海外駐在員レポート 

米国における食品安全性確保対策

デンバー事務所 本郷 秀毅、藤野 哲也



はじめに


 96年の英国における牛海綿状脳症に関連する問題の発生や、 日本における病
原性大腸菌O―157による集団食中毒の発生は、 世界中の消費者に対し、改めて
食品の安全性、 とりわけ食肉の安全性確保への関心を高めさせることとなった。 

 米国でも、 本年3月、 学校給食に出された冷凍イチゴにより、 およそ300人
にのぼる生徒や教師などがA型肝炎に感染したことなどから、食品の安全性に対す
る関心はかつてない高まりをみせている。 また、 外食機会の増加や輸入食品の増
加に伴い、 食品に起因する疾病の発生は、 今後さらに増加するものと見込まれて
いる。 
 
こうした中、 米国政府は、 先般、 食品の安全性に対する消費者の信頼を回復す
るため、 食品の安全性を強化改善するための5本の柱からなる対策を発表した。 
今回発表された対策は、 98年度 (97年10月〜98年9月) 予算としてクリ
ントン大統領が要請していた約4,300万ドル (約50億円) の基金の利用方
法を明らかにしたものである。 

 今月は、 米国における食品に起因する疾病 (食中毒) の発生状況とこれまで実
施されてきた対策、 さらに今回発表された食品安全性確保対策について、 その概
要を報告する。 


1 食中毒の発生状況


 (1) 年間9千人が食中毒により死亡

 米国では、 毎年何百万、 何千万人もの人々が食中毒にかかり、 幼い子供や老人
を中心として、 年間約9千人が死亡している。 食中毒は、 通常、 食品に存在して
いる病原性微生物がその原因となっており、 これまでの発生例でいえば、 食肉お
よびリンゴジュースからの病原性大腸菌O―157、卵および野菜からのサルモネ
ラ菌、 果物からのサイクロスポーラ、 飲用水からのクリプトスポリジウムなど、 
広範な食品および微生物がその原因となっている。 

 疾病管理予防センター(CDC) によれば、 食中毒が経済に与える影響は、 病院に
おける治療、 入院などの直接経費、 および患者により失われた労働生産性、 生産
額などの間接経費を含め、 年間およそ50億ドル〜220億ドル (約5千8百億
円〜2兆5千億円) に達するとしており、 それに対する対策の重要性が強調され
ている。 同様に、 米農務省 (USDA) では、 主要な食中毒だけでも65億ドル〜3
49億ドル (約7千5百億円〜4兆円) の損失が発生しているとしており、 すべ
ての食中毒による損失はさらに多いとしている。 

 CDCは、食中毒は報告されない場合が多く、 統計をとることは極めて困難である
としながらも、 5年ごとに食中毒に関する統計を公表している。 最新の96年版
では、 88年から92年までの間の食中毒に関するデータが更新されている。 以
下、 本統計に基づき、 米国における食中毒の発生状況を報告する。 

 (注) CDCによる統計の基礎となる食中毒の定義によれば、共通の食品の摂取から
  生じた同様の疾病であって、 2人以上の罹患者が生じた場合を対象としてお
  り、 かつ、 原則として公的機関から報告されたものだけが対象となっている
  ことから、 データはかなり限定されたものとなっている。 
 
  また、 統計を詳細に読むと、 病原の過半が不明となっているほか、 原因食品
  の分類については、 素材から料理名に至るまで広範にわたっており、 食中毒
  の病原の特定がいかに困難であるかが伺い知れる。 

表1 主な病原別食中毒発生率

 資料:CDC「Foodhome Illness Statistics」



 (2) 77%は食品サービス業における不適切な調理および取扱いが原因

 報告された事例によれば、 1つの食源から2種類以上の食中毒が発生している
例は半分以下となっている。 また、 サルモネラ菌やカンピロバクターなど、 病原
菌が特定できた例はわずか半数だけであり、 同様に、 食品が特定できた例も半数
以下となっているなど、 食中毒の原因究明がいかに困難であるかを示している。 

