特別レポート
牛ID制度で輸出拡大を目指すカナダの肉用牛生産の状況
ワシントン駐在員事務所 渡辺 裕一郎、道免 昭仁
カナダの肉用牛生産は、農家販売金額(2001年)で約78億カナダドルと、隣
国・米国のおよそ8分の1の規模に過ぎないが、カナダ国内では全農産物販売金
額の約22%を占める最大の作目部門である。
また、牛肉については、カナダの国内生産量は約124万トン(枝肉ベース、2
000年)と、世界第11位(世界全体の約2.5%)であるが、生産量の実に約4割
が輸出に向けられているため、カナダは、豪州、米国に次ぐ世界第3位(同約9
%)の牛肉輸出国となっている。このような輸出依存度の高さは、豚肉の場合
も同様であり、カナダの肉畜・食肉産業が海外市場を常に意識した生産・販売
戦略に取り組んできたという証(あかし)でもある。
その代表的な取組例として挙げられるのが、今年7月から全国レベルでの完
全実施となった牛の個体識別(ID)制度である。カナダは、近年における牛海
綿状脳症(BSE)や口蹄疫の非発生国としては唯一、この牛ID制度を法的に義
務化している国であり、本制度の実施などを通じて、食品安全性や家畜衛生の
面で内外の消費者の信頼を高めるとともに、顧客からの品質・規格に関する要
請にきめ細かく対応していくことで、今後もさらに牛肉の輸出量を拡大してい
くことを目指している。
今回は、こうした意欲的な取り組みによって発展を続けるカナダの肉用牛生
産の特徴や、今後の牛肉の輸出戦略について報告する。
(1)肉用牛の生産構造
カナダの肉用牛生産や牛肉産業の構造変化については、本誌1999年5月
号・特別レポートにおいて詳細な分析がなされているので、ここでは、直近の
基本的な肉用牛の生産構造について記す。
2001年のカナダにおける牛(肉用牛・乳用牛)飼養戸数は約12万2千戸と、
日本と同じ程度と考えていいが、牛飼養頭数は約1,555万頭と、日本の3倍強に
相当する。うち、肉用牛繁殖経営は約9万戸、肉用経産牛飼養頭数は約480万頭
であり、西部のアルバータ州とサスカチュワン州で頭数の約7割を占めている。
一方、肥育経営は約3万3千戸、去勢牛飼養頭数は約173万頭、このうちアルバ
ータ州だけで頭数の実に約6割が占められている。
96年からの増減を見ると、それ以前のトレンドと同様、全体的に飼養戸数が
減少する中で、繁殖、肥育経営ともに東部から西部への産地移動が続いており、
やはり1戸当たりの経営規模も突出するアルバータ州が大きな飼養頭数の伸び
を示している。
表 カナダの肉用牛飼養状況
(1)牛全体
(2)肉用経産牛
(3)去勢牛(1才以上)
資料:Statistics Canada「Agriculture 2001 Census」
アルバータ州は、牛のと畜頭数(2001年)においても約234万頭と、
全国(約368万頭)の6割強を占めている。ロッキー山脈の東に広大な土地資源
を有する同州は、隣のサスカチュワン州に次ぐ穀倉地帯であるなど、肉用牛生
産の立地条件にそもそも恵まれているという利点に加え、同州政府による積極
的な肉用牛振興策の下、これまでカーギル、エクセル、レイクサイド(IBP)
といった米国資本の大規模なパッカーのプラントも進出している。このように
同州は、生産から処理、加工に至る一連のプロセスが完結することによって、
相対的な地位を一層高めているといえる。
(2)肉用牛生産の特徴
カナダにおける肉用牛の生産技術は、米国におけるそれと基本的にはほとん
ど同じであるといえる。しかし、西部をはじめとする主要な生産地帯は、大半
が北海道よりも北の北緯48度以北に位置しているため、大陸性の気候にあると
はいえ冬季の放牧に制約を受ける地域が多い。
こうしたカナダにおける肉用牛生産のプロセスおよび季節的なパターンに関
し、カナダビーフ輸出連合会(CBEF)が取りまとめた分かりやすい公表資料が
あるので、これにカナダ肉牛生産者協会(CCA)や訪問農家からの聞き取り内
容なども基に、その特徴について記述する。
ア 品種
70年代初期までは、早熟早肥のヘレフォードやアバディーン・アンガスなど
の純粋種が主流であったが、その後、シャロレー、シンメンタール、リムジン
