海外駐在員レポート 

アルゼンチンの口蹄疫撲滅の取り組みについて

ブエノスアイレス駐在員事務所 浅木仁志、玉井明雄




1.はじめに

 アルゼンチンは、ワクチン不接種口蹄疫清浄国として国際的に認められるため、
その第1歩として、99年5月1日から口蹄疫ワクチンの接種を中止した。  

 口蹄疫撲滅に立ち向かうアルゼンチン農畜産品衛生事業団(SENASA:セナサ)
注1の取り組みを中心に報告する。

 なお、この病気になじみの少ない読者のために口蹄疫について紙面を割いた。

注1:直訳では農産品衛生・品質国立サービスであるが、在アルゼンチン日本大
 使館で採用している表現に準じた。


2.口蹄疫とは

 口蹄疫(Foot and Mouth Disease:以下「FMD」という。)は、牛、水牛、豚、
羊、山羊、ラクダ、アルパカなど偶蹄類の口と蹄部に潰瘍性の水胞様病変を起こ
す急性伝染病で、病原体は、ピコルナウイルス(Picornavirus)グループに属する
小型のRNAウイルスで、A、O、C、Asia-1、SAT-1、SAT-2、SAT-3の7つの免疫
タイプがある。人には感染しないので、公衆衛生上問題となる疫病ではない。

 FMDは、家畜伝染病の中で最も恐れられており、その理由は、伝染力が極めて
強く経済的損失が著しいこと、本病の発生により感受性のある動物やその畜産物
の移動や輸出入が禁止されること、本病がFMD清浄国に発生すると汚染地域内で
感染の疑いのある動物や感染群と接触があったと思われる動物はすべて殺処分し
ない限り、撲滅に非常に時間がかかることなどである。

 このように、FMDは、発生国にばく大な経済的被害を与えるとともに、動物や
畜産物の国際貿易などにより最も広がりやすい病気として認識されており、国際
獣疫事務局(以下「OIE」という。)の家畜最重要疾病(リストA)のトップに
挙げられている。日本におけるFMDは、1908年に撲滅されて以来、1933年まで動
物検疫所内で摘発されただけで、遠い昔の病気という感が強く、国際関係の仕事
に従事しなければ、この症例を実際に見た獣医師は少ないと思われる。

 通常の感染は、感染動物により汚染された水や飼料の摂取によって起こること
が多い。感染群内での伝播性は強く、普通1週間以内で同一畜舎の全群が感染す
る。FMDウイルスの付着した飼料、器具、機械、衣服、靴、車などを介して群か
ら群に広がる可能性が高い。これらの移動はすべて人の移動に関係しており、そ
の他、犬、猫、ネズミ、鳥、昆虫なども媒介動物となる。

 感染した家畜の肉、臓器、血液、乳などには多量のFMDウイルスが含まれてい
る。熟成期間を経た大部分の牛肉は、酸性度が高くなり筋肉内のウイルスは不活
化されるが、十分な処理期間を経ていない肉、凍結肉、骨やリンパ節は長期間感
染源となる。また海外から持ち帰った冷凍肉、ソーセージ、ハムやバターなども
感染源となりうるので、残飯として捨てたり、農家に持ち込まないよう注意が必
要である。

 清浄国はウイルスの侵入を阻止するために、汚染国からの家畜、畜産物、飼料
などの輸入を禁止し、汚染国から輸入する食料、旅行者が持ち込む畜産物やその
他のものについて厳重な検疫を行う。

 かつて清浄国にFMDが侵入した例を調べてみると、感染動物の輸入を除けば、
汚染した肉、特に骨付き肉、ソーセージやハムなどの畜産物が非合法に持ち込ま
れ、加熱せずに豚などに与えられたケースが多い。

