特別レポート 

中国四川省の養豚・豚肉産業事情

企画情報部  宮本 敏行



始めに


 このレポートは、 中国の豚肉産業の最重要地域の一つである四川省における現
地調査で得た知見を中心に、 同省の養豚・豚肉産業事情をまとめたものである。 

1 中国の養豚・豚肉産業の概観


豚肉は最も重要な食肉

 中国の食文化の伝統から、 豚肉は最も好まれる重要な食肉として位置づけられ
ている。 95年の肉豚飼養頭数は4億4千万頭、 豚肉生産量は3千6百万トン (中
国統計年鑑:計測ベースは不明) であり、 総人口が約12億1千万人であることか
ら、 1人当たりの豚肉供給量は約30kgとなる。 同様に、 牛肉、 羊肉および家きん
肉の1人当たり供給量は約3kg、 約2kgおよび約8Kgとなっており、 合計すると
1人当たりの食肉供給量は約43Kgと西洋諸国やわが国 (約45kg) に近い水準に達
している。 また、 食肉全体に占める豚肉の割合は7割と他の食肉部門を圧倒して
おり、 その重要度が極めて高いことが判る。 

 しかしながら、 近年は、 従来の食習慣ではあまり消費されなかった牛肉や、 か
つては 「ハレ」 の食材的な意味があった家きん肉の生産量の増加率が、 豚肉を上
回っていることから、 豚肉の食肉生産量全体に占める割合は減少する傾向にある。 



国家が積極的に生産・流通に関与

 社会主義市場経済政策の導入により、 食肉の種類を問わず、 生産・流通の現場
では、 市場原理に則った生産・流通が行われている。 豚肉は先に述べたとおり、 
その重要度が極めて高いことから、 政府が生産・流通の調整に関わってきた。 な
お、 豚肉生産部門に関しては農業部が、 と畜以降の流通部門については国内貿易
部が所管して支援している。 

1 主な生産政策

(1)畜種改良の促進

 母系を在来種 (48系統)、 父系を外来種 (ランドレース、 大ヨークシャーなど) 
とした二元や三元の交配種の普及に努め、 産肉性を高めている。 なお、 在来種は、 
残飯飼育や粗放飼養に耐えると同時に中華料理に合う肉質を備え持つため、 在来
種の遺伝形質の保存、 改良にも力点が置かれている。 

(2)関係法規の整備

 種豚の管理条例などを整備している。 

(3)養豚基地県の指定

 全国に 「基地県」 を400余り設け、 大都市への豚肉の安定的供給を図っている。 
基地県で生産される肉豚は全体の3割に及び、 地方政府を通じて税金優遇、 補助
金付与、 飼料の安定供給などの支援策が執られる。 基地県の農家の2割が年間出
荷頭数50頭以上の専業養豚農家である。 また、 1995年には北京や上海近郊などに
100万頭規模の大規模養豚場が4ヶ所建設され、生体での安定供給に着手している。 

(4)卸売市場の形成

 基地県の集荷場的な卸売市場 (流通システムが未発達なため、 厳密な意味での 
「卸売り」 とは異なる)を整備・発展させ、 価格情報などを積極的に収集・提供し、 
市場取引を奨励している。 

(5)家畜衛生等の充実

 獣医ステーションを各地に配置、 地方政府の管理の下に病気の治療・予防に努
めている。 なお、 現在では、 人工受精普及率が30%にまで向上している。 

2 主な流通政策

(1)豚肉の国家備蓄在庫

 価格の乱高下を防止し、 価格安定を目的とする調整保管の意味合いをも持つ、 
緊急事態に備えての 「備蓄」 を行っている。 なお、 買入調達は四川省などの地方
の市場から行っている。 

(2)と畜場の集約化による検疫体制の整備

 衛生・品質管理の観点から、 政府の認定を受けた集約的な 「定点と畜場」 にお
けると畜が義務付けられており、 実際の運用は地方政府が行っている。 

2 四川省の養豚・豚肉産業現地事情


四川省とは

〈図1〉四川省の概念図


 四川省は中国の西南部に位置し、 省東部を占める四川盆地は農産物の一大産地
となっている。 95年の農地面積は6,190千ヘクタール (中国統計年鑑:以下同じ) 
で全国第5位であるが、 食糧生産量は4,365万トンと全国一を誇り、中国の食糧供
給地として重要度が極めて高い省となっている。 しかしながら、 1億1千万人と
いう圧倒的な人口 (重慶市の直轄市昇格以前の統計) を抱えているため、 1人当
たりの年間食糧保有量は全国13位と、 全国的な食糧需給の上では貢献度が必ずし
も高いとは言えない状況にある。 なお、 95年の農民1人当たりの純収入は全国平
均で1,578元 (1元=約15円) であるが、 四川省は1,158元で全国30省・市のうち
の23位となっている。 

