海外駐在員レポート
ブラッセル駐在員事務所 池田一樹、井田俊二
EUの農業は、共通農業政策(CAP)が始まって以来、増産の一途をたどっ てきた。この結果、農業に起因する環境問題も徐々に顕在化することとなった。 このため、特に、1992年のCAP改革では、増産一辺倒の政策が基本的に 見直され、現在では環境対策が広く農業政策に組み込まれている。また、昨年7 月に発表され、今後のCAPの方向性を打ち出したアジェンダ2000でも、次 期改革の大きな柱として、環境対策の強化が提案されている。 今回は、今後ますます重要性を高めると思われるEUの環境関連対策について、 その歴史と各国で採られている具体的な措置についてレポートする。
EUの環境関連政策は、共通農業政策(CAP)に比べると、比較的新しい政 策である。1958年のECの発足にあたり、いわば憲法として定められた欧州 経済共同体設立条約(ローマ条約)では、環境関連政策については触れられてい ない。 一方、CAPの目的は、@農業生産性の向上、A農村の十分な生活水準の確保、 B市場の安定、C安定供給、D適正な消費者価格の担保と定められており、現在 も変わっていない。この目的からもわかるように、当時の農業の課題は、第2次 大戦前後の食糧不足を繰り返さないよう、生産性を向上させることであり、また、 そのために農家の所得を確保して、生活水準を向上させることにあった。さらに、 農家経営が、現在よりも粗放的であり、比較的環境汚染の懸念が少なかったこと もあり、環境関連対策は共通政策としては取り上げられていない。 その後、畜産についてみれば、1970年代から、フランスのブルターニュか らデンマークに続くベルト地帯で、土地に立脚しない、輸入飼料に頼った集約的 生産が盛んになる。現在ではその典型はオランダであり、たとえば養豚部門につ いては、あまりの過密さに、政府は目下、今後5年間で飼養頭数を1/4削減す る計画を提案している。 こういった農業生産環境の変化と並行して、70年代の終わりから80年代の 初めにかけて、オランダ、英国、ドイツなどで、環境問題への独自の取り組みが 始まった。 一方、EUレベルでは、1972年のパリサミットで、共同体の目的が経済成 長そのものに限ったものではない旨の宣言を採択している。さらに同年、産業界 全体についての、環境関連の政策の方向を提示した第一次環境行動計画が策定さ れた。この計画は、農業分野では1975年のいわゆる条件不利地域対策の誕生 につながることとなる。環境行動計画は期限付きで達成目標が定められており、 現在は第五次計画が実施されている。 ただし、環境対策が具体的な政策として積極的に実施されはじめるのは、80 年代に入ってからである。1985年には、各国で措置されているの環境に配慮 した農業活動に関する取り組みへの補助を認めるEU規則が設置された。さらに、 1987年に発効した単一議定書で、ローマ条約が大幅に改正され、EUでは諸 々の政策の構成要素に環境対策を含めなければならないこととなった。EUの憲 法により、あらゆる政策が、環境面への配慮が必要となったわけであり、画期的 な進展である。さらに、予防対策の実施、汚染源の遮断及び汚染加害者の負担と いた環境対策の3原則が定められた。ただし、実際面では、各国の農業関係者や EUの農業総局は、環境関連措置が農業生産抑制につながることから、90年代 になるまでほとんど具体的な措置はみられていない。 ローマ条約中の環境関連規定は、1993年に発効したマーストリヒト条約で も改正され、EUの政策の定義や実行に際しては、環境保護対策を組み込まれね ばならないことと定められた。環境関連の規定の主要部分は、次のとおりである。
