海外駐在員レポート 

米国の環境規制と生産地域の移動 ―養豚を中心として―

デンバー事務所 本郷秀毅、 藤野哲也



1 はじめに


 近年、 マスメディアは、 連日のように地球環境に関する問題を取り上げ、 やや
センセーショナルな報道を続けている。 エルニーニョ現象、 地球温暖化、 異常気
象、 オゾン層の破壊、 紫外線の増加、 酸性雨、 野生動植物の減少、 等々等々、 数
え上げればきりがない。 

 このような報道は、 国の内外を問わず、 人々の環境問題に対する関心を高めさ
せることとなっている。 とりわけ民間の活動家の豊富な米国においては、 環境問
題の活動家の動きも活発である。 環境問題の活動家の関心は、 地球全体の環境問
題に限らず、 一般住民をも巻き込み、 水質や悪臭などの地域に密着した問題にも
向けられている。 

 この結果、 環境規制は年々厳しくなってきており、 畜産経営体、 とりわけ環境
規制のターゲットにされがちな養豚経営体は、 様々な環境規制への対処を余儀な
くされている。 

 今月は、 米国の連邦および州政府による環境規制の概要、 並びに、 現在政府段
階で取り組まれている課題を概説するとともに、 このような規制等が、 養豚を中
心とした畜産の生産地域の移動にどのような影響を与え、 また与えようとしてい
るのか、 いくつかの資料を基にその概要を報告する。 


2 連邦、 州および地方政府における環境規制の構造


 (1) 連邦政府段階ではEPAが所管

 連邦政府が本格的に環境問題と取り組むこととなったのは、 1973年に環境
保護庁(EPA) が設立されて以後のことになる。 したがって、 環境問題は、 以前か
ら連邦政府よりも州政府が中心となって対処されてきた経緯がある。 

 連邦政府は、 米国の水と空気の質を守るための、 いわば各州のガイドラインと
なるような包括的な法律を制定し、 その一環として一定規模以上の畜産経営をも
規制している。 具体的には、 後述する水質保全法(Clean Water Act) や大気汚染
防止法(Clean Air Act) などがそれである。 このうち、 畜産経営にとくに影響が
大きいのは、 水質の保全に関する法律である。 


(2) 環境規制は西部に比べ東部の州の方が厳しい

 また、 州政府は、 連邦政府の法律を基準として、 一般にそれ以上に厳しい基準
を設け、 州内の環境規制を行っている。 誤解を恐れずにあえて単純化していえば、 
東部の各州においては連邦政府よりも厳しい環境規制を行い、 沿岸部を除く西部
の各州においては、 連邦政府の設けた基準並みないしはそれよりやや厳しい環境
規制を行っているといって大きな間違いはないであろう。 東部の各州が厳しい環
境規制を行っているのは、 人口密度が高いことや、 現に環境問題が多発している
ことなどがその背景にあるものと思われる。 それに対し西部の各州が相対的に緩
やかな環境規制を行っているのは、 一般に人口密度が低く、 乾燥した気候でもあ
るため、 環境問題が発生しにくいことなどが背景にあるものと思われる。 


(3) 最も厳しいのは住民に密着した地方政府の規制

 さらに、 州段階の下に郡政府 (一般に市町村よりやや大きな行政単位) 等があ
り、 州政府よりもさらに厳しい環境規制を行っている。 畜産経営体が農地取得や
畜舎の設置等の投資を行う場合には、 一般に郡政府等からの様々な許可が必要で
ある。 郡政府等は地域住民の意向に密着した行政を行わざるを得ないため、 しば
しば企業的な大規模畜産経営体の投資を許可しない場合がある。 

 政府による環境規制を要約すれば、 連邦政府よりも州政府が、 州政府よりも地
方政府がより厳しい規制を行っているといえよう。 


3 連邦政府による環境規制法


 (1) 水質保全法

1) 概要

ア. 地下水は規制対象外

 水質保全法は、 米国内の水系への公害物質の排出を規制するため、 72年に制
定され、 77年に改正されている。 EPAは、産業ベースでの排出物基準や、 地表水
について、 すべての汚染物質に係る水質基準を定めている。 水質保全法では、 法
に基づく許可が得られていない場合、 工場などの点源汚染源 (発生源を特定でき
る汚染源) からの流水域への汚染物質の排出は違法とされている。 なお、 連邦法
である水質保全法においては、 地下水は規制の対象となっていないため、 州政府
が地下水に関する規制を行っている。 

