海外駐在員レポート 

豪州の新たな牛肉格付制度、MSA

シドニー駐在員事務所 藤島博康、野村俊夫




はじめに

 業界待望の牛肉格付制度「ミート・スタンダード・オーストラリア(MSA)」
は、昨年6月、クインズランド州の州都ブリスベンを皮切りに、10月にはシドニ
ーでも開始された。今後、パースやメルボルンなど都市部を中心に順次拡大し、
今年7月をめどに全国展開が予定されている。

 MSAは、さまざまの角度から牛肉のおいしさを分析した上で、食味を保証する
ために生産農場から食卓までの主な要素を管理し、消費者に牛肉を提供するシス
テムである。単に格付制度にとどまらず、小売店舗での表示に等級と調理法を記
載するなど、豪州肉牛業界の統一ブランドともいえるユニークな側面をも併せ持
つ。

 長期的に低迷する国内需要の底上げと、年々他国産との競合が厳しくなる輸出
市場での競争力強化を目指したマーケティング・ツールとして、MSAにかける業
界関係者の期待は大きい。

 今回はMSAを紹介するとともに、牛肉のおいしさについて考えてみたい。


1 MSAによる格付け

 MSAは、豪州食肉家畜生産者事業団(MLA)の前身の1つである豪州食肉研究
開発公社によって93年に着手され、95年には牛肉業界全体に共通する大きな課題
の1つとして位置付けられた。98年の業界団体再編後は、MLAの下で実施され、
98年度(7月/6月)だけでも660万豪ドル(4億6千万円:1豪ドル=70円)を支出、
また、今年度の全国展開に向けては1千460万豪ドル(10億2千万円)が生産者課
徴金を中心とする財源から支出される。


(1) 消費者を対象とした格付け

 わが国や米国が行っている牛肉格付制度の大きな目的の1つには、第3者が一定
基準に従い枝肉を格付けすることによって、買い手と売り手に対し品質について
の客観的な情報を提供することがある。

 しかしながら、等級は流通段階での製品識別を行うための記号であり、米国の
レストランや量販店などでプライムやセレクトという文字をたまに見かけるのを
除き、ほとんどの場合、末端の消費者が牛肉を購入する際の判断基準となってい
ない。また、消費者に等級という品質に関する客観的な情報を与えることは、必
ずしも格付けの最終目的ではない。

 これに対し、MSAは、後述するように消費者の「舌」を出発点として、等級分
類を消費者に提示することが格付けの最終段階となる。また、格付けは枝肉では
なく、小割部分肉に対して行われる点も日米の制度とは大きく異なる。表2はM
LAの作成した日米豪の格付制度の比較表。

 等級は、食味要素と調理方法の組み合わせによって次の3種類に分類される。
調理方法も等級分類の重要な要素であることから、小売段階での等級ラベルには、
その等級の食味を引き出すための適切な調理方法が必ず表示される。

表1 MSA等級区分
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 調理方法は、@ロースト・ビーフなどオーブン・ロースターによる調理、Aフ
ライパンによる(焼き物)調理、Bいためる調理、Cスロークックと称される煮
物系の鍋による調理、Dバーベキューグリルなど焼き網での調理の5種類を基本
に分類され、等級ラベルに記載される。

 なお、MSAの初期検討段階では食味品質基準(EQS)を5段階に設定し、格付け
によってそのいずれかに分類されることになり、米国の等級と同様に、ひき材や
加工向け用途に2種類の等級が想定されていたが、最終的にはテーブル・ミート
用の3つの等級と、等外に分類されることになった。

 また、当初、等級には「3つ星」、「4つ星」、「5つ星」という呼称が用いら
れていた。しかし、98年に行われたブリスベンでの販売試験の過程で、最上級の
「5つ星」の供給が限られ、ほとんど店頭に並ぶことがなく、単純にその語感か
ら「4つ星」や「5つ星」を買い求めようとする消費者に無用な混乱を与えるなど
の理由から、現在のものに変更された。

 豪州人は開拓者気質を引き継ぐせいか、他人からの押し付けを嫌う傾向がある。
MSAは、消費者に調理方法まで押し付けるものともとれるが、「一世代前の母親
の時代には、部位によって適切な調理を行うことは当たり前であったものの、今
の主婦にそのような知識はなく、子供たちに至っては、知っている牛肉料理はハ
ンバーガーだけ」という状況では、適切な調理方法を特定することが必要不可欠
なものとなってしまったようだ。

