海外駐在員レポート 

アジェンダ2000:CAP改革の方向性

ブラッセル事務所 池田一樹、 井田俊二



はじめに


 EU委員会は7月、 新しい政策パッケージ案を発表した。 アジェンダ2000と名付
けられたこの提案は、 EU委員長の名を取って通称サンテールパッケージとも呼ば
れ、 EU共通農業政策 (CAP)、 中東欧諸国のEUへの加盟問題、 財政問題等の重要な
政策課題が取り上げられている。 EUの意志決定手続き上は正式な提案ではないが、 
EU委員会の意志が始めて明確に示された点で大いに注目される。 

 そこで、 今回は、 アジェンダ2000の中から、 CAP関連、 将来のCAPに重大な影響
を持つ中東欧諸国のEUへの加盟問題の概要についてレポートする。 

T EU共通農業政策 (CAP)


1 前回 (92年) の改革の評価

 EUは92年に、 CAPの大幅な改革を行っている。 この際、 主要なテーマは、農業の
過剰生産体質や実際に積み上がった過剰在庫を背景とした需給バランスの改善で
あった。 このため、 支持価格引き下げ、 セットアサイド (休耕/転作) の強化、 
粗放農業の奨励などを行うとともに、 支持価格引き下げによる所得低下には、 直
接所得補償制度を導入して対応した。 さらに、 農業と自然環境保護の関係を重要
課題として取り上げ、 自然環境保護関連制度を新設あるいは拡充した(注)1。 ア
ジェンダ2000では、 CAP改革を議論するための端緒として、 まず、前回の改革につ
いて、 市場政策分野と農村政策分野に分けて評価している。 以下は関連部分の概
要である。 

 (1) 市場政策

1) 需給バランス

 需給バランスが大幅に改善され、 介入買い上げ在庫量が減少した。 穀類分野で
は、 セットアサイド (休耕/転作) が供給管理に効果を上げる一方、 価格低下に
より、 特に飼料向けの域内需要が大幅に増加した。 牛肉市場も、 96年3月に牛海
綿状脳症 (BSE) の問題が再燃するまでは好調に推移し、在庫量も急激に減少した。 

2) 農業所得

 一人当たり農業所得は、 加盟国や農家によりばらつきがあるものの、 92年から
96年までは、 年平均4.5%で増加した。 この要因は、 市場が好調に推移したこと、 
農家が改革に適応したこと、 農業人口の減少等である。 なお、 穀物や油量種子の
分野では、 市場価格が高値で推移したため、 過剰補償の問題が生じた。 

3) 自然環境への影響

 価格低下に伴い、 むやみな化学肥料や農薬の使用が減少した。 また、 セットア
サイドも好影響をもたらした。 一方、 悪影響としては、 穀類、 油量種子およびた
んぱく源作物の分野に直接所得補償が集中した結果、 これらのかんがい作物の奨
励につながったことが挙げられる。 また、 飼料価格の低下やサイレージ生産への
補助の結果、 集約的畜産経営が有利になったことも挙げられる。  

4) 直接所得補償への転換

 支持価格を引き下げたため、 消費者にとっては負担の軽減となったが、 直接所
得補償の導入により財政支出は増加した。 ただし、 財政管理という点では、 国際
価格、 為替相場などの不確定要素の影響が軽減されたため、 以前より容易になっ
た。 さらに、 農家への補助における透明性が高まった。 

 (2) 農村政策

 農村経済の多角化といった観点では、 これまで、 マイナーであった高品質農産
物の生産・販売、 農村ツーリズム、 地域文化や自然環境保護に直結した開発計画
が盛んになり、 また、 将来への新しい道が開けた。 自然環境保護制度についてみ
ると、 世論の賛同を得たものの、 補助規模が小さいため、 粗放農業への転換や農
地を自然環境保護に転用するには難があった。 全体的にみると、 農村開発政策は、 
市場政策、 構造政策および自然環境保護政策の寄せ集めで、 関連制度も入り組ん
でおり、 また、 全体的なまとまりにも欠けている。 