 CDCによれば、 食中毒の77%は、食品サービス業における不適切な調理および
取扱いが原因であり、 家庭における不適切な調理および取扱いが原因となってい
るのは20%、 食品製造業が原因として突き止められた例はわずか3%であると
している。 


 (3) 大腸菌による食中毒の発生率が増加

 88年までは、 サルモネラ菌、 カンピロバクター、 ブドウ状球菌による食中毒
の発生率が低下しているが、 その後、 92年までの間に、 食中毒の発生に関する
特徴ある変化は見出せない。 ただし、 食中毒全体に占める割合は極めて小さなも
のではあるが、 大腸菌O―157による食中毒の発生率が高まりつつある。 

 また、 88年から92年までの間に報告された食中毒のうち、 79%は細菌が
原因となって発生しており、 患者数でみれば、 細菌が原因となっている例は90
%にも及んでいる。 細菌の中でも、 サルモネラ菌の占める割合は69%と最も高
く、 そのほとんどは十分に調理されていない卵が原因となっている。 


 (4) 最大の原因は不適切な温度管理

 88年から92年までの間、 食品の準備・取扱方の中で最も多く食中毒の原因
となったのは不適切な温度管理であり、 次いで食品の取扱者の非衛生、 器具機材
の汚染が続く。 食品の調達段階で汚染されていた例は最も少ないことから、 調理
さえ適切かつ衛生的に行われるならば、 食中毒の発生は相当削減できることが伺
われる。 

 なお、 食品別に食中毒の発生状況をみると、 あらゆる食品がその発生原因とな
っており、 特徴は見出しがたい状況となっている。 

表2 食品管理原因別食中毒発生件数

 資料:CDC「Foodhome Illness Statistics」
  注:原因は複数回答となっているため、原因判明件数と個々の件数の合計は
    一致しない。

表3 原因食品別食中毒発生件数

 資料:CDC「Foodhome Illness Statistics」
  注:原因食品の列挙順は、原典に従った。


2 主な病原別の食中毒発生状況


 前項では、 CDCによる統計を基に、米国における食中毒の発生状況の概要をやや
横断的・経年的に報告した。 ここでは、 97年5月に米保健福祉省食品医薬品局 
(FDA) を中心としてまとめられたクリントン大統領への報告書である食品安全性
確保対策を基に、 家畜および畜産物に関連する主な病原別の食中毒発生状況につ
いて報告する。 

 (1) 細菌

ア. サルモネラ菌

 食品の生産に利用される家畜は、一般にサルモネラ菌を保有しており、食肉、 乳
製品、 卵などの食品を汚染することがある。 サルモネラ菌による食中毒の原因食
品には、 家きん肉、 食肉、 乳製品、 卵、 魚介類、 青果物およびその製品などがあ
る。 米国においては、 年間80万人から400万人が感染していると推定されて
いる。 これらの感染のうち、 12万8千人から64万人は卵のサルモネラ菌 (Sa
lmonella Enteritidis) が関連している。 過去10年間で卵のサルモネラ菌によ
り食中毒が発生した例は500件以上あり、 70人以上が死亡している。 94年
には、 サルモネラ菌に汚染されたアイスクリームが原因となった1事例だけで、 
22万4千人が食中毒にかかったものと推定されている。 

イ. カンピロバクター

 米国では、 年間200万人から400万人がカンピロバクター症にかかり、 1
20人から360人が死亡している。 いくつかの研究によれば、 生または十分に
加熱調理されていない鶏肉が主な感染源とされている。 未殺菌の牛乳および水も
その原因とされている。 