イ. 点源汚染源として1, 000家畜単位以上の畜産経営体を規制

 また、 水質保全法では、 1, 000家畜単位以上の大規模畜産経営体 〔Conc
entrated Animal Feeding Operation:CAFO;ペンあるいは畜舎内で家畜を飼養し、 
自然な状態で育つ牧草以外の補助的飼料を給与している経営体 (Confined Anima
l Feeding Operation) のうち、 1,000家畜単位以上の経営体〕 を点源汚染
源として指定することにより、 畜産に直接的な影響を与えている。 点源汚染源と
して指定された大規模畜産経営体は、 全国公害排出排除システム(NPDES) に基づ
く許可証を得るよう求められている。これらの許可証および州政府や地方政府(市
は、 水質保全法に係る権限を州政府から委任されていない場合が多いので、 地方
政府といった場合、 ほぼ郡政府と同義。 以下同じ。 ) により設定された基準では、 
排出物の許容量や組成、 基準値達成までのスケジュールを特定している。 しかし
ながら、 現在のところ、 すべての大規模畜産経営体が許可証をもっているわけで
はない。 

 なお、 大規模畜産経営体 (CAFO:1,000家畜単位以上) の定義は、 畜種別
にみると以下のとおりである。 

・55ポンド (約25kg) 以上の豚2, 500頭以上
・肥育牛1, 000頭以上
・乳用成牛700頭以上
・採卵鶏およびブロイラー30, 000羽以上

ウ. 1, 000家畜単位以下の畜産経営も非点源汚染源として規制

 EPAは、 ほとんどの場合、 NPDESに基づく許可証の発行を州政府に委任している。 
また、 州政府および地方政府の計画においては、 非点源汚染源 (発生源を特定で
きない汚染源) とされる1,000家畜単位以下の経営体に対しては、 最良管理
作業(BMP:Best Management Practices) を実践することを求めているため、 実質
的に、 ほとんどすべての畜産経営体が水質保全法の規制を受けることになる。 な
お、BMPの例としては、 畜産経営に伴って生じる汚水の流出をできる限り抑制する
ための作業の励行や畜舎施設の改築等のほか、 ふん尿および土壌の検査、 冬季に
おける家畜ふん尿の散布の中止等がある。 

 許可証が発行されると、 ふん尿管理または汚染防止計画が要求される。 水質保
全法は、 25年に一度の24時間続く暴風雨に見舞われた場合を除き、 いかなる
環境下においても、 家畜ふん尿等の廃棄物または処理済み廃水が米国の地表水に
放出されることを禁止している。 同計画においては、 廃棄物 (固形物および廃水) 
の管理および貯蔵に重点が置かれている。 また、 同計画は、 州政府または地方政
府が規則を施行している全国の40の州において管理されており、 それ以外の州
においては、 EPAが直接管理を行っている。 

2) 水質保全対策による規制の強化

 EPAは97年10月、 水質保全法25周年記念式典を開催するとともに、同法に
よるより効果的な水質の改善を目指した包括的な行動計画として、 ゴア副大統領
により、 11の柱からなる水質保全対策 (Clean Water Initiative) の骨子が発
表された。 これらの中には、 農業を対象としたものもあるので、 関連部分を以下
に列挙する。 

・EPAは、窒素およびリンの主要汚染源を分析するとともに、 これを解決するため
 の行動計画を策定する。 また、 窒素およびリンを含む流去水に対する水質基準
 制度の実施を、 2000年までに前倒しする。 

・EPAは、特定の汚染流去水に対する新しい基準作りを促進する。 とくに、 汚染流
 去水を産出する畜産経営体に対する新しい戦略づくりを促進する。 また、 暴風
 雨によってあふれ出した汚染流去水に係る最終規則を99年3月31日までに
 策定する。 

・全国海洋環境局(NOAA) およびEPAは、 98年6月30日までに、 29の沿岸州
 に対して、 非点源汚染管理計画を策定させ、 州政府は99年12月31日まで
 にこれを承認する。 これらの計画の中には、農家に対して特別のBMPを実施する
 よう求めるものもある。 

・2005年までに、 10万エーカー (約4万ha) の湿地帯を確保する戦略を策
 定する。 また、 農業からの流去水による水質汚染を防止するため、 USDAによる
 緩衝地帯造成計画と合わせ、 2002年までに、 流水域等に2百万マイル (約
 320万km) にわたる緩衝地帯を造成する (注:USDAによれば、 5百万〜1千
 万エーカーに相当) 。 

・USDAは、 1,000の問題流域の農家が、 汚染流去水を減少させることにより、 
 適用される基準をクリアするために必要な技術および資金援助が得られるよう、
 その戦略を構築する。 

 なお、 以上の骨子に基づき、EPAおよびUSDAは、 120日以内にゴア副大統領に
対して、 上記行動計画を提出することとされている。 


(2) 1990年沿岸地帯法再権限付与修正法

・300家畜単位以上の経営体は許可が必要

 1990年沿岸地帯法再権限付与修正法 (Coastal Zones Act Reauthorizatio
n Amendments of 1990) においては、 沿岸または5大湖沿岸の29の州に対
して、 水質保全法以上の厳しい規制を課している。 これらの州については、 NPDE
Sに基づく許可証の発行は、300家畜単位以上の畜産経営体にまで対象基準が引
き下げられている。 それ以下の飼養規模の経営体に対しては、 家畜ふん尿等の廃
棄物の流出が最小限にとどまるよう、BMPを実践するよう求めている。 また、 廃棄
物の処理を自己所有地以外の土地に行う経営体は、 栄養分管理計画の提出が求め
られている。 

