海外駐在員レポート 

フィリピンにおける食肉の輸入制度とその運用

シンガポール駐在員事務所 外山 高士、宮本 敏行




1 はじめに

 フィリピンをはじめとする東南アジア諸国では、近年の急速な経済成長を背景
として、畜産物の消費量が増加傾向で推移してきた。しかしながら、97年、タイ
の通貨バーツの下落をきっかけに発生した、いわゆる通貨危機は、ほぼアジア全
体を巻き込む経済危機へと発展した。

 フィリピンでは、食肉についてはおおむね自給自足の状態にあるが、ガット・
ウルグアイラウンド(UR)合意に基づき、その市場を一部開放している。通貨ペ
ソの下落による輸入食肉価格の上昇は、食肉消費の低迷を引き起こす原因となり、
生産者と消費者の双方から、国内における食料自給の必要性が強く求められてい
る。また、政府も、経済回復の切り札として、急速に農業保護政策の色を強めて
いるとみられている。

 今回は、東南アジア諸国の中で比較的食肉消費の多いフィリピンにおける食肉
の輸入制度について、UR合意の概要と豚肉輸入制度の運用を改正した米国との協
議、および免税店における食肉輸入の制限について紹介したい。


2 フィリピン食肉産業の概要

 フィリピンは、イスラム教を国教としていないことや、米国文化の影響を強く
受けていることなどから、東南アジアの他の国々と比較して、食肉の消費量が多
いことで知られている。特に豚肉は、同国内で最も好んで消費されている食肉と
なっており、98年は1人当たり消費量で15.5kgと、牛肉の3.9kgや鶏肉の6.8kgに比
べて多いのみならず、1人当たりの国内総生産(GDP)が約30倍のシンガポール
(17.8kg)と比べても、大きな差がない(表1参照)。

表1 東南アジア各国における1人当たりのGDPと食肉消費量(98年)
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 資料:各国政府統計

 近年、食肉の消費量は、急速な経済発展を背景に急増している。表2に食肉の
消費量の推移を示したが、92年と98年を比較すると、牛肉では13万トンであった
ものが21万2千トンと、63%の増加を示しているのをはじめ、豚肉、鶏肉はとも
に30%以上の増加を、また、伝統的に消費されている山羊肉についても22%の増
加を示している。

表2 フィリピンにおける主要な食肉の消費量の推移
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 資料:フィリピン農業省

 この需要の高い伸びを受け、国内生産量も増加傾向で推移している。表3には、
国内生産量の推移を示したが、消費量の増加率と同様の傾向を示している。この
生産量の伸びと消費量の伸びが一致している要因としては、同国の基本的政策が
消費者保護に重点を置いており、比較的低水準の価格を維持するため、食肉の供
給を安定させることを重視していることがあるとみられている(表4参照)。

表3 フィリピンにおける主要な食肉の生産量の推移
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 資料:フィリピン農業省

表4 フィリピンにおける主要な家畜の飼養頭羽数の推移
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 資料:フィリピン農業省

 しかしながら、農家戸数では肉牛農家が約2千戸、養豚農家が約2千7百戸、養
鶏農家は採卵鶏が約1千5百戸、ブロイラーが約2千7百戸と、92年に約1千5百戸で
あったブロイラー農家が72%増加しているのを除き、92年と比べてほとんど変化
していない。これらの農家の多くは、飼養頭数が極めて少ない、いわゆる裏庭農
家によって構成されている。これは、いくつかの大規模な商業ベースの農場は存
在しているものの、同国の畜産業を支えているのは、多くの小規模農家であるこ
とを意味している。この要因について農業省は、肉牛農家については、@飼養管
理技術が低水準にあること、A衛生的なと畜場と冷蔵流通システムが普及してい
ないこと、B疾病対策(特に寄生虫対策)が不十分であること、養豚農家につい
ては、@エルニーニョなどの異常気象により、飼料の供給が不安定で、価格の上
昇があったこと、A口蹄疫が散発する(95年には、ルソン島で大規模発生)など
疾病対策が不十分であること、B公的市場がないことから流通コストが高いこと
などの問題が、商業ベースにおける農家の新規参入を妨げているとしている。ま
た、これらの要因が、フィリピン農業の生産性が低く、世界市場における国際競
争力が弱いと言われる理由にもなっている。しかし、逆にこのことが、養豚およ
び養鶏産業が農家の生活の一部として密着し、豚肉や鶏肉が、都市部でなくても
比較的容易に入手できることから、消費が高くなる理由の1つともされている。

