特別レポート 

中国黒龍江省の酪農・乳業事情

企画情報部 塚田幸雄、 宮本敏行

始 め に


 このリポートは、 中国の酪農・乳業の最重要地域である黒龍江省における中国 農業部農村経済研究中心 (センター) の現地調査に同行させていただいた際に、 現地で得た知見を中心として、 現地の酪農・乳業事情をまとめたものである。

1 中国の酪農・乳業の概観


食糧全体としては地位が高くない牛乳・乳製品
 その食文化の伝統もあって、 現在でも中国では、 食生活の中で牛乳・乳製品が 占める地位は、 全体としては低い水準にとどまっている。 95年の生乳生産量 (水牛、 ヤクの乳を含む) は、 約576万トン (うち黒龍江省のシェアは3割弱 で第一位) であるが、 これに対して総人口は12億1千万人であることから、 1 人当たり供給量は4. 7kgとなる。 この水準は、 アジアの中では、 マレーシア (1. 7kg:国連食糧農業機関 (FAO) 調べ。 以下この項で同じ) 、 インドネシ ア (2. 3kg) よりは多く、 タイ (4. 5kg) 並みではあるが、 インド、 パキ スタン (いずれも約34kg) 又韓国 (約45kg) と比較すると、 著しく低い水準 となっている。  これに対して、 畜産物のもう一つの柱である食肉についてみると、 95年の豚、 牛、 羊、 家きん肉の1人当たり供給量 (量的計測のベースは不明) は43kg弱と、 既に西欧諸国に近い水準に達している (ちなみに、 わが国は約45kg (平成7年 度/枝肉ベース) ) 。 したがって、 こうした比較の上からみても、 中国の現状に おいては、 牛乳・乳製品の食料品としての地位は、 あまり高いものではないこと が窺える。 国家政策における、 酪農・乳業の振興
 1949年の新中国成立以来、 中央政府の最大関心事項の一つは、 その膨大な 人口をいかに養うかにあった。 したがって、 主食 (主に穀物。 一部のマメ・イモ 類を含む) の生産・配分に関しては、 国家の関与、 管理が強力に実施されてきた。 これに対して、 食生活の中での重要度が、 必ずしも高くない牛乳・乳製品の生産、 流通に関しては、 国家の関与、 管理面での対応ぶりは、 かなり違っているようで ある。  中央政府の酪農・乳業への関与は、 伝統的な生乳生産地や地域産業としての立 地条件に配慮した、 地域的振興政策として遂行されてきたということができる。 早くも、 50年代には主産地での振興策が開始され、 その後、 国際機関やEC (当 時) など国外の協力も加えて、 乳牛の改良・増殖や生産、 加工技術等の向上が図 られてきた。 今日でもその基本構図は変わらないと考えられるが、 現在では、 酪 農・乳業の振興地域を定めて、 地域重点的な発展支援策が進められており (黒龍 江省の主産地は発展地域に指定されている) 、  生乳生産が順調に拡大している。  なお、 農民所得の向上は、 国家の最重要課題の一つであるが、 それが地域の実 情を重視すべき政策であるが故に、 政策の実行面では、 省政府を始めとした、 地 方行政当局の自主性に任されている側面が大きいといえる。 2000年の生乳生産量、 1千万トン強が目標か
 関係者からうかがった説明によれば、 生乳ベースの1人当たり供給量は、 約5 kg (94年) とのことであるが、 これを国家統計から分析すれば、 この数値は羊 ・山羊などの乳を含む総生産量ということになる。 また、 2000年の1人当た り供給量に関する中央政府の目標は8kg、 また、 同年の想定人口が約13億人と のことであるから、 これを全て自給で賄うためには、 生乳の総生産量は、 概算で 1千40万トン必要ということになる。 これは、 95年の生産量に比べると、 そ の約55%増に相当する。 なお、 乳の総生産量に占める牛乳の比率が88% (9 2〜94年の平均) であることから推計すると、 そのうち牛乳は約915万トン (同約59%増) ということになり、 現在のわが国の生産量を上回ることになる。  なお、 国家の食糧供給計画の基本である自給維持は、 牛乳・乳製品においても あてはまり、 計画とのギャップを生じた場合は、 その分を輸入するという基本方 針は、 維持されるとのことである。 圧倒的に多い粉乳類の生産にも変化の兆し
