<−2000年12月 月報海外編 畜産の情報−特別レポート−2000年12月 月報海外編

特別レポート 

2000年の世界の酪農状況 −IDF世界酪農サミット報告−

乳業部 石橋 隆




はじめに

 平成12年9月16日〜20日の5日間にかけて、ドイツのドレスデン(旧東ドイツ)
で国際酪農連盟(IDF)世界酪農サミット2000が開催され、出席する機会を得た
ので、経済特別講演会を中心にその概要を報告する。

 昨年まで、IDFは年次会議として毎年各分野の活動状況報告、今後の活動方針
を検討してきたが、昨年末の大幅な機構改革を受け、年次会議を世界酪農サミッ
トと改称し、内容も酪農界で話題となっている事項を中心とした特別講演会を中
心としたものに一新した。本サミットでは、IDFのメンバー国を中心に世界42ヵ
国から500名近い参加者を得て、和やかな雰囲気の中にも真剣な議論が繰り広げ
られた。会議では、経済特別講演として「2000年の世界の酪農状況」、技術特別
講演として「乳業における排水」、「ESL牛乳」、栄養・健康特別講演として
「乳と免疫」、「乳の栄養とマーケティング」の5分野について世界各国のスピ
ーカーからの報告が行われた。


1.経済特別講演会

 本講演会は、9月18日、メイン会場であるドレスデン・ヒルトンホテルで約
200名の出席のもと、主催者であるドイツから全体説明が行われた後、(1)製品
別状況、(2)地域別状況、(3)新たな動き(国際化)の3分野に分けて詳細説
明が行われた。各分野の題目および発表者は以下のとおりであった。

(1)全体説明(ドイツ乳業連合:Eberhard Hetzner、ZMP:Erhard Richarts)

(2)製品別状況

 ア. 世界市場におけるシェアの変遷(ONILAIT(仏):Bernard Le Roy)
 イ.	チーズの世界市場(1990〜1999)(デンマーク・デイリーボード:
    H. Herlev Sorensen)
 ウ.	プロセスチーズ(ZMP:Erhard Richarts)
 エ.	保存性乳製品(ZMP:Erhard Richarts)
 オ.	バター(生乳生産者連合(米):Jaime Castenanda)
 カ.	飲用乳および生鮮乳製品(生乳生産者機構(南ア):
    Bertus de Jongh)

(3)	地域別状況

 ア.	中欧および東欧の乳業事情(ポツナン農業大学(ポーランド):
    Michal Sznajder)
 イ.	ロシアの乳業事情(ウィム・ビル・ダングループ:
    David Iakobachvili
 ウ.	中国の乳業事情(上海光陽食品公司:Dz Zheng)
 エ.	インドの酪農・乳業事情(国家酪農開発ボード:
    Deepak Tikku)
 オ.	中南米の乳業事情(乳業センター(アルゼンチン):
    Ricardo A.James)
 カ.	アセアンの乳業事情(アジア太平洋酪農協会(タイ):
    Issara Suwanabol)

(4)	新たな動き(国際化)

 ア.	世界の乳業(デンマーク・デイリーボード:Preben Mikkelsen)

 イ.	乳業の国際化

(ア)乳業の国際化と構造変化に関する事例研究
   (TEAGASC(アイルランド):E.Pitts) 

(イ)ドイツの乳業の国際化
   (ミュンヘン工科大学(独):Hannes Weindlmaier)

(ウ)フランスの乳業の国際化
   (モンペリエ農工大(仏):H. Weindlmaier)

 本講演会は、以上のように多岐にわたる課題を分担方法によって行っており、
相互の課題の関連性が見えにくいものであった。また、1課題当たりの持ち時間
が20分と短いため、分析としてはやや物足りなさを感じるものとなっていた。

 一方、中国、ロシア、インド、東欧諸国等、地域別情報は、これまで充実して
いなかった部分であり、情報も少ないことから、非常に興味深かった。

 以下、本特別講演会での発表を踏まえ、2000年の世界の酪農状況を報告するこ
ととする。なお、図表については、「IDF Bulletin 355/2000」から採録した。本
Bulletinは、本年末に(社)日本国際酪農連盟からの翻訳版が刊行される予定であ
る。また、講演会の各発表の内容については、12月中旬に発行される予定の同連
盟会報において農林水産省の小林誠氏(現農畜産業振興事業団)が報告している
ので参照されたい。