2 農業をめぐる現状と見通し

 前回の改革の評価に続き、 将来の政策の方向を検討する土台として、 農業をめ
ぐる現状と見通しが取りまとめられている。 以下は関連部分の概要である。 

 (1) 農産物市場について

 今後の国際農産物市場は、人口増加と所得向上により需要増加が見込まれる。一
方、 生産は、 10年間は増加が見込まれる。 ただし、 都市化の進展や自然環境保護
上の理由から土地利用が制約され、 また、 生産性の向上速度が鈍るため、 これま
でよりも緩やかな伸びになると見込まれる。 農産物価格は、 少なくとも2006年ま
では堅調に推移するとの見方が強い。 ただし、 在庫が減少するため、 価格変動は
大きくなるものとみられる。 

 一方、 域内市場は、 現行の政策が維持された場合、 内外価格差の存続や、 ガッ
ト・ウルグアイ・ラウンド合意による輸出補助金の制限により、 輸出不可能な過
剰在庫の出現が見込まれる。 特に、 牛肉、 脱脂粉乳、 穀類などの分野で危ぶまれ
る。 

 その他、 国際市場が拡大する中で、 EUの市場シェアの一層の低下が懸念される。 

 (2) 次期WTO農業交渉について

 国境保護措置の削減、 輸出補助金の削減、 および生産と結びつかない制度への
シフトが実現できれば、 EUは次期WTO交渉で、有利な交渉ポジションを得ることが
できる。 また、 自然環境保護や社会についての国際基準の導入や消費者の関心へ
の配慮といった問題にも関心が高まっている。 

 (3) 中東欧諸国のEU加盟について

 中東欧諸国は、 農業だけでなく、 その川上および川下の産業すべてにわたり、 
構造改革が必要である。 この際、 労働力に余剰が生まれることから、 農村経済の
多角化が必要となる (加盟により農業労働力は2倍となるが、農地の増加は1.5倍)。 

 CAPを中東欧諸国に導入した場合、直接所得補償制度の下での農家への過度の補
助が、 農村に所得格差や社会的な歪みを生み出す恐れがある。 また、 価格支持制
度の下で、 過剰生産が加速する恐れがある。 特に牛肉、 乳製品および砂糖につい
ては、 既に2000年以降の需給の不均衡が予想されているが、 これを一層増大させ
ることになりかねない。 

 (4) 農産物に対する新たな要求

 農産物の安全性に関する消費者の要求が高まっている。 また、 生活様式が変化
する中で、 ファーストフードや調理済み食品のような簡便な食品がますます注目
されている。 しかしながら、 一方では、 伝統的製法や動物愛護と関連した商品も
一層求められている。 

 (5) 自然環境保護問題について

 自然環境保護の重要性や人の活動の自然環境への影響についての関心が高まる
中で、 農村地域は、 自然に優しい居住、 仕事および余暇の場を維持あるいは創出
できる唯一の場である。 こういった面から、 公的資金を自然環境保護や農村の改
善に使用することについては世論の賛同が得られてきており、 農林業にとっては、 
新たな道が開けている。 

 (6) 農業政策について

 これまでの改革で、 透明性や効率が改善されてきたが、 政策間での重複や矛盾
も生まれた。 一つの分野に、 政策区分が異なるにせよ、 多種多様の制度や措置が
適用されうる状況になっているため、 ルールの簡素化が必要である。 また、 政策
を実行に移す際に、 加盟国や地域の裁量を広げる必要がある。 

 CAPにはEUのGDPの約0.6%が投入されている。経済全体に占める農業のシェアが
減少しており、 また、 加盟国が財政上の制約に直面している状況からすれば、 農
業保護に同意が得られなければならない。 すなわち、 質の高い食品の生産、 農村
の維持、 景観保全に果たす農業の重要な役割が明確に示されねばならない。 

 92年の改革で直接所得補償が一般化したため、 農業への補助がより透明になっ
た。 同時に、 一般化という措置が、 経済的に適切であり、 かつ社会的に容認され
る必要が強くなった。 


