海外駐在員レポート 

豪州酪農乳業制度改革の現状について

シドニー駐在員事務所 野村俊夫、藤島博康




1 加工原料乳・飲用乳の両制度を同時に廃止へ

 豪州の酪農乳業界が大きく揺れ動いている。来年6月末をもって加工原料乳と
飲用乳の両制度を同時に廃止するという一大改革が現実に近づきつつあるためで
ある。

 酪農乳業界の最高意志決定機関である豪州酪農乳業協議会(ADIC)は、4月20
日、連邦政府に対し、酪農生産者に総額約12億5千万豪ドル(約1千億円:1豪ド
ル=約80円)の補償を行うことを条件に、来年6月末をもって両制度を同時に廃
止するという改革案を提出した。当該改革案は、現在、連邦上院で審議されてい
るが、改革による影響を最も強く受けるはずのビクトリア(VIC)州およびニュ
ーサウスウェールズ(NSW)州の酪農生産者組合が、いずれも改革案の支持を正
式に決定していることから、改革への流れは既に動かし難いものとなっている。

 改革が実施されると、加工原料乳に対する補てん金の支払いも、飲用向け生乳
に対する価格支持も同時に廃止され、それらの取引は完全に自由市場に委ねられ、
その結果、加工原料向けおよび飲用向けの生産者乳価がともに大幅に低下すると
みられている。

 今回は、豪州でなぜこのような大胆な酪農乳業改革が不可避となったかという
点を中心に、その背景などについて報告することとしたい。


2 加工原料乳制度の廃止

(1)加工原料乳に補てん金を交付する制度

 豪州は、生産されるすべての加工原料乳に対して補てん金を支払うという国内
市場支持支払制度(Domestic Market Support Payment Scheme: DMS)を実施し
ている。したがって、豪州は世界有数の乳製品輸出国である一方、DMSにより加
工原料乳価格が乳製品の国際取引価格に見合った水準よりやや高い水準に維持さ
れていることになる。


(2)補てん金の財源は国内課徴金

 DMSによる補てん金は、国内で生産されるすべての飲用向け生乳と、国内販売
用乳製品に使われる加工原料乳に賦課される課徴金を財源としている。したがっ
て、DMSの仕組みを一言で言えば、国内で販売されるすべての牛乳・乳製品の原
料乳に課徴金を賦課し、輸出向けが大宗を占める加工原料乳全般に広く還元する
制度となっている。

表1 DMSによる加工原料乳補てん金および課徴金単価の推移
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 資料:ADC「Dairy Compendium」


(3)DMSは加工原料乳生産州に恩恵

 現在、DMSの恩恵を最も強く受けているのは、豪州最大の酪農生産州であり、
かつ、加工原料乳の生産地帯であるビクトリア(VIC)州である。
 同州は、全国の62%の生乳を生産し、かつ、そのうち、加工原料乳の割合が約
93%を占めている。したがって、同州は、他州に比べ、DMSによる多額の補てん
金の支払いを受けていることになる。

◇図1:州別の生乳生産量および飲用乳消費量◇


(4)DMSの廃止は長期政策の総仕上げ

 DMSを運営している連邦政府は、来年6月末で施行期限が切れることを機に、
これを延長することなく廃止することを強く望んでいる。それは、DMSの廃止が、
足かけ15年にわたる連邦政府の酪農乳業政策の総仕上げに当たるためである。

 かつて、豪州の酪農乳業は、イギリスの旧EC加盟(73年)によって大切な海外
市場を失い、その後はEUの輸出補助金によって乳製品の国際競争力を著しく弱め
られた。この結果、豪州は、80年代前半には乳製品の輸出価格の約44%にも相当
する水準の輸出補助金を交付することを余儀なくされていた。このため、連邦政
府は、86年に、酪農乳業の国際競争力を回復するべく、輸出補助金を段階的に削
減するという長期政策を導入した。その内容は、輸出補助水準(内外価格差)を
92年までに22%、2000年6月末までに10%に引き下げるというものであった。そ
の後、ガット・ウルグアイラウンドで輸出補助が批判されたため、95/96年度
(7月〜6月、以下同じ)から現行のDMSが導入されたが、DMSの下でも内外価格
差の削減計画は形を変えて継続された。

