海外駐在員レポート
デンバー駐在員事務所 本郷秀毅、藤野哲也
日本においては、農業は水資源のかん養や景観の保持などを通して、一般に、 環境にプラスの効果があると認識されていると言えるが、米国では、逆に土壌の 浸食や化学肥料の投入などを通して、農業は環境に対して負荷を与えているとの 認識が支配的である。中でも、畜産経営体、とりわけ大規模な企業的養豚経営体 に対しては、水質汚染や悪臭などの観点から、周辺地域住民の監視の目は年々厳 しさを増している。 このため、生産者団体自らが、行政主導の環境規制の強化対策の検討に参画し、 行政と一体となって住民から受け入れられる方策を模索している状況にある。こ のような対応は、周辺地域住民との摩擦を最も多く抱える養豚部門が先陣を切り、 他の畜産部門にも広がりつつある。 米国の環境対策を見ると、生産者団体を含めた関係機関の連携による自主的な 対策の提案、これを取り込んだ法規制に基づく環境対策の構築、さらには、その 規制をクリアするための行政による支援対策の実施が、それぞれ十分な連携がと れているとは言い難いものの、三位一体となって取り組まれている姿がおぼろげ ながら見えてくる。 米国の環境規制の構造については、関係する法律の概要を中心として、既に本 誌「畜産の情報」(海外編 98年2月号)で解説した。その中で、水質保全法に 基づく対策などについては簡単に触れたものの、基本的には規制の概要を解説し たに過ぎず、その対応策については十分に踏み込むことができなかった。 そこで、今月号では、年々強化される環境規制に対して、米国ではどのような 対応策が講じられているのか、重点的なターゲットとされている畜産の対応策を 中心に解説する。
(1)養豚に関する全国環境懇話会の設置 米国水質保全財団(America's Clean Water Foundation)は97年5月、養豚経 営に起因する環境問題に対処するため、「養豚に関する全国環境懇話会(Nation al Environmental Dialogue on Pork Production)」を設置した。 このような検討会が設置された目的は、地域住民や地方政府による養豚産業に 対する批判が年々厳しさを増し、全国各地で不統一な規制が次々導入される中、 養豚産業自らによる信頼できる環境対策を推進するため、全国的なフレームワー ク作りをすることにあった。このフレームワークを構築するに当たって、懇話会 は次の 2 点に配慮した。第 1 に、環境、特に水質が保護されること、第2に、 生産者にとって、規制プログラムが信頼でき、かつ、整合性のあるものとなるよ う努力することである。また、環境規制当局が環境汚染を抑制するための規制プ ログラムを作成するに当たって、懇話会による勧奨(recommendation)が、その 指針となることを期待したものである。(注:米国水質保全財団は、米国の水質 を保護・改善することを目的として、89年に設立された非営利の公益団体である。) (2)懇話会の形式 懇話会は一般への公開方式で進められた。全国の主要養豚地域を主な開催地と して、97年 5 月から12月にかけて合計 80回、農家や研究所を訪問するとともに、 市民や専門家からも意見を聴取しつつ足掛け24日間にわたり開催された。この間、 一般公開討論会を5回開催し、養豚経営により影響を受けている一般市民の意見 や、懇話会のメンバー以外の政府関係者や非営利環境団体の意見も聴取している。 懇話会の最終的な委員は、米農務省(USDA) 2 名、米環境保護庁(EPA)1名、 州政府の農業または環境問題担当者 5 名、養豚経営者 5 名および主催者側から 2名の合計15名と広範にわたっている。実際には、この下のほぼ同数ずつの専門 委員により、実務的な作業が進められた。懇話会発足当初は、さらに郡政府など からの2名に加え、環境問題活動家や市民活動家グループも参加していたが、環 境問題活動家や市民活動家は、この機会を生産者団体への政治的な批判の場に変 えてしまい、第 1 回目の会合に参加しただけで、その後参加を見送っている。 なお、懇話会の開催費用は、USDA、EPA、全国豚肉生産者協議会(NPPC)などが 負担している。 (3)養豚経営のための包括的環境フレームワーク 懇話会は97年12月、検討会の成果として「養豚経営のための包括的環境フレー ムワーク(Comprehensive Environmental Framework for Pork Production Oper ation)」を取りまとめ公表した。以下、本フレームワークにおける規制当局に対 する勧奨事項の概要を報告する。 @ 枠組み ・本フレームワークは、経営の規模に かかわらず、すべての養豚経営体に適用 されるべきである。 ・規制当局が本フレームワークを導入・実施する場合、新規または拡大経営体に 対しては即時適用されるべきである。また、既存の経営体には5年間の猶予期 間を設け、それまでの間、暫定的な施設の登録、適合計画(2年以内)の作成、 報告を行わせるべきである。 ・規制当局は、他の手段や革新的技術により同等の環境保護が達成される場合、 関連する勧奨事項適用を差し控える裁量を持つべきである。 A 登録 ・既存の養豚経営体は、本フレームワーク導入後2年以内に、規制当局に対して、 保有するふん尿および排水施設を登録すべきである。 B 立地上の考慮 ・新規の養豚経営体および新しく排水貯蔵施設を設置する拡大経営体は、用地特 有の環境要因の累積効果および近隣の養豚経営体の存在の評価に基づき、立地・ 導入されるべきである。 ・1)新規および拡大経営体が、新しくふん尿および排水施設を設置する場合、 および2)悪臭の削減および水質汚染を防止するため、ふん尿を土壌に投与す る場合は、水域、住宅、学校、病院または教会からのセットバック(一定の距 離を置くこと)を設けるべきである。既存の経営体も保護的対策を講じるべき であるが、本フレームワークのセットバック勧奨要件を満たすために移転する 必要はない。 ・具体的には、新規および拡大経営体の新規のふん尿および排水施設は、1)地 表水から500フィート(約150メートル)以上離れていること、2)個人の飲用 水用の井戸から上方にある場合、250フィート(約75メートル)以上離れている こと、3)公共の飲用水用の井戸から1,000フィート(約300メートル)以上離 れていること。 ・養豚経営体の近隣に新しく住宅、学校、病院または教会を建設する場合、新規 および拡大経営体に対して課せられるのと同等のセットバックが適用されるべ きである。 C 経営の認可および市民の参加 ・新規および拡大養豚経営体の認可申請があった場合は、事前に地域住民などに 対して公的な通知がなされるべきである。 D 経営の設計、建築および管理 ・新規および拡大養豚経営体の新規ふん尿および排水施設は、USDA自然資源保全 局(NRCS)または米国農業工学協会(ASAE)の設定する工学基準および仕様に 適合していなければならない。これらの施設は、利用計画に見合っているか、 または 6 カ月分の廃棄物を収容し、かつ、24年に 1 度の24時間続く降水また は10年に1度の10日間続く降水のうちいずれか大きい方を許容するのに十分な 容量を有するよう設計されなければならない E ふん尿管理 ・新規および拡大養豚経営体は、規制当局による認可を受ける前に、ふん尿およ び排水の処理方法を記載したふん尿管理計画を用意しなければならない。既存 の経営体の場合は、1年以内に同様のふん尿管理計画を用意しなければならな い。 ・新規および拡大経営体がふん尿および排水を土壌に投与する場合は、認可を受 ける前に栄養分利用計画を作成し、その計画に従わなければならない。既存の 経営体の場合は、 2 年以内に作成し、 5 年以内に実施に移さなければならな い。 ・土壌検査、ふん尿および排水の栄養分検査は、少なくとも 2 年に 1 度実施し なければならない。 ・ふん尿は、適切なサンプリング、栄養分検査が行われ、かつ、栄養分利用計画 を認可された土壌に対してのみ投与されるべきである。 F 記録の保存 ・養豚経営体は、施設の運営、ふん尿管理計画、栄養分利用計画および緊急対応 計画に関する記録を 3 年間保存しなければならない。 G オペレーターの認可および研修 ・養豚経営体のオペレーター(経営者)は、ふん尿管理計画などの本フレームワ ークの勧奨事項に関する知識について、規制当局または第3者機関から認可を 受けるとともに、経営体の作業員に対して、その研修を行わなければならない。 