海外駐在員レポート
シンガポール駐在員 伊藤憲一、外山高士
タイの鶏肉業界は、タイの主要な輸出品目である鶏肉が、他の主要な生産国で ある中国、ブラジル、米国などと比較して生産費の9割を占める割高な飼料価格 が生産コストを押し上げ、国際競争力を低下させているとして、政府に対して、 予ねてからトウモロコシ、大豆など飼料用原料となる穀物の輸入関税等の引き下 げもしくは撤廃を強く要望してきた。 タイ政府は、国内の飼料用穀物生産農家の保護を図りつつ、ガット・ウルグア イラウンド(UR)で合意した義務数値よりも、関税率を低く押さえ市場開放を積 極的に行うなど、難しい飼料輸入政策をこれまで実施し、国際競争力の強化とい った業界の要請に応えてきた。 このようなタイ政府の対応の中、97年7月に勃発した通貨危機を背景とした 緊縮98年政府予算が97年末に成立し、魚粉の輸入課徴金を廃止するなど、政 府による生産コストの引き下げ努力をアピールした98年の飼料輸入政策が発表 された。しかしながら、今回の措置は、歳入不足の改善を図るため、輸入課徴金 のみの引き下げにとどめざるを得ない財政事情が大きく影響し、小幅なものとな った。 そこで、今回は、タイ政府がURで合意した1995年以降の飼料輸入政策およ び98年の飼料輸入政策の概要について報告する。
タイの飼料用穀物は、他の作物との価格の競合により、その生産量が大きく増 減する。特に、トウモロコシとサトウキビの作付け面積の増減は、それらの価格 の動向に左右され、収穫量に影響するといわれている。93/94年のトウモロ コシの栽培面積は、前年比99%となったが、農家販売価格が同103%と堅調 に推移し、サトウキビよりも有利であったことから、翌年の栽培面積は、11% も増加した。また、堅調な価格および高収穫品種の改良などによる栽培面積の拡 大及び単位面積当たりの収穫量の増加により、生産量も順調に拡大した。しかし、 97/98年は、大規模に発生しているエルニーニョ現象が、例年4月もしくは 5月から始まる雨期に少雨をもたらしたことにより、タイ北部及び北東部の穀物 生産地域において干ばつが発生した。第1期作の成長に充分な雨が必要な時期に、 少雨であったため97/98年のトウモロコシの収穫量は、4.52百万トンの 予測に対し、15%少ない3.842百万トンの出来高となり、前年より0.6 91百万トン減少して、前年比15%の減収となった。 大豆の生産量は、他の作物と比較して価格が低いこと、米、トウモロコシより も栽培が難しく、食用となる1級品に比べ、飼料用となる2級品の価格が上昇し ていないため、年々栽培面積が縮小し生産量の減少を来たしている。不足分は、 輸入に依存しており、年々増加している。また、大豆ミールの生産量は、95年 以降、大幅に上昇し、97年は0.624百万トン、前年比17%の大幅な増加 になったが、畜産物の消費拡大による飼料需要の増加で、慢性的に不足を来たし、 かなりの部分を輸入大豆に依存している。 表1 タイ飼料用穀物の栽培面積および生産量の推移 資料:タイ農業統計局 注:1ライは、0.16ヘクタール
タイは、国内生産の不足分として、飼料用原料となる大豆、大豆ミール、トウ モロコシ、魚粉を、92年以降、飼料需要の減退した93年を除き、毎年百万ト ンを超える数量を輸入している。直近の輸入状況は、表−2のとおりである。主 原料となるトウモロコシ、大豆ミールの輸入量の伸びが、畜産物需要の拡大に伴 って増加している。特に、大豆ミールは、鶏肉生産の増加による需要の拡大、9 6年11月からの関税割当数量制限の撤廃、関税率の5%への引き下げなどの要 因で輸入数量が増加している。 一方、政府の需給見通しによると、飼料の需要は年々増加し、98年には前年 比3.8%増の11.9百万トンに達する見込みとなっている。このうち、トウ モロコシ、大豆ミールおよび魚粉の需要量は、それぞれ同1.6%増の4.7百 万トン、同3.9%増の1.5百万トンおよび同6%増の0.89百万トンと見 込まれ、不足分として、それぞれ0.55百万トン、0.81百万トンおよび0. 31百万トンの輸入を見込んでいる。 表2 直近におけるタイの飼料原料の輸入状況 資料:タイ関税局 注:97年は、速報値 表3 直近におけるタイの飼料原料の輸出状況 資料:タイ関税局
