海外駐在員レポート 

米国のWTO農業協定の実施状況と今後の方向

デンバー駐在員事務所  本郷秀毅、藤野哲也




1 はじめに

 7年余りにわたるガット史上最長の交渉の末、ウルグアイ・ラウンド(UR)が
実質的な合意に達したのは93年12月のことである。その後、94年4月に、モロッ
コのマラケシュで開催された閣僚会議において、最終文書への署名が行われ、交
渉は正式に終了した。

 95年 1 月 1 日には、UR合意に基づき、世界貿易機関(WTO)が誕生した。WTO
協定の一環である農業協定においては、95年からの6年間を実施期間として、国
内支持、市場アクセス、輸出競争の3分野において、それぞれ保護の削減を図る
ことが約束された。これを受けて、WTO加盟国は、国内法体系の整備や農業政策の
改革を行うこととなった。

 加盟国の中でも、最も注目に値するのは米国の対応であろう。それは、単に大
国故に、他の加盟国に対する影響力が大きいという理由からばかりではない。米
国は、WTO協定との整合性を図るため、主要国の中でいち早く農業政策の改革を行
ったからである。96年農業法がそれである。

 今月は、WTO協定実施期間のちょうど中間点を過ぎたところで、米国のWTO協定
合意内容の概要を振り返るとともに、次期交渉において、引き続き最も大きな影
響力を行使すると思われる米国について、農業政策改革およびWTO協定の実施状況
の概要を報告する。


2 UR農業交渉の概要

( 1 )交渉過程

 80年代前半、欧州共同体(EC)は大量の余剰農産物を抱え、これを補助金付き
輸出により解消しようとしていた。このようなECの輸出攻勢に対して、米国は、
85年農業法に基づく輸出補助金競争へと突き進み、この結果、農産物の国際価格
は大幅に低下し、農産物貿易の混乱を招くこととなった。

 このような農産物貿易をめぐる事情の変化を背景として、第8回多角的貿易交
渉(UR交渉)は、86年9月、ウルグアイのプンタデルエステで開催された閣僚会
議における合意により開始された。しかしながら、交渉参加国の対立により、交
渉は遅々として進展せず、結果的に、最終合意までに7年余りの年月を要するこ
ととなった。このような長期間を要する交渉ではあったが、合意に至るまでには、
交渉を進展させるいくつかの転機があった。

@ 中間レビュー(89年 4 月)

 89年4月に行われた中間レビューで、現状の国内および輸出助成措置をその水
準で凍結するとともに、交渉の目標については、農業の支持・保護の相当程度の
漸進的削減を図ることで暫定的な合意がなされた。

A 最終合意文書案(91年12月)

 91年12月、当時のガット事務局長であるダンケル氏によって、最終合意文書案
(ダンケル・ペーパー)が提示された。この文書により、最終的な合意に反映さ
れた包括的関税化の考え方が示されるとともに、3分野それぞれの保護の削減目
標が具体的な数値で示された。

B ブレアハウス合意(92年11月)

 92年11月、米・EC間において、UR農業交渉に関する主要な妥協案が成立した。
合意が成立したワシントンの会場の名にちなんで、ブレアハウス合意と称される
のがそれである。結果的に、2つの超大国・地域間だけで合意された内容のほと
んどが、最終合意文書等の中に取り入れられることとなった。この合意に基づく、
ダンケル・ペーパーの主な改正点は以下のとおりである。

・国内支持:EUの共通農業政策(CAP)改革に基づく穀物生産に対する直接所得補
 償措置および米国の穀物生産に対する不足払制度を国内助成措置の削減対象政
 策から除外すること(注:ただし、@固定面積および固定収量に対する支払い
 であること、A基準生産数量の85%以下に対する支払いであること、B家畜に
 対する支払いは、固定頭数に対する支払いであること、のいずれかが条件。削
 減対象助成措置が「黄色」の政策、削減対象外の助成措置が「緑」の政策とい
 われるのに対し、本合意に基づく措置は「青」の政策と称されている。)