などの晩熟だが増体や肉付きもよい品種が導入され、現在では、これら両方の
特質の良いところを求めてかけ合わせた交雑種が大半を占める。
なお、気候が冷涼なカナダには、米国の南部や豪州の乾燥地域でも飼養され
ているようなブラーマンやゼブーに代表されるインド牛(Bos indicus)はお
らず、すべて上記品種のようなヨーロッパ牛(Bos taurus)を基礎としている。
このため、「カナダ産牛肉は、米国産や豪州産よりも軟らかい」というのがCB
EFによるセールスポイントの1つでもある。
イ 繁殖部門
カナダの子牛生産は、6〜7月の交配によって翌年の3〜4月に分娩を迎えると
いういわゆる春子牛生産が主体である。これは一般に、草資源の豊富な春から
夏、そして秋(10〜11月)の終牧時まで子付き放牧を行い、250キログラム程
度の体重で離乳させるというパターンとなる。離乳時体重は、個体差や放牧時
の草の状態などによって160〜320キログラムの幅があるため、その体重区分に
応じ、通常、次の3つの育成・肥育方式が取られている。
@ 軽量級(離乳時体重160〜225キログラム)
冬〜春期にかけて120〜150日間の放牧期間の延長が行われた後、子牛は育
成(100〜120日間)、肥育(100〜150日間)段階を経て、18〜24ヵ月齢でと
畜。
A 中量級(同225〜275キログラム)
育成(100〜120日間)、肥育(100〜150日間)段階を経て、14〜18ヵ月齢
でと畜。
B 重量級(同275〜320キログラム)
225日齢までに離乳後、肥育(180〜225日間)段階を経て、12〜14ヵ月齢
でと畜。
地域または経営によっては、放牧期間延長のため、スワース(swath:刈ら
れた草の一区画という意)と呼ばれる手法がとられている。例えば、アルバー
タ州の一部では、霜が降る9月中旬前(8月末から9月にかけて)に2〜3番草を
刈り取ったまま放牧地に放置し、10〜12月の間はこれを採食させることによっ
て放牧の延長が図られている(豪雪の降る1月の前には終了)。なお、同州南
部では、チヌーク(chinook)と呼ばれるロッキー山脈から吹き降りる暖かい
風のおかげで冬期放牧も可能であり、放牧地では必要に応じてロールベール乾
草などの補助飼料も給与される。
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【アルバータ州カルガリー近郊
の繁殖経営における放牧風景
(終牧間際の10月末、例年より
も早い初雪が残っている)】
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ウ 育成部門
離乳時体重が比較的小さい子牛をペンまたは放牧地において粗飼料主体で育
成し、肥育素牛として体重350キログラム程度にまで仕上げるプロセスを、北
米ではバックグラウンディング(Backgrounding)と呼ぶ(米国では一般的に
放牧主体の育成経営はストッカー(Stocker:育成牛)経営とも呼ばれている)。
カナダで生産された子牛の半数以上は冬期にこのプロセスを経て、春にフィー
ドロットに出荷される。この間の1日当たり増体重は、680グラム〜1キログラ
ムとされる。
エ 肥育部門
カナダにおけるフィードロットの飼養規模は、数百頭クラスから4万頭を超
えるものまであるが、7割を超える穀物肥育牛が1,000頭規模以上のフィード
ロットから出荷されていると推計されている。2001年における全国の出荷頭
数は、国内でのと畜仕向けが去勢牛、未経産牛合わせて約280万頭、米国内で
のと畜仕向けが同約70万頭、合計約350万頭となっている。出荷時の平均体重
は、去勢牛が約590キログラム、未経産牛が約550キログラムである(枝肉重
量は、それぞれ約370キログラム、約350キログラム)。
フィードロットにおける給与穀物は、地域の栽培作物の種類を反映し、西
部地域においては鮮やかな白色の脂肪が期待できる大麦が主体であるが、中
部から東部地域においてはとうもろこしが主体であり、仕上げに大麦を給与
する場合もあるとされている。
なお、カナダにおける牛肉の格付けは、カナダ食品検査庁(CFIA)が定め