 次に、 乳製品の生産についてみてみると、 その生産量は、 生乳生産量の伸びに 応じて順調に増加しているが、 そのうち、 圧倒的なシェアを占めるものは粉乳類 である。 しかしながら、 近年の生産動向としては、 デザート類の登場など乳製品 の多様化や飲用消費の伸びから、 粉乳類のシェアが次第に低下する傾向にある。 表1 乳製品の生産量の推移 ───────────────────────────────────── <95年> <94年> <93年> <92年> <92/95比> ───────────────────────────────────── 乳製品総生産量 525.7 424.5 417.4 412.9 <+27%> うち粉乳製品 352.2 (67%) 299.4(71%) 294.4(71%) 336.5(82%) <+ 5%> ───────────────────────────────────── (注)1 資料 中国統計年鑑 2 単位:千トン (参考) 米国農務省調べによる乳製品関連データ ───────────────────────────────── <95年> <94年> <93年> <92年> <92/95比> ─────────────────────────────────  飲用乳消費量 3,552 3,338 3,118 3,100 + 15 %  脱脂粉乳生産量   40   34 30   34 + 18  全粉乳生産量 275 265 265 306 - 10 (脱脂・全粉乳計)(315) (299) (295) (340) (- 7)  脱脂粉乳輸入量 20 20 6 6 + 233  全粉乳 輸入量 30 22 11 9 + 233 (脱脂・全粉乳計)( 50) ( 42) ( 17) ( 15) ( +233) ───────────────────────────────── (注)1 資料 Dairy: World Market and Trade 2 単位:千トン    3 95年の数値は暫定値

2 最近の動向


沿海部で飲用乳、 デザート類の需要が増加
 そうした状況下で、 経済の改革・開放政策が進み、 一歩先んじて豊かになった 沿海部の都会を中心に、 アイスクリーム、 ヨーグルト、 飲用乳などの、 中国市場 では比較的新しいタイプの牛乳・乳製品の需要が増加 (数値統計は不明) してい る。 この需要増に応えるために、 地元での酪農・乳業が育成されると同時に、 こ れらの小売商品の輸入も増加している。 現地で小売販売状況を視察したところで は、 これらの商品は、 国産/輸入品を問わず、 急速に消費者の支持を獲得しつつ あるかにみえる。 北京などの大都会では、 商店や街角の屋台においても、 ほぼ通 年、 これらの高付加価値または利益率が高いとみられる製品 (以下で 「高収益型 商品」 という) が売られているが、 国産品とともに、 高価で多種多様な輸入品も 多く販売されている。 (なお、 これらの乳製品の現地生産を目指し、 日系を含め て外国乳業メーカーの中国進出が増え続けている。 ) 新タイプ商品市場への参入が困難な状況にある遠隔地
 こうした中、 一方では、 前述のとおり重点地域型の酪農・乳業の振興政策がと られているが、 主産地の黒龍江省や内蒙古自治区 (その合計シェア (生乳生産) は37%に達する) は、 大消費地である沿海部からは遠隔地にあり、 かつ、 コー ルドチェーンによる流通網の整備が遅れていることや、 沿海部での生産増や輸入 の増加などもあって、 その高収益型商品市場への参入が、 なかなか困難な状況に ある。 また、 最近とられている副食品供給の市長請負制の影響もあってか、 大都 市では、 自前の牛乳・乳製品供給に、 積極的に取り組んでいることも、 これら遠 隔地域の参入を困難にしている要素の一つと考えられる。 (統計的にみても、 北 京市、 上海市 (ともに省級の特別市) の乳牛一頭当たりの乳量は、 既に3,50 0kg前後に達しており、 これには、 そうした取り組みの効果が反映しているとみ てよいと考えらる) 。 表2 生乳生産量等上位10省・市 (95年) ─────────────────────────────────── 牛生乳生産量A 乳総生産量 乳牛飼養頭数B 一頭当たり乳量A÷B ─────────────────────────────────── 黒龍江省 164.6 166.6 85.4 1,927 内蒙古自 48.6  51.2 71.0 685 新彊ウ自 45.2 49.7 73.4 616 河北省 32.5 38.9 64.3 505 四川省 27.7 28.1 3.7 - * 山西省 26.0 29.3 10.6 2,453 上海市 21.8 21.8 6.2 3,516 北京市 20.6 20.6 5.9 3,492 青海省 20.0 20.6 8.4 2,381 山東省 17.9 66.8 * 8.4 2,131 ───────────────────────────────────          シェア シェア シェア 備考 10省市合計 424.9 (74%) 493.6 (73%) 337.3 (81%)  1,191(除、四川) ─────────────────────────────────── 全国(30省・市)576.4   672.8 417.4    1,381 ─────────────────────────────────── (注)1 資料 中国統計年鑑  2 単位:万頭/万トン   3 乳牛の定義は不明 (なお、 育成中の牛を含む)   4 *四川省の一頭当たり乳量は格段に多いが、 農家の経営実態に不案内で     判断基準がないことから、 実態を見誤る恐れがあるので、 同省は乳量の     算定から除外した。   5 山東省では、 牛乳以外の乳の生産が圧倒的に多いが、 現地事情不案内の     ため、 今後の課題としておく。

3 黒龍江省の酪農・乳業現地事情


(1) 黒龍江省とは
 黒龍江省 (省都:ハルビン市) は、 ほぼ北緯43〜54度 (北海道北部〜樺太 中部) の間に位置し、 中国で最も北にある省である。 北西、 中央部が山岳・丘陵 地で、 広大な平野は南西部と東北部に広がっている。 河川の状況は、 数が少なく 潅漑の普及は困難であるが、 巨視的にみると、 黒龍江、 松花江、 ウスリー河の三 大河川が東流・北流してロシアに流入している。 なお、 同三河川の下流に位置す る省の東北部に広がる三江平原は、 未開拓の土地も多く、 酪農も含めて、 今後一 層の農業開拓が期待されている地域であるとのこと。 <図1>  降雨量が少なく、 高緯度地帯に位置する冷涼乾燥な気候は、 厳冬期を除いて、 乳牛を飼うには適した条件と考えられる。 また、 粗飼料、 穀物飼料、 飼料副原料の一大生産地であることから飼料原料の調 達が極めて容易で、 この点でも酪農が立地するのに好条件である。  最後に産業構成の面についてみると、 農業中心の省と見られがちだが、 大慶油 田など天然資源が豊かで鉱工業が発達しており、 GDPベースでは、 産業間の勢力 バランスが全国平均に近くなっている。 <図2> 調査地域の土地利用模式図 (注)上図は、高低感を過度に表現してある。    実際には、見かけ上ほとんど平らで丘すらみれない。 