海外駐在員レポート 

フィリピンにおける畜産業活性化の取り組み

シンガポール駐在員事務所 宮本 敏行、小林 誠




T はじめに

 フィリピンの経済は、99年から2000年にかけて2年連続のプラス成長を記録
し、97年から東南アジア地域で顕在化した経済危機の余波からのV字型回復を鮮
明にしつつある。しかし、一方では、国の最重点課題とされる貧困(収入が最低
生活費を下回る状態)問題の解決は遅々として進展せず、近年の世界的な景気悪
化の影響や依然として続く政情不安などによる社会の閉塞感の中で、将来的な力
強い経済発展のシナリオを描き難いのも事実である。

 そうした中、ピープル・パワーによって成立したアロヨ政権がスタートして約
1年が経過した。同大統領は昨年7月、就任後初めてとなる施政方針演説で、農
業の近代化をはじめとした貧困対策を中心に据える姿勢を明確に打ち出している。
より透明性の高い民主的な政治の下で、同国の経済を底辺から支える農業、とり
わけ収益率が高い畜産業への期待は一層高まりつつある。特に農村部において5
割が貧困層と言われる貧困問題の解決のためにも、農業の発展の一翼を担う畜産
業の役割は重要度を増していると言えよう。本稿では、最近の畜産物の需給動向
を踏まえ、歴代政権の下で90年代からとられてきた畜産業活性化の取り組みを紹
介したい。


U 農畜産業の概況

1. フィリピンの一般概況

 日本列島の南西に位置するフィリピンは、南北約2,000キロメートルにわたっ
て散在する大小7,100余の島で構成され、インドネシアに次ぐ世界第二の島嶼国
家である。マニラ首都圏があるルソン島をはじめ、ミンダナオ島、パラワン島、
セブ島などの主要11島で総面積の96%を占め、北部に位置する中心的存在のルソ
ン地域、セブ島やパラワン島などが含まれる中部のビサヤ地域、ミンダナオ島や
スール諸島を中心とする南部のミンダナオ地域の3地域に大きく分けられる。

◇図1:フィリピン行政区分図◇


 フィリピンは、熱帯性モンスーン型気候に属し、ルソン島では11〜5月の乾季
と6〜10月の雨季に大別できる。7〜11月には発生初期の台風の通過域となるが、
その威力は想像を絶するものがあり、農畜産業をはじめとする同国の主要産業に
しばしば手痛い打撃を与える。また、様々な規模の地震が1日平均で5回起こる
と言われ、最大のものはマグニチュード8近くにまで達する。91年にはルソン島
中部のピナツボ火山が噴火し、広範囲にわたる火山灰や泥流の発生で、現在に至
るまで同国の地場産業に大きな被害をもたらしている。このように、フィリピン
は世界でも有数の災害多発地であると言える。


2. 農畜産業の位置付け

 フィリピン経済における農畜産業の比重は、商工業の発展に伴い漸減傾向にあ
るものの、GDPの2割を占める重要な産業であるとともに就労人口の4割を擁し、
貧困層に就労機会を提供する分野として社会発展の側面からも重要な産業である。
こうしたことから、農業生産の動向が経済成長の行方に大きく影響を与える。

 98年のGDP成長率は0.6%のマイナス成長となったが、これは、工業やサービス
部門の低迷以上に、度重なる台風の被害やエル・ニーニョ現象などで農業生産が
大きな打撃を受けたことが要因の一つとなっている。また、99年の成長率は一転
して3.3%のプラスになっているが、農業分野がいち早く回復しそのけん引役を
果たしている。

表1 アセアン各国の経済指標(99年)

 資料:IMF、各国政府統計




3. 農業の概要

 フィリピンの農地面積は国土の43%に当たる1,303万ヘクタールを占めており、
そのうち、約半分が水田となっている。2000年の農水産業総生産額は2,497億ペ
ソ(約6,243億円:1ペソ=2.5円)であり、国民の食生活に最も密着したコメ、
商品作物として重要なココナッツを中心とした作物が52%と約半数を占める。畜
産は肉畜等部門が352億ペソ(約880億円)、家きん部門が364億ペソ(約910億
円)となっており、全体の29%を占めている。四方を海で囲まれるフィリピンは
水産業も盛んであるが、その割合が19%に過ぎないことを考慮すると、畜産は第
1次産業の中でも重要な位置を占めていると言える。