 現在、連邦政府は、DMSの下で当初の長期政策の目標は既に達成されたとし、
長期政策の総仕上げとしてDMSを廃止することを強く望んでいる。

表2 乳製品に対する輸出補助の削減計画
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 資料:ABARE
 注1:91/92年度まではケリンプラン、92/93年度以降はクリーンプランによる
    目標値
  2:95/96年度以降はDMSが導入されたが削減計画は維持された


(5)酪農乳業界は乳製品競争力の低下に危機感

 一方、酪農乳業界は、国内における乳製品販売競争力の低下が著しくなったこ
とから、DMSの廃止に合意せざるを得なくなった。DMSは、国内向け乳製品の加
工原料乳に課徴金を課しているため、国産乳製品の販売競争力は、課徴金の対象
とならない輸入乳製品と比べて著しく弱められており、実際、ニュージーランド
(NZ)産チーズを中心とする乳製品の輸入が近年大幅に増加している。さらに、
NZでは乳業メーカーの大型合併がハイスピードで進められていることもあって、
豪州の乳業メーカーは強い危機感と焦燥感を抱いている。

◇図2:豪州のチーズ輸入量の推移◇


3 飲用乳制度の廃止

(1)各州が支持価格を設定する制度

 飲用乳制度は、加工原料乳とは異なり、基本的に各州政府の管轄となっている。
これは、同制度が、牛乳の地域内宅配が基本であった時代に、冬期の飲用乳の確
保を目的として発足したことに由来している。各州は、同制度の下で、酪農公社
(Dairy Corporation または Dairy Authority)を設置して飲用向け生乳の流通
管理を行わせる一方、年間を通じて良質な生乳を十分に確保するべく、加工原料
乳に比べてかなり高い支持価格を設定した。その後、品質面の課題が解決され、
生乳の広域流通が可能になるなど、諸条件が変化したにもかかわらず、同制度は
今なお維持されており、飲用向け乳価は各州ともに加工原料乳価の2倍もの高水準
に支持されている。


(2)州内生産流通の管理および州間輸送の規制

 各州政府は、州内の飲用向け生乳の生産流通を、それぞれの酪農公社を通じて
一元的に管理している。VIC州などは州全体の飲用乳プール方式を採用し、NSW
州などは各生産者ごとの飲用乳生産割当(クォータ)方式を採用しているが、酪
農公社が州内の生産者から飲用向け生乳を一元的に買い上げ、州内外の乳業メー
カーに販売するという原則は、各州ともに同じである。

 一方、飲用向け生乳の州間輸送は、各州の酪農産業法(Dairy Industry Act)
によって実質的に規制されている。これらの州法によって、各乳業メーカーは、
飲用向け生乳を生産州の酪農公社から定められた支持価格で購入することが義務
付けられており、かつ、支持価格の高い州は、隣接する安い州の価格プラス輸送
コストの水準にそれを設定しているため、仮に他州から輸送しても採算が合わな
い仕組みになっている。


(3)現制度は飲用乳地域の生産者に恩恵

 飲用乳制度は、飲用向け割合の高い州の生産者にその恩恵を施している。NSW
州やクインズランド(QLD)州では、生乳生産全体に占める飲用向けの割合が約
5割を占めているため、生産者の平均手取乳価は高い水準に保たれているが、VIC
州では、飲用向け割合は全体の約7%に過ぎず、平均手取乳価も加工原料乳価に
近い水準となっている。


(4)VIC州の廃止決定が他州に引導

 VIC州の生産者が飲用乳制度の廃止への意志を固めたことは、同州のみならず、
全州で同制度の廃止が現実化する端緒となった。同制度は各州政府が管轄してい
るため、州法の改正によって廃止されるが、最大の受益者である酪農生産者の合
意形成は、制度廃止への実質的なゴーサインとなる。