黒龍江省に関する基礎データ (95年) ───────────────────────────────────────      <総人口> <就労人口計> <第一次> <第二次> <第三次> ─────────────────────────────────────── 人 口 全 国  1,211.2 623.9(100%) 330.2(53%) 143.2(23%) 150.6(24%) 黒龍江   37.0 15.5(100 ) 5.7(37 ) 5.3(34 ) 4.5(29 ) (単位:百万人) ─────────────────────────────────────── 面 積  全 国  960 万平方`     耕作地面積 全 国 94,971 千ha 黒龍江   46 (わが国 38万平方`)       黒龍江 8,995 ─────────────────────────────────────── 年平均気温 ハルビン<平均> 4.6(省平均2.6 ) <最寒1月> -15.1  <最暖8月> 22.8 上海市     16.7           5.1 29.2 (摂氏度C) ─────────────────────────────────────── 年間降水量 ハルビン 424.7mm <雨期 7〜10月> 312.4mm <乾期11〜3月> 13.9mm 上海市  1,304.2mm ─────────────────────────────────────── 産業構造(GDPベース) <合計>  <第一次>  < 第二次 >  <第三次> 全国  (100%) ( 21 %)   ( 48% ) ( 31 %) 黒龍江   1,619 億元 316 ( 20 ) 853 ( 52 ) 449 ( 28 ) 上海市 1,972 億元 49 ( 3 ) 1,143 ( 58 ) 780 ( 39 ) ─────────────────────────────────────── 農村家庭1人当たり純収入(単位:元/約13.5円)       <95年>(全国順位)<95/92比> <94年> <93年> <92年> 黒龍江 1,766.3  G + 86 % 1,393.6 1,028.4 949.2 江蘇省 2,456.9 D +132 % 1,831.5 1,266.9 1,060.7 (農業発展が著しい) ─────────────────────────────────────── (注)1 資料 中国統計年鑑   2 なお、 ◯内数値は全国順位。 全国順位は、 全国30の省、 市、 自地区     (省と同格) の中での順位。 以下の表で同じ。 (2) 今回調査地域
 省の南西部の肥よくな農業地帯に位置する省都ハルビンを拠点に、 酪農・乳業 が集中する3市 (*県と同格の行政単位/安達市、 肇東市、 双城市)の市当局(人 民政府) 、 酪農、 乳業の生産現場を訪問し、 視察と聞き取り調査を行った。 (注*) 「県」  省 (省と同格には市、 自地区がある:Province) の次のレベルにある行政単位 (Country) 表4 黒龍江省の酪農に関する基礎統計 ───────────────────────────────────── 95年(シェア) <全国>  94年(シェア) 93年(シェア) ───────────────────────────────────── 乳牛飼養頭数 85.4(20.5%)@ 417.4 73.2(19.1%)@ 67.0(19.4%)@ (育成中雌牛含む) 生乳生産量 164.6(28.6 )@ 576.4 141.5(26.8 )@ 134.1(26.9 )@ (牛の乳のみ) ───────────────────────────────────── (注)1 資料 中国統計年鑑   2 単位:万頭/万トン なお、 ◯内数値は全国順位 (3) 酪農の歴史等
 19世紀末に増えたロシア人が乳牛を持ち込んだのが、 この地における酪農経 営の起源で、 今日までに、 約100年の歴史がある。 中華人民共和国の建国 (1 949年) から間もない、 50年代には、 早くも酪農の振興策が始まり、 外国種 と黄牛などの在来種牛との交配により乳牛の改良が試みられた。 ちなみに、 現地 で中国黒白花牛と呼ばれるものは、 ホルスタイン種と黄牛との交雑種であるとの ことである。 この改良・増殖手法は、 急速に乳牛群を拡大する方法として大きな 成果を収め、 かつては、 乳牛群の中核を占めていたとされる。 