海外駐在員レポート 

ニュージーランドの酪農産業

シドニー駐在員 鈴木 稔



はじめに


 わが国にとって、 乳製品の主要供給国の1つであるニュージーランド (NZ) の
酪農産業は、 90年代に入ってからの乳製品の好調な国際市況、 さらにはガット・
ウルグアイラウンド合意による農産物の市場開放の進展により、 大きな利益を享
受している。 

 好況の中、 NZでは、 90/91年度から95/96年度までの5年間に、 搾乳牛頭数は
240万2千頭から293万6千頭へと、 53万頭余り (22%) も増加し、 生乳処理量は
実に32%の増加を示している。 さらに、 酪農先進国では酪農家戸数の減少が顕著
となっている中で、 NZでは酪農家戸数もわずかづつではあるが増加するという極
めて 「異例」 の状況にある。 

 このように、 NZ酪農は今、 ゴールドラッシュさながらの活況に沸き、 産業界の
動きも活発であるが、 その一方で、 生乳生産量の急増に対応した設備投資の負担
増や、 酪農場価格の高騰など、 今後の拡大の阻害要因なども顕在化してきている。  

 今回は、 最近のNZ酪農の情勢を紹介するとともに、 21世紀に向けた動きを展望
してみたい。 

(別添1)                  (別添2)
  

1. NZ酪農の特徴


 NZの酪農生産の概要については、 次章で最近の統計数値等を用いて詳しく紹介
するが、 読み進む前に、 より理解が深まるよう留意していただきたいNZ酪農の特
徴等を、 ポイントを絞り、 ごく簡単に整理しておきたい。 

ニュージーランド酪農の特徴

 [国内外における位置付け] 

・世界一の競争力 (=世界一生産コストが低い) 

・国家の基幹 (輸出) 産業
 (農業粗生産額の約25%、 産品輸出額の17%余を占める) 

・酪農品の国際貿易において、 24%のシェアを占める重要なプレーヤー

 [生産・産業構造の特徴] 

 (生産) 

・大規模草地型酪農 (経産牛平均飼養頭数:199頭、 基本的に通年放牧) 
 従って、 子牛の収容施設を除けば牛舎なし (低設備投資) 
     主な施設は、 搾乳場 (ミルキングパーラー) のみ
     牛がきれい、 健康 (=乳質良好) 

・草の生育ステージに合わせた合理的な生乳生産 (季節生産) 

・生乳生産量の95%が加工向け

・さらに、 製造された乳製品の95%が輸出向け

 (流通) 

・乳業メーカーは、 酪農家を組合員とする 「酪農協」 組織の一部門

・製品は、 デイリー・ボードが一元輸出
  (国内での乳製品及び市乳販売は規制なし) 

2. 酪農生産の状況


 (1) 産業構造

 NZでは、 酪農は国家の基幹輸出産業となっているが、 NZの農産物輸出全般にわ
たる特徴の1つとして、 主な輸出産品ごとに組織された 「ボード」 による、 一元
的な輸出管理、 統一マーケティングがあげられる。 

 酪農もこの例にもれず、 NZデイリー・ボード (販売) をピラミッドの頂点とし
て、 酪農協 (収乳加工)−酪農家 (生産) が堅く結束した産業構造となっている。 

 NZの酪農産業は 「デイリー・ボードに始まり、 デイリー・ボードに終わる」 と
も言えるほど、 デイリー・ボードは産業界に絶大の権限と影響力を有することか
ら、 まず、 はじめにデイリー・ボードという組織について触れておきたい。 

 NZデイリー・ボードは、 1961年デイリー・ボード法 (『The Dairy Board Act 
1961』) に基づき設置された組織で、 主要乳製品を一元的に輸出する権限が与え
られており、 さらに、 デイリー・ボードが扱わない乳成分を含む調製品について
は、 輸出ライセンスの発給権限を有し、 事実上、 全ての乳製品輸出がデイリー・
ボードの監督下に置かれている。 

 デイリー・ボードは、 国内はもとより、 海外30か国以上に、 販売、 輸送、 加工、 
金融関係の子会社、 関連会社を有し、 その数は100を超えている。 この中には、国
内の家畜改良公社 (牛群検定・精液供給機関) や精液輸出会社、 精液輸入会社 
(英国所在) なども含まれ、 いわゆる 「特殊法人」 ではあるが、 海外向けには「乳
製品の専門商社」 としての顔を持ち、 また、 国内では酪農関連の 「(独占的)総合
企業」 に近い位置づけにある。 

 形式的には、 デイリー・ボードは全加工品の95%を占める輸出向けの乳製品の
生産を加工メーカー (酪農協) に委託する形となっている。 

 最近、 わが国で規制緩和を求める声が高まる中、 大胆な規制緩和の実施を通じ
て経済・財政再建を成し遂げたNZは、 その 「お手本」 として取り上げられる機会
が多いが、 NZのボードの多くには、 独占的な輸出販売や輸出ライセンスの発給な
どの規制権限が与えられており、 組織・機能としては規制緩和の流れを受けてい
ない。 実は、 NZでも規制緩和が進められる中で、 ボード組織自体も見直しの対象
とされたが、 国内市場は別として、 貿易面では基本的にこのような一元管理体制
が最大の利益をもたらすものとして根本的な見直しには取り組まれていないのが
実状である。 

 しかしながら、 国内の飲用乳流通は、 かつてはミルク・ボードの管理下にあっ
たが、 規制緩和の流れの中で、 段階的な規制緩和が実施され、 93年4月以降、 完
全自由化されている。 