 食肉の小売価格を見ると(表5)、種類によっては10%以上の大きな変動が見
られる年もあるが、全体的にそれほど大きな変動は見られず、おおむね消費者物
価上昇率以下の安定的な価格上昇を示している。特に牛肉においては、94年と96
年に価格が低下しており、92年から98年の6年間でわずか1.8%しか上昇していな
い。これは、それまでの輸入数量制限を、96年から撤廃したことによるものとみ
られている。

表5 フィリピンにおける主要な食肉の小売価格の推移
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 資料:フィリピン農業省

 なお、価格については、大規模生産者と、大規模加工業者や大規模取引を行っ
ているスーパーマーケットなどとの間の取引価格が取引の指標価格とされる傾向
が強く、流通コストと流通マージンの高い小規模生産者にとっては、問題点の1
つとなっている。


3 ガット・ウルグアイラウンド(UR)合意の概要

 フィリピンは、東南アジア諸国連合(ASEAN)の発足当時からのメンバーであ
り、積極的に世界市場への参入を図っている国の1つである。同国は、80年1月に
「貿易と関税に関する一般協定」(GATT)に署名し、GATT加盟国となっている。
また、URについても、当時の100余りの加盟国とともに、94年4月に正式に署名を
行っている。しかし、フィリピン国内における国会での承認はかなり遅れ、96年
に法律(RA)第8178号が成立し、農業省令(AO)第9号も制定されたことで、正
式に発効した。

 UR合意以前における同国は、経済の発展途上国であることから、輸入割当制度
が認められていた。食肉については、割当枠内の関税が、育種改良用の純粋種の
生体などに一部、低税率が適用されていたのを除き、基本的には一律30%となっ
ていた。これは、先に述べたように、供給安定による消費者保護政策という基本
政策を反映していたためとみられている。

 同国のUR合意概要は、次の7点にまとめられる。

 @輸入許可制度や可変関税の徴収など、非関税手法の付加の禁止
 A食肉などに適用されている現存の輸入割当制度の関税化
 B定率関税の採用
 C関税率の引き下げの実施
 D世界貿易機関(WTO)に非協調的な生産補助金の削減
 E輸出補助金の削減
 F国際的な検疫・衛生基準への調和

 なお、Aについて、コメは輸入割当制度を10年間継続する例外が認められてお
り、Dについても、農業全体における生産補助金は10%水準を維持することが認
められている。Eについては、同国は輸出補助金の制度がなく、既にクリアして
いる。

 現在、食肉の輸入については、Aに基づき、それまでの輸入割当制度が撤廃さ
れ、すべてを関税化している。しかし、食肉、特に豚肉と鶏肉については、比較
的価格が安く、料理の種類が多いことなどから、国民のし好性が高いこともあり、
同国における重要な農業分野の1つとされ、UR合意において一定の保護策が取ら
れることとなった。保護の対象品目は、畜産関係では、豚肉と鶏肉のほか、同国
で伝統的に消費されている山羊肉、これら家畜の飼料となるトウモロコシがある。
農産物としては、このほかにジャガイモ、コーヒー豆、砂糖、コーヒーエキスの
4品目があり、合わせて8品目について保護策がとられている。これら8品目にお
ける保護策として、UR合意以前の輸入割当制度を関税相当量に換算して、65〜80
%の高関税率の設定が認められているが、その代わりに、ミニマムアクセス数量
(MAV)割当を国内需要量の3%に設定して、この枠内については、低関税率
(30〜50%)での輸入を可能とすることとなっている。食肉の多くは枠内関税率
を30%に設定しているが、生きた鶏については40%、鶏肉については50%と、95
年までの輸入割当制度時の関税率30%を超えて設定されている。

 食肉のうち水牛肉を含む牛肉については、重要な品目として扱われてはいるが、
豚肉や鶏肉に比べて価格が高いことや、近年消費の増加しているハンバーガー用
の食材として輸入品が求められていることから、実行上はMAV割当からは外され
た形となっている。この結果、牛肉価格の急速な低下と消費量の急増が見られて
いる。

