海外駐在員レポート
カンボジアの畜産事情
シンガポール駐在員事務所 小林 誠、宮本 敏行
カンボジアは、1953年にフランスの植民地から独立し、第二次世界大戦におけ
る対日賠償請求権を放棄した見返りとして、59年から日本の経済協力が実施され
た。畜産分野でも62年から67年まで実施された牛疫撲滅計画や59年から70年まで
実施された畜産センターの設立などに対して日本人専門家が派遣された。しかし、
70年に起こったロンノル将軍のクーデター以降、20年以上の長きにわたって内戦
が続いた影響でインフラの整備が進まず、経済的にも極めて深刻な状況に陥って
いる。
カンボジア人は米を主食とし、タンパク源の中心は魚であり、家畜は主に役用
と資産として位置付けられ、畜産物は祭礼時に摂取する程度であった。しかし、
93年の現政権発足以降、依然として所得水準は低いながらも経済的にやや落ち着
きを取り戻しつつあり、畜産物への需要も高まりつつある。また、労賃などが安
いことから、近隣のタイなどに代わる生産・加工拠点として有望視する見方もあ
る。
本稿では、以上を考慮したうえで、最近のカンボジアの畜産事情を紹介する。
なお、政治経済事情については、カンボジアの畜産の現状を理解する上できわ
めて重要と考えるが、他に市販の書籍も多くあるため、本稿では最小限にとどめ
ることにしたい。
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【プノンペン市内の雑踏】
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(1)国土の状況
◇カンボジアの県別地図◇
カンボジアの総面積は約18万1千平方キロで日本の面積の約半分である。同国
は、3カ国と国境を接しており、それぞれの国境線はベトナムが1,228キロ、ラ
オスが541キロ、タイが803キロで、シャム湾に面しての海岸線も443キロある。
メコン河が南北に縦貫しており、国内が東西に分断されているほか、中央部にあ
るトンレサップ湖は雨期には面積が3倍程度まで拡張するといわれ、陸上交通上
の制約が多い。
同国の土地利用状況は、耕地が13%、天然の永年草地が11%、森林が66%、そ
の他が10%となっているが、この数値は93年の推計値であり、その後、熱帯雨林
の違法な伐採が行われているため、森林面積は減少しているとみられる。同国は、
IMFからの融資条件として熱帯雨林の違法な伐採に対する対策を講じることを課
せられているが、効果的な対策を講じ切れていないとみられており、森林は非常
にセンシティブな問題として現有面積等は公表されていない。
同国内は、19の県と首都プノンペンなど4つの特別市に分類されており、畜産
統計などのデータもこれらの行政区分別に集約されている。
(2)人口構成
人口は、2000年7月の推計で約1,221万人であり、人口構成は、内戦の影響と
クメール・ルージュ統治終えん後にベビーブームがあったため、15歳未満の若年
層が総人口の約42%を占めている。このように、年齢構成が若いことから、同国
の人口は今後さらに大幅な増加が予想されており、2000年現在の推計で1,221万
人の人口が2010年には1,550万人、2020年には1,930万人に達すると予想されて
いる。同国の世帯のうち、約36%は世界銀行の定める貧困層に属しているとされ、
急速な人口増加に食糧供給がついていけるかどうかという問題がある。また、今
後の経済発展によって貧困層が縮小していけば、所得の増加に伴う畜産物需要が
増加する可能性も高く、畜産物生産の拡大が期待されている。
(1)政権の変遷
カンボジアは、53年にフランス領から独立して以降、数々の政権交代を経てき
た。中でも、75年から79年にかけて統治していたクメール・ルージュは、それま
での政治、経済体制だけでなく、建造物の破壊をはじめ、農場労働によって数百
万人といわれる多くの死者をだしており、政権の崩壊後も最近までゲリラ活動を
行い、カンボジアの発展の大きな阻害要因となった。また、各地に多数埋設され
た地雷は現在に至るまで数多く残されており、農村地帯における生産活動の阻害
要因となっている。
(2)土地所有
土地所有および利用形態は、地域により大きく異なっている。農民が所有して
いる農地面積は農地全体の25%にすぎない。カンボジアの農家の1戸当たりの農
地所有面積は、平均1ヘクタール程度であるが、農家ごとのばらつきがきわめて
大きい。農民の40〜50%は耕作地を所有していないといわれており、小規模農家
が所有する農地の総面積は、全農地の10〜15%程度にすぎないといわれている。
このように、公的に認められた個人所有地は少ないものの、所有地でなくても実
際に耕作していることによる「みなし」所有地は、活発に売買取引されている。
このように取引される土地には、森林や養魚池のような国有地も含まれており、
租借地あるいは長期的な投資対象として私用に供されている。
1戸当たりの平均農地面積や土地なし農家の状況は、県により大きく異なって
いる。主要県であるバタンバン、コンポンチャム、コンポンチャン、カンダール
の各県では、土地なし農民の比率が13〜29%と比較的高い傾向にあるが、土地な
し農民の比率と人口密度とは必ずしも相関関係にない。例えば、プノンペン市近
郊のカンダール県の人口密度は、バタンバン県の5倍弱だが、土地なし農民の割
合は、カンダール県が13%なのに対し、バタンバン県では2.5倍の29%となって
いる。このような地域では、少数の富裕層が大規模な農地を所有している。カン
ボジアでは、クメール・ルージュ時代に、土地を含むすべての資産の私有が禁止
され、その崩壊後、89年に家族の人数などに基づいて行われた再配分の結果、本
来なら県ごとに均等な農地所有が行われているはずである。しかし、その後、現
在に至るまでのわずか10年程度のうちに、富裕農家は土地を買って規模拡大を図
り、貧困層は土地を手放して一層貧困になるという二極化が進展したのは驚異的
である。
(3)インフラ事情
カンボジアには国道が約3,000km(このうち、舗装部分は約620km)、県道が
約3,100km、地方道が約28,000kmあるが、ほとんどの道路が過去20年間、維持・
補修がなされていない。度重なる洪水により、橋が流されたり、著しく侵食され
た道路も多く、早急な整備が必要とされている。現状では、舗装された国道でも、
特に、大型車両の運行には支障があり、道路に大きな穴があいていたり、路肩が
大きくえぐれているなど危険が多く、時速50km以上での通行は危険であるとされ、
物流上の大きな障害となっている。
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【郊外の道路事情。いたるところ舗装が
壊れたまま放置されている】
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鉄道は、プノンペンを起点に東北のシソフォン行きと、シャム湾に臨む港のあ
るコンポンソムまでの2本がある。しかし、これもレールが傷んでいることや、
