共通農業政策(CAP)改革案、 3 月の合意に向け調整急(EU)


EUサミットでの合意を目指す

 EUでは、昨年 3 月に提出された共通農業政策(CAP)改革案について、今年3
月のEUサミットでの合意を目指して、EU委員会および加盟国間の調整作業が急ピ
ッチで進んでいる。現時点では各加盟国の意向にはいまだ隔たりがあるが、今後
集中的な調整を経て、2月の農相理事会までには調整案を取りまとめる方針であ
る。

 EUはこのため、加盟国農業省の次官クラスで構成されるハイレベルグループの
会合を今年新たに設置し、調整作業の加速化を図っており、現在はそれぞれの主
張を対案として整理し、妥協点を探っている。


大幅な改革提案の酪農分野は調整が難航

 CAP創設以来ともいえる大幅な改革が提案されている酪農分野の調整作業は、他
の分野に比べて難航しそうな気配である。EU委員会は2006年までの生乳生産割当
(クオータ)制度の延長、クオータの2%増枠、乳製品の介入買い入れ価格の15
%引き下げを提案している。これに対し、ロンドンクラブあるいはギャング4 な
どと呼ばれているイギリス、デンマーク、スウェーデンおよびイタリアは、クオ
ータ制度の廃止、引き下げ幅の30%への拡大など、一歩進んだ改革を求めており、
原案通りの決定を阻止する構えを固めている。一方、フランス、アイルランドな
どは一貫して現状維持を強く求めている。介入買い入れ価格の引き下げで予想さ
れる生産者の所得低下を補償する目的で提案された乳牛奨励金の新設については、
過半数の国が支持しているとみられるが、その積算方法をめぐって意見が対立し
ている。

 牛肉分野では、ドイツ、イギリス、オランダなど過半数の加盟国が、介入買い
入れ制度を廃止し、現行買い入れ価格を30%引き下げた価格で発動する民間在庫
補助制度に切り替えるEU委員会案を支持しているとみられる。対案として引き下
げ幅の縮小や、緊急時の買い入れ制度の導入が示されており、フランスなどが支
持している。ただし、EU委員会は、引き下げ幅を縮小した場合、消費拡大効果や
輸出補助金の削減効果が薄れ、より多くの予算が必要になると警告している。


直接所得補償予算の段階的削減案は成立の現実味を増す

 加盟国に直接所得補償支払予算の一部を配分し、執行権限を与えるというEU委
員会提案については、加盟国間での公正な競争を欠くとして根強い反対がある。
対案として示された、現行の複数の奨励金をと畜奨励金として一本化する案に同
調する気配を見せる加盟国もあるが、この奨励金は生産に直結する恐れがあり、
世界貿易機関(WTO)の次期交渉をにらむと導入は困難であるとの見方が強い。

 このほか、直接所得補償予算を、現行の全額EU負担から一部加盟国負担に変更
するよう求める動きに対抗して、フランスが同予算の段階的削減を提案した。フ
ランスは、EU予算の負担額の割合に比べ、CAP予算の受取額の割合が高いネットの
受益者であるため、国の独自財源を使用した相当額の持ち出しを強いられること
は是非とも避けたいとみられる。これで従来から同様の提案をしているイギリス
と合わせ、2大加盟国の意見が一致したこととなる。さらに、EU蔵相理事会は、
現在EU予算の約半分を占めるCAP関連予算を2006年まで405億ユーロ(約5兆4
千億円、1ユーロ=133円)に凍結する姿勢を示している。405億ユーロには、CAP
関連予算および農業と環境関連措置が含まれることはもちろんであるが、その他
一部の農村対策や家畜衛生対策を含めるか否かまでは決まっていない。また、こ
の凍結措置を各年に適用するか、あるいは2006年の目標にするかなども今後の課
題である。
 
 この凍結予算措置では、もともとのCAP予算等の財源を賄うことはできない。そ
のため、直接所得補償の段階的削減案は、一層現実味を帯びている。2月の農相
理事会直前には各加盟国とEUの議長国であるドイツとの個別会談も予定されてい
る。CAP改革案をめぐる調整作業の行方が注目される。


用語解説

共通農業政策(Common Agricultural Policy:CAP)

 93年11月1日に欧州連合条約(マーストリヒト条約)が発効したEU(欧州連合)
は、58年に発足した欧州経済共同体(European Economic Community:EEC、加盟
国は 6 カ国)がその基盤となっており、現在、加盟国は15カ国に上る。

 設立当時、EECは、経済全体について広域市場を創設し、規模拡大などによる生
産性の向上を実現し、生産の増強を図ることを目的として発足した。しかしなが
ら、農業にあっては、各国がその特殊性や地域間格差が大きいことなどから、保
護主義的色彩の強い農業政策を行っていた。そのため、各国間の農業政策を調整
する必要性が強く認識され、EEC条約(ローマ条約)に農産物全般をカバーするC
APの実施が掲げられることとなった。

 CAPは共通市場政策が完成した68年から本格的に実施されており、その目的は以
下の 4 項目となっている。

1 域内の農業に係る技術開発の促進、生産の合理的発展および生産要素の有効
  活用によるその生産性向上
2 域内の農業従事者の所得増大などによる農村社会の公正な生活水準の確保
3 域内の農産物市場の安定化ならびに農産物の安定的供給の確保
4 域内の消費者への農産物の合理的な供給価格の確保

 こうした目的を実施するために、@市場の統一(共通価格の設定)、A域内優
先(輸入課徴金(ガット・ウルグアイラウンド合意後は、関税化)、輸出補助金
の設定など)、B農業財政の確立(農業指導保証基金(EAGGF-指導部門および保
証部門−)を通じた運営)の3原則の下で農産物ごとに市場規則が定められてい
る。

 CAPの改革はこれまで 3 度行われており、今年4回目の改革案の合意を目指し
ている。

1 第1次(84年度から86年度:年度は 7 月から 6 月)

 (1) 各種農産物の介入価格の引き下げ、あるいは据え置き。
 (2) 生乳生産割当制度の導入。

2 第2次(88年度、89年度)

(1) 耕種作物を中心とする生産上限枠(スタビライザー制度)の導入。

(2) 乳製品、牛肉の介入買い入れ制度を申込制から入札制に変更、また、買い
  入れ数量に上 限枠を設定。生乳生産枠の削減( 2 年度で9.5%)。

(3) 早期離農奨励制度、環境保全型農業(有機農業、景観維持など)に対する
  補助、穀物の休耕・転作奨励事業(セット・アサイド)、雄牛特別奨励金制
  度など、生産(拡大)と直接結び付かない所得補償制度、いわゆるデカップ
  リングの導入。

3 第3次(93年度から95年度)

(1) 穀物介入価格を29%引き下げ、その収入減に対して直接所得補償。補償の
  条件として、耕作面積の15%の休耕義務(現在では 5 %に低減)。

(2) 牛肉の介入価格の15%引き下げとセーフティーネット介入の発動条件を引
  き下げ。その代償措置として、雄牛特別奨励金制度、繁殖雌牛奨励金制度の
  単価を増額、と畜季節是正奨励金(主にアイルランドを対象)、初生牛と畜
  奨励金の導入。

(3) バターの介入価格の5%引き下げ。生乳の共同責任課徴金(供給過剰処理
  経費を生産者に課す)廃止。

(4) 環境保全型農業に対する補助、農場での植林などに対する補助、早期離農
  奨励金制度の強化など。

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