海外駐在員レポート 

ニュージーランドの牧畜生産と補助政策

シドニー駐在員事務所 野村 俊夫、幸田 太




1 はじめに

 ニュージーランド(NZ)は、国土面積が2千7百万へクタール(わが国の約4分
の3)と決して広くはないが、放牧を活用した低コスト牧畜生産の国として世界
に知られている。しかし、同国で牧畜生産が開始された当初、これらの放牧地は
ほとんど整備されていなかった。現在の放牧地は、多数の入植者がかん木林など
の原野を切り開きつつ、徐々に拡大改良していったものである。その結果、同国
は、国内への畜産物の供給が精一杯であった状況から2百年余りで国際的な畜産
物の供給基地へと変貌した。今では、生産する畜産物の約9割を輸出するに至っ
ている。

 この間、同国の牧畜生産は順調に発展したと思われているが、実は、困難な時
代も経験している。73年には、旧宗主国イギリスのEC(現EU)加盟によって畜
産物の特恵的な輸出相手先を失った。さらに、これに続くオイルショックや世界
的な景気の後退により、50〜60年代に繁栄を謳歌したNZ経済は、急速に勢いを失
った。

 このため、当時の政府は、農畜産物の生産や輸出の拡大によって経済を再興さ
せようと、積極的な補助政策を導入した。

 NZは、今でこそ世界でも数少ない“補助のない牧畜生産の国”と言われている
が、1970年代から80年代前半にかけては、農畜産業に対する多くの直接的な補助
政策が政府によって実施されたのである。そこで、今回は、かつてNZで展開され
たこれらの政策について紹介してみたい。
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【丘陵地に放牧される羊群】

2 NZの牧畜生産の現状

 NZは、わが国と同様に南北に細長い島国で、険しい山脈もあり、気温、降雨量
などの気象条件の地域差が大きい。しかし、全般的には極端な温度変化等がない
穏やかな海洋性の気候風土に恵まれているため、寒冷な山岳地帯である南島の西
半分を除き、広い範囲で牧畜生産が営まれている。放牧地の合計面積は約1千3
百万ヘクタールに達し、実に全国土面積の約49%、農地面積の約80%を占めてい
る。実際に、牧畜生産の中心地域を訪れてみると、急斜面から丘の頂まで、放牧
地として利用できるところはすべて利用し尽くされているという感じを受けるほ
どである。

 NZの放牧地は、未改良の自然草地が多い豪州とは異なり、長年にわたって改良
された優良な牧草地が大部分を占めている点に大きな特徴がある。また、穏やか
な海洋性気候に恵まれていることもあって、ほとんどの放牧地では家畜の周年放
牧が可能となっている。

 このことは、畜舎における飼養を基本とするわが国と比べると、@酪農におけ
る搾乳施設を除き、畜舎が基本的に不要なため、建設コストがかからない、A牧
草以外の補助飼料の必要性が少ないので飼料コストがかからない、Bふん尿をま
とめて処理する必要性がないので環境対策コストがかからない、C飼料給与、ふ
ん尿処理などの作業が不要なため労働コストが大幅に低減されるなど、数々の経
営上のメリットを生んでおり、極めて低コストの牧畜生産を実現する背景となっ
ている。

 NZは、これらの優良な放牧地と低コスト生産システムを活用して、年間約1千
万トンの生乳、60万トンの牛肉、50万トンの羊肉、20万トンの羊毛を生産し、そ
の約9割を世界各国に輸出している。

◇図1:NZの国土利用の割合◇
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【南島の丘陵放牧地】

3 牧畜生産に対する補助政策

(1)農業開発会議

 NZ政府は、入植開始当初から移民に新規開拓地の割り当てなどを行い牧畜生産
を奨励していたが、1950年代までは、国家財政の面からの制約などもあって、直
接的な補助政策は極めて少なかった。

 しかし、60年代に入ると、牧畜生産に直接的な補助を行い農畜産物の生産輸出
を拡大することにより、国内経済の活性化と貿易収支の改善を図るべしとの意見
が急速に高まった。そして、63年には、農業政策の節目となる農業開発会議 
(The Agricultural Development Conference)が政府によって開催された。
同会議では、牧畜生産の拡大に向けた具体的な施策が検討され、その結果、放牧
地開拓資金の融資、生産資材コストに対する補助など、政府による直接的な補助
政策を導入することが初めて決定されたのである。