 2001年の第3四半期までの農業総生産額は、家きん部門を筆頭に畜産業が好調
を維持したことにより、前年同期比で2.9%増加している。モンテメーヤー農務
長官は、第4四半期には年末年始需要も見込めることから、良好な天候に恵まれ
れば2001年の農業生産のさらなる伸びが期待できるとし、3.0〜3.5%という通年
の成長目標は十分に達成可能と予測している。

表2 農水産業生産額の推移

 資料:農業省畜産局
  注:2001年は1〜9月


4. 畜産業の概況

 96〜2000年の期間における分野別の生産額の伸びは、作物および水産物がそれ
ぞれ2.2%増、2.8%増にとどまったのに対し、畜産物は15.8%の大幅な増加を記
録しており、将来的にも同国の農業生産の発展をけん引する部門として期待され
る。

 2000年の実績で見ると、畜種別の生産額は豚が273億ペソ(約683億円)、鶏が
264億ペソ(約660億円)とそれぞれ畜産全体の38%および37%、合計では75%
を占めるに至っている。これは、豚肉および鶏肉が国民に最も好まれる食肉であ
ることに加え、養豚や養鶏の分野では収益力の高い企業的な経営が着実に育って
いることが要因の一つとみられている。

(1)肉牛

 水牛と同様、役用としても使われるため全国的に飼養されており、品種は比較
的小型の在来種および在来種とブラーマンとの交雑種が一般的である。大都市を
中心とした牛肉の消費増を背景として、2000年の飼養頭数は対96年比で16.5%
増の247万9千頭と高水準の増加を示している。このうち、92%はバックヤード
・ファームと呼ばれる一般的な小規模農家による庭先での飼養形態であるが、飼
養頭数の増加については豪州産を中心とした肥育用生体牛の輸入増大が果たして
きた役割も大きい。ミンダナオ島などには5千頭規模のフィードロットも出現し
ている。2000年の1人当たりの牛肉消費量は、96年と比較して1.4%増の2.8kg
となった。

 なお、フィリピンは、豪州が衛生上の問題からフィリピン産果物の輸入を禁止
したことへの対抗措置として、2000年6月、豪州産生体牛の輸入頭数を前年比で
20%削減する措置を講じた。その後行われた協議の結果、豪州が2年以内にフィ
リピン産果物の輸入検査を終了することで両国が合意し、フィリピン政府は当初
の削減計画を段階的に緩和、2001年には完全に撤回した。しかし、この措置によ
り、2000年における生体牛の輸入頭数は前年比16.9%減の19万7千頭に落ち込ん
でいる。2001年に入っても輸入頭数の減少傾向は止まらず、ペソ安が進んだこと
もあって前年の半数程度に止まるとみられている。
【写真1 農家の庭先で草を食む在来肉牛】


(2)水牛

 水牛は大きく分類して役用(スワンプ型)と乳用(リバー型)があるが、フィ
リピンの在来水牛は前者に属する。古くから主要な役畜として飼養されてきたた
め、稲作やトウモロコシなど農作物生産が盛んな地域を中心として全国に広く分
布している。2000年の飼養頭数は、96年と比較して6.4%増の302万4千頭で、
伸び率はわずかだが増加している。これは、農作業の機械化が大幅に進んだこと
から一気に頭数を減じたタイやマレーシアなどの事例と対照的な動向であり、政
府が72年以降、水牛のと畜を制限(7歳以下の雄および妊娠した雌のと畜を禁止)
をしてきたことがこれを側面から支えたと考えられる。なお、政府は2001年11月
にこのと畜制限を解除しており、将来的には他のアジアの国々と同様に、飼養頭
数が減少に転じる可能性もある。

 国産生乳の2割は水牛由来とされる。農業省に属するフィリピン水牛センター
は、乳用としての水牛の資質に注目しており、泌乳能力の高い外国種を導入する
ことで国内の水牛乳生産の増加を図るプログラムを実施している。95〜99年の期
間にブルガリアから乳用タイプのムラー種を3,400頭輸入したほか、インドにあ
る同センター所有の施設で水牛の受精卵を作り、フィリピン国内の水牛に移植す
る事業を進めている。また、第3行政地域のパンパンガ州をはじめ、全国に13ヵ
所の特別地区を設け、水牛乳生産を中核とした水牛振興策を展開している。
【写真2 農耕の合間に休息する
在来型の水牛】