しかしながら、 そ の後、 結果的に、 乳量重視型の方針が次第に推進・強化されたことから、 この改 良・増殖プランは今日ではあまり行われなくなっており、 現在では、 大部分が純 系のホルスタインを導入・増殖する方向となっている。 特に、 近年では、 カナダ、 米国、 北海道から優良な血統を導入して、 改良を進めているとのことであった。 したがって、 農場訪問では、 国営、 個人経営を問わず、 体格の良いホルスタイン 牛を多く見かけた。 (なお、 今日でも、 一部では、 ホルスタイン種の雌が高価な ため、 規模拡大のための経過的措置として、 シンメンタールで改良したタイプの 黄牛との交配が行われているとのことである。 ) 【広大な牧野に放牧される牛群】 (4) 酪農の現状 (訪問先の例で、 省全体の姿ではないことに留意)
*国営農場と農家個人経営との二重の生産構造  訪問した地域では、 国営農場と酪農の重点的な* 郷鎮における農家経営 (平 均3頭程度保有) との二重の生産構造となっている。 両カテゴリーの生産シェア 的なものは聞けなかったが、 この地域の酪農・乳業の順調な発展にともなって、 生産単位の経営規模は、 現在、 双方とも拡大傾向にあるとのことである。 なお、 今日では、 最大規模の酪農経営は、 国営農場では千頭以上、 また、 農家経営では 百頭弱のものが既に存在している。 【農家の庭先で2〜3頭飼育】  次に経営・技術的データについてみると、 *平均的な乳量は3〜4千kg ・平均的一頭当たり乳量は3〜4千kgとなっている。 また、 多い方では5〜6千  kg、 最大では8千kg以上の例もあるとのことである。 また、 平均的な脂肪率は  3.2%前後で、 この水準が、 生乳取引き (乳脂肪率取引となっている) の乳  価を取り決める際の基準値となっている例が多い。 *自給飼料が経営の基本 ・飼 料   その多くは自給が基本である (個々の経営内か、 或いは自らの郷鎮単位で調達) 。 ・粗飼料   トウモロコシ茎等、 在来の草 (現地では 「羊草」 と呼んでいる) が大部分であ る (なお、 さらに北方の地域では、 ビートパルプも給与されているとのこと) 。  郷鎮当局が茎等の裁断機を農家に供給して支援する例がある。 なお、 青刈りが 少ないためサイレージ生産は極めて少ない。 ・草地等   放牧地や採草地は、 主に、 耕作に不適な土地や塩類が集積した荒れ地などで、 改良されたり施肥された草地はほとんどない。 なお、 トウモロコシの刈り畑や防 風林の下草も、 放牧の対象となっている。 ・配合飼料   トウモロコシ、 大豆ミール、 フスマ、 酒糟・ビール糟、 骨粉など自家配合する のが基本であり、 酪農支援組織からの技術指導が受けられるが、 規模が大きい酪 農家では購入飼料によるところもある (給餌方法は、 水で溶いて与える方式が主 流とみられる) 。 【今年のトウモロコシは大豊作】 *牛は農場企業又は個人所有 ・牛の所有権は個々の国営農場又は生産者個人にあり、 各農場・戸毎に飼養管理  されている。 なお、 公的又は生産者組織による共同保育施設のようなものはみ  られなかった。 ・国営農場では、 農場の資産や乳牛は郷鎮が所有するが、 経営合理化の一環とし  て、 経営を生産者に委託する例がみられる。 ・繁殖は、 100%人工受精によっており、 省レベルの牛改良・繁殖センター  (訳語が適切かどうか不明) を有するほか、 郷鎮レベルでも、 家畜衛生・繁殖・  飼育技術の支援組織 (人工受精所、 診療所、 乳牛協会など) の手厚い援助が受  けられる。 ・搾乳牛の更新は、 5、 6産から、 長いものでは10産程度で行われている。 *手搾り3回で乳量アップを図る ・搾乳は、 国営農場でも農家経営でも手搾り (2百頭以上のケースでも) であり、  乳量を高めるために3回搾乳が行われている。 もちろん、 これは農村地域では、  人手が豊富なことや人件費が低廉であることによって成立しているものと考え  られる。 【搾乳作業風景】 *乳業メーカーのタンク車が農場を回って集乳 ・農家経営ではヒトが集乳缶にて、 主に重点郷鎮ごとに設けられた集乳拠点まで  運ぶ。 