海外駐在員レポート 

カナダの肉用牛および養豚産業の構造変化

デンバー駐在員事務所 本郷秀毅、藤野哲也




1 はじめに

 カナダは、その広大な国土を背景として、肉用牛の生産については世界で10番
目(98年)の地位にあり、豚肉の生産については日本と並び世界で11番目の地位
にある。また、生産規模が国内需要を大幅に上回ることから、生産された食肉の
多くが輸出に仕向けられており、牛肉の輸出については、豪州、米国、ニュージ
ーランドに次いで世界で4番目の地位にあり、豚肉の輸出については、米国、EU
に次いで3番目の地位を占めている。

 近年、カナダは、北米自由貿易協定(NAFTA)や世界貿易機関(WTO)協定に
基づき数々の政策の変更を行うとともに、その結果として、とりわけ養豚産業は、
生産の拡大を伴いながら、東部から西部へと生産の重点を移しつつある。

 他方、日本は、牛肉および豚肉供給の多くを海外に依存している中、近年、カ
ナダからのこれら食肉の輸入が急増しつつあり、我が国に対する食肉の主要供給
国として、カナダの重要性が次第に高まりつつある。

 そこで、今月号では、カナダにおける肉用牛および養豚産業の過去のトレンド
と現状を概観するとともに、近年、急速に変貌しつつある生産構造について、そ
れがどのようにしてもたらされたのか、その要因を中心に報告する。

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2 肉畜生産の基礎構造

(1)肉用牛:アルバータ州が主産地

 カナダの96年の肉用牛飼養戸数(農産物販売額2千5百ドル(約20万円: 1カナ
ダドル=81円で換算)以上)は約6万8千戸であり、このうち37%に当たる約2万5
千戸がアルバータ州に存在している。次いで多いのは東部のオンタリオ州の約1
万4千戸(21%)であるが、アルバータ州のほかブリティッシュ・コロンビア(B.
C.)州、サスカチュワン州およびマニトバ州の西部4州を合計すると約4万5千
戸となり、全国の約3分の2に当たる67%が西部諸州に集中していることがわかる。

表 1  カナダの肉用牛飼養農家数
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 資料:Canadian Census of Agriculture
 注 1 :農産物販売額2,500ドル以上の農家数である。
   2 :大西洋岸諸州は、プリンス・エドワード島、ノバ・スコシア州、ニュー
    ブランズウィック州およびニューファンドランド州により構成される。
   3 :B.C.は、ブリティッシュ・コロンビア州。

 次に、98年の肉用牛飼養頭数を見ると、全国合計で約1千4百40万頭となってお
り、96年の約1千5百万頭をピークにキャトルサイクルの減少局面を迎えている。
しかしながら、10年前の88年の約1千2百20万頭と比べれば18%の増加となってお
り、長期的には増加傾向で推移していると言える。これを州別に見ると、ケベッ
ク州やオンタリオ州を含む東部諸州では減少傾向で推移しているのに対し、西部
諸州では増加傾向で推移しており、全国に占める西部諸州のシェアは、88年の66
%から98年には73%にまで拡大している。とりわけアルバータ州のシェアは高く、
98年には全国の39%を占めるまでに至っている。

 なお、96年の1戸当たり平均飼養頭数は、州によるばらつきはあるものの、全国
平均では223頭となっている。

表 2  カナダの肉用牛飼養頭数の推移
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 資料:Statistics Canada
  注:ラウンドの関係で、合計は必ずしも一致しない。


(2)養豚:東部が主産地

 カナダの96年の養豚農家戸数(農産物販売額2千5百ドル(約20万円)以上)は
約8千1百戸であり、このうち33%に当たる約2千7百戸がオンタリオ州に、次いで
29%に当たる約2千3百戸がケベック州に存在している。このように、養豚農家戸
数については、約3分の2が東部諸州に集中しており、消費地立地型の生産構造と
なっている(注:98年におけるカナダ東部の人口のシェアは70%)。しかしなが
ら、これを経年的に見ると、71年から96年までの間に養豚農家戸数を半減させな
がら、東部諸州のシェアについては、71年に57%であったものが、80年代には72
%まで拡大し、90年代に入りそのシェアを60%台に低下させていることがわかる。