新規および拡大経営体の場合は直ちに、既存の経営体の場合は2年以内に、こ の要件を満たさなければならない。 H 検査、強制および不当妨害防衛 ・規制当局は、養豚経営体を定期的に検査し、保存されている記録をチェックす べきである。 ・規制当局が既存のプログラムを用いて本フレームワークを実施する場合は、そ のプログラムの強制執行手続きを活用すべきである。さもなければ、行政、民 事または刑事による強制プログラムを確立すべきである。 ・本フレームワークによる勧奨事項をすべて実施している養豚経営者は、近隣住 民などからの不当妨害(迷惑)訴訟から保護されるべきである。(注:当該勧 奨は、98年11月に公表されたEPAとNPPCの共同対策である「米国の水質保護のた めの自主的適合対策」において、生産者が自主的に検査を受け、見出された違 反を即座に公表の上修正した場合、当該生産者は水質保全法違反に係る民事罰 を軽減されるという合意に結びついている。) I 経済および技術支援 ・連邦および州政府は、養豚経営者が本フレームワークの勧奨事項に適合するた めに必要とされる対策を講じるよう、経済的および技術的支援を提供するよう 努力すべきである。 本報告書への謝辞の中で、EPAが「畜産経営体のための全国戦略を構築する上で、 懇話会の行った作業を考慮することを保証したい」とするとともに、USDAは「養 豚経営を支援する戦略や政策を構築する上で、懇話会の勧奨事項を慎重に考慮し たい」と結んでおり、懇話会でまとめられた環境フレームワークの要素が、次節 で報告する水質保全アクション・プラン(Clean Water Action Plan)に基づく「畜 産経営体のための全国戦略」に反映されることが示唆されている。 こうした中、カンザス州では、いち早く環境フレームワークに沿った規則が提 案されており、NPPCは主要な州に対して、カンザス州の規則内容の検討および同 様な手続きを踏まえた規則の構築を促している。 なお、98年2月から同様な懇話会が養鶏部門においても開催され、98年12月に フレームワークの最終案を採択している。
(1)水質保全法による規制 米国においては、農業、とりわけ畜産に対する環境規制は、水質保全法(Clean Water Act)による規制がその根幹を成している。72年に制定された水質保全法で は、すべての河川や湖沼を、釣りができ、かつ、泳げる水質にすることが目標と された。このため、水質汚染の点源汚染源として、工場や廃水処理場など[1,000 家畜単位以上の大規模畜産経営体(Concentrated Animal Feeding Operation:CA FO)を含む。〕からの排出物を制御する規制措置が講じられた。72年に設定され た排出基準により、有害物質の排出は年間数十億ポンド(数百万トン)の単位で 削減されてきた結果、今日では、水域の60〜70%が国の定める水質基準を満たし ている。 工場からの排水などの点源汚染源は、監視や測定が容易であることから、制御 するための規制の実施が比較的容易である。これに対し、耕地、フィードロット、 林野、牧草地、街路などからの非点源汚染は、雨や雪解け水などを通して水域に 広範に流出してくるため、監視や測定が困難でコストも多く要することから、対 処が非常に困難である。 水質保全法では、基本的に、点源汚染源は連邦政府が実施する規制により対処 し、非点源汚染源については、同法が規制する手段を特定していないため、州政 府による独自の事業(補助事業を含む)により対処されてきた。 (2)水質保全アクション・プランの目的および背景 水質保全法により、工場などの点源汚染源からの汚染物質の排出を抑制してき た結果、現在では、農業が最も主要で広範な水質の汚染源になっているとみなさ れている。USDAの報告書によれば、全国の汚染された河川の70%、汚染された湖 沼の49%は、農業が主要な汚染源であるとされている。共通して見られる汚染物 質は、窒素、リン、ふん尿に起因する大腸菌、浮遊沈殿物である。 このため、98年2月、クリントン大統領は水質保全アクション・プランを公表 し、これまで十分な対処のなされてこなかった非点源汚染源に焦点を当てること により、水質のさらなる改善を図ることが表明された。