・国内支持の総合計量手段(AMS):産品ごとの計算・削減から農業全体での計算・
 削減にすること(注:AMSとは、内外価格差×国内生産量+削減対象補助金によ
 り求められる、計量化された国内農業保護相当量。)

・輸出補助金:補助金付き輸出数量の削減率を24%から21%に削減すること(注:
 93年末にブレアハウス合意の見直しが行われ、削減の起点となる期間について、
 86年〜90年の代わりに90年〜91年を用いることが可能とされたため、より多く
 の補助金付き輸出が可能となった。ただし、実施期間最終年の補助金付き輸出
 数量および金額を変更するものではない。)

・油糧種子紛争:WTO協定とは切り離された、米・EU間の油糧種子紛争に関する合
 意
 
C 調整案(93年12月)

 93年12月、市場アクセス交渉グループのドゥニ議長が、各国の対立する意見を
踏まえ、交渉期限である12月15日の約1週間前に、その妥協案としていわゆる調
整案を提出した。この調整案により、日本のコメなどが、一定の条件の下で包括
的関税化の対象外とされたことから、12月15日の交渉の妥結へと導かれることと
なった。


( 2 )最終合意の概要

@ 国内支持

・基準期間は86年〜88年

・国内政策を貿易歪曲的な削減対象政策(黄色)と削減対象外政策(緑)に分類

・農業全体のAMSを計算し、この数値を実施期間(95年から 6 年間)において20
 %削減

・86年以降に実施された自主的な削減についてはクレジットを付与(注:86年を
 基準年とすることができるという意味)

・削減対象品目のAMSが当該品目の生産額の 5 %(開発途上国は10%)以下であ
 る場合は、削減の必要なし
 
A 市場アクセス(関税)

・基準期間は86年〜88年

・全ての非関税措置を関税化(ただし、一定の条件を満たすものについては、関
 税化の特例措置)

・関税の水準は、原則として、基準期間における産品ごとの国内価格と輸入価格
 の差により求められる関税相当量(TE)として設定

・関税化品目を含め、6年間で平均関税引き下げ率36%、個別品目の最低引き下
 げ率15%

・関税化品目は、基準期間の輸入量を現行アクセス機会としてとして設定(税率
 は基準期間に設定されていた水準:一次税率)

・輸入実績がほとんどない品目については、ミニマムアクセス機会(税率は基準
 期間に設定されていた水準)として、実施期間の初年度に基準期間の国内消費
 量の 3 %として設定し、実施期間終了( 6 年目)までに 5 %に拡大

・関税化品目については、特別セーフガードを設定
 
B 輸出競争(輸出補助金)

・基準期間は86年〜90年

・実施期間(6年間)中に、輸出補助金支出額を36%、輸出補助金付き輸出数量
 を21%削減

・新たな産品に対する輸出補助金の供与を禁止
 
C 検疫・衛生(SPS協定)

・国際基準が存在する場合には、自国の検疫・衛生措置を国際基準に基づかせる
 ことを原則とするが、科学的正当性等がある場合には、国際基準よりも厳しい
 措置を採用し、維持することができる

・自国の検疫・衛生措置を通報することにより、透明性を確保


3 米国のWTO協定合意内容の概要

( 1 ) 国内支持

 米国は、UR農業合意に基づき、国内農業政策を削減対象の「黄色」、削減対象
外の「緑」または「青」に分類し、基準期間のAMSを求めるとともに、95年から20
00年までの実施期間にこれを20%削減することを約束している。