 さらに、VIC州が同制度を廃止した場合には、これまで同州からの飲用乳の流
入を実質的に規制してきた他州の制度が機能しなくなるため、他州も同制度を維
持することの意味を失うことになる。仮に他州が単独で同制度を維持しても、安
価な飲用乳の流入に対抗するために支持価格の大幅引下げが不可避となるからで
ある。さらに、飲用乳の移送をめぐって州間で泥沼の紛争状態となることも想定
される。 

 一方、連邦政府は、各州が飲用乳制度を廃止する際には、生産者への補償措置
を立法化して協力することを約束してきたが、それに当たってはすべての州の酪
農乳業の足並みがそろうことを絶対の条件として掲げてきた。このため、長年に
わたって飲用乳制度の恩恵に浴してきたNSW州などの生産者も、無策のままで制
度廃止の混乱に放り込まれるよりは、補償措置に対する連邦政府の協力を取り付
け、かつ、州間の無秩序な紛争状態への突入を回避する道を選択せざるを得なく
なった。その結果、不本意ながら、VIC州の生産者の意向に足並みを揃えること
となったわけである。

表3 各州の用途別および平均生産者乳価(97/98年度)
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 資料:ADC「Dairy Compendium」
  注:平均生産者乳価は生乳総生産量、乳飲料消費量から試算


(5)VIC州による廃止決定の背景

 では、VIC州の生産者が、自州の乳価をも低下させることになる飲用乳制度の
廃止をあえて決定した理由は何か。これについては、同州の飲用向け比率が低い
ために制度廃止に伴う影響が他州より深刻ではないことに加え、次の理由が挙げ
られる。

 第1の理由は、かねてからのVIC州の念願だった他州への飲用乳の輸送が可能に
なることである。ただし、業界関係者の間では、飲用乳の長距離輸送に伴うコス
トがネックとなり、当面は他州への大量輸出は発生しないとみられている。さら
に、既存の飲用乳プラントが原料乳の集荷と消費地への供給のバランスを維持し
て稼動している中で、これを新たに再編整備するには相当の投資と期間が必要に
なるとみられている。

 それにもかかわらず、飲用乳制度の廃止を望む第2の理由は、同制度が豪州の
酪農生産構造全体を著しくわい曲していると判断しているためである。VIC州の
生産者は、かねてから、NSW州などの飲用乳制度が、その恩恵を酪農生産全般に
及ぼすことにより、加工原料乳生産までも含めて不当にう回保護していると批判
してきた。実際、NSW州の平均手取乳価は、同制度の恩恵によってかなり高く維
持されており、近年は、高乳価に呼応して生乳生産が全体として伸びているのみ
ならず、加工向けの比率も大幅に上昇している(図3参照)。VIC州の生産者から
見れば、これは非常に不公平であるのみならず、他州における加工原料乳の過剰
生産が、国内の乳製品販売の過当競争をあおるという、納得し難い直接の不利益
も被っていることにもなる。

◇図3:NSW州の生乳生産量の推移◇

 VIC州の生産者が、乳価の低下を承知で飲用乳制度の廃止を望む第3の理由は、
今後、輸出を中心とする乳製品部門の重要性がさらに増すとみていることにある。
近年、生乳生産が順調に拡大する中で、国内の飲用乳消費は伸び悩んでおり、乳
製品輸出への依存度が以前にも増して高まっている。また、次期世界貿易機関
(WTO)交渉によって乳製品の輸出機会が改善されるとの期待もある。 このた
め、飲用乳制度の維持に固執して国内の酪農生産構造のゆがみを温存するよりも、
これの廃止によって加工原料乳生産へのう回保護を撤廃し、酪農の生産性を向上
させることによって、長期的な視野に立って酪農乳業界全体の発展に寄与するこ
との方がはるかに得策との見方が強まったのである。

◇図4:豪州のチーズ輸出量の推移◇


(6)経済規制緩和が廃止への追い風

 一方、連邦政府による国内競争政策 (National Competition Policy : NCP)
も、別な側面から飲用乳制度の廃止を後押しした。95年に開始されたNCPでは、
過度の規制によって国民の経済的利益が損なわれている疑いのある制度・政策が
すべて審査されており、中でも各州の飲用乳制度は重要な審査対象とされた。
VIC州を除く各州では既にNCPの審査が完了しており、生産者の意見をくんで生産
者乳価の支持は暫定的に残されたものの、卸・小売段階の販売規制などはすべて
撤廃された。VIC州(7月末に審査完了予定)は、他州とは異なり、酪農生産者も
廃止に積極的であるため、生産者乳価を含むすべての規制の撤廃、すなわち制度
自体の廃止が提言されるとみられている。