アクション・プランの10 の原則のうち、特に農業に関連の深いものは、水域の管理と汚染物質の流出防止 である。水域の管理に関しては、これまで窒素やリンなどの農業に起因する汚染 物質の基準が設定されていなかったため、これらの水質基準の設定を提案してい る。また、汚染物質の流出防止に関しては、家畜ふん尿の管理に重点を置いてい る。 98年9月、アクション・プランに基づき、「畜産経営体のための全国戦略(草 案)」が公表された。同戦略の特徴は、第1に、水質保全法の改正を行わず、既 存の法律やプログラムの枠組みの中で、水質保全のための新しい対策を講じるこ ととしたこと、第 2 に、EPAとUSDAの共同作業により畜産経営体による水質およ び公衆衛生への影響を最小限にとどめるための統一化された全国戦略が策定され たこと、第3に、先行して策定された「養豚に関する全国環境懇話会」のフレー 同戦略のポイントは、@既存の水質保全法に基づく規制の強化、A包括的栄養 分管理計画(Comprehensive Nutrient Management Program:CNMP)の策定、B7 つの戦略的課題と対策の特定の 3 点である。以下、その概要を記す。 (3)畜産経営体のための全国戦略(草案)の概要 @ 水質保全法に基づく規制の強化 畜産経営体による水質への影響の管理は、水質保全法に基づく全国汚染物質排 出排除システム(National Pollution Discharge Elimination System:NPDES) *と呼ばれる許可制度により対処されている。すなわち、畜産経営体(畜舎など の囲いを設けて家畜を管理している畜産経営体:Animal Feeding Operation:AFO) のうち、一定の基準に達する経営体は、NPDESの規則では大規模畜産経営体(CAFO: 1,000家畜単位以上。300〜1,000家畜単位でも、水質規制上問題のある経営体を含 む。)として、規制の対象となっている。 しかしながら、NPDESに係る許可は、現在、対象となる約 2 万のCAFOのうち、 その10分の 1 に当たる約 2 千の経営体が取得しているに過ぎない。USDAによれ ば、水質保全法に基づくNPDESの許可の一部として、今後、 1 万 5 千〜 2 万の 経営体において、包括的栄養分管理計画(CNMP)の策定が必要になるものと見込 まれている。畜産経営体(AFO)は、米国全体でおよそ45万戸あるとされているた め、全体の 5 %の経営体がNPDESに基づく許可を要求されることになる。また、 NPDESに基づく規制の対象外となる残りの95%の経営体は、自主的な包括的栄養分 管理計画の策定が求められることになると見込まれている。 USDAは、今回の戦略を満たすため、約30万の畜産経営体がCNMPの新規策定また は見直しが必要になるものと見込んでいる。 畜産経営体の所有者および経営者を支援するプログラムは3種類ある。第1に 最も効果的な方法として、地方政府主導の環境保全プログラムを推進すること、 第 2 に環境に関する教育プログラム、第03 に技術および財政援助プログラムで ある。栄養分管理に関しては、次節で紹介するUSDAの環境改善奨励事業(EQIP) や環境保全留保事業(CRP)などが活用可能である。 注)*全国公害排出排除システム(NPDES)とは、水質保全法に基づく、経営許可 の仕組みである。点源汚染源(発生源を特定できる汚染源)とされる CAFOの 場合、NPDESによる許可の取得に当たっては、家畜ふん尿の排出防止、家畜ふん尿 を保持するためのラグーンなどの施設の維持・建設などが求められる。 A 包括的栄養分管理計画の策定 本戦略においては、畜産経営体から流出する排水や家畜ふん尿の土壌への投与 による水質および公衆衛生への影響を最小限にとどめるため、すべての畜産経営 体に対して技術的に堅固かつ経済的に実行可能な包括的栄養分管理計画(CNMP) の策定・実行を求めている。CNMPでは、農業経営体がUSDA自然資源保全局(NRCS) などの支援の下、個々に定めた栄養分管理目標を達成するために実施すべき対策 を特定している。具体的には以下のとおりである。 ・飼料管理:可能であれば、家畜飼料はふん尿中の栄養分が少なくなるよう調製 されるべきである。