2.生乳生産

 2000年の世界の生乳生産量は、前年を800万トン(+1.4%)上回る5億7,100万
トンと推計され、増加率は前年より若干低下するとみられる。増加率を畜種別に
見ると、水牛乳が対前年比4%増と最大であるが、これも前年よりは低下する見
込みである。しかし、実量ベースで比較すると、牛乳が600万トン(+1.5%)増
加して4億8,700万トンであり、生乳全体の85%を占めているのに対し、水牛乳は
11.3%にすぎない。

◇図:世界の生乳生産◇

◇図:生乳タイプ別の生産量伸び率◇

 牛乳の生産増は、西欧、中欧、東欧諸国を例外として、世界的な現象である。
EUにおいては、新たな生乳生産クォータが配分されたものの、制度の運用がより
厳格なものとされたことにより枠外の生産が減少し、増加分が帳消しされる結果
となっている。東欧諸国においては、一般経済状況や春先の干ばつの影響が国ご
とに大きく異なり、生乳の生産見込みや今後の動きも種々異なる。ロシアの生乳
生産は、99年に達成された安定化を維持すると期待される。

 統計が整備されている国だけを見ると、生乳生産量の68%が乳業に出荷されて
いる。工場出荷割合は、先進諸国では既にほぼ100%のため、近年大幅な変化は
ない。しかし、先進国以外では、東欧諸国の一部や中南米諸国では工場出荷割合
が低く、インドの10%をはじめ、CIS諸国の40%からハンガリーの約90%まで非
常に幅広い。東欧諸国では、大規模酪農家が自ら所有する流通経路に取って代わ
るには、まだまだ多くの課題を抱えている。

 乳業の国際状況を見ると、合併、吸収、戦略的連合を通じた集中化が進展して
いる。既に大規模化している乳業が、さらに大規模化しており、国境を超えた規
模拡大が進展している。このような事態は、EU内だけでなく世界各地で進行中で
ある。

◇図:地域別生乳(牛)生産量の伸び率(2000/1993)◇

表 世界の乳業上位20社
spe-t01.gif (21910 バイト)


3.飲用乳・乳製品需給

 先進国においては、飲用乳の販売量は停滞しているが、販売量が暑熱期に増加
するというように、気象条件によっては増加も有り得る。ここでの成長分野は、
乳飲料、ヨーグルト、デザート類のような付加価値乳製品である。従来型乳製品
では伝統的な殺菌乳がシェアを減らし、その分を賞味期限の長い製品が奪ってい
る。開発途上国等においては、すべての乳製品が市場を拡大しているが、ロング
ライフ型の製品の成長が最も大幅である。

◇図:牛乳・液状乳製品の市場シェアの推移◇

 世界のバター生産量は、ここ数年の減少傾向の後、約420万トンで安定してい
る。このことは、生乳生産量が増加したことにより、乳製品の成長分野に十分な
生乳が供給できるようになったことによるものである。この成長分野は十分な生
乳を吸収できるが、バター生産用のクリームを食い込むまでには至っていないと
いうことである。実数ベースでは、チーズの生産量が主要生産国で年率2〜3%の
割合で増加しており、最大の成長分野であり、チーズの消費水準が高い国におい
てさえ、その需要が完全には満たされていない状況を示している。全粉乳の生産
量も増加を続けており、世界全体で300万トンに迫っている。近年の全粉乳の生
産増は、主にオセアニア、中国、アルゼンチンに集中している。缶入りのれん乳
類の生産は、西欧および北米諸国では継続的に減少しているが、その他の地域に
おいては、バルクのれん乳、粉乳類、バターオイル、植物油を原料とした還元タ
イプの生産が増加しており、さらなる生産量の増加の可能性がある。チーズの副
産物としてのホエイの供給増に伴い、ホエイ製品の生産も増加するはずである。
食品加工業者は、生乳やホエイから製造される原料乳製品を用いた新製品の開発
や用途開発が活発に行われている。

