海外駐在員レポート
シンガポール駐在員事務所 外山高士、伊藤憲一
マレーシアをはじめとする東南アジア諸国では、近年の急速な経済成長を背景 として、畜産物の消費量が増加傾向で推移してきた。しかしながら、昨年、タイ の通貨バーツの下落に端を発した通貨危機は、東南アジア全体を巻き込む経済危 機へと発展し、各国で政治・経済の混乱を発生させることとなった。こうした中、 多くの品目を輸入している東南アジア各国では物価の急激な上昇に悩まされてい るが、食料品をはじめとする生活必需品の価格高騰は、国民の暴動により大統領 の交代劇にまで発展したインドネシアの例を見るまでもなく、各国政府において 回避しなければならない緊急の課題となっている。 そこで、今回のレポートでは、マレーシアにおいて、生活必需品の価格高騰抑 制に成果を上げている価格・供給統制制度(Prices & Supplies Controlled Sys tem)について紹介したい。
同国では、生活必需品の安定的供給を図るため「1961年供給統制法」に基づく 物品(以下、「供給統制品」という)を22品目指定しており、そのうち、13品目 について特に価格の安定を図る必要があることから「1946年価格統制法」に基づ く物品(以下、「価格統制品」という)に指定している。同国では、この2種類 の統制品により価格制度を実施しており、畜産物の多くがこれらの統制品に指定 されている。なお、これらの法律を所管している政府機関は国内取引・消費者行 政省であるが、畜産物に関しては、農業省の意見も反映されることとなっている。 「1946年価格統制法」は、価格統制品の品質、価格などを明確に表示させ、消 費者が購入の際に、価格の比較材料に利用できることを目的として制定されてい る。 この法律では、 (1)製造者は容器詰めされている価格統制品について、製造者の名前、住所、 商品の重量、価格などの指定された表示を行うこと (2)小売業者は価格統制品には値段表を付けること (3)粉ミルクと食用油の製造者はラベルに小売価格を表示すること (4)小売業者は価格統制品を政府の指定する価格で販売すること などが定められており、これに違反した場合、最低で 1 万 5 千リンギ(約46万 5千円、 1 リンギ=約31円)の罰金、もしくは2年の懲役が科せられることとな っている。 「1961年供給統制法」は、供給統制品を、消費者が手ごろな価格で容易に入手 できることを目的として制定されている。 この法律では、 (1)品不足を発生させる目的で供給統制品を買いだめしてはならない (2)取り扱いに政府の許可が必要な供給統制品を、許可を受けずに売買しては ならない。また許可証は見えるところに表示しなければならない (3)製造者は供給統制品の取引を帳簿に記載し、正確な在庫の報告を行わなけ ればならない。また、供給統制品を製造する機械の能力を過小に報告した り、製造休止時間を偽って報告してはならない (4)供給統制品の販売を拒否してはならない などが決められており、これに違反した場合、最低で5千リンギの罰金、もしく は 2 年の懲役が科せられることとなっている。 これらの法律は、本来、製造者や流通業者などによる不当な搾取や価格のつり 上げを防止し、消費者の手ごろな価格での商品入手を可能にする目的で制定され た。特に、価格統制法が制定された1946年は、イギリスからの分離独立直後で、 道路などの基盤整備や開発がほとんど進んでいなかった。当時は、農村部に多く の人が住んでおり、地域に小売店が1軒という状況も珍しくなく、流通業者の買 い占めなどによる価格上昇防止と消費者への安定供給を図るため、これらの法律 が必要となっていたものである。現在、スーパーマーケットや都市郊外型量販店 の進出などにより、小売段階の競争が激化したため、制定当初の目的は薄らいだ ものの、現在では、流通業者の収入の安定やインフレの抑制という新しい目的が 重要になってきている。 表 1 マレーシアの価格制度における供給統制品目 供給統制品は、表1に示したとおりである。これらの品目の中には、生産、製 造、販売に政府の許可が必要なもの、価格統制品となっているものがあり、それ ぞれ○印で表示した。また、この他に、季節的に需要が高まるものについて、期 間を限定して供給統制品に指定されているものがあり、現在、フェスティバル・ シーズンの供給統制品が25品目指定されている(表2)。マレーシアは、多民族 ・多宗教国家であるため、多くの宗教にまつわるお祭りが行われているが、これ らの多くは、それぞれの暦に基づいて行われているため、毎年開催期間が変わる。 ちなみに、昨年のフェスティバル・シーズンは97年10月 1 日から98年 6 月10日 までであり、今年も98年10月1日から終了日は未定であるが、フェスティバルシ ーズンが予定されている。 