海外駐在員レポート 

カナダの酪農制度とその改革の方向

デンバー事務所 本郷秀毅、 藤野哲也



はじめに


 カナダの酪農制度は極めて日本の酪農制度に似ている。 具体的に例を挙げれば
次のとおりである。 

 第1に、 加工原料乳に対して目標価格 (日本の保証価格に相当。 以下同じ。 ) 
を設け、 補助金 (加工原料乳生産者補給金) を交付することにより、 生産者所得
の安定的な確保を図っていることである。 

 第2に、 脱脂粉乳およびバターに対して支持価格(安定指標価格)を設け、 乳製
品価格の安定を図っていることである (正確にいえば、 加工原料乳の価格支持) 。 

 第3に、 直接補助金が交付される加工原料乳に対しては、 その市場出荷割当数
量 (MSQ:Market Sharing Quota、限度数量) が設けられていることである。 第4
に、 乳製品の輸入に対しては、 約300%の高関税により国内市場を保護してい
ることである。 

 制度の目的等の細部を無視して端的に実体面だけを捉えれば、 以上のとおり、 
まるで日本の酪農制度そのもののようにもみえる。 しかしながら、 異なる面も多
々ある。 端的な例が飲用乳に対する州政府の関与であろう。 日本では、 飲用乳市
場は政府の関与しない自由市場において価格が形成される仕組みとなっているが、 
カナダにおいては、 州政府がその生産量から価格形成にまで関与する仕組みとな
っている。 

 このように、 政府の関与によりがんじがらめとなっているかのようにみえる酪
農制度ではあるが、 ウルグアイ・ラウンド (UR) 農業合意の実施に加え、 財政赤
字に苦しむ連邦政府の下で、 徐々にではあるが、 次期ラウンドを視野に入れつつ、 
その改革に向けて動き出している。 

 今月は、 カナダにおける酪農および酪農制度の現状と、 動き出した酪農制度の
改革について、 その概要を報告する。 


1 酪農の現状


 (1) 酪農家戸数は約2万5千戸

 1995年度 (95年8月〜96年7月) の生乳およびクリーム出荷戸数は、 
カナダ全体で24,613戸と、 前年度に比べ4.2%の減少となっている。 カ
ナダにおいても、 酪農家の戸数は、 小規模層を中心として漸減傾向となっている。 
20年前の75年度には約8万戸の酪農家が存在していたことから、 この20年
間で3分の1以下にまで減少したことになる。 

 カナダには、 伝統的にクリームだけを出荷する農家が存在する。 クリーム出荷
農家は、 農場内にクリームセパレーターを有し、 残った脱脂乳は豚などの飼料と
して利用される。 これらの農家は、 概して規模が小さく、 70年度には約5万4
千戸も存在していたのが、 95年度にはわずか約6百戸にまで急減している。 し
たがって、 これらのクリーム出荷農家を中心として、 酪農家戸数の減少が進んだ
ものと考えられる。 

 また、 酪農家戸数を州別にみると、 ケベック州およびオンタリオ州の東部2州
だけで約80%を占めていることがわかる。 とりわけ、 独立問題のくすぶるケベ
ック州が46%と、 カナダ全体の約半分近くを占めているため、 制度に対して政
治的な力が働きやすく、 このことがカナダ酪農政策の舵取りを困難にしている要
因といわれている。 なお、 カナダは、 10の州とツンドラに被われた2つの準州
とからなっている。 


表1  生乳およびクリーム出荷農家数の推移

  資料:Dairy Farmers of Canada「Dairy Facts & Figures at a glance」
    注:ニューファンドランド州を除く。


 (2) 乳用牛飼養頭数は約180万頭

 次に、 96年の乳用牛飼養頭数 (1歳以上の雌牛頭数) をみると、 カナダ全体
で約182万頭と、 ほぼ前年並みとなっている。 93年度までは漸減傾向で推移
してきたが、 その後横這い傾向となっている。 10年前の86年と比べると、 約
15%の減少となっている。 

 これを州別にみると、 ケベック州およびオンタリオ州の東部2州だけで73%
を占めているものの、 酪農家戸数のシェアよりは小さいことがわかる。 これは、 
ケベック州の酪農家の規模が、 カナダ全体に比べ小さいことによるものである。 
ケベック州のシェアは、 乳用牛飼養頭数では39%となっている。

表2  乳用牛飼養頭数の推移

  資料:Dairy Farmers of Canada「Dairy Facts & Figures at a glance」
    注:搾乳を目的として飼養されている1歳以上の雌牛。
 

