海外駐在員レポート 

豪州のアジア向け農産物輸出戦略

シドニー駐在員事務所  藤島博康、野村俊夫



はじめに


 現行の保守連合政権は、アジア向け農産物輸出を戦略的に推進すべく「アジア
向けスーパーマーケット(Supermarket to Asia:STA)」をスローガンに掲げ、
輸出志向の高揚、輸出競争力の向上、市場の開発を三つの柱に、品目や業態の種
類を超えて、文字どおり豪州のアジア向けスーパーマーケット化を目指し、さま
ざまな活動を展開している。

 豪州からのアジア向け農産物輸出は、経済成長や人口増加などを背景としたア
ジア市場の需要増に伴い、地理的条件にも恵まれ、近年、急速に拡大してきた。 

 今回は、これまでの「アジアの食料かご(Food Basket)」との認識から、より
積極的なスーパーマーケット化を目指す豪州の対アジア輸出戦略を紹介し、豪州
の農産物輸出戦略にある背景と今後の方向性について考えてみたい。


1 現行政府による戦略委員会の創設


 アジア向けスーパーマーケット(STA)戦略は、96年 3 月に政権を勝ち取った
現在の保守連合政府によって作成された初の予算案の中に盛り込まれた。同年9
月には、STA戦略の計画立案機関として、ハワード首相を議長とするアジア向けス
ーパーマーケット委員会(STAC)が結成された。

 議長の他のSTACのメンバーは、副首相兼貿易大臣、第一次産業大臣、産業・科
学大臣、運輸・地域開発大臣の4閣僚と、農業生産者、食品加工、運輸、研究開
発、小売など、農産物の生産から加工、販売に至るまでのセクター別の代表者に
よって構成される。メンバー構成からみても、STA戦略のカバーする範囲が広範に
わたるものであることがうかがい知れる。

 STACは頭脳として機能し、事務局として設立されたアジア向けスーパーマーケ
ット社(STA Ltd.)が実務を行う。戦略実行のための財源については、96/97年
度からの 3 年間で、連邦予算から年間340万豪ドル(約3億円)支出され、輸出
支援などの各事業に支出される。

 アンダーソン第一次産業大臣は、委員会の発表にあたって、農業者と地方社会
にとって、政権誕生以来、最も重要な政策であると前置しており、現政権の重要
な農業政策の一つとして位置付けられる。


2 戦略課題


(1)STAの下に従来の課題を集約

 政府の資料によると、STACの役割は、戦略全体としての方向付け、また国内外
にかかわらず、農業関連食品産業の成長を阻害するような重要項目を特定するこ
とにある。具体的な方策については、以下に示したように、主要な課題ごとのワ
ーキング・グループ(現時点で、既に4グループが当初の使命を終え発展解消)
によって検討される。

 これらの課題を個別にみると、その多くは、現連合政権が選挙前から公約とし
て掲げていたものや、前労働党政権時代から政策課題として指摘されていたもの
もあり、際立って目新しいものは見当たらない。

 比較的インパクトが強いものとしては、統一ロゴを使用した豪州産品のマーケ
ティングが上げられる。既に、豪州の地図と太陽をあしらったシンボルマークと
「QUALITY FOOD AUSTRALIA」というキャッチフレーズによるロゴが作成されてい
る。品質などの一定条件を満たした製品にのみ添付されるとのことであるが、統
一マーケティングによって、アジア市場での豪州産品の知名度や認知度は大きく
向上すると期待されている。

 STA戦略において重要な点は、従来から、品目別または業態別に取り組まれてき
た課題や、政策上の課題を、STAの名の下に集約したことにある。行政や民間、ま
た品目や業態を問わず、アジア向け農産物の輸出促進という目的を広く共有する
ことで、より迅速で効果的な戦略が実施されるともに、その情報を共有できると
いう大きなメリットが挙げられる。

ワーキング・グループの概要



(2)積年の課題解決にも糸口

 これまでのところ、STA戦略の具体的な成功例として、豪州政府は、輸出食肉に
発行されていた衛生証明書の日豪行政当局間でのオンライン化による輸出入手続
きの簡素化や、一部薬品の牛肉残留基準設定についての韓国政府との合意などを
挙げている。

 また、STACの指摘にある製品コストの削減を目的とした労使関係の改善は、具
体的には食肉と畜加工場や港湾荷役における労働生産性の向上を指しており、現
行の保守連合政権下で大きく進展したものの一つといえる。

 豪州で最も効率的な食肉加工場での加工コストは、米国の3倍、ニュージーラ
ンドのほぼ2倍とされる。また、港湾荷役について、メルボルン港を例に取ると、
世界の貿易港の中で最も効率のよい港の4割程度の生産性しかないとされている。
いずれも国際市場で価格競争力を低下させている要因として前労働党政権の時代
から認識されていたが、改革は進まなかったものである。