(2)農業銀行の設立

 その後、73年には、NZの農畜産物輸出を取り巻く環境を一変させる事件が起き
た。旧宗主国イギリスのEC加盟である。それまで、NZは、イギリスに対し、関税
面などで特恵的な扱いを受けて農畜産物を輸出する権利を享受していたが、これ
により多くの特権を喪失することになった。このため、NZは、アジアなどに新た
な輸出市場を開拓せざるを得なくなり、オイルショックによる世界的な景気の後
退や、ECの輸出補助金に起因する農畜産物の国際市況の低迷にも直面して、極め
て苦しい状況に追い込まれた。

 こうした中、政府は、農業開発会議で決定した各種の補助政策を中心的に担わ
せるべく、74年に、農業銀行(Rural Bank)を設立した。その後、農業銀行は、
84年に政府が農業政策を大転換(後述)するまでの約10年間にわたり、政府の手
足となって、生産者への融資、補助、収入補てんなどの多くの施策を実施するこ
ととなった。

表1 農業銀行による主要な事業実績(75〜83年)
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 資料:Rulal Bank
  注:1NZドル=約54円(2000年4月現在)



(3)家畜奨励計画

 政府が策定して農業銀行が実施した典型的な補助政策として、76年の家畜奨励
計画 (Livestock Incentive Scheme:LIS)が挙げられる。これは、放牧利用
が可能な未利用地を農場内に保持している生産者を対象に、恒久的に家畜頭数を
増加させる計画(放牧地の開発利用計画)を提出した場合には、計画達成を条件
に、増頭数に応じた無利子の融資を行い、併せて、非課税限度額を拡大するとい
うものであった。

 申請資格は、羊経営の場合は1,000家畜単位以上(NZでは、生体重55Kg、枝肉
重量15Kg、羊毛生産量4Kgの雌羊を1家畜単位とし、他の畜種はこれを基準に換算)、
酪農経営の場合は500家畜単位以上(経産牛約65頭以上)を飼養する者とし、計
画期間は1〜3年間、各計画における最低増頭割合は2%(1年)〜4%(3年)とさ
れた。当該事業には、83年までに、約1千4千戸の生産者が参加し、総額約1億
2千7百万NZドル(1戸当たり平均9千NZドル)の融資が行われた。


(4)土地開発奨励ローン

 生産拡大を目指した政府・農業銀行による重要な補助政策の1つとして、78年
の土地開発奨励ローン(Land Development Encourage Loan:LDEL)が挙げら
れる。LDELは、LISと同様に、未利用地の新規開発や、維持管理できずに原野と
化した放牧地の再利用、急勾配傾斜地の放牧地への転換などを奨励する制度であ
ったが、初期投資に必要な資金を融資するだけでなく、長期にわたる安定経営を
保証するため、返済期限を15年に設定したことが特徴であった。

 申請資格は、新規開発面積が10ヘクタール以上で、100家畜単位以上の増加が
見込まれることとされ、申請者は、航空写真を利用した具体的な開発計画や、長
期経営計画の提出を求められた。また、採択に当たっては放牧地の新規開発計画
が優先され、対象となる支出項目は、かん木林の伐採・除去、耕起、牧草種子・
肥料の購入費用などとされた。

 ローンには、融資期間に応じて6〜9%の利子が設定されたが、5年ごとに計画
達成の査定が行われるまで利子の支払いは延期され、その時点で計画達成が認め
られれば支払いは免除された。さらに、5年目からは元本の返済が開始されたも
のの、10年が経過した時点で計画の順調な達成が認められた場合には、元本の半
額の返済が免除されるという極めて有利な条件であった。このLDELによって、83
年までに6,714件の融資が行われ、平均融資額は1戸当たり2万2千NZドル、事業総
額は1億5千1百万NZドルに達した。


(5)土地開発融資

 土地開発融資(Land Development Finance)は、農業銀行が実施した諸施策の
中で、放牧地開拓資金の調達に最も広く利用された事業であり、83年までの融資
件数は約3万6千件、事業総額は約6億8千9百万NZドルに達した。

 融資の返済期限は15年であったが、利子や元本が減免されることはなく、融資
条件はLDELほど有利ではなかった。しかし、放牧地開拓が経営収支に総合的にプ
ラスに働くと見込まれる限り融資が認められ、牧さくや関連施設の建築費なども
融資の対象として認められたため、大量の申請が行われた(施設建設コストは後
に融資対象から除外された)。