4 酪農生産者への補償措置

(1)所得減少額の2〜3年分を補償

 今回の制度改革は、生乳の生産者価格を大幅に引き下げるとみられていること
から、連邦政府による酪農生産者への補償措置が必須の条件とされている。した
がって、両制度のうち、飲用乳制度は州の管轄であるとは言え、補償措置まで含
めた制度改革全体の成否は、最終的には連邦議会の審議にかかっていることにな
る。

 ADICが連邦政府に提出した改革案には、来年6月末の両制度廃止に併せて、総
額12億4,750万豪ドル(約1千億円)の補償金を、生産者に「一括前払い」で支払
うという補償パッケージが盛り込まれている。 

 この補償パッケージでは、各生産者に対し、97/98年度の用途別生乳生産実績
に基づいて、加工原料乳については7.55豪セント(約6円)/リットル、飲用向
け生乳については35.45豪セント(約28円)/リットルを乗じて加算した補償金
を支払うとしており、これによって、生産者は「両制度改革に伴う所得減少額の
2〜3年分」が補償されるとしている。

 この考え方から逆算してみると、ADICは、改革後、加工原料乳価格が2.52〜
3.78豪セント(約2〜3円)/リットル、飲用向け生乳価格は11.82〜17.73豪セント
(約10〜14円)/リットル、それぞれ低下すると想定したことになる。ちなみに、
97/98年度の全国平均価格との比較では、加工原料乳で11〜17%、飲用向け生乳
では23〜35%もの価格低下に相当する。

 次表は、この補償パッケージに基づいて、各州の補償金受取額および酪農家1
戸当たりの平均補償金受領額を試算したものである。


(2)補償金の財源は飲用乳への課徴金

 ADICの補償パッケージでは、連邦政府の協力(立法措置)により、上記補償
金を当初民間の金融機関から借り入れ、これを小売段階または卸売段階で飲用乳
(普通牛乳のみならず加工乳、UHTも対象)に賦課する課徴金によって返済する
とされている。具体的には、8.5〜15豪セント(約7〜12円)/リットルの課徴金
を5〜10年間にわたって賦課することが提案された(現在は10豪セント/リットル、
8年間の案が有力)。

 ここで、課徴金の対象が飲用乳に、しかも小売または卸売段階に絞られたのは、
@乳製品に賦課すると制度改革の重要な目的(乳製品販売競争力の向上)が損な
われてしまうこと、A生産者補償の負担を基本的に消費者に求めたことの結果と
思われる。

 現在、補償パッケージを含む制度改革案は連邦上院において審議されているが、
上院で勢力を強めている野党民主党は、特に、補償総額の妥当性や、消費者への
負担しわ寄せ、地域社会への影響など、制度改革の及ぼす影響を集中的に調査し
ている。

表4 各州および酪農家1戸当たりの補償金受領予定額
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 資料:ADIC「Australian Dairy Industry Restracture Package」
  注:酪農家1戸当たりの平均受領額は補償金総支払額と酪農家戸数から
    試算したもの


(3)改革による乳価変動は予測困難

 ADICが言うところの「両制度改革に伴う所得減少額の2〜3年分の補償」を換
言すると、「一括前払い」補償金は、改革後の乳価が予測範囲の下限まで低下し
た場合には所得減少額の2年分に、反対に上限にとどまれば同3年分に相当するこ
とになる。

 しかし、改革後は生乳取引が完全に自由市場に委ねられるため、現時点ではそ
の後の乳価変動は推測の域を出ないのが実状であり、当該乳価変動が改革案の予
測範囲に収まるという保証はどこにもない。ちなみに、今年3月に開催された農
業観測会議では、農業資源開発局(ABARE)の研究者が、「飲用乳制度の廃止に
よって、飲用乳価は加工原料乳価と同水準にまで低下する」との見解を発表し、
改革案の取りまとめに奔走していた酪農乳業団体の指導者たちを激怒させた。