 (3) 生乳出荷量は約730万kl

 95年度の生乳出荷量は約730万klと、 前年度に比べ2.2%の増加となっ
ている。 長期的な視点でみると、 87年度に約750万klであったものが、 92
年度には約680万klにまで漸減し、 その後、 95年度の約730万klまで回復
してきていることがわかる。 

 これを生乳の仕向先別にみると、 飲用向けが270万kl台で安定的に推移して
きているのに対し、 乳製品向けは、 87年度の約480万klから92年度には約
410万klまで減少し、 その後、 95年度の約450万klにまで回復してきてい
る。 生乳出荷量の増減は、 乳製品向け乳量の増減に起因していることがわかる。 

 なお、 カナダにおける生乳の飲用向け:加工向け比率は40%弱:60%強と、 
日本の飲用:加工比率と全く逆の関係になっていることがわかる。

表3  用途別生乳処理量の推移

  資料:Dairy Farmers of Canada「Dairy Facts & Figures at a glance」
    注:1988年のデータはニューファンドランドを除く。


 (4) 国内需要の相対的に少ない脱脂粉乳を中心に輸出

 生乳供給管理制度の下で、 国内の乳脂肪の需要に合わせて生乳が生産されるた
め、 乳製品の輸出は極めて限定的である。 乳脂肪に比べ無脂乳固形分の需要が少
ないため、 生乳の生産は乳脂肪の需要に合わせてなされ、 相対的に需要の少ない
脱脂粉乳が輸出に仕向けられることになる。 この点は、 日本の場合と全く逆の関
係となっているのが興味深いところといえよう。 

 95年度の輸出量をみると、 脱脂粉乳が約4万トンであるのに対し、 バターは
約1万5千トンと例年に比べ比較的輸出量が多くなっている。 平均的にみれば、 
脱脂粉乳の生産量は約6万トン程度であり、 その半分が国内需要に仕向けられ、 
残りの半分が輸出に仕向けられているといっていい。 また、 バターについては、 
生産量が約9万トンであり、 その9割以上が国内需要に仕向けられ、 残りが輸出
に仕向けられている。 

 なお、 乳製品向け生乳処理量に比べ脱脂粉乳およびバターの生産が少ないのは、 
その過半がチーズ生産 (95年度のナチュラルチーズ生産量は約28万トン) に
仕向けられているためである。 

表4  脱脂粉乳の需給の推移

  資料:Dairy Farmers of Canada「Dairy Facts & Figures at a glance」
    注:在庫は、毎年8月1日現在の数値(カナダの酪農年度は8月〜7月)。

表5  バターの需給の推移

 資料:Dairy Farmers of Canada「Dairy Facts & Figures at a glance」
   注:在庫は、毎年度はじめ8月1日現在の数値
     (カナダの酪農年度は8月〜7月)。


2 酪農制度


 (1) 連邦政府は加工原料乳、 州政府は飲用乳をそれぞれ管理

 カナダにおいては、 生乳の供給管理は連邦政府と州政府により分担されている。 
その背景は、 歴史的にみて、 米国以上に州政府の独立性が高いことにあるといえ
よう。 このため、 生乳の供給管理においても、 州域内の取引については州政府が
所管し、 州域を越える取引および国際貿易が連邦政府の所管事項となっている。 
広大な国土を有するカナダにおいては、 基本的に飲用向け生乳の州域を越える輸
送は困難であることから、 結果的に、 州政府が飲用乳 (飲用牛乳および直接消費
用生クリーム) の供給管理を、 連邦政府が加工原料乳 (乳製品) の供給管理を、 
それぞれ連携をとりながら所管する仕組みとなっている。 

 なお、 生乳の供給管理は直接政府が行うのではなく、 飲用乳については、 州政
府により法的権限を与えられた州政府機関、 生産者により運営されているミルク・
マーケティング・ボード(MMB) 又はその両者により運営され (州によりその運営
主体が異なる) 、 加工原料乳については、 連邦政府のいわば特殊法人であるカナ
ダ酪農委員会 (CDC) により運営されている。 

 (2) 基本は国内需要に合わせた生乳供給管理

 カナダ (ここでは連邦政府) の酪農政策は、 3つの柱からなっている。 第1は、 
加工原料乳の価格支持であり、 第2は、 生乳の供給管理であり、 第3は、 関税割
当制度による乳製品の輸入規制である。 すなわち、 輸入も含めた供給量と価格の
両面から酪農産業をコントロールしているといえるが、 価格を支持するためには、 
量の規制が前提条件となる。 このような観点からみれば、 カナダの酪農制度の基
本は、 国内需要に合わせた生乳の供給管理であるといっていいであろう。 