橋の部分に問題があることから、スピードが遅く、平均運行速度は時速25〜30
kmとなっている。
カンボジアの河川は総延長約1,750kmに達し、このうち約580kmについては、
船舶による周年運行が可能である。プノンペン港は時期にもよるが、最大4千ト
ンまでの船が着岸できる。国際港は、コンポンソムに1万3千トン規模の船舶が
アクセスできるものが1ヵ所あるのみで、年間貨物取り扱い可能量は120万トン
とされているが、設備はいずれも老朽化が著しい。
カンボジアの電力事情は、世界でも最低水準と言われており、首都を含め、全
国的に電力不足となっているほか、市街地以外への電力供給は行われていない。
プノンペン市内の電力需要量は55メガワット程度と推定され、市内4ヵ所の発電
施設の64メガワットの容量で十分対応可能なはずだが、実際には、燃料不足から
17メガワットの発電量にとどまっている。各県および市の電力事情は、燃料事情
次第で決まるが、ほとんどの場合、1日数時間の供給にとどまっている。カンボ
ジアの発電施設は、全てディーゼル発電機によるものであり、発電に使用する燃
料は国内燃料総需要量の30%に相当している。このような供給事情に加え、電線
など関連施設のほとんどが70年代に敷設されたもので老朽化が著しいという問題
もある。
水道は市街地に限定されており、受益者は都市部住民の20%程度である。
(4)産業事情
カンボジアの産業は94年以降、衣料品産業によってけん引されており、衣料品
輸出が2000年の同国の輸出総額の7割を占めるに至っている。衣料品の輸出先は、
76%がEU、22%が米国となっており、EU向けの輸出比率が高いのは、EUがカン
ボジア製品に無税枠を設定しているためである。
サービス分野は、GDPの45%を担っており、2000年の産業全体の成長率が4.5
%であったのに対し、サービス分野は8%であった。カンボジアのサービス分野
の中心となっているのは、世界遺産であるアンコールワットを中心とした観光分
野である。外国人観光客は、99年には前年比36%増、2000年も同32%増と順調
な伸びを見せている。これに対し、2000年の農業分野のGDPは、洪水の被害が甚
大であったことにより、雨期作稲の20%程度が被害を受け、対前年比7%減とな
っている。2001年についても、6月以降洪水の被害が報告されており、前年同様、
マイナス成長が予想される。このような生産額の減少はあったものの、米の生産
量は消費量を上回る400万トンは確保されており、食料不足には陥っていない。
(1)主要作目と農業の位置付け
カンボジア国民の85%は農村地帯に居住しており、全人口の75%は農業に従事
しているといわれている。GDPに占める農業の割合は50%程度であり、このうち
約60%は米によるものである。
米はカンボジア人の主食であり、最も重要な作物であるが、その栽培はほとん
どが天水田で伝統的な農法により営まれている。98年度の単位収量は、1ヘクタ
ール当たり1.64トンとなっており、アセアン諸国中最低の水準にある。かんがい
の普及率は16%と低く、作物の出来も天候に大きく依存することから、作付面積
と収穫面積との間には毎年15万〜30万ヘクタールの乖離が生じている。カンボジ
アは大まかに高地と低地に分類され、稲作は90%が高地で行われている。高地の
水田は乾期の間中、家畜の放牧地となっており、乾期に他の作物を作付けするの
はまれである。低地は洪水常習地帯であり、土壌の肥よく度は高いものの水害に
より収量が不安定となっている。
表1 1999/2000年度の県別主要農作物生産量
資料:Statistics Office「Agricultural Statistics 1999-2000」
(2)農家の収入状況
97年に行われた、カンボジアの1日1人当たり消費額の調査によれば、プノン
ペン市の住民が4,693リエル(約145円:100リエル=約3.1円)、その他の地方
都市の住民が3,076リエル(約95円)なのに対し、農村部住民の場合には2,187
リエル(約68円)となっており、都市と農村で大きな開きがある。また、消費額
に占める食品の割合は、プノンペン市が56%、その他の地方都市が68%なのに対
し農村部では72%となっており、消費額の大部分が食費に消えている。
(1)カンボジアの畜産概況
世界銀行の推計によれば、カンボジアの農業がGDPに占める割合は94年に44.9
%であったのに対し、畜産のそれは13.2%であり、農業生産額の約3割は畜産に
よるものであった。この状況は、その後も大きな変化がなく、過去数年を見ても
GDPの14%、農業GDPの28%程度を占める状況が続いている。農村部ではほとん
ど、どの家でも牛または水牛と豚を1、2頭づつ、鶏を数羽飼っており、牛と水
牛は畜力として、豚は現金収入源として、鶏は現金収入源と自家消費してタンパ
ク源としているほか、資産形成の役割も果たしている。しかし、衛生条件が劣悪
であることから、疾病等により家畜を失う危険性は極めて高いものとなっている。
また、一部の地域では、アヒルを現金収入源としているものもある。
過去5年間の各畜種の飼養頭羽数の推移を見ると、牛が290万頭程度、水牛が
70万頭程度でこのうち半数程度は役用を目的としたものである。頭数調査は、各
地方事務所の職員が現地へ赴き、実際の頭数を数える方法がとられているが、役
用家畜頭数の維持は、政府の政策上重要な地位を占めているため、数字の発表に
当たっては何がしかの修正が施されている。豚の頭数は、過去5年間で最も多か
った97年に比べると2000年は2割以上減少しているが、これは家畜疾病の発生
とそれに伴う風評被害によって農家の経営意欲が減退したためであるとみられる。
鶏の羽数は増加傾向にあり、99年から2000年にかけては12%を超える大幅な増加
となっているが、これは卵価が上昇したことにより、各農家が飼養羽数を増やし
たことによるものとみられる。
表2 最近5ヵ年間の家畜頭羽数の推移
資料:家畜衛生・生産局
注:役用には成雌のうち役用に供している頭数も含まれる。以下の表も同様。
2000年の県別家畜飼養頭羽数を見ると、カンダール、コンポンチャム、タケオ
など首都プノンペン近郊の各県で豚と鶏の飼養頭羽数が多い傾向が見られる。牛
も首都近郊県で多くなっているが、シエム・リエプ県やバタンバン県などの遠隔
地でも多い県があり、耕地面積に応じた分布をしているものとみられる。水牛は、
年間を通じて何がしかの水溜りがないところでは飼うことが難しいため、プレイ・
ヴェン県のような低湿地の多い県での飼養頭数が多い。
表3 2000年の県別家畜飼養頭羽数
資料:Department of Production and Animal Husbandry
90年代に入って、タイなど外資の導入により、特に養鶏で商業規模の農場が出
現した。しかし、ブロイラーは、値段は安いものの、肉が柔らかすぎるというこ
とから、味の面でカンボジア人には好まれておらず、小売価格も地鶏の方が高く
なっている。
庭先(裏庭)畜産で主に問題となっているのは、獣医や普及サービスが十分に