た基準に基づき、カナダ牛肉格付協会(Canadian Beef Grading Agency)が
実施する自主的制度であるが、全国における格付頭数は、国内の食肉検査頭
数の約9割に上っている。
格付基準は、肉質等級(13段階)と歩留り等級(3段階)からなり、肉質等
級の上位4区分(プライム、AAA、AA、A)に格付けされた牛肉は、2001年では
全体の約94%を占めている。これを米農務省(USDA)基準と比較すると、カ
ナダの「プライム」がUSDAの「プライム」に、カナダの「AAA」がUSDAの「チ
ョイス」に、カナダの「AA」がUSDAの「セレクト」にそれぞれ相当するとさ
れているが、カナダにおけるこれらの区分においては、米国と違って肉色が
暗色のものや脂肪の色が黄色のものなどは除外される。このように、肉質の
面で米国よりも厳格な格付基準を採用しているということも、CBEFによるカ
ナダ産牛肉のセールスポイントとして挙げられている。
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【カルガリー近郊のフィード
ロット(ここは、CBEFのベン
・ソラクソン会頭がカルガリ
ー近郊で経営している2つの
農場の1つ。飼養規模は合計
約4万頭。各ペンは、風雪防
止用の高い木製の柵で仕切ら
れている)】
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【同フィードロットの管理事
務所にて(左から、今回の取
材でお世話になったCCIAの統
括マネージャーのジュリー・
スティットさん、ちょうどこ
の日がハロウィンのため蝶ネ
クタイ姿で出迎えてくれた従
業員のジャニスさんとマイク
さん)】
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(1)制度導入の目的と経緯
近年EU諸国や日本ではBSEや口蹄疫の発生が確認されているが前述の通
り、カナダは、それらが確認されていないにもかかわらず義務的な牛のID制度
を実施している国である。牛肉の輸出依存度が約4割にも上るカナダで、ひと
たび国内において深刻な家畜疾病の侵入・発生があった場合、これが防あつさ
れ国際的に清浄化が認められるまでの期間は実質的な輸出停止となるため、国
内の肉用牛・牛肉産業は大打撃を受けることとなる。
こうした場合、牛ID制度があれば、疾病の発生確認後(またはその疑いがあ
った場合)発生源(その家畜の生産・出荷農場など)までの足取りをさかのぼ
り(トレースバック)、速やかな防疫措置を講じることによってそのような惨
禍を最小限に食い止めることができる、というのがカナダにおける導入の最大
の理由である(実際には、疾病だけでなく、抗生物質や化学物質などの残留基
準違反などに対応することも目的とされている)。
カナダ政府における本制度の管理主体であるカナダ食品検査庁(Canadian
Food Inspection Agency:CFIA)と、実質的な運営を行うため98年に設立され
た非営利団体・カナダ牛個体識別エージェンシー(Canadian Cattle Identifi
cation Agency:CCIA。オフィス:アルバータ州カルガリー)は、このような
理由をもって国内生産者の理解を得ることに努めてきた。また、2000年に欧州
を中心に猛威を振るった口蹄疫の発生もこれを後押しする役割を果たしたとさ
れる。
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【CCIA認定耳標につけられるトレードマーク】
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本制度の対象には、肉用牛だけでなく乳用牛、さらにはバイソンも含まれて
いるが、乳用牛については、今回の制度導入に先立つ95年から、カナダ・ホル
スタイン協会(Holstein Canada)が自主的なID制度をすでにスタートさせて
いたため、現在もその枠組みをベースにした運営がなされている。ただし、本
制度に関するデータベースは、乳用牛も含めてCCIAが一括管理している。