 こうした中、 内陸部を代表する工業都市である四川省の重慶市が今年3月の全
国人民代表大会 (国会に相当) の承認を得、 北京、 天津、 上海に次ぐ四番目の直
轄市に昇格した(四川省の省都は成都市)。 ここに人口約3千万人と世界最大の都
市が誕生したことになるが、 中央政府は重慶市を中核として経済発展が立ち遅れ
る中西部全体の振興発展を目指し、 三峡ダムの建設プロジェクトや国営企業改革
などへかける期待も大きいものとみられる。 こうしたことから、 四川省長は、 先
頃、 同省の97年から2010年までの経済成長目標を年平均9%に設定したことを明
らかにしており (中央政府は今年、 全国で年平均8%前後の成長を目標としてい
る)、 一歩進んだ経済発展を押し進めることによって貧困問題を解決しつつ、沿岸
部を中心とした先行する地域との経済格差の是正を図っていく気概が窺えるもの
となっている。 

四川省に関する基礎データ(95年)

 (注)1 資料:中国統計年鑑
    2 重慶市が直轄市に昇格する前の数値
    3 農畜産物生産量の○内数値は全国順位、( )内は全国生産量
【成都郊外の農村風景】

四川省の養豚・豚肉産業

1 今回調査地域

 省のほぼ中央部の農業地帯に位置する省都、 成都を中心に調査し、養豚現場(仁
寿県) を訪問し、 視察と聞き取り調査を行った。 

 (注)  「県」 :省の下に位置する行政単位

2 肉豚生産状況 (省政府、 農家での聞き取りによる) 

 四川省は全国一の肉豚生産省である。 全国で最も重要な養豚基地として中央政
府の期待も大きい。 

 関係機関での聞き取りによる96年の肉豚出荷量は約8,000万頭で、豚肉生産量は
約550万トン (枝肉ベース)。 これらはそれぞれ全国生産量の1/6を占め、 農村
収入の6割が養豚によるものである。 9割の農家が3〜5頭飼育の庭先養豚であ
るが、 5千〜1万頭規模の大規模養豚場も省全体で20〜30場存在する。 一部では
放牧形態の養豚も残っているとのことである。 
【典型的な養豚農家。左が豚舎で3〜5頭飼い】

 省全体で113の養豚基地県が指定されており、これらで省総飼養頭数の86%を占
める。 基地県には、 省政府より資金貸出、 飼料調達などの支援施策が行われる。 

 品種は在来種をベースにランドレース、 大ヨークシャーを交配するケースが多
く、 民間レベルでは3元交配の技術を研究中とのことである。 
【在来種とランドレースの二元交配】

 飼料については、 依然として残飯などの給餌が行われることもあるが (特に自
家消費用の肉豚)、 一般的にはトウモロコシ、 小麦、 コウリャン、綿実などの単味
飼料を購入し自家配合を行う。 副業に酒造業を営んでいる農家も多く、 酒粕の入
手も容易とのこと。 全国展開している企業をはじめ、 飼料会社は多数見受けられ、 
大規模養豚場では配合飼料を直接購入している。 

 出荷体重は90〜105kg。 飼養期間は専業で4〜5ヶ月、 庭先養豚で7〜8ヶ月。 
一般農家から中間業者への売渡価格はkg当り4〜6元。 4元を切ると赤字になる
との事であったが、 行政当局による詳細なコスト調査は行われていないようであ
る。 仔豚は市場よりkg当り4元程度で購入するが、 体重が30〜50kgとばらつきが
大きいため、 その回転率は多い農家では3回/年というケースもある。 近年では
繁殖専業農家も増加しているということであった。 

肉豚飼養頭数等上位10省(95年)

 (注)1 資料:中国統計年鑑
    2 四川省は重慶市が直轄市に昇格する前の数値

3 豚肉流通の実態

 96年の省全体の出荷量約8千万頭のうち、1/3の約2千5百万頭が冷凍肉(生
体も一部含む) として省外へ仕向けられ、 1/3の約2千5百万頭が新鮮肉 (フ
レッシュ・ミートであり、 冷蔵の意味ではない) として自由市場 (個人又は小規
模集団の小売店の集合したもの) をはじめとする地元市場を経由して都市部を中
心に省内流通する。 さらに残り1/3の約3千万頭が農家で自家消費される。 な
お、 各農家では、 旧正月に1頭をと畜し、 自家消費する習慣がある (塩漬けや薫
製処理により、 数ヵ月間利用するという) 。 

