海外駐在員レポート 

インドネシアの牛肉産業の現状

シンガポール事務所 伊藤憲一、 外山高士



はじめに


 インドネシアは、 面積190.5万平方キロメートル、 人口約2億人で、うち約
9割がイスラム教徒の国である。 東南アジア最大の国である同国は、 1965年
のスハルト政権誕生以来、 安定した政治により、 着実に経済成長を続け、 199
6年においても経済成長率7.6%と高成長を継続している。 畜産物の需要も、こ
の高い経済成長率を背景にした国民所得の向上に伴って、 近年順調に増大してい
る。 

 しかしながら、 畜産物の国内生産は需要の急速な増大に追いついておらず、 牛
肉のみならず肥育素牛の輸入量も、 急激に増加をしている状況となっている。 ま
た、 最近のタイバーツの下落に始まった東南アジアの通貨不安は、 インドネシア
の通貨ルピアに波及 (98年1月現在、 100ルピア=約1.8円)し、 輸入品の
価格が高騰するという状況になり、 輸入牛肉および肥育素牛の価格が上昇するな
ど、 牛肉産業においても構造的な変化が出始めている。 

 そこで、 今回は、 インドネシアの牛肉産業を取り巻く最近の状況について、 同
国のフィードロット牧場、 と畜場、 およびスーパーマーケットを訪問し取材した
ことを含めてレポートする。 


インドネシアの肉牛事情


―飼養頭数―

 インドネシアにおける家畜の飼養頭数は、 近年増加傾向で推移しており、 肉牛
については、 日本の約4倍で、 96年現在、 1,177万頭 (対前年比2.08%
増) となっている。 また、97年の推定値についても1,216万頭と対前年比3.
32%増となっている。 これらの多くは、 ジャワ島及びスマトラ島で飼育されて
おり、 農耕用使役牛や乳牛の廃用牛を肉用として利用している。 最近では、 牛肉
生産に力を入れるようになったことから、 企業牧場等による肥育が行われるよう
になり、 オーストラリア等から肥育素牛を輸入して肥育を行っているところもあ
る。 

 また、 同国においては、 水牛は一般に農耕作業用として広く飼養されており、 
廃用後はと畜されて食肉として売られている。 飼養頭数は、 97年の推定で32
4万頭、 対前年比3.0%増とやや増加している。 なお、小売市場によっては、 牛
肉と水牛肉を区別しないで売っているところもあり、 牛肉の中に水牛肉が含まれ
ることもある。 (図1) 

◇図1:インドネシアにおける肉牛の飼養頭数の推移◇


―消費量―

 同国における食肉の消費量は、 近年急激に増加している。 96年の牛肉消費量
は、 36万トン (対前年比9.8%増)、 豚肉同18万トン (対前年比1.3%増)、 
鶏肉同91万トン(対前年比10.2%増) であった。 同国ではイスラム教徒の比
率が約9割に達するため、 豚肉の消費量が少なく、 かつ増加がほぼ横這いである
のに対して、牛肉、鶏肉は国民所得の向上を反映して増加傾向で推移している。 こ
れは、 国民一人当たりの消費量においても同様の傾向が見られる。 牛肉、 鶏肉の
一人当たり消費量は、96年においてそれぞれ1.48kg(対前年比8.0%増) と
3.04kg (対前年比18.8%増)となっているが、 豚肉は0.67kgで前年と同
水準にとどまった。 また、 牛肉の92年の一人当たり消費量は、0.99kgであっ
たので、 わずか4年で1.5倍になったことになる。 しかし、日本の一人当たり消
費量 (96年度7.7kg) と比べると、 1/5にも満たないことを考えると、牛肉
は一般庶民にとってはぜいたく品にとどまっていると思われる。 

 なお、 水牛肉は、 飼養頭数がほぼ横ばいで推移していることから、 消費量も横
這いで推移しており、 96年は、 47.5千トン(対前年比3.0%増)、 一人当た
り消費量0.2kg (対前年比5.3%増) となっている。  (図2、 図3) 

◇図2:インドネシアにおける食肉消費量◇

◇図3:インドネシアにおける一人当たり消費量◇


―輸入量―

 同国における牛肉の輸入量は、消費量の増加に伴って、 急激に増加している。9
6年の輸入量は、 8万7千トンで対前年比6.1%増となっている。 これを、94
年の2万5千トンと比べると約3.5倍、93年の1万4千トンと比べると約6倍
と急激に増加している。 これらは豪州、 ニュージーランド、 及び米国から輸入さ
れており、 特に豪州からは地理的な優位性もあって多く輸入されている。 