 生産者の側からすれば、乳価変動のいかんにかかわらず、過去の実績所得が一
定期間保証されるような施策を望みたいところであろうが、連邦政府の側からす
れば、必要総額を事前に想定できない施策では協力するのは困難と思われる。


5 改革が及ぼす影響

(1) 酪農生産の構造が変化

 制度改革が実施されると、生産者は「一括前払い」補償金を受領し、新たな環
境への適応を迫られることになる。酪農は専業経営が大部分であるため、対応の
選択肢は、@生乳生産を増加させて総収入を確保する、A生産コストを削減して
収益を確保する、B酪農を廃業して他作目に転換するかまたは離農するの3つに
絞られることになる。

 地域別に見ると、平均生産者乳価の大幅な低下が予想されるNSW州やQLD州で
は、廃業を選択する経営者が多く出ると見込まれる。乳業メーカーは、既存プラ
ントの稼働率を維持するべく酪農経営への必要な支援(激変緩和措置)を行うと
みられるが、企業間の競争が激化する中で高い乳価を支払い続けることは困難と
みられ、廃業への動きを完全に押しとどめることは難しいと思われる。

 その反面、これらの州では、廃業する経営から乳牛や農場を買い取ることによ
って積極的に増産に向う経営も出現すると思われる。乳価の低下に連動した農場
・乳牛価格の低下がこの動きを促進し、その結果、酪農の平均経営規模の拡大が
進むと思われる。

 また、これらの経営は、低乳価の環境に対応するべく、補助飼料利用の周年生
産から放牧のみの季節生産へと経営の比重を移して生産コストの削減を図るとみ
られ、この結果、生乳生産の季節変動が州全体で強まることが予想される。

 一方、乳価への影響が比較的少ないVIC州では、廃業が多く出ることは想定で
きず、既存の酪農経営が補償金や乳業メーカーからの支援を積極的に活用して生
産を増加させ、収入の維持を図るケースが多くなると思われる。ここでは加工原
料乳の割合が圧倒的に高いため、従来から低コスト季節生産に特化しており、生
産コストをさらに大幅に削減することは難かしい。このことも増産への動きを促
進する一因になると思われる。

 以上のことから、豪州の酪農生産全体においては、NSW州やQLD州の酪農経営
戸数が減少し、両州の生乳生産量もある程度低下する中で、VIC州の比重が従来
にも増して高まり、一方では平均経営規模の拡大が進んで生乳生産の季節変動が
強まるという構造的な変化が起きると見込まれる。


(2)輸出向け原料乳製品の供給は万全

 現時点では、両制度の同時廃止という想定に基づいた来年度以降の生乳生産の
具体的な見通しはどこからも出されていない。

 NSW州やQLD州の生乳生産の行方は、酪農の廃業がどの程度の規模で起こり、
逆に積極的な増産に向かう経営がこれをどこまでカバーするかにかかっている。
NSW州を地盤とする豪州最大の組合系乳業メーカーであるデイリーファーマーズ
社の会長は、先般開催された乳業者会議で、同社が傘下の生産者を積極的に支援
することによって、NSW州の生乳生産量はむしろ増加すると豪語した。しかし、
改革後、同州の飲用向け生乳の生産は、当面は大部分が維持されるとしても、従
来、飲用乳制度によって高度にう回保護されてきた加工原料乳の生産は、ある程
度減少することが避けられないとみるのが妥当であろう。

 97/98年度には、NSW州では生産された生乳のうちの51%(約63万5千キロリ
ットル)、QLD州では同54%(約44万5千キロリットル)が加工原料乳として利
用された。改革後、これらの生産量をどこまで維持できるかについては、ひとえ
に両州の酪農生産者の経営努力と、デイリーファーマーズ社をはじめとする乳業
メーカーの支援にかかっていると言えるのではなかろうか。

