海外駐在員レポート 

キングアイランドにみる牛肉のブランド化

シドニー事務所 鈴木 稔、 藤島博康



はじめに


 わが国の小売店で見かける牛肉の多くは、 産地名などを中心にさまざなブラン
ド名を冠して販売されているが、 豪州国内では、 そのような例は、 ごく一部の専
門店を除いてほとんど見当たらない。 豪州の牛肉売場でよく見かける宣伝文句は、 
「Budget」 や 「Quality」 など抽象的なものが多く、 固有の名称で販売される牛肉
はブランド数、 流通量ともに非常に限られている。 

 豪州の牛肉は、 品種、 産地、 季節などにより品質がかなり異なる可能性がある
ため、 同一のと畜加工業者から供給される小売店舗であっても、 日によって肉質
の斉一性が保てず、 これが消費者の信頼を損なっているともいわれる。 肉質の斉
一性に関しては、 今後全国的な取り組みとして食味保証制度(EQA)と呼ばれる「お
いしさ」 を基準とした牛肉格付けが導入される予定であり、 豪州国内市場におけ
る牛肉の高品質化、 ブランド化に対する概念も大きく変化する可能性もある。 

 今回紹介する 「キングアイランド・ビーフ」 は、 ブランド化された数少ない牛
肉の一つである。 キングアイランドそのものは、 豪州大陸の南端に位置する小島
の地名であり、「キングアイランド・ビーフ」 とは、 この島で生産、 と畜加工され
た牛肉のことを指す。 今回は、 条件不利地域ともいえるような小島で生産される
牛肉が、 何故、 広く全土で肉牛が生産される豪州で最もよく知られる牛肉となっ
たのかをレポートし、 畜産物のブランド化の一成功例としてこれを考察してみた
い。 


1  「キングアイランド・ビーフ」 の生産現場


 (1) キングアイランド

 キングアイランドは、 メルボルンよりプロペラ機で約50分、 タスマニア北西
部に位置する、 南北58km、 東西21kmにわたる小島である。 ほぼ百年ほど前か
ら農家による入植がはじまったが、 二度にわたる世界大戦後の帰還軍人に対する
入植政策が弾みとなり、 ユーカリの雑木林が放牧地へと開墾されるにつれて、 島
の経済も大きく発展した。 近年は観光地としても知れられているが、 島の主な産
業は、 農業、 漁業、 鉱業などであり、 農業の中でも、 肉牛、 酪農、 羊といった土
地利用型の畜産が大きな比重を占めている。 

 特に、 キングアイランドの名前は牛肉以上に、 高品質なチーズの産地としてよ
り広く知られており、 この島で生産されるブリーやカマンベールは高い市場評価
を得ている。 


 (2) 温暖な気候と緑豊かな大地

 関係者に 「キングアイランド・ビーフ」 の特性について簡略に語ってもらった
ところ、 「クリーン(な島で)、 グリーン(な牧草によって)、 フリー(安全に肥育)」 
とのことであった。 この言葉に象徴されるように、 「キングアイランド・ビーフ」 
の品質形成に、 最も大きな影響を与えているのは島の自然環境といえる。 最高気
温の月別平均は2月が最も高く20.6度、また最低気温の月別平均では8月の7.
8度が最も低い。 月別の降雨量も1月の34.9mmを最低とし7月の最高124.
9mmまで比較的安定しており、 年間を通じた降雨量は903mmに上る。 

 ニューサウスウェールズ州とクインズランド州におけるそれぞれの代表的な肉
牛生産地の一つである、 ワガワガとロングリーチの気象項目を表―1に示したが、 
キングアイランド島がこれらの地域と比較して寒暖の差も少なく、 降雨量も年間
を通じて一定水準以上であることが分かる。 

 豪州の他地域では、 草地のコンディションが季節や天候に大きく左右され、 肉
牛の肥育にも少なからぬ影響を与えているが、 キングアイランド島の牧草地では
年間を通じて豊富な青草が確保される。 関係者の話では、 牧草の生育状態が最も
良くなる春先から夏場にかけての期間は、 穀物肥育を凌ぐ増体を示す肉牛もみら
れるそうである。 また、 温暖な気候と安定した飼料供給により、 牛への種々のス
トレスは他の地域よりもはるかに少なく、 増体や肉質に好影響を与えているとの
ことであった。 

表−1 キングアイランドの気候

 資料:豪州気象局


 (3) 離島の特徴を生かした牛肉生産

 公表されている資料がないため正確な牛飼養頭数は不明であるが、 関係者の話
では、 近年は7万6千頭から8万頭程度で、 このうち約4分の1が乳用牛、 残り
が肉用牛として飼養されている。 

