海外駐在員レポート 

第12回世界食肉会議から(その2)

企画情報部 長谷川 敦 デンバー駐在員事務所 樋口 英俊




T 食肉会議後の動き

1 安全性をめぐる論議加速

 世界食肉会議がダブリンで開催されたのは5月である。「‘食の安全性’への
対応が世界の食肉生産・貿易の拡大発展を図る上で最重要課題の1つ」との認識
が会議全体の基調をなしていた点については、前号(本誌・海外編99年7月号)
で既に述べた。

 その後わずか1ヵ月余の間に「食の安全性」をめぐるニュースが世界を駆けた。
5月20日、遺伝子組み換え作物(GMOs)の1つであるBtコーンの危険性を指摘す
る論文が発表されるや、それまでも論争が続いていたGMOsの安全性に対する議
論が一層顕在化・加速化し始めている。EU環境相理事会では6月25日、現行のG
MOsの認可等に関する法令(理事会指令90/220/EEC)を改正することに合意し、
新たなEU指令が発効するまで新規のGMOsの認可を一時停止する方針を決定した。
次期世界貿易機関(WTO)交渉でもGMOsの取り扱いについては重要なテーマと
なろう。

 5月27日、ベルギー政府が発表した畜産物のダイオキシン汚染問題は、対象産
品が鶏肉・鶏卵、牛、豚由来の畜産物およびそれらを原料とした製品にまで拡大、
当事国ベルギーのほか汚染の疑いのある飼料の販売先として複数の国が挙げられ、
それらの国々のみならず、対象産品を輸入している多くの国々に影響を与えた。
その後、6月末にようやく汚染源(油脂回収・再生業者)が特定されたが、失っ
た消費者の信頼をいかにして取り戻すかが大きな課題として残っている。

 6月14日、EUは米国との協議の結果、米国産牛肉の全面輸入禁止措置を本年12
月15日まで延期すると発表した。EUは4月末、ホルモン未使用証明書付き米国産
牛肉から残留肥育ホルモンが検出されたとして、それまでの10年余にわたるホル
モン投与牛肉の禁輸をさらに強化する措置、「6月15日から米国産牛肉の全面禁
輸」を発表していた。米国、カナダによる対EU報復関税の導入の要請に対してW
TOの判断が注目されるが、この紛争は、安全性を証明する「科学的な根拠」をど
う評価するかという問題のみならず、各国で決めたWTOのルールとWTOそのもの
の威信もかかっているだけに、次期農業交渉の場でも議論を呼びそうである。
(報道によれば、WTOの仲裁パネルは7月12日、EUによるホルモン投与牛肉の輸
入禁止措置が米国およびカナダに与えた損害が、各々年間1億1,680万ドル、1,100
万ドルに達するとの裁定を下した。米国通商代表部は同日、この裁定を受けて、
EUの禁輸措置に対して損害額相当の品目に100%の関税を課すこととしたと発表
した。)


2 日本では新農業基本法、ダイオキシン対策法成立

 7月12日、わが国では38年ぶりに食料・農業政策を刷新することとなる「食料・
農業・農村基本法」(いわゆる新農業基本法)が参議院本会議で可決・成立した。
同法では、食料安全保障への対応、市場原理の導入、国土保全対策としての農村
の重要性などが柱となっており、5年ごとに策定する基本計画の中で、主要作物
の生産、流通にわたる個別政策を策定し食料自給率の目標を盛り込むことなどが
明記された。これにより、対外的にも、次期WTO農業交渉に臨むわが国の基本姿
勢が明らかになったと言えよう。

 また、同日、ダイオキシン対策に的を絞って包括的な汚染対策を盛り込んだ
「ダイオキシン類対策特別措置法」が衆議院で可決・成立した。国および自治体
のダイオキシン対策の指標として、耐容1日摂取量(TDI)を体重1kg当たり4ピ
コグラム(1ピコは1兆分の1)以下に政令で定めることとし、大気、水質、土壌
についてダイオキシンの環境基準を設けることなどが柱となっている。

 本編では、「食の安全性」に関して、前号に引き続き米/EUホルモン牛肉紛争
に焦点をあて、5月19日の「セッション4:世界市場での競争−政策問題」の中か
ら、フランツ・フィシュラーEU農業委員の主張(食品の安全性に関する部分)を
紹介する。(米国のダン・グリックマン農務長官の主張の概要については、本誌
・海外編99年7月号を参照されたい。)また、世界有数の食肉輸入国であるわが
国の立場について、同じセッションでの当事業団塩飽二郎理事長によるスピーチ
の概要を紹介する。


