海外駐在員レポート
豪州の鶏肉産業の概要
シドニー駐在員事務所 幸田 太、粂川 俊一
近年、世界各地で家畜疾病が発生しているが、その対応振りによっては、既存
の供給地が突然その供給能力を失う可能性がある。豪州は農畜産業を主要な輸出
型産業としていることから、ひとたびそれらの侵入を許せば、産業に与える被害
は非常に大きいものとなる。そのため同国の検疫体制は厳しく、他の大陸から孤
立していることを利点に疾病等が容易に入り込めない環境を産業界、州政府、連
邦政府が整えている。
豪州の鶏肉産業は農畜産業の中では珍しく国内供給型であるが、産業として確
立されており、将来的に輸出の可能性も考えられる。本稿は、その新たな供給地
としての潜在能力を含め、一考してみたい。
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【出荷直前のブロイラー】
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豪州の鶏肉産業は、その起源を約50年前にさかのぼる。といっても、庭先の放
し飼いから、商業ベースの産業として発展するために大構造転換を果たしたわけ
ではなく、いわゆる大手の鶏生産者がその同族を中心に会社組織に発展させた体
系をとっており、きわめて閉鎖的な産業構造を示している。また、生産における
垂直統合的結びつきも極めて顕著である。豪州の鶏肉産業では、代表的な2社
Inghams Enterprises Pty Ltd(インガム)社とBartter Enterprise Pty Ltd
(バーター)社(両社ともにニューサウスウエーズ州に本拠地を置く)が豪州の
生産量のおよそ8割を生産するといわれている。
1960年代に入り、インガム社は、近代的な処理施設の建設に着手するとともに、
豪州で最初のブロイラー専用種のTM1を有していたTegel社とフランチャイズ契
約を結び、生産と加工の拠点を拡大していった。また、豪州の小売りチェーンの
最大手であるウルワース社との関係を構築し、販売網も強化していった。
80年代に入ると、ファストフード、冷凍食品等のインスタント食品市場へも参
入し、現在まで顕著な拡大を続けている。
需給は国内完結型、生産量は日本の約半分
豪州の鶏肉の生産量は、99/00年骨付き重量ベースで65万5千トン、日本の119
万5千トンと比較した場合、その約5割強となっている。国内需要は、63万1千トン
となっており、生産量のほぼ96%を国内で消費する。
残りの4%はおもに南太平洋の諸島部、南アフリカ、香港に輸出されているもの
の、その輸出量は年間2万トンに満たない。一方、生鮮鶏肉の輸入は、検疫上の問
題から一部調理済製品を除いて禁輸措置が取られている。実質的にはニュージー
ランドからの少量の調理品を除いて輸入実績は無い。
◇図:食鶏処理羽数、生産量の推移◇
一人当たり消費量は10年間で33%(8.1kg)増加
豪州国民1人当たりの鶏肉消費量の推移は、1990年の24.8kgと比較すると、2000
年では、32.9kgとなっており、10年前と比較して33%の大きな伸びを示し、他の食
肉とその消費の動向が大きく違う。ちなみに牛肉では9%(3.3kg)減少、豚肉では、
7%(1.3kg)の増加、羊肉では7%(1.3kg)の減少となっている。また、政府統計
局によると今後も牛肉の36.3kgのトップの座をおびやかす勢いで伸びると予測され
ている。
◇図:畜種別、1人当たり消費量の推移◇
好調な消費量の背景
鶏肉の消費の顕著な伸びの一因として考えられるのは、食肉価格の推移である。
鶏肉の場合1990年と2000年を比較すると14.7%の上昇となっているが、牛肉では10
%、ラム肉では22%、豚肉では21%、と牛肉を除く他の食肉の値上がり率が高いこ
と、さらに牛肉では値上がり率は低いものの平均小売り単価が10.64豪ドル/kg
(約777円:1豪ドル=73円)と鶏肉の3.55豪ドル/kgでは実に3倍近い価格差とな
っており、他の食肉に比べ鶏肉は比較的安価であることも影響している。
◇図:食肉平均小売価格の推移◇
鶏肉産業の規模
農業粗生産額で見ると酪農部門68億豪ドル(約4,964億円)、 肉牛部門50億豪
ドル(約3,650億円)、果樹・野菜35億豪ドル(約2,555億円)、羊牧部門11億豪ド
ル(約803億円)に次いで、10億豪ドル(約730億円)の粗生産額を誇っている。ほ
かに養豚部門8億豪ドル(約584億円)となっている。
鶏肉産業全体では、およそ12万人の雇用を確保している。上位の酪農、肉牛、羊
牧が、輸出を主体とする産業形態の中で、鶏肉産業はそのほとんどを国内需要のみ
