海外駐在員レポート 

豪州のNational Vendor Declaration(全国出荷者証明書)の概要

シドニー駐在事務所 幸田 太、粂川 俊一


 
 

1.はじめに

 近年、世界の食肉産業界では、O‐157による食中毒、口蹄疫、牛海綿状脳症、
鶏インフルエンザ等の家畜疾病の発生により食品の安全性確保がより一層重要性
を増している。豪州は、世界で牛肉輸出量第1位である。うたい文句は、「周囲
を海に囲まれ外からの危険の進入度が極めて低いうえに、厳しい検疫体制を取り、
その地位を確固たるものにしている。」である。このことは、四方を海に囲まれ
た大陸国であるがゆえ、地理的条件に恵まれているという幸運が安全性の確立の
最大の要因であるように聞こえる。しかし、牛肉輸出世界1位の座は幸運なだけ
では維持できない。生産・流通・輸出に至る各段階での安全性に対する取り組み
があってこそ、その地位が維持できる所以である。消費者の食品に対する安全性
への要求は年々高まる傾向にあり、必要最低条件の一つである。本稿では、食肉
加工段階のみならず生産者段階で取り入れられている安全性への取り組みNatio
nal Vendor Declaration(NVD:全国出荷者証明書)にスポットを当てて
報告したい。




2.牛肉生産量は世界第6位、輸出量は世界第1位

 豪州の牛肉生産量は、米国、EU、ブラジル、アルゼンチン、中国に次いで世界
第6位、世界の生産量の4%を占めている。牛肉生産量では日本の約3倍である
が、米国と比べれば約1/5と必ずしも突出して生産量の多い国ではない。しか
しながら牛肉の輸出量に目を移してみると、世界の輸出量の22%を占める世界第
1位の牛肉輸出国と様変わりする。ちなみに2位以下は米国、EU、ブラジル、ア
ルゼンチン、カナダ、ニュージーランドの順となる。豪州の主な輸出先は日本と
米国で、その輸出量の7割を占めている。豪州にとって輸出市場のニーズ(品質、
規格、安全性)にいかに迅速かつ的確に対応できるかが牛肉産業の将来を左右す
るキーワードである。

◇図1:世界の牛肉産業◇
・2000年肉牛飼養頭数割合2000年牛肉生産量割合2000年牛肉輸出割合

◇図2:豪州の牛肉産業◇豪州の肉牛飼養頭数

◇図3:国別輸出量、輸出額◇
・豪州牛肉輸出国別輸出量豪州牛肉輸出国別輸出額


3.生産段階でのNVD

(1)NVDとは

 NVDは、肉牛の出荷者が自らその出荷牛の品質を保証するものである。具体的
には、生産者が自分の飼養する家畜について、使用禁止飼料を給与していないこ
と、農薬・動物用医薬品の残留の危険性がないことなどを証明して販売を行うた
めの出荷者証明書である。その内容は、固定的なものではなく、時々の必要事項
を加えながら、更新されている。ちなみに、今年6月には肉骨粉の不使用を証明
する旨を新たに加える変更が行われている。これは、96年5月から6年間で7回
目の変更となった。


(2)目的

 NVDは、96年5月に、豪州肉牛生産者協議会(CCA)と豪州食肉畜産公社(AM
LC)(豪州食肉家畜生産者事業団(MLA)の前身)により公表された。この目的
は、生産・加工・流通・消費にわたるサプライチェーンのクオリティアシュアラ
ンス(QA:品質保証)の中で、主に生産段階において生産者自らがその飼養した
肉牛について消費者に対する品質保証を行うこととされている。


(3)導入の背景

 豪州で生産された牛肉が過去、すべて問題がなかったわけではない。牛肉の輸
出量が増え始める90年代初頭において、いくつかの事故や事件が起きたことを記
憶に留めている方々も多いと思う。

 国内では、食中毒により被害者を出し、国外では、残留農薬「クロロフルアズ
ロン」、「エンドロスルファン」などが豪州産輸入牛肉から検出され、輸出相手
国との貿易上の問題に発展するケースが発生していた。このようなことから、N
DVによる主な証明内容としては、次に挙げる事項が対象とされる。