 生乳供給管理の目的は、 乳製品の国内需要および一定の計画的輸出に見合った
加工原料乳および加工向け生クリームの生産を十分に確保することである。 カナ
ダは、 このような加工原料乳の供給管理を1970年代初期に導入している。 こ
のような制度が導入された背景には、 それ以前の50年代〜60年代にかけて、 
需要、 供給ともに不安定であり、 生産者や加工業者により収入の格差も極めて大
きかったという事情がある。 こうして市場の安定化のために導入された生乳供給
管理政策は、 まさにカナダ酪農制度の礎石というにふさわしい効果をもたらした。 

 (3) 生乳供給管理計画は政府・生産者合同委員会が運営

 カナダにおける飲用・加工を合わせた全体の生乳供給管理は、 連邦政府と州政
府の合意に基づく全国生乳出荷計画を通じて運営されており、 その運営主体はカ
ナダ生乳供給管理委員会 (CMSMC) が担っている。 CMSMCは、 ニューファンドラン
ド州を除く各州の生産者および州政府の代表者からなり、 CDC を事務局として運
営されている。 日本に照らせば、 CMSMC が生乳需給調整委員会ないし都道府県指
定生乳生産者団体長会議、 CDC が中央酪農会議に相当するといって大きな間違い
はないであろう。 なお、 ニューファンドランド州は、 加工原料乳の生産量が極め
て少ないため、 正式の委員とはなっていないものの、 オブザーバーとして本委員
会に出席している。 また、 連邦レベルの消費者、 乳業者および生産者団体の代表
が、 それぞれ投票権を持たないメンバーとしてCMSMCに参加している。 

 CMSMC は、 毎年、 加工原料乳の全国生産目標であり、 日本の限度数量に相当す
る市場出荷割当 (MSQ) を設定する。 MSQは、 需要の変動に応じて修正できるよう、 
常にモニターされ、 調整される仕組みとなっている。 本計画において、各州のMSQ
のシェアが設定され、 各州は、 各州の方針に基づき、 そのシェアをさらに個々の
生産者に割り当てている。 

 また、 生乳の供給過剰は、 在庫調整および輸出事業を通じて管理されている。 
このような過剰は、 生産の過剰、 需要の減少のほか、 国内市場における不時の不
足の可能性を最小限に抑えるために MSQの一部として組み込まれているスリーブ 
(要調整乳) からも発生する。 カナダの場合、 MSQは乳脂肪ベースで設定されてお
り、 日本とは対照的に、 構造的に脱脂粉乳の生産が過剰になるという問題を抱え
ている。 

 (4) 加工原料乳目標価格の設定と補助金の交付

 CDC (コミッショナー) は、 毎年8月1日(カナダの酪農年度は当年8月〜翌年
7月まで) 、 生産者や加工業者等関係者による助言、 CDC による生産費調査の結
果、 市場条件、 酪農をめぐる環境の変化および経済事情を考慮し、 加工原料乳の
目標価格を設定しており、 物価等の変動があった場合には、 年度央の2月に見直
しが行われる。 この目標価格の設定に当たっては、 主要7州の生産者を対象とし
た生乳の生産費調査が実施されている。 目標価格は、 効率的な生乳生産者が、 加
工原料乳の生産に当たって投じた費用を適切に償える水準として設定されること
となっており、 このため、 対象農家の選定に当たっては、 次の2つの基準が適用
されている。 

1) 各州における1戸当たり平均生乳生産量を求め、その60%以下の農家を調査
  対象から除外。 

2) コストの高い方から30%までのサンプルは、 計算の対象から除外。 

 他方、 バターおよび脱脂粉乳の支持価格から逆算される推定生産者市場販売価
格では、 十分にコスト (=目標価格) を償えないため、 連邦政府は、 加工原料乳
の生産者に対して、 日本の加工原料乳生産者補給金に相当する直接補助金を交付
している。 ただし、 カナダ政府および酪農関係者の説明によれば、 この補助金は、 
生産者に対する補助金ではなく、 乳製品を安く提供するための消費者への補助金
であるとしているところが興味深い。 なお、 98年度の補助金単価は、 3.8セ
ント/リットル (約3.4円/リットル:1カナダドル=90円で換算。 以下同
じ。 ) となっている。 