 清浄国でFMDが発生した場合、患畜の早期発見と迅速かつ的確な対策がすべて
であり、したがって、殺処分による防疫対策が最も効率が良く、確実で、経済的
である。ワクチン接種による防疫対策をとると、不顕性感染した動物の中にキャ
リアとなる動物が出ることや、ワクチン接種者の移動によりFMDを広げる恐れが
ある。また、完全に清浄化に戻るまで長期間を要するので経済的にも不利になる。


3.南米のFMDの一般情勢

(1)取り組みの推移

 FMDは、1960年から75年までの間、南米で猛威をふるっており、地理的条件や
国境に関係なく流行した。

 この状況に対処するために、米国は、AID ALLIANCE(途上国支援の目的で、
1960年代に米国が計画・推進した多国間の援助協定)の枠組みを通じて、関係国
と協力してFMDの撲滅と防疫を遂行するプロジェクトを実施した。

 かくしてコロンビア国北東のチョコ・コロンビア(Choco Colombia)地域への
戦略的なワクチン接種の計画を皮切りに、このプロジェクトの下で、FMDの中米
への侵入阻止対策、対象国への獣医事・衛生関係の施設の設立とその強化、関係
職員への技術研修、FMD対策のために必要なあらゆる技術を取り入れた研究施設
の設立とその安全性の管理強化などが実施された。

 アルゼンチン、ブラジル、パラグアイ、コロンビアで、FMDの3つの免疫タイ
プに効果のあるワクチンが大量生産されるのが92年からで、98年まで年間約5億
本以上のワクチンが製造された。このワクチンは、2通りの不活化方法の組み合
わせで不活化され、オイルおよび水酸化アジュバントを添加した、高度な細胞培
養の技術によって製造されたものであった。

 80年代に入り、パンアメリカン口蹄疫センター(PAHO;1951年ブラジルのリ
オデジャネイロに設立されたFMD撲滅を目指した中南米の地域機関)の技術支援
を受け、また上述の新しいワクチンを試行し始めたことなどから、この病気の発
生状況は変化してきた。

 アルゼンチンは、1960年から組織的にワクチン接種を開始し、南米のワクチン
接種キャンペーンの先駆者的存在であった。1960年以来、南緯42度以南は清浄地
域となっていたが、1968年12月、パタゴニア地域のティエラ・デル・フエゴ(Ti
erra del Fuego)でFMDが発生した。しかし羊と牛の殺処分によりまん延が食い止
められ、以後今日に至るまで南緯42度以南はワクチン不接種清浄地域となってい
る。

 チリは、組織的なワクチン接種の取り組みの成果で81年にワクチン不接種清浄
国の地位を得た。しかし、84年と87年にアルゼンチンとの国境山岳地帯での家畜
の接触により、アルゼンチンからFMDが侵入した。その後は清浄国の地位を回復
し、現在に至るまでワクチン不接種清浄国である。


(2)南米主要国の現在の状況概観

(アルゼンチン)

 FMDの最後の発生は、94年4月でC型によるものであった。97年にワクチン接
種清浄国の地位が認められ、以後オイルアジュバントワクチンを用いた2年に1
回の計画的なワクチン接種に努めてきた。

 ワクチン不接種清浄国の地位を得るために、99年4月30日、コルドバ州の農園
で最後のワクチン接種の式典が大規模に行われ、メネム大統領、ロケ=フェルナ
ンデス経済公共事業省大臣は自らアンガス牛にワクチンを接種し、5月1日から全
国的にワクチン接種を中止することを宣言した。この式典には在アルゼンチンの
各国大使が招待され、国内外にアルゼンチンの取り組みをアピールするものであ
った。以後、外部からの病気の侵入と国内での発生を防ぐために、組織的なFMD
撲滅対策が講じられている。 

 2000年5月のOIE総会で新たな地位を獲得するために国民の期待が寄せられてい
る。

(チリ)

 厳格な検疫システムと国内防疫によって、87年が口蹄疫最終発生であり、それ
以降発生していない。

 (日本は97年4月に家畜衛生条件を取り決めた。)