@残留農薬の排除

 農薬の多くは、主に綿花や麦類に、時期によって大量発生するバッタ等を駆逐
する目的で散布される。



 豪州の一般的な肉牛経営では、複数の作目・畜種との複合で行われている。こ
れは、厳しい自然条件の中で年によって生産量が大きく変動する麦類の生産、国
際価格に左右される羊毛や肉牛飼養をそれぞれ相互にリスクヘッジするためであ
る。したがって、穀類等に散布された農薬が家畜の口に入る可能性も高くなる。
特に豪州の場合は、干ばつによる飼料不足により、普段は利用されない穀物など
の茎や根に近い部分を給与したことにより、残留農薬が牛肉から検出されたこと
が過去に報告されている。このため、干ばつ時の給与については、州政府などが
残留農薬の危険性をウエッブサイトなどで生産者に注意喚起している。

A成長ホルモン剤の排除

 豪州の牛肉生産では、89年からEU向け輸出牛肉についての成長ホルモン剤投与
禁止を受け、成長ホルモン剤使用牛と未使用牛の分別の必要が生じた。当時から
成長ホルモン剤未使用牛にはピンク色のテールタグと耳標による個体管理が義務
づけられていた。さらに、多くの消費者が抗生物質などの薬剤の投与について敏
感になったこともあり、それらの投与の有無を明確化させる必要が生じた。

B肉骨粉の給与禁止

 豪州では、97年から、各州法により反すう動物に対する肉骨粉の給与が禁止さ
れるとともに、飼料の原袋に「豚用であり反すう動物への使用禁止」と表示する
ことが義務化されている。2001年7月からNVDの書式の最終項に動物由来飼料を
使用していない旨を宣告する一文が追加された。




(4)推進機関はSAFEMEAT

 96年に豪州食肉産業界の指導的団体である食肉産業協議会(Meat industry
 Council:MIC)が当時の食肉研究公社(Meat Research Corporation:MRC)
(現在はMLAと統合)に委託して策定した「食肉産業戦略計画」(Meat
 Industry Strategic Plan:MIS)に基づく食肉の安全性の保証を具体化す
るものとして位置付けられ、98年4月に発足した官民合同の機関であるSAFE
MEATがNVDを推進している。

 SAFEMEATの前身は、食品残留物監視小委員会(RMG)であり、その事業を
拡大継承する形で設立された。現在では、食肉の規格と規則の合理化、危機管理、
食肉の安全性と衛生管理に対するモニタリング、それらに関する教育を行ってい
る。

 また、SAFEMEATは、食品の安全性について、豪州・NZ農業資源管理評議会
(ARMCANZ)にアドバイスすることができる。
 SAFEMEATの構成は、パートナーシップメンバーと呼ばれる団体の代表者10人
で組織される理事会と、エグゼクティブグループと呼ばれる団体の運営責任者8
人で組織される作業チームに分かれる。

○パートナーシップメンバー

 連邦政府・州政府の獣医師、豪州食肉協議会(AMC)、全国食肉協会(NMAA)、
CCA、豪州フィードロット協会(ALFA)、豪州羊畜評議会(SCA)、豪州家畜輸
出協議会(ALEC)

○エグゼクティブグループ

 ニューサウスウエールズ州政府、AMC、NMAA、CCA、ALFA、SCA、ALEC、MLA


(5)NVDの様式

@NVD記入例


ANVD第8版−生産者用記入注意事項

肉牛NVD ― 正確に記入しましょう!

キーポイント

・NVDはあなたの牛の育成歴 ― あなたの顧客はNVDを検討し、信用して
 います。
・パートAの質問事項には全て答えてください。
・下記のPICは記載される牛のテールタグの番号と一致しなければなりません。

必ず最新改訂版の申告書を使用すること。  注:以下囲み線は欄外の注釈文

パートA この申告書を記入する際、別途記載の説明文をよく読むこと。

はっきりと記入してください。この申告書はEU市場向け牛肉の資格要件には使え
ません。

氏名と経営詳細をここに記入

私、Sandra Smith 電話番号0417111111
社名 J&S Smith
住所 RMB1234, Hometown 3456
頭数:雄 7頭  雌 5頭  計12頭
農場特定コード(PIC)この家畜に与えられたテールタグ番号: 3ABCD123
これらの肉牛はNLIS装置を付けていますか? はい いいえ  耳  第一胃
運送伝票・移動許可番号
(もし、あるならば)
行き先: Hometown Saleyards	積載場所: 同上
出荷日: 2001年9月3日	出荷時間: 6pm

使用・未使用の肉牛を両方管理している場合は別々の申告用紙が必要。

@.上記の管理家畜にHGPを使用したことがある牛はいますか?
A. はい  いいえ  分からない

A.これらの肉牛は上記のPIC番号の示す農場にてQA(品質保証)プログラムに
  基づいた規則に従って飼育されたものですか?
A. はい  いいえ  
   プログラムの名前:Cattlecare 認可番号 12345678

もしこれらの肉牛が購入されたものであったり、よその農場で飼育された場合い
いえに印を入れ、今の農場に来てどれ位経つのかを記入。

B.これらの肉牛すべてが上記のPIC番号の示す農場で出生しましたか?