3 今後の課題

 CAPの目的は、 農業生産性の向上、 農村社会での公平な生活水準の確保、市場の
安定、 供給の確保および消費者への適正価格での供給と定められている (ローマ
条約)。 アジェンダ2000では、 農業をめぐる状況に、今後様々な変化が予想される
中で、 これらの目的を達成する上で、 5つの課題を掲げている。 以下関連部分の
概要である。 

 (1) 市場競争力の強化

 価格の引き下げは、 消費者の利益となるだけでなく、 良質食品の差別化への道
を開くことになる。 また、 市場志向の強化により、 中東欧諸国の加盟問題がより
円滑に進み、 また、 次期WTO交渉への準備ともなる。 さらに、主要輸出国としての
立場の強化にもつながる。 

 (2) 食品の安全性の確保と良質食品生産の推進

 競争力を強化する上で、 価格引き下げ以外の手段として、 また、 EUの食品のイ
メージを向上する上で、 食品の安全性の確保と良質食品生産の推進が重要となる。 
特に、 食品の安全性の確保は第一である。 また、 EUは、 産地銘柄や特殊な製法に
よる良質食品の生産を振興して行かねばならない。 

 (3) 所得の安定と公平な生活水準の確保

 所得安定と公平な生活水準の確保に当たって、 差別化の問題、 農家間での所得
補償の再分配などが一層重要になってきている。 

 (4) 自然環境保護

 自然環境保護関連課題をCAPに融合させ、自然資源の管理や景観の維持に関する
農家の役割を推進することが、 一層重要になっている。 

 (5) 農村における新たな雇用と所得確保手段の獲得

 農業人口の減少が見込まれる中で、 新たな雇用と所得の獲得手段を創出するこ
とも重要である。 また、 農業の競争力の確保や農村経済の多角化だけでなく、 域
内の経済的な不均衡の是正も図らなければならない。 


4 改革

 EU委員会は、 従来から価格政策から所得政策へのシフトを進める必要があると
提唱してきている。 また、 前回の改革以降で穀類の分野で過剰補償が生じたこと
を踏まえ、 直接所得補償の分配に当たってのシーリングの導入も検討してきた。 
今回の改革についての方向性も、 こういった従来の路線の上で提案されている。 
以下は関連部分の概要である。 

 (1) 牛肉分野

 今後の在庫量は、 

1) 2000年までは、 生産サイクルが減少に向う中、 イギリスでの30カ月齢以上の
 牛の処分、 子牛処分制度および早期出荷制度の影響が加わり、 96、 97年に比べ
 て著しく減少するとみられる。 一方、 

2) 2001年以降は市場制度に変化がなければ生産は回復する一方、 消費は従来か
 らの長期低下傾向が続くため、 積みあがり、2005年には150万トンに達する見込
 みである。 

  生後間もない子牛の処分で在庫の増加に長期的に対処することは好ましくな
 い。 また、 クオータ制度や頭数制限といった生産制限も、 運用が複雑になるこ
 とから、 好ましくない。 むしろ、 従来からの輸出国向けの輸出補助金の大幅な
 削減、 補助金のいらない新市場の開拓、 域内牛肉消費の回復を同時に行うこと
 ができるのではないか、 さらに、 こういった改革は、 枝肉重量重視に走らせて
 いる要因を軽減することにつながる可能性がある。 
 このため、 

1) 支持価格を2000年から3年間で30%削減 (2,780ECU (36万円)/トン(注:現
 行の介入買い入れの場合のトリガーレベル)から1,950ECU (25万3千円)/トン) 
 することを提案する。 

2) 支持価格を引き下げても、 国境措置、 輸出措置および民間在庫補助で実勢価
 格を支持価格以上に維持することが可能である。 また、 低コスト生産化が進む
 と見込まれることから、 所得の減少は単純計算よりも少ないと思われる。 ただ
 し、 所得の減少は明らかであるため、 直接所得補償額を漸次増加させて対応す
 ることを提案する。 増加後の最終的な単価は以下のとおりである。 

