海外駐在員レポート 

アルゼンチンの肉牛・牛肉の流通と牛肉需給

ブエノスアイレス駐在員事務所 浅木仁志、玉井明雄




1.はじめに

 前回の肉牛生産編に引き続き、今回は生産された牛や牛肉がどのような流通ル
ートを通って需要者や最終消費者に供給されるかをレポートする。複雑な流通の
理解には基本的な構造の把握が重要と考え、まず流通に介在する業者、いわば役
者達の定義と役割について解説し、最終的に全体像を捉えられるようにした。

 食肉流通が複雑で古い商習慣が残っているのは、ここアルゼンチンでも例外で
はない。既に紹介したが、現在は、国内市場をターゲットに食肉処理加工業者と
大手スーパーと結びついたフィードロット生産がアルゼンチンの牧畜業に登場し
てきた。こうした新しい動きが価格面においても現行流通システムに影響を及ぼ
しつつある。最近、流通システムの問題点を反省する動きが出てきたように思わ
れるが、反省から一歩進めるには技術とお金が要るという問題にも直面している。


2.流通に介在する役者達−その定義と役割

(1)家畜生産者

 子牛生産者は、地方の子牛市場を通して子牛(肥育素牛:アルゼンチンでは素
牛という概念はないようである)を肥育生産者に、肥育生産者は所有している家
畜(一般には去勢牛)を、多くは仲買人を通して、競売にかけるか、または自分
の農場(日本風には庭先)で売る。もちろん繁殖肥育一貫経営もある。

 肥育生産者は、去勢牛をリニエルス市場(ブエノスアイレス市内に立地する世
界有数の家畜市場)に出荷するか庭先で売り、競売にかけることもある。市場に
出せば市場価格で取引され、庭先売買の場合は両者が合意した価格で取引される。
取引単位(kg)は生体単位か枝肉単位で、生産者は生体単位を好む。枝肉歩留ま
りは去勢牛の場合、おおむね52〜58%である。

 この国の生産者は伝統的に経済観念に乏しく、流通は自分たちの関与しない世
界という意識があり、市場の動き、枝肉の品質や評価にはほとんど無関心で、仲
買人などの流通関係者は彼らにとってパートナーというより利害が対立する関係
にあった。いわば、生産と流通は全く切り離された形で時代をたどってきたと言
える。

 しかし、フィードロット生産が食肉処理加工業者や大手スーパーとインテグレ
ーションを形成するに至り、生産者の意識は徐々に変わってきている。


(2)仲買人

@生体牛を取り扱う仲買人

イ:荷受人(Consignee)

 彼らは農場庭先で直接家畜を売買するだけでなく、市場で、競売場で、家畜取
引が認められている場所で家畜売買を成立させる人と定義されている。

 彼らは生産者と需要者の間の取引を成立させて手数料を取る。

ロ:ブローカー

 ブローカーも生産者と需要者間の取引を成立させて手数料を取るが、領収書は
発行しない。彼らは市場、競売場、家畜取引が認められている場所に介在し、1
千人いると推定されている。彼らは食肉処理加工業者、直接委託取引業者
(gancheras)、と畜業者(以上、後述)に雇われるが、複数の業者をまたに掛
ける場合が多い。実際、家畜の直接取引といわれているものの、ほとんどはブロ
ーカーの手による。手数料は取引額の1〜3%である。生産者は彼らに任せて売れ
る保証は何もないが、彼らの土地勘と実績を信用する。
 
A生産者にと畜サービスを提供する、直接委託取引業者(Gancheras)

 gancherasは生産者から直接家畜を預かり、と畜、加工、肉と内臓の販売を委
託されている個人または会社と定義されている。規定上、彼らはあらかじめ決ま
った金額で生産者から家畜を購入できない。しかし、実際はブローカーなどの仲
買人を通して家畜を買い(仲買人には手数料を支払う)、食肉処理加工業者の食
肉処理加工施設でと畜し、食肉処理加工業者をはじめ幅広い需要者層に肉、副産
物を売る。