 また、生体の馬、牛、豚、山羊、鶏とコメについては、輸入の際に農業省の動
植物検疫証明など、フィリピン政府機関の発行する書類を必要とすることから、
これら書類の発行数を制限することで、事実上の割当が行われている現状にある。

 なお、重要な農産物におけるUR合意の概要は、表6の通りとなっている。

 この合意内容について、農業省は、98年に導入された多くの部門におけるMAV
導入などの市場開放が、現在の混乱した状態を招いたとしている。これは、輸入
割当が維持されたコメなど、国内保護が強く打ち出されていた穀物分野において、
エル・ニーニョなどの異常気象により、MAV枠を拡大して輸入を行わなければな
らない状況となっている一方、食肉については、冷凍品よりも生鮮・冷蔵品の方
が好まれることや、通貨危機により輸入食肉の価格が上昇したこともあり、牛肉
を除いてMAV枠をほとんど消化していないなどの状況にあるとみられている。

 UR合意後のこうした状況から、2004年までの同国における合意期間終了までに、
さらに農業に対してマイナスの影響が見られた場合、次回の交渉でのこれまでの
立場を変えざるを得ないという微妙な問題があるとみられている。

表6 重要な農作物のUR合意におけるMAVの概要
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 資料:フィリピン農業省


4 米国との豚肉に関するGATT22条協議をめぐる動き

(1)養豚農家による農産品輸入法に対する強い反対

 96年に、フィリピン政府はUR最終合意を受け入れるため、それまでの輸入割当
制度を廃止して、MAV制度に基づく特恵関税を導入し、農産物の輸入自由化につ
いての実行を決めた。これに基づき、96年農業省令第9号(96年AO9)がMAV制
度の約束の実行を管理する規則として、96年7月に公告された。

 しかしながら、全国養豚協会(National Federation of Hog Farmers Inc.:NFHFI)
 は、WTOにおいて農産物輸入の自由化を行ったことは、「公共の利益を守る」こ
とに失敗したも同然と政府を批判し、マニラ地方裁判所に対して、輸入自由化を
無効とする訴訟を起こす動きに出た。

 これを審議したレイ裁判官は、96年AO9の実施をしばらく見合わせるという、
禁止命令を発表した。この禁止命令の範囲には、豚肉のみならず農産物全体のWT
Oにおけるフィリピンの約束に基づく、農産物輸入自由化のための合意内容も含
まれていた。また命令は、MAV制度の下でのより低い関税率において行われる農
産物の輸入を禁ずるもので、食肉、トウモロコシそのほかの農産物について、M
AV枠外での関税による輸入のみを認めることとなるものであった。

 この対策として農業省は、養豚農家に、枠内関税率35%での輸入ができるトウ
モロコシのMAV枠30万トンの配分を行うこととした。禁止命令の結果として、養
豚農家は、80%のMAV枠外の関税を支払うこととなり、トウモロコシの輸入で、
4,254万ペソの損失がもたらされたとされている。

 当時のエスケデロ農業長官は、97年AO8を、96年AO9の改正として公告した。
その内容は、MAV制度に基づく農産物の低関税による輸入を管理するものであっ
た。

 しかしながら、この改正に、米国は満足しておらず、WTOに対してフィリピン
に対する2国間協議の実施要請を提出することとなった。


(2)米国の主張

 米国政府は、フィリピンが豚肉などをはじめとする重要な農産物に対するMAV
制度の導入に関する規則について不満を持っており、最終的に話し合いでの友好
的な問題解決を行うか、それともWTOにおいて論争を行うかを決めるため、WTO
本部のあるジュネーブでフィリピン政府と会見することを望んだ。

 WTO紛争解決機関の第1回目の会議は、97年10月に予定された。米農務省(US
DA)と米通商代表部 (USTR)の代表者で構成された交渉担当者は、97年AO8が
GATTの市場アクセスについての条項に違反するかどうかについて、米国政府と
しての意見を取りまとめていたが、結論としては、新しい規則である97年AO8に
ついては、問題があるとの結論に達した。