また、政府は、供給統制品については常に需給状況の調査を実施しており、流 通業者による買い占めなどの不正が行われていないかどうかを監視している。 表 2 フェスティバル・シーズンの供給統制品目 価格統制品は、供給統制品として製造、入荷、販売に係る帳簿を備え付けるほ か、低所得者においても入手可能な価格での販売が必要な品目として、政府によ って小売価格など(以下、「統制価格」という)が決められ、その価格での販売 が義務づけられている。また、価格統制品のうち、輸出規制をしているものがあ る。これは、統制価格が行政的な価格であることから、近隣諸国との間に大幅な 価格差を生じることがあり、近隣諸国での価格高騰時に、大量流出による品不足 の発生を防止するためのものである。実際に97年12月には、通貨危機により同国 の通貨リンギが大幅な下落をしたのに対して、隣国シンガポールの通貨ドルの下 落幅が小さかったことから、価格統制品の多くをシンガポール人が購入し自国に 持ち帰ったことで、マレーシア国内に供給不足を発生させる事態が生じた結果、 この輸出規制を98年1月から発動している。なお、この規制は、小売販売された もので、個人で使用するものや手荷物として持ち出すものを対象としており、工 業用原材料として輸出されるものについては、その契約書などの販売を証明する 書類を添えて同国政府に申請すれば、輸出可能となっている。 この輸出規制は、現在に至るまで実施され続けており、当初は小麦粉、食用油、 砂糖はそれぞれ2kgまで、加糖練乳は2缶まで、ディーゼル油は20リットルまで の持ち出し許可数量を規定していたが、98年10月23日から小麦粉、食用油、砂糖、 加糖練乳の許可数量を撤廃し、全面的な輸出禁止となっている。 統制価格は、すべて政府によって決定されるが、政府は、生産者、製造者、卸 売業者、小売業者などの代表者による協議会を開催し、生産にかかる経費や製造 原料の価格動向、為替レートの動向、各流通段階における収益率などの状況を考 慮して決定している。統制価格の公表は、閣議での決定後速やかに行われ、この 価格での販売を行わなければ、許可の取り消しのほか、それぞれの法律に基づく 罰則を適用されることとなっている。
牛乳および乳製品については、72年 1月から、無糖及び加糖練乳が価格統制品、 全粉乳、牛乳が供給統制品に指定されており、またすべてのタイプのチーズとバ ターがフェスティバル・シーズンにおける供給統制品に指定されている(表2)。 また、表1のとおり、練乳は輸出規制品目となっている。なお、練乳には脱脂乳 にパーム油などの植物性油脂を混合した乳製品(いわゆる脂肪置換練乳)から製 造されたものも含まれる。 練乳、特に加糖練乳は、同国ではコーヒーや紅茶に入れて飲まれるほか、ケー キなどの家庭で作られるお菓子の材料として強い需要がある。また、同国に古く から住み、あまり裕福ではないマレー人の多くが飲料に加糖練乳を入れて飲むこ とを好むことから、粉乳や飲用乳ではなく練乳を価格統制の対象品目としている。 マレーシアにおいては、消費される牛乳および乳製品のうち、9割以上が輸入 品となっている。このため、供給統制品のほとんどが輸入された粉乳や、バター などから作られている。同国内には、これらを製造する乳業メーカーが12社あり、 これらのメーカーにより供給統制品を含む牛乳および乳製品が、輸入、製造、販 売されている。なお、脂肪置換乳製品には、価格が最も安い国産のパーム油を使 用している。 一方、量は非常に少ないが、国内で生産された生乳は、政府機関の一つである 集乳センターを通じて、上記の12の乳業メーカーに買い取られるものと、国内で 伝統的に行われている行商人などを通じた殺菌処理の後、消費者に販売されるも のの2通りの経路で流通している。これらの生乳は飲用牛乳として販売されてお り、集乳センターを通じて流通しているものの比率が約60%を占めているが、行 商人による買い取り価格の方が高値であることから、その比率は伸びていない。 表 3 マレーシアにおける牛乳の需給と価格の推移 資料:マレーシア国内取引消費者行政省 注 1 :生産量は推計値で、97年は予測値である。 注 2 :農家販売価格は集乳センター買い取り価格の平均である。 なお、同国の生乳生産量、輸入量、平均農家販売価格および全脂練乳と脂肪置 換練乳の統制価格の推移は表3のとおりである。練乳の統制価格の改定は、乳業 メーカーより価格引き上げに関する申請が政府に対して提出された後、政府内で の価格見直しを行うこととなっている。