 一方、VIC州の生乳生産の行方は、生産者が乳価の低下を補うべくどれだけ生
産拡大に投資するかにかかっている。97/98年度には、VIC州の生乳生産量は、
豪州全体の62%を占め、586万6千キロリットルに達した。したがって、改革後、
NSW州およびQLD州の加工原料乳生産量が仮に半分に減少したとしても、VIC州
の生乳生産量が10%増加すればその減少分を十分に補えることになる。

 ちなみに、豪州酪農庁(ADC)の関係者によると、乳製品の国際市況の低迷に
よって加工原料乳価が低下している現在、VIC州の生産者は既に増産志向を強め
ており、次年度以降も増産の傾向は変わらないとのことである。また、豪州の脱
脂粉乳生産量の90%以上がVIC州で生産されていることからも分かるように、輸
出向け原料乳製品の大部分は同州から供給されている。したがって、輸出向け原
料乳製品の輸入国にとっては、改革後も供給確保の面での懸念は発生しないと思
われる。


(3)乳製品の販売競争力が向上

 乳業分野では、改革によって、少なくとも国内の乳製品販売競争力が大幅に強
化されることになる。DMSの廃止で国内販売乳製品の加工原料乳への課徴金の賦
課がなくなり、輸入乳製品と対等の立場になることに加え、生産者乳価の低下が
乳業メーカーに有利に作用するためである。国際市場では、EUなどの輸出補助金
付き乳製品との競争がカギとなる。現在、豪州は、EUの輸出補助金引上げに起因
する国際乳製品市況の低迷に苦しめられているが、次期WTO交渉でこれらの輸出
補助金の削減約束がなされると見込まれることから、長期的には豪州の輸出競争
力が向上すると期待されている。


(4)乳業間の競争が激化し、合併が課題に

 豪州の乳業界は、これまで、飲用乳主体のメーカーと原料乳製品メーカーが互
いにすみ分ける形で発展してきたが、新体制の下では、原料乳製品メーカーも飲
用乳市場に参入し、従来の垣根を取り払った競争が激化するとみられている。既
に、原料乳製品メーカーは、国内の果汁製造販売企業の買収によって牛乳販売ル
ートの確保に動き出している。また、既存の飲用乳メーカーもこれまで地盤のな
かった州に進出するなど、飲用乳市場の自由化を前提としたシェア争いがし烈化
している。

 一方、輸出向け原料乳製品は組合系の大手2社がほぼ独占しているが、今後は
海外の巨大企業に対抗するべく、両社の合併がこれまでよりも前向きに検討され
ると思われる。特に、NZでは巨大な単独乳業メーカーの設立が画策されており、
豪州の業界に少なからぬ脅威を与えている。


(5) WTO交渉の立場を強化

 次期WTO交渉における政府の立場の強化は、改革の重要な効果として挙げられ
る。両制度の廃止により、乳製品の間接的な輸出補助も加工原料乳生産へのう回
保護も同時に消滅することから、豪州は、交渉における立場を一段と強めること
となる。輸出補助金の削減・撤廃要求とともに、わが国を含む輸入国に対するア
クセス改善の要求もかなり強硬になると見込まれる。


6 今後の動きに注目

 豪州の酪農乳業改革は、まだ業界側からの改革案が連邦上院で審議されている
にすぎず、野党民主党による集中的な改革案に対する影響調査が行われているこ
ともあって、政府が正式な決定を下すべき段階に達したわけではない。ただし、
現実には来年7月からの新体制移行に向けて、既に、酪農乳業界全体が動き出し
ている。

 この間の動きを見ていると、酪農生産者への補償措置を含んでいるとはいえ、
改革に伴う影響が正確に把握されているとは言い難い中で、長年定着してきた重
要な酪農乳業制度をこれほどあっさりと廃止に追いやるのはかなり強引なやり方
に思える。しかし、裏を返せば、それだけ豪州の酪農乳業界に危機感が高まって
いるということであり、背後には、この国の酪農乳業政策の基礎を固めたいとい
う連邦政府の強い意志もうかがわれる。

 この一大改革が、来年7月から本当に混乱なく実施されることになるかどうか、
今後の成り行きに注目していきたい。

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