 しかしながら、96年の新政権誕生後に、豪州最大手のと畜加工企業が、これま
で食肉業界に横断的に設定されていた労働条件を改め、業界で初めて企業個別の
労使協定の締結に成功したのを皮切りに、他の企業もこれに追従する動きをみせ
ている。

 また、港湾労働問題に関しては、今年4月に大手港湾荷役会社の一つが、業界
の横断的職業組合に所属する従業員を解雇した上で、非組合員による作業を行っ
たことなどから、大規模な港湾労働争議に拡大した。この際には、豪州全国農業
者連盟が設立した非組合員のみの荷役会社の作業員が荷役を行うなど、農業関係
団体は、現行政府とともに、組合側との明確な対決姿勢をとった。

 食肉業界での労使改革は、現行の政権下でなければ実現しなかった可能性が高
い。また、港湾労働問題は、最高裁でまで争われた結果、解雇された組合員の職
場復帰が認められる一方で、将来的には非組合員雇用の可能性についても含みを
残すものとなった。これについては、立場によって評価は別れるところであるが、
企業側に農業関係団体を巻き込み、農業関係者対労働組合という構図になったこ
とは、労使改革を進めやすい世論を作り出す上で役立ったといえる。


3 STA戦略の推進要因


(1)バルク商品からの高付加価値品への転換

 歴史的に、豪州の輸出は、旧宗主国であるイギリスの海外農園として、羊毛や
穀物などから始まり、石炭や鉄鉱石などの鉱物資源といった一次産品が大半を占
めてきた。農産物関連品目に関しては、90年代に入って、加工食品などの輸出が
着実に増加する傾向にはあるものの、依然として、小麦、羊毛、砂糖など原材料
としての性格が強い、いわゆるバルク商品の割合が大きい。

 これらの品目には、豪州からの輸出が国際貿易において大きな比重を占めるも
のもあるが、国内市場が小さく、一部の品目を除き国内価格支持もないため、生
産の大半を輸出に振り向けざるを得ない構造にある。このため、牛肉などの例に
みられるように、国内市況は国際市場の影響を常に受けることになる。また一方
で、周期的な干ばつに見舞われる豪州の農産物は、生産量、品質ともに、しばし
ば大きく変動する。

 このような状況のなか、生産者が安定した利益を確保するためには、加工度を
高めたものや、隙間市場を狙った付加価値の高い輸出商品の開発が必要となる。
STA戦略のポイントは、まさに「農園」から「スーパーマーケット」への脱皮にあ
るといえる。

 一方、近年のアジア市場の消費傾向は、地域の伝統的な食事から、食肉や乳製
品の利用頻度が高い欧米型へと、また簡便な加工食品へと変化する傾向にあると
される。これに加え、豪州農業資源経済局(ABARE)によると、アジアの食品消費
量は、金額ベースで、年間200億豪ドル(1兆7千6百億円)の規模で拡大してい
るとされ、豪州農産物の輸出拡大を図る絶好の機会となっている。

 アンダーソン第一次産業大臣は、人口 1 千 8 百万人に過ぎない豪州国内より
も、ごく身近に横たわっている輸出機会を生かすべきだとしている。

表 1 豪州産農産物のアジア向け輸出動向

 資料:豪州農業資源経済局(ABARE)
  注:89−90年を基準にインフレ等調整済


(2)国内産業対策としての重要性

 STACの設立にあたって、アンダーソン第一次産業大臣は、豪州の農業は決して
斜陽産業ではなく、これから日の出を迎える産業だとし、STA戦略が契機となって、
アジア市場に高品質で安全な食料を提供していくことによって、豪州の地方社会
にも持続的な繁栄がもたらされると語っている。

 豪州でも、わが国と同様に、地方、特に農村部の若者は仕事を求め都会へと移
動する傾向がみられる。STA戦略には、農産物の生産ばかりでなく、食品としての
加工をも含めた輸出振興を行うことで、地方に新たな雇用を生み出し、地域社会
の存続を図るとの願いも込められている。

 自由党とともに保守連合政権の一方を支える国民党は、結成当初から農業者や
地方在住者支持を基盤としている。過去には、保守派の勢力に大きな影響力を持
った時期もあったが、地方農村部から都市部への人口流出などにより、80年代以
降、急速に支持基盤を失いつつある。存在意義が薄れつつある同党にとって、イ
ンパクトの強い農業政策を打ち出すことが必要となっている。

 農業政策に精通しているとされるフィッシャー国民党党首は副首相兼貿易大臣
として、またアンダーソン同党副党首は第一次産業大臣として、現政権の農業お
よび外交政策に深く関わっており、世界貿易機関(WTO)の次期農業貿易交渉でも、
豪州政府の対応に大きな影響を与えるものとみられる。