 なお、 人口350万人余のNZでは、 国内の飲用向けは、 生乳生産量のわずか5%
弱であり、 酪農産業に及ぼす影響も少なく、 また、 このように何ら流通規制も行
われていないことから、 本稿では特に触れないことを予めお断りしておく。 

 (2) 生産形態

 ほぼ95%が加工に仕向けられる生産構造は、 極めて生産量の変動が大きな季節
生産構造を可能としている。 このことは、 コスト面では、 草の生育ステージに搾
乳サイクルを同調させる、 自然の摂理にかなった極めて合理的な (人為的でない) 
生産形態を成り立たせ、 低コスト生産を可能とする大きな要因の1つとなってい
る。 

 NZにおける生乳の月別生産量は、 本編のNZの牛乳・乳製品の需給動向に示して
あるとおり、 南半球の真冬に当たる6月から7月には限りなくゼロに近く、 8月
より急激に増加し、 10〜12月にピーク、 その後次第に減少し、 5月で1シーズン
が終了するというパターンとなっており、 9〜2月の6か月間で年間生産量の8
割弱を生産する。 

 1シーズン (1年) の動きを草の生育と牛の繁殖パターンで説明すると、 通常、 
晩冬にあたる7〜8月に分娩、 牧草の生育が最も盛んで、 栄養価も高くなる春先
から初夏に最高泌乳期を迎え、 その後、 夏から秋にかけて、 泌乳量の減少と草勢
の衰えのパターンが一致する形で進み、 晩秋から初冬にあたる5月でほぼ搾乳を
終了し乾乳となる。 

 (3) 戸数・頭数

 図1は、 この20年間の酪農家戸数・頭数の推移である。 酪農家戸数は、 ほぼ一
貫して減少傾向で推移してきたが、 91/92年度の14,452戸を底として、 その後わ
ずかづつではあるが増加基調をたどり、 95/96年度には14,736戸となっている。 
この間、 1戸当たりの経産牛飼養頭数は着実に増加を続けてきたが、 特に90年台
に入り規模拡大はペースを早め、 95/96年度には199頭となり、 200頭の大台にあ
と一歩のところまで来ている。 この5年間の増加率は実に21%強となっている。 

◇図1:酪農家戸数と飼養規模の推移◇

 図2に、 図1と同時期の搾乳牛頭数と生乳処理量の推移を示したが、 総飼養頭
数は、 酪農家戸数の減少が急激であった70年台は、 飼養規模の拡大が相殺され、 
ほぼ200万頭台で横ばいに推移してきたが、 80年代に入り徐々に増加に転じ (約2
00万頭→230万頭)、 さらに90年代に入ってからは現在まで、 急増傾向が続き、 95
/96年度には293万6千頭となっている。 

◇図2:搾乳牛頭数と生乳処理量の推移◇

 このような飼養頭数の増加、 さらには1頭当たり泌乳量の増加により、 生乳処
理量は長期的には増加傾向で推移しており、 95/96年度は、 史上最高の93億2,50
0万リットルを記録した。 現時点では、 96/97年度はさらに前年度を約9%上回
るものと見通されている。 

 このように、 飼養頭数・規模、 生産量の急拡大に加え、 飼養戸数も増加に転じ
るなど、 このところのNZ酪農の勢いには、 すさまじいものがあるが、 NZ全土にこ
の勢いがある訳ではなく、 NZ酪農の将来を展望する上でも、 この点をもう少し詳
細にみておきたい。 

 表1に、 地域別の飼養戸数・頭数・規模の最近の推移を示した (なお、 89/90
年度の数値は、 加工乳生産者のみのデータであり、 以降の数値とは直接は連動し
ない)。 

表1 地域別の飼養戸数・頭数・規模の推移

 資料:家畜改良公社「Dairy Statistics」
  注:89/90の数値は、加工乳生産者のみ。市乳生産者分は含まず。

 NZは北島と南島という2つの大きな島 (と言っても面積は双方合わせても日本
の72%、 本州と九州を合わせた程度であるが、) から成るが、 酪農は主に北島で
展開されてきた。 しかしながら、 NZ全体として飼養戸数が増加に転じた92/93年
度以降も、 北島では戸数はわずかながら減少している。 飼養頭数は、 北島、 南島
でともに増加しているが、 90年代に入ってからの急激な増加は、 主に南島の拡大
の影響である。 全体の飼養頭数に対する南島のシェアは、 92/93年度は11.1%に
過ぎなかったものが、 95/96年度には16.8%にまで拡大してきている。 

 このように、 現在のNZ酪農の隆盛は、 地域的には、 南島が支えているといって
も過言ではない。 特に、 最近の南島の飼養規模の拡大は顕著である。 

 南島での酪農拡大の要因としては、 北島に比較すれば、 酪農適地が豊富、 地価
が安いことに加え、 南島の畜産の中心であった肉牛、 羊の経営環境が近年芳しく
ないことが、 結果的に酪農場への転換を進めることとなったことが挙げられる。
さらに、 人的には、 規模拡大を志向する北島酪農家が南島へ進出してきたことも
挙げられる。 

 (4) 育種改良

 前述したように、 NZの酪農は、 草に依存した季節生産形態であり、 また、 加工
品生産を前提としていることから、 乳牛の育種改良も、 いわゆる、 「草に乗り、量
は少なくとも、 中味の濃い乳を出す」 牛作りが基本となっている。 