 なお、  「300家畜単位以上」 を畜種別にみると以下のとおりである。 

・55ポンド (約25kg) 以上の豚750頭以上
・肥育牛300頭以上
・乳用成牛200頭以上
・採卵鶏およびブロイラー9, 000羽以上


 (3) 安全飲用水法

・飲用水源としての地下水を保護

 安全飲用水法(Safe drinking Water Act) は、 飲用水に係る品質等の基準を設
定している。 また、 同法に基づく水源保護計画では、 飲用水として用いられる地
下水を、 農薬や肥料などの化学物質、 その他の事故による汚染から守ることが規
定されている。 本計画は、 土壌の使用管理およびその他の予防的措置が地下水の
汚染を防止するとの概念に基づいており、 現在、43の州の計画がEPAの承認を得
ている。 


 (4) その他の水質関連環境規制

 以上のほか、EPAが管理するプログラムとして、 包括的州地下水保護計画、 全国
河口計画、 湖沼保全計画や、 各州独自で制定している法律などがある。 これらの
法律においても、 水質の保全を目的として、 家畜ふん尿の流出を厳しく規制して
いる。 


(5) 大気汚染防止法

1) 概要

 大気汚染防止法は、 工場からの汚染物質や自動車からの排気ガス等の排出によ
る大気汚染の防止を目的として、70年に制定された。 EPAは、 大気汚染環境基準 
(NAAQS) により、 硫黄酸化物 (SOX) 、 窒素酸化物 (NOX) 、 二酸化炭素 (CO2)、 
浮遊粒子状物質 (PM) などの6つの排出基準を定めている。 

 90年の法改正では、酸性雨やオゾン層の保護および大気汚染の防止のため、大
幅な改正が行われ、 各州は、 独自のプログラムを作成し、 大気汚染の防止に努め
ることとなり、 そのガイドラインが連邦法である本法律に示されている。 

2) 90年改正
 90年法改正においては、 モントリオール議定書(オゾン層保護条約議定書)に
基づき、 フロンの全廃等を図ることが規定されたほか、 本法律の円滑な執行を支
持するため、 違反者に対して20万ドルを上限とする罰金を課すことができるこ
ととされた。 また、 市民による監視体制の強化が図られるなど、 全体として、 市
民運動の活発化を背景として、 環境規制の強化が図られたといえる。 

3) 97年改正 (審議中) 
ア. オゾンおよびPM規制の強化
 今回の法改正のポイントは、 オゾン (スモッグ) およびPM規制の強化の2点で
ある。 
 第1のオゾンについては、 現行の1時間当たり0. 12ppm (8時間当たりで
は0. 09ppmに相当) から、 8時間当たり0. 08ppmとする。 ただし、 現行
基準値を達成できない地域については、 従来どおりの基準値を用い、 旧基準値を
達成後、 新基準値を達成することとされている。 EPAは、2000年までに未達成
地域を指定するとともに、 州政府は、 2003年までに実行計画を確立すること
とされている。 なお、 基準値達成目標は、 未達成地域指定から10年後 (最大2
年まで延長が可能) とされている。 
 第2のPMについては、 10ミクロンのPMについて24時間当たり150マイク
ログラム/立方メートルから、 2.5ミクロンのPMについて65マイクログラム
/立方メートルへ、 また、 年間では50マイクログラム/立方メートルから15
マイクログラム/立方メートルへとそれぞれ規制を強化する。 EPAは、99年まで
にグレー地域を指定し、 2002〜5年には未達成地域を指定する。 未達成地域
は3年以内に改善計画を作成し、 基準値達成目標は、 未達成地域指定から10年
後 (最大2年まで延長が可能) とされている。 

イ. 農業団体は反発

 このようなEPAによる法改正の提案に対して、 とりわけPM2.5 (ミクロン)に
係る改正案については、 科学的根拠が乏しいとして、 産業界からの反発が強い。 
加えて、 このような環境規制の強化に対処するためのコスト増加により、 経済に
与える影響は極めて大きいとして、 各州からも反対の意見が表明されている。 

 農業分野においても、 PM2. 5に対しては反発を強めている。 このため、30
を超す農業団体が合同で、 同法案による基準値の適用実施を延期する法案の議会
通過を要求している。 農業団体等によれば、 延期を求めている理由は、 浮遊粒子
状物質によって生じる大気汚染、 とりわけ浮遊粒子状物質の放出に対する農業の
役割について、 十分な科学的研究が必要であるとしている。 また、 規制の強化に
よりトラクター等の燃料費の値上がりを招くと見込まれることも、 農業団体が反
対に動いている理由の1つである。 

