海外駐在員レポート
豪州北部の大規模肉牛経営の特徴と概要
シドニ−駐在員事務所 野村 俊夫、幸田 太
豪州の肉牛生産は、その平均経営規模がわが国より遥かに大きいものの、国土
が広く、自然条件も多様であるため、肉牛生産の規模やその形態も地域によって
かなり異なっている。一般に、南東部の比較的豊かな土壌の農業地域では、肉牛
の飼養規模がさほど大きくなく、他作目との複合が多いのに対し、北部や内陸部
の地味が痩せた地域では、極めて大規模で粗放的な肉牛経営が主に専業で営まれ
ている。今回は、この大規模で粗放的な肉牛経営に焦点を当て、その特徴と概要
について紹介したい。
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【内陸部における肉牛の放牧】
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(1)1経営で52万頭を飼養
表1は、豪州食肉家畜生産者事業団(MLA)が2000年7月に公表した、99年にお
ける豪州の大規模肉牛経営トップ10の一覧である。上位には大資本の系列企業が
連なっているが、第1位のスタンブローク社(大手総合金融企業の系列)は、1社
で約1千270万ヘクタールの土地を所有し、約52万頭の肉牛を飼養している。これ
は、わが国の全国土面積の約3分の1、肉用牛総飼養頭数の約5分の1に相当する、
巨大な経営規模である。
また、トップ10の枝肉生産量(出荷された生体から換算)を合計すると約14万
1千トンとなり、同年における豪州全体の枝肉生産量(約2百万トン)の約7%を
供給したことになる。この生産量は、98年のトップ10の合計生産量(約10万8千
トン)に比べると約30%の増加となっており、豪州肉牛経営の大規模化が今なお
進展していることを示している。
表1 豪州の大規模肉牛経営トップ10(99年)
資料:MLA "FEED BACK"
参考:北部準州(NT)、クインズランド州(QLD)、
西オーストラリア州(WA)、ニューサウスウェールズ州(NSW)、
南オーストラリア州(SA)、ビクトリア州(VIC)
(2)北部・内陸部に集中
トップ10の一覧表によると、非公開のものを除くすべての経営が複数(3〜26
ヵ所)の牧場を所有しており、これらは、北部準州(NT)、クインズランド
(QLD)州などの豪州北部に中心的に分布していることが示されている。
図1は、MLAが豪州の肉牛生産地域をその生産方式と飼養品種の違いによって
大まかに区分したものであるが、大規模肉牛経営の牧場は、このうち「北部肉牛
生産・熱帯性品種地域」とされている部分(以下「北部地域」という)に中心的
に分布している。NT、QLD州、西オーストラリア(WA)州の北部・内陸部の広
い範囲がこの地域に該当している。
◇図1 豪州の肉牛生産地域区分図◇
(3)全国の24%の牛肉を供給
北部地域と、上図1で「南部肉牛生産・温帯性品種地域」とされている部分
(以下「南部地域」という)を比較するため、両者の平均的肉牛経営の概要と、
肉牛産業全体の構造を表2に示した。これによると、北部地域の肉牛生産は、全
体の経営戸数が圧倒的に少ないにもかかわらず、経営規模の面で南部地域を大幅
に上回っているため、豪州の牛肉生産量全体の24%を供給している。
表2 南北の肉牛生産の比較
資料:MLA「Australian Beef Fact Sheet」
(1)熱帯性気候と乾燥地域
北部地域の気候について全般に言えることは、夏季の暑さが極めて厳しいこと
と、雨季と乾季の違いが明確で、夏の雨季(12月〜3月)に降雨が集中すること
である。また、降雨の特徴も、熱帯特有の激しい雨になる傾向が強い。一般に、
内陸部に進むほど降雨量は少なくなる一方、気温の高低差が激しくなる。北部地
域の内陸部には、年間降雨量が200〜300ミリという、ほとんど半砂漠に近い乾燥
地域も含まれている。また、この厳しい気候によって一般的に土壌はやせている。
一方、南部地域は、夏の暑さもさほど厳しくなく、全般に気候が温和である。
また、年間を通して平均して穏やかな降雨に恵まれ、北部地域に比べむしろ冬場
(6月〜8月)の降雨が多い。土壌も北部地域に比べると一般に肥えている。南北