 MSAを管轄するMLAのウェブスター肉牛産業サービス統括部長は、「今のよう
な時代、小売店で牛肉を手にとってもらうためにも、調理方法を提示することの
意味は大きい」と語っている。

表2 格付構成要素の比較(MLA作成)
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(2)農場から食卓までを管理

 MSAは、「軟らかさ」という牛肉の品質を確保するために、肉牛の生産現場か
ら食卓(調理方法)までの間を総合的に管理し、等級分類することによって消費
者に軟らかく斉一性のある牛肉を提供する。この点は、枝肉の判定のみで格付け
されるわが国や米国の制度とは大きく異なる。

 肉牛生産者から、と畜場、小売部門に至るまで、MSA等級品として販売するた
めには、すべての段階で登録が義務付けられ、食味を保証する上での重要監視点
により管理されなければならない。表3は、それぞれの段階で管理されるべき最
低基準。

 肉牛生産者から小売業者までMSAへの参加は本人の意思(任意)であるものの、
手続きと基準は厳格に遵守することが要求される。

 スタート時点を担う生産者には、出荷時点で生体の出どころや履歴などを証明
するMSAベンダー・デクラレーション(MSAVD、別掲参照)の提出が義務付け
られている。また、生産者に限らず、記録および保管すべき項目が決められてお
り、関連書類は最低2年間の保管が義務付けられている。

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 これらは、検査員の訪問や、小売店からランダムに牛肉を購入し品質チェック
することなどによって、システムの検証が行われる。

表3 食味保証のための重要監視点
−農場
・農場からと畜まで動物愛護基準を遵守した生体管理
・生涯期間の増体量は0.6kg/日以上であること(と畜時に、軟骨の骨化指数と
 枝肉重量からの推計によって判定される)
・生体には二次性徴が見られないこと
・重度のけがや疾病の履歴がないこと
・雌牛は経産でないこと
・育成、肥育が劣悪な環境にないこと
・生体出荷とともに、と畜場側管理責任者にMSAベンダー・デクラレーション
 を発行
 
 −輸送
・生体は農場から直接、と畜場に搬入
・農場から出荷後、24時間以内にと畜
・主な地点には生体取り扱いの訓練を受けた担当者を配置
・食味品質を管理するためのガイドラインに沿って管理
・係留場所で他の牛群と混同しないこと
・第三者による生体の血統確認
 
 −と畜場およびと畜後
・と畜場到着時には生体に水を給与
・軟骨の骨化指数は200(約30ヵ月齢)未満であること
・と畜後の肉のpHは5.7以下であること
・肉の温度やpHなどが基準内に収まるようと畜過程を整備
・枝肉のバラ付近の脂肪は最低3mmの厚さがあること
・主要な部位の周辺には均一に脂肪が乗っていること
・肉色はチラーアセスメントの肉色基準で1b〜2であること
(3)品質保証の確保と検証

 MSAのキャッチ・フレーズの1つに「返金をお約束します」というものがある。
購入した牛肉がMSAの規格に適合しないものである場合には、返金に応じるとい
うもの。

 格付け対象枝肉は、と畜場でDNAサンプルが採集される。仮に、消費者から
「硬い」との苦情が寄せられた場合、DNAサンプルを基に生産農場から小売店ま
ですべてを対象に「硬い」理由について原因が究明される。また、DNAサンプル
を管理することによって、MSAのまがい物を徹底的に排除するという目的も兼ね
る。これは、わが国の「黒豚問題」と同様の対処と言える。

 実際に、ブリスベンでの試験販売において、レストランがMSAの規格に適合し
ない牛肉を提供し、反則金を徴収されたという。消費者の通報により検査員が調
べたところ、MSA規格の牛肉は時々しか購入しておらず、多くは非格付品をMSA
として提供していたことが判明した。反則金は1日当たり1,000〜5万豪ドル(7万
円〜350万円)で、偽物販売日数に応じて反則金が徴収される。