ウ. 大腸菌

 大腸菌のいくつかの菌株は、 人間や動物に様々な病気を引き起こすことが知ら
れており、 中でもE. coli O157:H7(病原性大腸菌O−157) は出血性大腸
炎を引き起こすことで知られている。 病原性大腸菌 O−157は牛の腸管内に見
出されるが、 他の保有宿主が存在する可能性もある。 米国では、 年間およそ2万
5千人が病原性大腸菌 O−157に感染し、 約100人が死亡している。 最近の
例では、 ひき肉、 生乳、 レタス、 ほとんど加工されていない生鮮果汁が原因食品
となって食中毒が発生している。 最近の例は、 96年の秋、 米国西部の3州とカ
ナダのブリティッシュコロンビア州で、 未殺菌のリンゴジュースが原因となって
66人が感染し、 子供1人が死亡している。 


 (2) 原生動物


ア. トキソプラズマ

 米国では、 年間約140万人がトキソプラズマ症にかかり、 約300人が死亡
している。 トキソプラズマ(Toxoplasma gondii) は、 実質的にすべての家畜・家
きんから見出されている。 人間への感染経路は主に2つあり、 1つはトキソプラ
ズマの入った生又は十分に加熱調理されていない食肉の摂取であり、 もう1つは
猫の糞便を経由してである。 一定の条件下で、 洗浄していない果物や野菜を通じ
て感染することもある。 

イ. クリプトスポリジウム

 クリプトスポリジウム症がはじめて大量に発生したのは93年のことであり、 
汚染された生のアップルサイダーがその原因とされている。 また、 これまでの最
大の発生事例は、 93年にウィスコンシン州のミルウォーキーで水が原因で発生
したものであり、 40万人以上もの人々が感染している。 最近の例では、 ラスベ
ガスで水が原因で発生した事例があり、 少なくとも20人が死亡している。 なお、 
クリプトスポリジウムは家畜のふん尿の中にも見出される。 


3 食品安全性の監視体制


 (1) 3つの省庁が関与

 米国においては、 食品の安全性確保に3つの省庁が関与している。 具体的には、 
保健福祉省食品医薬品局(FDA) 、 農務省食品安全検査局(FSIS) 、 環境保護庁(EP
A)であり、 それぞれ我が国の厚生省生活衛生局、 農林水産省畜産局衛生課、 環境
庁にほぼ相当するといっていい。 これら3つの組織が、 固有の法律に基づき、 そ
れぞれの立場から食品の安全性を確保するための検査等を行っている。 


 (2) FDA

 FDAは、 連邦食品医薬品化粧品法(Federal Food Drug and Cosmetic Act) に基
づき、 動物用を含む医薬品の安全性と有効性を評価し、 使用方法の規制、 食品中
の残留許容基準の設定、 使用状況のモニタリングなどを行っている。 また、 水産
物については、 従来、 州政府による規制・監督が中心であったが、 危害分析重要
管理点監視方式 (HACCP) の法制化の動きに合わせて、 91年にFDAに水産物担当
の部署が設けられた。 ただし、 食肉については (家きん肉、 加工品を含む) に関
しては、 USDAの所管となっている。 

 なお、 畜産関係者に馴染みの深いところでは、FDAは反すう動物用の動物性たん
ぱく質飼料の規制なども行っている。 動物用医薬品の規制については、 日本では
農林水産省が所管しており、 この点が米国とはやや異なるところといえよう。 


 (3) FSIS

 FSISは、 連邦食肉検査法(Federal Meat Inspection Act) に基づき、 食肉処理
加工場における検査および衛生指導監督を行っている。 主な業務を列記すると次
のとおりとなる。 

・家畜の疾病、 異常に関する検査

・食肉、 内臓などの病原性微生物ならびに残留物質に関する検査 (食肉中に残留
 する動物用医薬品や農薬が、 FDAおよびEPAが設定した許容基準に適合している
 かどうかの検査も行う) 

・食肉処理加工場における衛生管理、 解体処理に関する衛生規則などの監視指導

・消費者への情報提供、 生産農家の教育指導、 販売される食肉の表示に関する検
 査

 食品としての食肉に関する検査は、 我が国では厚生省が所管しており、 この点
も米国とはやや異なるところといえよう。 


 (4) EPA

 EPAは、 連邦殺虫剤殺菌剤殺鼠剤法 (Federal Insecticide, Fungicide and Ro
denticide Act)に基づき、 農薬の登録と使用条件の設定を行うとともに、 連邦食
品医薬品化粧品法に基づき、 残留許容基準を定めている。 また、 EPAでは、農薬の
使用状況やその他の化学物質の汚染状況も監視している。 