 具体的には、大麦、小麦、米、トウモロコシ、ソルガム、綿花、羊毛、モヘア、
乳製品、蜂蜜、落花生、砂糖の12品目について、産品特定的AMSを算出している。
他方、オート麦、ライ麦、大豆、タバコ、牛肉(基準期間に実施された搾乳牛淘
汰事業に係る牛肉の買い上げ措置)の 5 品目および非産品特定的AMS(西部17州
による農業用水補助、国有地での放牧に対する補助、連邦作物保険公社への補助、
州の農業信用政策による補助)については、最小限(デミニミス)条項により削
減の対象外としている。

 この結果、米国の農業全体のAMSは、基準期間の239億ドル(約3兆4千8百億
円:1ドル=145.6円で換算)から2000年までに191億ドル(約2兆 7 千181百億
円)まで削減することが約束されている。

 なお、参考までに、乳製品のAMSの計算方法を説明すると、以下のとおりである。

 第1に、内外価格差の算定に当たっては、国内価格は加工原料乳支持価格を用
い、外部参考価格には、ヨーロッパ北部等におけるバターおよび脱脂粉乳のFOB価
格から推定したCIF価格(還元乳価格)を用いている。第 2 にこれらの差額とし
て求められる内外価格差に国内総生産量を乗じて価格支持相当額を求める。ここ
で留意すべきは、加工原料乳の生産量ではなく飲用向けも含めた総生産量が用い
られていることである。これは、飲用乳の最低価格が、連邦ミルク・マーケティ
ング・オーダー制度に基づき、加工原料乳支持価格にクラスI(飲用向け生乳)
差額を加えることにより設定されているため、間接的に支持されていることによ
る。

表 1  米国のAMS削減約束

 資料:USDA


( 2 ) 市場アクセス

@ 牛肉:食肉輸入法を関税化

 米国においては、牛肉(羊肉および山羊肉を含む。)の輸入数量が、毎年設定
される輸入制限数量の110%を超えると見込まれる場合には、79年食肉輸入法に基
づき、輸入制限措置が発動される仕組みとなっていた。しかしながら、現実には、
関係輸出国に対し、輸出自主規制措置を強いることにより、輸入制限措置の発動
は回避されてきた。

 米国は、WTO協定に基づき、95年以降、食肉輸入法による輸入制限措置を関税化
し、製品重量ベースで年間656,621トンの牛肉の国別関税割当枠を設定した。この
ほか、アルゼンチンとウルグアイに対し、口蹄疫などの衛生条件の改善を前提と
して、それぞれ2万トンずつの関税割当枠を追加することとした(ウルグアイは
96年以降、アルゼンチンは97年以降、それぞれ衛生条件の改善により、当該追加
割当を受けている)。

 また、関税割当枠内の関税は、従前どおり、枝肉および半丸枝肉は4.4セント/
kg、高級部分肉は4%、加工済み牛肉は10%、その他の輸入の大半を占める加工
用牛肉は4.4セント/kgとした。

 なお、関税割当枠を超える牛肉の輸入に対しては、基準期間の関税率を内外価
格差から31.1%と算定し、これを実施期間に15%削減(=最小削減率)し、2000
年には26.4%まで引き下げることとしている。

表 2  牛肉の国別関税割当枠

 資料:「Harmonized Tariff Schedule of the United States」(1998)
  注:カナダおよびメキシコはNAFTAにより無制限。

A 豚肉:関税を36%削減

 豚肉については、枝肉は無税とし、部分肉の関税を実施期間に2.2セント/kgか
ら36%削減(=平均削減率)し、2000年には1.4セント/kgまで引き下げることと
している。

B 家きん肉・卵:関税を20%削減

 家きん肉および卵については、2000年までに関税を20%削減することとしてい
る。具体的には、部分肉は22.0セント/kgから17.6セント/kgに、分割していな
い鶏肉は11.1セント/kgから8.8セント/kgに、分割していない七面鳥の肉は18.7
セント/kgから15.0セント/kgに、それぞれ引き下げることとしている。

