海外駐在員レポート 

東南アジアにおける牛乳・乳製品の需給動向

シンガポール駐在員 伊藤 憲一、山田 理



はじめに


 東南アジア諸国連合(ASEAN) は、 7月2日、 マレーシアのクアラルンプールで
開催された外相会議において、 ラオスとミャンマー2カ国の加盟を正式に決定し
た。 これで、ASEANは、 マレーシア、 インドネシア、 フィリピン、 タイ、 シンガポ
ール、 ブルネイ、 ベトナムの7カ国体制から上記2国を含む9カ国体制になった。 
今回、 外相会議直前に政情不安が表面化したカンボジアについては、ASEANへの加
盟は見送られた。 しかし、 今後の状況によっては、12月開催されるASEAN創立3
0周年記念首脳会議までに加盟を認められる可能性が残っており、 早ければ年内
にも念願の東南アジア地域の全諸国を結集した ASEAN10が発足すると見られて
いる。 

 ASEANは、94年から域内の自由化を進め、 市場を共有することによって更なる
経済発展を目指すASEAN自由貿易圏計画 (AFTA) を推進している。 しかし、AFTAを
進める交渉の中で、 各国の利害対立から米や砂糖など未加工農産物の取り扱いを
廻り、 最後まで紛糾した経過がある。 今回、 発展段階の異なる2カ国の後発発展
途上国を向かえて、 AFTAを推進、 実行するに当たり、 より多くの調整が必要とさ
れるであろう。 その結果次第では、ASEANの結束が逆に弱まるのではないかと懸念
する向きもある。 しかし、 人口5億人の大きな経済圏が成立したことは、 否定で
きない事実である。 

 平均8%前後の成長率を維持し、急速な経済成長を実現してきたASEAN諸国であ
るが、 通貨不安に陥ったタイの影響は大きくASEAN全体が大きくゆれている。しか
し、 先行きの不透明感が増したとは言え、 中長期的に見て、 今後、 一つの大きな
経済圏としてのASEANが拡大していくことは間違いない。 

 同地域の畜産物の需給について見ると、 消費面では、 各国とも経済発展による
生活水準の向上により、 全品目 (ただし、 豚肉など一部の品目で宗教上の制約あ
り。 ) とも大幅に消費を伸ばしている。 しかしその一方で、 生産面では、 品目に
よるばらつきが大きく、 特に酪農分野の生産規模が消費量に比して非常に小さい。 
その結果として、 不足する生乳を補うため、 域外から脱脂粉乳、 バターなどを多
量に輸入している。 輸入量は年々増加しており、 牛乳・乳製品の消費市場として
の東南アジアの重みは、 徐々に増してきている。 この市場を目指して、 早くから
欧州に本拠を置く多国籍企業が乳業分野に進出している。 90年前後からは、 日
本の大手乳業会社も新たな市場を求めて東南アジア地域への進出を進めており、 
販売拠点の開設や現地資本との合弁による牛乳・乳製品生産を行っている。 

 このレポートでは、 東南アジア10カ国のうち、 統計資料の整備されていない
ベトナム、 ラオス、 ミャンマー、 カンボジアと市場規模の小さいブルネイを除き、 
マレーシア、 インドネシア、 フィリピン、 タイ、 シンガポールの5カ国について、 
牛乳を中心に、 粉乳、 バター、 乳調製品を含め、 牛乳・乳製品の需給状況を報告
する。 

牛乳・乳製品の生産・消費動向


生乳生産の動向

 東南アジア諸国のうち、 インドネシア、 タイの2カ国は、 早くから政府を中心
に酪農の開発・振興に力を入れた結果、 現在では、 一定の生乳生産規模を確立し
ている。 しかし、 その他の諸国については、 政府の酪農振興に対する政策が明確
にされていないこともあり、 生産規模が非常に小さく、 産業として確立されてい
ない。 ただし、 酪農そのものは各国とも極めて一般的で、 数頭規模の酪農は数多
く存在し、 生産された生乳はその地域内で消費されている (表1および2参照) 。 