タイ政府は、UR合意により、1995年から2004年までの10年間で、対 象23農産物の関税を少なくとも10%以上、平均で24%切り下げるとともに、 国内補助および輸出補助金を削減することとなった。なお、UR合意以前、6%の 関税の他に輸入課徴金が課せられ、制度上は自由化されていた大豆ミール、トウ モロコシは、以前の関税等相当額よりも実質的に引き下げることを条件に、同品 目を関税割当てとすることで合意した。 このような条件の下で、タイ政府の飼料政策は、トウモロコシ、大豆、大豆ミ ールのみならず魚粉についても、国内生産農家の保護を念頭に置いた政策を講じ つつ、URで合意した数値より関税率などを低く押さえ、市場を前倒しで開放して きた。なお、関税割当内における輸入を行う場合には、タイ商業省の輸入申請が 必要となる。 表4 タイにおける飼料原料穀物のUR合意の内容 資料:タイ貿易省外国貿易局 (1)大豆(HSコード1201) UR合意実施(1995年)以前の大豆の輸入は、政府の輸入許可を必要として いた。合意直前の関税率は、6%または1kg当たり0.3バーツの輸入課徴金が 課せられていた。UR合意後の内容は、関税割当内の関税率(以下「一次関税率」 という。)は一律に20%で、一次関税率で輸入できる関税割当数量は、95年 の10,402トンから2004年には5%増加し、10,922トンとなって いる。関税割当外の関税率(以下「二次関税率」という。)は、95年の89% から2004年には9ポイント引き下げられ、80%へと低減するが、依然とし て高率なものとなっている(表−4参照)。 しかし、タイ政府は、実行に当たり一次関税率をかなり低く押さえ、市場開放 を積極的に行ってきた(表−5参照)。その内容は、URで合意した20%の一次 関税率を、初年度の95年には5%に引き下げ、さらに、96年11月には、国 内産保護のため、関税割当てを受けた者に国産大豆の買取りを義務付けた代償措 置として、関税率を0%とした。また、WTOと合意した95年の関税割当数量10, 402トンに対し278,947トンと20倍以上に拡大し、96年には426, 460トンに、さらに、96年11月1日以降は、一次関税率の0%への引き下 げと同時に、関税割当ての数量制限をも撤廃した。当初、これらの措置は、97 年1月1日から施行する予定であったが、大豆ミールの緊急輸入および政府によ る鶏肉輸出拡大対策を、早期に実施しなければならなかったことなどから、急き ょ繰り上げて96年11月1日から実施した。なお、実施に当たっては、後述の 大豆ミールと同様に、次の条件を課している。 ア.関税割当を受けた大豆製油業者は、工場渡しで8.5バーツ/kg、農家渡し で8バーツ/kgの価格で国産大豆(2級品)を全量購入しなければならない こと。 イ.関税割当を受けたア以外の者は、国産大豆(1級品)を8.5バーツ/kg以 上の価格で全量購入しなければならないこと。 なお、この関税割当ては、大豆製油業者、食品加工業者、飼料製造業者の3者 が受けていた。また、関税割当外(上記3者以外の者または関税割当数量を超え て輸入する場合)の二次関税率は、95年が88.1%、96年が87.2%、 97年が86.3%と高率の関税になっている。 表5 タイ飼料原料の輸入課徴金の推移(1991年〜1994年) 資料:タイ商業省 注:輸入課徴金の他に、各品目とも6%の関税が課せられている。 (2)大豆ミール(HSコード2304) UR合意以前の大豆ミールの輸入は自由化されており、合意直前の関税率等は、 6%の関税に加え、トン当たり1,210バーツの輸入課徴金が課せられていた。 UR合意後の内容は、一次関税率が一律に20%、一次関税率で輸入できる関税 割当数量は、95年が219,580トン、2004年には5%増加して230, 559トンとなっている。