受けられないことから生じる家畜疾病による損耗、つまり家畜衛生である。小規
模農家では、NGOなどから資金援助を受けて豚を飼養し始めても、疾病の発生に
よって家畜が死亡することにより、大きな経済的損失を受ける。このようなリス
クが小規模農家における畜産の発展阻害要因となっている。
カンボジアでは、魚資源の涵養を目的として、雨期に魚を禁漁とするため、こ
の間の畜産物価格が上昇し、乾期には豊富な魚資源におされて価格の下落が起こ
るという説明を受けることが多い。しかし、過去3カ年間の生体豚価格の推移を
見ると必ずしも価格変動の傾向は明確ではない。米の価格は最も安定しており、
これに比較すると生体豚の価格変動が大きいが、魚の変動幅よりは小さくなって
いる。カンボジアの豚の出荷体重は80〜110s程度である。
牛はハリヤナ種と在来種の交雑種が多く、成畜でも体重は270s程度と小型で
ある。牛の肉用としての出荷価格は、性別と年齢によって異なっているが、基本
的には生体重に基づいている。交雑種の雌の場合、生体価格が最も高くなるのは、
3歳と4歳のもので、発育の良い牛だと1頭当たり95万リエル(約2万9,450円)
程度、雄の場合もこの年齢のものが最も高く、1頭当たり103万リエル(約3
万1,930円)程度で販売される。
(2)カンボジア人の食習慣
統計が未整備のため、食物消費を数値化することは困難だが、一般に、カンボ
ジア人の食生活は米、魚、青野菜が中心となっている。平均的なカンボジア人の
エネルギー供給量の70%は米から得られており、貧困層では約90%が米であると
言われている。農林水産省の非公式な推計によれば、カンボジア人の年間1人当
たりの消費量は、牛肉・水牛肉が3s、豚肉が8s、鶏肉が6.5sであるのに対
し、魚は40sとなっており、畜産物の合計を上回っている。
◇図:生体豚の地域別価格と主要食料の価格の推移◇
農村地帯では、全国平均とは若干異なる傾向があり、タンパク源としては、魚
あるいは魚を貯蔵用に加工したプラホック(prahoc)と呼ばれるものが主体であ
るが、摂取量は季節による変動が大きく、これに次ぐのが、カエル、カニ、エビ、
庭先で飼養されている鶏などである。
農家が鶏肉や鶏卵以外の畜産物を消費することはほとんどない。鶏肉も通常6
ヵ月齢に達したときや新年など特別の機会に消費されるのみで、畜産物がタンパ
ク源に占める割合はきわめて低い。牛や水牛は、と畜場でと畜されるが、出荷し
た農家が買い戻すことはほとんどなく、商人に売り渡し、現金収入源とされる。
農村地帯において牛肉や豚肉を消費するのは、新年や結婚式など特殊な儀式の機
会に限られている。
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【農家の庭先に牛が
2頭つながれている】
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【放飼いにされている豚と鶏】
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(3)行政機関
カンボジアの畜産行政を担当するのは、農林水産省である。同省には、大臣の
下、農業総局とゴム総局が置かれている。農業総局は12の局で構成され、家畜生
産・衛生局、農業普及局、企画・統計・国際協力局の3局が国際援助を含めた畜
産行政に関係している。同省の職員数は、99年現在10,995名で、このうち4,273
名が中央政府に所属しており、残りの6,722名は各県や市町村の地方事務所に所
属している。
詳細の判明している97年度について、農林水産省の予算が約241億500万リエル
(約7億4,865万円)であるのに対し、農林水産関係の援助額は、国連を含む外
国の政府開発援助(ODA)分が538億3,800万リエル(約16億6,898万円)、非政
府機関(NGO)の援助分が148億3,800万リエル(約4億5,998万円)となっており、
国の予算の2.8倍強に相当する金額が投入されている。援助額は明らかではないが、
同省の予算額は、98年度が約260億8,190万リエル(約8億854万円)、99年度が
約791億7,600万リエル(約24億5,446万円)となっている。
ア.家畜衛生・生産局
家畜衛生・生産局の予算が農林水産省の予算額に占める割合は、97年度が約
25%、98年度が約37%、99年度が約9%となっており、比率は年次による変動が
大きい。同局は、畜産振興の重点項目として、@家畜疾病の防除、A家畜飼養お
よび飼料の改善、B家畜改良と繁殖の改善、C畜産物流通の改善を掲げている。
これら4項目の中で同局が最も重要視しているのは、家畜衛生であり、毎年、80
万頭の牛が出血性敗血症でへい死しているほか、口蹄疫も常在しており、畜産振
興を著しく阻害している。同局では、各種ワクチン、動物用医薬品の購入予算と
して、2001年度は3億リエル(約930万円)を計上している。しかし、動物用医
薬品類はすべてを輸入に頼っているため、一例をあげるとワクチンは1回分が4
万リエル(約1,240円)はしており、全額をワクチン購入に充てたとしても7,50
0頭分にしかならず、全く不十分な状況である。
同局は、敷地内に家畜疾病の診断ラボを所有しているが、施設・機材が古く小
規模であるうえ、予算上の制約から必要な薬品類を購入できない状態が続いてい
る。このように家畜衛生が最重要課題でありながら財政難から十分な対策が講じ
られない現状を打開する方策として、同局は農民の代表に研修を行い、国の予算
不足等により、獣医サービスが十分行き渡らないのを補完する役目をさせるため
の対策を2000年度から実施している。この対策では、豪州の援助により、局の構
内に農民研修施設を建設し、ヘルス・エージェント制度の名称の下に各村から選
挙により1〜2名の農民を選出し、3週間程度、家畜衛生と生産に関する研修を
受講させ、村に返して指導にあたらせるというものである。
同局によれば、カンボジアでは、食肉としては豚が一番重要で、1日当たり1,
000頭がと畜・処理されている。飼養農家は小規模で、豚の場合3〜4頭規模、
大きなものでも700〜5,000頭規模であり、5,000頭規模のものは、カンダール県
に1ヵ所あるのみである。インフラの項で述べたように、道路状況は悪いが、プ
ノンペンまでは40kmと近いので、生体でと畜場に出荷している。採卵鶏農場は大
きなもので20万羽、ブロイラー農場は5,000〜14,000羽の規模のものがあるが、
いずれにしても商業規模の養鶏場はごく少数に過ぎない。酪農は93年以前はプノ
ンペン市に1戸だけあったが、すでに廃業しており、現在、国内に乳牛及び酪農
家は存在しない。
イ.農業普及局
農業普及局は、@技術普及、A家畜衛生・生産局と協力しての農業経済学的実
験の実施(現在1地方で実施)、Bパンフレット、ビデオ等による優良事例のデ
モンストレーション、Cテレビ、ラジオを通じての農民への啓発を行っている。
普及局の体制は、国の職員が38名、県・特別市が240名(各単位10名づつ)が
配置されている。県・特別市にはさらにいくつかの村をまとめた郡があり、郡毎