表 3  カナダの養豚農家数の推移
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 資料:Canadian Census of Agriculture
  注:農産物販売額2,500ドル以上の農家数である。

 次に、98年の豚飼養頭数を見ると、全国合計で約1千2百30万頭となっており、
10年前の88年の約1千1百10万頭と比べ11%の増加となっており、長期的には増加
傾向で推移していると言える。これを州別に見ると、ほとんどの州がほぼ横ばい
で推移しているのに対し、ケベック州およびマニトバ州では増加傾向で推移して
いる。とりわけマニトバ州では、90年を底に急速に増加しており、この8年間で
71%の増加を示している。この結果、全国に占めるシェアも、同期間に12%から
17%に拡大している。同様に、これを東部諸州および西部諸州に区分して比較す
ると、88年から98年までの10年間で、東部諸州が6.5%の増加を示しているのに対
し、西部諸州は19%の増加を示しており、養豚のシェアは、次第に西部に移動し
ていることがわかる。

 なお、96年の1戸当たり平均飼養頭数は、州によるばらつきはあるものの、全
国平均では1,432頭となっている。

表 4  カナダの豚飼養頭数の推移
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 資料:Statistics Canada
  注:ラウンドの関係で、合計は必ずしも一致しない。


3 食肉処理加工産業の基礎構造

(1)牛肉:アルバータ州が急拡大

 カナダの牛と畜頭数は、近年、安定的に推移している。97年のと畜頭数は約36
2万頭と、88年に比べわずか1.2%増加したにすぎない。これを州別に見ると、ほ
とんどの州で減少傾向で推移しているのに対し、アルバータ州では51%と大幅に
拡大している。この結果、全国のと畜頭数に占めるアルバータ州のシェアは52%
となり、わずか1州で全国のと畜頭数の過半を占めるまでに至っている。これを
東部諸州および西部諸州に区分して比較すると、88年から97年までの9年間で、
東部諸州が18%の減少を示しているのに対し、西部諸州は逆に18%の増加を示し
ており、と畜頭数のシェアは、次第に西部に移動していることがわかる。

表 5  カナダの牛と畜頭数の推移
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 資料:Statistics Canada
  注:ラウンドの関係で、合計は必ずしも一致しない。


(2)豚肉:西部がやや拡大

 カナダの豚と畜頭数は、牛と畜頭数の場合と同様、近年、安定的に推移してい
る。97年のと畜頭数は約1千5百40万頭と、88年に比べわずか0.3%減少したにす
ぎない。これを州別に見ると、ほとんどの州で減少傾向で推移しているのに対し、
ケベック州とアルバータ州でわずかに増加している。これを東部諸州および西部
諸州に区分して比較すると、88年から97年までの9年間で、東部諸州が4.5%の減
少を示しているのに対し、西部諸州は逆に7.9%の増加を示しており、と畜頭数の
シェアは、わずかながら西部に移動していることがわかる。

 なお、アルバータ州およびオンタリオ州で近年と畜頭数が減少しているのは、
ストライキにより大規模食肉処理加工場の操業が停止したことなどを反映してお
り、結果的に、米国向けの生体豚輸出を増加させることとなった。

表 6  カナダの豚と畜頭数の推移
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 資料:Statistics Canada
  注:ラウンドの関係で、合計は必ずしも一致しない。

・米国に比べ小規模な食肉工場

 96年現在、カナダには連邦政府により検査されている食肉処理加工場が54工場
ある(注:豚肉の場合、連邦政府検査工場でと畜される割合は85〜90%と推定さ
れる)。これらの工場は全国に散在しており、一般に生産地に近い地域に立地し
ている。カナダの食肉処理加工場は、米国に比べ規模が小さく、1週間当たり3千
頭〜3万2千頭(1シフトベース)の処理能力となっている。例えば、ノースカロ
ライナ州にある米国最大の食肉処理加工場では、1日当たりで3万2千頭の処理能
力を有しているのに対し、カナダでは、1週間の処理能力が1万頭を超えるのはわ
ずか13工場しかなく、このうち3万頭を超えるのはわずか1工場にすぎない。