    
【写真3 酪農家に飼養される乳用水牛】
(3)乳牛

 産業としての酪農は94年、ラモス大統領によって推進された中期発展計画(93
〜98年)の畜産部門の目玉として、第6行政地域のCapiz州など4ヵ所のモデル
地域に導入された。現在は全国各地で酪農が営まれており、生乳の生産割合は北
部のルソン地域が49%、中部のビサヤ地域が14%、南部のミンダナオ地域が37%
となっている。品種はホルスタインおよびサヒワールの交雑種が多く、酪農組合
傘下の平均的農家では3〜7頭が飼養されている。

 しかし、フィリピンにおける酪農の規模は極めて小さく、消費される牛乳・乳
製品の自給率は生乳換算で1%程度とされている。99年の乳牛飼養頭数は7,100頭
に過ぎず、インドネシアの33万2千頭、タイの28万3千頭、マレーシアの4万3
千頭など他のアセアン主要国と比較すると著しく少ない。同年の生乳生産量も9,
900トンで、インドネシアやタイとは40倍以上の開きがある。しかし、フィリピ
ンでは乳製品の摂取習慣が定着していることから、年間の1人当たりの乳製品消
費量(生乳換算)は16kgと、タイの20kgと比較してもそれほどのそん色はない。
(参考:インドネシア5kg、マレーシア30kg)

 フィリピンでは現在、生乳生産の増加、農民の所得向上および学乳事業の定着
を目標に掲げた「白の革命(White Revolution)」と呼ばれる一連の酪農・乳
業振興策が推進されつつある。この計画では、生乳生産量を年率10〜15%増加さ
せ、乳製品消費に占める国産生乳の割合を25%まで上昇させるとともに、アロヨ
大統領の重要政策の一つとして学乳事業の永続化が検討されている。

(4)豚

 豚肉は鶏肉とともに国民に最も親しまれる食肉であることから、豚は全国的に
飼養されているが、特に、最大の消費地であるマニラ首都圏の周辺地域に多い。
同地域を取り巻く第3および第4行政地域で総飼養頭数の3割が飼養されている。
2000年の飼養頭数は1,076万1千頭であり、96年と比較すると19.2%の大幅な伸
びを示している。全体の77%がバックヤード・ファーム、23%がインテグレータ
ーで飼養されており、フィリピンの養豚経営は企業化が急速に進みつつあると言
える。なお、2000年の1人当たりの豚肉消費量は、肉類の中で最も多い16kgと
なっている。

 品種は70年代から輸入され始めたランドレース、大ヨークシャーおよびデュロ
ックの2元もしくは3元交配が主であるが、第4行政地域のケソン州に建設され
たジーン・バンクである全国養豚・養鶏調査開発センターには、クリスマスや祝
祭日の丸焼き用特需に備えて在来種が飼養されている。
【写真4 輸入された大ヨークシャー
の繁殖母豚】

    
【写真5 伝統料理に使用される在来豚】
(5)山羊

 粗放的な取り扱いにも耐えることから、作物や肉牛などの経営の合間に補助的
に飼養されるケースが多く、ほぼ100%がバックヤード・ファーム所有である。
濃厚飼料などは一切給与されず、野草地や道路脇に放牧するのが一般的な飼養形
態である。2000年の飼養頭数は、対96年比で5.7%増の315万1千頭と、水牛と
ほぼ同様の増加傾向を示している。しかし、同年の1人当たりの山羊肉消費量は
0.4kgと肉類の中では最も少ない。
【写真6 放牧から帰宅の
途に着く山羊群】
(6)家きん

 豚とともに近年は肉用鶏の企業化も進んでおり、最近の養鶏業の発展には、ビ
サヤ地域やミンダナオ地域におけるインテグレーターの事業拡大が大きく貢献し
ていると言われる。大企業による委託生産方式も増加しており、このようなコマ
ーシャル・ファームでは1鶏舎当たり5〜7千羽の密度で飼養されるのが一般的
で、1農場当たり7〜10万羽の規模になることも珍しくない。品種は白色コーニ
ッシュが多く、ひなをはじめ飼料、薬品類などの資材は全て親会社から供給され
る。農場の利益は1羽当たり15ペソ(約38円)前後。バックヤード・ファームで
は在来種およびロードアイランドレッドなどの交雑種が放し飼いされているが、
特に給餌されることもなく、庭先でこぼれ落ちた穀物や野菜のくず、昆虫などを
自ら摂取する昔ながらの飼養形態となっている。2000年の1人当たりの鶏肉消費
量は、豚肉に次いで多い7kgとなっている。

