海外駐在員レポート 

EUと中・東欧加盟候補国との農畜産物に関する貿易合意

ブラッセル駐在員事務所  島森 宏夫、山田 理




T はじめに

 欧州連合(EU; European Union)と中・東欧の加盟候補国10ヵ国は、一昨年か
ら農畜産物貿易に関する交渉を行ってきたが、昨年9月までにすべての国と合意
に達した。互いに利益を得ることを基本として、輸入関税や輸出補助金の相互撤
廃が導入されることとなり、この結果、EU・各国間の農畜産物貿易の自由化が
一層進むこととなった。本稿では、同合意の概要および昨年11月にEU委員会から
公表された「中・東欧の加盟候補国における主要畜産物の生産状況と今後の需給
予測」について紹介する。


U EUの拡大

◇EU加盟国と加盟候補国◇
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 現在、EU加盟国は15ヵ国で、EU加盟候補国は全部で13ヵ国ある。このうち中・
東欧については、ブルガリア、チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リ
トアニア、ポーランド、ルーマニア、スロバキア、スロベニアの計10ヵ国が加盟
候補国である。その他の加盟候補国はキプロス、マルタ、トルコである。

 なお、これまでのEU拡大の推移は次の通りである。

1958年	:欧州経済共同体(EEC;European Economic Community)の発足。
     当初の参加国は、フランス、西ドイツ、オランダ、イタリア、
     ベルギー、ルクセンブルクの計6ヵ国
1973年	:イギリス、アイルランド、デンマークの加盟、計9ヵ国
1981年	:ギリシャの加盟、計10ヵ国
1986年	:スペイン、ポルトガルの加盟、計12ヵ国
1993年	:EEC→欧州共同体(EC; European Community)と改称→
     さらに欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)および欧州原子力共同体
    (EURATOM)の3共同体を基礎としたEUの設立、同12ヵ国
     注:67年に3共同体の理事会および執行機関(委員会)が統合された。
       以降、EU設立まで、3共同体はECと総称されていた。
1995年	:オーストリア、フィンランド、スウェーデンの加盟、計15ヵ国


V 中・東欧加盟候補国との農畜産物に関する貿易合意

 各国との交渉では、農畜産物はその重要度やEU共通農業政策(CAP; Common 
Agricultural Policy)の対象か否かに応じて、リスト1〜3に分類され、それぞれ
以下のように合意された。この分類は各国ごとに異なっている。

 リスト1は重要度の最も低い品目で、中・東欧で生産されていないEU産品およ
びEUで生産されていない産品(地中海産の果物、ナッツ、オリーブ油など)が該
当する。これらの品目では貿易自由化の影響が少ないため、輸入制限(枠)なし
の貿易自由化が合意された。

 リスト2は重要性が中程度の産品で、CAPで価格支持の行われていない豚肉、
鶏肉、鶏卵、チーズなどが該当する。これらは一定の輸入枠の下で、輸入関税や
輸出補助金の相互撤廃(ダブルゼロと呼ばれる)が合意された。
 
表1 国別のダブルゼロ合意品目(抜粋)
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 リスト3はその他品目で、一律な方法は適用せずに、全体合意のための調整弁
として使われた。

 この結果、EUから各国への輸出品目については、ハンガリーで自由化割合の大
幅な増加が見込まれるほか、特に合意以前の自由化品目がゼロないしわずかであ
ったブルガリア、リトアニア、ラトビア、スロベニア、ルーマニアでも、状況が
かなり改善されることとなった。また、最後の合意国となったポーランドでは、
交渉中に関税引き上げを実施したため交渉が難航したが、広範な品目で自由化に
向けた合意が成立した。

 一方、各加盟候補国からEUへの輸出品目についても、自由貿易量は倍増するも
のと見込まれている。

 主な畜産物についての、各国との合意内容(品目と輸入枠、暫定値を含む)は
次の通りである。EU産品については情報量が限られたため、すべての国は網羅で
きなかった。
 なお、表中の年度期間は、原則7〜6月である。
 
表2 新たな合意に基づく自由貿易量
 (無税で輸入される貿易金額割合)
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 資料:EU委員会

[ブルガリア]

EU産品(→ブルガリア)
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ブルガリア産品(→EU)
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 注:牛肉の枠内関税率は20%

[チェコ]

EU産品(→チェコ)
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チェコ産品(→EU)
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 注:牛肉、脱脂粉乳、全粉乳、バターの枠内関税率は20%

[エストニア]

EU産品(→エストニア)

 エストニアでは、既に全品目の自由化が	行われており変化はない。

エストニア産品(→EU)
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[ハンガリー]

EU産品(→ハンガリー)
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ハンガリー産品(→EU)
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注:牛肉の枠内関税率は20%

[ラトビア]

EU産品(→ラトビア)
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注:豚肉は暫定値

ラトビア産品(→EU)
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注:牛肉の枠内関税率は20%

[リトアニア]

