 加工向けは32%増の90億リットルとなり、 飲用向けと加 工向けの比率は、 現在の22%:78%から18%:82%へと、 一層加工向け 比率が高まると見込まれている。  また、 今後も経産牛頭数は増加傾向で推移し、 98/99年度に200万頭を 突破し、 2000/01年度には209万頭に達すると見込まれている。  さらに、 1頭当たり乳量は、 95/96年度の4, 530リットルから20 00/01年度には16%増の5, 254リットルに増加すると見込まれてい る。 これは、 全般的な飼養管理技術の向上によるものであるが、 具体的には育種 改良による能力アップ、 草地改良、 さらに濃厚飼料の給与量の増加等が寄与する とみられている。  一方、 2000/01年度の加工乳価をみると、 乳製品の国際価格は上昇する ものの、 豪ドルレートが強含みで推移すると予想され、 大幅な上昇を期待できず、 実質24. 0セント/リットル前後で推移すると見込まれている。 また、 飲用 乳価も49. 8セント/リットルと、 ほぼ現行水準で推移すると見込まれてい る。  2000/01年度の主要乳製品の生産量をみると、 バターが現在より38% 増の20万9千トン、 チーズが30%増の29万8千トン、 脱脂粉乳が39%増 の29万8千トンに拡大すると見込まれている。  また、 輸出金額についても、 95/96年度の19億2千6百万豪ドル (約1, 733億円) から33%増の25億2千4百万豪ドル (約2,272億円) に達 すると見込まれている。 表7 生乳および乳製品の生産見通し ─────────────────────────── 区 分 95/96 2000/01 増減率 (暫定値) (見通し) (%) ─────────────────────────── 経産牛頭数 (千頭)  1,875 2,090 11.5 一頭当たり乳量 (リットル) 4,530 5,254 16.0 生乳生産量 (百万リットル) 8,716 10,980 26.0   飲用乳 1,895 2,001 5.6   加工乳 6,820 8,979 31.7 飲用乳価 (セント/リットル) 49.7 49.8 0.2 加工乳価 (セント/リットル) 26.3 24.0 -8.7 乳製品生産量 (千トン)  バター  152 209 37.5 チーズ  230 298 29.6 脱脂粉乳 215 298 38.6 輸出量 (千トン)  バター  96 127 32.3 チーズ  125 133 6.4 脱脂粉乳 180 239 32.8 輸出金額 (百万豪ドル) 1,926 2,524 31.0 ─────────────────────────── 資料:ABARE  豪州酪農は世界的にみても生産コストが低く、 ニュージーランドに次いで国際 競争力は強いと言われている。 しかしながら、 90年代前半までEU諸国などから の補助金付き乳製品輸出によって海外市場でのシェア拡大が果たせず、 また、 輸 出価格においてもEU諸国に相場形成の主導権を握られてきた。  しかし、 今後、 UR合意で輸出補助金の対象数量・金額がさらに削減されること によって、 EU諸国は輸出競争力を失い、 相対的に豪州とニュージーランドの国際 市場における地位が向上するとみられている。 (2) 21世紀の脅威は米国酪農か
 今年4月に成立した米国の96年農業法は、 主要農産物の多くを輸出に向けて いる豪州農業に、 少なからず影響を及ぼすものとみられている。  全般的には、 この96年農業法に対し、 より市場志向を強めた点など歓迎ムー ドにあるものの、 豪州乳業界では、 これを契機に米国酪農の競争力が強化され、 本格的に海外市場への進出を予想する者が多い。 この場合、 乳製品需要の伸びが 最も期待されているアジア市場をターゲットとする可能性が高く、 将来、 豪州産 乳製品と競合することが十分考えられる。  豪州酪農にとっては、 EU諸国からの輸出補助金の脅威が薄れつつあるものの、 新たな強敵が出現することになりそうだ。 最近の牛肉産業にみられるように、 米 国の生産拡大が輸出に依存する豪州農業に多大な影響を及ぼすことは、 身をもっ て経験しているところである。  