◇図:主要乳製品の生産量の推移◇

◇図:製品別の生産量の伸び率◇


4.乳製品の国際貿易

 乳製品の国際貿易は1998年中盤から99年中盤にかけての停滞期を脱し、再び活
発化している。貿易の回復は、脱脂粉乳から始まり、チーズ、全粉乳、生鮮乳製
品に続いて起こっている。これらに加え、バターの国際貿易も2000年には活発化
するものとみられるが、バターの場合、活発化したとは言っても、長期的な傾向
ではなく、単に70万トン〜90万トンの通常の変動幅の範囲に納まっているのにす
ぎないとの懸念が残る。バターの主要輸入国であるロシアについては、輸入量が
減る可能性もあるが、ロシア以外では主に市場アクセス制度の変更により、輸入
量が増加する可能性がある。このようなアクセス制度の変更は、乳製品輸入量の
増大を招くことになり、中でもEU、米国、日本の輸入量が増大することになろう。
世界貿易機関(WTO)による補助金等の制約やEUにおける乳製品の供給状況・財
政事情に影響され、補助金付きで輸出される乳製品の割合は低下するとみられ、
国際価格の上昇も同様の影響を与えるものと考えられる。このようなことから、
国際市場におけるEUのシェアは引き続き低下するとみられるものの、米国が国際
市場の拡大に歩調を合わせて輸出を拡大できるとは考えにくいという状況もあり、
結果的にオセアニア、アルゼンチン、中欧諸国の一部が再びシェアを拡大するこ
とになるとみられる。

◇図:主要乳製品の貿易量の推移◇

◇図:乳製品の国際貿易量の推移◇


5.乳製品価格

 乳製品の価格については、1999年にほぼ世界的に低落した後、共通の傾向は見
られない。主要輸出国では対米ドルの通貨レートが低下しており、これによる相
対的な価格上昇が乳製品の国際貿易回復のインセンティブとなっている。一方、
脱脂粉乳の価格は記録的な上昇を遂げているが、特にバターに象徴されるように、
脱脂粉乳以外の乳製品の価格の動きは鈍い。各国通貨で表した場合、多くの乳製
品は、1999年中盤の価格水準を上回る状況となっているものの、米ドルに換算し
た場合にはほぼ一定水準で推移している。

◇図:脱脂粉乳:国際価格の推移◇

◇図:バター:国際価格の推移◇
 
 国際市場においては、特に粉乳類で著しい価格の上昇傾向が示されており、国
内価格も同様な上昇傾向にあることから、EUの輸出補助金は数次にわたって引き
下げられている。

 農家の手取乳価は、世界的な傾向として、一定のタイムラグを伴って、乳製品
の市場価格の動きを追いかけるかたちで推移している。生乳価格がこのような動
きを見せるのは、国内市場の保護措置が継続してはいるものの、国内価格と国際
価格との連動性が高まっており、EUにおいては米国よりも乳製品の輸出依存度が
高いという状況に起因している。また、通貨レートの変動が大きな要因となって
いる。通貨高の国(米国、英国等)では、乳製品価格は引き下げ圧力を受けてい
る。その他の国では、米ドルに換算した場合には大きな変化はないものの、国内
の乳製品価格は上昇しており、少なくとも2000年中盤頃までは、この上昇が続く
とみられている。

◇図:国別の生乳価格の推移◇


おわりに

 本サミットの開催地であるドレスデンは、陶磁器で有名なマイセンから約20キ
ロと近く、古都として有名であるほか、旧東ドイツに属していたこともあって興
味深い土地であった。会議開催中、テクニカルツアーにも参加し、酪農家や乳業
工場の見学も行い、若干の知見を得ているが、紙数の都合もあり、割愛させてい
ただくこととしたい。

 今回、IDFの年次会議が酪農サミットと名称を変更したのは、もちろんIDFの機
構改革の影響もあるものの、統合後10年を記念して1つのモメンタムにしたいと
いうドイツ政府、IDFドイツ委員会の強い意向も働いたものとされている。これ
を象徴するかのように、会期中2回にわたり開催されたレセプションでは、州と
連邦の農業大臣が来賓あいさつの中で、ドイツにとっての酪農産業発展の重要性
を強調していた。 

 しかしながら、会期中を通じて特に強く感じられたのは、このようなドイツ国
内の事情はさておき、サミット参加者間における今後のWTOの成り行きに対する
不安感であった。現行のガット・ウルグアイラウンド(UR)合意の実施期間は、
日本では来年3月末、欧州では6月末と、いずれも終了が間近であるが、シアトル
会合の失敗によって今後の枠組みが何も決まっておらず、実施期間の終了までに
農業分野における何らかの合意が形成されるとはとても考えられない状況である。
協定が終了しても最終年の約束を維持するとの暗黙の了解はあるものの、そのよ
うな公式の取り決めはなく、この先どうなるのか分からないという不安感を持っ
ている参加者が多く、2000年以降の酪農状況の見通しに対する不確定要素が多す
ぎると感じている関係者が大部分であった。


−訂正のお知らせ−

畜産の情報(海外編)2000年11月号、海外駐在員レポート
「オランダの畜産環境対策」に記載の「亡失水準」の数値に間違いがありました。
次の通り訂正します。
(50ページ右側下から7行目)
誤:窒素量で37kg/ha → 正:窒素量で370kg/ha

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