(ウルグアイ)

 記録上の最後の発生は、90年である。96年にワクチン不接種清浄国の地位を得
た。

 (日本は97年12月に家畜衛生条件を取り決めた。)

(パラグアイ)

 記録上の最後の発生は、94年9月である。97年にワクチン接種清浄国の地位を
得た。98年にパラグアイ国境に近いブラジルでFMD(O型)が発生し、緊張が高
まり、以後計画的なワクチン接種がなされている。政府は99年以内にワクチン接
種を中止すると発表している。

(ブラジル)

 アルゼンチンとの国境に近いブラジル南部のサンタカタリナ州とリオグランデ
ドスル州は、94年以降FMD発生の記録はなく、98年にワクチン接種清浄地域の地
位を得た。その他の州ではFMDの防疫・ワクチンキャンペーンが続けられている。
99年に入ってから、1月にパラグアイ国境のマトグロッソドスル州で、2月にパル
ハ州でO型の発生が記録され、3月に再びマトグロッソドスル州で発生が記録さ
れた。

(ボリビア)

 ブラジルの汚染地域と国境を接する汚染国である。98年までにアルゼンチンの
援助で計画的なワクチン接種が始まった。しかし、現在も信頼できる登録システ
ムがなく、また、組織的な撲滅キャンペーンを実施していない。99年1月にラパ
ス、コチャバンバ、サンタクルスで、4月にはボリビア南部で発生が記録されて
いる。

(ペルー)

 汚染国である。計画的なワクチン接種もなく、信頼できる防疫システムもない。
登録システムがないので発生状況を知るのは困難である。

(エクアドル)

 汚染国である。信頼できる防疫システムがない。ワクチン接種は、散発的に行
われるだけである。記録上の最後の発生は99年2月である。

(コロンビア)

 コロンビア北西部のチョコ地域は、99年からワクチン接種清浄地域である。そ
の他の地域は汚染されている。記録上の発生は、98年1月の8件(O型)、99年2
月の6件(O型)、同4月の9件(O型6件、A型3件)である。

(ベネズエラ)

 汚染国である。


4.アルゼンチンのFMDの情勢

(1)アルゼンチンの牛肉生産の概要

 アルゼンチンは、世界第4位の牛肉生産国で、98年の牛の飼養頭数は約5千万頭
である。アルゼンチン農牧水産食糧庁は、99年の牛と畜頭数は1,270万頭、牛肉
生産量(枝肉ベース)は265万トンと推計している。

 牛肉輸出について見ると、輸出は国内価格により大きく影響されるため、量的
に周年変動が激しいが、農牧水産食糧庁は、99年は枝肉ベースで35万トン(生産
量に占める推定割合は13%)と推計している。

 98年の輸出先シェア(重量ベース)は、EUへ41%、メルコスル域内へ4%、そ
の他が55%(うち米国向けが20%)である。

 アルゼンチンは、国内需要が大きいために生産量に占める輸出割合は決して大
きいとは言えない。また、国内の輸出余力を予想することは容易でないが、国内
の関係者はアジア・太平洋地域を将来有望な市場と考えているようである。


(2)アルゼンチンのFMD撲滅活動の変遷−その最後の発生まで

 アルゼンチンのFMDとの戦いは、1960年にさかのぼる。当時、南のパタゴニア
地域と北のパンパ地域(おおよそブエノスアイレス州とその周辺地域)を分断す
るネグロ川とリマイ川以北で、すべての牛を対象としてワクチン接種が強制的に
実施された。両河川の南、すなわちパタゴニア地域は1968年にFMDの発生があっ
たが、以後今日に至るまでワクチン不接種清浄地域となっている。

 80年代は、オイルアジュバントワクチンの効果が実証されはじめ、地域の関係
機関を巻き込んでワクチンキャンペーンの体制と機能が発展した(アジャクチョ
・パイロットプラン)。この計画には農畜産品衛生事業団(以下「セナサ」とい
う。)が行・財政的支援をし、実施主体は地方機関であった。