二次関税率は、95年が148%、2004年には1 5ポイント引き下げて133%に低減する。 しかし、実行ベースにおいては、20%で合意した一次関税率が95年に15 %、また、96年11月1日には10%に引き下げられたが、国際価格の高騰に よる生産コストの抑制および国際市場における鶏肉の競争力の早期回復を図るた め、97年5月から更に5%引き下げて5%とした。また、関税割当数量は、9 5年の219,580トンの合意数量に対し、約3倍の650,000トンに拡 大した。さらに、96年11月1日以降は、関税割当ての数量制限が大豆と同様 に撤廃された。 なお、これまでの関税割当業者は、農業団体、飼料製造業者、倉庫業者団体お よび過去に輸入実績のあった者となっていたが、96年11月1日以降は、政府 の指定した下記の養豚業者協会ほか6団体(以下、「指定団体」という。)とな った。また、指定団体は、上記の関税割当数量制限の撤廃および関税率を15% から10%への引き下げの代償として、国産品を保護する観点から、大豆製油工 場から生産される国内産大豆ミールの全量を、8.5バーツ/kg(バンコクにお ける工場渡し)で買い入れることとなった。 なお、関税割当外(指定団体以外の者または割当数量を超えて輸入する場合) で輸入する場合の二次関税率は、119%の高関税率となっている。ただし、WT O加盟国等以外から輸入する場合は、6%の関税にトン当たり2,519バーツの 輸入課徴金を加算した額が課せられた。 指定団体名 1)養豚業者協会 2)養鶏振興協会 3)ブロイラー加工輸出業者協会 4)ブロイラー輸出生産者協会 5)アヒル取引輸出業者協会 6)飼料業者協会 7)大豆ミール輸入・流通協会 (3)トウモロコシ(HSコード1005.90) WTOとの合意以前のトウモロコシの輸入については、大豆ミール同様、自由化さ れており、合意直前の関税率等は、6%の関税に加えWTO加盟国等から輸入する場 合にはトン当たり180バーツ、それ以外の国からはトン当たり1,000バー ツの輸入課徴金が課せられていた。 UR合意後の内容は、一次関税率が一律に20%となっている。また、関税割当 ての数量は、95年が52,096トン、2004年には5%増加し54,70 0トンとなっている。二次関税率は、95年が81%、2004年には8ポイン ト引き下げ73%に低減する。また、二次関税率の他に、トン当たり380バー ツの輸入課徴金が課せられている。 しかし、実行ベースにおいては、20%の一次関税率が95年には7.5%、 96年は3%、さらに97年には次のとおりとなった。 ア.国内産トウモロコシ1kg当たりの価格が、4.5バーツ以上の場合は、UR合 意を超えた前倒しの市場開放政策により、0%の関税率で無制限に輸入を行う ことができる。 イ.同価格が4.5バーツを下回り、3.8バーツ以上の場合は、UR合意による 輸入数量および関税率を、輸入トウモロコシに適用する。 ウ.輸入できる期間は、国内産の端境期に当たる3月26日から6月30日、7 月29日から8月31日までとする。 エ.同価格が3.8バーツを下回る場合は、政府は、価格支持対策を講じる。 なお、実行ベースの関税割当数量は、95年が400,000トン、96年が 550,000トン、97年が350,000トンとなっている。なお、この関 税割当数量を超え、WTO加盟国等からの輸入の場合は、95年が80.2%、96 年が79.4%、97年が78.6%の二次関税率に、トン当たり180バーツ の輸入課徴金が、また、それ以外の国からの輸入の場合は、6%の関税にトン当 たり1,000バーツの輸入課徴金が課せられる。 なお、昨年、政府は、下記の団体を輸入業者として指定し、トウモロコシの関 税割当てを行った。 政府が指定した団体名 1)養豚業者協会 2)養鶏振興協会 3)ブロイラー加工輸出業者協会 4)ブロイラー輸出生産者協会 5)アヒル取引輸出業者協会 6)飼料業者協会 (4)魚粉(HSコード2301.20) UR合意以前の魚粉(たんぱく質含有量が60%以上のもの)の輸入は、大豆ミ ール、トウモロコシ同様、自由化されており、合意直前の関税率等は、6%の関 税に加え、トン当たり2,400バーツの輸入課徴金が課せられていた。 