なお、 同所で、 個人ごとの乳質等データ記録用に牛乳サンプル検査を受  ける。 ・乳業メーカーの集乳タンク車 (2〜3トン前後か) が、 国営農場や郷鎮の集乳  拠点を回って集乳する。 *平均的乳価は約23円 ・基準となる乳脂肪率3.2%の生乳の平均的な生産者乳価は、 1.6〜1.8  元/kg (23円ほど) で、 乳代は、 原則として、 乳業メーカーから生産者に現  金で支払われる。 ・なお、 乳脂肪取引となっていることから、 乳価の調整は実際の乳脂肪率に基づ  いて行われるが、 脂肪率の増減0. 1%ごとに、 0. 05元 (約68銭) 加  減する例がある。 *最高水準では、 一頭当り7万円弱の純収益 ・搾乳牛一頭当り純益 (自家労賃込み) は、 5〜1千5百元 (67〜20千円)  と格差が大きいが、 いずれにせよ、 現金収入の少ない地方では極めて高収益と  いえる。 ・雄子牛は、 初生牛で肉用 (子牛肉用又は肥育用素牛として) に業者に販売され  る。 なお、 黒龍江省は、 牛肉生産においても主産地の一つとなっており、 その  点では、 酪農経営にとっても有利な条件といえる。 (注*) 「郷鎮」  県以下の行政単位を示す術語で、 基本的には 「村」 をあらわす。 中央政府の地 域産業振興方針により、 郷鎮組織が、 直後、 様々な業種の企業経営を数多く行う。 →郷鎮企業 (5) 乳業の現状
 乳業メーカーは、 数の上では、 国営企業を中心に全省で160社あるが、 市場 経済化が進行する中で、 設備が古く効率的でないものは、 今後沙汰が進んでゆく と考えられている。 今後は、 優良な国営企業や、 ネッスル、 森永、 台湾系企業な どの外資系との合弁企業 (現在5社) が、 次第に生産の軸になってゆくものとみ られている。  次に、 メーカーの製品群では、 前述のとおり、 飲用乳、 デザート類の地元需要 が脆弱で、 かつ、 沿海部のそれらの大消費地への輸送手段と販路が乏しいため、 殆どが粉乳製品のみを生産している。 その製品群では、 統計は明らかではないが、 * 加糖全脂粉乳、 育児用粉乳が多く、 他には、 年配者・小児向け健康飲料 (粉 末) 、 風味付け飲料 (粉末) などが製造されている。 なお、 粉乳製品においても、 地元の需要が乏しいため、 省内生産量の9割前後を、 省外に販売しているとのこ とである。  また、 乳業の発展・拡大という時流の中で、 工場の近代化や処理能力の拡大を 実行した乳業会社では、 季節によっては、 原料乳の調達不足に陥ることがある模 様である。 これらの企業にとっては、 安定的な集乳基盤を十分に確保することが、 今後の発展のキーポイントとなりそうだ。 (注*) 加糖全脂粉乳  都市部以外では、 液状牛乳の流通経路が未発達の中国では、 地方や広大な農村 部で、 家庭でお湯で溶いて 「牛乳」 として飲料消費される、 代表的な粉乳商品で ある。 【各種の粉乳製品】 (6) 行政と酪農・乳業
 黒龍江省内の主産地は、 酪農・乳業発展の重点地域に指定されているが、 前述 のとおり、 省政府を始めとして、 地元地方行政当局の自主性が発揮しやすい環境 となっている。 特に、 振興政策の実行面では、 直接実務に当たる*城市の人民政 府が、 酪農を農村発展の重要部門として位置付け、 国営農場や重点郷鎮に対して 手厚い支援を行っている。 ・酪農の普及啓蒙、 乳牛飼養の促進、 技術教育・支援、 家畜衛生・医療・AIサー  ビス ・飼料・同副原料・経営資材等の調達供給、 乳牛の導入や斡旋、 開業・規模拡大  のための融資便宜の供与 ・最低生産者乳価の設定による生産者所得の保証 (2つの市で1.4元/kgとの  こと) ・乳業会社の資材調達・販路開拓等の各種支援、 集乳基盤の整備・確保等の便宜  供与など ・外資系乳業会社の誘致、 城市/郷鎮が保有する乳業会社との間で合弁経営 ・省レベルでの乳製品流通体制整備−乳製品の卸売市場 (需要家との出会いの場)  を設置  結論的には、 酪農、 乳業ともに、 依然として搖籃期を脱していないことから、 又、 原料・資材の調達ルートや販路が未発達なため、 行政当局の介入と支援・協 力無しには、 双方とも発展することが困難な状況となっている。 (注*) 城市  地方行政区分で、 県レベルの 「市」 を指すときに、 中国でよく用いられる術語