表6  加工原料乳目標価格および直接補助金の推移

  資料:Canadian Dairy Commission「Annual Report」
    注:価格等は、毎年度はじめ8月1日現在の値。


 (5) 乳製品の価格支持

 カナダ酪農委員会は、 毎年8月1日、 加工原料乳の目標価格の設定と同時に、 
推定加工業者マージン、 バターおよび脱脂粉乳の支持価格を設定している。 乳製
品の支持価格についても、 加工原料乳の目標価格と同様、 年度央の2月に見直し
が行われる仕組みとなっている。 

 また、 乳製品の支持価格は、 乳製品の製造業者が、 投資したコスト等に見合う
推定加工マージンを確保できるよう設定される。 加工マージンについては、 3〜
5年に1度、 各州において乳製品製造業者に対する乳製品の生産費調査を行い、 
調査対象年以外の年は、 物価修正により加工マージンを算定している。 97年度
の推定加工マージン、 バターおよび脱脂粉乳の支持価格は、 それぞれ8.12ド
ル/百リットル (約7.3円/リットル) 、 5.324ドル/kg (約490円/
kg) 、 4. 203ドル/kg (約9, 500円/25kg) となっている。 

 なお、 連邦政府は、 CDC の運営する2つの事業により加工原料乳の目標価格を
支持している。 すなわち、 第1に、 上記 (4) で触れた補助金の交付であり、 第
2に、 バターおよび脱脂粉乳の支持価格の設定である。 このように、 日本の加工
原料乳保証価格、 加工原料乳生産者補給金および乳製品の安定指標価格の関係と
同様、 カナダの目標価格、 直接補助金および乳製品の支持価格は密接に関連して
いるのである。 

表7  バターおよび脱脂粉乳の支持価格の推移

  資料:Canadian Dairy Commission「Annual Report」
    注:価格等は、毎年度はじめ8月1日現在の値。

表8  加工原料乳目標価格および乳製品支持価格設定の仕組み



 (6) 乳製品の輸入規制

 これまでも何度か触れてきたように、 カナダの酪農制度は、 乳製品の国内需要
を国内生産で賄うという生乳の供給管理が基本となっている。 この生乳供給管理
制度を実効あるものとするためには、 乳製品の輸入規制は必要不可欠の条件とな
る。 このため、 UR農業合意以前は、 生乳供給管理計画を安定的に運営するため、 
カナダは乳製品の輸入を規制する対策を講じていた。 具体的には、 輸出入許可法
の下で、 ほとんどすべての乳製品および乳製品の調製品に対して輸入割当枠を設
け、 外務省の事前許可がなければ乳製品の輸入ができない仕組みとなっていた。 
実際の輸入割当は、 チーズに対する約2万トンの割当、 国内生産のないカゼイン
に対する無制限の割当のほかは、 過去の実績に基づく粉乳、 れん乳などの少量の
割当に限られていた。 

表9  UR合意に基づく乳製品の関税割当数量

  資料:カナダ譲許表
    注:飲用牛乳の関税割当量は、カナダの消費者による国境を越えての推定購
        入数量を基に設定。

 (7) UR合意の概要

 しかしながら、これまでの輸入規制措置は、 WTO協定の下で1995年1月1日
より変更されることとなった。 すなわち、 国境措置として、 それまで輸入を制限
するために用いられてきた量的規制措置は、 関税割当に置き換えられることとな
った。 過去の輸入実績相当の数量までは低税率が適用されるものの、 その水準を
超える輸入に対しては、 300%相当の高い2次税率が適用されることとなって
いるので、 実質的に2次税率による輸入が行われることはほとんどないものと考
えられる。 このような高関税は、 UR農業合意の実施期間である6年間の間に15
%削減されることとなっている。 これらの点は、 日本の乳製品に係る合意内容と
まったく同じといっていい。 

 次に、 カナダの乳製品に係る主な合意内容を具体的にみてみよう。 

 第1に、 関税割当数量である。 チーズについては、 これまでも年間約2万トン
の輸入割当が行われてきたことから、 関税割当数量についても同様に約2万トン
を割り当て、 2000年度まで同数量を維持する。 また、 牛乳については、 64, 
500トンを割り当て、 実施期間この数量を維持する。 一方、 バターについては、 
1995年度の1, 964トンから2000年度までに3, 274トンに拡大
する。 下表をみればわかるとおり、 関税割当数量が拡大するのはバターだけであ
り、 しかもその拡大数量はわずか1,300トン程度に過ぎないことから、 関税
割当数量による国内市場への影響はほとんどないと考えていいであろう。 