(3)と畜業者

@生産者にと畜サービスを提供する食肉処理加工施設の利用者(Matarife)

イ:供給主体としてのと畜業者

 国内向けあるいは輸出向けに、自ら売るために、または第3者に供給するため
に家畜をと畜する個人または組織と定義されている。役割は前述のgancherasと
類似しているが、相違点は、規定上と畜業者は食肉処理加工施設でと畜する家畜
を生産者から購入できることである。

ロ:食肉専門店としてのと畜業者

 役割はイと同様。取引頭数が月50頭以下のものを指す。
 
Aと畜業者としての食肉処理加工業者

イ:食肉処理加工業者の食肉処理加工施設(輸出向け)

 農畜産品衛生事業団(セナサ)が衛生条件を管理、監督している。高い衛生基
準を満たし、EUや米国に食肉を輸出できる業者所有の施設である。国内向けにも
冷蔵肉を供給できる十分な冷蔵庫を有している。と畜施設利用のと畜の約30%を
占めている。

ロ:食肉処理加工業者の食肉処理加工施設(国内向け)

 セナサが衛生条件を管理、監督している。国内販売も輸出もできるが、要求さ
れる衛生水準が上述イに比べ低いため、中近東、アフリカ、南米などの衛生条件
が緩い国へ輸出を行っている。同と畜の約50%を占める。

ハ:州または市のと畜場

 このと畜場を所有する会社は、州や市の範囲を超えて商売することは認められ
ていない。衛生条件の管理と監督が定期的に行われていない。同と畜の約20%を
占める。

B農場庭先やgambrel(枝肉を引っかける場所の総称)のと畜

 この種のと畜はいかなる衛生上、税務上の管理監督も受けていない。当局の認
定外のと畜と言えよう。サンタフェ州やラパンパ州ではと畜全体の2〜3%を占め
るにすぎないが、ブエノスアイレス州やコリエンテス州では占める比率が高くな
る。


(4)食肉処理加工業者

@サイクル1(と畜を含む処理加工工程対応)の食肉処理加工業者

 多くは自ら所有の食肉処理加工施設でと畜と骨抜きをする業者を指す。国内向
けにも枝肉、部分肉や加工製品を供給する輸出業者を含む。

Aサイクル2(加工工程のみ対応)の食肉処理加工業者

 自らはと畜はせずに、半丸や四分体を購入し、国内向けや輸出向けに骨抜き、
加工を行う業者である。製品はレストラン、ホテル、公共施設などに供給される。

B食肉専門店、中・大規模のスーパーマーケット

 スーパーではあらかじめ枝肉を骨抜きし、脂肪を落とし、部分肉から小売用の
製品に仕上げる。食肉専門店は顧客の注文に応じて枝肉から肉を切り分けて販売
する。食肉専門店やスーパーマーケットは、95%を枝肉の形で搬入し、残り5%
を部分肉で搬入する。


3.家畜および食肉流通の概観

(1)流通ルートについて

 役者が一通りそろったところで、流通ルートの概略を図1に示した。この図は
現時点で考えられる流通ルートを可能な限り実態に近い形で示しているが、あく
まで模式図である。ちまたで実際行われている取引の全容は網羅できない。

 表1は91、95、99年の生体流通における、各流通主体のと畜頭数に占める割合
である(図1に対応)。大まかな傾向として、家畜市場および競売の取引シェア
が低下し、代わりに直接委託取引、荷受人直接売買と農場庭先売買の合計のシェ
アが増加している。

 農場庭先売買で仲買人が介在する場合、仲買人としてブローカーが含まれる。

 ヒルトン枠などの輸出用の牛肉は、食肉処理加工業者が仲買人の介在なしで直
接生産者から購入する。

 図2はと畜を行う各流通主体の、と畜頭数に占める割合である。gancherasをと
畜業者として見ると、gancherasとmatarifeの占める割合が過半を超えている。
◇図1:家畜と牛肉の流通◇
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表1 家畜の生体流通における、流通主体ごとのと畜頭数に占める割合
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◇図2:と畜を行う流通主体の、と畜頭数に占める割合◇
 