U フィシュラーEU農業委員のスピーチ

1 BSE問題の教訓

 EUの食肉生産額は農業総生産額の約30%を占め、多くの人々の生活に貢献して
いる。食肉関連セクターは、EUの農業・農村開発担当委員としての私の4年間に
おいても重要な位置を占めてきた。よく知られている牛海綿状脳症(BSE)問題
が発生した96年3月以降、特にそうであった。

 BSEは、牛肉に共通市場政策を導入して以来、最も深刻な危機をEUにもたらし
た。経済的損失は言うに及ばず、業界、政治家および科学者の信用は失墜した。
消費者は間違って、経済的配慮が人の健康を守ることより優先されたと信じた。
BSE問題はEUのわれわれすべてにとって教育の場となった。消費者の信頼は、す
べての業界の将来にとって極めて重要であるということである。それは、われわ
れにとっては非常に高価な「教育」となったが、EU以外の皆様には、是非この無
料の教育を利用していただきたい。

 EUはBSE問題から立ち直りつつある。


2 品質と安全性

(1)個体識別制度の導入、環境・倫理問題などへの対応

 健康問題に関する社会的認識が高まってきている。特に、それは先進諸国にお
いて顕著である。食品について消費者は、健康を守るための総合的なシステムと
生産・加工・流通チェーン全般にわたる効果的なチェック体制の確立を期待して
いる。欧州の消費者は、他の多くの国々
と同様に、食品の生産と加工の方法(Methods)についての情報を要求している。

 これは、BSE問題や肥育ホルモンに関する議論が消費者の信頼を深く揺さぶっ
てきた牛肉・子牛肉だけでなく、全食品に関係している。BSEについて、われわ
れは病気のまん延を防ぐために必要なすべての措置を速やかに講じた。われわれ
の決定は、詳細な科学的・技術的アドバイスに基づいていた。BSEから得た教訓
により、昨年からEUレベルでの牛肉・子牛肉の個体識別と原産地の表示が規則化
されている。牛は2つの耳標とパスポートをつけており、現在、EU域内で生まれ
るか、同域内に輸入されたすべての牛は登録され、それらの原産地(生産農場)
にまでさかのぼることができる。2000年から、牛肉・子牛肉はEU全加盟国でこれ
らの情報の表示が行われる予定である。この表示がスタートすれば、小売のどの
段階で問題が発生しても、肉片から該当牛の生産農場までさかのぼることができ
ることになる。

 将来、家畜生産段階における試みが成功すれば、生態環境や倫理問題への増大
する懸念に対してもこたえる必要がある。欧州では明らかなことだが、これは、
世界中の生産者が結局は取り組まねばならないことだと思う。これまでの経験か
ら、家畜衛生問題は次第に大きくなり、セクター全体の発展を脅かす可能性があ
る。われわれはこうした分野での国民の心配を十分に考慮して、それにこたえね
ばならない。

 例えば、子牛育成や家畜輸送に関するEUの法規は、近年継続的に改善されてき
た。EUは近々にも、家きんの飼育に関する新しい基準を決定する。われわれは加
盟各国がこれらの規則に従って基準を適用し、検査するよう強く求める一方、貿
易相手国に対しても、こうした事柄(環境、動物愛護、倫理などの観点)に対す
る欧州の消費者の独特の感性(particular sensitivity)を尊重するよう期待し
ている。