4 食肉需給の基礎構造

(1)牛肉

・ 3 分の 1 を輸出

 カナダの牛肉生産量(枝肉換算ベース、以下同じ)は、93年の82万トンから97
年には103万トンへと拡大している。カナダでは、生産された牛肉(子牛肉を含む)
の約3分の2に当たる66%(97年)が国内で消費されているにすぎず、残りの約3
分の1は輸出に仕向けられている。これに対し、米国の牛肉の輸出向けシェアは
6%(97年)であることから、カナダの輸出依存度の高さがうかがい知れる。

・米国向け輸出が約90%

 経年的に見ると、88年には7万トンにすぎなかった輸出が、97年には5倍弱の33
万トンにまで急速に拡大していることがわかる。これを国別に見ると、米国向け
が約90%と、圧倒的なシェアを占めている。しかしながら、近年、徐々にではあ
るが、輸出先が多様化されてきており、中でも日本のシェアが高まってきている。
具体的にデータで見ると、88年には3 千 8 百トンにすぎなかった日本向けの輸出
量が、97年には約5倍の1万9千トンへと急速に拡大している。しかしながら、その
シェアは、依然6%弱にすぎない。

・生体牛を米国向けに140万頭輸出

 牛肉のほか、カナダは肉用牛を生体(肥育素牛およびと場直行牛)で輸出して
いる。そのほとんどは米国向けの輸出であり、88年から97年までの間に3倍弱の
伸びを示し、97年には約140万頭に達している。したがって、カナダの生体牛を
含めた牛肉の輸出は、生産頭数ベースで見れば、60%弱になるものと推定される。

・96年に純輸出国に転換

 他方、輸入については、88年には13万トンにすぎなかったものが、97年には20
万トンにまで拡大している。これを国別に見ると、米国からの輸入が過半を占め
ており、次いでニュージーランドと豪州がそれに続き、これら3カ国で輸入の約
95%を占めている。とりわけ、米国のシェアは89年以降急速に拡大しており、こ
れは後述する米・加自由貿易協定(FTA:NAFTAの前身)による関税撤廃の効果
であろう。カナダの国内消費に占める輸入の割合は約25%と、大方の予想以上に
高い。カナダが牛肉の純輸出国に転じたのは、実に96年になってからのこと、す
なわちわずか3年前のことなのである。

表 7  カナダにおける牛肉の需給
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 資料:Statistics Canada
 注 1 :98年は、Sparks社による推計値。
   2 :枝肉換算ベース

表 8  カナダの国別牛肉輸出量
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 資料:カナダ農業・農産食料省食肉課
  注:統計が異なるため、表 7 と数値が一致しない。

表 9  カナダの国別牛肉輸入量
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 資料:カナダ農業・農産食料省、食肉課
  注:統計が異なるため、表 7 と数値が一致しない。

表10 カナダの生体牛輸出頭数の推移
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 資料:Statistics Canada

 80年代以降、カナダの1人当たり年間牛肉消費量は減少傾向で推移しており、
97年には、米国に比べ28%少ない31.8kgとなっている。今後、食肉処理加工産業
による投資の拡大に伴いと畜処理能力の拡大が期待されることから、牛肉生産の
増加とも相まって、ますます輸出志向を強めていくものと考えられる。


(2)豚肉

・ 3 分の 1 を輸出

 カナダの豚肉生産量(枝肉換算ベース、以下同じ)は、92年の121万トンから
97年には約126万トンへとわずかながら拡大している(注:98年は推定135万トン
に急拡大)。カナダでは、生産された豚肉の約3分の2に当たる67%(97年)が国
内で消費されているにすぎず、残りの約3分の1は輸出に仕向けられている。偶然
ではあろうが、牛肉の輸出仕向率とほとんど同じ割合となっている。これに対し、
米国の豚肉の輸出向けシェアは8%(97年)であることから、カナダの輸出依存
度の高さがうかがい知れる。