(4)格付基準

 表3はMSAの対象としての最低条件でもあり、これらに適合して初めて格付け
の対象となる。
 第三者であるMSA格付員によって、MSAVDの内容と、と畜場で採集された枝
肉データを基に格付けが行われる。最終的に等級は、カラーチップや種々の測定
器による格付員の判断ではなく、消費者を対象に実施された食味(官能)試験に
よるデータ・ベースからはじき出された格付「モデル」によって分類される。

 多数の消費者による主観的な味覚を統計的に処理し、データ・ベース化された
「舌」である「モデル」の味覚によって、客観的な等級が決定される。

 データ・ベースには、小割部分肉や調理方法のほかにも、肉牛の品種や飼養形
態、枝肉の懸垂方法やと畜時のpH値など、生産から食卓まで広範にわたり、か
つ、複合的に食味品質(消費者の試食テスト)との相関が蓄積された。

 この結果、「軟らかさ」には、主として3つの要素が相互に影響を与えるとし
ている。1つ目は枝肉の品質。懸垂方法と熟成を中心に、血統構成、性別および
飼養管理が主な構成要素となる。2つ目は小割部分肉を構成する筋肉。3つ目は調
理方法で、筋肉別に軟らかさを最大に引き出す調理方法により異なる。

 実際の格付けに当たっては、と畜場において検査員が、MSAVDと、現場で採取
した各種のデータを「モデル」にインプットすることによって、等級は食味品質
の2大構成要素である小割部分肉と調理方法によってマトリックスに分類される。

格付モデル
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注:コーンは塩づけを意味する

 現在の等級は、99年2月までに採取された14万例の消費者に対するの試食テス
トを基に構築されている。被験者は、消費市場を反映するよう、家族構成、居住
地域や所得水準など社会的な多様性を念頭に選択された。また、被験者に関して
は、ミディアムを好み、最低でも2週間に一度はステーキを食する人を選択。ス
テーキの調理に関しては、温度管理、厚さサイズなど詳細にわたり条件付けられ、
結果に偏りがでないように設定されている。

 試食後、消費者は、軟らかさ、肉汁分、風味、総合的な食感をそれぞれ「0
(最低)から100(最高)ポイント」までに評点し、「満足」から「グルメ」の
うちの1つを選ぶ。その後、軟らかさを40%、肉汁分を10%、風味を20%、総合
的な食感を30%として案分、100ポイントを最高とする指数(CMQ4スコア)に
転換され、データベース化される。 

 CMQ4スコアにより、46.5〜63ポイントはEQS3等級、64〜77ポイントはEQS4等
級、78ポイント以上はEQS5等級として分類される。

消費者による試食サンプルの評価
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(5)格付けに影響する主要項目

 以下はMSAの格付基準を構成する主要項目で、当該項目の変化がCMQ4スコア
に与える影響を簡単に示した。

@部位(部分肉)

 MSAは、当初、枝肉単位での格付けとしていたものの、枝肉による格付けでは
正確な食味品質は保証できないとの判断から、小割部分肉による格付けに変更さ
れた。

食味試験による部位ごとのCMQ4の格差
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 注:14日熟成後、グリルで調理後の食味試験の結果

Aボス・インディカス(熱帯種)の血統割合

 消費者の試食結果から、熱帯種の血統は、遺伝的な要素などによりテーブル・
ミートとしては等級外に分類される可能性が極めて高いとしている。遺伝要素の
ほかにも、雨が少なく劣悪な環境で飼養されることや、と畜場まで長時間の輸送
によりもたらされるストレスなどの影響もあるとみられている。

熱帯種血統割合によるCMQ4の格差
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主な品種と熱帯種血統割合
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 * これらの品種では、熱帯種の血統は個体によって
   25%から75%の幅を持つ。
 **50%Africander種であるが、通常はヨーロッパ種
   として分類されている。

 豪州の肉牛生産は、熱帯から温帯、また乾燥地域など多様な環境と飼養条件下
で、多種雑多な品種を用いて営まれていることから、「平均的な豪州の牛肉」を
定義付けすることは非常に難しい。これらを一くくりにして格付けの対象とした
MSAは、ある意味で画期的なものとも言える。熱帯種血統割合(75%以下)が高
い牛でも、枝肉への電気刺激や、30日間の熟成などを組み合わせることにより、
その食味品質は熱帯種血統割合が0%の牛のものと同様になるという。