 採卵鶏の飼養羽数の伸びも著しい。2000年は1,492万羽で、96年と比較すると
38.2%もの大幅な増加となっている。大規模農場では白色レグホン種が主流で産
卵率は75%程度。なお、バックヤード・ファームのあひるは基本的に採卵用であ
り、2年程度で廃用として出荷される。
【写真7 庭先で放し飼いされる
様々な家きん】




表3 畜産物の需給状況(2000年)

 資料:農業省畜産局


V 畜産に係る行政組織

 フィリピンの農政は農業省(Department of Agriculture:DA)が担当してお
り、傘下に以下の畜産関係部局を統括している。

 なお、水牛および酪農を司る機関が畜産局から独立しているのが特徴である。
こうした畜種ごとに分離した縦割りの畜産行政が同国の畜産の発展を妨げている
要因とする声も一部で聞かれる。

1. 畜産発展評議会(Livestock Development Council:LDC)

 下記四部局の業務の監督および予算の調整を行う畜産行政の要であるが、機構
的には畜産局と関連深い機関である。

2. 畜産局(Bureau of Animal Industry:BAI)

 水牛および乳用牛を除く全ての家畜について、生産振興、家畜衛生、生産者へ
の援助などの諸業務を行っている。

3. フィリピン水牛センター(Philippine Carabao Center:PCC)

 92年に発効したCarabao(カラバオ:フィリピンにおける在来水牛の呼び名)
法に基づいて設立された水牛に関する畜産行政を一元的に行う機関。

4. 全国酪農公社(National Dairy Authority:NDA)

 PCCと同様に、95年の全国酪農法によって設立された酪農行政を一元的に行う
部局。乳牛頭数の増加、酪農・乳業の産業化、乳製品の消費増進の3大任務を担
う。

5. 全国食肉検査委員会(National Meat Inspection Commission:NMIC)

 全国に15の地域事務所を持ち、と畜から小売りまでの流通過程における食肉の
安全性の確保およびそのための法規の策定を行う。

◇図6:畜産に係る行政組織図◇



W 農畜産業の基本政策

 フィリピンでは、86年のエドサ革命により、20年間にわたり独裁政治を貫いた
マルコス政権が崩壊した。その後、民主主義の復活に奔走したアキノ政権時代の
混乱期を経て、ラモス政権(92〜98年)、エストラーダ政権(98〜2001年)、
そして現在のアロヨ政権(2001年〜)の下で、経済復興の道を模索するとともに
国民生活の基盤を支える農畜産業に係る様々な基本政策を打ち出してきた。

1. ラモス政権

(1)中期農業開発計画

 92年に成立したラモス政権は、政治的安定を基盤に2000年までにNIES(新興
工業経済地域)の仲間入りを果たすべく「Philippine 2000」計画を掲げ、農民
所得の向上や農業の国際競争力の強化を図ることを目的とした93〜98年中期発展
計画(農業分野においてはMedium‐Term Agricultural Development Plan:
MTADP)を策定した。これによって、94〜96年の間に5%以上の成長を記録、ま
た、1人当たりGDPも1,000USドルという目標を達成するなど経済の分野では大
きな成果を収めたものの、94年時点で36%という高い貧困率をいかに30%以下に
抑えるかが大きな課題として残った。

 MTADPは、貧困農民への土地配分を行うための総合農地改革の実施期間を2008
年まで延長するとともに、穀物、重要商品作物、水産および畜産(Medium‐
Term Livestock Development Plan:MTLDP)の4大事業を核とするものであっ
た。MTLDPは次の諸項目の達成を目標としている。