 その原因は、フィリピンの96年における豚肉の輸入量があまりにも少ないこと
であった。米国政府は、この少ない豚肉輸入量の背景には、フィリピン政府のM
AV制度と割当規則を規定している97年AO8があるとした。なお、MAV割当枠数量
とその消化率については、表7に示した通りとなっている。

表7 MAV割当数量と消化率
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 資料:フィリピン農業省
 注1:naは欠測値
  2:97年の冷凍牛肉は通常枠57,054トンと緊急枠29,000トンの合計である。
  3:98年のコーヒー豆は通常枠1,060トンと緊急枠5,000トンの合計である。

 米国は、97年AO8に関して、@97年AO8の下で、積極的に豚肉を輸入しないM
AV枠保有者について、未使用枠の没収が実際に行われなかったこと、A97年AO
8の罰則システムが実態に合わず、MAV制度の下では、未使用割当の再配分先は、
MAV割当を保有している者でなければならなかったこと、B97年AO8の未消化枠
に対する罰則対象割合を50%から80%に引き上げるべきであることという、3つ
の問題点を挙げていた。


(3)フィリピンの対応方針

 フィリピン農業省は、米国との2国間協議に向けて、鶏肉、家畜およびトウモ
ロコシ部門に対する短期、中期、そして長期的解決のための対応方針を、当時の
ラモス大統領に提出することとした。このため、これらの3部門の指導者は、輸
入措置への対抗策などについて、具体的な提案を導き出すための会議を開催した。

 会議で提案された短期的な解決の1つは、98年第1四半期のMAV枠であった。こ
れは、98年における約15万5千トンのトウモロコシのMAV枠とは別に、 MAV枠と
同じ98年4〜6月の期間に使用可能である低関税率での輸入枠を増やし、上記の3
部門に割り当てるというものであった。 この措置は、先にも述べたように、エ
ル・ニーニョ現象によりトウモロコシの国内生産量が減少したことによる供給不
足を補うためのものでもあった。会議の出席者は、フィリピン飼料工業会(PAF
MI)のようなトウモロコシMAV枠割当団体に属していない小規模なトウモロコシ
ユーザーに対しても、全国飼料機構(NFA:National Food Authority) を通じて、
MAV枠でのトウモロコシ輸入が可能となるようにすることを提案した。しかし、
計画した約30万トンのトウモロコシの輸入特別枠は、97年後半に発生した通貨危
機によるペソの大幅な下落のため、使われることなく終わった。だが、トウモロ
コシ部門の代表者は、MAV枠の一部増枠と、民間が直接輸入することができると
いう措置の導入は、改革という面からは成功であったと評価している。

 もう1つの短期的な提案は、MAV制度を撤廃して、特別セーフガードのように、
輸入急増時には関税率を上昇させる可変的な関税率の設定であった。

 中期的(98年7月〜99年12月)な提案は、大麦、飼料小麦、ライ麦、エン麦、
タピオカその他の穀物を含むすべての家畜飼料原材料を、トウモロコシの代用品
として位置付け、これらの関税率を10%に下げることである。また、もう1つは、
国内価格、国際市場価格と為替レートを考慮に入れた、トウモロコシの変動相場
関税の概念であった。これは、上記3つのパラメータの変化によって、トウモロ
コシの関税率を随時ペソベースで変更させるというものである。具体的には、1
ドル=34ペソ の為替レートにおいて、1kg当たりの国内価格が7.80ペソ(1トン
当たり229.41ドル)で、国際価格が1トン当たり140ドルの場合、関税率を63.87%
にするというものである。

 長期的(2000年〜2002年)な提案としては、フィリピンのトウモロコシ生産量
を、2000年におけるタイの水準にまで増加させることである。


(4)両国における豚肉問題協定への署名

 98年2月にワシントンDCで行われた2国間協議で、両国はフィリピンの豚肉貿
易規則に関し、最終的に妥協して覚書に署名した。

 この覚書では、豚肉などの重要な農産物を含めたMAV制度を維持すること、
農業のMAV制度に基づく輸入定数の消化率を上昇させること、フィリピン政府が
97年AO8の規定を改正するという約束が含まれていた。その代償として、米国政
府は、WTOの紛争解決パネルに苦情を提訴しないこと、約10億ドル(約1千1百億
円:1ドル=約109円)ともいわれている、特恵関税システム(GPS)の下でのフ
ィリピンの輸出関税割引特典をフィリピンに引き続き付与することを約束した。

