海外駐在員レポート 

急増する豪州の生体牛輸出

シドニー駐在員 鈴木 稔



はじめに


 豪州の肉牛産業は、 その産業基盤を支える牛肉輸出が北米市場向けを中心に停
滞が続き、 牛肉市況は、 ここ20年来でみても低水準にある。 ところが、 その一
方で、 生体牛の輸出は、 東南アジアからの需要拡大等を背景に、 近年、 急激に拡
大している。 

 生体牛輸出の急増から、 東南アジア向け生体輸出の供給基地となっているクイ
ンズランド州では、 肉牛供給の低下に伴い、 と畜加工部門での雇用の減少など、 
産業の空洞化を危ぶむ声さえも聞かれるような状況となっている。 

 今回は、 牛肉不況とも称される状況のなか、 唯一活況を呈する生体牛輸出につ
いて、 基本的な構造と豪州牛肉業界に与える影響を報告する。 

1 近年の生体輸出


 (1) 輸出の推移

 豪州の生体牛輸出は80年代を通じては、 概ね8万頭から10万頭前後で安定
的に推移していた。 80年代後半からわが国の牛肉自由化を迎える91年までは、 
日本市場が最大の輸出先であり、 最盛期には年間3万頭を超える生体牛がわが国
に輸出されいる。 

 90年代に入ってからは、 対日輸出が漸減する一方で、 東南アジア地域でのフ
ィードロット産業の拡大を背景に、 肥育素牛需要が急増してきている。 90年代
に入ってから過激ともいえるペースで拡大しており、 90年から96年までの年
平均増加率は40%にも及ぶ。 なかでもインドネシア向けは、 90年から96年
までの間に40倍以上に、 またフィリピン向けは同期間に10倍近くまでに膨れ
上がった。 東南アジア向けの生体輸出は、 マレーシア、 インドネシアなど中心に
60年代からみられていたが、 当時は繁殖用途がほとんだった。 

 96年の生体牛輸出頭数は、 この拡大ペースを維持し、 前年を42%上回る7
2万3千85頭に達した。 金額ベースでは、 86年の4千2百万豪ドルから、 9
6年には3億4千5百万豪ドルと8倍以上に拡大している。 牛肉輸出の30億豪
ドルには及ばないものの、 生体羊輸出の2億豪ドルを超えており、 生体牛輸出の
拡大は周辺産業を含めると少なからぬ利益をもたらしているものとみられる。 

 国別の輸出動向をみると、 96年は、 インドネシア向けが37万7千頭と総輸
出頭数の52%を占めシェア最大となり、 これにフィリピン向けの28%、 エジ
プト向けの7%、 マレーシア向けの6%が続いた。 90年当時のインドネシア、 
フィリピンおよびマレーシア向けの生体牛輸出は、 3カ国合計でも5万5千頭程
度で、 その輸出シェアは4割に過ぎなかったが、 96年には8割を超える水準に
まで達している。 

◇図−1:国別輸出頭数の推移◇

 輸出される生体牛の種類でみると、 肥育用素牛 (概ね270〜330kg程度) 
の輸出が顕著に拡大している。 90年から96年まで、 繁殖用頭数は1万頭から
3万頭の間で、 またと畜 (直行) 用牛は2万頭から6万頭前後で推移するなか、 
肥育用素牛の輸出頭数はインドネシア、 フィリピンおよびマレーシア向けの拡大
により同期間で2万頭から61万頭までに増加した。 この増加分は、 豪州の総輸
出頭数の増加分にほぼ相当することから、 90年代から現在までの生体牛輸出拡
大のほとんどは、 東南アジア向けの肥育素牛輸出の増加によるものといえる。 


 (2) 拡大する東南アジアの牛肉消費

 東南アジア向け肥育素牛の輸出拡大は、 端的にいうと、 この地域での経済成長
によるところが大きい。 人口の増加、 1世帯当たりの収入の上昇、 また可処分所
得の割合の高い中流家庭の出現などにより、 この地域における牛肉消費量は増加
傾向にある。 これに肉牛の国内生産が追いつかないことから、 供給不足という需
給ギャップが拡大傾向にある。 

 不足分の輸入については、 生体牛、 もしくは牛肉製品という選択肢があるが、 
インドネシアやフィリピンでは、 国内産業保護の立場から生体牛での輸入を誘因
する政策が採られている。 関税などの国境措置や国内政策により、 牛肉よりは生
体牛を、 生体牛のなかでもと畜用牛よりは肥育素牛の輸入を優遇し、 フィードロ
ット関連業界やと畜業界などより広範囲にわたる国内産業に利益がもたらされる
よう誘導されている。 