ア 繁殖雌牛奨励金:215ECU (2万8千円)/頭 (現行145ECU (1万9千円)) 

イ 雄牛奨励金:368ECU (4万8千円)/頭 (現行135ECU (1万8千円))。去勢牛
  については232ECU (3万円)/頭 (現行109ECU (1万4千円)) 

ウ 乳牛奨励金:70ECU (9千円)/頭 (新規措置) 

3) 頭数当たりでの奨励金の交付や粗放化の奨励に、 新たな仕組み (飼養密度の
 勘案、 個人や地域でのシーリング) を取り入れることとなるであろう。 同時に、 
 全体としての支持のレベルは変えずに、 自然環境保護の観点から、 粗放型生産
 の推進を検討することとする。 

 (2) 酪農分野

1) 生産量は生乳生産クオータ制度が維持されれば大きく変化しないと予測され
 る。 一方、 

2) 生乳の総需要はバター需要の減少などにより減少すると予想される。 このた
 め、 

3) 1996年から2005年までは生産過剰生産量は900万トン〜950万トン程度で推移
 する見込みである。 

 品目別に需給を予測すると、 

1) チーズは、 補助金付き輸出に関するガット合意により、 輸出増加が制限され
 る。 

2) 脱脂粉乳の在庫量は、 ガット合意の影響が顕在化することにより、 1998年か
 ら増加し、 2000年から2005年の間は20万トンに達する。 

3) バターは、 ガット合意の影響がないことからすれば、 在庫増加は必ずしも予
 想されない。 ただし、 30万トンの生産過剰分を受け入れる国際市場があるかど
 うかについては疑問である。 

 こういった市場動向予測からして、 

1) 大幅な価格削減やクオータ制度の早期廃止などの過激な対策は採らない。 ま
 た、 
2) 新たにクオータを削減する必要性も認めない。 さらに、 
3) 二重クオータ制も採らない。 二重クオータ制は、WTOの規定に抵触する可能性
 が大いにあり、 また、 制度の仕組みや適用いかんではわい曲化される可能性も
 ある。 さらに、 運用上の複雑さや管理上の問題を一層大きくすることになりか
 ねない。 

 しかしながら、 現行制度がこの先ずっと続くと考えてもらっては困る。 長期需
給見通しでも不確定な要素が示されている。 特に、 次期WTO交渉では、酪農分野に
も影響が考えられる。 このため、 EU委員会は現段階では以下のような安全策を提
案する。 

1) クオータ制度の2006年までの延長

2) 現行の共通市場組織の柔軟化と単純化

3) 2006年までに支持価格を平均10%暫減

4) 毎年145ECU (1万9千円)/頭の乳牛奨励金を交付(牛肉分野に区分される奨
  励金70ECU (9千円) と合わせて乳牛1頭当たり215ECU(2万8千円) となり、 
  繁殖雌牛奨励金と同額となる) 

 (3) 直接所得補償制度への差別化とシーリングの導入

 共通市場組織の下で交付されているすべての直接所得補償について、 個々の農
場にシーリングを導入することを提案する。 さらに、(このシーリングなどに対し
て) 各国それぞれが基準を持つこととする。 ただし、 この際、 共通の規則に基づ
いて行うこととし、 決して共通性を損なってはならない。 

 (4) 自然環境保護−農業政策

 今後、 自然環境保護−農業政策は、 農村の維持発展を推進する上で、 また、 自
然環境保護に対する社会の要請に応える上で、 重要な意義を持つようになる。 こ
のため、 自然環境の維持発展を目的とする制度の拡充・強化が必要である。 この
点に関して、 

1) EU委員会は、 加盟国が、 自然環境保護関連の規定を尊重することを条件に、 
 直接所得補償を行うことができるような提案を行う。 

2) 条件不利地域と自然環境上の価値の高い地域とが重複していることを一層考
 慮し、 また、 関連制度を (化学肥料などの) 投入物の少ない農業システムの維
 持振興に資する制度に移行することを検討することも有意義である。 