なお、連邦政府とは独立した政策路線を歩むことの多いケベック州において
は、2001年3月に制定された州法に基づき、州政府の全額負担による電子耳標
の装着が義務付けられ、CCIAとは異なるデータベースを管理しているが、CFIA
を中心とした連邦のトレースバック・システムに組み込まれているという意味
では同じである。
(2)制度の概要
ア 根拠法令と施行時期
90年に制定された家畜衛生法(Health of Animals Act)の改正によって、9
3年に「連邦政府が家畜ID制度の創設および管理に関する規則制定を行うこ
とができる」旨の規定が追加された。これに基づき、牛(バイソンを含む)の
ID制度の具体的な実施方法などについて定めた家畜衛生規則の改正規則案が99
年12月に提案され、最終的には2000年4月24日に正式な規則として公布された。
本規則の施行は、次の3段階に分けられている。
@ 第1段階(2001年1月1日以降):牛ID制度がスタート。最初の牛群(出生
農場)から移動させられる牛について、移動の前に耳標を装着
A 第2段階(2001年7月1日以降):すでに別の牛群に移動しているすべての
牛について耳標を装着。と畜施設(パッキング・プラント)における耳標の
読み取り開始
B 第3段階(2002年7月1日以降):完全実施。違反に対する罰金の賦課開始。
罰金は、違反1件につき500ドルであるが、15日以内に支払われれば250ドル
(ただし、国内の牛群に対して潜在的にリスクを与えるような重大な違反につ
いてはさらに厳しい処罰の対象となり得る)
イ 耳標の種類と個体識別番号
CFIAが認める耳標は、95%以上の保持率(脱落が5%未満)と95%以上の読
取率がテストによって確認できればよく、現在、国別番号(ISO準拠:カナダ
は#124)と各個体識別番号が読み取れるバーコード付きのパネル型耳標(27
種類:9社製)とマイクロチップ入りの電子耳標(2種類:2社製)が認められ
ている。
1個当たりの耳標の末端価格は、現在、パネル型が0.9〜1.75カナダドル(7
2〜140円:1カナダドル=80円。以下、本稿では単に「ドル」と表記する)、
電子が7〜8ドル(560〜640円)であり、その購入費はすべて生産者の負担で
ある。この価格のうち0.2ドル(16円)がCCIAの制度運営コストに充てられる
こととなっている。
個体識別番号は9ケタの数字であり、乳用牛には000000001〜099999999、肉
用牛には100000000〜299999999の範囲の番号がそれぞれ振り分けられている。
当該牛がと畜されても、20年間は別の牛に同じ番号が再度割り振られること
はない。
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【CCIA認定耳標の一部】
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【電子耳標と番号読取器(黒
い丸の部分を耳標にあてると、
ディスプレーに番号が表示さ
れる)】
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ウ 耳標の装着
以前から自主的な制度を有していた乳用牛の場合においては、従来どおり1
頭ごとに両耳にそれぞれ1個づつ(合計2個)の耳標を装着することとされてい
るが、肉用牛については片耳に1個装着すればよいとされている。CCIAによれ
ば、耳標は、農家自身で装着する場合が大半であるが、シュートなどの牛を保
定できるような施設を持たない農家においては、オークション・バーン(家畜
市場)に牛を連れて行って装着してもらうという。
耳標の脱落は、放牧されている肉用牛については終牧時や出荷時の牛を集め
る際に確認されることが多いとされ、こうした場合には、それまでの番号では
なく新しい番号を付した耳標を改めて装着することとされている。
なお、耳標の装着義務は輸入牛にも課され、米国産の牛については、あらか
じめ輸入前に耳標を米国サイドに送付し、装着しておいてもらうことも可能と
されている。
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【向かって左端がCCIAの