の代表的な肉牛生産地域における月別気温・降雨量を示したので参照されたい。
◇図2 南部地域の気候(ワガワガ、NSW州)◇
◇図3 北部地域の気候(テナントクリーク、NT)◇
(2)草の生育は天候次第
豪州の肉牛生産は、一部の穀物フィードロットを除き、基本的に放牧が主体で
あるが、南部地域では何らかの改良を施した草地が多いのに対し、北部地域では
まったく手を加えていない自然草地での放牧が大部分を占めている。これは、個
々の経営面積が極めて広いため集約的な草地管理は不可能であり、また、コスト
的にも合わないためである。
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【牧場内の貯水ダム】
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放牧主体である以上、改良草地か自然草地かの違いを問わず、牧草の供給が量
・質ともに天候に大きく左右されるのは避けられない。特に、雨季と乾季の区分
がはっきりしている北部地域では、雨季の降雨量と降雨のタイミングが、その年
の牧草の生育に決定的な影響を及ぼしている。
(3)洪水による土地改良
こうした自然条件の中で、年間降雨量が200〜300ミリほどしかない内陸部の乾
燥地域でも肉牛生産が行われている。これは、毎年、雨季に北部の高原にもたら
される大量の雨水が、1千km以上にわたる水系に沿ってゆっくりと移動して内陸
部に洪水をもたらすことにより、その土壌に水分と養分を供給しているためであ
る(豪州北部の地形は、北と東の海外沿いに高原や山脈があり、内陸は広大な盆
地になっている)。
この洪水は、我が国で見られる「鉄砲水」とは異なり、広く平坦な地域で徐々
に水位が上昇する「浸水」または「冠水」と呼ぶべきものである。「チャネル
(水路の意)・カントリー」と呼ばれるこの広大な地域で、毎年、定期的に繰り
返される洪水の風景を写真で参照されたい。この水はいずれ消え去るが、自然に
土地改良を施し、半砂漠の乾燥地域を肉牛生産に適した放牧地に変えているので
ある。
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【チャネル・カントリーの洪水】
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(1)季節生産
北部地域では、雨季・乾季の相違が明確なため、肉牛生産も季節性が高いとい
う特徴を有している。夏の雨季(12月〜4月)は潤沢な水と草を利用して放牧・
自然交配による繁殖、育成、肥育を行い、冬の乾季(5月〜11月)に牛群を集め
て選別、出荷するというのが基本的なパターンである。
一般に、広い牧場は多数の牧区に仕切られており、各牧区の水の供給や草の状
況に応じて牧童(ストックマン)が牛群を移動させつつ管理している。また、自
然交配は、種雄牛を繁殖用雌牛の3〜5%(20〜30頭に1頭)の割合で放牧して行
っている。
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【種雄牛の放牧】
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(2)マスタリング
乾季に行われる肉牛の囲い込み、選別、標識装着、出荷などの一連の作業は
「マスタリング」と呼ばれ、通常、年2回、乾季の初めと終わりごろに行われる。
雨季の間、広い牧場内に分散していた多数の肉牛を、ヤードと呼ばれる作業用の
狭い牧区に追い集めるのはそれだけでも大変な作業であるが、これらを手際よく
選別し、標識装着、出荷するのは相当の熟練を要する大仕事になる。大規模な牧
場では、乾季の間、専門の牧童たちがグループごとに移動しながらキャンプし、
牧用犬、乗馬、オートバイ、四輪駆動車のみならず、場合によってはヘリコプタ
ーや小型飛行機まで利用して牛群を追い集める。なお、ジャッカルー(男性)、
ジラルー(女性)と呼ばれる若い牧童たちのトレーニングも同時に行われている。
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【ヘリコプターによる牛追い】