 しかし、 最近の通貨不安によりインドネシアの通貨ルピアが下落したことから、 
その輸入量は減少している。  (表1、 2) 

表1 インドネシアにおける牛肉の需給

 資料:インドネシア農業省、統計局
  注:輸入量は、HSコード0102.90-100、0201.30-000、0202.30-000の合計
    である。

表2 インドネシアにおける水牛肉の需給

 資料:インドネシア農業省、統計局


フィードロット牧場


 インドネシアのフィードロット牧場は、 スマトラ島の東地域であるランポン州、 
および西ジャワ州を中心としたジャワ島の一部で主に行われている。 これらの牧
場は、 いずれもオーストラリアから肥育素牛を輸入して数ヶ月間肥育して出荷す
る形態をとっている。 

 訪問したフィードロット牧場は西ジャワ州にあり、 インドネシアの首都ジャカ
ルタから車で約2時間の山間地に所在していた。 同牧場の牛肉は、 ジャカルタ市
内においても 「カリヤナ・プライム・ビーフ」 という商品名で販売されている高
級の部類に入る牛肉である。 

 同牧場では、13棟の肥育牛舎に、 約6,000頭の肥育牛を飼養しており、 従
業員は約100名である。 肥育されている牛は、 ほとんどオーストラリアからの
輸入牛で、暑さに耐えられるゼブー系の熱帯種との交雑種であるため、背中に 「こ
ぶ」 が見られた。 肥育牛は牛舎の中で飼養されており、 牛舎は、 木材を利用した
簡素なもので、 申し訳程度に屋根がついているといったものであった。 同牧場の
見た感じの印象は、 牛舎があることから、 豪州や米国の巨大な屋外フィードロッ
トというよりも、 日本の肥育農家を大きくしたという感じであった。 

 同牧場では、 350kg程度の素牛を輸入し、 90日間で450kg以上に肥育し
て出荷する(DGは約1.2kg) システムとなっている。 出荷先は、 ジャカルタ市内
の業者が多いが、 すべて生体で同牧場から買い取られる。 飼料は、 場内で一部生
産している粗飼料 (キンググラス) と、 場内で自家配合しているキャッサバ粉を
主体とした濃厚飼料を給与している。 また、 糞は堆肥場で発酵させて、 近隣の農
家やジャカルタ市内に肥料として販売している。 

 同牧場のマネージャーによると、 最近の通貨不安により、 インドネシアの通貨
ルピアが下落し、 オーストラリアからの輸入素牛の価格が上昇しているが、 肥育
牛の販売価格は上昇しておらず、 経営的には厳しい局面を迎えているとのことで
ある。 また、 将来的には、 素牛購入価格を抑えるため、 近隣の酪農家から雄子牛
を購入して肥育することを計画しているとのことであった。 なお、 インドネシア
の貿易統計によると、96年の肥育素牛の輸入は、 全頭オーストラリアからで、2
05,108頭輸入されており、 平均CIF価格は、 約126万4千ルピア (US$5
61.31) であった。 現在の輸入肥育素牛の正確な輸入CIF価格については統計
がないものの、 報道等によると昨年と比較して、 3〜4割程度上昇しているとの
ことである。 


と畜場


 インドネシアのと畜場は、 通常、 朝から開かれる市場に間に合わせるため、 主
として夜中から早朝にかけて作業を行い、 枝肉にして市場に搬入され、 その日の
うちに販売される。 このため、 ほとんどのと畜場で冷蔵施設を持っていない。 ま
た、 と畜方法は、 イスラムの教えに従ったと畜方法を採ることから、 日本の手法
とは若干異なる。 

 訪問したと畜場は、 ジャカルタ市の外れ (中心地から車で1時間) にあり、 か
なりわかりにくい所にある。 訪れたのが午後4時過ぎということもあり、 処理さ
れた枝肉はほとんどなかったが、 と畜はまだ行われていた。 

 同場は、 ジャカルタの中でも最も大きいと畜場の一つで、 1時間当たり50頭、 
1日600頭を処理することができる。 敷地面積は8haあり、 従業員は300人
である。 冷蔵施設を持っていない同場では、 敷地面積の多くを占めるのが係留場
で、 訪問したとき、 6棟ある係留場はこれからと畜される予定の牛で一杯になっ
ていた。 10月の処理頭数は1日平均564頭となっており、 季節的にはイスラ
ム教のお祭りのある1月がもっとも多く、 1日平均680頭処理している。 宗教
の関係上、 豚のと畜は行っておらず牛のみのと畜であるが、 日本でもっとも大き
い所の処理頭数が、 1日300〜400頭であることを考慮すると、 かなり規模
の大きいと畜場であることがわかる。 