95年以降の魚粉の輸入については、URでの取り決めはないが、95、96年 には、前年の6%関税およびトン当たり2,400バーツの輸入課徴金が、6% の関税は据え置かれるものの、トン当たり2,400バーツの輸入課徴金は減額 され、1,400バーツとなった。しかし、97年には、輸入課徴金がトン当た り1,400バーツから同350バーツに引き下げられる代償として、6%であ った関税が15%に引き上げられ、実質的な関税等の引き下げは見送られた 表6 タイにおける飼料輸入の実行政策 資料:タイ商業省
タイの飼料用原料の輸入価格は、通貨バーツの為替相場制度が管理フロート制 に移行した昨年7月以降、大きく上昇している。このため、タイ政府は、窮地に 陥っている畜産業および飼料製造業の救済を図るため、基本的には、96年11 月1日から実施した97年飼料輸入政策を踏襲した次の98年の飼料輸入政策を 公表した。当政策の実施期間は、98年1月1日から12月31日までとなって おり、その概要は次のとおりとなっている。 (1)大豆 昨年と同様に、関税率は0%であるが、関税割当を受けた者による国産大豆の 買取価格は、工場渡しで昨年の8.5バーツ/kgから11バーツ/kgへ、農家渡 しで昨年の8バーツ/kgから10バーツ/kgへと引き上げられる。 (2)大豆ミール 昨年と同様に、関税率は5%であるが、関税割当を受けた者による国産大豆ミ ールの買い取り価格は、工場渡しで昨年の8.5バーツ/kgから11バーツ/kg へと引き上げられる。 (3)トウモロコシ ア.国内需要に不足を来すため、30万トンの輸入割当てを行う。その数量で不 足を来す場合には追加割当を行う。 イ.関税率は、関税割当内は0%。関税割当外で輸入を行う場合には、UR合意に 基づく77.8%の関税に加え、トン当たり180バーツの輸入課徴金を課す。 ウ.輸入期間は、3月1日から6月末日まで。なお、同期間前後に、15日間の 猶予期間を設定。 (4)魚粉 ア.トン当たり350バーツの輸入課徴金の廃止。 イ.昨年、輸入課徴金をトン当たり1,400バーツから350バーツに引き下 げる代償として、輸入関税を6%から15%に引き上げた60%以上のたんぱ く質を含有する魚粉の関税率は、課徴金を廃止したことから据え置き。 98年輸入飼料の関税等は、当初、大豆ミールおよび魚粉の関税が引下げまた は廃止されるものと見込まれていたが、長引く通貨バーツの下落の影響による輸 入の減少のため、歳入不足を危ぐする大蔵省と国内生産農家の保護を唱える農業 協同組合省が、関税の引き下げにより製造等コストの低減を主張する商業省を押 さえ込み決着した。
最近、タイの鶏肉は、中国、ブラジルなどの鶏肉輸出国に対し、通貨の下落に より競争力がつき始め、輸出数量が増加している。 また、タイの鶏肉業界は、97年末に香港で発生した新型インフルエンザによ る鶏肉消費減退が、タイにとって少なからぬ影響はあるものの、大きなダメージ は受けておらず、むしろ、競争相手国である中国のイメージの低下により、EUが 中国産鶏肉の輸入解禁を更に遅らせるとともに、他の鶏肉輸入国においても、タ イ産鶏肉の見直しにも繋がるものと見ている。タイの鶏肉業界では、今が一層の 競争力を強化するための絶好の機会と捉えている。 しかし、業界では、政府が公表した98年飼料輸入政策には、いまだ国内生産 者保護の名目で、高率な二次関税及び輸入課徴金が残存しており、これが今後の 鶏肉などの輸出拡大を阻害するとして、これらの引き下げもしくは撤廃を求めて、 タイ政府に要求していくものと見られる。 タイ政府は、回復しつつある輸出競争力のさらなる強化と、国内生産者を保護 しつつ国内生産の拡大を図るため、昨年同様、98年においても新たな飼料輸入 政策が打ち出される可能性が大きい。
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