・米国向けは約50%

 経年的に見ると、88年には30万トンであった輸出が、91年には24万トンにまで
減少し、その後増加に転じて、97年には42万トンにまで拡大していることがわか
る。これを国別にみると、米国向けが80年代には約80%と圧倒的なシェアを占め
ていたが、97年には49%と過半を割るまでに至っている。これに対し、日本向け
は、88年には2万6千トンにすぎなかったが、97年には8万6千トンと3倍以上に拡
大している。このように、近年、豚肉については、輸出先がアジア、オセアニア、
ロシアなどと多様化されてきており、中でも日本のシェアが高まっている。

・生体豚を米国向けに400万頭以上輸出

 豚肉のほか、カナダは肉豚を生体(肥育素豚およびと場直行豚)で輸出してい
る。生体豚の輸出頭数は、米国の相対的な市場価格や為替レートに左右されるが、
そのほとんどは米国向けである。近年、為替レートがカナダドル安傾向で推移し
てきたこともあり、米国向けの生体豚の輸出は94年以降急速に増加し、98年には
4百万頭を超えたものとみられている。生体豚の輸出は、主にオンタリオ州とマ
ニトバ州からのものであるが、これは隣接する米国の食肉処理加工場が地理的に
近いことが寄与している。

 したがって、カナダの生体豚を含めた豚肉の輸出は、生産頭数ベースで見れば、
45%程度になるものと推定される。

・従来から豚肉の純輸出国

 他方、輸入については、88年には13万トンと例外的に多かったが、その後は1
〜3万トン台で推移しており、97年は2万7千トンであった。これを国別にみると、
米国からの輸入が83%と圧倒的に多く、次いでデンマークが16%となっており、
この2カ国で99%を占めている。このように、豚肉については、カナダは従来か
ら純輸出国として世界市場に参加しており、その地位をますます揺るぎないもの
にしつつある。

 カナダの豚肉消費量は減少傾向で推移しており、今後、食肉処理加工産業によ
る投資拡大に伴いと畜処理能力の拡大が期待されることから、豚肉生産の増加と
も相まって、牛肉の場合と同様、ますます輸出志向を強めていくものと考えられ
る。

表11 カナダにおける豚肉の需給
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 資料:Statistics Canada
 注 1 :98年は、Sparks社による推計値。
   2 :枝肉換算ベース

表12 カナダの国別豚肉輸出量
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 資料:カナダ農業・農産食料省食肉課
  注:統計が異なるため、表11と数値が一致しない。

表13 カナダの国別豚肉輸入量
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 資料:カナダ農業・農産食料省食肉課
  注:統計が異なるため、表11と数値が一致しない。

表14 カナダの生体豚輸出頭数の推移
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 資料:Statistics Canada
  注:98年はPromar International社による推計値。

 以上ように、カナダの肉畜および食肉の生産・貿易は、その多くを米国市場に
依存している。加えて、昨年来、カナダのと畜場でのストライキにより、米国向
けの生体豚の輸出をさらに増加させている状況にある。逆に、米国からの輸入シ
ェアの大きさをも含めれば、カナダと米国の市場を別々の市場を見るよりは、む
しろ北米単一の市場としてみた方が理解がしやすいであろう。次節で見るNAFTA
とそれに先行するFTAによる北米統一市場の創設が寄与していることは言うまでも
ない。


5 肉畜・食肉産業の構造変化

 カナダの肉畜・食肉産業は、近年急速に変化を遂げている。端的に現象面だけ
捉えれば、生産地域の東部から西部への移動に集約される。しかしながら、その
要因はそれほど単純ではない。いくつかの要因が複合的に重なって作用したもの
と言えよう。以下では、それがいかなる理由によってもたらされたものであるの
か、その要因別に検討を加えることとする。


(1)NAFTA:関税の相互撤廃

 北米自由貿易協定(NAFTA)は、94年1月1日に発効したものであるが、より厳
密に言えば、それ以前に発効した米・加自由貿易協定(FTA)にメキシコを加え
たものである。したがって、NAFTAの農業に関する米・加間の協定は、FTAにお
いて合意された内容の継続に過ぎない。