 第2に、 2次税率である。 脱脂粉乳については、 1995年度の237.2%
または2,360ドル/トン (カナダドル:以下同じ。 ) のいずれか高い方から、 
2000年度までに201. 6%または2, 006ドル/トンのいずれか高い
方まで削減される。 バターについては、 351. 4%または4, 780ドル/
トンのいずれか高い方から、 2000年度までに298. 7%または4, 00
1ドル/トンのいずれか高い方まで削減される。 ちなみに、 1997年度の脱脂
粉乳およびバターの支持価格は、 それぞれ4, 203ドル/トン、 5, 324
ドル/トンであること、 また、 最近の国際価格はいずれも2,500ドル/トン
程度であることを考慮すれば、 このような高関税を越えて乳製品の輸入が行われ
ることはほとんど考えられないため、 この点からも国内市場への影響はほとんど
ないものと考えられる。 

表10  UR合意に基づく主要乳製品の2次税率

  資料:カナダ譲許表
    注:関税は、従価税または従量税のいずれか高い方が適用される。

 第3に、 補助金付き輸出の削減である。 従来、 カナダは、 生産者からの課徴金
を用いて、 国内市場で過剰となった乳製品を輸出に仕向けてきた。 しかしながら、 
UR農業合意においては、 このような生産者課徴金を原資とした輸出についても、 
輸出補助金とみなすこととされたことから、 カナダは、 脱脂粉乳、 バター、 およ
びチーズについて、 補助金付き輸出の削減約束をしている。 具体的にみると、 脱
脂粉乳については、 補助金付き輸出の上限数量を1995年度の54,910ト
ンから2000年度には44,953トンまで削減することとしており、 チーズ
については、 同様に12, 488トンから9, 076トンまで削減することと
している。 

表11  UR合意に基づく補助金付き輸出の上限

  資料:カナダ譲許表


 (8) 州政府による飲用向け生乳の管理

 カナダにおける生乳の供給管理については、 既に述べたとおり、 連邦政府が加
工原料乳を管理し、 州政府が飲用乳を管理することとなっている。 しかしながら、 
連邦政府が直接個々の農家の加工原料乳の出荷割当数量についてまで管理するこ
とはできないので、 州政府の役割は、 実質的には、 州域内の飲用乳価格の決定と
加工原料乳をも含めた生乳供給数量 (クォータ) の管理にまで及ぶことになる。 
なお、 既に述べたとおり、 州により、 これらの権限が生産者により運営されてい
るミルク・マーケティング・ボードに委任されている場合もある。 したがって、 
以下では、 州といった場合には、 このようなミルク・マーケティング・ボードを
も含めて記述していると理解していただきたい。 

ア. 個々の生産者のクォータの管理

 州のミルクマーケティングボード等の生乳供給管理機関(MMB等) は、 個々の生
産者の生乳供給数量を正確に管理するため、 すべての生乳生産者に対してライセ
ンスを発行し、 その管理を行っている。 また、 全国生乳出荷計画に基づき、 州の
飲用乳クォータを設定し個々の生産者に対して割当てるとともに、 州に配分され
た加工原料乳のMSQをさらに個々の生産者に対して割当てている。 さらに、 MMB等
は、 生産者から生産されたすべての生乳を一元的に購入し、 それを個々の乳業メ
ーカーに販売している。 すなわち、 日本でいう一元集荷多元販売を行っている。 

 また、 カナダ酪農の特徴の一つとして、 個々の生産者間のクォータの売買等の
取引がある。 同一州内においては、 MMB 等が仲介機関となって、 クォータの取引
が自由に行われている。 取引の方法は、 株式の取引とまったく同様であるといえ
ば理解しやすいであろう。 すなわち、 クォータを売りたい生産者と買いたい生産
者が、 それぞれ希望数量と希望価格を伝え、 累積された数量と価格が一致する価
格で売買が成立する仕組みとなっているのである。 

イ. 加工原料乳以外の乳価の決定

 後に詳しく述べるように、 カナダにおける生乳の仕向先別分類は、 基本的には
5段階となっているものの、 さらに細分類があるため、 実質的にはなんと15分
類にも及んでいる。 連邦政府の設定する加工原料乳の目標価格 (バターおよび脱
脂粉乳向け) は、 その細分類の1つに過ぎない。 したがって、 州は、 連邦政府の
設定する目標価格を参考として、 それ以外の14分類の価格を設定する権限を有
している。 この中には、 チーズやれん乳向けなども含まれるので、 日本的な感覚
でいえば、 州は加工原料乳価格も設定しているといっていい。 また、 ケベック州
などいくつかの州では、 生産者段階の乳価のみならず、 飲用牛乳の卸売り段階お
よび小売段階の価格についても規制しており、 それぞれ最低価格および最高価格
を設定している。 