4 今後の課題と思われることは


 最後に、 マクロ的な需給動向を踏まえ、 現地で見聞した酪農・乳業事情を検討 したうえで、 今回訪問した地域の酪農・乳業発展のための課題となることについ て、 2つの項目に絞って、 僭越ながら、 以下で考察してみたい。 (1) 新段階で動き出した酪農発展への対応
 乳業発展の 「源泉」 となる生乳供給基盤の拡大や、 農民所得の向上を図る目的 から、 規模拡大が奨められており、 一部では、 個人経営でも、 既に30頭以上の 経営や、 専業に近い農家が出現しつつある。 しかしながら、 規模拡大によって、 購入飼料が増えるとともに、 機械化されていないことから雇用労働が必要となる 例がみられる。 こうした、 「運転」 上の現金支出を伴うコストが増えるほか、 増 頭や設備投資の大型資金需要により借入金が増えることが考えられることから、 急速に一頭当りの収益性が低下するケースもみられる。 訪問事例では、 30頭規 模の経営では、 いうまでもなくグロス収入は多くなるものの、 一頭当り純収益 (自家労賃込み) は1千5百元と、 収益性の方は訪問事例の中では低水準であっ た。  一方、 歴史的に見れば、 零細で、 かつ必ずしも効率的でない経営基盤でも、 こ の地域で酪農が発展し続けた秘訣は、 次のとおりと考えられる。 すなわち、 (1) 自家作物など (トウモロコシや羊草など) を飼料として活用=飼料の自給と (2) 現金払い乳代により、 最高では5千元/一頭の高収益があげられる点にあったと 考えられる。 また、 地方行政当局が、 熱心に奨励、 支援、 乳業育成・誘致策を講 じて、 手厚くその発展を支えてきたことによるものである。 この取り組みは、 こ れまでのところ、 十分な効果を上げ、 農民の所得向上に大きく貢献してきたとみ られる。  そうした状況下で、 この地域の酪農・乳業は、 今、 次の発展段階に入りつつあ ると考えられるが、 もう一段の規模拡大・近代化をめざすためには、 今後は、 以 前にも増して、 資金調達手段の充実、 経営の効率化や、 これを支援するための、 行政当局の対応策の充実が求められることになろう。  これまでの揺籃期における高収益と成功は、 極端な言い方が許されるなら、 「自家の未利用資源と未活用労働力の有効利用」 により、 達成された面が大きい と考えられる。 しかしながら、 次の発展段階が、 より商業的、 専業的酪農経営を 求める方向であるとすれば、 コスト急増要素が大きいだけに、 従来の生産様式と は違った観点からの取り組みが必要となろう。 すなわち、 1) 酪農経営体には、 コスト意識を高めた企業的経営感覚やより高度な管理技術の養成、 又、 2) 行政 当局にとっては、 それに対応した、 指導・支援体制の整備・強化が、 今後は必要 となるように思われる。 (2) 粉乳製品生産一辺倒からの脱皮は直ちに必要か
 中央政府の重点地域型の酪農・乳業振興政策の下では、 黒龍江省などの消費地 から極めて遠い地域は、 基本的には、 加工原料乳の供給基地として位置づけられ ている。 こうしたことから、 今回、 黒龍江省で訪問した乳業メーカーでは、 生産 している乳製品は、 基本的に粉乳製品に限られていた。 それでも、 経営効率を上 げる努力をすれば、 昨今の粉乳製品の堅調な需要により、 収益を上げることがで きる。 しかしながら、 現地では一般的には、 より利益率が高いと考えられる、 飲 用乳などの市場への参入意欲が、 一部では既に芽生えはじめていることが感じら れた。  いささか 「各論」 的になるが、 省都ハルビン市の商店では、 全国最大生乳生産 地であるにもかかわらず、 他の地域や輸入物の飲用乳が売られているといったケ ースもみられる。 