 FTAは、89年1月1日に発効し、98年1月1日までにほとんどすべての農産物貿易
を相互に無税にしようとする意欲的な自由貿易協定である。生体牛、牛肉、生体
豚および豚肉の関税については、関税削減の加速化に関する合意に基づき93年か
ら無税となっている。

 この分野で残っている規制は、検疫衛生に関する規制だけであるが、これらに
ついても、近年、大幅な緩和の試みがなされている。

 第1に、97年10月に合意された北西部パイロット・プログラムである。同パイ
ロット・プログラムにより、米国のワシントン州とモンタナ州からのカナダへの
生体牛輸出に関する検疫条件が緩和され、98年10月にはさらなる緩和措置が講じ
られている。第2に、98年12月、カナダは、オーエスキー病およびブルセラ病が
清浄である米国各州からの生体豚の輸入について、検疫規制を緩和する措置を講
じている。

 NAFTA(厳密に言えばFTA)による関税撤廃の結果、カナダの米国向け牛肉輸
出は、92年から97年までの 5 年間で2倍以上に増加している。ただし、他の諸国
向けの輸出も2倍以上となっていることからすれば、米国向けの輸出の増加につ
いては、NAFTAによる関税撤廃の効果は大きかったにしても、それだけが唯一の
要因であったとは言えないであろう。また、NAFTAによって作り出された機会を
利用して、米国の2大食肉処理加工業者(パッカー)が、カナダのアルバータ州
に大規模な工場を建設しており、カナダから米国向けの生体牛の輸出の減少に寄
与するものとみられている。

 また、間接的な効果ではあるが、NAFTAにより、米国産の牛肉や豚肉などのメ
キシコ向け輸出が増加することにより、カナダから米国向けの同産品の輸出機会
の拡大に寄与することが期待されている。


(2)WTO協定

@ 貿易政策:食肉輸入法の関税化

 ウルグアイ・ラウンド(UR)は、実質的には93年12月に合意され、94年4月に
正式に最終文書への署名がなされた。

 カナダは、UR合意に基づき、食肉輸入法を撤廃のうえ関税化し、牛肉について
は製品重量ベースで76,409トンの関税割当枠を設定した。このうち、27,600トン
はニュージーランド向けに国別の割当がなされている。この数量は、実施期間の
最終年度まで変わらない。枠内の関税は無税である。割当数量を超える牛肉の輸
入については、30%程度の2次税率が適用される。

 豚肉については、関税化品目ではないため関税割当は行わず、無税で譲許を行
った。

 また、輸出補助金に関する約束は行っていないため、新たに輸出補助金を付与
することはできない。

 以上のように、UR合意はカナダの貿易政策にそれほど大きな変更をもたらすも
のではない。唯一の政策変更は食肉輸入法の関税化であると言っていい。しかし
ながら、UR合意は、国内政策の変更を通じて、カナダの肉畜・食肉産業に大きな
影響をもたらすこととなった。

表15 カナダの食肉に関する関税譲許
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 資料:カナダ譲許表

A 国内政策

・全国 3 者安定事業の廃止

 カナダは、86年、多くの農産物を対象として、不足払い制度(所得補償制度)
である全国3者安定事業(National Tripartite Stabilization Program:NTSP)
を創設した。本事業は、単純化して言えば、連邦政府、州政府および生産者が同
額ずつコストを負担して、農産物の価格低落時に、支持価格と当該期間の市場平
均価格との差額を不足払いするという事業であり、おそらく、カナダにおける最
後の価格支持事業となるものであろう。養豚産業も、独自に同事業を実施してい
たが、UR合意に加え、米国から相次いで相殺関税をかけられるという状況の下で、
94年7月をもって本事業を廃止している。

 本事業により、小規模で、非効率な畜産経営体が温存された結果、効率的な畜
産経営体の成長や構造変化の阻害要因になっていたと言われる。しかしながら、
本事業の廃止により、生産者はこれまで以上に市場の影響下にさらされることと
なり、現在進展している構造変化を促すこととなった。