(6)肥料関連コストに対する補助

 放牧地の大部分が未改良の自然草地である豪州とは異なり、国土面積が限られ
ているNZでは、長年にわたって放牧地への施肥と草地改良が精力的に行われてき
た。したがって、投入された肥料の数量も膨大であり、その購入と運搬のコスト
は牧畜生産の経営に大きな影響を及ぼすほどの要因となっていた。

 このため、政府は、64年にリン酸塩肥料の購入費用に対する課税免除措置を開
始し、翌65年には、農業開発会議における決定に基づいて、一定距離(50Km)を
超える肥料輸送コストの3分の2を補助する施策を導入した。

 さらに、70年には、肥料価格の高騰と農畜産物価格の低迷という悪条件が重な
り、生産者が苦境に陥ったことから、肥料メーカーに対する補助が開始された。
これにより、政府は、生産者への肥料販売価格を凍結することを条件に、肥料メ
ーカーに対して製造コストの一部を直接支払うこととなったのである。


(7)最低価格保証制度

 NZの牧畜生産は、輸出依存度が極めて高いため、イギリスという特恵的な市場
を失った後は、畜産物国際市況の影響を直接に受けることになった。このため、
国際市況の変動にかかわりなく生産者の収入を安定させることが、牧畜生産を発
展させる上で重要な政策課題となっていた。

 政府によって78年に導入された最低価格保証制度(Supplementary Minimum 
Prices:SMPs)は、この課題を解決すべく、主要な農畜産物にそれぞれ最低販売
価格を定め、それを下回った場合は政府または各生産者ボードが生産者にその差
額を直接補てんして生産者の手取りを保証する制度であった。

 SMPsの対象品目となったのは、羊毛、羊肉、牛肉および乳製品で、それぞれ
に政府最低価格とそれより低い生産者ボード最低価格が定められ、両価格の差額
分までは政府が、生産者ボード最低価格を下回った分については生産者ボードが、
それぞれ補てん金を支払うこととされた。その際、生産者ボードによる補てんは、
農業銀行からの借入れを財源として行われた。

 SMPsは、NZの牧畜生産を畜産物の国際市況の変動から保護する政策として効
果的に機能した。しかし、国際市場から人為的に隔離され、かつ、多くの補助を
受けるようになったNZの牧畜生産者は、次第に生産性向上意欲を喪失し、国際
競争力を低下させた。NZ農林省によると、同国の農業補助率(総生産額に対す
る補助の割合)は、79/80年度の15%から、82/83年度には33%に増加したとさ
れている。

 また、SMPsの対象品目のうち、羊肉および牛肉については、輸出向け最低販
売価格が国内向け価格より低く設定され、実質的な輸出補助制度として機能した
ため、国際貿易をゆがめるものとして批判を受けた。


(8)かんがい事業とその他の補助政策

 上記の他にも多くの補助政策が牧畜生産に対して実施されたが、かんがい事業
への補助もその1つであった。政府は、全国53ヵ所の地域かんがいプロジェクト
を直接実施して維持管理にも携わったほか、75年には農場内にかんがい施設を設
置する生産者に当該コストの3分の1を補助する制度も導入し(78年には補助率を
50%に引き上げ)、放牧地の拡大と改良を奨励した。

 また、これら以外にも、放牧地から家畜に有害な植物を除去するコストに対す
る補助、小型飛行機で急傾斜地に肥料を散布する場合の作業コストに対する補助、
さらには負債整理が困難になった生産者に対する特別融資などの補助政策が実施
された。
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【小型飛行機による肥料散布】


4 補助政策の効果

(1)新規放牧地開拓面積が増加

 上記のとおり、80年代前半まで、政府は牧畜生産の拡大を目指して多くの補助
政策を実施したが、その顕著な効果としては、新規放牧地の開拓面積が増加した
ことが挙げられる。新規放牧地の開拓面積は、これらの施策に伴って次第に増加
し、81〜83年にかけては年間30万ヘクタールを上回る水準に達したのである。こ
れが、政府による積極的な拡大政策の効果によるものであったことは、84年に政
策転換(後述)が行われて以降、新規放牧地の開拓面積が急激に減少したことに
示されている(図2)。

◇図2:NZの国土利用の割合◇

 一方、NZでは、入植開始以来、国を挙げて放牧地の開拓に努めてきた経緯もあ
って、60年代には、有利な条件が整った放牧地の拡大は既に限界に達していた。
したがって、補助政策によって新規開拓が進められた反面、燃料や農業機械など
国外からの輸入に依存する投入資材コストが上昇する中で、急傾斜地や乾燥地域
など維持管理コストがかさむ条件不利な既存放牧地は放棄されるケースも多くな
っていた。また、宅地化の進展や、植林面積の増加なども、土地の利用形態に影
響を及ぼす要因として無視できないものとなりつつあった。これらの要因は、放
牧地の新規開拓が進められた一方で全体の放牧地面積が伸び悩んだ理由として挙
げられている。