3) 自然環境保護−農業政策について、 的を絞って、 予算を増加し、 また必要で
 あればEUの補助額を増加して、 強化振興すべきである。 関連分野は、 有機農業、 
 アルプス地域での牛の飼養など、 農家の追加労働を必要とする分野である。 ま
 た、 生産量の著しい減少を伴う場合には、 十分な財政的な支援が約束される必
 要がある。 


U 中東欧諸国のEUへの加盟


1 中東欧諸国加盟後のCAPの適用について

 現在、 ブルガリア、 エストニア、 ハンガリー、 ラトビア、 リトアニア、 ポーラ
ンド、 チェコ、 ルーマニア、 スロベニア、 スロバキアの10カ国の中東欧諸国がEU
への加盟を申請している。 これらの国の農業の現状をみると、 農産物価格が低く、 
市場経済化が進展中であり、 また、 品質や衛生の監視体制が立ち後れているなど、 
EU諸国と格段の差がみられる。 さらに、GDP水準からみても分担金も比較的少なく
なることが予想される。 したがって、 中東欧諸国のEU加盟後、現行のCAPを直ちに
適用することは、 制度上も大きな矛盾を生ずるだけでなく、 財政上の問題も生ず
る。 このため、 CAPを中東欧諸国に軟着陸させる何らかの措置が必要となる。アジ
ェンダ2000では、 中東欧諸国加盟後のCAP適用に当たって、一定期間は直接所得補
償を適用せずに、 構造改革に力点を置くといった方向で、 軟着陸の方法について
取りまとめている。 以下は、 関連部分の概要である。 

 (1) 直接所得補償制度の適用の保留

 現在、 中東欧諸国の農産物価格はEUに比べてきわめて低く、 おおむね4割〜8
割となっている。 畜産物では、 牛肉や牛乳・乳製品で格差が大きい。 したがって、 
中東欧諸国に、 高い支持価格を導入した場合、 農産物価格は上昇し、 農家所得も
上昇する。 その上、 直接所得補償制度を導入した場合、 農家所得の上昇はかなり
大きなものとなる。 この結果、 他産業との顕著な所得格差が生じ、 社会的な緊張
を生み出す可能性がある。 

 また、 直接所得補償の目的が、 支持価格の低下にともなう所得減少の補償であ
ることからすると、 CAP適用により所得が増加する上に、さらに所得増加措置をと
ることは、 制度の目的と矛盾する。 したがって、 加盟後の移行措置として、 しば
らくの期間は、 直接所得補償制度の適用を見合わせ、 財源を他の措置に振り向け
るべきである。 

 中東欧諸国10カ国すべてが加盟した場合、 CAP予算 (EAGGFの保証部門(注)2の
み) は年間110億ECU (1兆4千億円) 増加することが見込まれている (現行EU15
カ国で約410億ECU (5兆3千億円))。 このうち、 約2/3の70億ECU (9千億円) 
が直接所得補償に要する経費、 介入買い上げや輸出補助金といった市場措置に要
する経費が25億ECU (3千億円)  (大部分は酪農分野の経費)、 自然環境保護−農
業制度や植林といったいわゆる関連措置に要する経費が15億ECU(2千億円) と見
込まれる。 このうちの直接所得補償を除けば、CAP関連支出は農業支出ガイドライ
ン (EAGGFの保証部門の予算の毎年の伸び率を規定)に基づく伸び率の範囲内で運
用が可能である。 

 (2) 農業構造

 中東欧諸国では、 資産の私有化などの農業構造の再編が、 依然として進行中で
ある。 さらに、 乳業などの川下の産業では処理能力の過剰の是正や陳腐化した技
術の近代化が必要となっている (注:構造面での具体的弱点として、 例えば、 ポ
ーランドでは、 平均農家規模が小さいことが生産性の低い原因として取り上げら
れており、 また、 ルーマニアでは食品産業が重要な産業であるにもかかわらず、 
技術の陳腐化や投資の欠如、 さらに、 人的資源の管理の不足が指摘されている)。 
中東欧諸国の農業人口は、 現在全労働力の22%、 950万人 (EU15カ国では5%、85
0万人) であるが、 今後の農業構造の再編により、 労働力の過剰が生ずる。このた
め、 農村地域の経済の多角化を図り、 雇用機会を生み出す必要がある。 