に普及事務所が2ヵ所づつ設置されており、それぞれ7〜10名が配置され、実際
の普及活動を行っている。国では、企画立案と政策関連事項のみ行っている。各
県の事務所は、配下の普及事務所の活動状況を毎月報告することが義務付けられ
ている。
95年から2000年まで、豪州開発援助庁の普及プロジェクトが実施され、飼料作
物プログラムとしてルキーナ(ギンネム)など新飼料作物の導入が図られた。こ
のプロジェクトでは、豪州人5人がアドバイザーチームを構成し、オフィスの建
設費などインフラ整備を含めて1,200万豪ドル(約7億2,000万円:1豪ドル=
60円、5年間の総額)が投入された。さらに、EPP(Extension Program
Package)と呼ばれる普及員向けマニュアルが製作され、現場事務所に配布され
ている。2001年からは同プロジェクトの第2フェーズが開始されることになって
おり、規模や内容を決定するためのワークショップが開催されている。
普及局としても、農家の生活水準向上のために畜産が重要であることを認識し
ている。特に豚肉は、収益性が高く、小規模農家の現金収入源として重要な意味
を持つと考えている。米は、もみ付12sで2,500〜3,500リエル(約78円〜109円)
と安いため、同国にとって最も重要な作物ではあるものの、農家の所得向上には
つながっていない。このように米が安いのは、国内市場向けの場合であって、国
境付近で外国との交易が可能な地域ではもっと高値で売ることができる。
主作物である米の価格が安いので、農家の手取り収入は少ない。このため、農
民の中には、プノンペン市のような都会に出てきて、輪タクなどにより現金収入
を得ようとする動きがあり出稼ぎ労働者が増えている。安い労働力とそれに伴う
輸出の伸びに支えられて、同市周辺に増加している衣料工場の女性労働者などが
その典型である。
カンボジアには農産食料品の価格政策がないので、市場価格が常に変動し、そ
の変動幅が大きいため、農家の収入が安定しないという問題がある。同局では、
同国の農民は自作地を有している比率が高いので、農産加工技術を普及して、付
加価値を付けるなどの工夫が重要であるという考え方をもっている。
また、同局は、価格安定のためには、農協などを組織し、生産者側の交渉力を
向上することも重要であると考えており、日本の農協組織を手本にしたいとして
いる。同局では、2001年に農協法案を起草し、国会に提出する予定でおり、法案
が成立すれば同局内に専門の部局が設立されることになる。現在、NGOが村単位
で農業協会(Farm Association)を組織している例があるが、農家の集合体と
してのまとまりがなく、農協のような力を持つには至っておらず、早急な整備が
必要とされている。
ウ.企画・統計・協力局
カンボジアでは、家畜頭数などについて、地方事務所がかなり詳細なデータを
収集しているが、財政難からこれらのデータを取りまとめ、解析し、公表するの
が困難である。このような状況を改善するため、同局では、世界銀行の援助を受
けて、99〜2003年までの5年間にわたって農業統計プロジェクトを実施しており、
畜産分野についてはごく簡単にしか触れられていないものの、農業統計を刊行し
ている。同国では、雨期と乾期の関係から、作物年度を4月15日から翌年の4月
14日までとしているが、畜産については暦年を年度として集計している。
(4)国立種畜牧場
国営の種畜牧場は、プノンペン市から約40kmのプノン・タマオにあるものが唯
一であり、牛の増殖を行って農家に販売している。以前は豚の種畜牧場も設置さ
れていたが、国の政策上は役用牛が最も重要であることと財政難を理由に、現在
の牛牧場1ヵ所に集約された。同牧場は、国が85年にフィリピンからブラーマン
種182頭、カンダール県の農家からハリアナ種7頭を導入して開始され、その後、
この基礎牛群を在来種と交雑して現在に至っている。現在の飼養規模である雄牛
が5頭、成雌牛が100頭、育成牛が70頭を維持することを目標に運営されている。
年間の牛の売却頭数は、100頭程度であり、価格は重量基準であるが1歳齢程度
のもので約11万6,000リエル(約3,596円)となっており、民間種畜場の売却価
格の2割以下である。価格は安いが、買い受けるためには家畜衛生・生産局長の
承認が必要であり、肉用としての転売を防ぐための条件が付けられている。
同牧場は、最も近い市街地(タマオ)まででも10km程度あり、事務所を含めて、
電気、電話の設備がない。しかし、仮に電気が引かれていたとしても、同国では
首都以外の電力供給は日没から午後11時まである。
同牧場は、総面積385ヘクタールのうち、人工草地の面積が360ヘクタールを占
めている。職員数は37名、トラクター3台のほか、ディスクハローなどのアタッ
チメントを多少備えているが、ほとんどが20年近くを経過したものであり、部品
が入手できないことなどを理由に、稼動していない状況である。草地は雨期には
冠水するため、Brachiaria. humidicola、パラグラス(B. mutica)のような
極めて耐湿性の高いものが中心となっており、乾期対策としてギニアグラスの品
種Hamilのようにやや乾燥地を好むものが混播されているが、このような配合を
長期間安定的に維持するのはかなり困難であると思われる。
カンボジア国内での生乳生産を開始しようとしているネスレ・カンボジア社は、
乳牛の生産から始めようとしている。種畜牧場では、同社との間で同場の雌牛に
乳牛の種を人工授精することに合意しており、2001年には30頭に乳用種の精液を
人工授精する予定となっている。
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【国立種畜牧場の種牛】
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(5)大学
カンボジアには、王立農業大学、プレック・リープ農業大学、モハベット・ル
ッシー農業大学の3つの農業大学があり、2001年の各大学の卒業生は王立大
が104名、プレック大が159名、モハベット大が72名となっており、毎年300
名強の農業大学卒業者が生まれている。93年以降はロシアやベトナムからの教員
が引き上げてしまい、現在の大学教員のほとんどはベトナムやロシアの学校を卒
業後、直ちに配置されており、教育体制は脆弱である。
同国では農業大学を卒業してもほとんど就職口がないため、公務員になる者が
多いといわれる。公務員は他の業種と比較すると著しく給料が安く、大卒の初任
給で4万3,000〜4万7,000リエル(約1,333〜1,457円)程度、卒業後15年程度
を経過しても5万9,000リエル(約1,829円)程度であるが、兼職が禁止されてい
ないため、飼料や動物医薬品の販売、獣医サービスを副業としている職員が多い。
なお、同国には獣医を認定するための法律等がないため、農業大学で3年から5
年間勉強し、卒業試験に合格すれば獣医師を名乗ることが可能であり、必ずしも