A. はい  いいえ  からない

  注:いいえの場合、いつこれらの肉牛は所有、または購入されたものですか
    ?異なった時期に購入された場合、最近の購入時期を選んでください。

  A.1ヵ月以下 B.2―6ヵ月 C.6―11ヵ月 D.12ヵ月以上

C.これらの肉牛に過去60日以内に家畜副産物由来の飼料を与えましたか?

A. はい  いいえ  分からない

  注:はいの場合、与えた飼料のリスト、与えた日時、アナリストのレポート
    があればそれも添付すること。

D.過去6ヵ月間にAQISの特定テスト(TTL)リスト(OCs向けTTLを含む)にこ
 の農場の肉牛は含まれていたことがありますか?または残留薬物を理由として
 規制を受けたことがありますか?

A. はい  いいえ  分からない

 更問:はいの場合詳細を記入

 はいの場合、アナリストのレポートまたは許可証が州政府から発行可能です。
コピーを添付してください。

:ここから見開き右ページ

保留期間中、輸出屠殺禁止期間の合間に肉牛をと畜場に出すのは止めましょう。

E.この農場に飼育されるこれらの肉牛は保留期間(WHP)にあるかまたは、輸
 出屠殺禁止期間(ESI)にあり、動物用医薬品を使用していますか?

A. はい  いいえ  分からない

 更問:はいの場合は下記に詳細を明記してください。

  薬品名
  使用日
  保留期間
  輸出と畜禁止期間

F.過去60日間にこれらの肉牛は農薬をかけられた牧草、穀物、刈り株を食べま
  したか?

A. はい  いいえ  分からない

 更問:はいの場合は下記に詳細を記入すること。

  製品名  Brand X Glypho
  散布日  2001年7月30日
  保留期間中の牧草飼育  Nil
  放牧開始日  2001年8月10日
  放牧終了日  2001年9月3日

分からないという答えの場合にはエンドスルファン残留テストの実施経費を負担
することになるかもしれません。

G.過去42日間にこれらの肉牛は、次に該当する農場で飼育されましたか?
  過去10週間に:

  a)エンドスルファンの散布が行われた
  b)この農場の風上となる隣接した農場でエンドスルファンの散布が行われ
    た

A. はい  いいえ  分からない   散布日

家畜取引業者と加工業者をサポートする意味でABNとGSTステータスを提示する必
要があります。これは、税務伝票の作成手続きに役立ちます。

H.その他:別途記載の付随インフォメーションの必須条項を参照してください。

必ずこの申告内容をよく読み、署名し日付を入れること。

この農場に飼育される家畜の販売者、または責任者として、私はこの証明書に記
入した全ての事項が真実かつ正確であること、そして私の管理下においてこの証
明書に記載した家畜は州の規則に従い、肉や肉骨粉を含む動物性飼料を与えられ
ていないことをここに証明致します。

署名:   日付:

パートB
パートB 家畜取引業者用記入欄

間違いの無いように:これは販売業者の申告です。― あなた以外の人に記入し
てもらうことは出来ません。この証明書は家畜の購入業者によって最低2年間は
保管してください。家畜の購入者や販売委託者の要求がある場合コピーをするこ
とは可能です。

 販売者コード
 取引業者コード
 取引業者名
 購入者名
 購入家畜数    家畜市場出荷時間
 取引業者サイン    日付


(6)肉牛生産者の90%が実施

 現在、NVDの実施状況はMLAによると豪州の家畜生産者の約90%が実施している
と推計されている。具体的な数字は必ずしも明らかではないが、99年のAgricul
ture Australiaの統計数値から推計すると豪州の家畜生産者数約6万戸、その
うち90%の約5万4千戸がNVDを実施していることとなる。また、生産者が販売
する家畜は年間1,200万件、そのうちの1,080万件にはNVDが添付されているとの
ことである。