 四方を海で囲まれた比較的平坦地で、 潮風にさらされた牧草をふんだんに食ん
で成長した牛の肉は、 独特の風味があるとされる。 また、 島だけに自生する牧草
が何種類かあり、 これらが総合的に肉質に影響を与えているとされる。 この点は、 
高品質羊肉として有名なフランスの 「アニョー・ド・プレサレ」 と同様であり、 
こちらも潮風に強い牧草で肥育されることにより、 肉に独特の風味あるとし、 珍
重されている。 どちらも科学的に明確に説明されていないと思われるが、 汐風に
は特殊な効力があるようだ。 

 独特の風味の他には、 穏やかな気候の下、 特段のストレスもなく成長すること
によって肉質はやわらかく仕上がるという特徴があるとされる。 


2  「キングアイランド・ビーフ」 にみる豪州における牛肉ブランド化


 (1) 定義と規格

 歴史の浅い豪州では、 ヨーロッパにみられるような厳格な原産地呼称制度のよ
うなものはない。 「キングアイランド・ビーフ」 についても、島内で肥育、 と畜加
工された牛肉という以外は、 特に規格らしきものはなく、 結局のところ島に唯一
所在する民間と畜業者の販売商標にすぎない。 しかしながら、 肉牛生産段階から
の 「キングアイランド・ビーフ」 としての特色を整理すると、 1)島内で肥育、 と
畜部分肉加工された牛肉、 2)未経産または去勢雄牛 (経産牛および雄牛を除く)、 
3)英国種またはその交雑種、 などがあげられる。 

 品種については、 以前は、 英国種のみならず、 ヨーロッパ種とその雑種と多岐
にわたっていた。 しかし、 7年前に、 品質の斉一性を高めることを目的に、 と畜
場側から英国種に統一するよう肉牛生産者に働きかけた結果、 島内で生産される
肉牛はアンガスやヘレフォードなど英国種とその雑種に限定されるようになった
もので、 英国種のみを選別して 「キングアイランド・ビーフ」 としているわけで
はない。 

 これに加えて、 最近の消費者のニーズに応えるために、 肉牛への薬剤やホルモ
ン投与を厳格に管理する方向にある。 関係者によると、 数年後を目標に、 島内で
生産される肉牛のすべてについて、 安全性が確認できる体制を整備中とのことだ
った。 

 なお、 このと畜場では乳用牛もと畜しているが、 ほぼすべて加工原料用牛肉と
して販売しており、  「キングアイランド・ビーフ」 とは明確に区別されている。 


 (2) と畜業者の販売戦略と量販店での販売状況

  「キングアイランド・ビーフ」 が豪州国内市場で広く認知されるにあたっては、 
と畜業者の販売戦略、 またこれに応える生産者の努力によるところが大きい。 

 と畜業者ではブランドを前面に押し出した販売を目指しており、 以前は部分肉
収納箱にキングアイランドのロゴラベルを添付していただけのものを、 7年前に
箱に直接印刷する方式に変え、 需要者への認知度をより高めるよう工夫している。 
さらに6年前には、 部分肉の包装資材にもキングアイランドのロゴを入れ、 ブラ
ンド化路線を鮮明に打ち出している。 なお、 偽もの対策については、 現在のとこ
ろ被害もなく、 何の対策も講じていないとのことだったが、 箱、 包装資材へのロ
ゴ印刷はこのような点からも大きな役割を果たしているものと思われる。 

 部分肉の販売先は、 これまで卸を中心とし、 食肉専門店もしくはレストランに
限られていたが、 今年7月に豪州でも最大手の量販店と販売契約を結び、 需要を
一気に拡大させた。 この際に、 豪州で極端に需要の落ちるバラ肉を除くフルセッ
トでの取引きに成功しており、 販売面での効率を大きく高めている。 この量販店
での販売は、 現在のところ高所得層の割合が高い地域に限定されているが、 豪州
の量販店で見られるブランド化された牛肉としては唯一の例といえる。 

 以下にスーパーマーケットにおける 「キングアイランド・ビーフ」 の小売価格
を示した。 この店舗でみられる 「キングアイランド・ビーフ」 については、 脂肪
がほとんど除去されるなど他の牛肉に比べ歩留まりが非常に高いことや、 エイジ
ング期間を28日としていることなどから、 単純には比較できないが、 同店舗で
販売される通常の牛肉2)との比較では10〜20%以上も上回る価格設定となっ
ている。 