第2条 共同体は −中略− 環境を尊重した持続的かつインフレーションのな い成長 −中略− を目的とする。 第3条k 第2条の目的を達成するため、本条約及び本条約に定められた予定に 従い、以下の活動を行う。−中略− (k)環境関連政策 −後略− 第130r条 1 共同体の環境関連政策は、次の目的の達成に寄与しなければならない。 (1)環境の質の維持、保護及び改善 (2)ヒトの健康の保護 (3)自然資源の慎重かつ合理的な利用 (4)地域的あるいは世界的な環境問題に対処するための国際レベルでの措置の 振興 2 共同体の環境政策は、共同体の様々な地域の状況が多様であることを踏まえ て、高い水準の保護を目的としなければならない。その際、予防を第一とし、 防止対策をとり、次いで環境汚染をその源で絶ち、更に、汚染加害者が負担を 行うことを原則とする。環境保護に関する要請は、他のEUの政策の定義や実 行に組み込まれねばならない。(以下略) 3 環境政策の立案にあたって、共同体は以下の事項を踏まえなければならない。 (1)利用可能な科学的及び技術的データ (2)共同体の様々な地域における環境条件 (3)行動の有無による費用と便益 (4)共同体全体の経済的及び社会的発展及び地域のバランスのとれた発展 4 共同体及び加盟国は、権限の範囲内において、第三国やしかるべき国際機関 と協力しなければならない。(以下略) |
この改正と前後するが、1991年には、農業活動がもたらす硝酸塩による水 質汚染を防止することを目的としたいわゆる硝酸塩指令(91/676)が制定 されている。この指令は、硝酸塩流出に関し脆弱な地域での窒素肥料の使用量削 減や、家畜の過密飼養と糞尿の散布や放出の削減を目的としたものであり、畜産 分野の環境対策の大きな柱となっている。 1992年には、CAPの改革が行われた。この際、環境保護上の農業の役割 が注目された。従来、環境対策は、主に農業構造政策の一環として行われてきた が、この改革により、新たに「農業と環境保護制度」が措置された。この改革の 大きな成果のひとつに、対策の財政基盤が充実したことが挙げられる。CAP予 算(約400億 ECU)の財源は、ほぼ全てが欧州農業指導/保証基金である。こ のうち、農業構造政策の財源となる農業指導部門の予算は1割に満たない。新た に措置された自然環境保護と農業措置は、予算額の大きい農業保証基金を財源と しており、93年から97年の間に50億ECUの予算が措置されている。 マーストリヒト条約の合意で、ローマ条約に環境関連政策のテコ入れが行われ るとともに、CAP改革で具体的な政策が打ち出されたことを踏まえ、1993 年には、第5次環境行動計画が定められている。この行動計画では、基本的な目 的の下に、2000年までの達成目標を定め、さらに、具体的な行動を定めてお り、現在のEUの環境関連政策の基本が定められている。 今後の方向性については、次期CAP改革の方向性を提案したアジェンダ20 00のなかで、対策の維持/強化を打ち出している(畜産の情報海外編97年1 0月号)。
EUでは、環境保護政策は、他の政策に組み込むこととされている。したがっ て、CAPにおいてもそれぞれの政策に様々な形で組み込まれている。以下、C APの構成要素である、共通市場政策、92年のCAP改革で創設された「関連 政策」及び構造政策といったCAPを構成する政策別に、自然環境保護制度の概 要をみてみたい。 1 共通市場政策 92年のCAP改革で、各種の肉牛奨励金が新設あるいは拡充された。この際、奨 励金の柱となる雄牛特別奨励金及び繁殖雌牛奨励金の交付条件として、頭数制限 (個人或いは地域)や飼養密度制限が導入され、また、飼養密度の低い生産者を 対象とした粗放化奨励金が導入された。綿羊については、その奨励金の交付にあ たり、特別の飼養密度制限は加わっていないが、肉牛奨励金の交付条件となる飼 養密度は綿羊を含めて算出することとされている。これらは、いづれも飼養密度 を制限して生産を抑制することにより、排出される窒素の削減等を目指している。 表1:肉牛奨励金における飼養密度の条件など 注:家畜単位;雄牛、乳牛及びその他2歳以上の牛=1、6ヶ月から2歳まで の牛=0.6、めん羊=0.15として換算する。換算にあたっての面積 は飼料用地である。 さらに、加盟国は、雄牛特別奨励金や繁殖雌牛奨励金の交付対象となっている 牛の飼養密度に関して、独自に環境面からの規制を導入できることともされてい る。 英国では次の状況を過密飼養頭数と定義し、これにより土地が著しく荒廃して いると判断した場合は、最適な飼養頭数を生産者に通知することとしている。通 知後は、当該頭数がその後の奨励金の交付対象頭数となる。さらに、通知後も、 頭数の削減を開始しなかった場合は、奨励金の交付は差し止められることとされ ている。 @その土地の草木の生育、特性あるいは品種構成を著しく阻害するだけの飼養 頭数(ただし、通常完全に食べ尽くされてしまう草木を除く)。または A補助的給餌により、家畜が過度に土地を踏み荒らしたり、或いは、餌の運搬 車により、土地が過度に荒らされてしまう飼養頭数。 2 CAP関連政策 1992年のCAP改革で環境問題に直結した関連政策として、農業と環境保 護制度と農地の植林制度が導入された。 1)農業と環境保護制度 (1) 制度の概要 この制度は、自然環境の保護を目的とした農業生産の減少、農村経済の多角化 による収入源の多様化と農村の発展を目的としている。具体的には、化学肥料使 用の大幅な減少、オーガニック農業の実施、牛やめん羊の飼養密度の減少、ビオ トープ保護区や自然公園の設立、水系の保護を目的とした20年以上の休耕、レ ジャー活動や公共交通のための土地利用といった、自然環境及び農村への好影響 を与えると考えられる活動に対して、加盟国が補助金を交付することができるこ とを定めている。ただし、各加盟国それぞれに抱えている環境問題やその対策の 優先順位が異なることから、具体的な制度については、各国が独自に創設するこ ととされており、また、生産者の参加はあくまで任意とされている。 補助額については、制度毎に上限が定められている。EUの補助率は50%で あるが、一部の地域(構造基金の目的1の対象地域)では75%となっている。 95年末までにEU全体で160の制度が承認されている。 この制度は、財政基盤が充実しているほか、加盟国に制度選択の範囲を広げた こと、EUの補助率が高く、事業採択のインセンティブがあること、緊急課題の みに限らず、長期的視野での保護が考慮されていること、EU全国が対象で、環 境破壊のおそれの高い地域に限定していないこと等の特徴がある。なお、この制 度の運用経費の実績について、巻末に掲げた(表9〜14)。 表2:農業と環境保護制度におけるEUの補助の上限額 注:1ECUは約140円 (2)各国の事例 @ ドイツ ア MEKA MEKAは、バーデンヴュルテンヴェルグ州で1992年に始まった事業であ る。この計画の対象地域は、次の3地域とされている。 ○浸食により危機に瀕している地域、 ○特別な景観保全の必要性のある地域 ○地下水の保護が必要な地域 プログラムの経費は、5年間で3億1400万ECU(440億円)と見積もられ ており、EUの補助率は50%となっている。事業の採択率は極めて良く、対象 農家数8万5千戸のうち、6万戸の農家で実施されている。また、対象地域の農 地の少なくとも69%が事業の対象となっている。地域の農家収入はこの事業に 依るところが大きい。1戸当たりの農家収入は、事業に参加した農家で4万7千 ドイツマルクとみられるが、その他の農家では3万ドイツマルクと推定されてい る(1993年)。農家収入の1/3以上が補助金とみられ、同州の農業収入が ドイツで第3位となっている原因の一つともなっている。 表3:MEKA事業の補助単価 注:1ECUは約140円 イ バイエルン州の農業環境事業(KULAP) ドイツ最大の州であるバイエルン州には、ドイツの全農家の1/3が存在して いる。バイエルン州の景観保全事業は1989年に採択された。この事業は、1 993年に、CAPの農業環境措置が創設に伴って、同措置に組み入れられるこ ととなった。畜産に関する主要な5つの事業は以下のとおりである。 1)バイエルン州政府の定める勧告に従った、環境に優しい農業へ転換のため の基本となる奨励事業。(単価17ECU/ha) 2)1)の付随事業:家畜飼養密度の削減(単価85〜426ECU/ha)、草 地の粗放化(43〜128ECU/ha) 3)絶滅の危険のある動物の飼養 4)特別な地域(急勾配の地域、山岳放牧地域)の保護と維持(単価43〜3 40ECU/ha) 5)これらの措置の導入のための教育及び研修 1995年には、134千戸を越える農家が1)の基本事業に参加している。対 象面積は2.9百万haとなり、1億4百万ドイツマルクを越える補助金が交付さ れた。2)の付随事業には、42千戸を越える農家が参加しており、84千以上 の事業契約が成立している。これらには以下の様な措置が含まれている。 表4:KULAP事業の参加者 注:1ドイツマルクは約70円 ウ 耕地における花の保護に関する計画(北ライン−ウエストファーレン州) 絶滅の危機に瀕している花の品種の維持を主たる目的とした計画である。