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(3)生育段階に応じて肉牛を広域移動
大部分の大規模経営は複数の牧場を運営しているが、これらの牧場の生産条件
は一様でない。このため、これらの経営は、生育段階に応じて肉牛を牧場間で移
動させながら飼養管理している。一般に、土壌がやせ、潅木林、岩場、急傾斜地
などが多く飼養密度が低い牧場は繁殖や育成に利用され、豊富な草を供給できる
平坦で優良な牧場は肥育に利用されている。
また、生産した肉牛は最終的に穀物フィードロット、食肉パッカーまたは生体
牛輸出業者に販売されるが、これらの相手先はいずれも東部または北部の沿岸地
域に集中している。このため、複数の牧場を運営する経営にとって、肉牛を内陸
部の牧場から徐々に沿岸部の牧場に移動させることが生産計画を立てる上で重要
なポイントになる。したがって、北部地域では、数百kmから時には千km以上も
離れた牧場に肉牛をトラック輸送することがまれではない。
(4)熱帯品種が中心
北部地域で飼養されている肉牛は、ブラーマンやサンタガートルディスなどの
熱帯系品種が主体である。これは、これらの肉牛が夏の酷暑や高湿度に耐えるこ
とと、熱帯特有のダニに耐性を持つためである。ただし、熱帯系品種は肉質や肉
付きの面でどうしても劣るため、ヘレフォードやショートホーンなどの英国系品
種をかけ合わせて改良を試みているケースが多い。このため、北部地域では、熱
帯系品種をベースにしながら他品種の特徴も併せ持つ肉牛が多く見られる。
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【熱帯系品種の放牧】
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(5)東南アジア向け生体牛の供給基地
MLAが上位20社のうち回答のあった10社について肉牛販売収入の内訳を調べた
ところ、と畜牛の販売が全体の58%、生体牛輸出が25%、その他(国内向け素牛
販売など)が17%となっていた。99年の豪州全体の生体牛輸出頭数が総と畜頭数
の約10%であったことから見ると、このことは大規模肉牛経営で生体牛輸出の比
重が高いことを示している。特に、北部地域は、東南アジア向け生体牛輸出にお
いて、地の利(海上輸送距離が最短)と飼養品種の利(熱帯系品種が有利)を併
せ持つことから、今後も主要な供給基地の役割を担うと思われる。
(1)合併・買収で経営規模拡大
次に、北部地域における大規模肉牛経営のイメージをより具体的に把握しても
らえるよう、その事例としてトップ10の第1位となったスタンブローク社の概要
を紹介する。
同社は、1964年に総合金融企業AMP社や食肉パッカー・ボースウィック社など
の共同出資によって設立されたが、83年にはAMP社の完全子会社となった。設立
以来、多くの肉牛経営を買収して拡大を続け、99年末現在では、計26施設、総面
積1,270万ヘクタールの土地を所有し、約52万頭の肉牛を飼養している。この中
には、種雄牛生産の専門牧場、1万頭収容の穀物フィードロット、飼料穀物生産
の専門農場も含まれている。また、同社は99年にQLD州南東部の食肉工場を買収
し、牛肉パッカー業界にも進出した。同社の本部はQLD州ブリスベーンの中心部
にあり、正規の従業員数は440人であるが、このほかにも牧場で多数の季節雇用
を行うとのことであった。
(2)肉牛販売頭数が大幅に増加
同社の事業報告書によると、99年の肉牛販売頭数は13万9千頭で、前年より24
%の増加となった。このうち、と畜牛の販売が9万6千頭(69%)と大宗を占め、
そのほか、生体牛輸出向け販売が2万8千頭(20%)、国内向け素牛販売が1万
5千頭(11%)となっている。90年代の後半以降、同社の肉牛販売頭数は大幅に
増加しており、また、飼養頭数に対する販売頭数の割合も上昇して飼養効率が改
善したことを示している。
さらに、と畜向けに販売した肉牛9万6千頭(99年)の内訳を見ると、牧草肥育
の去勢牛(平均枝肉重量329kg)が4万1千頭、経産牛(同222kg)が2万4千頭、国