表1 東南アジア主要5カ国における生乳生産量の推移

 資料:各国畜産局統計
 注1:上段は生乳生産量、下段は対前年比である。
 注2:シンガポール、マレーシアは、1g=1.03`として換算。

表2 東南アジア主要5カ国の乳牛飼養頭数の推移

 資料:各国畜産局統計
  注:上段は飼養頭数、下段は対前年比である。

 一方、 インドネシアとタイでは、 人口の増大に対応するための雇用創造と農村
部の所得向上のため、 政府の指導の下に全国規模の酪農公団あるいは酪農協が組
織され、 60年代から外国の援助を受けながら酪農を振興してきた。 これらの公
団、 酪農協が集乳や技術指導などを行い、 生産振興の役割を果たしている。 乳牛
の飼養頭数は、 徐々にではあるが、 年々確実に増加しており、 一定の成功を得ら
れている。 しかし、 東南アジア5カ国でみると、 91年から95年の間で生乳生
産は42. 8%増加しているが、 同時期、 消費も38. 4%増加しており、 9
5年の牛乳の自給率はわずか17. 3%でしかない。 

 拡大を続けるインドネシア、 タイの酪農にも問題がないわけではない。 広域流
通させるためには道路が整備され、 また保冷施設などの整備が必要となるが、 こ
れには多額の投資を要するため、 なかなか進まないことが問題点の第一に挙げら
れる。 このことは、 集乳される生乳の品質に大きく影響する問題である。 第二に、 
一般的に気候が高温であるために泌乳量が抑制されるが、 この気候を克服するた
めの育種改良を行う体制が確立されていない。 乳牛資源に乏しいため、 毎年、 豪
州、 ニュージーランドなどから多くの乳用種畜が輸入されている。 しかし、 これ
らの環境の大きく異なる地域から輸入された乳牛の能力を最大限発揮させる飼養
管理技術が確立されておらず、 また、 酪農家の飼養管理技術の水準が低いことも
あり、 1日1頭当たりの搾乳量は10uに満たないものが多い。 

 こうした問題の解決を手助けするために、 日本も様々な援助・協力を行ってい
る。 インドネシアにおいては、 86年から95年まで、 家畜人工授精センターを
強化するため、 ジャワ東部のシンサゴリにおいて、 専門家の派遣と器材の供与な
どを組み合わせたプロジェクト方式の技術援助が行われた。 94年からは、 首都
ジャカルタに近いボゴール近郊で受精卵移植などのバイテク技術実用化のための
技術援助が、 97年からは、 西部ジャワで酪農技術の改善のための技術援助がス
タートしている。 また、 タイにおいては、 酪農地帯の一つである北部を中心に、 
飼養管理技術の向上についての技術援助が進められている。 


牛乳・乳製品の消費動向

 東南アジアの経済成長に伴う、 所得の向上で畜産物の消費は総じて大きく伸び
ている。 牛乳・乳製品も例外ではない。 表3および4に牛乳・乳製品の消費量と
1人当たりの消費量の推移を掲げた。 東南アジア地域では、 公的機関から公表さ
れる畜産関係の統計は非常に少なく、 各種統計を組み合わせて推計したものであ
る。 シンガポールにおいては、 国内消費に比して輸出入のボリュームが非常に大
きいことから、 推定が困難であったが、 参考として掲載した。 91年と95年の
消費量を比較すると4年間で平均8%増加しており、 1人当たりの消費水準が日
本と比較して低いことから今後も当分の間、 急激な増加傾向が続くと見られる。 

表3 東南アジア主要5カ国の牛乳消費量の推移

 資料:各国畜産局統計、貿易統計、コンサルタント報告
 注1:上段は牛乳消費量(生乳換算)、下段は対前年比である。
 注2:合計には、シンガポールを含まない。

表4 東南アジア主要5カ国の1人当たりの牛乳消費量

 資料:各国畜産局統計、貿易統計、コンサルタント報告
 注1:上段は牛乳消費量(生乳換算)、下段は対前年比である。

表5 東南アジア主要5カ国における牛乳の需給(95年)