耕地 に3m〜6mの幅で帯状に花を栽培するとともに、殺虫剤などの使用を行わずに 耕地を管理する場合、212〜334ECU/haの補助金が交付される(ただし、 帯状の花の栽培面積に対してのみ)。 A フランス ア 草地の保全計画 草地の転用を抑制し、景観の保全を図るとともに、草地の環境上の役割を維持 することを目的とした計画である。最低3haの草地及び最低3家畜単位の家畜を 有する者が、5年間にわたり次の条件を遵守する場合、46ECU/haの補助 金が交付されている。 ○家畜使用密度が1単位/haを超えないこと。ただし、農地のうち草地の占 める割合が75%以上の場合は、上限を1.4単位/haとする。なお、飼 養密度が0.6単位以下の場合は、補助金交付に特別な規定が適用される。 ○永年草地の維持、収穫及び刈り入れ、及び水路、生け垣等、計画下の範囲の 維持管理。 ○草地への肥料の投入の上限を70kg/haとする。 1993年には、16万戸の対象農家のうち、12万戸の農家が交付を受けて おり、総額は1億5千万ECUとなっている。93年から97年の配分予算は10億 ECUとなっている。 イ 家畜の飼養密度の減少対策 家畜頭数の削減あるいは経営面積の増加による家畜の飼養密度の削減を目的と する事業である。飼養密度は3.5haを越えないことが条件となっている。交付 金は年間1500フランスフラン/家畜単位である。草地保全計画や耕地から粗 放型の草地への転換による奨励金の交付を受けている者は、交付を受けることは できない。 ウ その他 水源地の保護、河川の保護、及び浸食の防止を目的として、5年間にわたり、 耕地から草地への転換を行う事業(耕地から粗放型の草地への転換事業)や、急 速な減少に瀕している牛、羊、山羊、及びロバの雌の飼養を奨励する事業(絶滅 の危機に瀕している種の飼養事業)などが行われている。 表5:フランスにおける農業と環境保護制度の支出 (1994、アの草地の保全計画を除く) 資料:フランス農業省 注:1フランスフランは約21円 B デンマーク デンマークでは、政府が硝酸塩や燐の侵出防止等を目的として「環境に優しい 農業事業」を行っている。この事業では、肥料などの投入物の削減やオーガニッ ク農家への転換が奨励されている。他国の事業と比較すると、肥料の削減が重要 視されている。助成対象者は、事業を5年以上継続する者である。今日まで、3 回の申請期間(93年9月1日〜98年8月31日)、94年9月1日〜99年 8月31日、95年9月1日〜2000年8月31日)があり、合計でデンマー クの耕地面積の2%に相当する46981haが事業でカバーされている。予算は、 94年9百万クローネ、95年7千7百万クローネ、96年は1億7千4百万ク ローネとなっている。 表6:デンマークの農業と環境保護制度の補助単価 注:1ECUは約140円 C イギリス ア Countryside Stewardship Scheme 沿岸地域や昔からの草地等の特別な景観の維持保全計画であり、自然の景観の 美しさ、多種多様の野生生物、及び歴史的価値あるいは余暇のための価値の維持、 保全及び向上が目的となっている。例えば、沿岸地域の塩水沼地については、肥 料、除草剤及び殺虫剤を使用せず、また、秋から初春にかけては放牧を行わない 等の環境保全に配慮した管理を10年間行う場合は、23.5ECU/haの補 助金が交付されている。なお、計画開始年は、初期投資に対して、47ECUを 追加交付している。 イ その他 歴史的な環境の保全や野生動物の保護などを目的とした環境保全地域事業(ESA 事業、農地の15%に相当する43の指定地域(約3.5百万ha)で実施)、硝 酸塩濃度の抑制を目的とした事業、オーガニック農業の振興事業、高台の農家に 綿羊の飼養頭数の削減を奨励し、灌木や草で覆われた土地の改善を目的とする事 業などが行われている。 2)農地の植林制度 この制度は、温室効果対策や二酸化炭素の吸収源の維持拡大を目的として、農 地への植林を促進すると同時に、農家の林業活動の促進も兼ねている。この制度 では、植林、植林地の維持管理、農地の林野への転用に伴う収入の減少の補填、 山火事予防措置等への投資に対して、加盟国が補助金を交付することができるこ とを定めている。