 マレーシアでの状況はいくぶん異なり、 生体牛、 牛肉製品ともに関税を課して
いない。 同国の豪州からの生体牛輸入のうち、 と畜用牛の輸入割合が過半数を超
えていることからみても、 輸入国サイドの政策が、 豪州の生体牛輸出に大きく影
響を与えていることがわかる。 

 また一方で、 東南アジア地域では一部の国を除き、 家庭や流通において冷凍や
冷蔵状態での物流体系が未発達であることも、 この地域での生体牛輸入を増加さ
せる要因となっている。 多くの地域では、 未だウェット・マーケットと称される
と畜から小売まで物理的に限定された流通形態であり、 現地にてと畜処理した方
が効率的という事情もある。 

 いずれにしても、 基本的には、 東南アジア地域での経済成長を背景とした牛肉
消費の急速な成長が、 豪州生体牛の輸出急増の大きな要因といえる。 

 なお、 豪州生体牛の主要輸出市場としての主要3カ国の国内事情は、 97年3
月時点における豪州国内での情報を基に概要を表―1にまとめた。 

表−1 生体輸出に関する各国の概要
────────────────────────────────────
インドネシア

 輸入生体牛の標準規格(肥育牛)
  血統:ボスインディカス種(ゼブー、ブラーマンに代表されるようないわゆる熱帯品種)
     血統が50%以上のもの
  性別:主に雄去勢牛
  月齢:特になし

 関税等
  関税:肥育用素牛=0、と畜用牛=15%、牛肉22.5%
  輸入牛肉はすべてイスラム方式でのと畜が求められる、また牛肉輸入業者は
  ライセンス制

 国内市場の概要
   フィードロットでの飼養期間は概ね60日から90日。インドネシアをはじめ
  として東南アジア地域ではサトウキビ、ヤシの実、パイナップルなどの製品
  製造後の残さが主要な飼料として用いられており、生産コストは低い。
   ウェットマーケットが基本的な牛肉の流通体系であり、豪州、ニュージー
  ランド(NZ)、米国から冷凍牛肉はわずかながら輸入されるが、その大半は
  ホテルおよびレストランの業務用、または一部の高級小売店での販売に限定
  される。
────────────────────────────────────
フィリピン

 輸入生体牛の標準規格(肥育牛)
  血統:ボスインディカス種の血統が50%以上のもの(75%〜100%が好まれる)
  性別:大部分は去勢雄、輸入頭数の10%の割合で繁殖用未経産牛の輸入を義
     務付け
  体重:1頭当たり重量は330s以下であること
  月齢:36ヶ月齢以下
 
 関税等
   と畜用についてはミニマムアクセス枠を設定。肥育素牛(生体重 330s以
  下)=3%、枠内と畜用牛(生体重330s超)=30%、枠外と畜用=40%、繁
  殖用牛(ブラーマン純粋種で、雌280s以上、雄400s以上)=3%、牛肉=30%

 国内市場の概要
   フィードロットは拡大傾向にあったが、利用可能土地面積の減少、初期投
  資の値上がり、飼養管理の不慣れなどから、96年の豪州からの生体輸出は減
  少した。インドネシア同様、ウェットマーケットが主流で、輸入牛肉の需要
  もホテルおよびレストランの業務用、または一部の高級小売店に限られる。
────────────────────────────────────
マレーシア

 輸入生体牛の標準規格(肥育牛)
  血統:ブラーマン種の血統が50%以上のもの

 関税等
  生体牛および牛肉輸入ともに関税なし

 国内市場の概要
   ここ20年でみて、豪州にとって最も安定した生体牛市場であるが、流通
  体系におけるインフラは、インドネシアやフィリピンに比較して発達してお
  り、牛肉の多くはフードサービス部門やスーパーマーケットを通じて販売さ
  れる。
────────────────────────────────────


(3) 豪州北部に限定される東南アジア向け輸出

 東南アジア向けの生体牛輸出の拡大部分は、 熱帯地域であるノーザン・テリト
リー (NT) とクインズランド州 (QLD) 北部から輸出されており、大部分は北部特
有のキャトル・ステーションと称される大規模な肉牛農場から、 生体市場を通さ
ずに、 港に直接移送される。 

 96年のノーザン・テリトリーのダーウィン港からの船積頭数をみると、 38
万4千頭と前年から30%増、 また豪州全体の輸出量に占める割合は53%と過
半数を超えた。 これに対し、 他港の船積頭数は6万頭を下回っており、 現在の生
体牛輸出が豪州北部から東南アジア向けに偏重したものであることを示している。 