こうした事情もあってか、 聞き取りでは、 現地の今後の飲用乳 需要の増加に応えて、 生産拡大計画があるとのことである。 しかしながら、 さら にそれを一歩進めた、 北京や上海といった、 沿海部の大市場への飲用乳などの販 売については、 いろいろな意味で、 「あまりのも遠いのでは」 との感触であった。  デザート類や飲用乳などの高収益型商品市場への参入は、 確かに、 乳業メーカ ーにとっては魅力的な課題であると考えられるが、 (1) 沿海部大消費地への流通インフラ・販路の開拓に多大の投資と時間がかか   ること。 (2) 高収益型商品は、 ブランド商品的側面が強いことから、 ブランド力のある   企業が、 極めて有利で、 その面での企業格差を生みやすいこと。 (3) 市場たる大都会では、 地元行政当局の肝いりにより、 これらの商品群を生   産する企業が育成されつつあり、 かつ、 輸入品との競争も激しいことから、   遠隔地の後発組みは、 現状では、 参入上不利な面があること。 などの、 困難でかつコストのかかる克服課題が横たわっている。  したがって、 現状の流通事情においては、 常温での長距離輸送と貯蔵に耐え、 かつ、 都会のみならず、 8億人 (全人口の3分の2) の農村人口への供給の道が 既に開かれている、 粉乳製品の生産に当面は専念するという商品戦略もまた、 一 つの重要選択肢と考えられる。 (参考) 表5 黒龍江省の農業に関するデータ (95年) ──────────────────────────────────── <黒龍江省(シェア%)> <順位> <全   国> ──────────────────────────────────── 牛飼養頭数(水牛など含む) 511.5( 3.9 ) I 13,206.0 うち乳牛飼養頭数 (育成中牛含む)A 85.4( 20.5 ) @ 417.4 乳総生産量 166.6( 24.8 ) @ 672.8 うち牛生乳生産量B 164.6( 28.6 ) @ 576.4 一頭当たり乳量 B÷A 1,927 kg 1,381 kg 豚飼養頭数    1,140.3( 2.6 ) 44,169.2 羊飼養頭数  494.7( 1.8 ) 27,685.6 牛肉生産量(水牛など含む) 23.7( 5.7 ) E 415.4 豚肉生産量      80.1( 2.2 ) 3,648.4 羊肉生産量     2.7( 1.3 )   201.5 鶏肉生産量(水禽等を含む)  27.8( 3.0 ) 934.7 糧食生産量    2,552.1( 5.5 ) G 46,661.8 うち・トウモトコシ   1,212.6( 10.8 ) B 11,198.6 ・コ メ       469.9( 2.5 ) 18,522.6 ・小 麦       271.0( 2.7 ) 10,220.7 ・大 豆      436.8( 24.4 ) @ 1,787.5 油糧種子(大豆、綿実除く) 20.1( 0.9 ) 2,250.3 ────────────────────────────────────── (注) 1 中国統計年鑑  2 単位 万頭/万トン

最 後 に


 中国事情については、 その国際市場への影響力の大きさから、 分野を問わず近 年大きな関心が寄せられているが、 そうした中でも、 改革・開放が進んだ沿海部 や主要産業に関しては、 わが国でも事情が知られるようになってきた。 しかしな がら、 地方の実情や揺籃期にある産業については、 我々が単独で現地を訪問して、 見聞を広めて実情を理解することは、 困難な状況となっている。  今回、 農村経済研究中心の先生方、 さらには、 黒龍江省を始めとして各級人民 政府関係者各位、 また、 生産者、 乳業メーカーの皆様の暖かいご配慮により、 現 地の酪農・乳業事情を拝見することができました。 ここに紙面をお借りして、 お 世話になった方々に謝意を表するものであります。
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