また、 豪州乳業界がこの農業法に対し最も反発を強めているのは、 乳製品の輸 出補助金制度である乳製品輸出振興計画 (DEIP) を2002年まで存続させ、 UR 合意で認められた水準まで最大限に実施するとしている点である。 これによって、 豪州乳業界は短期的にDEIPによる補助金付き乳製品輸出に悩まされることが予想 されている。  いずれにしても、 世界最大の生乳生産国であり、 また、 ニュージーランド、 豪 州に続き世界で3番目に生産コストが低いと言われる米国酪農の今後の動向は、 豪州乳業界にとって目の離せない存在となりそうである。 (3) シドニーオリンピックの年が大きな転換期
 豪州の酪農政策は、 飲用乳に対する生産管理、 流通規制と加工原料乳に対する 価格支持政策の両者によって成り立ってきた。 これらによって、 生産者乳価が飲 用乳価と加工乳価の1物2価になっても、 双方の生産者は共存することができた ともいえる。  このうち、 飲用乳については、 州の酪農庁によって生産から流通まで管理され てきたが、 規制緩和を求める声が強まる中、 流通段階の規制撤廃が順次進められ ている。 既に、 ビクトリア州は、 95年に飲用乳の流通規制を廃止したのを始め、 現時点までにニューサウスウェールズ州とクィンズランド州を除く各州で流通段 階の価格規制が撤廃された。 この間、 特に大きな混乱は生じなかったが、 98年 からニューサウスウェールズ州で、 99年からはクィンズランド州で、 それぞれ 飲用乳流通規制の撤廃が決定されており、 飲用乳シェアの高い両州の動向が注目 されている。  一方、 加工原料乳については、 国内市場支持交付金制度 (Domestic Market Support Payment) の下、 飲用乳生産者によって支払われる課徴金と乳業メーカ ーによって支払われる国内向け乳製品の加工原料乳に係る課徴金を原資として、 全ての加工原料乳生産者に対し一定の交付金が支給されている。 この制度は、 昨 年7月から従来の市場支持交付金制度 (Market Support Payment) から制度移行 したものである。  この国内市場支持交付金制度の上限補助率は、 95/96年度の16.86% から99/2000年度の10%まで、 毎年、 引き下げられることとなっている。 また、 当該制度の実施期間は2000年までとされており、 それ以降については、 その時点で再度検討することとされている。 このようなことから、 2000年に は酪農・乳業界で新たな酪農制度の枠組みを巡り、 議論が高まることも予想され ている。

4 おわりに


 90年代前半の豪州酪農は、 輸出環境の好転とともに拡大路線を歩み、 豪州農 業の中で、 以前にも増して重要な位置を占めるようになった。  また、 将来展望においても、 世界の農産物貿易は規制緩和の方向に向かってお り、 これにより豪州酪農は多大な利益を享受できると予想されることから、 今後 の見通しはたいへん明るいものになっている。  しかしながら、 一方で今後克服していかなければならない課題も少なくないよ うに思われる。 例えば、 生産段階では環境保護との調和を図りながらの生産拡大 をどのように進めていくか、 また急速な規模拡大に伴う労働力不足、 さらに搾乳 設備等の投資など、 好況のゆえに生する問題も見受けられる。  また、 2000年には国内市場支持交付金制度の見直しが控えており、 国内的 にも規制緩和の声が強まる中、 現行制度を継続するのはなかなか難しいように感 じられる。 仮に現行の酪農制度を大きく変更する場合、 現在約2倍の開きがある 飲用乳価と加工乳価の調和をどの程度図るのかも大きな課題として残されている。  さらに、 輸出市場に目を向けると、 将来、 アジア市場を巡りニュージーランド、 米国などとの競合が激しくなることも予想され、 長期的展望に立った市場戦略も 重要なテーマのように感じられる。  いずれにしても、 21世紀に向けて豪州酪農は拡大基調で推移することはほぼ 確実と考えられ、 さらなる発展が期待できそうである。
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