表2 放牧地等の利用面積の推移
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 資料:Statistics New  Zealand


(2)羊の飼養頭数が大幅に増加

 80年代を通じた家畜飼養頭数の推移を畜種別に見ると、羊頭数が大幅に増減し
たことと、肉牛頭数が減少したことが特徴的に示されている。このうち、羊頭数
が80年代前半に大幅に増加した背景には、LISやLDELによる新規放牧地開発の促
進や、SMPsによる羊毛・羊肉の価格維持が、顕著な生産拡大効果を挙げた結果と
みなされている。一方、同時期における肉牛頭数の減少は、これらの政策によっ
て、主に肉牛から羊へと生産の転換が進んだためと考えられている。

 なお、羊飼養頭数は、80年代後半になると大幅に減少したが、これは、輸入に
依存する農業投入資材コストの上昇が羊生産の収益性を全般的に圧迫していた中
にあって、84年の政策転換(後述)による各種の補助政策の撤廃が、条件不利な
放牧地を多く抱える羊生産に最も大きな経済的ダメージを与えたためと考えられ
ている。

◇図3:家畜飼養頭数の推移◇


(3)畜産物の生産性が確実に向上

 NZ政府は、各種の直接的な生産拡大政策を実施する一方で、生産性向上に向け
た多くの試験研究や技術開発を推進させ、その成果を還元する努力を続けた。そ
の結果、単位面積当たりまたは家畜1頭当たりの生産性は確実に向上した。60/
61年と95/96年を比較した場合、羊1頭当たりの羊毛・羊肉生産量は約4%、乳牛
1頭当たりの生乳生産量は同47%増加したとされている(羊毛・食肉・酪農ボー
ド資料)。

 また、放牧地の畜種別用途を見ると、羊・肉牛への利用面積が減少したのに対
して酪農の利用面積が増加しており、放牧地の改良が促進され、羊・肉牛から酪
農へと経営の転換が進んだことが示されている。政府による積極的な拡大政策は、
新規放牧地の開拓のみならず、既存放牧地の改良の面でも効果を発揮したと言え
よう。
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【改良草地に放牧される牛群】

5 政策転換で補助撤廃へ

(1)規制緩和と市場原理を導入

 NZでは、84年、約9年ぶりに政権が交代した。労働党による新政権は、悪化の
一途をたどっていた財政の再建を至上課題とし、農畜産業に限らずあらゆる産業
分野で徹底的な規制緩和と市場原理の導入を柱とする政策転換を行った。NZド
ルの切り下げと変動相場制への移行という通貨政策で始まったこの改革は、港湾
荷役など物流の規制撤廃・合理化、各種国営企業の民営化など一連の施策へと引
き継がれていった。

 農業銀行による牧畜生産への補助政策も、ほぼ全面的に撤廃された。特に、高
値に維持されて国際競争力を失った羊肉在庫が累積するなどの悪影響が露呈し、
規制政策による弊害として厳しく批判されたSMPsは羊毛を除き直ちに撤廃された
(羊毛は89年に撤廃)。

 税の公平負担と公共サービス受益者負担の原則が農業政策にも貫かれ、生産者
への各種の優遇金利や課税減免措置、肥料などの生産資材への補助がすべて撤廃
された。政府が直接管理運営していたかんがい施設も民営化または地方に移管さ
れ、それまで無償で供給されていた農業用水が投入コスト試算に基づいて有料化
された。そして、89年には、各種の補助政策を担っていた農業銀行そのものも、
民間金融機関に売却された。

 こうして、80年代前半までNZの牧畜生産を支えてきた数々の政府による補助政
策は、評価されるべき功績を残しながらも、国家財政の再建という至上命題によ
って撤廃を余儀なくされたのである。


(2)研究開発の体制を一新

 政策転換に伴い、技術開発に携わっていた各種の試験研究機関も大部分が民営
化され、研究開発費の受益者負担が進められたほか、自主運営が困難な機関の多
くは廃止されるなどの合理化・再編が進められた。