・西部穀物輸送法の廃止

 数ある政策変更の中でも、カナダの肉畜・食肉産業の構造変化に最も大きな影
響を与えることとなったのは、西部穀物輸送法(Western Grain Transportation 
Act:WGTA)の廃止であろう。もちろん、同法は食肉産業のための法律ではなく、
あくまで穀物部門の法律であるので、飼料調達コストを介して、間接的に食肉産
業の構造変化に影響を与えたと言うことである。

 西部穀物輸送法は、カナダ西部の穀倉地帯で生産される穀物について、東部沿
岸の輸出港までの輸送費を補助することを規定した法律である。この穀物輸送費
の補助により、東部の穀物価格が人為的に引き下げられ、結果的に東部の養豚生
産者の競争力を高めることとなった。

 こうした事情を背景として、西部のマニトバ州では、76年のピーク時には58万
頭の牛をと畜していたが、97年にはわずか5万頭にまでと畜頭数が急減している。
その要因としては、70年代に大規模パッカーが撤退したことに加え、穀物輸送費
補助により畜産の競争力を低下させていたことが挙げられる。このようにと畜処
理施設が不足するため、94年には、約20万頭の肥育素牛が、主にアルバータ州と
オンタリオ州に、そして米国へと移出されている。

 しかしながら、カナダは、UR合意により、本制度が輸出補助金とされたため、
95年8月1日をもって当該補助制度を廃止することとなった。この結果、西部の生
産者は、穀物をそのまま販売するのではなく、穀物を家畜に給与することにより、
穀物に付加価値を付けて販売するというインセンティブが働くこととなる。また、
輸出港までの輸送コストが増加せざるを得ないことから、カナダの穀物は輸出港
に向かわずに、むしろ地理的に近い米国に向けての輸出が増加するものとみられ
る。

 このように、西部穀物輸送法に基づく輸送費補助の廃止により、相対的に西部
諸州の飼料調達コストが低下したことから、95年以降、これまでの傾向が反転し
つつある。西部諸州の中でも、とりわけマニトバ州は、アルバータ州以上に肉用
牛産業の発展にも適したものになるとみられる。

 先に見た西部における養豚産業の拡大は、西部穀物輸送法の廃止と生産拡大の
ための広大な土地が利用可能であることが最大の要因であろう。西部の豊富な土
地供給余力の下で、農家の1戸当たり平均農地面積は優に3百ヘクタールを超え、
1千ヘクタールを超える農家も多い。この広大な農地は家畜ふん尿の還元に適し
ており、平均農地面積1百ヘクタール弱の東部の農家に比べ、断然有利な条件を
与えている。

B 諸外国の貿易障壁・輸出補助金の削減

 国内政策の変更とは別に、カナダの食肉産業に大きな影響を与えることとなっ
たのは、むしろ主要国における貿易障壁の削減と輸出補助金の削減であるかもし
れない。EUの輸出補助金の削減に加え、日本をはじめとする主要輸入国における
関税の削減などは、カナダの食肉産業に国際市場での競争力を強化する上で、強
力なインセンティブになったものと思われる。


(3)国際衛生問題

 上記(2)のBとも関係するが、近年、世界で頻発する家畜衛生上の問題もカナ
ダの食肉産業に影響を与えている。

 具体的には、第1に、96年3月にイギリス政府が牛海綿状脳症(BSE)が人に伝
播する可能性を否定できない旨発表したことである。EU諸国ではかなりの数の発
生が見られるのに対し、カナダでは93年に輸入牛1頭にBSEが発生したのみである。
このため、主要国の牛肉の消費が低迷する中、カナダ産牛肉の安全性に対する評
価が高まったことなどを反映して、牛肉の輸出量が増加し、96年、カナダは牛肉
の純輸出国に転じることとなった。

 第2に、97年3月に台湾で発生した口蹄疫である。それまで、台湾は日本の豚肉
輸入相手国として最大のシェアを占めていたことから、その代替供給国として日
本向けの豚肉の輸出を急増させている。