EU産品(→リトアニア)
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注:豚肉は暫定値

リトアニア産品(→EU)
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注:牛肉の枠内関税率は20%

[ポーランド]

EU産品(→ポーランド)
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ポーランド産品(→EU)
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[ルーマニア]

EU産品(→ルーマニア)
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ルーマニア産品(→EU)
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注:豚肉、ソーセージ、その他の豚肉製品の枠内関税率は20%

[スロバキア]

EU産品(→スロバキア)
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スロバキア産品(→EU)
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注:牛肉、脱脂粉乳、全粉乳、バターの枠内関税率は20%

[スロベニア]

スロベニア産品(→EU)
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注1:牛肉、豚肉(乾燥・燻煙したもの)については、1〜12月の枠
注2:豚肉(乾燥・燻煙したもの)の枠内税率は無税


W 中・東欧における主要畜産物の生産状況と今後の予測

 EU委員会農業総局は昨年11月、EU加盟候補国である中・東欧10カ国における
主要農畜産物の生産状況と今後2007年までの需給予測について公表した。生乳、
牛肉、豚肉、家きん肉についての概要は以下の通りである。

 なお、2001〜7年については、政策や一般経済状況が現状のままで変化しない
という前提での予測であり、各国のEU加盟時期や加盟条件を予想・考慮したも
のではないことに留意されたい。

 
(1)生乳

 生乳は、ほとんどの中・東欧諸国における主要生産物となっている。牛肉と同
様生乳生産は90年以降かなり減少した。

 乳用経産牛頭数は、92年には1千万頭を超えていたが、99年には787万頭に減少
した。今後2005年までは引き続き減少し、2006〜7年は微増するものと見込まれ
ている。2007年の乳用経産牛頭数は740万頭と見込まれている。

 生乳の総生産量は98年までは乳用経産牛の減少を1頭当たり乳量増で補い増加
したが、99年は減少し2,820万トンとなった。国別では、ポーランド(1,176万ト
ン)、ルーマニア(523万トン)の生産が多い。2000年についても減少する見込
みであるが、その後は2000年の2,760万トンから2007年には2,940万トンに増加す
ると見込まれている。

 国(域)内総消費量(生乳換算)は、ヨーグルトを含む生鮮乳製品やチーズが
主に増加することにより、増加するものとみられており、99年の2,610万トンが
2007年には2,770万トンに増加するものと期待されている。このうち、食用消費
量は2007年には2,570万トン、1人当たり消費量は244kgになるものと見込まれて
いる。

 中・東欧諸国は生乳の純輸出国(生産過剰国)であるが、今後も輸出量は減少
するとみられる。また、乳製品の輸入量は増加するものの、純輸出国としての地
位を継続すると見込まれている。乳製品の輸出については、チェコ、リトアニア、
ポーランドがそれぞれ生乳換算で40〜60万トンを輸出する主要輸出国である。

 乳業メーカーへの出荷比率は国により大きく異なり、全平均で65%、チェコで
は90%、次いでスロバキア:85%、ハンガリー:80%、スロベニア:70%、リト
アニア:65%、ポーランド:55%、ブルガリア:40%となっている。

表3 中・東欧10ヵ国の生乳需給と今後の予測
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 注:ブルガリアの生産量、消費量には羊・ヤギのミルク
   (年間約10万トン)を含む。


(2)牛肉

 牛肉、子牛肉生産は乳用牛頭数と密接な関係を持っている。肉用雌牛頭数は中
・東欧では少ない。肉用牛生産に対して補助の行われているスロバキアを除く大
抵の国ではこの状況が続くとみられている。中・東欧の政治・経済体制の転換に
伴い牛肉生産は大きく減少した。89年から99年までに4割減少し、110万トン(枝
肉ベース)となった。主要生産国はポーランドとルーマニアで、それぞれ42万ト
ン、20万トンとなっている。

 今後の予測については、と畜頭数は乳用牛頭数の減に伴いわずかに減少、肉用
牛頭数の増加はこの生産減を補うまでのものではなく、生産量は99年の110万ト
ンから2007年には105万トンになると見込まれている。1頭平均の枝肉重量は188
〜189kgで変化はないと見込まれている。

 国(域)内消費は、今後の1人当たりの消費量は約9.4〜9.5kgで大きな変化はな
く、2007年までの総消費量は100万トンをわずかに下回る水準で、変化なく推移
すると見込まれている。この結果、多くの国では、牛肉の純輸入国になると見込
まれている。ポーランドだけは純輸出国としての地位を継続するものの、同国の
輸出量は99年の6万5千トンから2007年には4万トンに減少すると見込まれている。

表4 中・東欧10ヵ国の牛肉需給と今後の予測
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(3)豚肉

 豚肉は中・東欧諸国で生産・消費される最も重要な食肉である。生産量は消費
量を上回っており、今後も引き続きかなりの量が域外へ輸出されると見込まれて
いる。98年8月のロシア経済危機にもかかわらず99年には生産が増加し、2000年
に生産が減少した。