 このようなことから、 品種的には歴史的にジャージーが圧倒的なウエイトを占
めていた (40年前には人工受精のほぼ90%がジャージー) が、 近年はホルスタイ
ン・フリーシアンが中心 (57%) となっている。 

 しかしながら、 品種構成割合ではジャージー、 ホルスタイン・フリーシアンと
ジャージーのクロスがそれぞれ17%を占め、 依然としてジャージーの影響力はか
なり大きい (図3)。 

◇図3:乳牛の品種構成◇

 育種改良は、 他の酪農先進国同様、 牛群検定による遺伝的能力の把握、 優良種
畜の計画交配が基本となっており、 牛群検定の普及率は近年急速に拡大し、 現在、 
普及率は農家ベースで85.6%、 頭数ベースで88.3%となっている (表2)。 

表2 牛群検定普及率の推移

 資料:家畜改良公社「Dairy Statistics」

 図4に、 70年以降の泌乳量及び乳脂率の推移を示したが、 泌乳量は牧草依存型
酪農の宿命で、 年毎の気候に影響され、 年度間の変動が大きいが、 基本的には増
加傾向で推移してきており、 直近では約3,500リットルとなっている。 乳脂率は、 
バターを中心とする加工品生産をメインとしてきたことから伝統的に高いが、 過
去四半世紀にわたり、 ほぼ4.7〜4.8%の高い水準を維持している。 

◇図4:乳牛改良の推移◇

 また、 88/89年度以降、 検定成績に乳たんぱく率、 体細胞数も加えられて公表
されているが、 乳たんぱく率は、 ほぼ3.6〜3.7%で推移する一方、 体細胞数は減
少傾向で推移し、 約20万個/mlの水準となっている (表3)。 

表3 近年の牛群検定成績の推移

 資料:家畜改良公社「Dairy Statistics」

 このように、 乳量自体は、 わが国の半分程度であるが、 乳脂肪、 乳たんぱくは、 
ともに世界の最高水準にあり、 また、 体細胞数も改善が進み、 質的には極めて高
いレベルであると言える。 

 (5) 酪農協・乳業メーカー

 NZでは、 乳業 (加工) メーカーは、 酪農家を組合員とする酪農協組織の一部門
となっており、 その数は、 95/96年度には、 大小あわせて15となっている。(なお、 
この中には、 市乳提供を行う 「町の牛乳屋さん」 的な極く小規模のものは含まな
い。) 

 歴史的に見て、 NZの酪農は多くの国の酪農が辿ってきたのと同様、 酪農の発達
とともに、 小規模な協同組合が各地域で組織され、 1927年の592組合を最大とし
て、 その後、 合理化のため合併・吸収を通じて次第に少数の大規模協同組合に整
理されてきた。 この四半世紀でみれば、 70年の95組合から、 80年42組合、 90年18
組合と減少を続け、 95年には15組合となっている。 なお、 95年の段階での15組合
の概要及びその後の動きを表4に示したが、 96年には、 北島で2組合の合併が2
件成立し、 さらに、 97/98年度のスタートにあたる97年6月1日に1件の合併が
成立し、 現時点では12組合となっている。 

表4 NZの乳業メーカー(酪農協)の概要・推移

 NZDB年報等をもとに作成。数値は、一部概数、推計を含む。
 各酪農協は、その所在地(集乳地帯)に従い、地理的にほぼ北から南に順に整
 理した。

 (6) 乳製品の生産・輸出

 NZは、 94/95年度には、 112万8千トンの乳製品を生産し、その約95%に当たる
107万6千トンを輸出している。 

 主な乳製品の生産量と輸出量を表5に示したが、 バターとチーズを除けば、 生
産した乳製品のほとんど全てを輸出しているといっても過言ではない。 (なお、 
バターとチーズはそれぞれ年間3万トン余、 生産量に対して15%前後の国内消費
がある。) 

 生産・輸出の動向を品目別に見れば、 近年、 バターと脱脂粉乳は、 ほぼ横ばい
で推移する一方、 全粉乳とチーズが急増している。 これは、 NZの酪農産業界は、 
世界的な先進国における 「乳脂肪離れ」、 その一方での脱粉需要の高まりという 
「消費の跛行性」 を容認し、 生産・輸出対応することは、 リスクが大きく、 産業
の安定的な発展につながらないとの判断から、 近年、 製品の多様化、 特に基本的
に牛乳を 「丸ごと」 利用する全粉乳やチーズの製造能力の拡充に重点を置く戦略
を採ってきた結果でもある。 

 なお、 歴史的に見れば、 NZは、 英国の植民地として 「英国の海外農園」 の役割
を果たしてきたが、 このような背景・関係から、 酪農は、 英国へのバターとチー
ズの輸出をメインとしてきた。 しかし、 現在は、 ほぼ全世界へ輸出を行っている。 

  「英国離れ」 は、 73年の英国のEEC (当時。 現在のEU) 加盟による対英輸出への
大打撃が契機となっているが、 その後の輸出市場の多元化は、 リスクヘッジとと
もに、 産業発展のために、 製品の多様化、 市場開拓に努力してきた成果とも言え
る。 (なお、 各製品の主要輸出先は巻末資料を参照願いたい。) 

表5 乳製品の生産量・輸出量の推移

 資料:NZDB「Dairu Facts and Figures」
 (注1)生産量は、6月から翌年5月。輸出量は、7月から翌年6月まで。
 (注2)在庫品輸出もあることから、輸出割合が100%を越える場合もある。