 資料:各国畜産局統計、貿易統計
  注:シンガポールの国内消費量については、国内消費に比して輸出入が多く、
    統計上の品目区分も大まかなため推定値の精度はかなり低いが参考とし
    て掲載した。


消費形態の特徴

 東南アジア各国の乳製品の消費形態は、 欧米や日本とやや異なるようである。 
体系的な統計資料がなく、 各国の散発的な調査資料と乳業関係者の話を総合し推
察すると、 特徴として、 冷蔵保存の必要がなく、 保存が簡便な粉乳、 練乳の消費
がいまだに多いことが挙げられる。 小売店の商品棚には、 多くの粉乳や練乳がお
かれており、 特に粉乳は育児用以外でも多くのメーカーが多種類の容器 (最大2
kg缶) で供給している。 しかし、 徐々にではあるが、 飲用乳の主流としてLL牛乳
が定着しつつある。 この傾向は、 所得水準が高い国、 高い地域に特に顕著に見ら
れる。 欧米や日本で飲用乳の主力であるチルド牛乳は、 流通量が少なく高価であ
る。 それらの流通には冷蔵流通網の整備か必要であることから、 シンガポールや
バンコクなどの大都市近郊に限られている。 


乳業

 東南アジアにおける乳業は、 国内で大幅に不足する生乳の代替として多量の脱
脂粉乳やバターを輸入し多種多様な乳製品を生産する再生加工業の側面が強い。 
広く流通しているLL牛乳についても、 生乳のみの包装パックで輸入されるものが
1部あるものの、 ほとんどが脱脂粉乳とバターを還元して国内製造された牛乳を
多く含んでいる。 

 70年代には、 育児用ミルクの販売と将来の牛乳・乳製品の消費市場拡大をね
らって、 各国とも多国籍企業が進出した。 乳製品は、 各国とも国内生産が大幅に
不足している状況から、 LL牛乳をはじめ、 多くの製品が大洋州から直接または域
内の多国籍企業の合弁会社などで生産され供給されている。 

 90年前後になると、 日本の大手乳業各社も東南アジア市場での販売促進・販
売体制強化のため、 販売拠点を相次いで開設しており、 マレーシアには雪印、 明
治、 森永の大手乳業3社の事務所が開設されている。 また、 タイにおいては、 明
治乳業、 雪印乳業が事務所を開設しているほか、 地元資本との合弁により、 チル
ド牛乳、 LL牛乳などの生産を行っている。 現在、 日系の乳業会社、 多国籍企業の
合弁会社のほか多くの地元資本による乳業会社や酪農協、 酪農公団などが多種多
様な乳製品を生産している。 

 国内の酪農が農業の重要な一部門となっているインドネシアやタイでは、 脱脂
粉乳などの輸入が国内産生乳の購入と関連づけられており、 乳業会社にとっては、 
生乳の安定確保がもっとも大きな課題となっている。 


牛乳・乳製品の輸出入の動向


輸入の動向

 国内の酪農の生産規模が小さいシンガポールやマレーシアなどの国はもとより、 
酪農が比較的盛んであるインドネシアやタイでも生乳は絶対的に不足している。 
消費の拡大を賄うため、 多量の乳製品が輸入されており、 その輸入量は年々増加
している。 粉乳の輸入量は53万トンに、 バターは7万トンに達しており、 これ
は世界の総輸出量のおよそ2. 5%、 1. 2%を占める (表6) 。 

表6 東南アジア主要5カ国の牛乳・乳製品輸入数量の推移

 資料:各国貿易統計

 輸入される品目は、 牛乳の還元製造に用いられる脱脂粉乳とバターオイルなど
が多く、 地理的に近いことから、 その約4割以上は、 豪州、 ニュージーランドか
ら輸入されている (表9) 。 

表9 東南アジア主要5カ国の脱脂粉乳(0402,100類)の輸入数量(95年)