 上記計画を土台に、生産者も参加し、全国規模でFMD防疫計画(90〜92年)が
発足した。この計画の下で従来の水酸化アルミニウムゲル・サポニンアジュバン
ト添加ワクチンに代わりオイルアジュバント添加ワクチンが主流となり、ワクチ
ン接種の方法も改善された。この時期に羊への強制的なワクチン接種は中止され、
豚のワクチン接種も緊急時を除き中止された(96年以降は羊と豚のワクチン接種
は中止された)。

 その後、この計画はFMD撲滅計画(93〜97年)へと引き継がれ、免疫力価の高
いオイルアジュバント添加ワクチン接種キャンペーンの成果により、計画の発足
からわずか数年間で発生件数は劇的に減った(85〜89年の年間平均発生件数834
件から、94年の1年間で18件へ減少)。
 FMDの発生は、94年4月のブエノスアイレス州リバダビアでの発生が最後とな
った。


5.アルゼンチン農畜産品衛生事業団(SENASA:セナサ)の役割

(1)セナサとは

 セナサは、経済公共事業省農牧水産食糧庁直属の機関で、独立行政法人的なも
のとして位置付けられており、職員は国家公務員である(組織図は図1参照)。
現在の総裁はバルコス博士で、前職は国立農牧技術院(INTA:インタ)の次長で
あった。

 従来の国立家畜衛生サービス(National Animal Health Service)に植物検疫関係
の業務が追加され、97年に現在のセナサになった。

 セナサの活動の根拠法、特に強権発動の根拠法は、1902年に制定された家畜衛
生管理法である。この法律が制定されてから、多くの関連法律が制定された。

 セナサは、農産物、畜産物、水産物、木材製品などの安全性の担保と品質保証、
内外の動植物検疫に関する業務、薬品登録部における動物医薬品などの検査と販
売許可などを行う機関で、その所掌範囲は広く、権限も強い。職員の多くは獣医
師や農業技術者からなる技術集団である。

 ユニークな点としては、セナサが、世界貿易機関(WTO)、OIE、国連食糧農業
機関(FAO)など国際機関のアルゼンチンの代表機関として機能していることで
ある。

 家畜衛生検疫の分野で、特にFMDに関して言えば、この撲滅と防疫に関する国
の計画に直接関与し、関連する基準や規則を作り、その実施に責任を持つ。セナ
サと密接な関係を持つ委員会として、生産者、大学、業界(主に食肉加工業者)
および政府関係者の代表からなるCONALFAと呼ばれるFMD対策委員会(National 
Committee for Fight against FMD)があり、セナサの作った施策に対し、現場に即
して具体的な実施案を検討する。その他にCAVと呼ばれる、学会や研究所が中心
になった技術検討委員会があり主に技術的な問題を検討し対処する。


(2)セナサの組織

 セナサ本部の下には、業界と学識経験者からなる政策審議会があり、重要政策
事項が審議の上、決定される。その下に行政部局として「動物衛生局」、「植物
防疫局」、「農産品検査局」、「技術・法制・行政庁政局」があり、動植物検疫、
食品の安全性の担保、農産品衛生に関する技術的、制度的調整などを行っている。

 地方行政に関しては、地域の農牧畜生産の共通性を考慮して、国を5つの地域
に分け、セナサ本部の管理下で310の地域事務所が地方行政に当たっている。

 また、中央研究所(動物関係はブエノスアイレス州マルチネスに1ヵ所、植物
関係はセナサ本部の近くに1ヵ所の計2ヵ所)、地域研究所(家畜衛生関係で12ヵ
所)、セナサ本部に認められた民間の研究所(430ヵ所)があり、実際の検査業
務などを行っている。

 セナサと同じ範ちゅうの組織としては国立農牧技術院(INTA)などがある。

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6.アルゼンチンFMD撲滅計画−その最終段階(98年〜)