4 これまで実施されてきた対策等の概要


 米国の食品に起因する疾病 (食中毒) の同定および予防対策は、 大体のものが
1900年代の初期に創り上げられたものである。 このため、 現行のシステムで
は食品に関連する疾病を適切に同定、 追跡、 制御できず、 将来起こりうる疾病の
予防も困難であることなどが指摘されている。 具体的な例として、 工場の検査の
頻度が挙げられており、81年にはFDAによる食品工場の検査頻度は2〜3年に1
度であったものが、 現在では、 平均で10年に1度でしかないとされている。 ま
た、 州政府と連邦政府の連携も不十分であるとされている。 

 こうした中、 クリントン政権は、 食品の安全性を改善するため、 次のような対
策を講じてきた。 


 (1) 93年、 HACCPを業界に要請

 93年、 FSISおよびFDAは、 食肉、 家きん肉および水産食品産業に対し、 HACCP
に係る手続きの実施を求める規則を公布した。 HACCPは、 食品産業に対し、予防的
措置を計画実行し、 産業としての自己責任を確立し、 かつ、 安全性を保証するた
めの行動をとるよう求めている。 FSISおよびFDAは、 HACCPへの移行の一部として、 
現行規則の合理化を図ることとしている。 


 (2) 94年、 新種感染症対策を開始

 94年、CDCは、 食品由来を含む新種の感染症を検出し、 予防し、 かつ、 制御す
るための戦略的な事業に乗り出した。 これまでのところ、 この目標に向けて十分
な進展を見せているとしている。 また、 95年、 クリントン政権は、 食品汚染を
防止するための新しい科学に基づく手法を導入することにより、 水産食品の安全
性を確保するための新しい規則を公布し、 その改善を図った。 


(3) 96年、 食肉等検査規則を90年ぶりに改革

 96年7月、 90年間にわたって実施されてきた食肉および家きん肉の検査シ
ステムを革新的に改善し、 食肉等の処理加工場が満たさなければならない科学に
基づく基準を確立するための新しい規則が公布された。 すなわち、 食肉検査法の
改正により、 HACCPの制度化が図られることとなった。 

 また、 クリントン大統領は、 同月、 飲用水の汚染防止を強化する安全飲用水法 
(Safe Drinking Water Act) に署名した。 さらに、 8月、 FDAおよびEPAによる農
薬に係る規則の簡素化を図るとともに、 とくに子供に重点を置いた、 新しい公衆
衛生保護規定を導入した96年食品品質保護法 (The Food Quality Protection 
Act of1996) に署名した。 


5 食品安全性確保対策


 今回発表された、  「農場から食卓までの食品の安全」 というサブタイトルの付
いた食品安全性確保対策に対しては、 前年に比べ約1,700万ドル (約20億
円) 、 率にして約66%も多い約4,300万ドル (約50億円) の予算が要請
されている。 また、 その発表をゴア副大統領が行うなど、 これまでにない形式が
とられており、 予算規模自体はそれほど大きなものではないものの、 食品の安全
性確保に向けたクリントン政権の意気込みが伺われる。 以下、 同対策の概要を紹
介する。 

(1) 検査の改善および予防的安全性確保対策の拡充

 FDAおよびFSISは、 今回の新しい基金のうち850万ドル(約9億8千万円) を、 
よりリスクの高い食品に対する検査を増加させるため、 いくつかの戦略的対策に
向けることとしている。 その主なものを挙げると次のとおりとなる。 

 第1に、 FDAは、水産食品に対して97年12月から導入されることとなってい
る新しいHACCPの規則を実施に移すため、 水産食品に係るFDA検査官を増員する。 
また、 商務省との協力の下、 商務省の実施している自主的水産食品検査事業をFD
Aの事業と統合することとしている。 