 第3に、97年春以来オランダを中心に発生した豚コレラである。上記の台湾に
おける口蹄疫の発生とも相まって、世界的に消費者の食品衛生に対する関心を高
めさせ、消費の減退を導く一方、国際市場における豚肉の供給が減少し、カナダ
の豚肉輸出にとっては追い風となった。


(4)環境規制

・連邦段階では漁業法により規制

 水質の保護などを目的とした環境規制も、カナダの養豚産業の構造変化に影響
を与えている。環境に関する規制は、連邦政府、州政府、さらには地方政府によ
るものも含め数多くあるが、基本的には、州政府段階以下の法律および条例など
による規制が中心となっている。

 連邦政府段階では、漁業法(Fisheries Act)が環境規制の中心となっており、
農業経営体からの汚染物質の流出を規制している。同法では、魚の住む水域に有
害な物質を流出させることは違法とされており、魚の生息地に害ある変更や破壊
などを禁じている。また、同法では、畜産経営体から流出する家畜ふん尿や肥料
は魚の生息地にとって有害であるとみなされている。

・水質規制は州政府が主管

 水資源の所有権は州政府に帰属するとされていることから、州政府は、水質の
汚染管理から水道水の供給、水力発電の開発、かんがいまで、水のすべての側面
に関する法的権限を有している。環境については、州ごとにそれぞれ異なる法律
や基準により規制しているが、基本的な仕組みは類似している。その中で、特に
畜産経営体に影響を与えるのは、環境保護に関する法律、廃棄物管理に関する法
律、水質保全に関する法律などである。典型的なのは、畜産経営体やふん尿管理
施設に対して、流域から一定の距離を画するセットバックを設けるものであろう。

 州内の地方政府は、ゾーニング条例や土地使用に関する権限を有している。こ
のため、地方政府は、例えば養豚経営体の立地できる特定の地域の許可や、特定
の施設からのセットバックなどを設けている。

・養豚団体による自主対策

 95年 1 月、養豚農家を代表する団体であるカナダ豚肉協議会は、「環境的に健
全な肉豚生産のためのカナダ実施規則」(Canadian Code of Practice for Environm
-entally Sound Hog Production)を策定するため、全国環境資源グループ(Environ
mental Resource Group)を設けた。これは、カナダのすべての州の養豚農家によ
って用いられる、統一されたガイドラインを提供するものである。当該ガイドラ
インは、家畜ふん尿の貯蔵と利用、家畜ふん尿の土壌への投与、死亡畜の農場で
の廃棄などをカバーしている。策定された時期から判断すると、米国の全国豚肉
生産者協議会(NPPC)が参画した「養豚に関する全国環境懇話会」(畜産の情報
海外編99年3月号特別レポート参照)の先例になったものとみられる。

・環境規制も西部への移動を促進

 肉豚の生産は、従来、消費地であり、相対的に人口密度の高い東部に集中して
いたが、このような環境規制の強化の観点からも、人口密度が低くふん尿を還元
する土地に恵まれた西部への移動が促進されていると言えよう。米国においても、
企業的養豚経営体が、環境問題の厳しくない地域を求めて、近年、オクラホマ州、
コロラド州、ユタ州などに移動する例が増えていたが、カナダの西部は、飼料穀
物が豊富で価格が世界の中でも最も低い地域の1つであり、かつ、環境面からは最
も人口密度が低い地域でもあることから、今後の肉豚生産の拡大の観点から見れ
ば、カナダの西部の方がやや有利な立場にあるものと思われる。


(5)食肉処理加工産業による投資

・マーケティング・ボードによる規制の緩和

 カナダでは、60年代後半、パッカーの集中化により、多くの生産者が1つない
し2つの買い手にしか販売することができなかったため、このようなパッカーの
集中化を懸念した生産者が、各州においてマーケティングボードを設立すること
となった。それ以来、カナダの食肉処理加工産業は、各州にある肉豚マーケティ
ング・ボードの存在により規制されてきた。具体的に見れば、つい最近まで、生
産された肉豚は、すべてマーケティング・ボードを通してしか販売できなかった
からである。このようなマーケティング・ボードの存在に加え、食肉処理加工場
の従業員の労働コストが高いことが、パッカーによる大規模で近代的な食肉処理
加工場建設の投資を抑制してきたと言える。