表 3  食肉に係る関税削減約束

 資料:USDA

C 乳製品:ウェーバー品目を関税化

 米国は、農業調整法22条に基づく輸入規制措置(ガット上輸入自由化を免除さ
れていた措置:ウェーバー)を関税相当量に置き換え、これを実施期間に15%削
減(=最小削減率)することとしている。主要乳製品の関税削減約束は次のとお
りである。

         基準期間      2000年

 ・脱脂粉乳 101.8セント/kg   86.5セント/kg
 ・バター  181.3セント/kg 154.1セント/kg
 ・チーズ  144.3セント/kg 122.7セント/kg

 また、チーズの輸入割当枠110,999トンは関税割当枠に置き換えられ、2000年ま
でに30,992トン増枠され、141,991トンとなる。この枠は、国別に割り当てられる。
その他の乳製品に対しても関税割当枠が設定され、実施期間の初年度である95年
においては、乳脂肪分に対し13,700トン、無脂乳固形分に対し26,825トンが割り
当てられた。これが2000年までに、それぞれ22,785トン、26,825トンに増枠され
る。この割当枠は、農業調整法22条に規定された乳製品に対し、表4のとおり配
分される。

表 4  乳製品の市場アクセス約束

 資料:USDA


( 3 ) 輸出競争

@ 牛肉

 米国は、WTO協定に基づき、牛肉の補助金付き輸出について、数量および金額ベ
ースでそれぞれ上限を設定した。数量については、2000年までに86年〜90年(基
準期間)の水準から21%削減し17,589トンとし、金額については、同様に36%削
減し22,822千ドルとすることとしている。

A 豚肉

 豚肉についても同様に、数量については、2000年までに基準期間の水準から21
%削減し395トンとし、金額については、同様に36%削減し497千ドルとすること
としており、ほとんど無視できる水準となっている。

B 家きん肉・卵

 家きん肉についても同様に、数量については、2000年までに基準期間の水準か
ら21%削減し27,994トンとし、金額については、同様に36%削減し14,555千ドル
とすることとしている。他方、卵については、削減約束の起点を91〜92年としつ
つ、数量については、2000年までに基準期間の水準から21%削減し6,920千ダース
とし、金額については、同様に36%削減し1,604千ドルとすることとしている。

C 乳製品

 乳製品についても同様に、数量ベースで2000年までに基準期間の水準から21%
削減し、金額ベースで36%削減することが約束されている。具体的な削減約束は
表5のとおりである。ただし、数量ベースの削減約束の起点は全て91〜92年とし、
金額ベースの削減約束の起点は、その他の乳製品についてのみ91〜92年を用いて
いる。

表 5  乳製品の輸出補助金削減約束

 資料:USDA


4 WTO協定に沿った政策対応

( 1 ) 96年農業法

 米国では、おおよそ 5 年ごとに農業法が見直され、その後 5 年間程度の基本
的な農業政策の方向が示される。96年農業法は、96年から2002年までの7年間の
農業政策の方向について、法的な権限を付与するものである。96年農業法も、基
本的には、これまでの農業法と同様の手続きを経て導入されたものであるが、従
来の農業法とは明らかに異なる点がいくつかあった。それらを列挙すれば、以下
のとおりである。

・穀物に対する不足払い制度の廃止およびその代替措置としての7年間の直接支
 払いの導入
・不足払いの条件である穀物の減反計画の廃止
・穀物の農家保管制度の休止
・加工原料乳支持価格の漸減および2000年以降の廃止
・農産物輸出奨励事業予算の削減
・環境保全事業の継続および新規事業の導入
・21世紀農業生産委員会の創設および米国農業における未来の政府の役割に関す
 る議会への報告(98年および2001年)
・数々のリスク管理対策およびこれらの対策を試験するためのパイロットプログ
 ラムの活用に関する権限付与

 以上のとおり、96年農業法は、農業生産に対する政府の関与の削減という点で
は、ほとんど画期的な改革を行ったものであるといえよう。以下では、96年農業
法による政策改革のうち、WTO協定に沿った改革がなされたものの概要を記す。