 このような農業団体等からの反発に対して、EPAは、 今回の規制の目的は、 発電
所や大規模な工場などからの浮遊粒子状物質の排出を規制することを狙ったもの
であり、 耕耘による土埃、 家畜ふん尿からのアンモニアの放出、 あるいは農場内
での農業資材等の焼却によって生じる浮遊粒子状物質の排出を規制しようとする
ものではない旨を強調している。 

 しかしながら、 ボブ・スミス下院農業委員長は、「EPAがなんと説明しようと、州
政府段階で農業を規制する規則が導入されるかもしれない。 したがって、EPAは農
業に影響を与えないと保証することはできない。 」 としており、EPAと農業サイド
との議論は、 依然、 平行線をたどっている。 

4) 悪臭は規制対象外

 米国では、 近年、 近隣住民や環境問題活動家からの苦情により、 悪臭問題に関
連した訴訟が増加しているため、 畜産経営体にとって大気汚染防止法の重要性は
ますます高まっている。 しかしながら、 大気汚染防止法は、 浮遊粒子状物質に関
する規制は行っても、 悪臭については科学的に数値化できないため、 規制を行っ
ていない実態にある。 

 このため、 環境問題に対してセンシティブな州や郡においては、 住宅地から一
定の距離以内のところには畜舎建設を認めないといったゾーニング (流水域等か
ら一定の距離内における畜産経営等の規制) の概念を取り入れ、 実質的に悪臭の
規制を行うという手法を講じている。 


4 州段階における水質規制の概要


(1) ほとんどの州において水質を規制

 州段階では、 44の州において、 直接的または間接的に水質の保全を目的とし
た法律やプログラムを導入している。 これらの法律等は、 農業からの非点源汚染
の発生に関連した規制を通じて、 農業生産の様々な側面に影響を与えている。 州
段階の法律の中には、 水質保全法等の連邦法に応じて制定されたものもあれば、 
硝酸塩や地下水の農薬による汚染などの慢性的な問題に対処して制定されたもの
もある。 

 水質問題に対しては、 州ごとに様々な取り組みがなされている。 方法論的に分
類すれば、 土壌への投入規制、 土地の使用方法に関する規制、 補助金の活用など
による経済的な誘導、 教育プログラムの実施などである。 

 以下では、 州段階における水質規制について、 対象・方法や水質改善のための
技術基準の設定等の観点から、 これらを横断的にみていくこととする。 


(2) 規制の方法または対象

1) 栄養分管理計画

 16の州においては、 栄養分管理計画が要求されている。 このような計画が要
求されるのは、 主に地下水汚染の影響を受けている地域である。 

 農業経営からの栄養分は、 次の3つの経路をたどって水資源に入り込むものと
考えられている。 第1に、 雨水や灌漑用水による流去水に運ばれて、 第2に、 浸
食された土壌に吸収された状態で流出して、 第3に、 地下水に直接浸透してであ
る。 そこで、 連邦および州政府は、 農業からの非点源汚染を減少させるための様
々な対策を講じている。 すなわち、 EPAは、水質保全法による水質規制および大規
模畜産経営体からの家畜ふん尿等の排出の規制を通じてであり、 州政府は、 水資
源として守る必要があると認められる地域を保存するため、 投入規制やゾーニン
グ、 土地の買収および地役権の規制を行っている (注:地役権とは、 他人の土地
を自分の便益のために利用する権利であり、 ここでは、 州政府が土地の所有者か
ら地役権を買い入れ、 環境保全を行うというもの) 。 

 このような規制は、 土地利用に関する法律を通じて、 市や郡などの地方政府で
も活用されている。 

2) 農薬

 8つの州においては、 特定の農薬の使用を禁止している。 また、 ほとんどの州
において、 農業や芝生の管理のための農薬の使用に関する規定 (農薬の使用状況
に関する記録の義務づけ、 最大使用量の設定等) を設けている。 半数以上の州で
は、 地下水に関する法律を有しており、 農薬の使用に関する報告が規定されてい
る。 大部分の州では、 農薬の製造業者から登録料を徴収しており、 近年、 その登
録料は増加傾向にある。 この結果、 生産者による農薬の購入コストが増加するた
め、 農薬の使用が抑制されることになる。 さらに、 9つの州では、 農薬の代替品
を研究開発するための資金源として、 農薬の生産に対して課税等を行っている。 

3) 灌漑施設を利用した化学肥料や農薬等の散布 (Chemigation) 