表−2 主要港から輸出先国まで航海日数


 豪州北部から東南アジア地域への生体牛輸出拡大の背景としては、 距離的な問
題の他に、 豪州北部で飼養されるブラーマン種などボスインディカス系の牛が、 
耐暑性が高いことや、 ダニに抵抗力が強いことなど、 熱帯気候である東南アジア
市場に適した品種にあることが挙げられる。 

 ノーザン・テリトリーやクインズランド州北部では、 熱帯という気象条件など
から、 肉牛生産者は、 ブラーマンなどボスインディカス系を中心に飼養せざるを
得なかったのであるが、 東南アジア市場では、 在来種に近く飼養も容易であり、 
現地のフィードロットでも高い能力を示すとして豪州産生体牛に対する評価は高
い。 後述するように、 豪州北部で生産される熱帯種は日本市場を始めとした主要
牛肉輸出先国での評価は低く、 従来は北米市場を中心とした、 加工原料用途向け
が主な需要だった。 

 なお、 わが国などへ輸出されるのは、 アンガスやマリーグレーといったヨーロ
ッパ系やイギリス系であり、 豪州でもニューサウスウェールズ州やヴィクトリア
州などを中心に、 クインズランド南部以南から輸出される。 また、 乳用牛の生体
輸出については、 酪農地帯であるヴィクトリア州やタスマニア州からが中心とな
る。 一口に豪州の生体牛輸出といっても、 輸出先国、 その需要や用途によって、 
輸出地域も南北、 東西と異なり、 その増減が豪州肉牛業界に与える影響も、 直接
的には地域的に限定されるケースが多い。 

2 豪州牛肉業界に及ぼす影響


 (1) 豪州北部の肉牛事情

 ノーザン・テリトリーやクインズランド州の一部を含む豪州北部地域は、 気象
条件などの問題から牛の品種や生産様式が限定されており、 この地域で生産され
る肉牛への需要は、 従来、  「北米市場向けの加工原料用牛肉」 や 「南部のフィー
ドロットの素牛」 用としてなどに限定される傾向にあった。 

 近年の国際牛肉市場における供給過剰は、 牛肉輸出国である豪州に、 ここ20
年でみても最悪の肉牛価格の低迷をもたらした。 特に、 豪州北部地域は、 米国の
キャトル・サイクルを反映した北米市場での牛肉供給の増加により、 北米向け加
工原料用牛肉の輸出が低下し、 豪州のなかでも最も大きな経済的損失を被った。 

 このような輸出状況の変化により、 北部の肉牛生産者は、 従来の北米市場向け
輸出の代替として、 東南アジア向け生体牛輸出に、 その活路を見い出す努力をし
ており、 このことが生体牛輸出を拡大させた大きな要因となっている。 また、 9
0年秋から95年半ばまで断続的に続いた干ばつにより、 肉牛生産者は飼養規模
の縮小を余儀なくされたことも、 この期間の生体牛輸出を押し上げる要因となっ
たといえる。 


 (2) 価格低迷と生体輸出

 90年代に入ってからの豪州の肉牛価格は、 91年のわが国の牛肉輸入自由化
や、 95年の米国の食肉輸入関税割当制度への移行などによって、 輸入国サイド
における牛肉需給動向を反映するものとなった。 さらに、 これに輸出国サイドで
ある豪州の干ばつなどの気象条件も加わり、 価格の振幅は従来よりも大きくなる
傾向にあった。 この結果、 肉牛価格は、 94年半ばより、 ほぼ一貫して低下傾向
で推移し、 96年には前述のとおり米国向け輸出の減少を背景に、 暴落といえる
水準まで下落した。 

 クインズランド州中央のクロンカリー生体市場の価格を例に、 東南アジア向け
生体牛輸出の太宗を占めている生体重270〜320kgの去勢牛の市場価格をみ
ると (図―2) 、 95年12月からわずか半年間に3割前後も低下している。 

◇図−2:肥育素牛価格(生体重量、QLD州クロンカリー市場)◇

 一方、 図―3にあるようにダーウィン港からの肥育素牛の推定輸出価格 (FOB) 
は、 国内市場価格の下落に伴い96年に入って前年水準より低下傾向にあるもの
の、 輸出港までの輸送経費を考慮に入れても、 国内生体牛市場価格をかなり上回
る水準で下げ止まっている。 このため、 肉牛生産者にとっては、 国内生体市場へ
の販売よりも、 生体牛輸出用途としての販売の方が有利な状況となっている。 

