前途多難な豪州の家畜個体識別制度


安全な牛肉の提供と市場価値の向上が目的

 豪州では、現在、牛の誕生からと畜までを個体ごとに電子耳標で識別管理する
全国家畜個体識別制度(NLIS)が計画されている。NLISは、連邦政府や豪州家畜
生産者事業団(MLA)の協力の下、全国的な実施に先駆けビクトリア(VIC)州
政府により試験導入されているが、業界内の意見調整に手間取り前途多難なスタ
ートとなっている。基本的には電子耳標に出生農場等の情報を書き込み、これを
と畜段階で機械的に読み取ることにより個体ごとのデータを収集する。そして、
牛肉の出どころを集中的に管理することによって、消費者に安全で健康的な牛肉
を提供し、国内外で豪州産牛肉の市場価値を高めることを目的としている。VIC
州による試験導入は、肉牛農家と酪農家の任意協力者を対象とし、1個12豪ドル
(約972円:1豪ドル=81円)の電子耳標1百万個を無料配布することになってい
るが、既に8万個以上の発注を受けたとしており、生産者の関心は高い。


データ提供や経費負担などが大きな障害

 現在、大きな障害となっているのは、まず、と畜段階で収集される枝肉の品質
などに関するデータ提供に関してである。肉牛生産者側は枝肉データのフィード
バックを望んでいるものの、と畜企業側は、枝肉データはその購入者に管理権限
があるとして、肉牛生産者への情報提供に難色を示しているとされる。豪州肉牛
生産者協議会(CCA)では、枝肉データのフィードバックがなければ、生産者に
とって制度を導入する意味はないとして、データ所有に関する法的な根拠を明確
にした上で、と畜企業や枝肉購入者に前向きに働きかけていくとしている。

 また、と畜場での耳標読み取り装置、枝肉データなどの関連情報を処理するハ
ードウエアやソフトウエアなどのインフラが未定である上に、これらと畜場に設
置される機器の導入経費に関して、業界内での負担区分が明確でないことも、と
畜企業の積極的な協力が得られない一因となっている。


自主参加か義務化かも争点の1つに

 世界的に食品の安全性に関心が高まっている中、ニュージーランドやカナダな
どの競合する牛肉輸出国も個体識別制度の導入を計画しており、その必要性は業
界の誰もが認めるところである。しかし、全国規模で展開した場合に、生産者の
自主参加にゆだねるのか、義務化するのか、この点について今後大きな論争に発
展する可能性がある。特に、クインズランド州などに見られる大規模で粗放的な
経営では、大自然の中で人手をかけずに生産されることが大きなメリットでもあ
るだけに、その対応が注目される。


EUへの輸出アクセスの確保が制度導入の動機

 NLIS導入のより現実的な動機としては、2000年からEU域内でコンピュータによ
る牛の個体識別などのデータベース構築が義務化されることから、EUの制度導入
に合わせ豪州の体制を整備し、従来どおり輸出アクセスの確保を目指すことが挙
げられる。関係者は、年内にはデータベースを構築したいとしているが、解決す
べき問題は少なくない。

 なお、現在、無料配布される電子耳標の約6割が酪農家に渡っているとされ、
電子耳標を利用した個体に合わせた穀物飼料給与などによって、2割以上の生乳
生産量の増加が期待できるとする報告もあり、飼養管理の向上という観点から、
酪農家の関心は高いようだ。

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