@ 穀物政策:「青」から「緑」の政策へ

 96年農業法は、米国農業政策の根幹ともいえる穀物(小麦、トウモロコシなど
の飼料穀物、綿花、米)を対象とした不足払い制度を廃止し、新たに生産柔軟化
契約に基づく農家直接固定支払制度を導入した。契約期間は96年から2002年まで
の7年間であり、補助金総額は年々漸減する。不足払い制度参加の条件であった
減反は廃止され、作付けが原則として自由化された。米国は、96年農業法により、
市場志向型の農業政策に転換したといえよう。

 WTO協定の観点から注目すべきは、生産柔軟化契約に基づく農家直接固定支払い
は、過去の作付け面積に基づいて契約された面積の85%を対象として支払われ、
現在の生産水準や市場価格とは関連しないことである。これは、WTO協定上「緑」
の政策に分類されるデカップルされた所得支持の定義に沿った内容である。すな
わち、食料スタンプ事業を除き、米国の農業政策上、最大の支出費目である穀物
生産に対する助成措置が、当面削減の必要のない「青」の政策から半永久的に削
減の必要のない「緑」の政策に再分類されたことを意味する。

表 6  農家直接固定支払補助金の年度別配分額・作物別配分割合

 資料:USDA

A 酪農政策:酪農関連AMSはゼロに

 酪農制度に関しては、米国の酪農制度を形成する2つの基本的な制度が改革さ
れる。すなわち、加工原料乳価格支持制度の段階的廃止と、飲用向け生乳を対象
とした連邦ミルク・マーケティング・オーダー制度に係るオーダー(日本の指定
生乳生産者団体またはその集乳範囲に相当)の統合および飲用向け生乳最低価格
算定の基礎となる基礎公式価格(BFP)の見直しなどを行うことが求められて
いる。

 第 1 の加工原料乳価格支持制度に関しては、その支持価格を96年に100ポンド
当たり10.35ドル(33.2円/kg)と設定し、これを毎年15セントずつ削減すること
により99年には9.90ドル(31.8円/kg)まで削減し、さらに、2000年以降は、加
工原料乳価格支持制度そのものが廃止されることとなっている。これも、穀物制
度と同様、市場志向型政策への転換といえよう。

 第2の連邦ミルク・マーケティング・オーダー制度に関しては、現在31あるオ
ーダーを10〜14に統合することが求められている(注:USDAは11に統合すること
を提案中)。同制度は、同一オーダー内の飲用規格生乳の価格をプールし、同一
オーダー内の生産者に対して同一の乳価、すなわちプール乳価を支払うことを義
務づけている。したがって、オーダーの統合は、乳価の地域間格差の是正が図ら
れることを意味する。

 WTO協定の観点から酪農制度の改革をみると、加工原料乳価格支持制度の段階的
廃止により、併せて、同制度により間接的に支持されている飲用乳価の支持機能
もなくなることから、米国のAMS算定上最大の費目である酪農制度に係るAMSが、
最終的にゼロになることを意味する。(注:以上はUSDAの説明であるが、米国は、
オーダーごとに加工原料乳生産地帯からの生乳輸送コストなどを加味して設定さ
れる飲用乳最低価格の保証制度は残すこととしており、これがAMS算定上の価格支
持に当たるのかどうかは、議論の余地があるものと思われる。)

B 輸出政策:規制対象事業は縮小

 米国の輸出政策は、大きく分けて、食料援助事業、輸出信用保証事業、輸出奨
励事業、市場開発事業の 4 つに分けられる。96年農業法では、WTO協定上、輸出
補助金に係る規制の対象とならない食料援助事業および輸出信用保証事業を実質
的にやや拡充するとともに、規定の弾力化を図り、これらの事業の活用促進を図
ることとした。一方、輸出補助金の規制対象となる輸出奨励事業のほか市場開発
事業については、事業規模を縮小することとした。