 資料:各国貿易統計
  注:重量の単位はトン、金額の単位は、インドネシア千USドル、マレーシア千
    リンギ、フィリピン千ペソ、タイ千バーツ、シンガポールSドル

 また、 最近の傾向として、 LL牛乳やチルド牛乳の輸入が増加しており、 東南ア
ジアにおける最大のチルド牛乳市場であるシンガポールには、 豪州やタイ等から
チルド牛乳が空輸されている (表7) 。 

表7 東南アジア主要5カ国別品目別の牛乳・乳製品の輸入数量(95年)

 資料:各国貿易統計
 注1:品目の区分は表と同じ
 注2:重量の単位はトン、金額の単位は、インドネシア千USドル、マレーシア千
    リンギ、フィリピン千ペソ、タイ千バーツ、シンガポール千Sドル
 注3:上段の数値は重量、金額、下段の数値は対前年比


輸出の動向

 輸出数量は、 輸入と比較すると非常に小さく、 約5分の1以下である。 主要5
カ国のうち、 シンガポールが数量で6割を占め、 東南アジア域内や日本へ多様な
乳製品および調製品を輸出している。 また、 陸路でシンガポールと繋がるマレー
シア、 近隣諸国と接するタイは東南アジア域内への輸出量が多い。 シンガポール
には、 チルド牛乳やLL牛乳が輸出され、 ミャンマー、 ラオス、 カンボジアなどに
は主に練乳などが輸出されている (表8) 。 

表8 東南アジア主要5カ国別品目別の牛乳・乳製品の輸出数量(95年)

 資料:各国貿易統計
 注1:品目の区分は表と同じ
 注2:重量の単位はトン、金額の単位は、インドネシア千USドル、マレーシア千
    リンギ、フィリピン千ペソ、タイ千バーツ、シンガポールSドル
 注3:上段の数値は重量、金額、下段の数値は対前年比

乳製品の日本との貿易

 東南アジア地域と日本との間での乳製品に関する貿易は、 非常に少ない。 その
中で、 シンガポールから日本への乳調製品の輸入が際立っている。 関税品目番号
の1901類 (HSCode) で整理される品目の輸出量と輸出先の推移は表10のと
おりである。 東南アジア域内と日本向けが主となっている。 

表10 シンガポールの調製品(小麦、乳、カカオ)の主要輸出先別輸出量の推移

 資料:シンガポール貿易開発局
 注1:本表は、1901類に分類される品目の輸出量である。
 注2:上段は、輸出量、下段は対前年比である。

 シンガポールではほとんどの食料品にかけられる関税が0%となっており、 地
理的に、 乳製品、 小麦、 砂糖、 ココア、 植物油脂などの輸入が容易であることか
ら、 日系の油脂メーカーなどが、 小麦粉、 砂糖、 乳製品等を含む調製品を製造し
ている。 最近では、 日本と地理的に近い韓国にこれらの調製品の製造基地を移転
させる動きがある。 


おわりに


 国内産業の保護、 特に酪農に関しては、 東南アジアの国々でも立場が大きく異
なる。 インドネシアは、 輸入乳製品を原料として使用する際に国内産生乳との抱
き合せ使用を義務付けるというミルクレシオ制度を通じて自国の酪農を保護して
いる。 また、 AFTAの推進に関しては自由化推進の立場を取るタイも酪農に関して
微妙な立場を取らざるを得ない。 逆に、 自国の生乳生産のほとんどないフィリピ
ンでは、 将来、 貿易自由化が進んでいく過程で、 補助金等の削減により乳製品の
国際価格が上昇することを懸念し、 酪農振興を進めるべきだとの意見も出ている。 
95年の WTO発足後、 開発途上国といえども国際的な貿易に関するルールを守る
ことを更に強く求められるようになった。 2000年から始まる農産物交渉の行
方によっては、 東南アジア地域の乳製品需給に影響が及び、 我が国を含む国際乳
製品貿易にも大きな影響を及ぼすと考えられるので、 注目する必要があるといえ
よう。 


元のページに戻る