 18の州では、 灌漑施設を利用した化学肥料や農薬等の散布が、 禁止または厳
しく制限されている。 このような灌漑施設を利用した化学肥料や農薬等の散布は、 
投入コストを低下させるため、 すべての主要な穀物の生産に用いられている。 

4) 沈殿物 (土壌浸食) 

 18の州においては、 水質保全を目的として、 土壌浸食防止のために実施すべ
き事項が規定されている。 ほとんどの場合、 市民または政府機関から正式に苦情
が提出された場合には、 BMPの実施が要求される。 上記2) および3) が、主に穀物
生産を対象としているのに対し、 本規制は、 水質保全法では規制されていない家
畜ふん尿の廃棄処分の観点から、 畜産経営体をも対象としている。 

5) 補助金の交付

 26の州においては、 土壌保全等を目的とした一部助成事業が実施されている。 
また、 いくつかの州においては、 税金の減免により、 経済的な誘導を行っている
例もある。 

6) ファームアシスト (Farm*A*Syst) 

 ファームアシストとは、 農家から排出される水による水質の汚染を防止するた
め、USDAおよびEPAの協力の下、 ウィスコンシン州の普及部門のスタッフによって
開発された自主的なプログラムである。 本プログラムは、 畜産経営体や地域住民
が農業または家庭の汚染源を突き止めるとともに、 それを削減するのを支援する
というものである。 現在15の州で実施されており、 全50州が本プログラムに
何らかの興味を示しているとされている。 このため、 USDAは、 本プログラムがUS
DAおよびEPAの水質保全プログラムに統合されるものと見込んでいる。 

表1 州段階における方法・対象別水質規制

 資料:Sparks Companies,Inc.「The North Aamerican Livestock, 
    Meat and poultry Industry」


(3) 水質改善のための政策手段による分類

 水質保全法、 沿岸地帯法再権限付与修正法および安全飲用水法に組み込まれて
いる非点源汚染源に係るプログラムは、 州政府に対し、 非点源汚染源管理対策の
構築において指導的役割を与えるとともに、 EPAがその指導、 技術支援、および資
金の供給を行っている。 州政府の実施するすべての非点源汚染対策には、 一部助
成事業と教育対策などの自主的対策が含まれている。 

 しかしながら、 いくつかの州においては、 水質保護を目的とした独自の法律を
制定しており、 農家に対し相当の束縛を与えている。 州段階の法律では、 連邦政
府の設定した基準よりも厳しい基準を課しているからである。 

 以下では、 USDAによる23の州における水質保全に関する法律の検討結果から、 
実施されている政策手段別に、 その概要を報告する。 

1) 対象地域を特定しない技術基準の設定

 対象地域を特定しない技術基準の設定による水質の改善は、 農業による汚染管
理に関する法律では最も一般的なものである。 これらの法律は、 一般に、 生産者
に対してBMPの実施を求めているが、その採用は自主的なものである。 認可された
計画が採用され、 実施されていれば、 苦情を申し立てられたとしても、 生産者は
罰金や罰則に応じる必要はなくなる。 

 水質保全法では、 大規模畜産経営体は点源汚染源とみなされ、NPDESに基づく許
可を得る必要があるが、 これはふん尿の貯蔵を許可の対象としており、 非点源汚
染問題とみなされる廃棄処分は対象としていない。 このため、 多くの州では、 家
畜ふん尿に係る非点源汚染問題を解決するため、 法律に基づく許可の対象に廃棄
物処理の制限を付け加えている。 

2) 対象地域を特定した技術基準の設定

 対象地域を特定した技術基準の設定による水質の改善方法は、 現に水質問題の
生じている特定の地域に適用される。 一般に、 指定された地域内の生産者は、 特
別のBMPを採用しなければならない。 例えば、 ネブラスカ州では、飲用水に仕向け
られる地下水の硝酸塩問題を解決するため、 対象とする地域の指定に加え、BMPの
実施等を規定している。 

3) 達成基準の設定

 ほとんどの州においては、 上記の2つの基準の設定方法が採用されているのに
対し、 フロリダ州のみが、 農業汚染問題に対して達成基準の設定による方法を採
用している。 一般に、 達成基準の設定による方法は、 非点源汚染源には適してい
ないと考えられているが、 フロリダ州においては、 畜産経営体に対して適用され
ている。 畜産経営体は、 工場などの点源汚染源に似ていることと、 モニターしや
すいことがその理由である。 具体的には、 リンの最大排出量の基準などが定めら
れている。 

4) 税制による誘導

 税制による誘導も、 フロリダ州南部のエヴァグレーズ (大湿地帯) で適用され
ている。 この場合、 リンの削減目標を達成するか否かで課税額が異なってくるた
め、 農家に対しBMPの採用を促すこととなっている。 