・6年の計画実施期間中、肉牛の飼養頭数の減少を防ぐとともに肉牛産業の強化
 を図る。特に、繁殖農家をサポートすることで肉牛の生産体制の基盤を強化す
 る。

・輸入乳製品に大きく依存する体質の改善を目指し、地方における酪農組合の設
 立を支援する。酪農の振興によって地方に雇用機会を創出し、収入の増大を図
 る。

・水牛の飼養農家を増大させるため、利益率の高い乳用タイプの水牛の改良を急
 ぐ。

・山羊および羊の飼養経営の規模化を進める。

・養鶏産業の成長度を勘案しつつ、先行する大企業と共同して養鶏産業全体の発
 展に努める。

・豚の飼養頭数の増大を図るとともに、豚肉輸出の可能性を探る。

(2)新行動計画

 95年にUR農業合意を受け入れたことによりMTADPを見直し、96年に新行動計画
(Gintong Ani:GA)が策定された。GAでは、食料の増産による社会安定を目標
として、農村インフラの整備をはじめとして農業最新技術の普及・啓発、人的資
源の開発、マーケティングの推進などを図るとされている。また、MTADPの4大
事業はそれぞれGA計画(畜産はGintong Ani for Livestock‐GA Livestock)
に衣替えされ、新たな取り組みが開始された。畜産の分野に関する内容は以下の
とおり。
・家畜生産増強

 遺伝的に優れた家畜を飼養する農家および協同組合を育成する。地方農政局を
通じて、高能力家畜の斡旋、飼養頭羽数の向上、衛生・医療サービス、飼養技術
の習得などをサポートする。

・貸付援助

 家畜を導入する際の低利融資サービスを創設する。

・流通整備

 家畜市場やと畜場、食肉加工場を整備し、家畜および畜産物の流通を円滑化す
る。

・協同組合支援

 組合の運営手法とともに家畜衛生、繁殖などの技術の習得をサポートする。

・調査研究

 畜産を基盤とする農村経済の安定のため、地方機関を通じて畜産を取り巻く諸
問題を研究し、その解決に取り組む。

(3)農業近代化法

 フィリピンの農畜産業は、UR農業合意やアジア太平洋経済協力会議(Asia‐
Pacific Economic Cooperation:APEC)、さらにアセアン自由貿易地域
(Asean Free Trade Area:AFTA)などにおける国際間合意の遵守のため、
貿易自由化に対応し得る足腰の強い競争力のある経営手法の確立が急務となった。
また、国家の最大の目標とされている所得格差の是正を図るためにも、多くが貧
困生活を余儀なくされている農民の生活向上が不可欠となっている。

 このため、政府は97年、農業基本法に当たる農水産業近代化法(Agriculture 
and Fisheries Modernization Act:AFMA)を制定した。
本法の基本的政策のキーワードとして、貧困解消と社会的公正、食料安全保障、
資源の合理的利用、市場競争力強化、持続性ある開発、人的強化、不公正な競争
からの保護が挙げられている。


2. エストラーダ政権

 ラモス大統領の任期満了に伴い、98年にエストラーダ政権が発足した。同政権
は、大統領自身が貧困層の出身であったことから、とりわけ社会の大宗を占める
貧困層にアピールする政治的スローガンが掲げられた。これはマカマサ計画
(Agrikulturang MakaMASA)と呼ばれ、経済の底辺部を支える貧困層の
絶大的な支持の下、低迷する経済を立て直す役割を果たした。ただし、農畜産業
に関する部分は従来の基本計画とほとんど変わりはなく、ラモス政権時代のMT
LDPおよびGAを焼き直したものであり、理論的にもAFMAの考えを踏襲したもので
あった。


3. アロヨ政権

 2001年1月に成立したアロヨ政権は、汚職・腐敗で自壊の道を辿った前政権の
失策を踏まえ、政治的安定、社会的公平、経済的自立とともに、密輸の取り締ま
りなど自戒の意味を込めた11ヵ条の政策を提示した。農業分野については、短期
間に成すべき課題として次を示している。

・農業重点地域の設定
・農村のインフラ整備
・水利施設の整備
・農産物輸出の促進
・ミンダナオ島の開発促進

 また、前政権が策定したマカマサ計画を実質的に踏襲することとなったが、名
称はGMA計画(Ginintuang Masaganang Ani)と改められた。練り直された
畜産分野の重点課題は以下のとおりである。