例えば、フィターゼなどの酵素を家畜飼料に添加すること により、家畜のリンの吸収が改善されるため、結果的にふん尿に含まれるリン の総量が減少する。このようなふん尿を土壌に投与すれば、作物が吸収可能な 栄養成分に近づくことになる。 ・ふん尿の取り扱いおよび貯蔵:畜産経営体による水質汚染を防止するため、雨 水の侵入防止、有機物の漏えいの防止など、ふん尿は適切に処理貯蔵される必 要がある。 ・ふん尿の土壌への投与:ふん尿の土壌への投与は、栄養分や有機物の価値の観 点から、最も一般的かつ望ましい方法である。その際留意すべき点は、土壌の 栄養バランス、投与の時期と方法である。 ・土壌管理:ふん尿を投与した土壌から有機物や栄養分などが地表水や地下水に 移動するのを最小限にとどめるよう、耕耘、作物残さの管理、放牧管理などの 保全作業が実施されるべきである。 ・記録の保持:畜産経営体の経営者は、ふん尿の生産量、いつ、どこで、どれだ けの栄養分が利用されたかを示す記録を保持すべきである。 ・他の利用方法:環境的にぜい弱な流域では、ふん尿をたい肥化・販売、発電へ の利用など、他の利用方法も検討すべきである。 B 戦略的課題 畜産経営体に関する戦略では、以下の07 つの課題が取り組まれる。 戦略的課題 1 :CNMP策定・実施体制の構築 アクション・プランを成功裏に実施するためには、CNMPの策定・実施を支援す る民間または公的部門における資格のある専門家の存在が重要である。このため、 USDAおよびEPAは、畜産経営体の所有者および経営者がCNMPを策定・実施するに当 たり、これを支援する資格のある専門家を増やすための対策を講じる。 戦略的課題 2 :政府によるインセンティブ・プログラムの加速化 2008年までにすべての畜産経営体がCNMPを策定・実施するため、USDAが主体と なって、98年11月までに水質を保全するための実施基準を策定するとともに、99 年 1 月までにCNMPの指針を策定する(注:99年 2 月現在、未発表)。CNMPには、 航空写真または計画の青写真、保全対策および実施スケジュール、ふん尿を貯蔵・ 管理する施設の工事計画、土壌および栄養分検査の記録、栄養分過多を防止する ための適正量のふん尿の土壌投与などが含まれることが望ましい。このため、US DAの環境改善奨励事業(EQIP)や環境保全留保事業(CRP)、EPAの非点源汚染源 管理プログラムなどの活用を図る。 戦略的課題 3 :既存の規制プログラムの実施・改善 水質保全法では、点源汚染源に対してNPDESの許可を得るよう求めており、当該 戦略では、EPAによる既存の規制の強化・改善を図るため、次のような計画などを 特定している。 ・全てのCAFOに対する(既存の規則に基づく)第 1 ラウンド目のNPDES許可証の 発行を、99年春より開始する。 ・NPDESによるCAFOの許可規則を、2001年12月までに見直す。 ・排出物制限ガイドラインについて、鶏および豚は2001年12月までに、肉牛およ び乳牛は2002年12月までに、それぞれ適切に見直し改訂する。 ・大規模CAFO(1,000家畜単位以上)は、2003年までにCNMPを策定・実施する。 ・全てのCAFOに対する(改定された規則に基づく)第 2 ラウンド目のNPDES許可 証の発行を、2005年より開始する。 戦略的課題 4 :共同研究、技術革新、適合支援および技術移転 USDAとEPAは、畜産経営体が自然資源や環境に与える影響に関する共通認識を深 めるため、共同での研究、技術革新、技術移転活動を実施し、環境規制などへの 適合を支援するとともに、単一の情報センターを設ける。その一環として、USDA とEPAは、99年10月までに共同で畜産経営体調査計画を策定する。 戦略的課題 5 :業界による自主的指導の奨励 本戦略の具体例は、前節で解説した「養豚に関する全国環境懇話会」である。 NPPCは、懇話会の成果であるフレームワークを全養豚経営体が採用するよう奨励 している。USDAおよびEPAは、これまでに終了した養豚および養鶏以外の他の畜産 部門にも、業界主導の懇話会を開催するよう推進している。 このほか、業界と共同で、耕種部門に対する余剰ふん尿の交換ネットワーク構 築の可能性の調査、畜産経営体における革新的かつ効果的な水質管理に対する表 彰事業、栄養分管理対策支援に対するチェックオフ資金の活用などを推進する。 