 このうち、輸出奨励計画(EEP:畜産物では鶏肉および鶏卵が対象)については、
法案策定時の財政事情や穀物の国際市況などを反映し、WTO協定の上限額を大幅に
下回る年度毎の予算の上限額を設定した。具体的には、96年度 3 億353千万ドル、
97年度2億5千万ドル、98年度5億ドル、99年度5億5千万ドル、2000年度5億
7千 9 百万ドル、2001年度および2002年度は 4 億 7 千 8 百万ドルとなってお
り、2000年度以降はWTO協定の上限額となっているものの、96年度から99年度まで
の期間については、WTO協定の上限額を合計で約17億ドル(約2千5百億円)も下
回るものとなっている。(注:EEPの予算上限額が後年度に高くなっているのは、
法案策定時において穀物などの将来の国際市況が不透明であったことに加え、ひ
まわり油および綿実油の輸出助成事業が96年農業法において廃止され、それらが
のちにEEP予算から支出されることになったことを反映しているものとみられる。)

 他方、乳製品輸出奨励計画(DEIP)については、予算の上限額をWTO協定の上限
額に合わせて設定した。具体的には、98年度約1億5千8百万ドル、99年度約1
億 4 千 4 百万ドル、2000年度約1億 3 千万ドル、2001年度約1億1千7百万ドル
となっている。また、規定の弾力化を図り、利用の促進を図ることとした。

C 環境政策:継続・拡充

 環境政策は、WTO協定上「緑」の政策に位置づけられたため、96年農業法ではこ
れを継続・拡充する措置をとった。

 具体的には、土壌保全留保事業(CRP)および湿地保全事業(WRP)を継続実施
することにするとともに、既存事業を統合し、新たに環境改善奨励事業(EQIP)
を創設した。

 本事業は、米国の農業政策史上初めて、畜産の環境問題に焦点を当てた画期的
な事業であるとされている。具体的には、ラグーンの設置などのハード事業をも
対象とし、予算の半分以上が畜産環境対策に用いられることとなっている。なお、
96年農業法は、本事業の予算について、97〜2002年度まで毎年度2億ドル(約291
億円)ずつ配分することとしているが、99年度予算案において、これを50%増額
し、 3 億ドル(約437億円)とする提案がなされるなど、早くも拡充の動きがみ
られる。

D リスク管理政策:継続・拡充

 リスク管理政策(保険等)は、WTO協定上、原則として「緑」の政策に位置づけ
られたため、96年農業法ではこれを継続・拡充する措置をとった。

 作物保険については、94年作物保険改革法により大幅な改善を図っており、96
年農業法は基本的にそれを継承するものとなっており、大きな改革は行われてい
ない。

 また、96年農業法は、97〜2000作物年度にかけて、収入の減少に対して保険を
供給するパイロット・プログラムを実施することとしている。対象となる作物は、
小麦、飼料穀物、大豆などである。

 以上の穀物に対する保険制度のほか、96年農業法は、加工原料乳に係る価格支
持制度が漸減、撤廃されることとなっているため、乳価の変動リスクをヘッジす
る酪農オプション・パイロット・プログラムを実施することとした。これは、基
礎公式価格(BFP)の先物価格が急落した場合に備える、いわば価格低下に対する
保険としての機能を持つものである。


( 2 ) WTO協定実施状況

@ 国内支持:2000年には約束水準の僅か 6 %

 国内支持については、AMSを基準期間(86〜89年)の水準から20%削減すること
が約束されているが、米国もEU、カナダ、日本などの主要国と同様、95年からの
実施期間以前に、既に約束の水準は達成されている。