5) トレードによる目標達成

 点源・非点源汚染源間のトレード法は、 州全体で大きな目標を定め、 これを低
コストで達成するための革新的な方法である。 これは、 点源汚染源 (大規模畜産
経営体等) が、 自らの削減目標を達成するために、 非点源汚染源 (中小規模畜産
経営体等) から汚染の削減達成量の購入を認め、 汚染の管理を低コストで達成し
ようとするものである。 この方法は、 昨年12月に京都で開催された地球温暖化
防止会議の際に、 二酸化炭素の排出量の削減率をめぐって、 その枠の売買を認め
るとしたこととまったく同じ方法論である。 この方法は、 企業養豚による環境問
題が議論の対象となっているノースカロライナ州で採用されている。 



5 生産地域の移動とその規制要因


 畜産、 とりわけ養豚の生産地域は、 近年、 適地を求めてさまよう企業経営の移
動とともに、 大きなうねりとなって米国を東へ西へと移動している。 これまでの
解説により、 各州における環境規制の変化が、 その要因の1つとなっていること
は理解していただけたであろう。 しかしながら、 環境規制だけがその要因でない
ことはいうまでもない。 

 以下では、 環境規制以外の要因で、 養豚経営を中心とした畜産経営の生産地域
の移動を促す要因について解説する。 


(1) 企業的農業経営の規制

 米国、 とりわけ酪農や養豚などを中心とした農業経営の行われている伝統的な
農業地帯においては、 家族農業を大切にし、 景観や農業の再生産を維持していこ
うという考え方が根強く残っている。 このようなやや保守的な考え方を背景とし
て、 大規模な農業経営は企業経営として家族農業から区別され、 環境規制を含め、 
様々な面でやや厳しい規制が課せられている。 その端的な例が、 企業による農業
経営の規制であろう。 インテグレーションの進展により、 大規模企業経営が生産
の大宗を占める養豚においては、 このような規制の与える影響は極めて大きい。 
その影響が最も明確に現れたのが、 ノースカロライナ州における養豚生産の急拡
大であろう。 

 ノースカロライナの奇跡とまでいわれた同州における養豚の生産拡大は、 80
年代後半、 同州の基幹作物であるタバコ産業が苦況に陥ったため、 州法を改正し
てまで、 州をあげて企業養豚を誘致したことに遡る。 具体的には、 大規模養豚経
営を家族経営として取り扱うことにより多くの規制から解放させるとともに、 養
豚施設の導入については州の売上税を免除することとしたことなどによる。 

 ノースカロライナ州とは対照的に、 いわゆる家族農業の発展を目的として、 多
くの州において企業的農業経営を規制する法律が導入されてきた。 現在、 伝統的
な養豚地帯でもある中西部の9州 (カンザス、 アイオワ、 ミネソタ、 ミズーリ、 
ネブラスカ、 ノースダコタ、 オクラホマ、 サウスダコタ、 ウィスコンシン) にお
いて、 このような企業経営を法的に禁止している。 いずれの州においても、 企業
による農業経営を禁止しているとはいえ、 州によりその態様は相当異なる。 例え
ば、 アイオワ、 オクラホマ、 ミネソタ (92年) およびカンサス (90年) の各
州においては、 有限会社はよしとする法改正を行っている。 このことがオクラホ
マ州の生産の急増に貢献し、 逆に、 ネブラスカ州、 ウィスコンシン州などの生産
の急減をもたらしたものと考えられる。 

 このような農業経営の規制のほか、 上記以外の州においても、 企業による農地
所有に規制を加えている州もある。 

◇図1:アイオワ州の豚飼養頭数の推移◇

◇図2:ノースカロライナ州の豚飼養頭数の推移◇

◇図3:オクラホマ州の豚飼養頭数の推移◇

◇図4:ネブラスカ州の豚飼養頭数の推移◇

◇図5:ウィスコンシン州の豚飼養頭数の推移◇


(2) 農地価格および農地税

 97年現在の農地価格は、 全米平均で1エーカー当たり942ドル (約30万
円/ha:1ドル=130円で換算。 以下同じ。 ) となっている。 しかしながら、 
その価格水準は州により相当異なっていることはいうまでもない。 人口密度の高
い北東部の各州で高く、 米国の中央部を縦に貫くグレートプレーンズ (大平原) 
から西部山岳地帯にわたる地域で安くなっている。 具体的に1エーカー当たりの
農地価格をみると、 最も高いニュージャージー州が8,290ドル (約266万
円/ha) であるのに対し、 最も安いワイオミング州では220ドル (7万円/ha) 
に過ぎない。 その格差は約40倍にも及ぶことになる。 