(2)食肉処理加工施設を利用すると畜業者(matarife)と、
と畜業者としてのgancheras

 matarifeは生産者から家畜を買い取るが、gancherasは規定上、家畜の買い取り
はできず、生産者からと畜とその販売を委託されていることは前述した。

 いずれにせよ、彼らは家畜を入手した後、副産物管理の良好な食肉処理加工業
者の食肉処理加工施設を利用し、と畜以降の工程を行う。

 施設の利用手数料は家畜の皮、脂肪、内臓など副産物で代替される。通常、こ
れら副産物の販売価格は利用手数料の相場より高いので、差額はと畜業者に払い
戻される。現在、払戻金額は0.04〜0.08ドル(4〜8円:1ドル=104円)/kgで、
副産物価格が良かった昔に比べ半分くらいになっている。

 と畜後、彼らは半丸を需要者に売るが、次に彼らの顧客を見ることにする。

@卸売業者

 と畜業者の最も重要な顧客である彼らは、半丸を買い、主に食肉専門店に売る。
市場の動向にもよるが、通常10〜15%のマージンを乗せる。普通、と畜業者と卸
売業者の間には正式な契約はなく、卸売業者はと畜業者にお金を支払わない場合
がある。そのため、リスクの高い流通主体と見なされ、その重要性は低下傾向に
ある。

A食肉専門店

 卸売業者の最も重要な顧客である彼らの関与も弱まる傾向にある。専門店の数
は減っていないが、取扱量は減っている。それでも、現在ブエノスアイレス連邦
首都とブエノスアイレス大都市圏、およびブエノスアイレス州で、消費者に売ら
れる牛肉のそれぞれ約50%、60%が食肉専門店と小規模のスーパーによって扱わ
れている。これもリスクの高い流通主体と考えられている。

 現在、食肉専門店は半丸に25〜30%の販売マージンを乗せる。雌子牛だとマー
ジンはさらに上がる。

 食肉専門店の規模により1週間の牛肉の取扱量は変わるが、一般に600kg〜
2,000kgである。

 彼らはと畜業者から直接半丸を購入する場合もあり、その時は第3者の輸送サ
ービスを受ける。
 
Bと畜業者の顧客としてのスーパー 

 スーパーはと畜業者にとって大口の顧客である。彼らは食肉処理加工業者から
直接枝肉を購入することもある。

C枝肉の競売

 競売が許可された食肉処理加工施設で行われる。直接売れなかった半丸をと畜
業者が競売にかける。枝肉の品質は良くない。

 図3は枝肉の生産量をベースにしたmatarifeとgancherasの顧客割合である。

◇図3:matarifeとgancherasの顧客割合◇


(3)食肉処理加工業者

 現在、食肉処理加工業者としてONCCA(国立農牧取引管理事業団)が管理し
ている業者は364社、うちセナサが監督している業者は157社である。 

 彼らの役割は次の2つである。

・matarifeやgancherasにと畜サービスを提供する。

・生体牛を買い、と畜、加工し、その肉を顧客に売る、まさにと畜業者としての
 本来の役割。

 食肉処理加工業者は、施設の種類、彼らの顧客の種類、第3者に対するサービ
スにどのくらい力を注ぐかによって、@サイクル1の輸出向け主体の食肉処理加
工業者、A国内向け食肉処理加工業者に分類される。

 表2は、食肉処理加工業者別のと畜割合(第3者に対すると畜サービスは含まな
い)である。セナサの監督下にある157社のうち上位10社で23.7%を占めるにす
ぎず、米国などと比較してその寡占割合が低く、言いかえればセクターの合理化
が遅れている。

表2 食肉処理加工業者別のと畜割合(98年)
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 注:第3者へのと畜サービスは含まない