 (7) 乳価

 生産者乳価 (加工原料乳価) は、 基本的には、 デイリー・ボードの支払う乳価 
(基本乳価) に、 各メーカーの利益還元分がプラスされた価格である (表6)。 

表6.加工向け生産者乳価の推移

 資料:家畜改良公社「Dairy Statistics」

 輸出産業なるが故、 乳価は国際需給の影響を受け、 毎年かなり大きく変動する
が、 95/96年度の基本乳価は、 好況を反映し、 前年度より20%も上昇し、 史上最
高の3.6ドル (乳固形分1kg当たり) となり、 最終的な生産者乳価も3.99ドルに
達した。 

 さらに、 乳価のシステムについて説明すると、 デイリー・ボードが購入製品の
価格のうち、 原料乳代に相当する部分を生産者が受け取るべき最低 (保証) 乳価
として基本乳価を定め、 ボードはこの基本乳価を一律各メーカーに支払い、 メー
カーはこれを生産者に支払う。 前述したように最終的な生産者乳価は、 この基本
乳価に各メーカーの利益還元分が上のせされたものとなる。 この利益還元分が生
じる理由、 および各メーカーによって異なる理由を詳述すると以下のとおりであ
る。 

 すなわち、 デイリー・ボードは輸出機関であり、 実際には、 デイリー・ボード
は、 輸出する製品を各メーカーから購入し、 その代金をメーカーサイドに支払っ
ている。 

 とは言え、 デイリー・ボードは生産者のための組織として、 その時々に売りや
すいもの、 或いは高く売れるものを選別してメーカーから購入しているのではな
く、 生産者の利益が最大となるよう、 毎年、 四半期ごとに乳製品の海外需給動向
を勘案し、 最も望ましい組み合わせによる乳製品の輸出計画を策定し、 各メーカ
ーが自社の製造能力等を勘案した上で、 この計画に従って乳製品の契約生産を行
う形態となっている。 

 この場合の特徴点としては、 各製品ごとに基本乳価に基づいて標準コストモデ
ルが定められ、 デイリー・ボードはこのモデルで算出された机上のコストを各メ
ーカーに購入代金として支払うことがあげられる。 

 詳細は公表されていないが、 簡単には、 一定規模の工場 (95年時点で、 例えば、 
チェダーチーズで年間2万1千トン、 脱脂粉乳で年間1万7千トンの製造能力の
もの) を想定して、 原料乳代を含む年間の総コストを生産量で割った額が、 各製
品ごとの机上のデイリー・ボード購入価格 (契約生産価格) として設定される。 

 具体的には、 標準コストモデルは、 乳原価、 加工コスト、 集乳コスト及び管理
コストの4項目からなり、 このうち、 乳原価の部分が、 加工メーカーを通じて生
産者へ基本乳価として還元され、 基本的には、 残る3コストがメーカー自身のコ
ストとなる。 

 しかし、 これらのコストはあくまでも机上のコストであり、 各メーカーのプラ
ント規模、 経営合理化等の度合いによって、 当然、 実際のコストは異なってくる。 
つまり、 デイリー・ボードの定める机上の 「標準加工コスト」 より合理的 (低コ
スト) に製品を製造できるメーカーの場合は、 余剰が生じ、 これが生産者への利
益還元分として基本乳価に上乗せされる。 逆に、 老朽化した非効率的なプラント
で操業しているようなメーカーでは、 「標準加工コスト」 よりコストが割高とな
り、 理論的には、 基本乳価より低い乳価しか生産者に支払えないということも有
り得ることとなる。 しかし、 現実には、 生産者を引き止めておく意味も含めて、 
各メーカーとも程度の差こそあれ、 基本乳価プラスアルファを支払っている状況
にある。 (ただし、 95/96年度は、 新規に大型設備投資を行ったメーカーでプラ
スアルファなしというところもあった。) 

 なお、 乳価及びコストは、 NZの酪農産業全体として見れば、 デイリー・ボード
の利益の生産者、 メーカーへの (以上述べてきた方法に基づく) 分配ということ
になるが、 その概要を整理すると図5のとおりとなる。 

図5 NZ酪農産業の収益分配の概要(95/96年度)


 また、 標準コストモデルによるコスト算定は、 別な見方をすればメーカーへの
保証コストの提示ということになるが、 これは合併も含め、 メーカーへ合理化の
目標、 インセンティブを与えるものとなっている。 さらに、 デイリー・ボードは
付加価値製品製造に対する奨励金など、 その将来戦略に沿ってさまざまな奨励策
を講じ、 産業界をリードしている。 

 (8) 農家経済

 表7に、 近年の酪農経営の動向を示したが、 全般的に酪農の生産環境が良好な
ことから、 生乳生産量の拡大と乳価の上昇により収入が増加し、 酪農家の現金所
得は増大傾向にある。 表には参考として、 羊/肉用牛農家の同時期の現金所得を
示したが、 91/92年度以降、 所得格差は拡大してきている。 

 さらに、 酪農経営は労働負担の面では、 羊/肉用牛経営より相当重いのは事実
であるが、 土地利用の面から見れば、 数段効率的と言える。 すなわち、 酪農経営
の平均農地面積は、 未利用地を含めても平均で100ヘクタール程度であるが、 羊
/肉用牛経営は平均数百ヘクタールであり、 経営体間の収益比較ではなく、 農地
1ヘクタール当たりの収益で捉えれば、 酪農が羊/肉用牛より数倍農地を効率利
用していることとなる。 