認定耳標】
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エ 耳標の配布とデータの流れ
まず、耳標が農家にわたるルートとしては、乳用牛の場合には、ホルスタイ
ン協会が農家から一括して注文を受け、耳標の工場から農家に直接納入される
が、肉用牛の場合は、登録された1,500以上の販売店(農業協同組合や農業生
産資材販売店)を通じて農家に販売される。個体識別番号は、CCIAによって耳
標の工場に割り振られ、乳用牛の場合はホルスタイン協会が、肉用牛の場合は
上記耳標の販売店が、どの番号の耳標がどこの農家に販売されたかという情報
をCCIAのデータベースにインターネットを通じて入力する。
各農家にもそれぞれ固有の農家ID番号が割り振られており、その際には、各
農家の住所、郵便番号および電話番号がCCIAに登録されているが、農家自体に
は牛個体識別番号に関するCCIAへの報告義務はない。このため、現在CCIAが管
理しているデータは、牛の個体識別番号とその番号の耳標を購入した農家に関
する情報までであり、実際に各農家においてどの番号の耳標がどの牛に装着さ
れたかという記録の実施・保管は、各農家に委ねられている。
一方、家畜市場やフィードロットなどにおいては、取引される牛に耳標が装
着されているかどうかを確認するとともに(まだの場合はそこで装着する)、
出荷元や取引先に関する記録を保持することとされている。また、パッキング
・プラントにおいては、と畜後の枝肉検査が終了するまで個体識別番号を保持
し、検査終了後は、当該牛の番号が消滅したことをCCIAに報告しなければなら
ない。
◇図 1:カナダにおける牛IDシステムの流れ◇
本制度における情報のデータベースはCCIAが管理しているが、実際には、入
札方式によって決定された同じカルガリーにあるQCデータ社(QCとは、Qualit
y Controlの略)という民間の情報管理会社に委託されている。同社はこれま
で、主に医薬品などの医療分野や石油、ガスなどの天然資源に関連する企業を
顧客として、設立以来25年の実績を有しているが、農業関連分野の業務は今回
の牛ID制度が初めてとのことである。データベースの作成はオラクル社(本社
:米国)が担当し、インターネットによるデータベースへのアクセス・プログ
ラムの設計に当たっては、CCIAサイドがQCデータ社に何回も足を運んで要望を
取り入れてもらったという。
このデータベースへのアクセスは、管理主体であるCCIA以外は実質的にCFIA
だけに限定されている(厳密には、耳標の販売農家についての報告を行う耳標
の販売店や番号の消滅について報告するパッキング・プラントも、データ入力
のためだけのアクセスは可能)。
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【QCデータ社の牛ID制度のデータ管理用ホスト
コンピューター(データのバックアップは、職
員のシフトに合わせて8時間おきに行われてい
る)】
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(3)制度の実施状況
ア 耳標の装着状況
本制度が正式にスタートを切った2001年1月1日よりも前から、CCIAは、農家
に対する制度への理解促進と耳標装着の徹底を図るため、耳標の配布と並行し
て、ニュースレターやパンフレットの発行、生産者団体や州レベルでの度重な
る会合の開催、広告会社を通じたラジオ宣伝などを実施してきた。
CCIAによれば、今年10月までに、耳標工場に対して約2,200万個分の個体識
別番号が割り振られ、その中の約1,700万個が工場から販売店に納入済みであ
り(工場から農家に直接販売される乳用牛分は含まれない)、さらに約1,200
万個が販売店から農家に販売されたとしてデータベースに報告されているとい
う。独自のID制度を有するケベック州を除く今年10月現在の牛の総飼養頭数は
約1,390万頭であるため、単純に計算すれば装着率は約86%ということになる
が、出生農場でそのまま飼養されている子牛などについては装着義務がないこ
