駐在員レポート 

東南アジアの飼料穀物需給

シンガポール駐在員 末國富雄、 山田 理
 東南アジアでは、 家計収入に伴って畜産物の消費が増加している。 供給面では、 
生産拡大の容易な豚肉や鶏卵・肉で国内生産が増加し、 牛肉や乳製品では輸入依
存が強まっている。 豚肉や鶏卵・肉の国内生産の増加は、 共通の飼料原料である
トウモロコシや大豆ミールなど飼料穀物の需要拡大につながり、 国際的な需要ひ
っ迫の原因の一つとなっている。 ここでは、 飼料穀物の国内生産動向も踏まえな
がら、 このような動向を検討する。 要旨は以下のとおりである。 

ア.  東南アジアの主要農業国の飼料穀物生産は、 需要が高まっているにも関わ
 らず、 増加はゆっくりとしたものであり、 中には減少傾向を示している国もあ
 る。 この原因は、 輸入穀物に対する国産品の相対的な価格上昇、 需要規模の拡
 大 (畜産の大規模化に対して飼料穀物の生産は依然として小規模)、 工業分野
 での雇用機会の拡大など社会・経済的な要因によるものである。 

イ.  同時に、 国内の養豚、 養鶏業界や飼料業界からは、 政府に対して飼料原料
 の安定供給や価格抑制が要請されている。 畜産物の輸出あるいは国内での畜産
 物価格安定に貢献の大きいこれらの業界の要求は、 輸入政策にも影響を及ぼし、 
 飼料原料の輸入を増加させている。 それは、 ひるがえって国内の飼料穀物生産
 を停滞させる要因ともなっている。 

ウ.  UR合意は、 東南アジアにおいても関税化とミニマムアクセス数量制度の導
 入となり、 輸入拡大を助長する結果となっている。 この他にも、 APEC、 AFTAな
 どの貿易自由化構想があり、 加えて、 畜産物輸出国がアジア市場を有望視して
 いることから、 市場開放圧力は強い。 

エ.  以上の3項目から、 これら東南アジアの国々は、 飼料穀物の自給から後退
 しつつあるといえる。 

オ.  東南アジアの飼料穀物輸入数量の世界の穀物貿易全体に占める割合は、 ま
 だ小さなものである。 しかし、 今後、 飼料供給のひっ迫と価格高騰が起きた場
 合、 東南アジアの飼料穀物需要は無視し得ないのではないかと思われる。