 酪農場価格の高騰、 さらに、 酪農に転換可能な羊/肉用牛牧場の利用転換の進
展には、 このような経済的要因が大きく関与している。 

表7 酪農経営の動向

 資料:NZ農業省「Situation and Outlook for New Zealand Agriculture 1996」
 注1:年度は、酪農経営が6月〜翌年5月、羊/肉用牛経営が7月〜翌年6月。
    95/96年度は見込み。
 注2:酪農経営は、オーナーオペレーターの数値。

3. 最近の動き


 これまで、 NZ酪農の概要について述べてきたが、 産業が急成長する中で、 最近、 
様々な動き、 問題点が顕在化してきている。 ここでは最近の産業界の動きを、 そ
の背景を織り交ぜながら追ってみたい。 

 (1) デイリー・ボード法の改正とメーカー合併の動き

 先に述べたように、 デイリー・ボードは、 独占企業としての色彩が濃く、 その
運営戦略もこれまでほぼ成功してきたと言え、 NZの酪農産業に多大な利益をもた
らしてきた。 

 しかしながら、 好況に刺激され生産が急拡大する中で、 生産物を全て、 デイリ
ー・ボードがNZの酪農産業の代表として販売していくという責務を全うするため
には、 さらなる資本が必要な状況となってきていた。 (すなわち、 これまで新規
参入分を含め、 増産分は全て、 その販売のための投資コストはこれまで築かれた
デイリー・ボードの資産で負担する形となり、 言わば、 「他人のふんどしで相撲
をとる」 状況であったが、 量的にこのような状況を関係者が看過できない水準と
なった。 なお、 後述するが、 メーカーの処理コスト等についても同様の問題が生
じてきている。) 

 また、 これまで生産者の努力で築き上げられてきたはずのデイリー・ボードの
資産について、 法律上、 その所有権が明確になっていないという問題があった。 
このようなことから、 これまで築き上げられてきたデイリー・ボード資産の所有
権を規定し、 今後の産業界の成長のために必要となる資本 (言い換えれば、 増産
部分の販売に必要となる投資コスト) は生産者が等しく負担するという思想を明
確にするため、 デイリー・ボード法の改正が96年8月に行われた。 

 この法改正により、 デイリー・ボード (の資産) は酪農協を通じて、 最終的に
は生産者に帰属することが規定され、 これに従い、 デイリー・ボードは資産を株
化し、 各酪農協に対し、 95/96年度の乳固形分販売実績をベースに、 乳固形分1
キロ当たり額面1ドルの株を、 96年12月に配分した。 これにより、 96/97年度以
降、 各酪農生産者は、 増産部分については、 新たに酪農協を通じてデイリー・ボ
ードより株を取得 (購入) する必要がある。 

 なお、 昨年の法改正では、 デイリー・ボードの運営に対する産業界 (株主) の
権限も強化されたが、 13名で構成されるボードの役員のうち、 政府任命の2名を
除く11名は、 各酪農協が組合員の所有株に応じて代表を送り込む形 (すなわち、 
100%÷11名=約9%の株に対し1名) となっている。 

 乳価の項で述べたように、 デイリー・ボードの定める 「机上コスト」 は、 メー
カーのスケールメリットの追求を呼び、 合併の誘因となっているが、 この法改正
による株主権限の強化は、 これまでのところ、 さらにこれを助長する要因となっ
ているようである。 表4にも示したとおり、 この1年余りの合併の動きを見ても、 
北島南部に所在する生乳処理シェアでNZ第2位、 第4位のキウイ・デイリースと
トゥイミルクが昨年6月に合併し、 シェア25%となり、 第1位の北島中北部のNZ
デイリー・グループに対抗する動きを見せれば、 NZデイリー・グループは昨年10
月にお隣の小規模なイーストタマキ・デイリーを傘下に収め、 さらにこの6月1
日をもって、 これも隣接地域にある第4位のベイミルク・プロダクツと合併し、 
同グループは、 NZの生乳の全生産量のほぼ半分 (48%) を処理する大メーカーと
なった。 

 酪農産業は、 生乳の処理が伴うことから、 経営の合理化のための合併は、 地理
的には隣接するメーカー同士ということが通例ではあるが、 95年の時点ですでに
9プラントを有し、 NZ全体の生乳の4割強を処理していたNZデイリー・グループ
の一連の合併は、 相手方が付加価値製品のスペシャリストであり、 デイリー・グ
ループ側から見れば、 今後の製品多角化、 付加価値化という経営戦略から、 相手
方から見れば、 大きな傘の下で特化型製品生産に専心できるという双方の利害が
一致したことが主因となっているように思われる。 

 この1年余りの一連の合併により、 北島の酪農協は、 前述の二大酪農協に、 中
堅 (処理シェア10%、 NZ第3位) のノースランド・デイリーと極く小規模なタト
ゥア・デイリー (カゼイン/クリームのスペシャリスト) を加えた4つにまで再
編された。 タトゥア・デイリーは、 自社で余剰となった乳脂肪をNZデイリー・グ
ループに引き取ってもらっている状況にはあるが、 独自路線を進むことを表明し
ており、 当面、 北島ではこれ以上の合併が進むとは考えにくい。 