一定水準以上の知識・技術を有しているとは言えない状態である。
表4 各職種の給与・所得水準の比較(2000年)
(6)外国の援助
カンボジア政府は財政難から十分な畜産政策を遂行できる状態にない。農水省
予算をみても農林関係予算のうち国の歳出分は必要額の4分の1程度にすぎず、
外国の援助抜きには畜産振興なども行える状況にない。
現在、カンボジアの畜産関係では二国間協力による畜産振興プロジェクトは行
われておらず、援助活動を行っているのは、以下の国連機関とNGOである。
@ 国連機関など
‐ 国際食糧農業機関(FAO)
‐ 国連開発計画(UNDP)
‐ Sustainable Management of Resources Project(MRC/GTZ‐SMRP)
‐ Cambodia Area Rehabilitation and Regeneration Project(CARERE)
‐ Programme de Rehabilitation et Appui au Secteur
Agricole du Cambodge(PRASAC II)
A 国際NGO
‐ Australian Volunteer International
‐ Community Aid Abroad
‐ 海外青年協力隊
‐ Oxfarm America
‐ Oxfarm Great Britain
‐ Private Agencies Collaborating Together
‐ Partners for Development
‐ Catholic Relief Services
‐ Concern Cambodia
‐ Mennonite Central Committee
‐ Cooperation International pour le Development et la Solidarite
B 国内NGO
‐ Aphiwat Satrei
‐ Cambodia Social Science Study Group
‐ Environmental Protection and Development Organisation
‐ Partnership for Development in Kampuchea
‐ Volunteer Cambodia Development Community
‐ Village Support Group
(7)畜産関連企業および畜産農家の例
カンボジアで大規模に畜産を行っている例は少なく、@カンボジアと米国の合
弁でカンダール県にあるタイ・イー養豚場、Aカンボジア資本でカンダール県内
国道1号線を60kmのところにあるユー・トン養豚場、Bタイ資本で飼料の製造販
売、豚の繁殖、ブロイラー及び採卵鶏のふ化を行っているCPカンボジア、Cマレ
ーシアへの輸出用に牛を肥育しているカン・ポット県のモン・レティ牧場、D牛
の繁殖・肥育一貫経営を行っているTry農場(イ.で紹介)など数えるほどしかな
いが、ほとんどが飼養規模や出荷頭数などの経営内容を公表していない。
本節では、カンボジアで酪農を興そうとしているネスレ・カンボジア社と同国
では大規模と称される牛、豚、採卵鶏農家各1戸づつを周辺事情を交えて紹介す
る。
ア.ネスレ・カンボジア社
同社は、98年5月にプノンペン市内に会社を設立し、同年9月から生産を開始
した。生産開始と同時期に、国内での生乳生産を開始するための、農村調査、農
家への説明を開始している。しかし、賛同者は少なく、同社は凍結精液、医薬品
のほか、タンパク質補給のための尿素やサプリメントとしてのミネラルブロック
の無償提供も申し出ているが、これまでに人工授精を受け入れたのは4頭のみで
ある。農家は、飼料等育成にかかる経費も全額提供することを要求しており、同
社としても対応しかねているところである。人工授精用精液は、オーストラリア
ン・サヒワール・フリージアン(ASF)種とジャージー種の雑種第2代で、豪州
から輸入したものである。しかし、人工授精を行った4頭については、対象農家
が洪水に遭い、作物に被害が出たため、牛を売り払ってしまい、産子は得られて
いない。カンボジアでの酪農は、かつてプノンペンの対岸約20kmのところでイス
ラム教徒の家族が自家消費用に生産していた例があるだけである。
同社の製品は、豪州、NZ、欧州から輸入した脱脂粉乳とタイから輸入した砂糖
を用いた加糖脱脂れん乳(脱脂粉乳20%、砂糖45%)が中心であり、これを日量
約71トン製造している。工場は1ラインで24時間操業しているため、年間生産量
は最大で約2万6千トンに達する。製品は、生産量の40〜50%を輸出しており、
輸出先は、台湾、ミャンマー、ベトナムとなっている。同社は、脱脂粉乳にアブ
ラヤシ油、砂糖、乳糖を添加して還元した乳飲料も製造しており、コーヒーホワ
イトとして販売している。
さらに、同系列のマレーシア工場で製造した粉乳のLactosan、タイ工場で製造
した缶入り牛乳、ニュージーランド工場で製造した飲用乳を輸入し、国内で販売
している。
同社では、カンボジアの乳製品需要量について、飲用乳が19万トン、加糖れん
乳が7万トン程度と推計している。アイスクリームは、2000年に同系列のタイ工
場製のものを輸入し、小型カップのものを1個1,500リエル(約47円)で販売を
開始した。しかし、地元資本のAnco社のものは、3分の1の1個500リエル(約
16円)で販売されており、価格競争力がないうえ、市場での販売の場合、冷凍シ
ョーケースの電気料金の方が売上より高くなってしまうため、一部のスーパーマ
ーケットでのみの販売に切り替えている。
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【ネスレ・カンボジア社の工場内部】
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【ネスレ・カンボジア社の製品配送車】
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イ.農家(牛繁殖)
カンダール県チュオル・クラサン地区の民間牧場(Try氏所有)は、繁殖・肥
育一貫経営であり、カンボジアでは数少ない商業規模の牧場である。所有者は、
ほかにも事業を行っており、自宅で肉製品を製造し、プノンペン市内での販売も
行っている。ただし、肉加工には外部から購入した牛肉を使用している。
同牧場は、ポルポト以後の93年に養牛を開始しており、最盛期には成牛140頭
を飼養していたが、現在は105頭である。飼養牛は、所有者も由来について確か
ではないものの、ハリアナ種に似たインド系のもので、在来種との雑種化が進ん
でいる。種雄牛は、自家生産のものから選抜しており、牧牛方式ではなく、雌牛
の発情を観察して自然交配する方式をとっている。
同牧場では、日中は牛を約30ヘクタールの所有地(野草地)に放牧し、夜間は
2棟ある畜舎に収容している。畜舎の外壁はネットで覆われているが、これは牛
のストレス減少のための防虫ネットであり、特に疾病予防を意図したものではな
い。