 第2に、 FDAは、 果汁および野菜ジュースの製造業者に対し、 HACCPを含む適切
な規則等の選択肢を提案し、HACCPによる衛生管理の考え方を果汁および野菜ジュ
ースの製造業にも拡充することとしている。 

 第3に、 FSISは、卵製品の製造業者に対し、 卵製品を対象にHACCPおよびその他
の規則等の選択肢を提案し、HACCPによる衛生管理の考え方を卵製品の製造業にも
拡充することとしている。 

 第4に、 最近の冷凍イチゴによる A型肝炎やレタスから見出された病原性大腸
菌O−157等に関連して、野菜・果実等の生鮮食品に関連した公衆衛生問題に対
する予防措置を見出し、 表明することとしている。 これらの措置は、 検査、 サン
プリングおよび分析方法を含む現行の生産および食品安全性確保対策を包括的に
検討することにより、 特定されることとなっている。 

 第5に、FDAは、 輸入食品が米国において使用されているのと同等の安全性確保
対策を用いて生産され、 かつ、 加工されることを確保するため、 自らの事業を、 
貿易相手国と追加相互承認合意を得るために用いてよいこととされている。 また、 
FDAは、輸入食品を含む食品の安全性を確保するため、 連邦・州政府間の連絡シス
テムを構築することとしている。 さらに、FDAおよびFSISは、 食中毒の原因となる
食品を生産した国に対して、 食品安全性確保のための技術的援助を行うこととし
ている。 

 なお、 FDAは、 長期的な課題として、 HACCPの原理を家畜用飼料などの他の食品
等にも適用するよう推進することとしている。 


 (2) 新検査法開発のための研究の拡充

 今日では、 食品や家畜用飼料に関連した病原菌の多くが特定されない状況とな
っており、 また、 加熱殺菌や低温保存等に対して耐性を持つ病原菌が生じてきて
いる。 

 このため、 本対策においては、 とくにこれまでに食中毒の原因となった食品を
中心として、 これらの食品からサルモネラ菌、 クリプトスポリジウム、 病原性大
腸菌O−157およびA型肝炎ウイルスなどの食中毒の病原微生物を見出すための、 
迅速かつ費用対効果の高い新検査法の開発、 および食品が消費者のもとに提供さ
れるまでの各段階におけるリスクを評価するための研究を増加することとしてい
る。 このため、 これらの病原を見出すための新しい検査機器の開発など、 重要な
研究需要に絞り、 1, 650万ドル (約19億円) の予算が措置されている。 

 また、 本対策においては、 食品保存技術や抗生物質に対して、 病原菌がどのよ
うにして耐性を獲得するのかなどを研究するとともに、 食肉、 家きん肉、 水産食
品、 野菜・果実等の生鮮食品および卵からの新しい汚染物質除去方法の開発など、 
食中毒の予防や病原菌の管理技術の向上を図ることとしている。 


(3) 全国早期警報システムの確立

 本対策においては、 食中毒の発生をより早く発見し、 素早く対応することがで
きるようにすることに加え、 将来における食中毒の発生を予防するのに必要なデ
ータを提供するため、 早期警報システムを確立することとしている。 

 本対策には、 1, 370万ドル (約16億円) の予算が計上されており、 USD
A、 FDAおよびCDCは、 早期警報システムの拠点を、現在の5カ所から8カ所に拡大
することとしている。 現在の5カ所は、 ノースカロライナ州、 オレゴン州、 ミネ
ソタ州、 ジョージア州およびコネチカット州にあるが、 本年中にニューヨーク州
とメリーランド州に、 さらに来年には、 場所は未定であるが8カ所目が開設され
る予定となっている。 

 これらの施設には、 疾病およびその原因を同定し、 見出された情報を早期に全
国に通知するための新しい技術が導入される。 具体的には、DNA指紋法を含む最新
の技術を用いて感染源を特定するとともに、 感染源を追跡調査するための疫学者
および食品安全性に係る専門家の増員が図られることとなっている。 