 一方、 南島は依然として中小酪農協の散在状態であり、 今後の再編の動きが注
目される。 北島に比較して、 生産拡大のペースが急激でしかも酪農協の規模が小
さい南島では、 生産拡大に対応した設備投資の負担が重く圧し掛かっている酪農
協もあり、 合併への条件は整いつつあるとも言えるが、 いかんせん、 小規模で特
定製品に特化した酪農協が多く、 隣接酪農協同士で合併検討という噂も聞かれる
が、 合併によるスケールメリットよりもデメリットが大きいなど、 課題は多いよ
うである。 スケールメリットと製品の多様化による生産の安定を図るための 「究
極の合併」 は南島の全酪農協が大同団結して単一酪農協となることという論もあ
るが、 これも実現には大きな困難が伴うように思われる。 むしろ、 水面下では北
島酪農協のアプローチの方が活発のようであるが、 現状では、 今後の合併の構図
は白紙に近い状況と考えられる。 

 しかしながら、 合併を通じた業界再編は産業の発展上、 避けて通れない道であ
ることは業界全体で広く認識され、 近い将来の構図としては、 2〜3の大型酪農
協がNZ全体の90%以上の生乳を処理し、 少数の小規模酪農協が 「銘柄チーズ」 そ
の他の付加価値製品のスペシャリストとして存在するという形が最も有り得べき
姿として予想される。 

 なお、 デイリー・ボード法の改正、 一連の合併 (特に今回のデイリー・グルー
プとベイミルク・プロダクツとの合併) により、 デイリー・ボードの役員構成も
変更する必要が生じてきているが、 現在、 図6のような案が検討されている。 

図6 デイリー・ボードの役員構成の改正(案)

 注:小規模でシェアが役員1名分に達しない酪農協のグループ。
   具体的には、北島グループはベイミルク、イーストタマキ及びタトゥア、
   南島グループは南島所在の全酪農協。
   ベイミルク、イーストタマキのデイリー・グループとの合併に伴い、新
   NZグループは、南島の全酪農協、タトゥアで構成される。

 (2) 拡大阻害要因の発生

(1) 設備投資負担の増加

 近年の生産量の急増は、 多くの酪農協に大規模な処理能力の拡充が必要な状況
をもたらしている。 このための設備投資資金は、 かなりの部分が金融機関からの
借入金で調達されるものの、 借入金の増加、 正確に言えば総資産に占める自己資
本割合の低下は、 健全な経営の支障となる。 

 このため、 酪農協は、 設備投資に必要となる資金の一部を、 組合員 (株主) の
出資により調達しているが、 前述したように、 デイリー・ボードがこれまでの財
産で増産分の販売等に要する投資コストを負担することは公平ではないという議
論と同様、 酪農協段階でも新規参入分も含め、 増産部分を従来からの処理分と同
様に扱うことは公平ではない、 すなわち、 増産部分の処理のために必要となった
設備投資は、 その部分を供給する者から調達することが妥当との考えから、 具体
的には、 新規参入者からは (予定) 生乳供給量、 既存組合員からは供給増加分に
見合った株の購入 (出資) を求めるという形で調達している。 

 これは、 新規参入者にとっては、 生乳供給権の購入と言い換えられるが、 大規
模な設備投資を行った酪農協では、 金額的には増産分に係るデイリー・ボードへ
の出資分も含め乳固形分1キロ当たり2〜3ドルの水準で、 しかも前払いとなっ
ている。 95/96年度は史上最高の乳価 (3.99ドル) を記録したとは言え、 近年の
乳価水準は3ドル台半ばであり、 新規参入者は、 初年度の年間乳代の半額以上に
相当する額を、 事前にメーカーに払わなければ搾乳することができないこととな
る。 このように考えると、 この生乳購入権の負担は、 かなり重く圧し掛かり、 次
に述べる酪農場価格の高騰とともに、 新規参入、 産業拡大の大きな阻害要因とな
っていると考えられる。 

(2) 酪農場価格の高騰

 近年の酪農ブームは、 農場価格の上昇を招いているが、 96年上半期には、 1ヘ
クタール当たり約13,600ドルとなり、 近年のピークであった84年の水準 (インフ
レ調整後) を1割強上まわり、 底であった88年に比較すれば2倍以上となってい
る (図7)。 

◇図7:農場価格・乳価の推移◇

 酪農場価格は、 その時々の酪農情勢だけでなく、 他の畜産部門や広く農業部門
全般の経済情勢 (酪農との相対的な経営環境の善し悪し) の影響を受けて変動し
ているが、 酪農場の 「主産物」 であり、 乳価の基準ともなっている乳固形分を物
差しとして、 農地の乳固形分1キロ当たり単価 (農地価格を推定乳固形分生産量
で割った額) と乳価の関係を一つの尺度として、 価格水準の推移をみると、 過去
は農地高騰時でもほぼ乳価の6倍、 下落時は3倍強となっている。 これに対し、 
最近の動きは、 94年が6.5倍、 95年が7.1倍、 96年は6.1倍と非常に高い水準にあ
る。 96年は乳価が史上最高となり、 前年より17%も上昇したにもかかわらず、 
まだ6倍以上となっていることに注目すべきであろう。 (なお、 97年は農場価格
もピークに達し、 ほぼ横ばいとも伝えられているが、 一方で96/97年度の乳価は
約10%の低下と見込まれており、 再び比率は7倍近い水準になると予想される。) 

 このように見ても、 現在の農場価格水準は、 「バブル」 的な度を過ぎたものと
まではいかなくとも、 史上空前のものであり、 今後の産業拡大を制限する大きな
要因となってきている。 