(4)生体牛を購入し、と畜までする中・大規模のスーパー

 スーパーがと畜のために購入する生体牛頭数は少ない。自ら食肉処理加工施設
を持ち、と畜まで行うスーパーはコト社で、その他ディスコ社、ティア社、ノル
テ社、最近日本にも進出したカリフール社なども生体牛を購入し、と畜を行う。
コト社はリニエルス市場の大口需要者で、その他のスーパーも、販売の調整用と
して市場価格で購入できるリニエルス市場との取引を望んでいる。


(5)枝肉を購入し小売用にカットするスーパーマーケット

 多くの場合、彼らは丸、骨抜きされた半丸を購入し、小売用にカットしパッケ
ージする。別途、ある週の目玉商品として特定の部位の部分肉が必要になる時は、
と畜業者や食肉処理加工業者から購入する。

 表3に主な州のスーパーの総売上高に対する生鮮牛肉の売上高の割合を示した。

 牛肉に関しては、スーパーごとに適用するマージン率(利益率)が異なってい
る。マージン率の決定はそのスーパーの戦略であるが、最近スーパーの牛肉価格
のほうが伝統的な食肉専門店より高いという報告がある。また、98年の前半から
去勢牛価格が高騰し、それに伴い牛肉の小売価格も高騰したが、98年後半、去勢
牛価格が下落しても、小売価格はそのままであり、スーパーは利ざやを稼いだと
言われており、以前ではなかった現象のようである。

表3 主な州のスーパーの総売上高に対する
   生鮮牛肉の売上高の割合(98年)
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4.牛枝肉の分類と格付け

 アルゼンチンの牛枝肉の分類と格付けは1941年1月から始められ、63年と73年
の2回にわたり改正されている。アルゼンチンでは食肉の取引管理業務を行って
いた独立機関の食肉事業団が、この格付けを実施していたが、91年にこの組織は
解散された。現在は、各食肉処理加工業者がセナサの監督の下で独自に行ってい
る。輸出向けの格付けについては、全量が義務付けられているが、国内向けは任
意である。格付け結果はある程度価格に反映される。


(1)クラス分け

 クラス分けは性別と月齢によって家畜を分類する。と畜後、牛肉の側面に発達
する軟骨組織の骨化度で正確な月齢を調べ、枝肉(半丸)重量を考慮して家畜は
表4のようにクラス分けされる。それぞれのクラスに属する家畜は後述するタイ
プ別にさらに分類される。


(2)タイプ分け

 タイプ分けは枝肉の違いを明確にし、家畜を分類する手段である。商品価値の
高い部位の骨と筋肉の割合、筋肉の量と発達度合い(外形、体型)、筋肉を覆う
皮下脂肪の厚さ(皮下脂肪付着度)によってタイプが決められる。

 外形、体型を評価するためには、生きた家畜をいろいろな角度から観察し、筋
肉の形や輪郭、凹凸、膨らみなどを考慮し筋肉の量と発達度合いを評価する。家
畜のクラスごとに外形、体型を評価しタイプ分けしたのが表5である。

 皮下脂肪付着度は、タイプ評価の際に考慮される項目で、その厚さ、蓄積具合、
枝肉を覆う脂肪組織の広がりと均一さを観察して決められる。一般に「薄い」、
「適度」、「豊富」、「過剰」の4つの付着度がある(表6参照)。皮下脂肪は枝
肉を均一に覆うように付着するのが好ましく、付着にバラツキがあれば量が基準
に合っていても適度とは評価されない。脂肪の色も重要で、クリーム色またはパ
ールホワイトが良いとされる。


(3)家畜(枝肉)の分類、格付け

 以上をまとめると、まず、家畜が生きている時点でタイプ評価に重要な外形、
体型が記録に取られ、と畜後すぐに軟骨組織の骨化度、枝肉(半丸)重量、皮下
脂肪の付着度が調べられ、最終的に家畜(枝肉)が分類、格付けされる。

 表4,5,6を総合し、最終的な家畜(枝肉)の分類、格付けを示したのが表7であ
る(去勢牛と若齢去勢牛の部分のみ抜粋)。タイプ分けにJ、U、N、T、Aという
記号を用いているので、この方法をJUNTAシステムという。