 このような状況からして、 直接所得補償制度の適用を見合わせる代わりとして、 
農業構造の再編や農村地域の発展に力を入れるべきである。 

 さらに、 農産物や家畜を域内で自由に移動させるため、 公衆衛生、 家畜衛生お
よび植物防疫上必要な規則やインフラを整備しなければならない。 


2 加盟交渉の開始

 EUへの加盟に当たっては、 次に掲げる条件を満たすことが必要とされている(1
993年の欧州理事会で決定)。 

1) 民主主義、 法治性、 人権および少数勢力の尊重を保証する堅固な制度がなけ
 ればならないこと。 

2) 市場経済が機能していなければならず、 またEU内での市場競争についてゆく
 ことができなければならないこと。 

3) 政治的共同体、 経済共同体および通貨共同体の目的の厳守など、 加盟国の義
 務を負うことができなければならないこと。 

 アジェンダ2000では、 この条件の達成状況を中心に、 すべての加盟申請国につ
いての現状を分析し、 各加盟国について、 加盟交渉開始の可否について見解を述
べている。 今回交渉開始の対象国として提示された国は、 ハンガリー、 チェコ、 
ポーランド、 エストニア、 スロベニアの5カ国となっている。 既に加盟交渉を開
始することが決定しているキプロスと合わせて、 この6カ国との交渉が、 早けれ
ば来年中にも始まることとなる。 

 残りの5カ国については、 今回の意見では、 交渉の開始が見送られたが、 98年
12月までに状況の見直しが行われる予定である。 

V CAP改革案に対する各国の見方


 アジェンダ2000 に掲げられたCAP改革案についての加盟国あるいは農業団体の
反応はさまざまである。 

 加盟国政府の立場の違いについて、 9月上旬に開催された非公式農相理事会で
の反応を中心にみてみたい。 全体的な改革の方向に賛成を示しているのは、 イギ
リス、 デンマーク、 スウェーデンである。 ただし、 現行の生乳生産クオータ制度
については、 イギリス、 デンマークともにその維持に反対している。 なお、 デン
マークはかねてから、 酪農関係の支持価格の引き下げ幅は10%以上必要であると
述べている。 

 アイルランド、 オランダ、 フィンランドおよびイタリア、 さらに、 これまでは
強い調子で反対してきたフランスも、 市場政策について、 生産制限を強化するよ
りも輸出を志向する改革案に好意的な態度をとっている。 ただし、 フランス、 ア
イルランド、 オランダは酪農分野の直接所得補償額について、 不満を表している。 
また、 イタリアは、 従来からの主張と同じく生乳生産クオータの存続に反対し、 
スペインやデンマークと並んで二重クオータ制の導入を主張している。 さらに、 
酪農および牛肉分野の現行のCAPは、 集約的生産者に有利であり、イタリアにはそ
ぐわないと述べると共に、 改革案ではその改善に手が付けられていないと批判し
ている。 

 改革の方向に真っ向から反対しているのはドイツである。 ドイツは、 この改革
案では、 前回の改革による大幅な支持価格引き下げへのこれまでの対応努力がい
ったい何であったのかわからなくなると述べた他、 土台となっているEU委員会の
需給見通しをあまりにも悲観的であるとしている。 さらに、 EUは、次期WTO交渉で、 
自然環境保護および食品の安全性に関する基準を合意内容に含めるよう要求する
べきであるとも述べている。 ドイツは、 以前から、 改革案が実行されればドイツ
農民は平均15%の所得減を被るとし、 また、 酪農分野の改革については、 価格安
定のための生乳生産クオータを維持しながら、 一方で価格をカットすることは理
にかなっていないとも主張してきている。 ベルギー、 オーストリアおよびスペイ
ンはどちらかというと批判的な立場を取っている。 