(2)米/EUホルモン牛肉紛争

 −EU、肥育ホルモンは人の健康を脅かす危険性ありとの見解を変えず−

 私はこうした背景をふまえて、ホルモン投与牛肉をめぐる貿易紛争の問題に触
れたい。私は単に、人や家畜の健康に危害を及ぼさないという条件でならば、EU
は農業に進歩した科学技術を応用することを全面的に支持していると指摘したい
だけである。本件の場合、われわれは長い間、牛肉生産への肥育ホルモンの使用
が人の健康を脅かすと信じてきた。EUの科学獣医基準委員会(Scientific Committ
ee on Veterinary Measures)は、本年4月30日に満場一致で採択された意見の中
で、この危険性を確認している。この意見によれば、EU域内でのホルモン使用禁
止およびホルモン投与牛肉輸入禁止のいずれの措置についても、解禁することは
できない。私は、幾つかの国々の肉牛生産者が、EUのこうした措置を、EUから牛
肉の輸入を締め出す手段ではないかとみていることもよく知っている。私が彼ら
に言いたいことは、EUは世界最大の牛肉輸入国の1つであって、ホルモン投与牛
肉禁輸のために排除される牛肉の量は、全EUの牛肉消費量の極めてわずかなパー
センテージでしかないということである。EUの措置には、人の健康を守ること以
外に隠された意図はないことを強調しておきたい。われわれは科学委員会の報告
を公表している。私は各国の関係機関に対し、異なる国々(肥育ホルモンの使用
を認めている国も含む)の科学者による討議の場への参加を促したい。誰も本件
に関して対決は望まないだろう。肥育ホルモンを通常使用している肉牛生産者は、
対決の構図から何か利するものがあるとは思えない。消費者の信頼が傷つくなら
ば、彼らはすべてを失うだけである。これから行われる貿易相手国との協議では、
双方にとって有益で貿易拡大につながる、WTO(の協定または裁定)と矛盾しな
い解決法を見出せるものと期待している。

 「食の安全」は、国内的にも国際的にも我々の共通のゴールにならなければい
けない。

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3 結論−各国の農業政策の目的を尊重すべき−

 私は、将来の市場を確保するため、生産者が消費者の要求にこたえなければな
らないと確信する。競争力と品質は、環境や動物愛護への配慮と並んで欧州モデ
ルの農業の必要不可欠な部分である。われわれは欧州モデルをさらに発展させた
いと願っており、将来の農産物貿易のルールについて交渉する場でもそれを守る
考えである。

 EU以外から出席の皆様にご理解いただきたいのは、EU社会の懸念や要求に合わ
せるために、他の地域以上の追加的な要求や制限がEUの生産者には課せられてき
たということである。こうした「要求や制限」は価格に反映される。例えば、EU
の牛肉1kg当たりの生産コストは、他の競争相手国よりも高い。さらに、EUは世
界の主要貿易相手国に匹敵するだけの農場の構造と規模の経済を持ち合わせてい
ないし、今後も同様であろう。主要貿易国では、活気に満ちた人口の多い農村地
帯(の創出・維持)という目的とは逆の方向に向かっている。

 農業セクターにおける国際化の進展が農業政策の国際的な調和につながると期
待されてはいけない。次期WTO交渉が実りのある結論に至るとすれば、WTO各加
盟国の農業政策の目的が侵害されることなく、マラケシュ協定にうたわれた目的
が達成されなければならない。現実主義とWTO加盟国の一部への建設的な働きか
けをもってすれば、これは不可能な仕事ではない。


V 塩飽農畜産業振興事業団理事長のスピーチ  
           −世界の食肉貿易についての日本の見方−

1 日本経済の動向

 日本経済は、依然厳しい状況にある。不況は、日本の消費にも悪影響を与えて
おり、実質消費支出は6年連続で減少を続け、98年は前年を2.2%下回った。食品、
食肉も例外ではなく、それぞれ前年比1.6%、3.6%のマイナスとなった。

 このように停滞した経済を再活性化するため、日本政府は、60兆円の公的資金
を伴う金融システム安定化措置の整備や23兆円規模の需要拡大策の実施など、最
大限の努力を行っている。個人消費や住宅建設などの需要は、依然低水準にある
ものの、底入れした兆しも見られ、政府は、99年度全体で0.5%の経済成長を見
込んでいる。


2 日本の食肉市場自由化とその影響

 60年代以降、畜産物生産は、日本人の食生活の西洋化に伴う需要増に対応する
ため、日本の農業政策にとって重要な部門として位置付けられた。こうしたこと
に伴い、畜産物の供給も増加してきた。

 豚肉と牛肉の市場は、それぞれ71年度および91年度に自由化され、輸入量の急
増につながった。豚肉輸入量は、90年度の34万2千トン(部分肉ベース。以下同
じ。)から97年度には51万7千トンへ、牛肉輸入量は同時期に38万4千トンから65
万9千トンへと増加。こうした結果、日本は、豚肉については世界第1位の、牛肉
については世界第2位の輸入国となっており、国際食肉市場アクセスの拡大にお
いて多大なる貢献をしている。

 自由化の結果として、生産者は悪影響を受けた。牛肉自由化を例に取ると、牛
枝肉価格(注:輸入牛肉と最も競合するとされた乳去勢B2規格、東京市場の平
均価格)は、90年度と比べて98年度(注:98年4月〜99年2月)は42.5%下落して
いる。また、肉用牛飼養農家戸数も90年の23万2千戸から98年には13万3,400戸へ
と減少を余儀なくされた。一方、豚飼養農家戸数についても、同時期に3分の1へ
と激減した。