戦略的課題 6 :データの同等化 USDAと畜産経営体の信頼関係を確保するため、USDAとEPAはデータの共有化を図 るとともに、規制当局に対して、水質保全のために有用な情報を提供する。 戦略的課題 7 :達成度の測定および実施義務 アクションプランを実施し、その目標を達成するためには、成功の度合いを測 定する手法の確立が重要である。このため、USDAを中心とした合同作業グループ を設け、99年10月までに畜産経営体のための達成度測定手法を開発する。また、 2000年1月までに、既存の各種データを用いて、畜産廃棄物からの過剰栄養分の 流出による流域への栄養分負荷の基準値を検討する。 (4)全国戦略の今後の取り扱い 以上の水質保全アクション・プランに基づく「全国戦略」の草案に対して、US DAおよびEPAはコメントを受け付けており、今後、各方面からのコメントなどを踏 まえ、99年中、遅くとも6月頃までには、最終実施案が公表される見込みとなっ ている。 なお、参考までに、水質保全アクション・プランに係る連邦予算全体の状況を 見ると、99年度予算は18億 7 千万ドル(約 2 千 1 百億円:1ドル=114円で換 算)と、98年度に比べ14%の大幅な伸びとなっており、米国の水質改善に向けた 意気込みがうかがい知れる。 表1 水質保全アクション・プランに係る予算一覧 資料:USDA「Clean Water Initiative budget」 注1:98年度農務省予算には、EQIPと林野局の連邦所有地水質改善事業予算の みが計上されている。 99年度の内訳は不明。 注2:ラウンドのため、合計は必ずしも一致しない。
表 1 からも分かるように、USDAおよびEPAは、水質や環境を改善するため、数 多くの対策を講じている。ここでは、その中から代表的な事業を選び、その概要 を報告する。 (1)USDA事業 @ 環境改善奨励事業(EQIP) ・予算額は年 2 億ドル 本事業は、96年農業法に基づき新設された事業である。同法に基づき、97〜20 02年度までの間、毎年度 2 億ドル(約228億円)の予算が配分されることとなっ ている。本事業は、土壌、水質、その他の自然資源を保全するため、農家に対し、 技術支援、財政支援および教育支援を行うというものである。このうち、財政支 援は、ハード事業である一部補助事業と、ソフト事業である奨励事業に分かれる。 また、本事業は、水質保全法に基づく非点源汚染源に係る基準(水質保全アクシ ョン・プラン)を満たすために用いることができる。なお、 2 月 1 日に公表さ れた2000年度予算案によれば、本事業に対し、96年農業法に基づく法定予算を50 %上回る 3 億ドル(約345億円)の予算が要求されている。 ・畜産に対し50%以上配分 全国ベースでは、予算総額のうち50%以上が畜産に関連する環境対策に用いら れることとなっている。97年度(96年10月〜97年9月)の実績では、54%が畜産 関連の対策に用いられている。また、各州に配分された予算のうち、少なくとも 65%は、USDAの自然資源保全局(NRCS)、農家サービス庁(FSA)、州および地方 政府関係機関等の代表者からなる州技術委員会の助言に基づき、州が決定する優 先地域に配分し、残りの35%は、州全体の環境問題に対処するために用いること とされている。ここでいう優先地域とは、環境的に、特別にセンシティブな流域・ 地域、若しくは土壌・水質・その他の自然資源に関して重大な問題を有する地域 とされている。97年度の実績では、70%が優先地域向けに配分されている。 ・ 5 〜10年の契約が必要 本事業による補助金を受給するためには、農家は、保全計画の策定に加え、US DAと5〜10年間の契約を結ぶ必要がある。保全計画は、NRCSなどからの支援の下、 各農家ごとの立地条件に応じて策定し、かつ、NRCSの技術基準に沿ったものでな ければならない。また、契約が申請されると、事業が環境に与える便益に基づい て、地方ワーキング・グループによりあらかじめ定められた環境ポイントが与え られる。対策に要するコストをこのポイントで割って求められる数値により、そ の事業の優先順位が決定されるため、費用対効果の高い事業が優先されて実施さ れることになる。 