◇図−3:生体輸出価格(生体重、FOBダーウィン)◇

 近年の肉牛価格の低下は、 豪州の肉牛生産者サイドには生体牛輸出へのインセ
ンティブを、 また東南アジアの需要者サイドには肥育素牛コストの低減をもたら
しており、 生体牛輸出を拡大する大きな要素になっていると推測される。 


 (3) と畜加工部門にもたらすもの

 一方、 生体牛輸出は、 短期間での急激な増加により、 豪州国内のと畜加工部門
に少なからぬ影響を与えているとみられる。 ノーザン・テリトリーから供給され
る肉牛の大部分がクインズランド州でと畜されているため、 クインズランド州で
のと畜頭数は、 95年、 96年と減少傾向で推移している。 

◇図−4:QLD州のと畜頭数の推移◇

 クインズランドのと畜頭数の増減は、 干ばつなど気候条件、 その時々の肉牛市
況などが複合的に作用しており、 単純に言い切ることはできないものの、 近年の
と畜頭数の減少には、 生体牛輸出頭数の急増から生じる肉牛の供給減が、 かなり
影響を及ぼしていると推測される。 肉牛供給の減少による施設稼働率の低下、 ま
た折りからの北米加工原料用牛肉の市況低迷が加わり、 と畜加工部門には、 少な
からぬ経済損失を与えたものと思われる。 これを示すように、 最近、 豪州北部で
のと畜加工場の閉鎖が相次いで伝えられており、 ここ数年間で、 大手を含め13
カ所ものと畜加工場が操業停止または閉鎖となっている。 

 潜在的な豪州の肉牛供給能力を考慮すれば、 長期的には、 現在の生体牛輸出の
頭数水準でも、 と畜加工部門への十分な肉牛供給が可能であるとみられる。 しか
しながら、 短期的には、 輸出需要の不振も重なり、 生体牛輸出の拡大は、 現在続
くと畜加工部門での合理化、 集約化を一層推し進める要因の一つになると考えら
れる。 

 また一方で、 北部地域の生産者にとっては、 近隣のと畜加工場がなくなること
によって、 豪州国内での販路は南部のと畜加工業者に向かざるを得なくっている。 
この場合、 移送経費の増加により、 北部地域で生産される肉牛の豪州国内におけ
る価格競争力は弱まる傾向にあり、 輸出での為替相場の要因を考えなければ、 豪
州北部からの肉牛出荷はさらに東南アジアに向けられる可能性もある。 

 なお、 97年に入ってと畜頭数が増加傾向にあるが、 これは、 長引く価格低迷
に、 一部地域での雨不足による草地コンディションの悪化が加わり、 肉牛農家の
生産意欲が減退しているためとみられている。 これを示すように、 と畜頭数に占
める経産牛、 未経産牛の割合は、 例年の水準を超えており、 肉牛供給は今後さら
に低下するとみられる。 


3 今後の展望


 (1) 東南アジア市場

 東南アジア向けの生体牛輸出は、 当面は増加を続けるとみられるが、 将来的に
は、 各国の政策の行方と、 国内市場のインフラ整備の動向が大きく影響するもの
とみられる。 

 インドネシアやフィリピンの政策は、 国内関連産業の保護を明確に示している
が、 アジア太平洋経済協力会議 (APEC) や世界貿易機関 (WTO)などでの貿易自由
化交渉の進展により、 今後、 国内保護措置を緩和した場合には、 拡大する牛肉消
費を、 生体よりはむしろ部分肉などの製品輸入で手当てする可能性もある。 

 また、 家庭での冷蔵庫の普及や、 冷凍冷蔵流通体制への物流の整備など、 ウェ
ット・マーケットからの流通体系の進展度合いによっては、 現在、 ホテルやレス
トランなどに限られる輸入牛肉の需要が一気に拡大する余地もある。 この観点か
らも、 長期的には、 生体牛輸出から、 日本、 韓国向けのように牛肉製品での輸出
に移行する可能性が高い。 

 単純にみると、 近年の東南アジア地域での著しい経済成長が今後も続くかどう
かが最も基本的な要因となるとみられる。 最近発生した、 タイ・バーツの対外通
貨価値の下落を中心とした東南アジア諸国の通貨危機が、 豪ドル高となって一時
的に輸出への抑制要因となる例からみても、 同地域の経済成長が多様な方面から
今後の生体牛輸出のカギを握るとみられる。 


 (2) 新規市場

 今後、 生体牛輸出の拡大が見込まれる市場としては、 中東地域や北アフリカ地
域が挙げられる。 95年にはエジプト向け、 96年にはイスラエル向けに、 初の
生体牛輸出が行われるなど、 これらの地域は豪州の生体牛輸出にとって、 比較的
未開拓だった市場といえる。 