内向け短期穀物肥育牛が1万9千頭などとなっているほか、対日輸出向けの長期
穀物肥育牛が約5千頭あったことが注目される。
◇図 スタンブローク社の肉牛販売頭数の推移◇
(3)多数の牧場をグループで管理
同社の26ヵ所の牧場施設は、NTやQLD州の広い範囲に分散しているため、全体
を地域ごとに6つのグループに分け、それぞれに責任者を置いて管理している
(図5参照)。
◇図5 スタンブローク社の牧場所在地◇
このうち、バークリー高原グループ、北西グループ、北グループ(計15牧場)
は主に繁殖・育成用の牧場、チャネル・グループ、中央グループ(計8牧場)は
主に肥育用の牧場、南グループは3つの特殊施設(種雄牛生産牧場、穀物フィー
ドロット、飼料穀物生産農場)となっている。
特殊施設を除く各牧場は、面積が5〜120万ヘクタール、年間降雨量は180〜770
ミリとまちまちであるが、平均すると1牧場の面積は約50万ヘクタール、年間降
雨量は420ミリになる。
(4)年間14万頭を牧場間輸送
同社の肉牛生産は、北部3グループの各牧場で生産した素牛を、チャネル・中
央グループの各牧場に輸送して牧草肥育し、そこから南東部の穀物フィードロッ
トや食肉パッカーなどの需要者に販売するのが基本的なパターンとなっている。
99年には、出荷頭数とほぼ同数の14万2千頭が経営内で牧場間輸送された。ちな
みに、北部バークリー高原のヘレン・スプリングス繁殖牧場から、チャネル・カ
ントリーのデボンポート・ダウン肥育牧場までの輸送距離は約1,300km、そこか
らQLD州東部の自社フィードロットまではさらに約1,200kmもの輸送距離がある。
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【牧場内の管理施設】
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(5)ブランド牛肉販売・生体牛輸出で経営多角化
同社の肉牛の一部は、自社フィードロットで穀物肥育後、食肉工場でと畜され、
チャネル・カントリーの地名を付した自社ブランド牛肉として、スーパーなどに
直接販売されている。現在、同社は、このブランド牛肉の販売(昨年7月から開
始)にかなりの力を注いでいる。
また、同社が出荷する肉牛の約20%は、北部の牧場からダーウィン港やタウン
ズビル港などを経由して東南アジアに向けて生体輸出されている。この生体牛輸
出について長期的な展望を尋ねたところ、肉牛販売の多角化として歓迎はしてい
るものの、輸出先の経済危機や政治的な貿易摩擦などによって極めて不安定な取
引であるため、これ以上の依存は好ましくなく、あくまでも国内需要者への販売
を主体にしていくとのことであった。
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【牧童と牧用犬による牛追い】
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今回は、豪州北部地域の大規模な肉牛経営の概要を紹介した。これらの経営は、
あくまでも特殊な自然条件を前提とするものであり、わが国とは全く条件が異な
るものである。しかし、これらの経営の動向は、豪州の肉牛産業のみならず、わ
が国などの牛肉輸入国にとっても重要な意味を持つ。それは、北部地域の肉牛経
営が、豪州全体の肉牛生産において24%のシェアを占め、その一部がわが国にも
輸出されている一方、厳しい自然条件の影響を受けやすく、かつ、重要な部門で
ある生体牛輸出が輸入国側の事情によって激しく変動することから、豪州全体の
肉牛供給に多大な影響を及ぼしているためである。さらに、これらの大規模肉牛
経営者が、国内外を含めた各方面に常にアンテナを張りつつ全体の肉牛生産計画
を立てていることにも留意しなければなるまい。より多くの利益を求めて取り引
きの多角化が積極的に進められているのである。最後に、協力してくださったス
タンブローク社のハリウェル部長に御礼を申し上げたい。
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