4 都市住民は自由市場で豚肉を購入

 四川省に限らないが、 中国の (特に) 都市住民が食品を購入する場所として、 
自由市場の占める役割は大きい。 今回、 成都市で最も規模が大きい自由市場 (個
人商店の集合体形式で、 全ての食材を扱う:食肉は常温で販売されている) を視
察したが、 実際に自由市場に足を踏み入れると、 多種、 多様の食材が所狭しと並
べられ、 それらを求める買物客の人波の大きさに圧倒される。 自由市場は食肉、 
水産物、 野菜類などと大まかにジャンルごとに区分けされており、 食肉のコーナ
ーに行けば、 豚肉がどのような形態・価格で売買されているのかを見ることがで
きるが、 中国で 「食肉」 と言えば豚肉を指すように豚肉専門店は多く、 売場の規
模も他の食肉の売場スペースとは比較にならないほど大きい。 

【自由市場で豚肉はこのように売られる】

 ここでは、 冷蔵設備が普及していないため、 各商店は、 当日のうちにさばける
量の豚肉を仕入れてくる。 仕入れ形態は、 枝肉、 部分肉と様々であるが、 これら
を適当な塊に切り分けて店頭に吊し、 客に好みの肉塊を選ばせる方法が一般的の
ようである。 枝肉がある場合は、 客の注文に応じて、 その場で好みの分量を切り
分ける風景もよく見られる。 調査時の小売価格は、 殆どの店で部位にかかわらず
1kg当たり12元程度であった。 

 次に、 省外への流通についてみると、 1991年に国内貿易部と四川省政府によっ
て設立された成都肉類産品中心批発 (卸売) 市場の役割が特筆される。 この卸売
市場の役割は、 豚肉を始めとする食肉の四川省以外の大都市への供給をスムーズ
に行うことおよび食肉卸売価格の全国的な指標を作ることである。 80年代後半か
ら、 経済改革によって需給バランスが崩れ、 市況が混乱したため、 国が積極的に
食肉流通に関与した典型的な例である。 同様の役割を持つ市場は同時に上海にも
設立された。 

 主な役割の食肉流通の (冷凍品による) マクロ調節は、 現物を扱うことなくコ
ンピューターにより省内の売り手と省外の買い手を結びつけ、 これは、 一種の先
物取引のような形態で行われている。 売り手、 買い手ともに会員制で、 現在、 全
国に600の会員を持つ。 会員は、 資本金、 冷凍設備、衛生面などの条件を満たした
者が選定される。 
【コンピューターによる取引風景】

 (当市場の具体的な業務) 

・買い手 (例えば上海の) に四川省の取引価格の情報を分析、 提供する。 
・買い手の希望量、 品質、 運搬手段などを聞いて、 売り手を紹介する。 

 当市場は省内流通には一切係わっておらず、 他の省へ仕向けられるものだけを
扱う。 交易量は年間50万トンで、 うち、 9割が冷凍、 1割が生体と加工品 (缶詰
等) である。 

四川省豚肉産業の今後の方向

 最後に、 現地で見聞した事情を踏まえ、 四川省豚肉産業の今後の方向について
簡単に触れてみたい。 

 豚肉をはじめとする食肉などの 「副食品」 の都市部における供給は、 市長責任
制により、 原則的には、 その地域ごとに供給体制作りに取り組むこととなってい
る。 そうした体制下においても、 多様な副食品をすべての地域で自給することは
現実的ではなく、 地域間の過不足は、 広域流通でもって調整されるのが原則的な
あり方とみられる。 前出の成都肉類産品中心批発市場の機能は、 そうした広域流
通近代化を目的とした産地/消費地間流通の価格形成と取引成立の合理化を図る
意味で典型的なモデルであろう。 このような背景事情からみると、 中央政府の肝
いりで四川省に成都肉類産品中心批発市場が設立されたことは、 全国一の豚肉生
産量を誇り、 かつ、 生産の1/3を移出する四川省が広域豚肉供給基地として位
置づけられていることを示唆するものと考えられる。 

 一方、 豊かになった沿岸部の都市を中心に、 最近では伝統的な嗜好の一つであ
る生鮮肉 (常温流通肉) への消費の回帰現象がみられることから、 特に北京や上
海などの大消費地の近辺では、 短時間に生鮮肉や冷蔵肉を供給できる近郊型養豚
が発展しつつある。 

 こうしたことから、 広域流通面では冷凍品を主力とする四川省としては、 加工
向けや外食産業向けをも念頭に置いて、 冷凍品の流通インフラの整備等に取り組
むことになろう。 

最後に


 今回の調査は、 当事業団の研究調査の委託先である(財)農村金融研究会の現地
調査に同行して行ったものである。 同行調査をご快諾いただいた(財)農村金融研
究会、 また、 現地でお世話になった四川省政府を始めとした格級行政関係各位、 
生産者、 関係者の方々に、 紙面をお借りして厚くお礼を申し上げる次第でありま
す。

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