 各州の個々の生産者には、 各自の有している飲用乳および加工原料乳のクォー
タに応じて、 プールされた、 いいかえれば平均化された乳価が支払われる。 以前
は、 飲用乳と加工原料乳のクォータのシェアが個々の農家ごとに異なっていたた
め、 農家ごとに受け取る乳価が異なっていたが、 現段階では、 アルバータ州を除
くすべての州において、 日本のシステムと同様に、 すべての生産者がプールされ
た同一の乳価を受け取るようになっている。 


3 酪農制度の改革


 以上、 カナダの酪農制度の概要を駆け足でみてきたが、 カナダにおける酪農制
度は、 日本の酪農制度に似ているばかりでなく、 日本以上に規制の多い制度であ
るということがおぼろげながらも理解していただけたものと思う。 しかしながら、 
そのカナダも、 NAFTAやWTO協定の下で、 合意内容に沿った制度の改革を着実に行
っている。 以下では、 これまでに実施されてきた制度改革の概要をかいつまんで
報告する。 


(1) 直接補助金の段階的撤廃

 連邦政府は、 加工原料乳の目標価格を支持するため、 加工原料乳の生産者に対
して、 いわば不足払いとして直接補助金を交付してきた。 この補助金単価につい
ては、 75年度以来、 生乳100リットル当たり6. 03ドル (5.4円/kg) 
で長期間固定されてきた。 しかしながら、 連邦政府の財政事情の悪化もあり、 9
3年度に約20年ぶりに10%の削減が行われ、 その後、 95年度および96年
度に15%ずつの計30%の削減が行われ、 現在は生乳100リットル当たり3. 
8ドル (3.4円/kg) となっている。 さらに、 98年2月より5年間、 毎年7
6セントずつ引き下げることにより、 加工原料乳に対する直接補助金については、 
2002年2月以降、 完全に撤廃されることとなっている。 

 (2) 各州における基準の統一化

 1994年から実施されている北米自由貿易協定(NAFTA) や1995年から実
施されているWTO協定の下で、各国政府は、 国内補助金の削減や輸出補助金の削減
に加え、 関税の削減やマーケットアクセスの拡大を図る必要が生じている。 この
ためには、 これまでのように各州独自で決定されたバラバラの基準の下では、 国
際約束の実施や国際交渉に支障を来しかねないという事情が生じてきた。 このた
め、 連邦政府の主導の下、 各州政府は酪農制度に関する基準の統一化に向けて努
力を開始している。 

1) 衛生規則の統一化

 カナダにおいては、 生乳の生産、 乳製品の加工処理等に関する基準や検査等の
規則が、 各州ごとに微妙に異なっている。 このため、 このような生乳の生産から
加工処理に至るまでの基準等について、 全国的な統一化を図ろうとして設立され
たのが全国乳製品品質合同検討委員会である。 同検討委員会には、 業界、 連邦政
府および州政府の代表者が参加し、 全国酪農規則(The National Dairy Code) の
起草・検討が行われている。 検討は2年越しに行われており、 現在、 最終的な意
見調整が行われている段階にある。 

2) 生乳の用途別分類基準の統一

 生乳の用途別に乳価が異なるのは、 何も日本に限ったことではなく、 世界中の
ほとんどの国において異なっていることは周知の事実であろう。 中でもカナダは、 
その仕向先別分類の多さで他を抜きんでているといっていい。 しかも、 これまで
は、 その分類が各州ごとにも異なっていた。 こうした中、 カナダにおいては、 次
節で述べる WTO等の国際協定を踏まえた州間の乳価のプーリング協定が締結され
る中で、 生乳の用途別分類についても統一化する必要が生じ、 96年10月1日
より、 5段階15分類の用途別分類基準に統一化されている。 

 具体的な分類は下表のとおりであり、 クラス1が飲用乳および飲用クリーム、 
クラス2がヨーグルトおよびアイスクリーム、 クラス3がチーズ、 クラス4がバ
ター、 粉乳、 れん乳等、 クラス5が乳製品を原料とした加工食品向けおよび輸出
乳製品向けとなっている。 これらのうち、 クラス5の乳製品を原料とした加工食
品向けの用途別乳価については、 米国との国境地帯でのピザ等の高度加工食品の
競争力を確保するために導入されたものである。 この乳価の決定に当たっては、 
米国の加工原料乳価格である基礎公式価格(BFP) を基礎に定められることとなっ
ており、 具体的には、 当該月の2ヶ月前の BFPが適用されることになっているこ
とが興味深いところである。 