・畜産事業の育成

 畜産農家や農業組合が、遺伝的に優れた家畜を導入する際に利用できるローン
・プログラムを創設する。

・技術および情報収集力向上

 収益力のある畜産業を育成するため、地方農政局などを通して技術や情報収集
力の向上を図るための教育を行う。

・家畜改良増進

 増大する畜産物の需要を満たすため、高能力を有する家畜の改良事業を推進す
る。

・家畜衛生強化

 持続性のある健全な家畜生産を維持するため、家畜衛生プログラムを強化する。

・流通監視強化

 安全で高品質な畜産物の流通を確保するため、食肉の検査体制の整備など流通
過程における監視体制を強化する。

・畜産行政の柔軟化

 畜産物をはじめとした農産物貿易のグローバル化に対処するため、競争力の向
上を念頭においた法規の見直しなどを積極的に行う。


X 畜産活性化策

1. 現行の具体的な畜産活性化策

 前段に述べたとおり、フィリピンの近年の畜産基本政策はラモス政権時代の93
〜98年を実施期間とする中期畜産発展計画に始まり、それがエストラーダ政権の
マカマサ計画、さらに、アロヨ政権下のGMA計画と途中で名称が変更されたもの
の、徹底した事業の見直し作業により、高能力の家畜の改良や増頭といった目標
を実現するためのいくつかの重要な共通テーマが絞り込まれてきた。

 こうして選ばれたテーマは、最終目標たる畜産農家の所得向上を実現するため、
現在、次のような畜産活性化策として具体的に取り組まれている。

(1)国家遺伝資源開発プログラム

 遺伝的に優れた繁殖牛の頭数を維持するため、フィリピンの気候風土に合った
アメリカブラーマン種(肉牛)やムラー種(水牛)などを輸入、ジーンバンクを
整備して品種改良の強化を図る。当事業には肉牛や水牛の他、豚、鶏など畜種に
応じた同様のプログラムが組まれている。輸入された家畜の死亡率を低下させる
ことが課題となっている。

(2)国家統一人工授精プログラム

 従来、フィリピンにおける牛の品種改良への取り組みは、遺伝的に優れた家畜
を輸入し、全国5ヵ所の中核種畜牧場や水牛センター(PCC)で繁殖後、全国4
ヵ所の家畜生産センターに移す。さらに、次に述べる家畜発展ローンプログラム
や繁殖家畜ローンプログラムによって畜産農家や協同組合のレベルに普及させる
ものであった。

 しかし、これらの方法では時間と手間がかかり過ぎることから、現在は生体の
分配から人工授精の普及へ事業の柱が移されている。既に、人口が集中するケソ
ン市やミンダナオ島のダバオ市など6ヵ所に液体窒素が生産できる凍結精液の供
給基地があり、将来的にあと10ヵ所ほどの設置を目指すとされている。この事業
は水牛および乳牛にも適用される。


第3行政地域農政局(Regional Field UnitV:RFUV)

 第3行政地域はマニラ首都圏に隣接したルソン島北部に位置し、RFUVはパン
パンガ州サンフェルナンド市にある。第3行政地域は大消費地たるマニラ首都圏
に近いことから全国でも有数の畜産物供給基地である。特に鶏の飼養羽数が国内
で最も多く(2,033万7千羽:2000年)、豚は第4行政地域に次いで第2位(15
7万4千頭:同)となっている。91年のピナツボ火山噴火による火山灰堆積の農
地への影響は甚大であり、作物の減収を補うためにも畜産の一層の振興が重要な
課題となっている。(写真8)
【写真8 地方農政の要、
第3地域地方農政局】
 RFUVでは、家畜開発ローンプログラムおよび繁殖家畜ローンプログラムを推
進していたが、後者の義務である家畜の返還率が極めて悪いことから、これに代
わるものとして国家統一人工授精プログラムによる凍結精液の配布を開始してい
る。液体窒素の供給装置を維持する予算を確保するのが大きな課題である。肉牛、
水牛、乳牛の精液はそれぞれ畜産局、水牛センター、酪農公社から供給され、畜
産農家へは無料で配布されている。RFUVの付属施設として衛生センターがあり、
3ヵ所の支部で人工授精サービスを行っている。ただし、この無料配布は小規模
農家を対象としており、大規模企業に対しては1回当たり300ペソ(約750円)の
有償となっている。(写真9)
【写真9 国家統一人工受精
プログラムの凍結精液】
(3)家畜開発ローンプログラム

 一定の基準に従った飼養を行うことを条件に、畜産農家が家畜を導入する際の
購入費を、特定の金融機関から10%の低利資金の融資を受けることができる仕組
み。1〜8年の間で償還するが、最初の2年間は据え置くことができる。肉牛以
外の畜種にも適用される。


地方養豚組合(Luntian Multi‐Purpose Coop.)