とから(移動時に装着義務が発生)、実際上は90〜100%の範囲内にあるとCC
IAは述べている。
耳標がきちんと装着されているかどうかについては、トレーニングを受けた
100名程度のCFIAの検査官(注:すべてが専従ではない)が、全国約200カ
所の家畜市場において取引される牛をチェックするという監視体制となってお
り、これまでに耳標の未装着による200件ほどの罰則の適用例が確認されてい
るとのことである。
なお、ケベック州を除き、耳標の購入コストは全額生産者負担であるため、
今でも制度に異を唱える生産者は存在しているが、次第にその数も少なくなっ
てきており、いずれそうした生産者は市場から退場せざるを得なくなるのでは
ないか、と関係者は語っている。
イ トレースバック
前述の通り、カナダの現行ID制度におけるトレースバックの範囲は、パッ
キング・プラントから出生農場まであり、CCIAのデータベースには牛1頭ごと
の個体情報までは入力されておらず、また、EU諸国や日本における牛のパスポ
ートのような個体情報を記録する制度も、農家における義務もない。これは、
制度導入に当たって、農家の経済的・労力的な負担をなるべく軽減するという
観点が大きい。
このようにシンプルな仕組みではあるが、仮に、CFIAの検査官によってパッ
キング・プラントにおいてある牛から何らかの異常が発見された場合、CFIAは
CCIAのデータベースにアクセスし、出荷元であるフィードロットなどからの情
報と個体識別番号を元に、出生農場に至るまでの移動の足取りを追跡すること
ができるため、制度の目的は十分に果たされるというのが関係者の一致した見
方である。CCIAによれば、図2にあるように、もしID制度がなかった場合、当
該フィードロットに素牛を供給するすべての育成経営や家畜市場、さらにはそ
れらに出荷するすべての繁殖経営を検疫や検査の対象下に置く必要があるが、
図3のようにID制度のおかげで効率性が増し、関係の牛群をそのおよそ1割程度
にまで絞り込むことができるとしている。
なお、詳細は不明であるが、CCIAによれば、いずれも深刻なケースではなか
ったものの、本ID制度を活用して、これまでに牛結核や残留基準違反などの疑
いで20件程度のトレースバックが行なわれ、直ちに関係の牛群が特定できるな
ど有効に機能したという実例がすでにあるとしている。
◇図2:牛ID制度がない場合のトレースバック◇
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◇図3:牛ID制度がある場合のトレースバック◇
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(4)今後のID制度の方向
ア 電子耳標の拡大の可能性
複数の関係者の話によれば、生産者が負担できる耳標のコストは、バーコー
ド型の場合1.5ドル(120円)程度で、2ドル(160円)を超えると生産者から反
発が出るだろうとの声もあった。また、値段高い電子耳標については、現在は
まだほとんど普及していないが、今後、各社の競争によって3ドル(240円)程
度にまで価格が下がり、書類作成業務の軽減といったメリットが生産者にも理
解されれば、今後5〜10年のうちにバーコード型から置き換わる可能性がある
との話もあった。
現在、CCIAは、9社の電子耳標製造企業などとともに、電子耳標の実用性や
メリットなどに関する評価を実施中であり、特に、マニトバ肉牛生産者協会や
CFIAとは、同州内の牛結核管理地域(コントロール・ゾーン)における牛の行
動追跡プロジェクトにも取り組んでいる。さらに将来的には、地理情報システ
ム(Geographic Information System:GIS)や 全地球測位システム(Global
Positioning System:GPS)を活用し、失踪牛(放牧地で行方不明になる牛の
数は1日当たり4〜5頭に相当するという)の捜索なども期待できるとしている
イ 対象畜種の拡大
CFIAは、牛の次に羊をID制度の対象畜種として追加することとし、現
在、規則案の作成に取り組んでいるとしており、また、これと並行してCCIAも、