 また、 農地に対する課税額が普通の土地に対する課税額に比べ安いのは、 米国
も日本と同様である。 しかしながら、 その水準は、 農地価格と同様、 州により相
当異なっている。 1エーカー当たりの課税額は、 一般に農地価格の格差を反映し
て、 伝統的に資産価値の高い北東部の各州で高く、 グレートプレーンズから西部
山岳地帯にわたる地域で安くなっている。 94年現在、 1エーカー当たりの課税
額は、 北東部沿岸のロードアイランド州が最大の約57ドルであるのに対し、 近
年、飼養頭数の伸びの著しいノースカロライナ州は7.26ドル、ユタ州は1.8
3ドルなどとなっている。 西部山岳地帯のワイオミング州やニューメキシコ州に
あっては、 それぞれ0. 79ドル、 0. 4ドルに過ぎない。 

 近年、 養豚生産が西部へ移動している要因の一つは、 土地基盤に多くを依存し
ない養豚経営にとっては小さな要因かもしれないが、 土地資本調達コストの安さ
にも求められるといっていいであろう。 

◇図6:州別の農地価格(1997年)◇


表2 州別の農地に対する課税額

 資料:World perspective,Inc.「Analysis of Changes in U.S. Livestock 
    Production Areas with a Focus on Pork」


(3) 飼料の調達コスト

 アイオワ州を中心とした中西部が、 伝統的に養豚の主要生産地帯であり続けて
きた理由は、 自家生産を含め、 安価な穀物の入手が容易であったからにほかなら
ない。 したがって、 中西部の穀倉地帯からの距離は、 生産コストの面から、 今後
とも、 養豚の生産地域の移動を規制することとなろう。 なお、 図1で示したよう
に、 最大の生産州であるアイオワ州の豚飼養頭数が95年以降急減しているのは、 
95年から96年にかけて穀物価格が急上昇したため、 豚の生産を減らし、 穀物
の生産出荷に集中したからにほかならない。 したがってこのトレンドだけをみて、 
アイオワ州の養豚生産がついに下降局面に入ったとみるのは早計であり、 むしろ、 
このような柔軟な対応が可能なことが、 アイオワ州などの中西部穀倉地帯の底力
とみるべきであろう。 
 

(4) プラントまでの距離

 基本的に、食肉処理プラントまでの輸送費は生産者負担により行われている。し
たがって、 生産地域の移動先を選択する場合、 生産した豚をどこの食肉処理プラ
ントで処理するかが重要な問題となる。 伝統的に、 中西部地域は食肉処理プラン
トがやや過剰気味であるため、 取引価格もやや高くせざるを得ないことから、 養
豚経営にとっては条件的に有利な地域となっている。 飼料調達コストと同様、 食
肉処理プラントからの距離、 いいかえれば中西部からの距離は、 生産地域の異動
先の選択にとって重要な規制要因となっているといっていい。 逆に、 こうした問
題を少しでも解消するため、 養豚施設への投資と同時に、 食肉処理プラントの建
設にまで着手する企業もある。 


(5) 自然条件

 養豚生産にとって不可欠なものに、 豊富な水の調達と悪臭問題への対処がある。 
住民からの訴訟等の問題を引き起こさないためには、 新たな投資先としては、 よ
り人口密度が低く、 乾燥した気候条件の土地が望ましい。 広い意味で、 環境に係
る規制要因といえよう。 このような観点からは、 肉用牛生産地帯でもある、 中西
部よりももっと西側のグレートプレーンズから西部山岳地帯にわたる地域が理想
的地域といえるかもしれない。 


(6) その他の要因

 上記以外で、 養豚の生産地域の移動に影響を与える要因を挙げれば、 消費地ま
での距離であろうが、 コールドチェーンシステムの発達した現在、 それほど大き
な要因であるとは思えない。 

 その他、 豚肉の輸入国である日本からみた場合、 外国資本の投資規制もその要
因の1つであるといえよう。 先に挙げた企業経営に対する規制や土地所有の規制
のほか、 米国のほとんどの州においては、 外国資本による投資規制が行われてい
る。 しかしながら、 米国全体の投資額からみれば、 とるに足らないというのが実
態である。 

 以上の規制要因を総合的に考慮すれば、 養豚経営の移動先として理想的なのは、 
中西部またはその周辺で、 人口密度が低く、 乾燥した気候で、 環境規制が比較的
緩やかな地域ということになろう。 なお、 具体的な分析結果については、6の(2) 
養豚の生産地域の移動予測の項で触れる。 


6 各州における環境規制と生産地域の移動


(1) 各州における環境規制の取り組みの比較

 先に解説したとおり、 各州における環境問題に対する規制の方法にはかなりの
幅があり、 その厳しさにも相当の格差が存在する。 

 そこで、 ここでは、 各州における環境規制の実態を理解する上での参考とする
ため、 USDAの行った各州の環境問題に対する取り組みの評価分類を紹介する。 

 第1の分類 (最も厳しい) は、 環境保護に関する多数の法律・規則に加え、 制
度的対処能力、 すなわちその執行のための行政機関等を併せ持つ州である。 東西
の沿岸および五大湖沿岸の州にこの分類に入る州が多い。 これらの州においては、 
海や湖を含めた水質の保護が急務となっていることがその背景にあるものとみら
れる。 