表12  生乳の用途別分類

  資料:Canadian Dairy Commission「Milk Classification System」, 
        Agriculture and Agri-Food Canada「Dairy Market Review」
    注:アルバータ州の乳価は、96年の乳脂肪分3.6%の基準乳価である。


 (3) 輸出乳製品・乳原料利用高度加工食品向け生乳に係る国際価格の実現

 1995年からのWTO協定の実施に伴い、それまで生産者からの課徴金を原資と
して行ってきた乳製品の輸出が、 補助金付き輸出とみなされることとなったこと
から、 カナダは、 本制度を廃止して、 新たなシステムを導入する必要に迫られて
いた。 また、 乳製品そのものについては、 高関税の導入により実質的に輸入禁止
的措置が継続されることとなったものの、 乳製品を原料としたピザやパン菓子等
の加工食品については、 WTO 協定発効以前から概ね20%台前半の関税で輸入が
可能であったことに加え、 これが今後さらに段階的に削減されることになること
から、 コスト面で有利な米国産製品の輸入の増加により、 これら食品産業の空洞
化、 ひいては生乳の国内生産の維持が脅威にさらされるおそれが高まっていた。 
このため、 とりわけこれらの産業の盛んなオンタリオ州およびケベック州などで
は、 何らかの対策を講じることにより、 これら製品の競争力の強化を図ることが
急務となっていた。 

 こうした事態に対処して95年8月に導入されることとなったのが、 輸出乳製
品および乳製品を原料とした加工食品向け (スペシャルクラス:クラス5) の生
乳価格プール (P9:9つの州の価格プール) である。 本制度においては、第1に、 
余剰乳製品輸出のための生産者からの課徴金の徴収が廃止され、 これに代わって
輸出乳製品向け生乳に対して国際価格が適用されることとなった。 第2に、 先に
も触れたように、 ピザ等の乳原料利用高度加工食品向け生乳価格については、 米
国の加工原料乳価格である基礎公式価格(BFP) を基礎に定められることとなって
いる。 

 こうした低価格の設定により、 酪農家の収入の減少が特定の州にしわ寄せされ
ないよう、 これらのスペシャルクラス向けの乳価は9つの州全州で統一的に適用
し、 また、 その販売収入については、 同様に全州で均等に比例配分されることと
なっている。 先に触れた生乳の用途別分類基準の統一化などは、 本制度の導入に
伴う合意事項として導入されたものである。 

 なお、 ニューブランズウィック州は、 加工原料乳の生産がほとんどないため全
国生乳販売計画に参加していないことから、 本合意にも例外的に参加していない。 

(4) 東部5州および西部4州の2大生産者価格プールの実現

 日本においても、 広域合併化を含む指定生乳生産者団体のあり方の検討が行わ
れたところであるが、 カナダにおいては、 日本に先駆けて同様な検討がなされた。 
具体的には、 これまで、 各州ごとに運営されてきた生乳の供給量および価格の管
理が、 東部5州 (P5:Pooling5) および西部4州(P4) の間で、 それぞれプー
ルして管理されることとなった。 ただし、 これは各州の MMBの合併により実現さ
れたものではなく、 連邦政府の機関である CDCが、 各州からの毎月の報告を基に
プール価格等を計算することにより実現されていることに留意が必要であろう。 

 西部4州に先駆けて、 96年8月から実行に移された東部諸州による生産者価
格プールには、 当初、 オンタリオ州、 ケベック州、 ニューブランズウィック州、 
ノバスコシア州およびプリンスエドワード島の5州に加え、 マニトバ州が参加し
ていた (P6) が、 マニトバ州については、本年より西部諸州の生産者価格プール
に参加することとなったため、 現段階では P5となっている。 また、 本年から実
行に移された西部4州の生産者価格プール(P4) には、 マニトバ州、 サスカチュ
ワン州、 アルバータ州およびブリティッシュコロンビア州が参加している。 

 このような合意の前提として、 各州における基準や規則の統一が必要となる。 
これらの中には、 前節で触れた衛生基準および生乳の用途別分類基準のほか、 成
分等に基づく生乳価格の決定方法やクォータの管理方法がある。 このうち、 生乳
価格の決定方法については、 成分取引への移行に向けて合意がなされており、 ま
だ実行に移されていないのはサスカチュワン州のみとなっている。 ただし、 各用
途別の乳価については、 統一化に向けて努力がなされているものの、 未だに各州
間において多少の格差がみられれる実態にある。 また、 クォータの管理方法につ
いては、 これまでのように個々の生産者ごとに飲用と加工のクォータのシェアが
異なり、 個々の生産者ごとに乳価が異なっていては、 州内の生乳価格のプールす
らできないため、 両者を1本化したシングルクォータ方式が採用されることとな
っている。 これは、 日本でいう指定生乳生産者団体ごとのプール価格が実現され
ることに相当する。 このシングルクォータがまだ実行に移されていないのは、 ア
ルバータ州のみとなっている。 