 しかしながら、カナダが豚肉の主要輸出国になるにしたがい、このような障壁
を取り除かなければ、国際市場で競争していくことが困難になるとの認識の下、
97年、西部のアルバータ州、マニトバ州およびサスカチュワン州のマーケティン
グ・ボードが、それぞれ独占的な販売の権限を放棄することとなった。このため、
生産者は、パッカーと直接取り引きすることが可能となった。

・西部中心に大規模投資が急増

 このような規制の緩和に加え、業界の将来に対する楽観的な見通しにより、パ
ッカーは豚肉処理部門への投資を拡大している。ここ1〜2年の間だけでも、西部
各州を中心に、少なくとも5件の新規投資または生産施設の拡張が発表され、あ
るいは既に開始されており、この中には、牛肉処理工場を日本向けの特別の豚肉
製品の処理工場に転換するという投資も含まれている。また、米国資本による投
資が含まれていることは、業界が今後の食肉生産をどのように見ているかを考え
る上で、示唆に富む事実であると言える。

 もう1つの労働コストの問題に対しては、長期のストライキなどに対処しなが
ら、賃金の大幅引き下げを断行しつつある。カナダで1、2を争うパッカーでは、
過去1年の間に、最大35%もの引き下げを勝ち取った例すらある。

 このような結果、カナダの食肉処理加工部門についても、投資された施設が本
格稼働するようになれば、東部から西部への移動が加速化するものと予測される。


6 おわりに

 以上見てきたように、カナダの肉畜・食肉産業は、生産の比重を東部から西部
に移動させつつあり、今後、ますますその動きが加速化されるものとみられる。
カナダにおける西部への生産地域の移動は、米国のように企業的な養豚経営体が
環境規制の観点から移動しているのではなく、それもさることながら、国際協定
に基づく政策の変更、とりわけ西部穀物輸送法の廃止が寄与している点が大きく
異なる。

 今後、パッカーの投資により、と畜処理加工経費が大幅に引き下げられること
になれば、これまで米国向けに生体で輸出されていた生体牛や生体豚が、今後は
カナダ国内でと畜処理加工されることになろう。この結果、カナダから生体で米
国に輸出されて、それに押し出されるように米国から輸出されていた食肉が、今
後は米国を経由せずに、カナダから直接国際市場に向けて輸出されることになり、
国際食肉市場におけるカナダの地位はますます大きなものになると見込まれる。
さらに、生産地域の西部への移動をも考慮すれば、カナダにとって、アジア市場、
とりわけ日本市場はますます魅力的なものとなろう。

 このような分析を裏付けるものとして、本年2月末にUSDAにより開催された
「99年農業観測会議」において、カナダ農業・農産食料省担当者が報告した98年
から2007年までのカナダの畜産に係る長期見通しのポイントを以下に列記する。

・パッカーによる投資により、カナダのと畜処理能力が増加。

・パッカーによるマニトバ州などへの大規模投資により、西部諸州における肉豚
 生産が大幅に増加。

・米国への生体での輸出が減少(豚は50%以上減少、牛は40%程度減少)。

・2004年の食肉の輸出は、93〜97年平均の 2 倍に増加。

・生体を含めた米国向けの豚肉輸出は現状維持。一方、その他の地域、とりわけ
 日本および韓国向けの豚肉輸出が増加。

・生体を含めた米国向けの豚肉輸出シェアは、75%から50%程度に減少。
 
 以上のように、カナダは、肉用牛および養豚産業について強気の見通しを示し
ているが、制約要因がないわけではない。今後、カナダの食肉産業の成長を抑制
するものがあるとすれば、そのカギは、環境問題が握っていると見て大きな間違
いはないであろう。

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