1)新たな撲滅計画の概要
 9951日のワクチン接種中止に踏み切るために、セナサは2年前から周到に準備
を行っている。
 中止の必要条件として、FMDキャリアの家畜の特定とそのとう汰、今後採られる措置
がリスクアナリシスの考え方に基づいて検討されることなどが考えられるが、最も重要
なのは、9798年にワクチン接種中止後の具体的な対応策が、セナサのリスクアナリ
シスチームによって検討され、個々の戦略が網羅された最終段階のFMD撲滅計画が
作られたことである。
 この計画には、従来からの施策内容、あるいはそれらを強化したものも含まれている
が、ワクチン接種中止後の施策として新たに加えられたものもあり、個々の施策はセナ
サの決議(Resolutions)として法的根拠が与えられている。
 この計画の全体像の概要は、以下の通りである。
アルゼンチン疫学監視システム
1.具体的な予防戦略
1)外部から侵入する危険性を軽減する行動と方策
 ・近隣諸国との協定
 ・国際空港、国際港、陸上輸送拠点(国境)における旅行者と荷物の検疫管理強化
 (国内の他機関との支援協定を含む)
 ・残飯、生物廃棄物の取り扱いの管理
 ・輸入検疫規制
 (2)国内感染の危険性を軽減する行動と方策
 ・生産者登録制度(RENSPA
 ・家畜移動管理
 ・研究施設の生物安全性管理基準
 ・地域家畜衛生委員会(COPROSAs
 ・抗FMDワクチンの接種禁止
 ・ 家畜衛生研修
2.具体的なFMD検出(発見)戦略
1)通常の疫学的監視
2)行動的疫学的監視
アルゼンチン衛生検疫緊急システム
 ・国家家畜衛生緊急対策委員会
 ・地域家畜衛生緊急対策チーム
 ・FMD撲滅マニュアル
 ・農家補償
 ・ワクチンバンク
 ・職員のトレーニング
 次に上記計画の中の主な施策について概説する。
2)近隣諸国との協定
 FMDを撲滅するためには、当事国の努力もさることながら、国家間の協力が必要で
ある。特にアルゼンチンは周囲14kmのうち、9,400kmが国境線である。
 87年に南米のFMD対策を推進する目的で、クエンカ・デル・プラタ協定が、ブラジルの
ポルト・アレグレで締結された。
 現在の締約国は、アルゼンチン、ブラジル、ウルグアイ、パラグアイ、ボリビアで、チリ
はオブザーバーである。
 事務局は、ブラジルのポルト・アレグレで、主な活動は、定期的かつ迅速なFMDに関
する情報の相互伝達、締約国間の国境周辺地域の巡視、国境から60km以内で病気が
発生した場合の隣国への緊急連絡などである。
 特に汚染国であるボリビアとアルゼンチンの国境には緩衝地帯が設定されている。ま
た、ボリビアに対し、セナサの予算で技術指導、ワクチンの無償供与、研究所における
検査手法の指導などを行っている。
3)国際空港、国際港、陸上輸送拠点(国境)における旅行者と荷物の検疫管理
強化
 上記の検疫拠点に百数十名のセナサの職員を派遣(最重要拠点に対しては常駐)し
て、旅行者と荷物の検疫管理を強化するものである。
 有機物探索のための訓練された犬とセンサーおよび機内で旅行者が記入する検査
フォームを活用している。
 なお、上記の活動が円滑に行われるために、セナサは、税関、国境・海上警備隊、
密輸入管理部局、警察と協定を結び、必要な支援を得られる体制を作っている。
4)生産者登録制度(RENSPA