 小割部分肉ではなく、枝肉を格付対象としていた当初は、熱帯種の血統割合は
「3つ星」で8分の3、「5つ星」に至っては熱帯種を含まないものとするなど、熱
帯種に対しかなり制約的な条件が検討されていた。

 このため、各地で開催されたMSA説明会では、自然環境等から熱帯種血統を導
入せざるを得ない生産者が、血統条件の緩和を求めて激しく詰め寄る場面も見ら
れた。

 最終的に、小割部分肉と調理法を組み合わせた等級と、枝肉懸垂方法や熟成期
間などを特定することよって、血統条件を緩和し格付対象の拡大を図った関係者
の努力は賞賛に値する。

B脂肪交雑

 MSAでは、脂肪交雑は単一の要因としては、それほど重要視されていない。消
費者テストでは、軟らかさが食味品質の大きな比重を占めていることから、風味
の要素となる脂肪交雑の位置付けは比較的低い。

 これは、脂肪交雑がある程度成長が進んでから入りやすくなるため、グラスフ
ェッド主流の豪州では、月齢が進むことにより脂肪交雑も進むと同時に、スジや
筋膜など硬さの要因も増加し、軟らかさという点では相殺されてしまうことによ
る可能性があるためとされる。

脂肪交雑によるCMQ4の変化
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C軟骨の骨化度合い

 成長が進むとともにスジや筋膜も発達する結果、肉質も硬くなっていく。これ
までのMSAによる試験結果から、30ヵ月齢ころまでは軟骨の骨化と食味品質に関
してはあまり関連性がないものの、30ヵ月齢を境に骨化の進展に応じて食味品質
は低下するとしている。

 なお、永久歯の数とCMQ4スコアに関連性はなかった。

 実際の格付けに当たっては、個体の月齢管理が実質的に困難なことから、軟骨
の骨化度合いを基準の1つとする。

月齢と椎骨間の軟骨の骨化
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D枝肉懸垂方法

 一般的に行われているアキレス腱にフックを通して枝肉を懸垂する場合、死後
硬直と冷却による筋繊維の縮小から、キューブ・ロールやストリップロインの主
要な構成筋肉である最長筋や、内ももの筋肉の一部などを中心に硬くなる傾向が
ある。これを抑制する手段として、テンダーストレッチと呼ばれる挫骨から枝肉
を懸垂する方法がある。

 MSAでは、この懸垂方法の区分により格付等級が異なるケースもあり、格付け
を構成する重要な要素の1つとなっている。

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テンダーストレッチによるCMQスコアの改善効果
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 注:すべて品目は14日の熟成後、
ローストによる調理で試験したもの

Eエイジング

 熟成することで筋膜からの酵素により構成タンパクが分解し、結果の食感は軟
らかくなる。このため、同じ品物であっても熟成期間によってその格付等級は異
なってくる。またテンダーストレッチなどとの複合効果によって、食味品質を比
較的大きく改善できるとしている。

 真空包装後箱詰めし熟成した場合は以下のような表示を箱に記載できる。
EQS 出荷日:99年7月4日 品目:キューブ・ロール

調理方法	等級	期限	期限以降の等級
 グリル	4	8月1日まで	 5
 ロースト	4	7月29日まで	 5
と畜場登録番号:XXXX と畜日:99年6月29日 と体番号:XX


 

2 MSA開発の背景

(1)国内消費の減少と輸出競争

 国内では1人当たり消費量の減少を背景とした牛肉離れ、海外では韓国や日本
など主要輸入国での米国産牛肉との競合など、豪州肉牛産業はさまざまな逆風に
直面している。これを反映して、肉牛経営の経営収支は長期的に悪化傾向にあり、
需要拡大、中でも国内消費の増加は豪州の肉牛産業にとって大きな課題の1つで
ある。

 牛肉の国内消費について、1人当たりの食肉消費動向を見ると、90年代に入っ
てはほぼ横ばい傾向ながらも、1977年の69.5kgをピークに長期的には減少傾向に
ある。

 この要因としては、他の食肉に比べた牛肉価格の相対的な上昇や、健康志向の
高まりによる牛肉のイメージ悪化等が挙げられる。

 また、輸出については、日本や韓国で牛肉の消費量が拡大しつつあるにもかか
わらず、概して豪州産より単価が高い米国産牛肉にシェアを奪われる傾向にある。
この要因として、米国の格付制度が指摘されており、等級分類された米国産牛肉
の品質は、豪州産に比べ食味や製品規格など斉一性が高いことがシェア拡大に貢
献しているとされる。