 その最大の要因は、基準期間のAMSの約 4 割を占める不足払いが、実施期間に
おいては、ブレアハウス合意により削減対象外の「青」の政策に位置づけられた
ことである。また、96年農業法により、不足払いの代替措置として導入された生
産弾力化契約に基づく固定支払いは「緑」の政策とみなされることから、これも
AMSにはカウントされない。第2の要因は、95年現在、AMSの75%を占める加工原
料乳価格支持が漸減され、2000年には撤廃されることである。そのほか、次のよ
うな要因が寄与する

・96年までに羊毛およびモヘアの補助金が撤廃されていること
・96年農業法による農家保有備蓄(FOR)の廃止
・同、蜂蜜価格支持制度の廃止
・同、ライ麦価格支持制度の廃止
・同、砂糖の価格支持融資制度に係るペナルティの改正により、96〜2000年の砂
 糖のAMSが95年に比べ 6 %減少すること
・同、落花生の生産割当価格支持融資制度の改正により、96〜2000年の落花生の
 AMSが95年に比べ 1 / 3 に減少すること
・同、マーケティング・ローンに係る利子助成の削減

 このように、実施期間において、商品別のプログラムでAMSの計算対象となるの
は、乳製品、砂糖、落花生の 3 品目だけであり、他の品目はAMSが生産額の5%
以下となるため、デミニミス条項により計算の対象外となる。この結果、米国の
AMSは、95年現在で62億ドル(約 9 千億円)と、既に基準期間の約4分の 1 の水
準にまで減少しており、2000年には12億ドル(約 1 千 7 百億円)と、約束水準
のわずか 6 %にまで減少するものと予測されている。

 一方、米国の農業政策のうち「緑」の政策に分類される政策は、調査研究、普
及、検査、災害補償、連邦農家信用事業(投資補助)、環境保全事業、土壌保全
留保計画(CRP)などである。米国の「緑」の政策に対する財政支出額は、95年実
績で460億ドル(約6兆 7千億円)となっており、これは基準期間(86〜88年)
の水準に比べ76%の増加となる。この増加額の96%は、食料スタンプ事業を含む
国内食料援助事業向け支出の増加によるものであり、同事業は「緑」の政策向け
財政支出額の5分の 4 を占めている。

 なお、95年のUSDA予算(567億ドル:約8兆2千 6 百億円)に占める「緑」の
政策向け支出額の割合を試算すると、約81%となる。さらに、96年農業法により
導入された生産弾力化計画に基づく直接固定支払いが「緑」の政策に位置づけら
れることから、98年現在では、その割合は約90%に達するものとみられる。

◇図 1:AMS約束水準と実績・予測の比較図◇

表 7  AMS約束水準と実績・予測の比較表

 資料:USDA・ERS「Agricultural Outlook」(97年10月)の原データ。
  注:95年は実績値であり、96年以降は予測値である。

A 市場アクセス:関税割当枠を下回る輸入

 市場アクセスに関する約束のうち関税の削減については、他の加盟国と同様、
毎年、合意内容に沿った段階的削減が実施されている。

 他方、関税化により関税割当措置を導入した品目に関する輸入数量の推移をみ
ると、次のとおりである。

・牛肉:牛肉については、関税割当数量657千トン(+ウルグアイおよびアルゼン
 チン向けに 2 万トンずつ追加)に対して、実際の輸入量は、95年954千トン、
 96年940千トン、97年1,063千トンと、これを大幅に上回っている。これは、北
 米自由貿易協定(NAFTA)に基づき、カナダおよびメキシコからの牛肉の輸入が
 関税割当の対象外となっており、無税で輸入できることによる。実際に97年の
 輸入実績をみると、カナダからの輸入数量が323千トンと最も多くなっている。
 また、これを国別関税割当枠との比較でみると、いずれの国も国別関税割当枠
 の範囲内の輸入となっており、米国が仮に関税割当枠を撤廃したとしても、と
 くに大きな支障は生じないとみてよいであろう。