(1)価格統制品指定の経緯 鶏及び鶏肉は、96年1月15日から、1961年供給統制法に基づく1996年供給統制 命令により、供給統制品に指定されており、その取り扱いには飼養者、卸売業者、 小売業者別の政府の許可が必要となっている。また、生きた鶏とと体中抜きにつ いては、価格統制品に指定されている(表 1 )。 それ以前には、フェスティバル・シーズンのみの統制品に指定されていたが、 95年3月から5月、特に旧正月の1ヵ月後に行われたイスラム教のお祭り(Aidi lfitri)にかけて、鶏肉の供給不足が発生した。これは、95年に入り、鶏肉が供 給過剰気味であったため、生産者が大幅な減産を実施したことと、当時は鶏肉の 冷蔵保存技術が高くなかったため、この供給不足に対応できる在庫が、ほとんど 手当てできなかったことが原因であるとされている。こうしたことから、鶏肉の 価格が高騰した結果、鶏肉の供給の安定を求める声が大きくなり、供給統制品と して指定されることとなった。 生きた鶏とと体中抜きの統制価格の決定は、国内取引・消費者行政省と農業省 に委託されているが、両省は、生産者、卸売業者などの代表者で構成される協議 会を開催し、生産コストや流通マージンなど統制価格の引き上げもしくは引き下 げに係る意見を聞き決定している。また、統制価格の改定は、生産者や流通業者 からの改定要望を受けて、両省がその必要があると判断した際にこの協議会を開 催しており、定期的には改定されていない。 (2)価格統制制度の改正 同国政府は、98年2月からこれまでの統制価格方式を一部変更した。すなわち、 これまでは小売り段階において統制価格を決定し、その価格での販売を義務づけ ていたが、農家販売価格、卸売価格、小売価格それぞれに上限価格を決定し、こ の価格以下で販売させることとした。なお、価格を上回って販売するときには、 政府に理由書などを付けて申請することとなっている。 現在の統制価格は98年 3 月23日に決定されたもので、 1 キログラム当たりの 生きた鶏の農家販売価格は3.50リンギ、生きた鶏の卸売価格は4.00リンギ、と体 の卸売価格は4.40リンギ、生きた鶏の小売価格は4.50リンギ、内臓を含むと体の 小売価格は5.40リンギ、と体中抜きの小売価格は6.05リンギとなっており、卸売 業者や小売業者などの流通業者のマージンも考慮された価格となっている。
卵、鶏肉以外の食肉、練乳、全粉乳および牛乳以外の乳製品など多くの畜産物 は、フェスティバル・シーズンのみの供給統制品に指定されている。 卵と豚肉については、生産量の多くをシンガポールに輸出しており、国内需要 を満たす生産力はあるものの、逆に、輸出価格の上昇により国内向け出荷が減少 し、価格が上昇するなど輸出動向による価格変動の可能性をはらんでいる。この ため、生産者は組織的に生産調整などを行い、小売価格の急騰・暴落を防止して いる。また、牛肉はその供給源のほとんどをインドや米国、豪州などからの輸入 によって賄っていることから、小売価格は輸入価格に大きな影響を受ける。この ため、政府は輸入業者との協議会を定期的に開催し、市場動向についての意見を 聞いている。 このため、鶏卵については、98年5月に価格の高騰から価格統制品の指定とな る動きが見られたものの、現在のところ、卵や鶏肉以外の食肉、練乳、全粉乳お よび牛乳以外の乳製品などの畜産物は価格統制品、供給統制品に指定されていな い。
供給統制品および価格統制品は生活必需品であることから、消費者に対し、直 接的あるいは間接的に経済的影響を与えるものである。特に、価格統制品に指定 されている鶏肉や練乳などの食料品は、同国において消費者物価指数(CPI)を上 昇させる要因の過半を占めていることから、これらの価格の上昇は、直接インフ レに結びつくこととなる。98年 8 月までのCPIにおいても、全体では対前年比で 5.2ポイントしか上昇していないのに対し、食料品は8.9ポイントも上昇しており、 CPIに占める食料品のウェイトの高さを示している。 同国において畜産業は、インテグレーターによる小規模農家の吸収が盛んに行 われるなど、発展途上にある産業である。政府は、基本的には自由な市場取引に 任せ、この制度による価格上昇の抑制は積極的には行っていない。しかしながら、 同国で消費される畜産物の中には、輸入品も多く含まれていることから、通貨の 下落による価格の上昇が既に見られている。さらにラ・ニーニャ現象による洪水 の発生にみられる、自然災害などのような生産量を減少させる新たな要因が発生 した場合、畜産物の価格高騰という事態は容易に発生する状況となっているだけ に、生活必需品の価格安定を図ることで、この制度はインフレ抑制の面からもそ の効果が期待されている。
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