(3) 環境問題

 NZは、 わが国と比較すれば、 72%の国土で、 約2.5倍の乳用牛を飼養している。 
さらに、 生産量の95%は加工仕向けであり、 酪農家及び乳業プラントにとって汚
水処理等の環境対策は我が国の酪農産業に比して優るとも劣らない重要な課題と
なっている。 

 通常、 酪農家は、 有機物を含む汚水は草地に還元するか、 或いは2つの汚水池
を設置し、 微生物による嫌気的、 好気的処理により汚水のBOD (生物学的酸素要
求量) を低い水準に下げた上で、 一般の下水として処理している。 しかしながら、 
91年に資源管理法が制定され、 地方自治体による環境規制・監視が強化される中
で、 この汚水池処理システムは、 多くの自治体から、 環境保全上、 十分なものと
は認識されていない状況にあり、 今後、 より的確・高度な処理が求められ、 これ
が新たな設備投資負担要因として、 また、 規模拡大等の制限要因となっていくも
のと予想される。 

 乳業プラントによっても汚水処理は大きな問題となっている。 特に、 主として
チーズの製造工程で生じる副産物であるホエイは、 古くから、 一部は草地に還元
或いは養豚飼料として用いられてきたが、 大半は利用できない無価値の副産物と
して捨てられてきた。 しかし、 乳糖、 たんぱく質等の固形分を6%程度含むホエ
イ液は、 環境汚染の大きな原因となるたれ流し御法度の 「厄介者」 である一方、 
高付加価値製品の製造原料ともなり得るものである。 

 このようなことから、 NZでは80年台後半より、 付加価値化戦略と環境対策の一
環として、 デイリー・ボードを中心としてホエイ処理プラントの整備に積極的に
取り組んできており、 現在では、 ホエイのほぼ90%は有効利用される体制が整備
され、 これまでの投資は、 環境問題の克服と高付加価値化というダブルの利益と
して回収できるような状況となっている。 

 (3) 担い手問題

(1) シェアミルキング制度

 NZ酪農には、 シェアミルキング制度という、 農場を持たない者 (シェアミルカ
ー) が農場オーナーに代わり搾乳などの作業を行い、 その対価として収入を一定
の割合で分配 (シェア) するシステムがある。 (制度の詳細は、 「畜産の情報 (海
外編) 96年1月号参照。) 

 この制度は、 極く少ない資本で酪農に参入でき、 技術と資本の蓄積を可能とす
ることから、 伝統的に酪農場オーナーへのステップとなっており、 また、 若い意
欲ある担い手を確保する手段であるとも言える。 

 しかしながら、 前述したような、 農地の高騰、 生乳供給権の負担増などは、 オ
ーナーをめざすシェアミルカーに対し、 より多くの資本蓄積=シェアミルカーと
して従事する期間の延長、 さらにはオーナーとなる 「夢」 の断念という事態を招
いている。 

 昨年発表されたNZ農業省の調査報告によれば、 73年にはNZ全体で酪農場の購入
者のうち、 36%が新規参入者 (初めて農場オーナーになる者)、58%が既存の農場
オーナーであったものが、 95年には、 新規参入者が10%、 既存オーナーが83%と
なり、 新規参入者の主体であるシェアミルカーがなかなかオーナーになれない実
態が明らかとなっている。 

 また、 ワイカト、 カンタベリーという、 北島、 南島を代表する主要酪農地帯で、 
30年前にはシェアミルカーの平均年齢は、 それぞれ28歳、 26歳だったものが、 現
在は33歳、 35歳と 「高齢化」 している。 さらに、 現在のシェアミルカーは、「いつ
最初の農場を購入できると考えるか?」 との問いには、 それぞれの地域で、 平均
40歳、 39歳と回答しているが、 これは68年の実際に農場を購入した者の年齢と比
較すれば、 それぞれ10年、 13年も長い期間を要することとなる。 

 一方、 地価の上昇、 実質的低乳価、 営農コストの上昇等は、 特に地価が上昇を
始めてから農場を購入したオーナーの収益性も低下させ、 従来のシェアミルキン
グ契約による所得分配がオーナーに不利となってきている。 このため、 最近では
契約条件の変更が一般化しつつあるが、 シェアミルカーもオーナーとなるために
従来より多額の資本蓄積が必要な状況となっている中で、 あまりにオーナーに有
利な形での契約変更は、 シェアミルカーのオーナーへの 「夢」 を断念させ、 意欲
ある酪農担い手の離農を招く恐れがあるとこの報告は締めくくっている。 

 事実、 93年にはワイカトのシェアミルカーの84%が農場オーナーとなることを
目的としていたのに対し、 96年にはその割合は61%と急激に低下しており、 シェ
アミルカーが 「夢」 の実現が困難と感じ、 意欲を失いつつあるように考えられる。 
意欲ある担い手の減少は、 産業の発展を阻害するだけに、 酪農ブームに沸く中で、 
今後の反動が恐いとも言えよう。 

(2) 豪州への酪農移民

 このように、 シェアミルカーにとって、 現在は受難の時代と言えるが、 その中
で最近特に注目されるのが、 オーストラリアへの酪農移民の発生である。 

 NZと豪州の間には、 経済緊密化自由貿易協定が結ばれており、 労働移住も容易
な状況にあるが、 酪農も例外ではない。 

 豪州の農業関係紙にもしばしばNZからの酪農移民の記事が掲載されるようにな
り、 今までタスマニア州をメインとしていたものが、 ごく最近では、 ビクトリア
州にまで進出してきているようである。 NZからの酪農移民がどのくらいの数とな
るのかは不明であるが、 NZの酪農雑誌にも、 豪州の酪農場の販売広告が当たり前
のように掲載され、 さらに昨年にはNZのある酪農協が、 どうして豪州に酪農家が
流出するのか、 その究明調査を行うなどしており、 これらの状況を考え合わせれ
ば、 無視できない数の酪農家が海を渡ってきていると思われる。 