 牛肉自由化の場合、悪影響は、肉牛生産部門だけにとどまらなかった。乳去勢
牛と乳めす牛で国産牛肉の約3分の2を占めていたためである。このタイプの牛肉
は、品質の点で最も輸入牛肉に近いとされており、輸入自由化の影響を直接的に
受けた。このため、酪農家の収入は大幅に減少。こうした状況に対応するため、
酪農家は、乳牛と和牛の交雑種F1の生産に力を注いだ。F1の飼養頭数は、91年の
18万6千頭から98年には約3倍の56万6千頭へと増加した。

 F1生産については、適度な品質と合理的な価格の国産牛肉を求める消費者の需
要と符合したものでもあった。なお、F1生産のトレンドがさらに継続した場合、
現在の乳牛群の頭数水準を維持できるか不安視する声も出ている。
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3 ウルグアイラウンドにおける合意

 ウルグアイラウンド交渉の結果として、日本は、数多くの品目について市場ア
クセス改善の約束をした。豚肉については、従量税と従価税を組み合わせた形の
輸入システムをとっており、実施期間に15%の削減を実施することとなっている。

 牛肉については、91年度にウルグアイラウンド交渉を待たずに自由化を決定し、
93年度には50%へ関税を引き下げることとされたが、ウルグアイラウンドでは、
2000年度までに38.5%へさらに削減することを約束した。

 国境措置の削減の結果、これらの食肉輸入が増加し、国内生産が縮小したため、
豚肉と牛肉の自給率は、97年度にそれぞれ62%および36%となった。


4 食料・農業・農村基本法

 日本政府は、今通常国会に「食料・農業・農村基本法案」を提出した(注:前
述のとおり7月12日に可決・成立)。この法律は、日本農業の新たな方向性や政
策の枠組みを定めることを目的としたものである。

主なポイントは、以下のとおり。

(1)国内生産の維持強化、輸入および備蓄の適切な組み合わせによる食料安全
 保障の確保。また、自給率を国内生産および食料消費の政策ガイドラインとし
 て盛り込むこと

(2)市場メカニズムの導入、農家所得の安定化策を伴う価格支持制度の漸次削
 減

(3)農業生産活動による、自然災害の防止、水資源の確保、農村景観の維持と
 いった多面的機能の健全かつ継続的な発揮

 近い将来施行が予定されている当該新基本法および関連措置は、次期WTO農業
交渉に向けて日本の取るアプローチの枠組みを形作るものとなるだろう。


5 次期WTO農業交渉に向けて

 次に食肉分野での将来の交渉で日本が取ると考えられる交渉姿勢について、理
解の一助になると思われる事柄をより広い観点から説明したい。

(1)食肉需要の評価について

 60年代以降、食肉消費は著しい増加トレンドを示してきた。食肉の1人当たり
消費量(牛肉、豚肉および鶏肉の合計)は、65年度の9.2kgから97年度には30.7kg
にまで増加した。個別に見ると、同時期に、牛肉は5.3倍、豚肉は3.8倍、鶏肉に
ついては5.8倍に増加した。最近の動きでは、牛肉消費量が依然増加しているも
のの、伸び率自体は鈍化。豚肉と鶏肉については、このところ10−11kg程度で横
ばいとなっている。

 今後は、過去に見られたような旺盛な需要を期待するのは、以下の理由から、
より困難になると思われる。

 日本人の1人当たりカロリー摂取量は、ここ数年約2,600kcal/日で飽和状態にあ
ること。

 さらに、日本は、高齢化社会を迎えたこと。98年に65歳以上の人の占める割合
は16.2%に達している。この割合は、今後10年で21.2%にまで急速に増加してい
くことが予想される。年齢別に食料の摂取状況を見ると、食肉については、15−
19歳をピークに年齢が高くなるほど減少する傾向がある。

 一方、日本人が摂取するたん白質の4割を占める魚介類については、年齢の高
いグループほど消費量が多い傾向がみられる。例えば、60−69歳の年齢グループ
の魚介類消費量は、15−19歳のグループと比較して1.7倍になっている。従って、
高齢化社会がさらに進めば、食肉の消費水準が減少することも考えられる。