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【畜舎の外観。全体に白色の
ネットを張り巡らせている】
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飼料は、野草と稲ワラのみであり、本来、雨期は草の生育期にあたり飼料が潤
沢になるはずであるが、この地域では雨期に草地が水没してしまうのが悩みの種
となっている。この時期には、周辺の住民が刈り取った草を購入せざるを得ず、
毎日40万リエル(約1万2,400円)が必要になり、経営を圧迫している。同牧場
は、周辺の土地を購入してこのような問題を解決したいとしているが、カンダー
ル県はプノンペン市に隣接し、今後の開発が見込まれており、農家も比較的裕福
なことから土地の入手が困難となっている。
牛の販売価格は、繁殖用素牛として選抜したものは、1歳齢、200sで386万リ
エル(約11万9,660円)程度、肥育用素牛は1歳以上齢、100〜150sくらいのも
ので73万〜77万リエル(約2万2,630〜2万3,870円)程度である。
牧場主によれば、政府は、毎年、牛の頭数を数えに来るだけで、ワクチン接種
など衛生対策を含めて全て自力でやらねばならないことに不満をもっている。
ネスレ・カンボジア社は、2000年9月、カンボジア国内での生乳生産を開始し
ようとして、同牧場に対し、乳用牛凍結精液の無償提供と酪農開始を打診したが、
同牧場は酪農についての知識も経験もなく、現状では子牛の保育用の生乳も確保
できていないことを理由に、この申し出を断っている。
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ウ.農家(種豚)
カンダール県プレック・コペウス地区の養豚場(Try氏(牛のTry氏とは同名異
人)の所有)は、やはりポルポト派の去った93年に雌豚1頭から開始された。現
在は、豚舎が新旧あわせて2棟あり、種雌豚26頭、種雄豚8頭、子豚・育成90頭
を飼養する家族経営である。新しい方の豚舎は、全長28mで8房に分かれており、
建設費は965万リエル(約29万9,150円)で床はコンクリートで舗装されている。
この金額は、カンボジアの農家としてはかなり大規模な投資といえる。
同養豚場では、子豚を販売しており、親豚は、タイにいる親戚の助けにより、
輸入するものと、在来種からの選抜したものを交配している。通常、年2産で子
豚が30sになるまでに販売している。1回当たりの産子数は8〜10頭で、ほぼ1
00%の育成率であるといい、タイの母豚由来のものは在来種より産子数が少な
い傾向があるという。
今年1月、タイからオーエスキー病罹患豚が持ち込まれたという風評がたち、
農家が養豚に対するリスクを警戒したため、子豚がほとんど売れなくなっており、
検査の結果、オーエスキー病は否定されたものの依然として農家の養豚に対する
意欲は低いままである。
以前は、肥育用として15〜17sの子豚が13万5千〜15万4千リエル(約4,185
〜4,774円)程度で売れており、輸入のデュロック種のものはこれよりもやや高
い価格で販売できていた。しかし、今年に入ってからは、肥育素豚としてはほと
んど売れないので、今年産の子豚は肉として売るしかない状況である。本来なら、
1腹当たり4〜5頭を自分で選抜し、後継豚とするとともに、繁殖豚としての販
売もしている。
飼料は、米ぬかと魚カスが主体のタイのエース社製のものを購入して給与して
おり、このほかに水草や野菜を適宜給与している。
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【補助飼料の野菜を給与】
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エ.農家(採卵鶏)
カンポン・スペウ県プレイ・ルヴェア地区の養鶏場は、95年に1棟の鶏舎で
採卵を開始し、現在では全長60メートルの成鶏舎4棟、育すう舎1棟、倉庫1棟
のほか、同地区の中心地に店舗を所有している。成鶏舎の内部は、階段状に4段
になったケージが7列配置されており、飼養羽数は2万羽である。この養鶏場で
は、以前は3万羽飼養していたが、2000年に一時、卵価の高騰により養鶏を始め
る人が急増し、卵価が暴落して収益性が著しく低下したため、2001年になって規
模を縮小している。倉庫はバルク飼料の保管のほか、初生びなの育すうや生産し
た卵の選別場も兼ねている。この養鶏場では、労働者を8人雇用しており、飼料
の自家配合から飼養管理、鶏ふんの処理まですべてを行っている。集卵はすべて
手作業で午前8時と午後4時の2回行われている。
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【鶏舎内部の様子】
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飼養している品種は、東南アジアに多い赤褐色のIsa Brown種とタイのチャロ
ン・ポカパン(CP)グループの育成したCP Brownで、いずれも初生びなはタイか
ら輸入している。初生びなの価格は、両品種とも同一で、2001年1月に1羽当た
り890リエル(約28円)であったものが、3月には1,110リエル(約34円)に値
上がりし、その後も徐々に値を上げている。育すう期間は、14週間であり、産卵
期間は18ヵ月間、1羽当たりの年間産卵数は250〜280個である。産卵終了の廃鶏
は、市場に肉用で出荷しており、1羽当たり3,080〜3,860リエル(約95円〜120
円)で出荷している。
生産した卵は、通常、ミドルマンと呼ばれる仲買業者が集荷し、市場の小売商
に売り渡されるが、この農場では、ミドルマンを通すと中間マージンを取られて
利益が減ることと、ミドルマンがトラブルの原因になることが多いため自場のト
ラックで直接市場へ卸している。卵価は、大きさにより異なり、やや小ぶりの1
個当たり130リエル(約4円)のものと大き目の140リエル(約4.3円)のものと
があるが、選別は目視だけであり、はかりなどによる選別は行われていない。
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【出荷待ちの鶏卵】
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飼料は、トウモロコシ、フィッシュミール、米ぬか、貝殻、タイ産プレミック
ス、ビタミン、抗生物質を自家配合して給与している。ただし、フィッシュミー
ルは自国産で、小魚の形が残っており、クッキング温度などに不安があり、サル
モネラ菌に汚染されている恐れがある。採卵鶏10羽当たりの飼料使用量は、1日
当たり平均1.2sで飼料費は、600〜700リエル(約1.9〜2.2円)程度と安い。
(8)飼料
牛用の飼料としては、稲わらや路傍の野草が中心となる。雨期の開始時期には、
作物の作付けに向けて田畑の耕起が最も重要となるため、牛、水牛は家屋の周辺
に集められる。最初の降雨の後、1、2週間は貯蔵稲わらと草の生育との端境期