 また、 特定の疾病に関する監視活動を強化することとしており、 その具体的な
例として、 CDCでは、 A型肝炎について、 食品の汚染が原因となる割合を調査する
こととしている。 また、 FDAでは、 ガルフコースト(湾岸) 牡蠣のビブリオに関す
る監視を強化し、 一方、 CDCでは、 人間のビブリオに関する監視を強化する。 

 さらに、 CDCは、 早期警報拠点および州段階の衛生部局にDNA指紋法の技術を導
入し、 州政府とも早期に情報を共有できるようにするとともに、 他の州における
疾病の発生が同一の汚染源に由来するものであるかどうか即座に判断できるよう
にすることとしている。 

 なお、 本対策における調査事業の一環として、 USDA、 CDC、FDAおよびEPAはワー
キンググループを構成し、 家畜および家畜ふん尿中の病原菌の調査の実施方法に
ついて議論し、 99年には、 1つの病原菌に絞って調査を開始するとしている。 
長期的には、FDAは、 飼料の病原菌による汚染の実態および家畜の段階での病原菌
の削減管理対策の効果を確認するため、 家畜用飼料の製造段階における監視を強
化することとしている。 


 (4) 教育キャンペーンの実施

 食中毒は、 今なお米国中で発生し続けている。 それは、 食品の流通過程におけ
る個々の調理者や取扱業者が、 食中毒の危険性や食品の衛生的な取扱いに関する
情報を必ずしも十分に有していないからである。 きちんと手を洗い、 適切な温度
で調理するなど、 適切な食品の取扱方を理解し、 実践することにより、 食中毒の
発生は十分に減少させることができる。 

 本対策においては、 政府は、 民間部門との協力により、 家庭内および小売店に
おける食品の取扱方法を改善するため、 全国的なキャンペーンを実施することと
しており、USDAおよびFDAは、 本対策および他の教育的な活動を支援するため、 9
8年度の新基金から400万ドル (約4億6千万円) を提供することとしている。 

 その要点を挙げれば、 次のとおりとなる。 

 第1に、 FDA、 USDA、 CDCおよび教育省は、 食品産業、 消費者グループおよび州
政府とともに、 食品の安全性を確保するための大衆への注意喚起および教育キャ
ンペーンを実施する。 本対策では、 民間および公的機関からの合同資金を用いて、 
食品の安全性確保のための単一スローガン、 およびいくつかの標準的なメッセー
ジを開発、 普及、 評価することとしている。 これに対し、 業界は、 このような活
動を支援するため、 50万ドル (約5千8百万円) を提供する旨を約束しており、 
さらに資金を増額することを計画している。 

 第2に、 食品衛生の確保に関連する専門家および危険性の高いグループへの教
育の実施である。 具体的には、 医師に対する食中毒の診断および治療に関する高
度の教育、 生産者、 獣医師、 州および地方自治体食品衛生当局に対する適切な動
物用医薬品の取扱方およびHACCPの原理に関する教育努力の強化、小売および食品
サービス業者に対する安全な食品の取扱方に関する質の高い教育の実施、 さらに、 
肝臓病を患っている人々などの食中毒による被害の危険性の高いグループに対し
て、 例えばビブリオ菌を含んだ生の牡蠣を食べることによってどのような病気が
生じるかなど、 食中毒の防止に関する情報を提供することである。 

 なお、 獣医師および生産者に対する教育の改善については、 既存の協同組合普
及局等を通じて実施することとしている。 また、 大学等での獣医師および生産者
を対象とした教育において、 家畜および家畜ふん尿由来の食中毒病原微生物にも
注意を向けるよう奨励している。 

 第3に、 連邦政府と州政府による食品検査に係る協力関係の強化である。 具体
的には、 連邦政府と州政府 (とくにFDAと州の機関) との協力の下、 HACCPの効果
を高めるための重要なステップとして、 食品の検査対象の調整を集中的に行い、 
最も危険性の高い食品工場については、 少なくとも年1回は検査が行われるよう
にする。 