 RENSPAは、個々の生産者の名前、経歴、生産現場の地理的位置、土地の所有形
態、飼養頭数など、家畜の生産や衛生状態に関する詳細な情報をデータベースとして
把握するシステムであり、例えばFMDの注射記録やブルセラや結核の病気の来歴な
どの衛生管理にも使われている。
 具体的には、国内すべての生産者は、1年に1回、登録番号の入ったカードの発給を
受けるために、登録調査用紙に必要事項を記入し、セナサ地域事務所またはその支
所(各生産者のデータベースがある)に申請しなければならない。生産者はこのカード
によって、衛生証明手続きや後述する家畜移動に必要な書類の申請手続き、さらには
税金関係の手続きを行う。
 RENSPAは、家畜の移動に関しては、生産者が出荷するロット単位で家畜を管理す
るシステムである(ロット内で1頭でも病気にかかっていれば出荷できない)。
 第1回目(979月〜12月)の登録で25万以上の生産者が登録された。
5)家畜移動管理
 家畜を移動する場合、それが牧場間であれ牧場−食肉加工業者間であれ国内輸送
の場合は、RENSPAに基づいてセナサが発行する家畜移動許可証(DTA)が必要であ
り、家畜を移動する生産者、家畜の衛生状態、目的地などが特定される。一般にDTA
といえば家畜移動許可証の本体である申請用の調査票を指す。
 家畜を移動するたびに必要となる書類は、上記の家畜移動許可証のほか、輸送トラ
ック衛生証明書、税金支払い証明書の3つである。
 生産者は前述のカードをセナサ地域事務所などに提示すると、DTAを渡される。必
要事項を記入しオーソライズされたものは、輸送前に目的地にFAXされ、実際に家畜
が到着してから、目的地の係官が原本と確認する。
 セナサは移動中の家畜運搬車を検査する権限があり、車を止めてDTAを徴求でき
る。DTAを持っていない場合、地元警察と連携して家畜を差し押さえる権限がある。
6)地域家畜衛生緊急対策チーム
 全国に7班の緊急対策チームがある。
 個々の発生パターンに迅速かつ的確に対応できるよう、チームの活動範囲、発生地
とその周辺地域の対応策などを定めたFMD撲滅マニュアルに従って行動することが要
求される。
 セナサはこのチームに対し、技術指導、車を含めた機材供与などを行っている。将来
的にはFMDに限らず、その他の悪性伝染病にも対応できる組織にする予定である。
7)農家補償
 従来から、発生時点で評価委員会が補償金額を算定し、家畜を殺処分にしてから30
日後に農家に補償金を支払ってきた(農家が金額に不服な場合でも、セナサは強制的
に殺処分できるが、事後、農家は金額の再交渉ができる)。
 99年から、1件の発生につきセナサが300万ドル(36千万円:1ドル=120円)以内で
補償をすることになった。超過分は国家予算で充当されることが法律で決まっている。
8)ワクチンバンク
 ワクチン接種中止後も、発生規模を推測し、万が一発生してもこれを押さえら
れるだけのワクチンを製造し備蓄する必要がある。
 国内には生物安全性管理基準(NBS3A)に合致する施設は民間ラボ3ヵ所、セ
ナサの中央研究所の計4ヵ所である。基本的には国内でバンクを持つ方向で検討
されているが、維持管理経費を誰が負担するのかはっきり解決されておらず、国
内バンクの実現は現時点では不透明である。