 2000年の総生産量は、99年に比べ40万トン減の422万トン(枝肉ベース)にな
るものと推定されている。今後は生産増加が見込まれ、2007年には471万トンと
予測されている。このうち、大きく生産を伸ばすのは2大生産国のポーランドと
ハンガリーとみられ、ポーランドでは222万トン、両国で300万トンの生産が見込
まれている。

 1人当たりの消費量は生産減に伴い、2000年には97年と同程度の39.1kgに落ち
込むものと見込まれている。その後は増加に転じ、2007年には42.3kgになると見
込まれている。

 輸出量については、ロシアの経済危機前は約30万トンであったが、2000年には
13万トンと推定されている。その後は増加し2007年には25万トンになると見込ま
れている。主な輸出国は、ポーランドとハンガリーである。

表5 中・東欧10ヵ国の豚肉需給と今後の予測
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(4)家きん肉

 家きん肉生産の最大部分はブロイラー(鶏肉)であるが、七面鳥、鴨、その他
の鳥も、中・東欧のいくつかの国では重要である。なお、小規模な自家生産割合
の高い国もあり、正確な生産羽数、平均と鳥重量を推定することは困難であると
ともに、各国の統計数値は生産すべてを網羅するものとはなっていない。

 99年の家きん肉総生産量は178万トン(可食処理ベース)で、3大生産国(ポー
ランド、ハンガリー、ルーマニア)で120万トン以上を生産した。今後も生産量
は増加し、2006年には200万トンを超えるものと見込まれている。この生産増加
は、体制転換後に食肉消費が一般的になったという食生活様式の変化による域内
需要増に支えられている。今後も引き続き、国内総生産の増加とともに消費量は
増加するものと見込まれている。2007年の1人当たり消費量は2000年から2kg増加
し18kgを超えるものと見込まれている。

 今後の輸出量については、10万トン程度で安定して推移するものと見込まれて
いる。国別では、ハンガリーが純輸出量を99年の18万5千トンから2007年には22
万5千トンに伸ばすのに対し、ポーランドは今後輸出が減少し、2007年までには
純輸入国になるものと見込まれている。

表6 中・東欧10ヵ国の家きん肉需給と今後の予測
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X おわりに

 昨年12月の南仏ニースで行われたEU首脳会議では、EU拡大に向けた機構改革
について合意された。現在のEU加盟候補国がEU加盟を果たすのは、早い国では
2004〜5年と言われている。

 今回の農畜産物貿易協議合意の結果、各加盟候補国は輸出機会の拡大という恩
恵を得る一方で、自国農業もいち早くEU産品との競合にさらされることとなり、
農業分野の合理化努力が名実ともに求められることとなった。さらに加盟に先立
ち、動物検疫や食肉処理場の改善など家畜衛生、食品衛生に関する条件整備が課
題となっている。EUでは、各加盟候補国のEU加盟体制整備を促進するため、農
村開発などに援助政策を講じている。

 今後の交渉のカギの1つとしては、大きな財政負担を伴う農業分野の政策(特
にCAPにおける価格支持)の取り扱いが挙げられている。EUの拡大により農畜産
物の国際市場が大きく影響を受けることは必至であり、加盟に向けた農業交渉の
進展が注目されている。
 
参考資料:

1 EU法令

  COUNCIL REGULATION (EC) No 1727/2000 of 31 July 2000
  COUNCIL REGULATION (EC) No 2341/2000 of 17 October 2000
  COUNCIL REGULATION (EC) No 2433/2000 of 17 October 2000
  COUNCIL REGULATION (EC) No 2434/2000 of 17 October 2000
  COUNCIL REGULATION (EC) No 2435/2000 of 17 October 2000
  COUNCIL REGULATION (EC) No 2475/2000 of 7 November 2000
  COMMISSION REGULATION (EC) No 2673/2000 of 6 December 2000
  COUNCIL REGULATION (EC) No 2677/2000 of 4 December 2000
  COUNCIL REGULATION (EC) No 2766/2000 of 14 December 2000
  COMMISSION REGULATION (EC) No 2807/2000 of 20 December 2000
  COUNCIL REGULATION (EC) No 2851/2000 of 22 December 2000
  COMMISSION REGULATION (EC) No 2856/2000 of 27 December 2000
  COMMISSION REGULATION (EC) No 2857/2000 of 27 December 2000
  COMMISSION REGULATION (EC) No 2866/2000 of 27 December 2000
  COMMISSION REGULATION (EC) No 2867/2000 of 27 December 2000
  COMMISSION REGULATION (EC) No 2868/2000 of 27 December 2000

2 EU委員会農業総局「PROSPECTS FOR AGRICULTURAL MARKETS」

3 町田顯「拡大EU」(東洋経済新報社)

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