 小売価格を比較するにあたっては、 歩留まりなどの製品規格、 小売店の立地条
件などいろいろな要因があって単純には比較できないものの、「キングアイランド・
ビーフ」 は豪州小売部門にて単位当たりで最も価値の高い牧草肥育牛肉の一つと
いえるだろう。 

表−2 量販店における「キングアイランド・ビーフ」の小売価格(ドル/キロ)

 注:Aは隣接する棚にある無ブランド牛肉、Bは同区域にある食肉専門店での
   小売価格

表−3 デパート食品専門店における「キングアイランド・ビーフ」の小売価格
    (ドル/キロ)

 注:AはDデパートから最も近い食肉専門店での小売価格


 (3) 生産者とと畜業者が協力してブランド化

 と畜業者が前述のような販売戦略を打ち出す一方で、肉牛生産者サイドでも、先
に述べたとおり、 英国種への切り替えや、 安全性を重視した生産体制の移行など
に全面的に協力し、 と畜業者と一体となって 「キングアイランド・ビーフ」 のブ
ランド化を実現している。 と畜業者から肉牛生産者への支払は枝肉での一定評価
に基づいており、 市場のニーズを反映した牛肉の生産を目指しつつ、 生産者にも
利益がもたらされる仕組みとなっている。 また、 大手量販店との提携にあたって
も、 生産者、 と畜業者、 小売店舗、 それぞれの代表者会議も持たれるなど、 と畜
業者が中心となり、 スムーズな市場戦略が行えるよう肉牛の生産現場から販売店
舗まで一体となった体制が形づくられている。 


 (4) 生産コスト面の条件は不利

  「キングアイランド・ビーフ」 は豪州で最も単価の高い牧草肥育牛肉の一つで
あるが、 その一方で、 同島での牛肉生産コストは豪州の平均を上回っていると推
測される。 肉牛生産に要する経費をみても、 草地改善のためのりん酸肥料は10
5ドル/トン、 機械燃料である軽油は20セント/リットル、 それぞれビクトリ
ア州よりも余分に支払わなければならない。 島までの輸送経費に加え、 多くのも
のが売り手市場であることなどから、 生活用必需品も含め島内の物資は豪州本土
よりも総じて高く価格設定されている。 ちなみに、 シドニーやメルボルンで1ケ
ース (24本) 当たり24ドルのビールが、 キングアイランドでは32ドルもす
るそうだ。 

 また、 と畜場経営をみると、 1日当たりのと畜能力は110〜150頭ほどで
あり、 輸出認定施設の中ではかなり小規模なものといえる。 数倍から十倍以上も
ある豪州の他の輸出認定施設と比較した場合は、 生産効率も低く、 単位当たりの
牛肉加工処理コストも決して安いものではないだろう。 これに加え、 島からの輸
送は週1便配船されるメルボルン行き (所要時間約9時間) に限定されており、 
販売価格を引き上げる一因となっている。 

 生産コストのみを考えれば、 キングアイランドは肉牛生産の適地といえず、 む
しろ条件不利地域ともいえる。 条件不利地域であるが故に、 肉牛生産者、 と畜加
工業者ともに協力しあってより価値の高い牛肉生産に向かわざるを得なかったと
いう側面もあったのではないだろうか。 生産者、 と畜業者は、 それぞれは独立し
た存在でありながら、 実際は肉牛生産から牛肉販売まで統合された関係にあり、 
協同組合、 もしくは企業による牛肉インテグレーションに近い関係にあるといえ
る。 

 少しでも高く肉牛を売りたい生産者と、 逆に少しでも安く買いたいと畜業者の
関係は、 肉牛価格をめぐり、 時には対立関係に陥ることも多いが、 キングアイラ
ンドでは四方を海で囲まれ物理的に隔離されていたことによって、 肉牛生産者と
と畜加工業者とは親密な関係を築くことができたのではないだろうか。 


3 豪州における牛肉ブランド化の課題


(1) と畜加工業者は生産効率を優先

 豪州の肉牛生産は、 ノーザンテリトリーやクインズランド州北部など北部熱帯
地域から南はタスマニア州まで広く分布しており、 地域の気象条件に応じて、 肉
牛の品種も、 インド系熱帯種から、 ヨーロッパ系や英国系の純粋種を基本に多様
な交雑種で構成されている。 また、 牧草肥育、 穀物肥育という飼養管理の違い、 
また同じ牧草肥育であっても、 地域によって草地環境が大きく異なることから、 
一口に豪州の牛肉といっても、 外観、 風味、 触感などその品質もかなりの幅があ
る。 