(9)その他研修、啓もう・普及活動など

 98年から、セナサ本部から職員を派遣し、FMD対策の実際を地域の職員を対

に実施している。また、1年に1回発生予行演習を実施している。

 FMDに関するリーフレットを生産者全員に配布し、一般知識と緊急時の対処
方針の啓もう普及に努めている。


7.輸出用牛肉のセナサの検査について


 アルゼンチンは生産された牛肉の約15%を輸出に向けている。主な輸出先は高級牛
肉枠(ヒルトン枠)を認めているEUをはじめとして、メルコスル準加盟国のチリ、米国な
どである。日本に対しては煮沸肉を輸出しており、日本の指定を受けた12の食肉処理
施設が稼動している。
 このレポートの結びとして、輸出用牛肉を扱う食肉処理施設(工場)から輸出に至るま
での、セナサの検査の概略を紹介する。
1)セナサの認定工場
 アルゼンチンでは、フリゴリヒコ(Frigorifico)と呼ばれると畜場併設の食肉処理施設を
持っている食肉加工業者が、全と畜頭数の約8割をと畜・処理している。これら食肉処
理施設は全国に約200あり、すべてセナサの認定工場である。そのうち170工場が輸出
を認定された工場で、国内消費に向けられる牛肉も処理している。残りの約30工場は
輸出は認められておらず、もっぱら国内消費向けの牛肉の処理を行っている。
 なお、170のうち75工場がEU向け、50工場が米国向けに認定されている(多くは重複
している)。
2)輸出認定工場における検査
 個々の工場にはセナサの検査官(獣医の専門知識を持っている)が常駐しており、基
本的な検査であると畜前の生体検査、と畜後の衛生管理と温度管理に加え、2国間で
決められた衛生条件の各項目を検査する。検査項目は、輸出のための共通項目があ
らかじめ決められており、それに輸入国の要請に応じ項目を追加するという形で決めら
れる。
 このようにセナサ検査官の常駐は、製品輸出の必要条件であり、国内消費向けにお
いても、製品が州を越える場合は、工場にセナサの検査官が常駐してチェックする。た
だし、州内で流通・消費される場合のみ、衛生管理など必要な検査は各州の衛生管理
部局が担当するが、セナサの検査官は監督のための立ち入り検査ができる。
3)輸出許可証
 輸出許可証は、輸出製品とともに輸入国のチェックを受ける重要書類である。通し番
号制で出荷ロットごとに発行される。製品がどの生産者の牛からのものでどこの工場
で処理されたかがすぐに把握できるようになっている。
 輸出認定工場での検査結果は、試験票に記入され、セナサ本部に提出される。本部
ではこれに基づいて輸出許可証を作成する。工場で作成した試験票があれば、例えば
輸出港までの国内移動はできる(本部で輸出許可証が作成され発行されるまでのタイ
ムロスを軽減するための措置)。
 近い将来、地域事務所で輸出許可証が発行できるよう計画している。
4)港などでの検査
 輸出港にはセナサの事務所があり、セナサの検査官が常駐している。検査官は、搬
送されてきた輸出製品のこん包状態、表示内容、港まで適切な温度管理がなされてい
たかどうかをチェックし、セナサのテーピングをする。その後、あらかじめ本部から送ら
れた輸出許可証と、工場で作成された試験票の内容をチェックし、問題がなければ輸
出許可証にサインをする。もちろん税関は輸出許可証がないと出航の手続きはしない。

8.おわりに



 取材の最後にセナサのG氏は、日本を含めたアジア市場への牛肉輸出への期待を
込めて、次のように語ってくれた。「1枚の輸出証明書にわれわれの努力が注がれてい
る。その信頼性に向けてさらなる努力をしたい。途上国であるこの国は、やりたいこと
をすべてやれる予算状況にない。しかし、限られた制約の中で精一杯がんばりたい。
今後、2国間のいろいろな話し合いを進める上でお互いの理解が必要となるが、その時
はALICからの情報を期待している。」
 現在、関係者が日本の当局と情報交換を始めたと聞いているが、口蹄疫の問題にと
どまらず、アルゼンチンの牛肉が日本人に受け入れるまでには多くのハードルがある
ように思われる。今後のアルゼンチン関係者の努力に期待する一方、われわれとして
できる限りの両国の食肉に関する情報支援をしたいと思っている。
(参考文献)
1.「 参考 口蹄疫について」(家畜衛生情報の海外家畜衛生事情1997年版)
  小澤義博著
2.そのほか、専門用語については動物医薬品検査所検査第1部 
  永井英貴氏、動物検疫所 鎌田晶子氏に多大な協力をいただいた。

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