EUの補助率は(1)と同様である。 3 農業構造政策 EUの構造政策は、@欧州農業指導/保証基金の指導部門、A欧州地域開発基 金、B欧州社会基金の3つの構造基金を財源としている。これらはもともと、そ れぞれの目的をもって、異なる年に独立して創設されたが、現在では、構造政策 全体が6分野に区分され、それぞれの構造基金から関連する政策に予算が配分さ れている。農業に関係する分野とその概要、及び環境に関連する事項は次のとお りである。 (1)目的1 開発の遅れた地域における開発及び構造調整を目的としている。具体的な対象 地域は、一人当たりGDPが、過去3年間のEU平均の75%未満の地域である。 環境関連対策としては、環境保護、田園の維持、景観の維持に関する措置があり、 @の基金の交付対象となると定められている。 (2)目的5b 農業構造の調整を大きな目的としている。具体的な対象地域は、農業人口の割 合が高く、農業所得が低いなどの条件を満たしている地域である。環境関連対策 としては、(1)と同様である。1994年から99年までの予算の12%に相 当する7億2千万ECUが環境対策に当てられており、その約6割は、田園地域や生 態系の維持に当てられている。 (3)目的5a 農村の開発を大きな目的としている。目的1と5bでは、地域が限定されてい るが、この目的の下に分類される措置は、EU全域にわたって行われている(た だし、目的1に分類される地域は除かれている)。さらに、目的1と5bと異な り、あらかじめEU規則で具体的な事業内容が定められている。環境関連の措置 としては、EUの耕地の56%を占める条件不利地域で、農業活動を維持するこ とにより景観を維持し、また、土地の荒廃を予防するために補助が行われている 他、オーガニック農業への転換、副産物の活用、廃棄物のリサイクル等のための 投資に対する助成が行われている。 条件不利地域対策は、1975年に始まった。条件不利地域の区分及各国別に 指定された面積は表7のとおりである。条件不利地域対策は、農業活動を行う上 で自然のハンデのある地域における離農に歯止めをかけて農村の過疎化を防止す ることにより、農村地域の保全を図ろうとするものである。したがって、これま で述べてきたような、農業の存在を前提とした環境保護対策とはやや趣が異なる と言えるかも知れない。 条件不利地域内に3ha以上の農地を有し、家畜を有する場合は、飼養密度が1. 4LU/ha未満の農家に対して、自然のハンデに対する「補償」という形で補助が 行われている。補償額は、加盟国が、ハンデの大小を踏まえて決定することとさ れている。この際、家畜を飼養している場合は、家畜単位を使用して積算し、そ れ以外の場合は、耕地面積(飼料畑を除く)から積算することとされている。畜 産農家の場合、原則として補償額は20.3〜102ECU/LUの間とされている。 ただし、飼料作物畑1haあたり、102ECUを越えてはならないと定められてい る。 1 山岳地域:以下のいづれかの地域 (1)最低高度が600m〜1000mの地域。これより高地では植生の期間が 短くなる。 (2)平均勾配が20%を越え、機械作業がでないか、あるいは極端にコスト高 に成る地域。 (3)上記の2条件をみたし、かつ相乗効果となっている地域。 これらは、農業活動の制約要因であり、また、経済、社会的なハンデとなって いる。アルプス の厳冬、地中海沿岸山地の夏の干ばつ等が相当する。 2 過疎化のおそれのある地域:以下の全てを満足する地域 (1)土地がやせており、畜産以外には不向きな地域 (2)(1)の自然のハンデのため、農家経済面で平均以下の地域 (3)農業に依存しているが人口密度が低く、あるいは減少傾向にあり、存続の 危険のある地域 3 特別なハンデのある地域: 自然環境面で特別なハンデを有する小地域で、農村の維持やツーリズム潜在資 源の維持には農業が欠かせない地域。該当する地域の面積は、加盟国の国土の2. 5%以下(現在は4%)にすることとされている。「特別なハンデ」の例は以下 のとおりである。 (1)劣悪な土壌中の水循環(2)沿岸地域の高い塩の濃度(3)土壌に埋没す る石灰岩や極端な粘土質の土壌(4)環境保護規制の結果、農業活動が著しく制 限される地域(5)海上交通のコストの高い地域など 4)事業の採択と財政負担 EU委員会は、加盟国から提出された計画を検討し、採択の可否を決定する。 これらの計画に要する経費については、EUの丸抱えではなく、各国が財政負担 をすることが前提となる。EUの補助率は、目的1の措置については50%〜7 5%、目的5の措置については、最高50%とされている。