 第2の分類 (やや厳しい) は、 環境保護に関する多数の法律・規則は有するも
のの、 これを執行するための制度的裏付け、 すなわち行政機関あるいは手段に欠
ける州である。 カナダとの国境沿いにある州や東海岸沿いにある州にこの分類に
入る州が多い。 

 第3の分類 (やや緩い) は、 制度的な対処能力は有しているものの、 環境保護
に関する強力な法律・規則の導入が遅れている州である。 これらの州は、 連邦政
府による法律の実施が遅く、 かつ、 産業サイドの関心事項にセンシティブとされ
ている州である。 米国の内陸部でかつ東
部の州にこの分類に入る州が多い。 

 第4の分類 (最も緩い) は、 環境保護政策を実施する意志も手段も欠けている
州である。 これらの州は、 環境保護よりも経済の発展を優先し、 連邦政府による
指令を怠っていると考えられている。 米国の内陸部でかつ西部の州にこの分類に
入る州が多い。 一般に、 これらの州は、 人口密度が低く、 乾燥した気候でもある
ため、 環境問題が発生しにくい環境にあることがその背景にあるものとみられる。 

◇図7:環境保護に係る能力と公約の州別ランキング◇


(2) 養豚の生産地域の移動予測

・生産地域は米国中央部ないしやや西部に移動

 これまで、 環境規制の動向等を基に、 養豚の生産地域の移動を定性的に分析し
てきた。 ここでは、 S社(米国に本拠をもつ農業調査機関) の行った、 繁殖母豚の
今後10年間の定量的な移動予測を紹介する。 図7の環境保護に係る能力と公約
の州別ランキングと見比べていただきたい。 おおよその傾向として、 環境規制の
比較的緩やかな米国中央部ないしやや西部の各州、 とりわけテキサス州での養豚
の生産が伸びることが示唆されている。 このことは、 上記5の生産地域の移動と
その規制要因の項で分析した結果とほぼ一致する。 また、 輸入国である日本から
みれば、 このことは西海岸までの陸上輸送コストの低減につながることを意味す
ることに留意が必要であろう。 

 米国のほぼ中心にあるネブラスカ州は、 環境規制が緩いにもかかわらず飼養頭
数が大幅なマイナスになっているのは、 先に挙げた企業経営の規制にその要因が
求められる。 

 やや意外な感じがするのは、 ノースカロライナ州の伸びである。 ノースカロラ
イナ州では、 昨年、 養豚施設の新規建設および生産拡大を2年間中止するという
厳しい内容の法律が制定されている。 説明によれば、 仮にこのような措置が2年
後以降も継続されたとしても、 既存の経営体の生産性向上 (主に母豚1頭当たり
の生産頭数) により、 十分達成が可能だとしている。 

◇図8:繁殖母豚の移動予測(1996年〜2007年)−全体の増減に占める割合−◇


7 おわりに


 環境規制の強化は、 本来のターゲットであったはずの企業的な経営よりも、 む
しろ規制の強化に対処しきれない家族経営の離脱を加速化しているという事実を
見逃してはならない。 企業的な経営においては、 家族経営よりも資金的な余裕が
あることもあり、 強化される規制への対処が比較的迅速になされているばかりで
なく、 先祖代々の土地に縛られない分だけ、 経営の移転による対処もより容易に
行われるからである。 

 このような企業経営の柔軟な対処に対し、 アイオワ州選出の議員から、 連邦レ
ベルで統一的基準を設け、 環境規制の緩やかな州に移転しようとする企業経営の
動きをも規制しようとする法案が提出されており、 今後の動向が注目されている。 

 一方、 米国水質保全基金 (ACWS) は昨年12月、 USDA、 EPA、アイオワ州等5州
および全国豚肉生産者協議会 (NPPC) の代表からなる 「豚肉生産に関する全国環
境会議」 における議論の末、 養豚生産施設からのふん尿の廃棄および臭いを軽減
するための全国統一規則 「養豚経営のための包括的環境体制」 を提案した。 同提
案は法的な拘束力はないものの、 今後、 環境関連の規則等が導入される際、 その
モデルとして大きな影響力を持つものとみられている。 

 いずれにせよ、 各州の今後の環境規制の動向いかんでは、 さらに生産地域の移
動が予想外の展開を示すことも考えられる。 例えば、 業界関係者の中には、 米国
内における環境規制の強化を嫌って、 カナダやメキシコに生産地域が移動するの
ではないかとする見方を示す者もいる。 いずれの予想が現実のものとなるかはと
もかく、 畜産関係者は、 環境規制の動向から、 当分目を離すことができないであ
ろう。 


元のページに戻る