なお、1,000家畜単位以上の大規模畜産経営体は、ハード向け補助事業について は対象外となっている(注:大規模の基準は、USDAの承認の下、州による変更が 認められている。) ・補助上限は年 1 万ドル、合計 5 万ド ル 奨励事業(最長3年間まで)では、管理対策ごとに定められる単位面積当たり の単価×面積が補助されるが、1人当たりの補助限度額は、ハード向け補助事業 を含めて年間 1 万ドル(約114万円)、契約期間合計で 5 万ドル(約570万円) となっている。 奨励事業では、表土被覆作物の作付け、計画的放牧管理、かんがい用水管理、 土壌栄養分管理など、さまざまな環境保全対策の実施が対象となり、ハード向け 補助事業では、固液分離装置などのふん尿処理施設、かんがい施設、牧柵、防風 施設などが対象となる。 表2 97年度EQIPリスト(奨励事業抜粋) 資料:USDA 注1:上記補助率等は、USDAが定めた上限値であり、州などの裁量により減額 することができる。 A 土壌保全留保事業(CRP) ・予算額は年18億ドル 本事業は、古くは「56年土壌バンク法」にまでさかのぼるが、事業名が現在の 名称になったのは85年農業法からであり、96年農業法においても継続実施される こととなった。98年度の予算額は、約18億ドル(約241百億円)である。本事業は、 休耕に対し助成することにより、環境の改善を図ることを目的としているとされ ているが、本来は、農産物の生産調整により需給の改善を図り、農家所得の支持 をも目的としたものであった。しかしながら、96年農業法では本事業を生産調整 措置として用いないとしており、97年 2月から施行された新しいCRP規則によれ ば、土壌浸食の防止を最優先課題とし、水質の保全、野生動植物の生息地の改善 を含めた3 点が、その目的とされている。なお、2000年度予算案によれば、本事 業に対し、約16億ドル(約 1 千 8 百億円)の予算が要求されている。 ・10〜15年の契約が必要 農地が本事業の対象となるためには、当該農地が直近 5 年間のうち 2 年間以 上農作物を作付けしたか、または作付けしたものとみなされること、保全必要性 を指数化した土壌浸食指数が 8 以上であること、連邦または州政府が定めるCRP 優先対象地域であることなどが条件となる。併せて、農家は、環境的にぜい弱な 農地を対象として、USDAと10〜15年間、これを保全的に利用する旨の契約を結ぶ 必要がある。96年農業法では、CRP契約対象農地の上限を、3,640万エーカー(約 1,470万ha)としている。 ・ 1 エーカー当たり約50ドルの補助 本事業では、農地の借地料に加え土壌保全経費の50%が補助対象となる。農地 の借地料支払単価は、地域ごとの生産性や周辺地域の実勢を勘案して決定される が、これまでの実績では、1エーカー当たり約50ドル(約1万4千円/ha)とさ れている。他方、土壌保全経費には、浸食されやすい農地に草などの永年被覆作 物を植え付けるのに必要な経費が対象となる。永年被覆作物の植え付けにより、 土壌の浸食が防止されるばかりでなく、水域への栄養分や農薬の流入を抑制する ことが可能となる。 B その他の事業 USDAの環境保全関連事業としては、以上のほか、次のような事業がある。 ・保全技術支援(CAT):土壌および水質の保全並びに水質改善を実施する農家に 対する技術支援。98年度予算額は 5 億 4 千万ドル(約616億円)。 ・農地保護事業(FPP):優良農地の保全地役権等の購入。98年度予算額は 1千 8百万ドル(約21億円)。(注:地役権とは、他人の土地を自分の便益のため に利用するという権利。この場合、政府が土地の所有者から地役権を買い入れ、 環境保全を行う事業。) ・湿地保全事業(WRP):地役権の支払いおよび回復に要するコストの一部負担を 通じた、元湿地である農地の湿地への復元促進。98年度予算額は 2 億 2 千万 ドル(約250億円)。 ・緊急保全事業(ECP):自然災害からの復旧や干ばつ期間の水の保全に対する財 政支援。98年度予算額は 3 千 4 百万ドル(約39億円)。 ・ 野生動植物生息地奨励事業(WHIP):野生動植物生息地を改善するため、農場 での自主的管理対策の奨励。