羊の業界団体との合意に向けた協議を行っているところである。なお、それ以
外の畜種としては、鹿や豚が想定されており、こうした将来の畜種の拡大に備
え、CCIAの名称変更後のCLIA(Canadian Livestock Identification Agency)
はすでに名称登録済みであるという。
ウ データベースへの情報の追加
CFIAは、将来的にも、牛の個体ごとのパスポート制度を導入する意向はない
としている。しかし、現在CCIAが管理しているデータベースには、追加的な情
報を記録する容量が確保してあり、前述のような牛の行動追跡に関するデータ
のほか、個々の牛の枝肉成績や遺伝情報などを管理することも想定されている。
生産者団体のCCAは、こうした情報のフィードバックなどを通じ、ID制度に参
加することで得られる付加的な恩恵を農家に対して提供していくことが重要で
あるとしている。
エ 牛肉のトレーサビリティ
今年6月27〜28日に開催された農業大臣会合において連邦政府と一部の州政
府(ケベック、マニトバおよびサスカチュワンの3州以外)との間で合意され
た今後5年間の新たな農業政策枠組み(Agricultural Policy Framework:AFP。
詳しくは、本誌2002年8月号・海外トピックスを参照)の中には、食品安全性
確保のための対策として、生産段階から消費者にいたるすべてのフードチェー
ンにおける追跡システムの構築を支援するとうたわれている。
CFIAは、先駆的に導入されている牛ID制度における経験を生かしながら、国
家的戦略として、他の産品(加工品や野菜など)を扱う農業省と連携していく
としているが、と畜施設以降の流通、小売分野における牛肉のトレーサビリテ
ィ(追跡可能性)も含め、現時点では、具体的なスケジュールはまったく決め
られておらず、内容についても白紙の状態であるとしている。これは、肉用牛
・牛肉の業界団体とて同じであり、生産者団体のCCAも、業界としてCFIAに協
力していくつもりだが、今はCFIAの動きを待つ以外にないと述べている。CFIA
は、いずれにしても関係者に受け入れ可能で柔軟性のあるやり方が重要である
としており、現在のところはEU諸国や日本の動きを注視している状況にある。
(1)生産者団体による品質・安全性保証プログラム
カナダ産牛肉の品質と安全性を高めることによって内外の消費者に対する信
頼性を確保するため、全国的な生産者団体であるカナダ肉牛生産者協会(Cana
dian Cattlemen’s Association:CCA)は95年から独自の取り組みを行ってい
る。これは、「Quality Starts Here テ(ここから品質がスタートする テ(チ
ェックマーク))」(QSH)という名称がつけられており、HACCP(危害分析重
要管理点監視方式)の考え方をベースにしたいくつかのプログラムが実施され
ている。
その中でも、全国段階では、繁殖経営、フィードロットおよび飼料の生産・
管理に関する適正生産基準(Good Production Practices:GPP)のガイドライ
ンが定められ、これに沿った各農家における統一的な品質管理方式の実施が推
進されている。
さらにCCAは、こうしたGPPやHACCP、そして家畜衛生管理、飼料給与、牛の
導入と出荷、害虫駆除、ほ場管理およびバイオセキュリティに関する標準作業
手順(Standard Operating Procedures:SOP)などに従って生産を行う農家を
認定する確認牛肉生産(Verified Beef Production)プログラムを創設し、今
年9月から、オンタリオ州の繁殖経営を対象としたモデル事業をスタートさせ
たところである。
(2)カナダ産牛肉の対日輸出戦略
今回、89年にカナダ産牛肉の輸出促進を図るために設立された非営利団体の
カナダビーフ輸出連合会(Canadian Beef Export Federation:CBEF)のテッ
ド・ヘイニー会長に、今後の対日輸出戦略などについてインタビューを行った。
最後に、そのポイントを紹介して本稿を終えたい。
ア 生産段階での安全性確保のための取り組み