 一方、中小企業や中産階級などを主な支持基盤とするハワード首相の自由党に
とっても、STA戦略の一つである中小企業への輸出支援は、圧倒的に国内資本が多
い中小企業対策として大きな意味がある。STA戦略に関して、政府系の刊行物など
で照会される際には、必ず「The Prime Minister’s Supermarket to Asia」、「Mi
nister’s……」や「Government’s……」などと表現されており、この政策にか
ける現政権の期待の高さを示している。


4 アジア経済危機の影響


 96/97年度のアジア向け農産物関連食品の輸出額は102億豪ドル(約 9 千億円)
に達した。品目別のシェアは、穀物が最大で31.4%、これに食肉の21.6%、加工
食品の13.7%、乳製品の12.7%、海産物の9.8%、園芸作物の7.8%と続く。

 主要品目別の輸出量に占めるアジア向けの割合は、ワインおよび飲料を除く、
すべての品目で6割を超えており、近年の輸出増が、いかにアジア市場に依存し
たものであったかを示している。これをアジアの主要輸出国別シェアをみると、
やはり日本向けが多いものの、ここ数年は、海産物、乳製品、生体牛などを中心
に、東南アジア向け輸出割合が高くなる一方で、日本向けの割合は相対的に低下
している。

 このため、アジアの経済混乱は、品目や輸出仕向け国によって異なるが、農産
物関連の輸出全体に大きな影響を与えている。

 生体牛輸出は、約5割がインドネシア、また3〜4割がフィリピン向けだった
だけに、今年に入ってからは激減している。

 また、インフレや失業率の悪化に伴う可処分所得の低下により、これまでの食
習慣にないものや嗜好品的要素が強い食品などの消費は著しく減少傾向にあり、
アイスクリームやべーカリー類などの原材料となる砂糖や乳製品の需要低下につ
ながっているとされる。特に、乳製品に関しては、バターなどの乳脂肪から安価
な植物油への代替も、需要低下の一因となっているとみられる。

 さらに、輸入価格が直接響く加工食品については、大幅に需要が低下している
とされる。高い経済成長とともに短期間で急速にフードサービス部門が発展した
タイ、インドネシア、韓国、マレーシアを中心に、最終消費者向けをはじめとし
た加工食品全般の輸出にダメージを与えているとされる。

 輸出市場の選択肢が狭まったことにより、買い手市場の傾向が強まったことも、
輸出価格全般の引き下げ要因になっているとの指摘もある。

 昨年、STACは、アジア向け輸出に関して、2001年までに輸出金額で160億ドル、輸
出取引への新規参入企業数は2千社との目標を掲げている。アジア向け輸出減少
の回復について、大方の予想では、2000年頃までに回復し、2001年あたりからは、
再び成長局面に向かうとしているが、目標達成にはアジアの経済混乱からの回復
が大きな条件になるとみられる。

◇図:アジア向け主要品目別輸出金額(96/97年度)◇

表 2 豪州産食料品のアジアの主要輸出国別シェア(金額ベース)

 資料:豪州農業資源経済局(ABARE)
  注:加工品を含む、推計


おわりに


 豪州の農業にとって、将来の発展は、輸出振興に求めるしかないといえる。国
際的な農業交渉の場でみられる農産物貿易自由化への強硬な豪州の主張は、EUや
わが国の主張とは相対するものであるが、今回のSTA戦略にみてきたように、守る
べきものは共通しており、地方農村社会の持続的な発展にある。

 また、国内の市場規模が非常に限定的であることに加え、80年代から続く、農
産物に対する国内保護の削除や、関税の引き下げなど一連の規制緩和という流れ
の中で、生き残ってきた農業であることを考えると、将来的な発展を輸出に求め
るしかないとの思いは切実であるといえ、WTO次期農産物貿易交渉でも、徹底した
自由化を求めてくるとみられる。

 STA戦略に関しては、早々に、アジアの経済混乱という不測の事態に直面したこ
とは、不幸といわざるを得ない。バルク商品であれば代替となる輸出先は容易に
確保されるのに対し、特定市場へ特化した高付加価値品ほど、その需要は当該市
場の動向に大きく左右されてしまうこと、また資金的に余裕のある大企業であれ
ば、価格低迷時でも将来的な市場拡大に向けて投資的な輸出が可能であるが、中
小企業にとってはリスクが大きいことなど、アジアの経済混乱はSTA戦略のウイー
クポイントを露呈することになった。

 しかしながら、長期的には、もともと生産コストの低い農産物資源を加工分野
などを通じて付加価値を高め、より競争力の高い輸出品を生み出すことは、農業
ばかりでなく食品産業全体の将来にとって、大きなテーマであるといえる。STA戦
略は、このための第一歩でもあり、洗練された「スーパーマーケット」になるか
どうか、今後に注目したい。


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