 MSAは、国内消費の拡大と輸出市場での競争力強化の新たな方策であるととも
に、ひいては肉牛産業全体の利益向上を目指すものとして、業界関係者は大きな
期待を寄せている。


(2)消費拡大の余地

 MLAによると、牛肉に対する消費者満足度の調査では、@38%が品質に問題あ
り、A57%が軟らかい肉の入手が困難、B81%が購入に当たっては価格よりも品
質重視、C81%が品質を推測する上で価格は目安にならない、D90%が脂肪は低
品質と同義と認識、と回答した。

 これは、軟らかい一定した品質の牛肉が安定的に供給できれば、消費量はまだ
まだ増加することを示すものとも言える。このような視点から、MSAは、単に格
付制度にとどまらず、当初から、消費者を直接対象とするマーケティング・ツー
ルとしての要素も併せ持つ全国規模の格付制度として開発された。

 関係者によれば、国内におけるMSAの格付実施率の最終目標は、供給量全体の
約7割としている。この数字は経産牛や種雄牛などを除く肉牛供給量にほぼ相当
すると思われ、言い換えれば、これまで国内でバジェット・ミートなどと称せら
れていた、きめが粗く暗赤色で硬い、いわゆるカウ・ミートをテーブル・ミート
から排除することを意味する。

 わが国での牛肉の価値は、外観で認識できる脂肪交雑が大きく左右するため、
食肉の専門家でなくとも、100g当たり100円前後の牛肉と、1,000円を超えるも
のとではある程度の判断は容易につく。

 これに対し、脂肪交雑が重視されない豪州では、専門家以外が外観から肉質を
判断することは難しく、消費者の牛肉離れの一因となっているだけに、MSAは消
費拡大ための戦略ツールとしてその効果が期待されている。

 なお、豪州でも、わが国の「銘柄牛」などと同様、牛の品種、飼養形態や地域
といった単位で構成される「ブランド化牛肉」が存在する。MSAは、小売店での
等級表示によってこの「ブランド」としての要素も併せ持つ。

 MLAのウェブスター部長に、個別の「ブランド」と「MSA」の関係について尋
ねたところ「MSAは、個別の団体や企業が進めるブランド戦略と競合するもので
はなく、むしろ個別のブランドを裏打ちして支持するためのサポートとして利用
されるべき性質のもの」と語っている。


3 これまでの実施状況

 「いつも、大量のディスプレイから、目的の料理に向いているビーフをどうや
って選んでよいか分からなかったのに、今は(MSAロゴにより)一目瞭然」とい
う消費者の声が代表するように、一定品質の牛肉が常時入手可能になったことへ
の評価は高いようだ。

 98年に実施されたブリスベンでの試験販売での消費者アンケートによると、M
SAの格付けによる牛肉に対し94%が満足またはたいへん満足と回答している。こ
のうち86%の消費者が満足度からMSA格付牛肉を再購入、さらに20%は10回以上
購入しており、リピート率の高さを示している。また、回答者のほぼ全員がMSA
により格付けされた牛肉に付加価値を認め、62%は1割増しの価格でも購入の価
値ありと回答している。

 既に商業販売が実施されたブリスベン周辺やシドニーでも、消費者の反響は上
々とされる。特に、食肉専門店での評価が高く、経営者らは導入にかなりの意欲
を示している。

 シドニーを拠点とする食肉小売店チェーンの担当者によると、MSAの導入効果
によって牛肉の売り上げは5%も伸び、ランプやダイス状カットなどの一部アイ
テムについては、売上げが倍増したという。今後も需要増に見合うため、さらに
仕入れを拡大するとしており、MSA導入による効果は少なからざるものがあるよ
うだ。

 現在、消費者の認知度を向上するため、テレビ、ラジオ、雑誌や新聞などの媒
体を通じて消費者への普及活動が行われている。「MSAのコンセプトを消費者に
正しく伝えることが、初期段階の大きな課題」とMLAのブランカーMSA製品マネ
ージャーは語っているが、ラベルの認知度が高まれば、消費者のリピート率は今
後、加速度的に向上する可能性もある。
sidney.gif (54569 バイト)
【食肉専門店での販売風景(シドニー市内)】
super.gif (52016 バイト)
【MSAによるスーパーでの販売スタイル】