 なお、 本対策への参加者の協力の枠組みを規定している覚書によれば、 各参加
者は、 安全な食品の取扱方を普及させるため、 科学に基づく消費者重視のメッセ
ージを開発することとされている。 畜産関係団体では、 米国食肉協会(AMI) 、 全
国肉用牛生産者・牛肉協会 (NCBA) 、 米国卵ボード(AEB) などが、 本対策の資金
提供者となっている。 


 (5) 省庁の壁を越えた食中毒防止戦略の構築

 連邦政府レベルにおいては、 食品および水由来の疾病に対して、 USDA、 CDC、 F
DA、 およびEPAの4つの機関が対応している。 また、州政府および地方自治体の広
範な専門家などが、 疾病の発生の際に、 その対処に関わっている。 しかしながら、 
現行のシステムにおいては、 協調関係が不十分であり、 州間をまたぐ疾病の発生
に即座に対応できる体制とはなっていないことが指摘されている。 

 このため、 連邦政府は、 州間をまたぐ食中毒発生の際の対処法を改善するため、 
州政府および地方自治体間の食中毒発生対処協調委員会を設置することとしてい
る。 本委員会は、 食中毒発生の際にその対処に責任を有する、 各州政府および地
方自治体の代表者によって構成される。 なお、 食中毒が発生した際には、 州政府
の適切な機関が効率的に参加できるよう、 その方法を見直すこととされている。 

 また、 監視のためのインフラおよび州政府衛生当局間の協調を強化するため、 
USDA、 CDC、 FDA、およびEPAは、 食中毒発生の際に利用可能な州段階の機関を調査
し、 そのカタログを作成するとともに、 食中毒監視事業に対する財政面および技
術面での支援を行い、 さらに、 食中毒発生に係るよりよい研究を支援することと
している。 

表4 98年度食品安全性確保対策予算配分額

 資料:FDA他「A National Food Safety Initiative」
  注:省庁縦割りの予算表となっているので、本文中の数値とは必ずしも一致
    しない。


おわりに


 50ページにも及ぶ食品安全性確保対策に係るレポートでは、 政権の掲げる5
つの目標を達成するため、 FDA、USDA等がとるべき短期および中長期の数多くの対
策が詳細に報告されている。 したがって、 本報告では紹介しきれなかった部分も
多々あるが、 その概要については触れることができたものと思う。 

 ところで、 本対策に対する食品業界の反応は、 概して好意的なものであった。 
その背景のひとつは、 当初、 政権が業界に対して要請していた食肉検査に係る利
用料を、 本対策の中から落としているからであるといえよう。 これは、 食肉検査
に要するコストを、 食肉処理加工業者に負担させようとしていたものであり、 業
界はこれに対して大きく反発していたからである。 

 しかしながら、 それは一面の見方に過ぎないかもしれない。 その本質は、 むし
ろ、イギリスにおける牛海綿状脳症の問題や日本における病原性大腸菌O―157
による集団食中毒の発生、 さらには台湾における口蹄疫の発生やオランダにおけ
る豚コレラの発生が、 食肉の消費や生産に与える影響のあまりの大きさに、 業界
全体が改めて震撼しているからだといえよう。 

 本報告の中で触れた食品安全性確保対策の根幹となるHACCPについては、食肉処
理加工場の規模により3段階に分けて開始されることとなっている。 具体的には、 
大規模工場 (従業員数500名超) は98年1月26日から、 中小規模工場 (従
業員数10〜500名) は99年1月25日から、 小規模工場 (従業員数10名
未満または年間売上高250万ドル (約2億8千万円) 	
未満) は2000年1月25日から、 それぞれ実施されることになっており、 そ
の効果が現れるまでにはまだまだ時間がかかりそうである。 

 なお、 以上の対策のほか、 食肉および家きん肉の検査事業に対しては、別途、1, 
570万ドル (約18億円) が交付されることとなっている。 


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