・乳製品:乳製品の輸入量をみると、チーズについてはミニマムアクセスを上回
 る輸入が行われている。チーズのミニマムアクセスは、95年の約11万トンから
 2000年には約14万トンに拡大されることとなっているのに対し、毎年、これを
 わずかに上回る15万トン程度が輸入されている。他方、米国の年間チーズ生産
 量は約330万トンであることから、輸入品のシェアは 5 %に過ぎない。したが
 って、乳製品については、仮に米国が関税割当枠を撤廃したとしても、牛肉の
 場合と同様、それほど大きな影響はないとみてよいであろう。(注:ただし、
 最近、国内のバター価格が前年に比べ2倍程度に急上昇していることから、関
 連業界からバターの関税割当枠を拡大してほしいとの要請がでている。)

表 8  主要畜産物の輸入量

 資料:USDA

B 輸出競争:協定上限を下回る活用

 輸出補助金に関しては、96年農業法に基づき、WTO協定の上限額を下回る予算の
上限額が設定された。加えて、実施期間当初、農産物の国際価格が概して高水準
で推移したことから、EEPについては、96、97の両年、ほとんど使用されずに推移
した。ただし、DEIPについては、96年末に生乳取引価格が急落したことを背景と
して、その後、価格のテコ入れ策のひとつとしてフルに活用されている状況にあ
る。なお、最近に至り、穀物の国際市況が低迷しつつあることから、99年度予算
案に関連して、WTO協定の上限までの予算確保が議論されている状況にある。


5 おわりに

 以上みてきたように、米国は、国内支持については、市場歪曲的な補助金の完
全撤廃を主張できるほどの素地ができつつある。また、市場アクセスについては、
生産者団体からの反対さえなければ、相当思い切った保護の削減も可能な状況に
なりつつある。他方、輸出補助金については、これまで、ほとんど活用されない
状況が続いていたが、最近、穀物相場が低迷していることから、これを積極的に
活用しようとする動きが盛り返しつつある。

 米国は、96年農業法による農業政策改革により、いち早くWTO協定と国内政策の
整合を図ったばかりでなく、約束水準をはるかに超える改革を行うことにより、
WTOの次期交渉の結果を、既に先取りすらしているといっていい。

 他方、アジア経済危機に端を発する世界経済の低迷は、穀物の国際需給の失調
を招き、96年農業法の描いていた、農産物国際需給のひっ迫による米国農業のバ
ラ色の世界到来というシナリオとは裏腹に、米国農業生産に暗い陰を投げかけて
いる。このことは、WTO次期交渉の観点からみれば、米国が手綱を緩めるどころか、
国内農産物価格引き上げのためには、輸出の拡大しかあり得ないとの議論にすり
替えられ、これまで以上に強い態度で交渉に臨んでくる可能性を示唆していると
いっていい。

 こうした事情を背景として、米通商代表部(USTR)は、先般、米国際貿易委員
会(ITC)に対し、WTO次期農業交渉の準備として、農産物に係る貿易障壁の調査
を開始するよう要請した。ITCは、穀物、油糧種子(落花生を含む)、乳製品、家
畜および畜産物、砂糖およびその他の甘味料、ワイン、綿花、果物および野菜な
ど、WTO農業協定でカバーされている農産物の各部門について調査検討することに
なる。また、本調査は、生産および貿易の最近の傾向、主要な国および産品の貿
易障壁や貿易歪曲措置、さらには、さまざまな貿易ルールの変更の効果を評価す
るための方法についても検討を行う。

 このため、ITCは、利害関係機関に対し、本年11月30日までに貿易障壁などに関
して書面による意見を提供するよう求めている。また、この調査に関連して、99
年3月16日には公聴会を開催し、99年7月20日までに、USTRに対して報告書を提出
することとしている。

 また、USTRは8月、99年第4四半期に米国での開催が予定されているWTO閣僚会
合の準備に関しても、10月16日までに利害関係機関から書面による意見を求める
手続きを開始しており、米国のWTO次期農業交渉に向けての足音は、次第に高まり
つつあるといっていい。


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