 中東や北アフリカ地域への生体牛輸出は、 従来、 EUからの補助金付き輸出がほ
とんどであり、 アイルランド産、 ドイツ産などを中心に、 エジプト、 リビア、 レ
バノン、 トルコ、 ヨルダン、 サウディアラビアなどの国々に、 年間50万頭近く
が輸出されていた。 

 しかしながら、 EUがガット・ウルグアイ・ラウンド合意に基づき、 95年7月
より輸出補助金の段階的な削減を開始して以来、 国際市場での豪州産生体牛の価
格競争力が相対的に高まっている。 また、 96年3月には牛海綿状脳症(BSE) 問
題の発生により、 エジプトやリビアなどがEU産生体牛及び牛肉の輸入を一時停止
し、 豪州産生体牛への代替需要をもたらした。 

 96年の中東及び北アフリカ地域への生体牛輸出の増加は BSE問題が追い風と
なった面はあるが、 今後、 EUの輸出補助金の削減が進んだ場合は、 さらに豪州に
有利な市場となるとみられる。 

 また、 今年6月には中国が豪州との生体牛輸出の検疫条件に合意したが、 中国
は潜在需要が大きいとみられるだけに、 輸入態勢が整備された場合には、 かなり
の輸出量が見込まれるものと思われる。 

 ちなみに、 中東および北アフリカ地域や、 中国向けの生体牛輸出は、 主に豪州
南部で飼養されているヨーロッパ系、 イギリス系の品種が中心となるため、 ブラ
ーマン種がほとんどを占める東南アジア向け生体牛輸出とは無縁だった豪州南部
の肉牛生産者に、 新たな需要をもたらすものといえる。 豪州南部の肉牛生産者は、 
日本向け輸出低迷の影響を強く受けていただけに、 肉牛価格の底上げに寄与する
ものとして、 これらの新規市場にかける期待は大きい。 

◇図−5:生体牛の輸出予測◇


おわりに


 生体牛輸出のここ数年の急激な拡大ペースは、 今後少なくとも2年は続くとの
見方が強い。 豪州食肉畜産公社 (AMLC) の予測によると、 98年には100万頭
を超え、 2000年までには110万頭、 金額ベースでは5億5千万豪ドルを超
えるものとみられている。 

 昨年の豪州の総と畜頭数は660万頭であり、 いまや生体牛輸出はと畜頭数の
1割以上の水準にまで達した。 また、 96年の豪州の飼養頭数は、 約2千6百万
頭であることから、 年間の生体牛輸出頭数が70万頭前後で推移した場合には、 
飼養頭数の2. 7%にあたる牛が生体時点で豪州から消失することになる。 

 これらの数値を、 過剰とみるのか、 適切とみるのか、 豪州のなかでも地域や立
場によって、 かなり異なるが、 少なくとも、 肉牛生産者の側からみると、 肉牛市
況低迷の中で需要の拡大であり、 肉牛価格の底上げという面からは歓迎すべきも
のと思われる。 

 一方で、 と畜加工部門に対しては、 肉牛価格の底上げから生じる原料高と、 現
状の製品価格低迷によって、 短期的には、 厳しい経営環境をもたらしているとみ
られる。 

 豪州の肉牛産業を単に肉牛生産だけではなく、 牛肉に加工し、 国内外の消費者
に提供する段階まで含めたトータルの産業という立場において、 生体牛輸出を考
えた場合、 これは、 まぎれもなく原材料輸出であり、 付加価値化という輸出ビジ
ネス全般の流れに逆らうもので、 産業の空洞化につながるものである。 

 しかしながら、 生体牛輸出は 「産業の空洞化」 という 「罪」 をもたらす一方、 
中小規模の老朽化した処理場の乱立、 低施設稼働率の是正という課題を抱える豪
州の食肉加工業界にとって、 と畜加工部門の合理化、 効率化を加速させ、 豪州産
牛肉の国際競争力を高めるという 「功」 も併せもっていると考えられる。 

 東南アジア市場も、 中長期には、 生体牛から輸入牛肉へと徐々に需要を転換し
ていくとみるのが妥当と考えられるが、 その場合、 単純に豪州の牛肉輸出の増加
に結び付くとは考え難く、 米国産、 またウルグアイやアルゼンチンなどの南米産
との市場競合が不回避であろう。 

 現在の生体牛輸出の活況が、 単に、 一時的に生産者に利益をもたらし、 産業全
般の空洞化をまねくものなのか、 それとも産業の構造変化を推し進めるものとな
るか、 その結論を見るには今しばらくの時間が必要なように思われるが、 産業発
展に寄与するものとなることを期待したい。 

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