表4 家畜のクラス分け
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表5 家畜のクラスごとのタイプ分け
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表6 皮下脂肪付着度
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 注:0は特別消費用から除かれる。
   1、2が優良。
   3、4は国内向け(一部輸出向け)では価値が下がる。

表7 家畜(枝肉)の分類、格付け(抜粋)
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5.アルゼンチンの牛肉需給

 アルゼンチンの牛肉需給については、昨年からその関連情報を適宜紹介してお
り、最近では畜産情報誌"Informe Ganadero"の編集長イグナシオ・イリアルテ氏
の興味深い牛肉需給予測を紹介した(今月号トピックス参照)。

 この国の牛肉需給について、日本の関係者に興味があると思われるのは生産余
力と輸出余力、そして輸出価格だろう。これらの課題については、紙面の都合も
あり、また、内容的にも詳細な分析が必要であることから、今後の課題としたい。

 したがって、この項では、アルゼンチンの牛肉需給、特に輸出事情に絞って簡
単にまとめてみる。


(1)一般需給について

 表8は牛肉需給に関する基礎的なデータで、ほぼ同じものは本誌2000年1月号の
特別レポートにある。飼養頭数はここ5、6年減少傾向で推移している。今のとこ
ろ積極的に肉牛の振興対策が図られていない。牛肉輸出国であるこの国で、頭数
の減少は、気候などの自然条件、穀物や牛肉の国際価格などのマクロ経済要因に
左右される。表から近年頭数減少の割にと畜頭数がそれほど減少していないこと
が見て取れ、イリアルテ氏は繁殖雌牛の出産率の向上がその理由としている。さ
らに、と畜頭数と枝肉生産量の関係も、近年の去勢牛のと畜時体重の増加傾向を
示す結果となっている。
 
 これらからも、飼養頭数の減少(減少率にもよるが)を直接枝肉生産量の減少
に結びつけるのは性急で、むしろイリアルテ氏の指摘の通り枝肉生産量は今後増
加するのかもしれない。

 飼養頭数について言えば、近年、雌牛のと畜割合が減少傾向で、幾分家畜保留
の傾向が見られるものの、将来的に急速に頭数が伸びるとは考えにくい。

 1人当たりの牛肉消費量は近年減少傾向で推移しているが、その要因として、
鶏肉が小売価格の低下により牛肉に対して価格競争力を持ったこと、健康志向な
ど食生活の変化などにより鶏肉消費が増加したことが挙げられる。しかし、最近
1人当たりの牛肉消費量も持ち直しつつあることと、世代から世代へ牛肉嗜好が
伝えられる、いわば牛肉がなくては何事も始まらないお国柄から、消費量もそん
なに減らないと予測できる。

表8 牛肉需給の関連データ
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 注1:98年までは農牧水産食糧庁の統計。					
  2:99年の飼養頭数、と畜頭数、枝肉生産量、輸出量、FOB輸出価格は
    コンサルタントの予測値。
    それら以外は農牧水産食糧庁の統計による1〜8月までの平均値である。
  3:輸出比率は輸出量の枝肉生産量に占める割合である。


(2)輸出動向について

 表8に示した牛肉需給動向では、近年、輸出比率は減少傾向で推移しているの
が分かる。

 アルゼンチンの牛肉輸出量は国際価格ではなく、国内需要の動向を反映した国
内の去勢牛生体価格に影響されることは以前に述べたが、表はその大まかな傾向
を裏付けている。

@品目別牛肉輸出動向

 表9に近年の品目別輸出量と輸出金額を示した。輸出量、輸出金額とも減少傾
向で、特に98年は製品ベースで22万トンと落ち込んだが、EU向けの高品質の生
鮮冷蔵・冷凍牛肉に対する関税割当である高級牛肉枠(ヒルトン枠)は量、金額
ともほとんど変化していない。これは、ヒルトン枠輸出では毎年2万8千トンが割
り当てられ、kg単価が約8ドル(832円)と高い利益を期待できるからである。