 第4行政地域のケソン州チャオ市にあり、70人の組合員で構成される。事務所
の敷地内に小規模の配合飼料の生産工場を持っており、一袋15kgの配合飼料を1
月当たり2,000袋生産する。トウモロコシはルソン島北部地域から1kgあたり80
ペソ(約200円)で購入する。中国産、インドネシア産は安価であるものの品質
に問題があるため使用していない。ミンダナオ島産の品質は良いが、運送費など
高コストになるのが難点である。なお、農業省の担当官も穀倉地帯たるミンダナ
オ島からのトウモロコシの輸送コストが高いため、中国からの輸入が急増するこ
とを憂慮していた。なお、大豆は米国から、ミネラル類はタイなどから輸入して
いる。(写真10)
【写真10 第4地域の地方養豚組合】
 ある組合員は8頭の繁殖母豚を含む50頭の豚を飼養していた。肉豚は90kg程
度まで肥育し、1kg当たり60ペソ(約150円)でミドルマンと呼ばれる仲介業者
に売却される。交配は人工授精によるものが一般的であるが、第4行政地域に設
置されたジーン・バンクとしての機能を持つ全国養豚・養鶏調査開発センターか
ら、種雄豚が1日500ペソ(約1,250円)で貸し出されるケースもある。(写真
11)
【写真11 組合員の養豚場で
肥育される豚】
 なお、10%の低利融資が受けられる家畜開発ローンプログラムの原資は極めて
限定的であり、当組合員はそれを利用することができなかったことから、21〜24
%という高金利で組合独自のローンを組まざるを得なかったという。本来、プロ
グラムに適用される利率10%も決して低利とは言えない水準であるが、さらに高
金利融資を利用せざるを得ないこうした例も稀ではないという。


(4)繁殖家畜ローンプログラム

 肉牛や水牛をはじめとした家畜を導入する畜産農家に、新たに生まれてくる子
畜を返還する約束で繁殖家畜をリースするもの。子畜がなかなか返還されないな
どの問題点も多く、廃止を前提とした見直しが行われている。

(5)水牛事業開発プログラム

 将来的な水牛の商業的利用を狙った事業である。特別地区に一定数の乳用水牛
を導入し、水牛乳生産を基盤とした農村集落を育成する。99年には第3行政地域
のNueva Ecija州に25頭の水牛を単位とした34の酪農組合が設立されている。酪
農振興に資するため、PCCはこうした酪農組合に集乳用のバイクや冷蔵庫などを
提供している。

(6)酪農家援助プログラム

 2000年の酪農公社(NDA)傘下の酪農協同組合は72を数え、組合員は6千人を
超える。NDAはセミナーやワークショップを通じて乳牛の飼養法や酪農技術を伝
えるほか、全国に34の集乳センター、技術習得のための6乳業工場を設立するな
ど酪農・乳業の普及および啓発に努めている。

(7)家畜衛生プログラム

 FAOと豪州の援助による口蹄疫撲滅事業などをはじめとした家畜衛生の向上に
係るプログラムで、規模が大きい事業を含むため一定の予算が確保されている。
ミンダナオ島が2001年、国際獣疫事務局(OIE)からワクチン不接種口蹄疫清浄
地域の認定を受けるなど一定の成果を上げている。

(8)畜産物開発プログラム

 食肉やその加工品、皮革などの副産物といった畜産物全般の品質向上、それに
係る技術者の育成を行う。


肉牛肥育・牛肉生産会社(Mother Earth Farm)

 第3地域農政局(RFUV)から車で30分の距離にある、88年創業の肥育部門
(フィードロット)およびと畜加工部門を持つ地元資本企業である。現在の飼養
頭数は400頭で、近隣の繁殖農家からアメリカブラーマンの交雑種(1.5〜2才)
を13,000ペソ(約32,500円)で購入し、90日間肥育する。飼料はネピアグラス、
サトウキビおよび購入した配合飼料で、日増体量は約1.1kgである。豪州などか
ら生体牛を輸入する際は1kg当たり70ペソ(約175円)で購入するが、最近はペ
ソ安なのでほとんど輸入していないとのこと。RFUVは家畜衛生プログラムによ
って当農場に担当職員を派遣しており、近隣の繁殖農家も含めて衛生管理面など
のサポートを行っている。(写真12)
【写真12 Mother Earth Farm社
フィードロットのアメリカブラーマン】
 と畜は1日当たり20頭で、付属する加工場でプライマルカットからポーション
カット、さらにはソーセージなどの加工品も作っている。製品の75%は国内のイ
スラム圏向けであるが、フィリピンの人々は全体的に牛肉を食べるようになって
きたので経営はそれなりに上手くいっているという。なお、昨年、欧州での牛海
綿状脳症(BSE)問題が騒がれた時期には、牛肉の消費も一時的にやや落ちたも
のの、最近は全く売上げに影響していない。(写真13)
【写真13 同社のと畜場に
搬入される肉牛】
(9)小型反芻動物・ココナッツ複合経営プログラム