硝酸塩指令により、加盟国は農業活動に基づいて発生する硝酸塩による水質汚 染を抑制するため、93年12月までに@必要な国内法を整備し、A硝酸塩によ る水質汚染の発生地域、あるいはそのおそれのある地域を指定し(硝酸塩脆弱地 域。基準値は硝酸塩50mg/l)、B汚染防止のための農作業基準(指定地域 内では義務、その他の地域では任意)を策定することとされている。また、95 年12月までにC指定地域内の汚染防止のため、義務的に実施すべきアクション プログラムを策定することとされたされた。こういった農作業基準やアクション プログラムでは、糞尿の散布禁止期間、禁止区域、窒素の散布量、一定容量の糞 尿貯蔵施設の設置などを定めることとされている。その具体例は表8のとおりで ある。 EU委員会は昨年、この指令の実施状況についての報告を発表した。冒頭で「硝 酸塩指令の採択から6年が経過したが、ほとんど全ての加盟国で守られていない。」 と述べられ、必ずしも規則が順調に実施されていないことが報告された。昨年7 月末現在での実施状況は、次のとおりとなっている。 @国内法の整備:十分な法整備が完了したと判断される国は、デンマーク、フ ランス、ルクセンブルク及びスペインの4カ国のみとなっている。 A地域指定:オーストリア、デンマーク、ドイツ、ルクセンブルク及びオラン ダが国内全域を指定している。一部地域を指定したスウェ−デン及び英国、 該当地域なしとしたアイルランドについては現在調査中である。他の加盟国 では、まだ指定が行われていない。 B農作業基準:ベルギー、ポルトガル及びスペインを除いて策定されている。 ただし、一部に内容の不備がみられるなど、今後精査が必要と述べている。 さらに、同様の条件下にある地域間の基準の比較検討も必要であると述べて いる。 Cアクションプログラム:硝酸塩指令の実施の鍵を握る部分としながらも、策 定が終了した国は、オーストリア、デンマーク、ドイツ、ルクセンブルク及 びスウェ−デンのみと報告している。さらに、ドイツ及びルクセンブルクは、 指令に則していないと判断されており、他の国についても調査中となってい る。 硝酸塩指令の実施の遅れに対してEU委員会が講じた措置について、EUの情 報公開規則に基づき10カ国について報告されている。これによると、ギリシア、 イタリア、ポルトガル、スペインといった南欧諸国は全てEU裁判所で係争中で ある。ベルギー、フィンランド、フランス、アイルランド、オランダ及びイギリ スについては、警告通知あるいは具体的な訴訟の準備段階にある。 EU委員会は、硝酸塩汚染対策の実施の遅れについて、環境や公衆衛生上深刻 な問題であり、今後可能な限りの手段を講じて実行を促していくと述べている。 硝酸塩指令については、畜産の情報海外編96年3月号も参照されたい。 表7:EUの糞尿対策例
EUでは、1993年2月に「持続的発展にむけて」と名付けられた第5次環 境行動計画を公布した。持続的発展とは、環境や自然資源に悪影響を与えずに経 済的及び社会的発展を継続することといった意味で使われている。具体的な目標 や行動計画については、畜産の情報海外編96年3月号に詳しく紹介されている ので、ここでは、その性格について、紹介することとする。 この計画の策定の背景となる自然、社会、政治的情勢について、同計画では次 のように述べている。 (1) 過去4時にわたる行動計画の結果、ほぼ自然環境汚染防止に関して約2 00の規則が制定されたが、気象の変化、酸性雨や大気汚染、自然資源や 多様な生態系の消耗、水資源の消耗、都市環境の悪化、沿岸区域の環境悪 化、廃棄物などの問題は、徐々にではあるが、確実に進行していること。 (2)現在の環境保護対策は、今後予想される世界的な競争の激化やEUの活動 の進展が、自然資源や環境、ひいては生活の質に負担を課すことになるこ とに対応できるものではないこと (3)世界的な気象の変化、森林の減少、エネルギーの消費、深刻かつ根強い低 開発国問題、さらに中東欧諸国の政治経済問題の進行といった世界的な懸 案は、国際舞台におけるEUの責務を増大させていること (4)さらに、92年2月7日に合意されたマーストリヒト条約で、EUの政策 としての環境問題が、これまでになく強固に位置づけられてたこと また、この計画の特徴を、従来の行動計画との相違から次のように位置づけて いる。 (1) 問題が発生すること待つのではなく、自然資源を消耗し、さもなければ 環境に悪影響を与える人や活動に注目していること。 (2) 環境に悪影響を与えている現在のトレンドや活動を変える引き金となり、 現在の世代及び次世代にとっての、社会経済的な幸福と成長に最適な条件 をあたえようとするものであることと。 (3) 行政機関、公共及び民間企業、一般国民といった社会の全ての分野が、 それぞれの責任を分担し、こういった社会の行動パターンの変化を達成し ようとしていること。 (4) 責任は、特定の課題や問題の解消のための一連の措置の幅がきわめて広 くなることを通じて、分担されることになること。 この計画では、対象分野を工業、エネルギー、輸送、農業、ツーリズムの5分 野に区分し、2000年までの行動目標が掲げられているが、この期間は、あく まで長期の振興計画の中でのステップと位置づけている。また、これらの目標は、 法規を制定して達成の義務を課すものでなく、あくまで達成目標である。計画の 中で、農業と環境については、次のように述べられている。 (1) 農業生産者は、土と田園地域の保護者である。農業生産性の向上、機械 化の進展、輸送や市場措置の改善、食料や資料の国際貿易の増加は、当初 のローマ条約が掲げた目標である、適正価格での食糧供給の保証、市場の 安定及び農村社会の生活水準の達成に貢献してきた。しかしながら、一方、 域内の多くの地域で見られる農業手法の変化は、自然資源の乱獲及び劣悪 化を引き起こしている。これらの資源は農業に不可欠なものであり、土、 水、大気である。 (2) 自然資源の劣悪化に加え、過剰生産と在庫を抱える商品、農村地域の過 疎、EUの予算及び国際貿易といった深刻な問題が持ち上がっている。農 業活動、その他の農村の振興及び自然資源のそれぞれに、より持続的な観 点から適正なウエイトで重要性を与えることが、環境面で望ましいだけで はなく、農業、社会及び経済的に健全な意味をもつことは明らかである。 (3) この計画は、EU委員会のCAP改革案や森林の開発案を元に、さらな る発展をめざすものであり、そのことにより、農村地域の生産、社会及び 環境目的を満足する、バランスのとれた、また、力強い発展をめざすもの である。
EUの環境対策は、92年のCAP改革を機に一段と具体化されてきたといえ る。当時のCAPの大きな課題が過剰生産の解消であったことや、ガットウルグ アイラウンドの交渉中であったことを考えると、環境に配慮した生産の抑制の一 段の推進は、これらをにらんでのことであると見ることもできるかもしれない。 しかし、環境対策は古くから叫ばれ、また、規模こそ小さいが、具体的な行動も 行われてきていたことを踏まえると、この改革はむしろこれまでの政策の延長線 にあるものと評価したい。 その後、いろいろな対策が実行に移されている。こういった具体的な動きは、 まだ始まったばかりと言っても過言ではないが、すでに多くの種が蒔かれている ことも事実である。環境対策は、産業政策と真っ向から衝突する分野も多いが、 農業は共存が十分可能な分野でもあり、今後のEUの更なる環境対策の推進に注 目したい。 表8:農業と環境保護制度1(EU予算に占める支出割合) 注1:97年は推定 2:1EUCは約140円 表9:農業と環境保護制度2(EU補助額の推移) 注:1EUCは約140円 表10:農業と環境保護制度3(93年から97年までの合計支出) 注:1ECUは約140円 表11:農業と環境保護制度4(97年の支出状況) 注1ECUは約140円 表12:農業と環境保護制度5(事業対象面積と支出、97年) 注1ECUは約140円 表13:農業と環境保護制度6(事業参加者数)
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