 場内は、 天井レール方式によるつり下げ式になっており、 背割りのこや移動式
作業台等、 かなり設備の整った所であった。 また、 冷却施設がないため、 処理さ
れた枝肉はそのまま搬出されていく構造となっている。 訪問時に、 小売業者が枝
肉の搬出にきていたが、 枝肉を四分体に分割して、 冷蔵保存車にベタ積みして運
搬していた。 なお、 同場の処理工程は、 1)放血→2)頭部、 四肢切除→3)開腹、 内
臓除去→4)剥皮→5)背割り→6)搬出となっている。 場内の照明はうす暗く、 冷却
のため水を頻繁に使用するせいか、 床にはあちらこちらに水たまりのようになっ
ている所があり、 かなり手狭な作りになっている印象を受けた。 また、 体重、 枝
肉重量等の測定、 記録は行っていなかった。 


スーパーマーケット


 訪問したスーパーマーケットは、 地元の資本による店で、 ジャカルタ市内の住
宅地の中にあり、 午前10時過ぎであったせいか多くの買い物客で賑わっていた。 

 同店は、 2階建てになっており、 1階はスーパーマーケット、 2階は喫茶店及
び土産物屋となっており、 一般的なスーパーマーケットといえる。 

 同店のフロアーマネージャーの説明によると、1日当たり約2,000人の来客
があり、 一人当たり平均約80,000ルピアの買い物をしていくそうである。ま
た、 客層は約9割がジャカルタに住んでいる外国人、 1割が地元の人とかなり偏
った客層となっている。 従業員数は340人で、 うち食肉のカット及び販売を担
当しているものが20人いる。 食肉の販売は、 冷凍肉はブロック販売で、 冷蔵肉
はすべてショーケースによる対面販売方式である。食肉の販売は、牛肉60%、 豚
肉20%、 鶏肉その他20%で、 1日に50〜60kg売れる。 また、 牛肉のうち
輸入物の占める割合は4割以下で、 国内産の割合が多い。 仕入れ先は、 すべて系
列の卸売業者となっており、 すべての商品について納入前に品質検査を実施して
いる。 また、 この卸売業者は、 ソーセージの加工工場他総菜加工場も持っており、 
加工食品もこの業者から納入されている。 

 牛肉については、 直接取引をしているニュージーランドからの輸入物を除いて、 
この卸売業者から納入しているが、 米国産の冷蔵牛肉については、 価格が高すぎ
て扱いきれないことから、 また豪州産の冷凍牛肉は、 同国産の冷蔵牛肉が十分安
い価格で販売できることから、 それぞれ取り扱いを行っていない。 ちなみに米国
産の冷蔵牛肉の卸売価格を尋ねたところ、 同国産冷凍牛肉の2倍以上するとのこ
とであった。 

 取り扱っている牛肉の部位別価格は、 表のとおりであるが、 ロイン系は米国産
が高く、 バラ系はニュージーランド産が高く、 国内産は輸入物の半額程度である。 
最近の通貨不安によりインドネシアの通貨ルピアが下落していることに関して同
マネージャーに質問したところ、 小売価格を上昇させると売り上げが極端に減少
するので、 儲けを削って対応しているとのことであった。 ちなみに、 同店の平均
マージンは、 通貨下落前は40%程度であったものが、 現在では20%程度にな
っているそうである。 (表3) 

表3 インドネシアの牛肉小売価格

 資料:現地調査による。
 為替レート:100ルピア=約1.8円


おわりに


 インドネシアの牛肉産業は、 高い経済成長率を背景にした国民所得の向上に伴
って、 順調に増大しているものの、 輸入に依存している需給構造から、 通貨不安
によるルピアの低下から、 需要の伸び率に鈍下が見られている。 しかしながら、 
国内の生産体制は、 日本をはじめとする諸外国の技術援助により、 徐々に整備さ
れつつあり、 生産量も増加傾向にある。 一時的に成長の伸びが鈍下しているもの
の、 今後とも、 この高い経済成長率が続くと予想されており、 牛肉の消費も伸び
続けることが予想される。 この消費量の増加を、 いかに国内生産でカバーしてい
くが大いに注目されるところである。



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