停滞する飼料穀物生産


 東南アジアの主要農業国 (インドネシア、 マレーシア、 フィリピンおよびタイ の4ヵ国。 ベトナム、 ミャンマーなどは入手できる統計資料が限定されているの で除外) では、 養豚・養鶏が拡大しつつある。 表−1に示したように、 経済成長 が政治的な混乱から一時的に停滞したフィリピンを除くと、 90年からの4年間の 伸びは、 90年を基準とした場合にその2割から5割の増加となっている。 表−1:豚肉、家禽肉の生産量の推移  豚肉や鶏肉の生産増加は、 トウモロコシや大豆ミールなど飼料穀物の需要拡大 をもたらす。 表−2にはこれらの国々の飼料穀物の生産動向を示した。 マレーシ アのトウモロコシと大豆、 フィリピンの大豆は農業統計に掲載されない程度の生 産量と思われる。 また、 特にフィリピンのトウモロコシは、 飼料用より食用とし ての用途が高いが、 分離不能のため一括して掲載した。 表−2:主な飼料穀物の生産動向  この表からもわかるように、 飼料穀物生産量は、 90年頃までは化学肥料の投入 などによって順調に伸びてきた。 特にタイは80年頃までは日本に、 最高で年間90 万トンものトウモロコシを輸出していた経緯がある。 しかし、 国によって多少の 差はあるものの、 90年頃から生産量の伸びは停滞し始めた。 国内の養豚・養鶏は 順調に発展しつつあり、 需要がある中での生産停滞というわけである。 飼料穀物 生産側の原因としては、 次のようなものが考えられる。 (1) 規模の不一致:小規模な飼料穀物生産と大規模な養豚・養鶏生産
 東南アジアの大規模農作物といえば、 サトウキビ、 パーム椰子、 ゴム、 カカオ などである。 トウモロコシや大豆は、 1年生作物であることとインフラ整備の遅 れから企業化には至らず、 農家の自給栽培がやや発展した程度のもので現在に至 っている。 農家の平均栽培面積はトウモロコシで数ha程度である。 一方、 養豚や 養鶏は施設型の畜産であるから、 需要の拡大に対応して企業化し大規模化した。 飼料穀物需要が増加しただけでなく、 需要地が都市周辺に偏在するようになり、 広域流通の必要がでてきた。 同一品質のものを多量に欲しい養豚・養鶏企業にと って、 このような国内生産ものの寄せ集めでは要求基準を満たすことができなく なってきたようである。 タイの養鶏企業の不満は、 品質が揃っていないだけでな くカビなど有害なものが混入したり、 多量の需要に応じきれないなどである。 (2) 国産穀物の相対的な価格上昇
 タイの国産トウモロコシ価格 (農家庭先価格) は、 1kg当たり90年が2.54バー ツであったが、 93年には2.76バーツ、 94年には2.95バーツにまで上昇した。 国内 産飼料穀物の生産コストは、 人件費や生産資材価格の影響を受けて上昇傾向にあ るといえる。 それでも輸入穀物には後述するように関税がかかっているので直ち に競合するといった状況にない。 しかし、 タイの場合、 90年から続けられてきた 飼料穀物に対する輸入課徴金が、 96年以降、 WTO体制への移行を機に廃止される など、 輸入品の価格を相対的に引き下げるような施策が実施されている。 このた め、 今後、 国内産価格は、 国際相場と連動する傾向が強まってくると思われる。 (3) その他
 この他に、 工業分野での雇用機会の拡大に伴う農業者の減少や飼料穀物に対す る生産振興が不十分などの要因が指摘できる。  農業就業者割合の減少は、 これら東南アジアの国々の経済発展 (工業化) の過 程での当然の帰結であるが、 タイやフィリピンが50%から60%であるのに対して、 マレーシアではすでに21% (93年) にまで低下している。 ただし、 マレーシアで はパーム椰子農園に多数の外国人労働者を導入しているが、 この人数が統計に反 映されていない。 実際の農業従事者数は、 もう少し多いはずである。  飼料穀物の生産振興策は、 タイの例を引くと、 生産面では優良品種導入、 肥料 や農薬の使用によって単位収量の増加を図るほか、 農家への低利融資も用意され ている。 また、 流通面では、 インテグレーションや契約栽培の奨励、 農協による 集荷計画など、 研究面では品種改良や栽培技術の改良などが行われている。

飼料穀物ユーザーの遊離


 養豚や養鶏の規模拡大は、 資金さえあれば比較的容易であるといわれている。 肥育豚やブロイラーの生産サイクルは短く、 利益総額を増すには規模拡大が最大 の近道でもある。 また、 一連の生産過程には利益の上がる部分とそうでない部分 とがあるが、 現在の養豚・養鶏企業は、 経営内に種豚・種鶏部門、 肥育部門、 飼 料部門を持った複合企業であることが多い。 あるいは、 経営拡大過程での吸収合 併を経てより広範囲な、 さらには国際的な複合企業となっている。 このような養 豚・養鶏企業の例は非常に多い。 フィリピンのサン・ミゲル社は年間売上高でフ ィリピン上位10位に含まれるほどのビール会社であるが、 同時に養豚・養鶏分野 での大手企業の1つである。 また、 タイブロイラー加工輸出協会の会員16社は、 タイのブロイラー輸出産業の大部分を占めている。  加えて、 これらの企業は、 農畜産物の生産供給を通じて価格安定や輸出による 外資獲得など、 その国の経済発展に果たしている役割は非常に大きい。 このよう な企業にとって、 国産の飼料穀物を使うかどうかは、 その時の経済条件次第であ り、 単なる選択の1つにしか過ぎないのではないだろうか。  したがって、 これらの企業あるいは企業団体の、 政府に対する飼料原料の価格 抑制や輸入関税引き下げの要求は、 輸入政策にも影響を及ぼし、 結果的に輸入拡 大につながっている。 タイの例では、 UR合意の際の約束が、 トウモロコシの場合、 関税率は20%以下であればよいものを実際には7.5%に設定していることなどが 挙げられる。  ちなみに、 タイでは、 飼料穀物生産は農業省が担当しているものの、 飼料穀物 の輸入課徴金制度については商業省、 鶏肉輸出に関する飼料穀物の輸入関税の還 付については大蔵省が、 それぞれ管轄している。