4 今後の展望

(1) プレミアムと財源

 生産者課徴金を主な財源とするMLAによって負担されるMSAの開発運営経費の
うち、2001年1月をめどに、主要なものは生産者から小売店までのMSA参加者の
自己負担になることが予定されている。

 MSA制度が商業的に成功するためには、消費者がMSA導入により各段階で生じ
たコストに見合うだけのプレミアムを負担するかどうかが大きな要素になるとみ
られる。

 また、仮に消費者がプレミアムを負担したとしても、肉牛生産者にさかのぼっ
て、相当金額が還元されるかどうかも問題となる。豪州の食品雑貨市場は、大規
模量販店上位3社のシェアが8割もの水準に達しているとする調査もある。これら
の大手量販店の牛肉販売戦略はMSAの成功に少なからぬ影響を及ぼすものとみら
れる。

 一方、と畜加工業者は、MSAについて、小規模経営が多い国内供給専用の業者
はおおむね協力的であるのに対し、輸出向けの比重が高い比較的大規模な業者ら
は静観の構えを見せている。輸出向けと畜業者の中には、独自の基準に基づく等
級分類によって既に販売実績を上げている者も多く、MSA導入にはむしろ消極的
な意見も少なくない。

 MSAのための研究開発や導入運営のための諸経費は、豪州食肉研究開発公社
(MRC)や豪州食肉畜産公社(AMLC)の下で取り組まれていた当時は、生産者、
と畜加工業者、生体輸出業者から強制的に徴収される課徴金を「プール」した財
源から支出されていた。

 業界団体再編後は、と畜加工業者への課徴金は任意となり、その課徴金につい
ては肉牛生産者のものと明確に区分され、支出に関しては、と畜加工業者による
意向が反映されるようになった。

 輸出向けと畜加工業者は、代表団体を通じて、MSAへの資金拠出に難色を示し
ているとも伝えられている。今後、資金的なサポートだけではなく、輸出市場へ
の導入に当たっての対応が注目されている。

 MSA参加者が目先だけにとらわれれば、当面の成否は、消費者の支払うプレミ
アムがどの程度になるかが大きな要素となろう。しかしながら、長期的な牛肉消
費の減少に歯止めをかけるには、MSAは効果的な手法の1つであることは間違い
ない。

 米国のように、牛肉消費量がなし崩し的に鶏肉に追い抜かれる前に、長期的な
展望に立ってMSAを支えられるかどうか、参加者の問題意識がMSA成功の大きな
カギを握るとみられる。


(2)食品安全管理の1つとして

 豪州では、農場段階で化学品などによる食肉の汚染を防ぎ、食品としての安全
性を管理する手段として、ISO9002に則したキャトル・ケアと呼ばれる肉牛生産
段階の品質管理制度が既に実施されている。MSAもまた、キャトル・ケアと同様
に農場段階での生体の履歴を管理するものであり、両制度に重複する点は多い。

 このため、現在、2001年1月からの実施をめどに、キャトル・ケアをMSAの条件
の1つにするよう作業が進んでいる。

 このほかにも類似した制度として、個体を電子標識で管理する全国個体識別制
度(NLIS)がある。NLISは、EU向け輸出基準を念頭に牛の誕生からと畜場までの
履歴を耳標などで管理するものであり、MSAに組み込むことによって、肉牛生産
者に対するフィードバックの1つの手法として期待されており、関係者による調
整が続いている。

 なお、枝肉データなどの生産者へのフィードバックには、枝肉映像を取り込み
コンピューターで自動格付される技術「VIA scan」の応用も研究されている。
「VIA scan」はコンピューター分析による格付作業の簡略化と客観性の向上のみ
ならず、オンラインでの肉牛生産者への枝肉情報のフィードバックを可能とする
技術として期待されている。


(3)輸出市場に向けて

 MLAのウェブスター部長は、4、5年前に日本や韓国で同様の試食テストを行っ
た結果、豪州人の「舌」と大差なかったことから「輸出市場でも成功すると信じ
る」と語っている。