表9 品目別輸出量(製品ベース)、輸出額(FOB価格)の推移
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  注:99年は1月から9月まで
 資料:農牧水産食糧庁

 98年の落ち込みの主体は輸出単価が最も高騰したヒルトン枠以外の生鮮肉(カ
ルネ・フレスコ(英語のフレッシュに当たる))であり、アルゼンチンの統計で
は生鮮冷蔵・冷凍牛肉を指す。99年は9月時点で既に98年の輸出量を超えており、
輸出回復が顕著な品目である。それだけに、アルゼンチンでは全体の輸出量や輸
出金額を左右する同品目に対する期待は大きいと言える。

 加工肉の内訳は表13に載せたが、この輸出単価はkg当たり3ドル(312円)を超
え生鮮肉以上となっており、付加価値の強さをうかがわせる。ただ、加工肉の輸
出は年々減ってきており、99年も大幅には回復しないと予測される。この理由と
して、一般に食肉処理加工業者の経営事情が芳しくなく、そのために業者の食肉
の加工能力に問題があるという見方もある。

 内臓については、国内価格、輸出価格ともに減少傾向にあり、商品として魅力
が薄れてきていることは否めない。

A輸入国別牛肉輸出動向

 表10には、99年1〜9月までの輸入国別の輸出量と輸出額を示した。98年の数字
を用いて説明しても良いが、98年はアルゼンチンの牛肉生産にとっていわば特殊
な年であるので、去勢牛の生体価格が平均水準に戻った99年の数字で説明した方
が、平年的な実態に近いと思われる。

表10 99年(1〜9月)の輸入国別品目別輸出量
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 資料:農牧水産食糧庁
 
ヒルトン枠の大口需要国はドイツとオランダで、両国合わせて量で87%、金額
で88%を占める。特にドイツは1国で全輸出額の27%を占めるアルゼンチン最大
の顧客である。

 生鮮肉の輸出量はチリ、米国、EU向けの順でそれぞれ31%、19%、14%を占め
ている。米国への輸出は97年から解禁になった2万トンの米国枠として知られ、
表では約1万8千トン(99年11月末時点で、枠全量は消化されている)である。近
年、チリ経済の悪化によりチリ向け輸出のシェアは減少している。チリは衛生上
の規制により骨抜き牛肉しか輸入していない。チリ経済のすう勢や同じ南米の競
争相手国であるブラジル、ウルグアイなどのチリ市場への進出状況などがアルゼ
ンチンの牛肉輸出にとって大きな問題であることがうかがえる。  

 加工肉の最大の顧客は米国で、輸出量で38%、輸出額で45%を占める。量的に
はEUの43%が最大だが、輸出額では米国向けのほうが大きい。また、米国向け輸
出額のうち、加工肉は約6割を占める。米国は全輸出額の17%を占めるドイツに
次ぐ顧客である。

 内臓は前述したように、最近は魅力のある商品でなくなりつつあるが、香港が
最大の顧客で輸出量の24%を占めている。次いでブラジル23%、ペルー21%の順
である。ただ牛肉に関して、メルコスル(南米南部共同市場)は重要な顧客とい
うより、特にブラジルとの間で加工肉について競合関係にあることなどから競争
相手国と言ったほうが適当である。

 イスラエルが生鮮肉を1万トン近く輸入しているのは特記事項かもしれない。

 以上、まとめると、輸出額ベースで、1位ドイツ(27%)、2位米国(17%)、
3位チリ(11%)の順で、なんといってもEUが全輸出額の半分近くを占める。な
お、参考までに表14に生体牛の貿易を載せた。

表11 輸出用ヒルトン枠の内訳(99年1〜9月まで)	
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表12 輸出生鮮肉の内訳(99年1〜9月まで)	
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表13 輸出加工肉の内訳(99年1〜9月まで)	
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表14 生体牛の貿易(97年)
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(3)食肉生産の課題と将来展望