 しかしながら、 これらの肉牛生産段階での違いを生かし 「キングアイランド・
ビーフ」 のように特定の地名やロゴの下で販売されるブランド化牛肉は、 種類も
少ない上に、 ごく一部のレストランやデパートの高級食材部門などでしか見かけ
ることはなかった。 

 この一つの理由として、 と畜処理場の肉牛集荷が広範囲にわたることがあげら
れるだろう。 家畜商や生体市場を通じたと畜牛の集荷は時には州境を跨ぎ、 ビク
トリア州の牛がクインズランド州のと畜処理施設でと畜されることも珍しくない。 
このため、 特定の品種や地域に限定した牛肉生産は、 市場での価格的な保証がな
い限り、 と畜場の経営面からみて非効率なものといえる。 この点、「キングアイラ
ンド・ビーフ」 の場合、 離島という物理的に制約されていたことが幸いし、 安定
した品質の牛肉生産を可能にしている。 

 一方、 消費者サイドからみると、 日本とは異なり豪州における牛肉は日々の食
品としての性格が強く、 消費者もこれまでは肉質より価格を重視する傾向があっ
たいえる。 一見して経産牛とみられる牛肉を恒常的に格安で販売している量販店
もあり、 高品質な、 あるいは他の製品と区別した牛肉のブランド化ができ難い消
費環境にあったともいえる。 

 また、 生産される牛肉の6割以上が輸出に向けられる豪州では、 数量の多い輸
出に販売戦略の目が向けられ、 国内向けの戦略が手薄になっていた面もある。 


 (2) 求められるのは第一に肉質の斉一性

 現在、 豪州でみられるブランド牛肉の主なものとしては、 豪州フィードロット
協会により運営され穀物肥育牛肉を対象とした 「フェデレーションプライム」、そ
れぞれの品種登録団体によって運営され血統を限定した 「ヘレフォードプライム」 
や「ブラックアンガス」、 ごく最近、 特定地域の生産者による組合組織で設立され
た 「バリントン・ビーフ」 などが挙げられる。 

 これらは、 穀物肥育という安定した飼養形態や、 品種という面から肉牛を限定
し、 品質のばらつきを極力押さえようとしたものである。 また、 豪州でも食品売
上げで最大手の量販店は牛肉販売強化のために穀物肥育牛を取り扱うことを表明
しているが、 これも穀物肥育により飼養形態を制限 (管理) することによっても
たらされる安定した品質の牛肉調達が目的とされている。 

 近年の豪州国内での牛肉消費の低下には、 消費者の健康指向もさることながら、 
牛肉の品質が不安定であることが消費者の牛肉離れの一因となっていると反省す
る声もある。 

 このため、 現在の豪州牛肉市場で求められていることとは、 まずは肉質の斉一
性であり、「キングアイランド・ビーフ」 にしても肉質の斉一性が最も重要な要素
と見受けられた。 「キングアイランド・ビーフ」を販売するデパートの食肉専門店
でも、 安定した品質が顧客のリピート率の高さにつながっているとの声が聞かれ
た。 


おわりに


 食肉製品のブランド化は大きく二つに大別できる。 一つは、 米国の食鳥産業に
代表されるような、 企業により生産から販売まで垂直統合されたものであり、 こ
の場合は多くが企業名そのものをブランド名としており、 企業名が消費者にとっ
て品質の証となっている。 もう一つはヨーロッパの産地呼称制度にみられるよう
な、 歴史と伝統に裏打ちされ、 どちらかといえば、 生産者組合などの形式で特定
地域の生産者が母体となり、 地縁的な要素がブランドを決定付ける重要なものと
なっている。 

  「キングアイランド・ビーフ」 については、 どちらかといえば経営体の名称で
はなく、 地縁的な要素がブランド名を決定づけているという意味で、 後者の要素
が強いが、 地域の不利な生産条件をセールスポイントに変えるようなオリジナリ
ティと、 ストーリーが同ブランドを支えていると感じられた。 

 不利な生産条件とは見方を変えると、 他の地域と異なる特殊性とみることもで
きるので、 ブランド化にあたっては、 このような逆転の発想も必要なのではない
だろうか。 不利な生産条件を独自性と解釈し、 小さな島で生産者とと畜加工業者
が手に手を携えて努力してきたことが、「キングアイランド・ビーフ」 のブランド
化の成功をもたらしたと言えようが、 このキングアイランドのサクセス・ストー
リーは、 わが国の畜産関係者にとっても将来の生産のあり方を考える上で、 参考
になるのではないだろうか。


元のページに戻る