となり、最も飼料の不足する時期となる。季節の変わり目であることと、十分な
飼料が得られる前に使役が始まることから、この時期は家畜にとって非常にスト
レスの高まる時期であり、出血性敗血症の流行時期でもある。
この端境期の後、ほ場周辺の野草を始めとして粗飼料資源は豊かになり、家畜
は日中放牧され、夜間は住居周辺で稲わらを給与される。しかし、田畑の耕起が
進み、田の水位が上がるにつれて、ほ場周辺で利用可能な粗飼料は少なくなり、
苗代を食害するのを避けるため、放牧も制限される。低地の場合、雨期に入って
からの水位の上昇スピードが速いため、水を好む水牛については飼料の問題は少
ないが、牛については飼料が路傍草に限定されるため不足がちになる。
田植えが始まると放牧可能な土地は家屋周辺、路傍やプノン(Phnoms)と呼ば
れる丘陵地帯に限定され、家屋周辺以外では放牧管理のための労力が必要となる
ため、一般的には子供がこれにあたることになる。
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【稲作跡地での放牧。子供が放牧監視】
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田植えが終わると雨期の終了する9月か10月までの間、家畜も農民も農作業か
ら開放されるが、放牧場は引き続き限定されており、路傍での放牧のほか、稲わ
らや青草の給与が中心となる。雨期の粗飼料は稲わらが重要な位置を占めている
ため、貯蔵分が底をつき始める雨期の末期には稲わらの売買が行われるようにな
る。
稲の収穫期には、放牧管理の必要性が急速に低下し、家畜も増体し始めるが、
乾期には植物も活動を停止するため、稲わらだけの飼料に戻ることになり、家畜
は再び体重を減少させることになる。カンボジアの乾期は基本的には降雨が皆無
となるため、年間を通じて貯水しているトンレサップ湖周辺(雨期には水没)を
除き、ほ場周辺での家畜用の飲用水も不足する。
カンボジアでは稲わらが最も重要な粗飼料である。サイレージなどの方法によ
る粗飼料の保存は行われておらず、乾期にはほぼ唯一の粗飼料資源となっている。
通常、稲ワラの収量は、もみの収量とほぼ同程度である。カンボジア農林水産省
の統計によれば、県ごとに違いはあるものの、平均すると牛や水牛1頭当たり年
間約1トン以上の稲わらが供給可能である。県の中では、低地であるトンレサッ
プ湖周辺のプルサット県、コンポンチャン県、コンポントム県で稲ワラの供給量
が少なく、プレイヴェン県、タケオ県、スヴァイリエン県、バタンバン県、メン
チイ県で供給量が多い。しかし、すでに述べたように、トンレサップ湖周辺では
乾期にも野草が相当量あるため、稲わら供給量が少なくても、それだけで必ずし
も飼料不足であるとは言えない面がある。カンボジアの在来牛は成牛で250〜270
s程度と小型ではあるが、稲わら1トンは1年間に必要とされるエネルギー総量
の3割程度しか充足していないといわれており、飼料は全般に不足している。
稲わらの販売価格は地域や季節によって大きく変動し、洪水発生期に最も高く
なる。この時期の価格は、1プロン(plon:カンボジアの単位で1束をゴンダー
プ(gondarb)、4ゴンダープをドンボル(dombor)、10ドンボルをプロンと言
い、約10sに相当する)で15,000リエル(約465円)程度になる。
乾期には、幹線道路沿いで青草を販売しており、価格は小が500リエル(約16
円)、大が2,000リエル(約62円)であった。青草の場合にも、重量売りではな
く、稲わらと同様の単位が用いられている。小は2ドンボルだが、水分含量の違
いから5s程度であり、大は5ドンボルで12〜13s程度である。乾期に青草が収
穫できる場所はかなり限られており、写真の青草は販売場所から40kmほど離れた
国道1号沿の湿地で刈ってきたものであった。
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【幹線道路沿いでの青草の販売】
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カンボジアは、豚、鶏用の飼料としては、米ぬか、トウモロコシ、魚粕の自給
が可能とみられるが、特に魚粕については品質に問題がある。一般に使用されて
いるのは、タイで製造された配合飼料やタイ資本のカンボジアCP社の製造した配
合飼料である。豚用の飼料は、米ぬかが中心であり、一般に飼料の50%以上が米
ぬかで構成されている。稲作農家は、砕米や米ぬかを精米代金の代わりに物納し、
精米所はこれを販売して収益を得ており、飼料用としての購入価格から逆算する
と精米代はもみ1kg当たり30〜40リエル(約0.9円〜1.2円)に相当する。農家は、
精米所から米ぬかを購入し、穀物などと自家配合する例が多く、米ぬかの品質と
価格によって養豚の収益性が大きく左右されている。通常、米ぬかの販売価格は
品質により3段階程度に分かれており、最上級が1s当たり400(約12円)リエ
ル、中間が同300リエル(約9円)、最下級が同200リエル(約6円)の例がある。
品質による階層分けは、異物やもみ殻の混入程度やにおいを基に精米所と農家と
の相対で決められる。農水省の試算によれば、豚の飼育に必要とされる米ぬかの
量は1年間に育成豚で182s、繁殖雌豚で556sであるという。
(9)と畜場(Km No.7と畜場の例)
プノンペン市内には、市の認定と畜場が3ヵ所あり、Km No.7と畜場もそのう
ちの1つであるが、ここで処理しているのは豚のみである。同市内には、このほ
かにボン・サラム(Bong Salam)と畜場とバーン・アンポウン(Bahn Ampoun)
と畜場があり、牛や水牛の処理ができるのはバーン・アンポウンと畜場のみであ
る。ちなみにここでは、ハラル処理(イスラム教徒が食べられるように処理した
もの)も可能であるが、これはマレーシアへの輸出を意識したものとなっている。
Km No.7と畜場は、コンクリート床に木製の屋根をかけただけの簡単な建物が
あるだけの施設で、処理頭数は、1日当たり豚200頭程度であり、プノンペン市
の1日のと畜頭数の20%程度を処理している。同と畜場は、民営なので農家やミ
ドルマンから直接、豚を購入し、処理・解体後に市内の市場に卸してその時に発
生する差額で運営している。豚は、買取制なので、搬入時に職員が疾病などがな
いかを目視検査している。
職員は30名で、年中無休で毎日午前2時から午前4時までがと畜解体の時間と
なっている。と畜解体時には市の獣医事務所から9名の獣医師が派遣され、衛生
検査を行っている。
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【と畜場の内部】
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【農家が豚を搬入】
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(10)畜産物の流通