 これらの状況を勘案すると、過去と同様のペースで需要が伸びることを期待す
ることはできないだろう。

 これまで述べたとおり、需要動向を考慮すると、輸入の増加は、これまで以上
に農家経営へ直接的な打撃を与え、結果として国内生産のさらなる縮小につなが
るものとなろう。こうした事態は、「食料・農業・農村基本法案」のところで強
調した2つの事項、すなわち、安定的な食料供給(食料安全保障)および農業の
多面的機能の確保上、望ましいものではない。

 次に、需要の質的な面の動向にも触れたい。まず、日本の消費者の食品安全性
に関する懸念が、ますます強くなっていること。この傾向は、狂牛病やO-157問
題といった事件が、多大な懸念を生じた後に明らかに強まった。実際、これらの
問題が発生した96年度に牛肉消費は、前年度に比べて7.2%減少した。一方で、
日本の食品業界もHACCPの導入などにより、こうした懸念への対応を図っている
ものの、食品の安全性は、依然として消費者の大きな関心事の1つとなっている。

 また、調理済み食品に対する需要が伸びていることが挙げられる。これは、核
家族や働く女性の増加などによるものであり、日本のスーパーマーケットの陳列
棚を見れば、調理済み食品が、より多くの部分を占めるようになったことは一目
瞭然である。

(2)日本政府が追求する2つの事項

 ここでは、日本がなぜ食料安全保障と農業の多面的機能を重視するかについて
説明したい。まず、食料安全保障についてであるが、独立国家が自国の食料を過
度に他国へ依存することは望ましくない。なぜなら、自国以外の食料供給に関し
ては、完全にわれわれの手の届く範囲外となるためである。例えば、輸出国が食
料輸出を抑制または禁止する政策を採択したり、輸出国において海運業界のスト
ライキが発生した場合、われわれには、どうすることもできない。また、世界の
農産物輸出の生産に占める割合が比較的小さいことも、食料安全保障を不安定に
している要因の1つであることも指摘したい。

 こうしたことに加えて、需要面では、人口の大幅な伸びが見込まれている。世
界の人口は、98年の59億人から2030年には81億人、2050年には89億人にまで増加
すると推計される。さらに、開発途上国における経済成長が、食料、特に飼料需
要の増加を伴う畜産物に対する消費を伸ばすと予想される。

 一方、供給面については、環境問題の悪化、農地の砂漠化といったさまざまな
生産制限要因が、農業生産の中・長期的な見通しを不確定なものとしている。こ
れらの問題のエキスパート、国際機関などは、世界の食料需給がよりひっ迫する
事態もあり得ると予想している。

 したがって、こうした状況の中、自給率が極めて低いレベルにまで落ち込んで
いる日本が、さらに国内生産の縮小を招くような追加的な約束をすることは、非
常に困難である。

 次に農業の多面的機能につき、言及したい。農業は、農産物を生産する以外に
洪水や土砂崩れの防止、水資源のかん養、土壌の健全な維持といった多様な役割
を担っている。これらの機能を、経済的に計測することは難しい。しかし、これ
らの機能は、健全な農業生産の継続によってのみ、発揮することが可能となるも
のである。同時に、農業は、畜産業による悪臭、水質の汚染などに見られるとお
り、環境に悪影響を与えることも事実である。したがって、我々は、農業のポジ
ティブな側面をさらに強化するとともにネガティブな側面を減らすように努力す
べきである。実際、日本政府も最近、環境保護を目的として、「家畜排せつ物の
管理の適正化及び利用の促進に関する法律案」を提出している。

 ウルグアイラウンドの交渉結果、特にコメ問題に関連して、日本の農業団体や
農業関係議員の間に、依然として強い憤りの念が残っている。コメは、日本人の
主食であり、最も重要な農産物であることから、食料安全保障、農業の多面的機
能の確保に関しても重要なインパクトを与える極めてセンシティブな問題である。
関税化の「特例措置」が認められたものの、それは、ミニマムアクセスの増加と
いう非常に高価な代償を支払うことでかろうじて得られたものである。

 次回の多国間農産物交渉は、前回の改善プロセスの継続と見なされているが、
自給率が非常に低いレベルにまで落ち込んだ日本の食肉市場を取り巻く状況をか
んがみると、ウルグアイラウンドの合意約束よりさらに踏み込んだものはもちろ
んのこと、同様のものでさえも受け入れるのは、極めて困難である。

 このことに関連して、ウルグアイラウンド農業合意の第20条において、上記で
言及した2つの事項などの非貿易的関心事項が次期ラウンドの交渉時に考慮され
なければならない旨規定されていることにつき、お忘れなきよう申し上げておき
たい。

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