(7)販売者と購入者の関係

 なぜ、90%の実施率を確保できるのかを考えた場合、前段で豪州牛肉産業の需
給を説明したとおり、輸出向けが生産量の約6割となっており、牛肉の安全性に
対する海外ユーザーからの要求を直接受けるのは、豪州の輸出業者であるパッカ
ーである。94年の残留農薬問題などを契機として大手パッカーは、以前は単にQA
の実施を奨励していたが、現在は、QAを実施していない生産者やNVDの添付がな
い牛の購入は行わないと明言しているように、NVDを添付しないと牛が売れない
状況が実施率を後押ししている。


(8)罰則等

 NVDは強制ではなく、あくまで生産者の自主参加である。しかし、その記載事
項の中に残留農薬の使用の有無、家畜への飼料給与に関する設問が設けられてい
るが、この回答には、各州法の規定で(例;NSW州Stock(Chemical 
residues)Act)「その使用について虚偽または誤った報告を行った場合は
最高11,000豪ドル(約72万6千円、1豪ドル=66円)」の罰則が適用される厳
しいものとなっている。


(9)経費は生産者が負担

 NVDにかかる経費はMLAが生産者から徴収する家畜取引課徴金(Cattle 
Transaction Levy)の一部が当てられ、生産者はテールタグやNVD用紙を
無償で家畜市場やMLA、SAFEMEATのウエッブサイトから入手することが可能であ
る。

 ちなみに、家畜取引課徴金は成畜1取引あたり3.5豪ドル(約231円)となって
おりその利用内訳は、MLAに豪州食肉のマーケティング活動や情報提供、研究、
全国残留物調査(National Residue Survey)、結核撲滅管理計画
(Tuberculosis Freedom Assurance Program)、豪州家畜衛生会議
(Australia Animal Health)等の資金に充てられる。




4.豪州の牛肉生産における品質保証システムの概観

 豪州の品質保証システムは、生産者が行うNVDだけではない、生産段階では、
キャトルケア、肥育(フィードロット)段階では、全国肥育場認定制度(NFAS)
がすでに機能している。と畜加工段階では、国内向けにはQAシステム、輸出向け
には食肉安全品質保証(MSQA)が常に機能している。さらに、それらと呼応する
ように、97年から牛と羊の海綿状脳症に対して全国的にサーベランスするシステ
ムを構築実施している。QAシステムについて、詳しくは「畜産の情報(海外編)
96.9月号」で総括されているので参照していただきたい。

 NVDはこの流れの中で、キャトルケアの証拠書類、フィードロットにおける購
入証明として、また、と畜場や生体輸出される場合における出荷者証明として、
流通する牛群と共に動いていく。(キャトルケアなどのQAを行っている場合には、
NDVに記入する欄がある。)

 また、現在、MLAが中心となって構築している全国家畜個体識別制度(NLIS)
の普及率が高まれば、さらに家畜個々のデータが牛肉産業界全体で相互利用され
る可能性も出てくる。

表1 豪州の牛肉QA等システムの概観


表2 豪州のQA制度等のフロー



5.終わりに

 もともと豪州の肉牛産業は輸出型産業であり、これまでも輸入国の強い要望に
こと細かく対応してきたことによって成り立ってきた。メインユーザーは海外で
ある。特に米国、日本が、品質の均一性、衛生条件、安全性を豪州側に厳しく求
めてきた結果であると言っても過言ではない。豪州もそれらユーザーの要求に答
える努力を精力的に行ってきた結果、現在のQAの体制が構築された。NVDはその
出発点であり、生産者から発信されている意味で豪州の生産者の安全性を保証す
ることに対する関心の強さを感じることができる。

 SAFEMEATの担当者にインタビューしたところ、「今後も継続して、食品の安
全性や衛生条件を監視していく。必要があれば現行のQAシステムも改善して行き
たい。」と語っていたのが印象的である。SAFEMEATが常に消費者の安全性に対す
るニーズを監視し、迅速に生産、流通段階にフィードバックしていることが見て
取れる。

 牛肉輸出世界第1位の座は、幸運ではなく、生産・流通・加工それぞれの段階
で、安全性に対し正面から立ち向かい、自らに厳しいルールを課して築き上げた
ものであるといえる。


参考資料

AFFA   "Animal Health Australia's"
     ホームページ:http://www.aahc.com.au/
ABARE  "Australian Commodities, vol 7, no.1, March2000"
SAFEMEA ホームページ:http://www.safemeat.org/
SAFEMEAT "Annual report1999‐2000"
MLA   ホームページ:http://www.mla.com.au/
NSW Agriculture	ホームページ:http://www.agric.nsw.gov.au./reader/
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