 MAV定数の割当を管理する97年AO8は、98年2月のAO1により改正されて、MA
V枠割当の消化率が70%に達しない場合は、罰則が課せられることとされて現在
に至っている。


5 免税店における食肉輸入の制限措置をめぐる動き

(1)免税店における食肉輸入制限措置の概況

 豚肉、鶏肉および牛肉は、フィリピンにおいては重要な農産物で、安価な輸入
品から国内の生産農家を守るための措置として、UR合意に基づきMAV制度が導
入されている。しかし、同国では、米軍基地のあった場所に免税地域を設定し、
米軍人用に販売する品物を無税で輸入して、その地域の中で販売を行うことが認
められていた。この免税品の中には、これら食肉およびその加工品も含まれてい
る。

 農業省によると、免税店におけるこれらの食肉の輸入は、MAV制度による低関
税率での輸入数量には含まれておらず、分類上は一般の輸入と同じ扱いとなって
いる。これについて農業省は、農業分野における生産効率と国際市場における競
争力の向上を促すことを目的としており、MAVの基本的な考え方と一致している
ものであるとしている。

 しかしながら、近年の免税店における食肉などの輸入シェアは急速に増加し、
総輸入量に対して不釣り合いともいえる状況となっていた。これらの輸入シェア
は、99年において豚肉で11%、鶏肉で33%、牛肉で9%となっていた。

 畜産農家は、これら免税店における食肉などの輸入があまりにも多すぎるばか
りか、それらの販売が許可されていない免税地域外での販売などの違法行為が、
国内生産に影響しているなどとして、政府に対して食肉などの免税輸入の禁止を
要望していた。

 これを受け、アンガラ農業長官は99年9月9日、免税店における食肉などの輸入
制限措置をとるとともに、経済特区など免税地域以外で免税輸入品の販売の有無
について監視することを命じた。ただし、経過措置として、99年9月30日以前に
フィリピンに輸入されるものは除かれた。


(2)免税店における食肉輸入量の異常な増加

 97年における鶏肉の輸入量は約2,770トンであるが、そのうち9割近くが米国産
(1,200トン)、カナダ産(593トン)、中国産(320トン)で占められた。これら
の多くは、UR合意に基づいて設定されているMAV枠内として輸入されたものであ
る。枠外でこの輸入された鶏肉のうち、少なくとも580トンは免税品店によるも
のである。

 98年は、鶏肉輸入量が3,655トンに増加し、米国産が1,809トンと引き続き最多
で、カナダ産が1,080トン 、豪州産が310トンと続いている。この年の免税店によ
る輸入量は1,200トンとなり、97年に比べて2倍以上の増加となった。

 免税店による輸入量が急増したほかに、フィリピンブロイラー協会(PABI)は、
輸入者のシェアの変動を問題点として挙げている。鶏肉全体の輸入量は、98年が
前年比32%増となっているが、その輸入者別の動向を見ると、食肉加工業者が11
%減少している一方で、商社と小売業者が前年比78%も増加している。この結果、
98年は、商社と小売業者による輸入量が、鶏肉輸入量全体の65%を占めるまでに
増加している。同協会は、食肉加工業者による輸入は、加工品製造の原材料とな
ることから、直接、鶏肉価格を引き下げるなどの国内市場への影響はないが、商
社や小売業者による輸入は、冷凍鶏肉などの形で小売販売されることから、国内
市場に大きな影響を及ぼすことになるとしている。

 フィリピン農業省畜産局(BAI)によると、99年第1四半期のみでは、輸入冷凍
鶏肉8,400トン分の隔離許可書あるいは動物検疫証明書が発給されており、うち5,
400トンが米国産と豪州産であった。この数量から見て、BAIは少なくとも2,600ト
ンが第1四半期内に輸入され、残りの5,800トンについても、その1ヵ月後には全量
輸入されると予測していた。

 なお、99年の鶏肉輸入量は、農業省によると、24,701トンと推計されており、
前年に比べ7倍近くと急増している。また、99年の鶏肉のMAV枠は17,746トンで、
枠内の関税率は45%、枠外は60%となっていた。