98年度予算額は 3 千万ドル(約34億円)。 (2)EPA事業 @ 非点源汚染源管理事業 ・予算額は 1 億 2 千万ドル 非点源汚染源管理事業(Nonpoint Source Management Program)は、水質保全 法319条に基づき導入された事業である。同条項は87年に立法化され、これに基づ き、地下水を含む水質の非点源汚染源を規制する全国プログラムが設立されるこ ととなった。本事業に対して実際に予算が配分されたのは90年度以降であり、こ れまでに 6 億 7 千万ドル(約770億円)が交付されている。本事業はEPAと州政 府の共同事業であり、州政府などが非点源汚染を抑制するために実施する事業に 対し、EPAが補助金を交付する事業である。なお、98年度予算額は 1 億 2千万ド ル(約140億円)であった。 ・農業向けの支出は39% これまでの実績によれば、畜産経営体を含む農業関連対策に対し、予算の39% が支出されている。本事業を運営するに当たり、EPAは、優先事項の決定、事業の 選択や実施などについて、州政府に対して多くの裁量を与え、詳細な事業内容に ついては、報告を軽減してきているが、1事業当たり5 万ドルを超える流域事業 については、州政府にその実施計画の概要を提出するよう求めている。また、事 業効果の改善を図るため、事業の更新や重点方向の転換に対して、予算の20%ま たは25万ドルのうちいずれか小さい方の額を使用することができる。なお、事業 の管理運営コストは、補助金交付額の10%を超えてはならない。 ・例外的な個人に対する補助 本事業においては、基本的に個人に対する補助は想定していない。ただし、優 先度の高い地域において、環境保全のための広範な最良管理作業(Best Managem ent Practice: BMP)を実施させるための実証事業向けの場合は、州政府は個人向 けに支出してもよいこととなっている。具体的には、環境保全対策を強制させる ための事業、技術支援、財政支援、教育、研修、技術移転、実証事業、事業の効 果を評価するための監視などが事業の対象となる。 A その他の事業 上記の非点源汚染管理事業のほか、EPAの主要な事業としては、「水質保全SFR」 という低利融資事業がある。本事業は、家畜ふん尿貯蔵施設などの非点源汚染源 に係る事業に対して無利子で融資を行うものであり、資金の管理は州政府が行っ ている。年間の融資総額は約30億ドル(約 3 千 4 百億円)であり、これまでの 累積で200億ドル(約 2 兆3千億円)の融資実績がある。畜産経営体などからの 汚染物質の流出に対しては、97年以降、6 億 7 千万ドル(約764億円)が融資さ れている。 また、安全飲用水法に基づき、地下水を農業用化学物質による汚染から保護す る水源保護事業に対して、98年度は1千2 百万ドル(約14億円)が措置されてい る。
以上のように、米国においては、年々厳しくなる環境規制に対応してさまざま な対策が講じられており、このような対策に要する予算も増加傾向にある。 ところで、このような傾向は世界貿易機関(WTO)協定上、環境対策が「緑」の 政策に位置づけられたことが原因なのであろうか。確かに、そのような要因が貢 献していることは否定できないが、それ以上に、畜産経営体に対する地域住民か らの苦情や訴訟が相次ぐ中で、環境問題に適切に対処しなければ、経営の存続す ら脅かされかねないという状況に陥っていることにその主要な原因があると見た ほうが、より正確であろう。 このような背景から、養豚・養鶏関係の生産者および団体は環境問題に相当敏 感となっており、受け身に回るよりも、生産者自らが積極的に環境対策に取り組 み、コストはアップしたとしても地域住民との調和を選択したものと考えられる。 日本においても硝酸性窒素やクリプトスポリジウム(原虫)による水質汚染が問 題となってきており、家畜ふん尿の適切な管理が重要な課題となってきている。 米国養豚団体における環境問題に対するこうした積極的な取り組みを参考にし つつ、生産者が環境と調和した畜産の推進を目指すことが重要と思われる。
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