国外からの輸入拡大要求


 94年のUR合意によって、 未加盟のベトナムを除くASEAN6ヵ国は新たなWTO体制 の下で関税化ミニマムアクセス数量 (MAV) の約束を果たさねばならなくなった。 ただし、 実際に飼料穀物に国境措置を設けたのはフィリピンとタイだけであり、 他の4ヵ国は関税率をゼロに設定した。 国内に保護すべきほどの飼料穀物産業が ないことを間接的ながらも示したことになる。 表−3に4ヵ国の飼料穀物の輸入 制度を示した。 表−3:飼料穀物の国境措置  タイは、 すでに触れたように外からの市場開放要求よりも、 国内の関連産業に よる強い要望によって、 UR合意で約束した関税率やMAVを大きく越えて市場開放 を行っている。 フィリピンでも養豚業界から同様の要求が出されており、 今後の 変更が予想される。  一方、 北米やオセアニアなどの畜産物輸出国側から見た東南アジア諸国は、 需 要が大きく拡大しつつある振興の有望市場である。 今後は、 畜産物、 種畜、 畜産 資材だけでなく、 飼料穀物についても市場開放要求が強まってくるものと考えら れる。  以上に述べた3つの理由、 飼料穀物生産側の問題、 飼料穀物ユーザーの遊離、 国外からの輸入拡大要求によって、 これらの条件に変化がない限り東南アジアの 飼料穀物生産が拡大に向かうことはないと思われる。 東南アジアは、 シンガポー ルを除けば農業国であり、 工業化を進めながらもそれぞれが特徴ある輸出農産物 を持っている。 しかしながら、 すでに畜産物、 特に乳製品 (練乳、 脱脂粉乳など) の一大市場であり、 今後更に牛肉をあわせて飼料穀物の輸入が増加するものと思 われる。 畜産に関する限り日本とよく似た消費国に転化しつつあるといえるだろ う。

飼料穀物輸入拡大の意味するもの


 表−4に4ヵ国の飼料穀物の需給表を示した。 94年までのこれらの4ヵ国の国 際市場からの調達 (輸入) は、 トウモロコシ199万トンである。 これは、 世界全 体の輸入量の約3%に相当する量であり、 日本の輸入量の1割強ということにな る。 この4ヵ国以外の国、 シンガポール、 ベトナム、 ミャンマーなどの分を加え れば、 もう少し多くなるであろう。 表−4:飼料穀物の需給(94年)  先に述べたように、 国内での飼料穀物生産が停滞しつつある現状からは、 この 輸入依存状態が拡大することはあっても、 改善される可能性は低い。 したがって、 今後、 例えば大規模な自然災害など何らかの原因によって飼料穀物の国際需給が 不安定になったとき、 東南アジアの輸入は決して無視し得ないものとなるはずで ある。 日本との関係において、 東南アジアはタイからの冷凍鶏肉以外には大きな 繋がりを持たないが、 この意味では、 東南アジアは日本にとって重要な存在とな るのではないだろうか。 参考資料: 1. The World 1995 世界各国経済情報ファイル    (財) 世界経済情報サービス 2. アジア経済 1996      経済企画庁調査局編 3. 流通飼料便覧 1995   (財) 農林統計協会 4. 海外畜産事情調査研究報告、 タイ   (社) 国際農林業協力協会 5. タイにおける主要農水産物の生産・貿易状況      ジェトロ・バンコク・センター
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