 豪州の草地の生産能力は、 NZと比較して低いが、 その低生産性を考慮しても現
状では、 相対的に豪州の土

4. おわりに (21世紀への展望)


 NZ農業省の最新の予測によれば、 飼養頭数は、 農場価格が高水準にある中でぺ
ースは衰えたとは言え、 96〜97年も年率2%程度の増加が見込まれている。 一方、 
乳価はNZドル高等を反映し、 96年のシーズンは約10%減の3.60ドルとなり、 この
6月から始まった97年のシーズンは、 さらに3.40−3.50ドルへと低下すると予想
されており、 今後、 経済環境は厳しさを増すものと考えられ、 NZの酪農ブームに
もそろそろブレーキがかかりそうな状況となってきている。 

 NZの政府、 酪農産業関係者は、 酪農産業は国際市況の影響を大きく受けること
から、 ブームに乗ったやみくもな規模拡大や地価上昇などを懸念し、 長期的視点
に立った、 経済的にも、 環境的にも持続的・安定的な産業発展が望ましいという
立場をとっているが、 おそらく、 今後の展開は、 この望ましい形に落ち着いてく
るものと考えられる。 

 自由貿易の一層の進展とともに、 経済力をつけてきたアジア諸国を中心とした
乳製品需要が増加している中で、 NZ酪農は引き続きその利益を享受し、 21世紀に
もさらに拡大・発展を続けていくと考えられるが、 では、 物理的にどの程度の拡
大余力があるかという点については、 大きな疑問符がつくように思われる。 

 NZ関係者は、 北島はともかく、 南島南部にはまだまだ酪農場に転換可能な土地
が安くて豊富にあると言うが、 それも無尽蔵という訳にはいかないであろう。 こ
の点に関する正確な情報はないが、 いろいろな情報を総合した筆者の個人的見解
では、 現在の経済環境の下では、 おそらく、今後の飼養頭数拡大余力は100万頭に
は到底達せず、 せいぜい数十万頭と見るのが妥当なように思う。 そうなれば、 牛、 
草地の生産能力の改善、 飼養技術の向上などを見込んでも、 生産量の拡大余力は、 
あと2〜3割程度ということになろう。 先にも述べたように、 NZ酪農は、 この5
年間で3割強の生産拡大を達成しているが、 これまでのような急激な拡大ではな
く、 安定的な拡大を続けていったとしても、 あと10年程度で、 生産能力は限界に
達するように思われる。 

 もちろん、 国際的な酪農品の需給逼迫で価格上昇等があれば、 酪農場の取得、 
転換に要するコストの限界も上昇し、 基盤整備等を通じて酪農適地の範囲が拡大
し、 「牛が山に登るような」 形ででも拡大余力は生じるであろうが、現実として豪
州への酪農移民が発生していることは、 今後の増産部分に限ってみれば、 現状で
も、 豪州酪農とNZ酪農の競争力が拮抗してきていることの裏返しでもあり、 この
点も考慮すると、 更なる拡大余力がどの程度あるかは疑問である。 

 一方で、 ライバルの豪州は、 この5年間で生乳生産量を36%も伸ばし、 増加率
はNZを上回ること (生産量はNZの約9割) 、 経産牛頭数は、 同期間で17%増加し、 
96年で192万頭ではあるが、 過去には最大345万頭を記録していること、 相対的な
競争力が高まっていること等を考えあわせると、 その拡大ポテンシャルはNZより
大きいと見られる。 

 長期的視点に立てば、 オセアニア勢に、 世界の乳製品の需要増を全て満たす程
のポテンシャルは到底ありえないが、 21世紀当初は、 豪州酪農が最も大きな利益
を得る可能性があるように思われる。 

 なお、 北半球のような、 穀物給与型の酪農は、 1頭当たり生産量の増加、 さら
に草地面積の拡大なしに飼養頭数の増加を可能とし、 生産量を著しく拡大させ得
ることから、 将来の選択肢の1つとも考えられる。 しかし、 NZは穀物基盤が脆弱
で、 輸入に依存せざるを得ず、 現在の穀物の価格水準は、 1キロ当たり単価でみ
れば、 生乳1キロよりも高いような状況にあり、 酪農家は誰も穀物を使用してい
ない。 将来的に乳製品の国際価格が上昇し、 仮に穀物を給与して生産を増やして
もペイするような状況となったとしても、 乳製品価格の変動というリスクの他に、 
穀物価格の変動というリスクも背負いこむこととなり、 さらに環境負荷も大きく
なること、 これにも増して、 穀物給与型酪農に転換すれば、 競争力的には、 米国、 
豪州などの穀物資源の豊富な国が有利になり、 国際競争力が著しく低下すること
などから、 NZ酪農産業が、 この選択肢を選ぶとは考えられない。 

 しかしながら、 勤勉実直かつ実利派の 「キウイ」 (ニュージーランド人)に支え
られたNZ酪農は、 デイリー・ボードの深遠な戦略の下、 国際的な桧舞台で脚光を
浴びる主役としてではなく、 地味な脇役ながら、 着実に地歩を固め、 これからも
世界の乳製品市場で大きな利益を享受していくであろう。

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