 この免税店の鶏肉輸入の急増により、養鶏農家は大きな影響を受けることとな
った。国内の鶏肉生産の大部分を扱っているPABIによれば、国内での鶏肉生産コ
ストが、1kg当たり36〜40ペソ(約99〜110円)であるのに対して、免税店での販
売価格は、生鳥で1kg当たり41ペソ(約113円)、中抜きでも1kg当たり65ペソ
(約179円)で、この価格で首都マニラ市内のスーパーマーケットなどでも販売
されるようになったことから、農家販売価格が生産コストを下回る状況となって
いた。


(3)免税店における食肉輸入の禁止と米国の反応

 エストラーダ大統領は、米軍基地の跡に設置したクラーク経済特区とスービッ
ク湾自由港のエリアの中で免税品の販売を制限しても、既に多くの免税品がマニ
ラ市内のスーパーマーケットに流出しているという状況から無意味であると考え、
鶏肉、豚肉および牛肉の免税店による輸入禁止措置を打ち出した。この措置では、
免税店における鶏肉の輸入限度数量を月間830トンとし、免税店に対する動物検
疫証明書の発給権限を畜産局長から農業長官に格上げし、監督の強化を図ること
とした。

 アンガラ農業長官は、免税店による食肉輸入を禁止することにより、国内の畜
産農家が、免税店を通じて安く輸入された食肉とその加工品などの違法販売によ
る不公平な価格競合から守られる必要があることを強調した。国内の養鶏業者は、
免税地域で輸入されたのちにマニラ市内のスーパーマーケットに流出した鶏肉が、
99年第1四半期に小売価格を1kg当たり99ペソ(約273円)から70ペソ(約193円)
へと、およそ30ペソ近くも押し下げたとしている。

 農業省によると、WTOでは免税品店の設置に、加盟国の同意を必要としないこ
とから、それぞれの国が自国の免税店についてのすべての司法権を持っている。

 免税店による食肉の輸入禁止措置について、フィリピンの鶏肉輸入量の最大の
シェアを誇る米国は、在マニラ米国大使館を通じて、これはフィリピン政府が国
内の養鶏農家を保護するためのもので、米国は、フィリピン大統領府の決定を尊
重するとのコメントを発表している。

 米国大使館は、この措置が国内に関するものであり、この措置についてはフィ
リピン政府がすべての権限を持つものであることを認めている。さらに、米国大
使館は、この措置がWTOの自由貿易規則に違反していないことを認め、特段の抗
議はしなかった。

 なお、2000年2月から、国内の畜産農家への影響が少ないと判断された免税地
域内のホテル、レストラン向けの高級牛肉については、一部緩和措置が取られて
いる。


6 おわりに

 フィリピンは、いわゆる発展途上国ではあるが、ASEAN発足当時からのメンバ
ーであるなど、積極的に世界市場への参入を図っている国の1つである。また、
歴史的な背景から、ASEAN諸国の中では米国の影響を強く受けたこともあり、食
肉消費量の多い国である。しかしながら、今回報告したように、内外の要因によ
って食肉の輸入制度の変更を余儀なくされているなど、UR合意後も畜産政策が不
安定な情勢となっている。

 現在の農業政策のかじを取っているアンガラ農業長官は、98年の大統領選挙に
おいて、エストラーダ大統領の副大統領候補の座を野党勢力と争ったうちの1人
であり、その手腕を買われて昨年農業長官に就任した農政通の政治家である。同
長官は、同国における農業の重要性と貧困者対策としての農業振興を政治公約に
掲げている同大統領の右腕として、今後の活躍が期待されている。その中で、同
長官は次期WTO交渉における目玉として、発展途上国における特恵措置の確保を
掲げ、先進国に対する対抗意識を強めている。最近、支持率に陰りが見えている
とはいえ、エストラーダ大統領のカリスマ的な人気を背景に、同国は国内農業生
産の振興対策を強化していくものとみられていることから、今後の政策が注目さ
れる。


〈参考文献〉

  1  フィリピン農業省畜産局:「The effect of Uruguay Round of 
    Agreement on the Philippine Livestock Industry」 
  2  フィリピン農業省畜産局:「RP-US Accord on Pork Issue」 
  3  フィリピン農業省畜産局:「Ban on the Importation of Meat 
    by Duty Free Shops」

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