 改革後、政府の試験研究政策を担うことになったのは、89年に新設された調査
科学技術省(MoRST)である。同省の主要な役目は、管轄大臣に調査研究費の配
分を含む政策全般に係る助言を行うこととされた。政府の調査研究費は、年間約
3百万NZドルに上る産業製品科学技術対策費(PGSF)が大部分を占めている。90
年に設立された調査科学技術財団(FoRST)は、実際に各研究機関への調査研究
費の配分を取り仕切る役割を担わされた。

 92年には、調査研究機関の整理統合が完了し、最終的に法律に基づく9つの王
立研究所(CRIs)が設立された。このうち、牧畜生産に最も関係が深い研究を行
うこととなったのは、NZ草地農業研究所(通称AgResearch)であった。
AgResearchは、農業省の一部から独立したもので、草地改良や家畜改良など、
主に牧畜生産全般に関わる調査研究を担わされた。97/98年度のAgResearch
の調査研究予算は約9千4百万NZドルで、9つの王立研究所の中で最も多く、この
うち、約59%が政府のPGSFからの支出、残りの約41%は民間からの拠出金であ
った。民間からの拠出金の割合は、すべての研究機関で増加しつつある。

 また、AgResearchは、酪農、牛肉、羊毛などに特化した事業を行う子会社を
7つ設立したが、このうち、酪農研究公社(DRC)は、AgResearchとNZデイリ
ーボードが50%ずつの資金を拠出して設立したものであり、酪農生産システム、
酪農飼料生産、乳質改善などの各調査研究を実施している。


(3)牧畜生産者に課せられた試練

 農産物価格支持制度や生産コスト補助の撤廃、それに調査研究事業費の受益者
負担増加は、これらへの依存を高めていた牧畜生産者の経営を大幅に悪化させ、
負債整理が困難となる生産者が続出した。85〜88年には、NZドルの為替レートが
上昇し、輸出依存度の高い産業にさらなる打撃を加えたため、牧畜生産者は一層
深刻な状況に追い込まれた。一連の改革の成果がようやく表れたのは、農畜産物
の国際市況の回復に伴って生産者の収益が回復の兆しを見せた89年以降になって
からのことであった。

 ちなみに、昨年来、NZデイリーボードを含む乳業セクターの改革が注目を集め
ているが、実は、これも84年に開始された社会経済改革の延長線上に位置付けら
れるものである。酪農生産段階の補助や規制の撤廃がほぼ貫徹された現在、次は
加工流通段階の規制にメスが入れられようとしている。こうして見ると、NZで現
在進められつつある大規模な乳業改革が必然的なものとされる背景が理解されよ
う。
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【ミルキングパーラーに向う乳牛】

6 おわりに

 今回は、畜産物の国際供給基地であり、“補助のない牧畜生産の国”とされる
NZでも、かつては牧畜生産に対して多くの補助政策が実施されたことを紹介し
た。

 これらの補助政策は、80年代前半に顕著な効果を挙げたものの、政府の政策転
換によって大部分が撤廃を余儀なくされた。しかし、NZの牧畜生産は、これによ
って厳しい国際競争に直面させられたにもかかわらず、その危機を見事に乗り切
り、今日まで発展を続けることができた。その大きな要因として、生産者や試験
研究者の多大な努力もさることながら、基本的に低コストの生産が可能な自然条
件に恵まれていたことが挙げられるだろう。国土の約半分が周年放牧に利用でき、
必要な粗飼料を充分に自給できることは、牧畜生産にとって大変なアドバンテー
ジであることは間違いない。

 NZは、今後も、この基本的な利点を活かし、国際市場で輸出国としての地歩
を強固に確立していくと思われる。世界貿易機関(WTO)交渉をはじめとする国
際貿易促進の動きは、その強力な追い風になるに違いない。NZの酪農乳業にと
って、今後の課題は、@国際市場の動向により柔軟に対応できる組織体制を整え
ること、A高付加価値製品部門の比重を高めること、B自国の枠にとらわれない
多国籍な事業活動を拡大することであろう。現在、進められている酪農乳業改革
は、これらの課題を解決する方策として期待されている。
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【山岳地域で放牧される羊群】
 畜産業を取り巻く諸条件は、各国それぞれ多様である。NZも、放牧を利用した
低コストの牧畜生産に適した諸条件に恵まれている一方、国土面積の制約という
克服しようのない弱点を抱えていることは既に述べた。

 わが国の農畜産業を取り巻く諸条件が、NZよりもはるかに厳しいことは言うま
でもない。しかし、農畜産業の将来を左右するWTO交渉が開始されようとしてい
る今、各国における諸条件の違いやその背景などについて理解を深めることは重
要なことだと思う。

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