 一方、 P5とP4の相違点について触れると、 先発の P5においては、 ケベック
州、 ノバスコシア州およびオンタリオ州との間で、 既に州間のクォータの取引が
実施に移されていることに加え、 97年8月より輸送コストのプーリングも開始
されており、 P4に比べ様々な点で統一化が先行している。 

 ところで、 日本における指定団体の合併等の議論の際、 各論において最も解決
が困難な点は、 おそらく合併により乳価が低下せざるを得ない指定団体をいかに
して説得するかにかかっているといっていいであろう。 この点に関して、 カナダ
は、 プールの結果、 乳価水準の高くなる州が乳価の低くなる州に対して、 補償金
の支払いとクォータの譲渡を行うことにより解決している点は参考に値しよう。 

 なお、 生産者価格プールが東部5州と西部4州に分かれて設けられたのは、 そ
れぞれの乳価水準が異なっていたこともさることながら、 地理的な条件に伴う歴
史的な州間の交流が背景にあったものとみられる。 


4 おわりに


 以上みてきたように、 カナダはNAFTAやWTO協定など国際貿易協定を踏まえ、 酪
農制度の改革を図りつつある。 これらの制度改革に係る合意事項等については、 
日本の 「酪農および肉用牛の近代化基本方針」 に相当する、 概ね5年ごとに改訂
される 「酪農長期基本政策」 の策定作業の中でオーソライズされることとなって
おり、 いま、 その草案づくりが行われている段階にある。 本文の中でもたびたび
触れてきたように、 酪農制度の改革作業は現在もなお進行中であり、 まだ合意に
達していない部分が少なからずあることがその作業を遅らせている要因となって
いる。 いずれにせよ、 カナダ酪農は、 国際貿易協定による合意および今後の貿易
交渉等を踏まえ、 全州プールに向けて着実に歩みはじめているといっていい。 

 しかしながら、 その制度改革に問題がないわけではない。 

 第1に、 加工原料乳生産者への直接補助金の削減を、 乳製品価格の引き上げに
より消費者価格に転嫁して対処しているという問題である。 すなわち、 消費者か
らの理解を得ることもさることながら、 当面は、 乳製品の国内価格の引き上げに
より対処できたとしても、 中長期的には、 WTO 協定による乳製品の関税削減への
対応により、 国内乳製品価格を引き下げなければならないという問題に突き当た
ると考えられるからである。 

 第2に、 米国からの輸出補助金政策・輸入割当に対する抗議への対応である。 
米国の生産者団体は、 カナダのスペシャルクラスによる乳製品の輸出制度は、 UR
合意に基づく輸出補助金の迂回措置であるとして、 米通商法301条による提訴
を行い、 USTR は10月8日、 これを受けてWTOへの提訴に踏み切った。 これに対
し、 カナダは、 スペシャルクラスによる州間プーリングの合意は、 乳製品を国際
価格で販売するための生乳価格を設定しただけであり、 これはUR合意に基づく輸
出補助金には当たらないとしている。 皮肉なことには、 カナダの講じた措置は、 
米国における96年農業法導入の際に、 米国の生乳生産者団体がその導入を働き
かけ、 結果的に失敗に終わったセルフヘルプ法案による2段階価格システムとま
ったく同じものであるということである。 

 ところで、 カナダの酪農制度の改革をUR合意に照らしてみると、 まず、 国内補
助金の削減については、 直接補助金の削減・撤廃の合意により、 ほぼクリアした
といえる。 また、 補助金付き輸出の削減については、 カナダとしては、 生産者か
らの課徴金の撤廃により既にクリアしたと考えているであろうが、 米国によるス
ペシャルクラスに対するWTOへの提訴もあり、 その判断はWTO紛争処理機関あるい
は次期交渉に委ねられるといっていい。 なお、 関税削減に対する対応については、 
当面、 特別な措置が講じられているわけではないが、 今後解決すべき最大の課題
になるものと考えられる。 

 いずれにせよ、 カナダの酪農制度については、 日本の制度と類似していること
もあり、 次期ラウンドを踏まえ、 今後とも、 その改革の動向について注意深く見
守っていく必要があるものと思われる。 



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