・ われわれは、カナダ産牛肉の安全性確保のため、HACCPの実施や家畜衛生
ステイタスの保持に取り組んでいる。具体的には、義務的な牛ID制度の実施
とCCAによるQSHプログラムの実施である。
・ 牛ID制度は、消費者の信頼性を確立するための有効な手段であり、海外か
らも評価されている。本制度を通じた速やかなアクションによって被害を最
小限にすることができ、これが安全性の確保につながっている。
・ QSHプログラムについては、現在、全国でGPPに沿った取り組みが行われて
おり、また、試験的に行われている確認牛肉生産プログラムについては、5
年後の全国的な実施を目指している。このプログラムの実施は、今後、パッ
カーからも求められるようになるだろう。
・ 今後も、ユーザーからの要請に応じ、それが科学的な安全性確保につなが
るようなことなら、調査を行い、その上で何ができるのかを考えていく用意
がある。
イ 他の輸出国と比べたカナダの肉用牛・牛肉産業の特徴
・ カナダの生産者とパッカーは、対立などせず、とても密接で良好な協力関
係にある。
・ カナダは、(産業規模の面では)米国や豪州に比べると小国であるが、わ
れわれには、小国であるが故のやり方がある。つまり、争いによってではな
く、交渉によって解決するという方法である。
・ われわれは、顧客からの要望に応じた、きめ細かいスペック(規格やカッ
ト方法)への対応ができる。カナダ産牛肉をPRしていく上では、こちらから
のお仕着せではなく、各顧客の利益にかなうような、手と手を携えたアプロ
ーチをとっていく。
ウ 対日輸出の目標
・ 現在、日本向けのメインは、牛丼や焼肉などの外食向けの冷凍もの、特に
部位ではショートプレート(ばら)が中心であり、アイテムが少ない。日本
におけるBSE騒動の後、輸入牛肉の中でもカナダ産の対前年減少率が最も低
いというのは事実であるが、その理由は、外食向けの冷凍ものの需要が回復
してきたからである。
・ このような冷凍中心という現状が望ましいとは考えておらず、今後は、テ
ーブルミート用の冷蔵のリブ、ロイン、チャックなどを増やしていくことが
われわれにとっての挑戦である。
・ 今後5年間、われわれは、安全性、品質、サービス(スペック対応)とい
うメッセージで、日本の消費者の信頼性を確立していきたい。特に、消費者
との関係が密接でサービスも行き届きやすい中小のスーパーをターゲットに
してPRを行うつもりである。
・ われわれの目標は、日本向けの年間輸出量を、現在の約3万トンから、201
0年には7万6千トンにまで増やすとともに、冷蔵の割合を現在の30%から50
%に高めることである。
エ WTO交渉
・ CBEFは、CCAや食肉パッカーの団体であるカナダ食肉協議会(CMC)ととも
に補助金と関税の廃止による自由貿易を目指すカナダ農業・食料貿易連合
(Canadian Agri-Food Trade Alliance:CAFTA)のメンバー(牛肉のほか、油
糧種子などの計12の関係団体・企業が参加)。このメンバーの関係作目の生
産額は、カナダ農業全体の7割を占めている。
・ CAFTAは、世界貿易機関(WTO)農業交渉において、カナダ政府の提案では
なく、もっとアグレッシブなケアンズ・グループ提案の方を支持している。
・ カナダの牛肉産業は、輸出依存型の徹底した貿易産業。最終的には、各国
における牛肉の関税撤廃が目標である。
(本稿作成に当たっては、在カナダ日本大使館の内田幸雄一等書記官にも御協
力をいただいたので、この場をお借りして感謝の意を表します。)
CFIA、CCIA、CBEFおよびCCAからの意見聴取ならびにこれらの公表資料を参考
にした。なお、資料の一部は、以下の各ウェブサイトからも入手可能である。
・CFIA http://www.inspection.gc.ca/english/anima/
heasan/heasane.shtml
・CCIA http://www.canadaid.com/
・CBEF http://www.cbef.com/
・CCA http://www.cattle.ca/
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