 山羊および綿羊とココナッツ栽培を組み合わせた複合経営の可能性を研究する
もの。

(10)国家種畜牧場発展プログラム


 全国10ヵ所にある国立種畜牧場の整備を行う。

 第4行政地域のケソン州チャオ市にある全国養豚・養鶏調査開発センターには、
外国から多くの豚と鶏の原種が集められており、国内家畜の改良に一役買ってい
る。豚はランドレース、大ヨークシャーおよびデュロックの3品種のみ、鶏は20
品種程度を導入している。豚については口蹄疫および豚コレラのワクチン接種後、
純粋種の10kgの子豚は2,000ペソ(約4,500円)、交雑種はその半額で繁殖農家
へ販売される。鶏は生後1〜2ヵ月で1kg当たり36ペソ(約90円)。豚は1月に
80〜100頭、鶏は1,000羽程度が農家に売却されている。(写真14)
【写真14 多くの品種の遺伝子が保存
される全国養豚・養鶏調査開発センター】
(11)調査研究(畜産・酪農・山羊)プログラム

 牛の他、それぞれ対象となる畜種の発展に関する研究プログラムである。

(12)飼料規格化プログラム

 飼料製造者の登録や製品の分析を行い、標準的な飼料の規格を作る。


2. 実行上の問題点

 上に述べた各種プログラムは、先進国のようにすべてに明確な予算の裏付けが
あるものではなく、農業省は年度ごとに重視する事業に優先的に予算を割り振っ
ている。それぞれの事業には一応名目上の予算が割り当てられているが、限られ
た予算を効率よく執行するため、国家遺伝資源開発プログラムや国家統一人工授
精プログラムなどプライオリティの高いものを除き、ほとんどが事務経費に消え
る程度が計上されているに過ぎない。ただし、これらは事業予算であり、人件費
については別枠で確保されている。

 フィリピンでは、例えば、歳入がその見込みを大幅に下回れば予算の国会承認
が遅れ、その結果、予算の示達が遅延したり、時には示達されないこともあると
いう。これが、日本をはじめとした海外からの資金援助に大きく依存せざるを得
ない原因の一つとなっている。いつ、どれだけの予算が示達されるのか判明しな
いのは畜産行政を行う上での大きなネックであり、事業主体の体力不足による畜
産農家へのサポート体制の欠如にも繋がるだけに予算の確実な執行が望まれてい
る。


Y 終わりに

 フィリピンは今後、2003年の発効を目標に準備が進んでいるアセアン自由貿易
地域による域内関税の事実上の撤廃や次期WTO交渉による自由化の拡大など、近
い将来に一層厳しい国際競争の中に置かれることとなる。輸入農畜産物の流入に
よる国内産業への打撃を緩和するために、価格と品質の双方における競争力の向
上を図ることが急務となっている。

 一方、農村は5割の貧困層を内包していると言われ、今後の経済の動向によっ
ては国民生活の底辺を支える農村社会の屋台骨が揺らぎかねない状況にある。さ
らに今年、永年の念願であったミンダナオ島における口蹄疫のワクチン不接種清
浄地域化が実現したものの、島内の生産活動を脅かす反政府ゲリラの問題が一向
に払拭されず、畜産物の輸出に向けた準備は期待されたほどには進展していない。
こうした反社会的な動きは決して貧困問題と無関係ではない。推進されつつある
諸々の畜産活性化策は、今のところ享受できる農家が限られるなどの問題はある
ものの、農村における地域経済の発展を促すことで貧困問題を解決に導く原動力
の一翼にもなり得る。国の最重点課題を解決に導くためにも、今後のさらなる畜
産の発展が期待されている。

参考文献

The Medium‐Term Livestock Development Program
Livestock Program Action Plan 
Evaluation of the Agriculturang MakaMASA
BAI Financial Transition
BAS Report on Livestock Statistics
The Ginintuang Masaganang Ani Program for Livestock
PCC R & D Highlights
Annual Report of DA, BAI, NDA, PCC

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