 しかしながら、MSA格付対象は30ヵ月齢以下に限定されることから、現行制度
下では一般に枝肉重量300kg以上から生産される日本向けのグラス・チルド牛肉
は、ほとんどが等外(格付対象外)に分類されることになる。

 現在、日本や韓国など輸出市場へのMSA導入を念頭に、日本人と豪州人の「舌」
の徹底比較、脂肪交雑のスコアの高い牛肉や骨化の進んだ(高齢)牛肉の食味品
質試験などの研究が続けられている。

 豪州肉牛生産者協議会のトゥイー専務理事は「日本はその消費や輸出の動向か
ら見て牛肉市場としては成熟しているのに対し、韓国は今後の輸入自由化を背景
にまだ拡大途上にある市場であり、米国産との競合上もMSAを根づかせたい」と
し、生産者サイドとしては1日でも早く輸出市場へ導入されるよう後押ししてい
くとしている。

 ウェブスター部長は、個人的な希望との前置きながら「年内には国内を完了し、
2001年には海外市場での導入を目指したい」としている。しかしながら、具体的
にどのような方法で、特にMSAは小割部分肉ベースでの格付けであるだけに、対
日輸出の相当量を占めるチルド・フルセットの取引形態にどのように組み込んで
いくのか注目されるところである。


おわりに

 これまで、日豪の食肉関係者に対し、牛肉の中で個人的に最もおいしいと思う
部位はと尋ねたところ、ほんとんどが「リブ・ロース(キューブ・ロール)」ま
たは「みすじ(オイスター・ブレード)」という回答であった。MSAのCMQ4ス
コアに照らしてみても、この2つの部位は高く位置付けされている。

 この2つの部位に共通するのは、比較的に脂肪交雑が入り易い筋肉によって構
成されることである。しかしながら、脂肪交雑は、肉質に対するMSAの食味品質
の構成要素として比較的低くレイティングされている。

 これを裏付けるかのように、米国で発表された説では、牛肉の軟らかさは脂肪
交雑とは関係なく、むしろ遺伝的な要素が大きく、そのほかに飼料や、と畜まで
に受けた生体へのストレスなどが影響するとのことである。米国の格付けは、個
体の成熟度と脂肪交雑の相関によって、基本的には若く脂肪交雑の量が多い枝肉
ほど高ランクに格付けされる。新たな説は、米国の格付制度の基本的な要素に疑
問を呈したものであり、研究の進展が注目されている。

 わが国では、少なくとも牛肉の価格は脂肪交雑によって大きく左右される傾向
にある。筋肉ごとに「軟らかさ」が異なることは明白であるが、わが国の調理方
法に多い、薄切りスライスを用いた牛肉料理にとっては、濃厚なソースが添えら
れるステーキとは異なり、脂肪交雑によってもたらされる風味は比較的重要な食
味要素と思われる。また、「ハラミ」など独特の「歯ごたえ」を持つ部位を楽し
む焼き肉ファンも多い。

 輸出に向けて、MSAがどのような形で日本人の「舌」に挑戦してくるのか興味
深いところである。

 おいしさを含め消費者のニーズは、時代や人種構成、時々の流行などによって
日々変化していくはずである。

 これに関して、MLAのウェブスター部長は「現在も、消費者を対象とした試食
試験は続いており、既にそのサンプル数は25万例を超えている。今後も継続的に
消費者の「舌」をモニターし、データ・ベース化することにより変化に対応して
いく」としている。

 ある老齢のキャトルマンは、現在の牛肉について「今の牛肉(若齢仕上げ)は、
水っぽくて味がない。牧草の風味をたっぷりと含んだ黄色の脂肪が醸し出すフレ
ーバーがあってこそ牛肉」と昔を懐かしんでいた。このような意見は、イヤリン
グと称される1〜2歳、生体重200kg前後でと畜し、生産される牛肉が国内消費の
大勢を占める今日、少数派であるようだ。

 自動車などは、消費者ニーズを取り入れながら次々にモデルチェンジを繰り返
していく。工業製品と牛肉を同列に論じることはできないが、マーケティングと
いう観点からみると、MSAは移り気な消費者ニーズを牛肉生産に反映する有効な
手段の1つでもある。

 最後に、本レポート執筆に当たり、前述のウェブスター部長をはじめとして、
MLAより多大な協力をいただいた。ここに厚く感謝の意を表したい。

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