 このようなアジェンダ2000への批判や疑問に対して、 非公式農相理事会でEU委
員会のフィシュラー農業委員は、 次のように述べている。 まず、CAPをさらに改革
する必要性については、 今後の世の中の変化にEUの農業を適応させるためには、 
CAPの継続的な改革が必要であるとしている。 その背景とし、現状を維持した場合、 
内外価格差に基づく輸出の減少が予測される他、 2001年以降には輸出の目途のな
い過剰在庫が予測されることを挙げている。 

 また、 市場問題ばかりでなく、 食品の安全性と品質の問題、 自然環境保護、 生
活の質の向上が重要な課題となってきている現在、これらをCAPの中心課題として
検討すべきであるとも述べている。 なお、 改革案の土台となっている需給見通し
に対する批判に対しては、 これに変わるような見通しを見せられたこともなく、 
また、 最近の酪農分野の実績が見通しに一致していると反論している。 

 クオータ制度の廃止については、 アジェンダ2000の中で述べている以外に価格
低下に伴なう所得補償のための財政負担は困難であり、 また、 急激な改革は避け
るべきであると述べている。 

 次期WTO交渉前に改革案を議論することが、時期を得ているのかという疑問に対
しては、 改革案は、 現行の合意を最も活用できる内容であると同時に、 次期交渉
でのポジションを強化することになると述べ、 最適なタイミングであると述べて
いる。 また、 次期交渉では、 前回のように外圧に抗するのみでなく、 積極的に討
って出るべきであると述べ、 2度と同じ苦しみは味合わないと強調している。 さ
らに、 ブレアハウス合意 (注)3については不愉快な規制であると述べ、改革案に
示した積極策を採ることによりこれを捨て去ることができると述べている。 この
他重要な発言として、 次期交渉では、 貿易の自由化のみならず、 社会や自然環境
保護問題も考慮すべきであるとし、 同時に、 食品の安全性や基準を検討すべきで
あると述べている。 

 この他、 農村の満足な生活水準を、 直接所得補償制度へのシフトで維持できる
のかという点については、 前回の改革で価格を引き下げたが、 競争力を得、 また
域内外での需要増加により市場価格も介入水準以上で推移し、 所得増加にもつな
がったと述べている。 

 直接所得補償については、 先行きの見込みのない人為的な高価格の引き下げに
生産者が対応していく過程での激変緩和措置であるとした上で、 各国が単年度予
算であることに対して、 2006年までの予算が確保されていると述べている。 また、 
この対応過程においては、 生産者は従来どおりコストや投資計画を価格低下に適
用させるよう努力を続けることが見込まれるが、 関連産業や関連当局も生産者を
バックアップすることが求められると述べ、 こういった対応の結果、 支持価格の
低下分は、 所得の低下と同等にはみられないとも述べている。 さらに、 直接所得
補償制度が一部で過剰補償につながっていることに触れ、 過大な補償を求めるこ
とや補償を濫用することで、 制度そのものが揺らぐことがあってはならないと警
告している。 

 農業団体の立場としては、 欧州最大の農業団体のCOPA/COJECAは、 改革案は、 
農業生産者とその家族の将来を著しく損なうものであり、 また、 CAPが、加盟国間
での共通性を失う可能性があるとし、 アジェンダ2000は到底受け入れることので
きるものではないと非難している。 ドイツ農民連盟は、 次期WTO交渉に備えて、CA
Pを改革することは、 米国やその他の輸出国への降伏に他ならないとし、 また、所
得政策への一層の転換は、 財政危機や緊縮財政の導入により、 大きな影響を受け
ることになると述べ、 反対している。 この他、 欧州青年農業者会議は、 青年農業
者や新規参入者について述べられておらず、 また、 農業の将来についての保証や、 
新規参入の奨励もないとして、 失望の意を表している。 