カンボジアの一般市場には冷蔵庫が普及していないため、肉などの畜産物は早
朝に処理されたものをその日のうちに売り切る方式が取られており、町村ごとに
市がたっている。カンボジアには農産物の販売方法などを規制する法律はなく、
農家は生産物を自由に販売できる。販売方法は、生産者が直接市場へ持ち込む場
合とミドルマンを経由する場合とがある。
首都プノンペン市でも市場形式が主体だが、最近では日本のスーパーとほとん
ど変わらない形式の小売店も現れている。しかし、このようなスーパーでは市場
に比べて価格設定が高水準であり、一般庶民向きとは言いがたいものとなってい
る。
国内最大の消費地であるプノンペン市における過去5年間の畜産物を中心とし
た小売価格の推移を見ると、肉類はいずれも価格が高くなる傾向が表れている。
しかし、97年末にタイから始まった通貨危機の影響でカンボジアの通貨リエルの
対米ドル交換レートが98年には30%近く下落している。この通貨変動分を96年を
基準として補正すると牛肉の価格は上昇しているものの、豚肉と鶏肉の価格は下
落傾向が表れている。
表5 プノンペン中央市場と市内スーパーマーケットにおける
畜産物小売価格の比較(2001年3月現在)
注:生きた鶏は、購入時に売り手がその場で処理。
◇図:畜産物等のプノンペン市場における1s当たりの小売価格および対米ドル交換レートの推移◇
◇図:通貨レートで補正した畜産物等のプノンペンにおける1s当たりの小売価格の推移◇
ア.プノンペン中央市場
市の中心部に位置する市内最大の市場で、4ウイングを有する大規模なもので、
テナント方式のショッピングセンターに相当する。ここでは食料品、衣料、雑貨
から宝石に至るまであらゆるものが販売されているが、ウイングごとに売るもの
が決められている。肉類は1ウイングを占有しており、建物の周囲にもテントに
よるみやげ物の販売などが行われている。
肉類では、豚肉が中心であり、部位ごとの塊をその場で希望数量だけカットし
てもらって購入する。鶏肉、鶏卵は市場のビル内にはなく、肉のウイングの外側
の、魚類のエリアにあって、生きた鶏、羽をむしった地鶏、ブロイラーが販売さ
れている。ブロイラーの方が見た目も大きく、清潔そうだが、カンボジア人には
地鶏の方が好まれており、価格は安い。いずれの場所も蝿が極めて多数たかって
おり、衛生面ではかなり難があると思われる。乾期には周囲の路面のから舞い上
がる土埃がものすごく、衛生状態は良くない。
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【中央市場での豚肉の販売店。
部位別に分類されているが、
価格差はほとんどない】
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イ.ラッキースーパーマーケット
市内に3軒ある近代的スーパーの1つで、肉類はスライスして発泡スチロール
の白色トレーに載せられているものもあり、豪州などからの輸入品が中心である。
販売価格は、それぞれ1s当たり、牛肉が1万5,400リエル(約477円)、豚肉が
1万2,500リエル(約388円)、ラム肉が3万1,700リエル(約983円)、鶏肉が7
,700リエル(約239円)であった。
同スーパーでは、中央市場など伝統的な市場では販売していない、乳製品も売
られており、牛乳ではタイのCP明治社のプラスチックボトル(830ml容器で5,100
リエル=約158円)のほか、ロングライフ牛乳では1リットル紙パック入りの
シンガポールの「Twin Cows」ブランド(3,900リエル=約121円)と「Cow Head」
ブランド(3,800リエル=約118円)、ニュージーランドの「Magnolia」ブラン
ド(4,800リエル=約149円)も売られている。
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【中央市場での丸鳥の販売。
右手の黄色のものがブロイラー】
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【地方の市場での生きた鶏の販売】
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(11)畜産物の輸出入
カンボジアの輸出入統計は、輸出分のみがHSコードの上2桁ベースでしか公
表されていないため、畜産物の需給状況を把握するのは困難である。また、同国
は国境線が長く、国境線近辺の農民は自由に隣国との物流を行っているうえ、つ
い最近まで中央政府が統治できていなかった地域も多数あり、需給実態はわかっ
ていない。
また、カンボジアは伝統的には、周辺諸国への家畜の供給国であるが、その時
々の政治状況により国別、頭数別には毎年の変動が大きい。しかし、雌牛の輸出
については、役用資源の維持・増殖の目的から法的には禁止されてきているが、
実態上は規制が困難であり、相当数が不法に輸出されていると見られる。
このような状況ではあるが、国境や港湾での獣医事務所を管轄する家畜衛生・
生産局の担当者が非公式に語ったところによれば、@生きた豚:毎週200〜300頭
(年間1万〜1万6千頭程度)、A牛乳:毎月900トン(年間1万1千トン程度)、
B牛肉:毎月800s(年間10トン程度)、C豚肉:毎月200s(年間2.5トン程度)、
D鶏肉:毎月200〜300s(年間2.5〜3.6トン程度)E鶏卵:毎日20〜30万個
(年間7,300〜1億950万個程度)が正規に輸入されているとしている。また、輸
出については、鶏卵の毎週10万個(年間5,200万個程度)が正規輸出分として目
立つ程度で、ほとんどが不正輸出であるため実態は把握できないとしている。
今回紹介したように、カンボジアの畜産は小規模ではあるが、石油資源のない
同国にとっては役用としての牛と水牛の役割が大きく、その他の家畜も自家消費
用や現金収入源として重要な役割を担っている。労賃が安いことから、周辺国へ
の畜産物供給基地となる可能性もあるが、インフラの整備が十分でないことや家
畜衛生上の問題も多く、将来性は不透明といわざるを得ない。今回は、家畜衛生
にはほとんど言及していないが、牛や水牛の出血性敗血症、鶏のニューカッスル
病、偶蹄類の口蹄疫など多くの家畜疾病が常在しており、政府の財政難で十分な
対策が打てないうえ、国境付近では家畜が自由に往来することもあって防除は簡
単ではない。
現在、同国内には酪農生産が皆無であるが、ネスレ社は牛乳・乳製品の将来性
を視野に入れ、同国での生乳生産を振興しようとしている。しかし、牛乳類の市
販価格は日本のそれと大きな違いがなく、一般庶民にとってはきわめて高価であ
り、稲わらが粗飼料資源の主体となっている現状では、国内生産を行っても急速
に低価格化が達成できるとは考えられない。また、他の東南アジア諸国と同様、
カンボジア国民にとっては、乳製品イコール加糖れん乳の図式が出来上がってお
り、飲用牛乳が普及する道のりは遠い。
参考文献
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