 生産者サイドを見ると、ようやく子牛生産者の技術水準が向上し、繁殖率や早
期離乳率が向上しつつある。特にパンパ地域でそうである。今後は、飼料給与
(栄養)と衛生面に特に留意し生産性をさらに高める必要がある。

 肥育生産者の生産性向上も必要だが、当面トウモロコシやソルガムのサイレー
ジを主体としたアグバッグサイレージの利用に加え、アルファルファを取り入れ
た飼料給与により枝肉重量の増加を図ることが必要と思われる。例えば、去勢牛
の半丸重量は96年〜99年でそれぞれ208kg、212kg、217kg、227kgと着実に増加し
ているが、この傾向を維持することである。増加傾向はフィードロット肥育の本
格化が関係していると考えられる。フィードロット生産については、この国で開
始されたばかりで前途はわからないが、自然条件で言えばこの産業に申し分のな
いものを備えている。

 なお、こうした飼料給与法を利用して繁殖肥育一貫経営へのシフトも経営内部
の効率化には必要かもしれない。ただ、この国で一貫経営を推奨できる理由は子
牛出荷後の牧草利用にある点で、地域差が大きく作用するので、一概に一貫経営
が良いとは言えない。

 流通サイドを見た場合、やはり食肉処理加工業者の経営再建と、ある程度の業
界全体の合理化は必要かと思われる。また同じ食肉処理加工業者であっても、輸
出向けの企業は衛生面と徴税面について政府に厳しく管理されているのに対し、
国内向けの企業は徴税の面で得をしていることは否めない。こうした不公平をな
くすことも企業のインセンティブを高めるのに必要と思われる。

 最近の良い傾向としては、政府や食肉処理加工業者をはじめとする畜産関係者
が牛肉の輸出市場の開拓を真剣に考え出し、従来の売り手本位の志向から買い手
のニーズを尊重した販売とその方法を模索しているきざしがあることである。こ
れは小さな1歩かもしれないが、将来に向けた大きな変化とも思われる。もっと
も政府や業界の一部トップの考え方をどこまで生産や流通面に反映できるかは、
これからの努力による。

 さて、2000年の牛肉輸出量を現時点で予測するのは難しい。ただプラスの要因
としては、99年に比較して今年は国際経済が多少上向き、牛肉需要の増加と国際
価格の上昇がもたらされる希望的観測がある。加えて、今年5月に予定されてい
るOIE(国際獣疫事務局)総会でアルゼンチンがワクチン不接種口蹄疫清浄国に
認められれば、新しい市場が開拓される下地ができることである。

 輸出にとってのマイナス要因は構造的な問題で、食肉業界全体の経営が芳しく
ないこと、91年のドル兌換(だかん)法導入以来コスト高のアルゼンチンが、99
年1月に通貨切り下げを実施したブラジルなど輸出国の競争力に押されるであろ
うこと、生産性が多少上がっても国内需要が落ちる見通しはなく輸出に多くは回
せないことなどである。

 以上のことから、一応2000年も99年を大幅に上回る輸出量にはならないのでは
ないかと思われる(なお、最近の米農務省(USDA)の予測では枝肉ベースで36
万トンを超えないと予測されている)。


6.おわりに

 前回に引き続き、今回はアルゼンチンの牛肉産業について流通と輸出事情に重
点を置いてその概観をレポートした。知り得た範囲の情報をできるだけ客観的に
概説するだけで精一杯だったのが心残りではある。

 最後に私見だが、日本がアルゼンチンと牛肉の取引を始めるときによく考えな
いといけないのは、今までアルゼンチンの牛肉の取引相手は彼らの心情的祖国で
あるヨーロッパや、米国、チリであり、お互いが肉食を主とする人々で、いわば
食文化において兄弟関係にあるという事実である。

 アルゼンチン人が日本人は堅実で経済的に豊かであるという認識は持っていて
も、彼らは日本のことはほとんど知らないのが実情である。(全く逆もそうだが。)
日本人にとって主食でない牛肉の取引をこうした国と始めるには、お互いをよく
理解し、長い目で見て気長に付き合う覚悟が必要と思われる。

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