おわりに


 アジェンダ2000に述べられているCAPの改革案は、域内価格の引き下げによる競
争力強化と需要拡大により域内外市場の維持および回復を目指し、 価格低下に伴
う所得低下を直接所得補償の拡大で補い、 さらに、 自然環境保護関連政策を意図
しているという点で、 92年の改革の延長線にあるといえる。 この改革路線は、 既
に過剰在庫、 過剰生産対策として一定の実績を残しており、 これを継承・発展す
ることの有効性については、 各加盟国も否定できないであろう。 また、 中東欧諸
国の加盟交渉や次期WTO交渉の開始前にCAPの改革を行うことについても各国とも
異論を唱えていない。 しかしながら、 合意までの道は険しいものと予想され、 早
くともドイツで総選挙が行われる来年10月以降、 おおかたは99年の春になるので
はないかとも予想されている。 今後の議論では、 WTO交渉を行う前の段階での、大
幅な価格引き下げ案に対して強い反発が予想される。 また、 EU委員会は、 穀類分
野にみられる過剰補償、 大規模経営に有利な所得補償制度の性格などから、 農家
間での補助金配分の大きなばらつきの解消を目指している。 モデュレーションと
呼ばれるこの考え方は、 導入されれば大きな影響を持つため、 様々な意見があり、 
今回のアジェンダ2000でも具体的な数値の記述を避け、 数行の記述に終わってい
るが、 この導入の可否も大きな課題である。 さらに、 食品の安全性、 自然環境保
護、 農村の維持開発についての議論は、 従来よりもはるかに高まることが予想さ
れ、 次期WTO交渉の行方を占う上でも大いに注目される分野である。 

 今後の予定としては、農相理事会は、 毎月の理事会でCAP改革を含めてアジェン
ダ2000を検討することとしており、 12月中旬の欧州サミットに理事会の意見を提
出することとしている。 EU委員会は、 欧州サミットの状況を踏まえて、 来年に、 
酪農、 牛肉および穀物の三分野のCAP改革の正式な提案を行うこととしている。ア
ジェンダ2000をたたき台としたCAPの改革議論は、今後しばらくはEU農業界の最大
の課題となることは明らかであり、 その方向が注目される。 今後の動きについて
は、 機会をとらえてまたレポートしたい。 

 (注) 1:CAPの政策別の自然環境保護制度の例

 (1)  共通市場政策

 雄牛特別奨励金や繁殖雌牛奨励金の交付対象となっている牛の飼養密度に関し
て、 加盟国が自然環境保護面から独自に規制を導入できる。 

 (2)  いわゆる関連政策

1) 自然環境保護−農業制度

 化学肥料使用の大幅な減少、 有機農業の実施、 牛やめん羊の飼養密度の減少、 
ビオトープ保護区や自然公園の設立、 水系の保護を目的とした20年以上の休耕、 
レジャー活動や公共交通のための土地利用といった、 自然環境および農村への好
影響を与えると考えられる活動に対して、 加盟国が補助金を交付することができ
る。 

2) 農地の植林制度

 植林、 植林地の維持管理、 農地の林野への転用に伴う収入の減少の補填、 山火
事予防措置などへの投資に対して、 加盟国が補助金を交付することができる。 

 (3)  農業構造政策

 構造政策は6つの目的に分類されている。 このうち自然環境保護に関連するも
のは次のとおり。 

1) 目的1および目的5b

 環境保護、 田園の維持、 景観の維持に関する措置

2) 目的5a:

 条件不利地域の農業への補助、 有機農業、 副産物の活用、 廃棄物のリサイクル
などに対する投資の助成。 

2:CAPの価格、 所得支持政策に係る支出に要する資金を供給する部門

3:92年11月に農産物の輸出補助金の数量削減割合を緩和すること、 域内の補助
  金を削減することなどが決められたEU・米国間の合意。 域内の補助金の削減
  に関し、 畜産については、 肉牛関連政策の奨励金の見直しが迫られた。

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