に向けた生産が行われているという特徴がある。
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【一般的な育成場の外観】
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生産者分布等
豪州の鶏肉生産者数は、2000年6月末現在で846戸、州別分布はニューサウスウエ
ールズ(NSW)州、ビクトリア(VIC)州、でそれぞれ351戸、197戸と豪州全体の65
%を占め、クインズランド(QLD)州で145戸、17%、その他18%となっている。
処理羽数
年間処理羽数は97/98年が3億6千4百万羽、98/99年が3億7千4百万羽、99/00年
は3億9千2百万羽と年々増加し4億羽も目前に迫っている。
◇図:州別育成生産者数、飼養羽数◇
品種と仕様
@主な品種は、米国タイソン社のCobb種
豪州では1989年まで検疫上の理由から鳥類の輸入は禁止されていた。同年、品種
改良に用いられるものに限り厳しい条件の中で輸入が認められた。
それまで、豪州では、重量系のニューハンプシャー、ブラックオウストラロップ、
ホワイトロック、ライトサセックス、インデアンゲーム種が主に用いられていた。
1990年に入り検疫条件の緩和から品種改良に用いるための卵、種鶏の輸入が解禁
されたことに伴い、品種改良用に米国のタイソン社が所有するCobb種が紹介され、
大手インガム社が積極的に導入を図り現在に至っている。
現在では、業界1位のインガム社、2位のバーター社もほぼ100%Cobb種を生産して
いるといわれている。
A平均飼養日数
1980年代の平均生体重は、約1.7〜2.2kgであり平均飼養日数は、約64日であった
が、現在では品種改良の結果、平均飼養日数は41日、飼料供給量も2割ほど減少して
いるといわれている。
B主に製造される仕様は3種類に分類される。
ア Rotiseree
平均生体重1.8〜2.2kg、飼養日数35日主にローストチキンなど中食産業向け
イ Supermaket
平均生体重2〜3kg、平均飼養日数45−49日
スーパーマーケット販売向け
ウ Brest/Fillet
平均生体重3kg以上、平均飼養日数45〜52日
フライドチキンなどの鶏肉専門外食産業向け
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【育成場に搬入されたヒナ】
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一般的な飼養日数
注:豪州食鶏育成業者協会
形態別販売状況
業界によると販売先としては、スーパーマーケットなどの小売販売が約6割、
フードサービスが約3割、その他輸出等1割となっている。それぞれの内訳は、
小売ではスーパーマーケット45%、鶏肉専門販売店45%、デリカテッセン等10
%となっている。また、フードサービスの内訳はファストフードチェーン、レ
ストラン・ホテルそれぞれ半分ずつとなっている。
また、生鮮(チルド)、冷凍(フローズン)鶏肉の販売チャンネルごとの売
上高は98/99年の統計によると以下のとおりとなり、チルドの売上が9割、フ
ローズンが1割とチルドを中心に国内流通が行われている実態となっている。
販売チャンネル別売上構成割合
一般的な生産構造は、自動車製造メーカーが部品製造を下請け業者に製造さ
せる形態に酷似している。インガム社のような大手の加工業者は種鶏を保持し
ており、それらから生産されるヒナを契約生産者もしくは自社育成場で飼養し、
加工処理工場へ出荷する形態である。契約生産者は「Contract Growers」と呼
ばれている。これら契約生産者の多くは自分の土地に自前の育成施設(舎)を
持ちインガム社など大手の加工処理業社からヒナと飼料などの提供を受け、指
示された飼養管理方法に基づき、ヒナを飼養している。
◇豪州の鶏肉生産フローチャート◇
生産費内訳の約 6 割が飼料費
1997年に業界が開催した研究会のデータを見ると、生産費は生体重1kg当たり
1.12豪ドル(約82円)、その内訳は、飼料費57%、ヒナ購入費20%、契約生産者
への支払15%、衛生管理費1%、その他7%となり飼料費の占める割合が大きい。
また、米国との比較では飼料コストの関係で豪州の方が生体1kgあたり29豪セン
ト(約21円)高い結果となっている。
加工処理経費
加工処理経費は1kg当たり57.29豪セント(約42円)であり、その内訳は、人件
費が49%、包装資材15%、施設費6%、その他30%となっており人件費が加工処
理経費の半分を占めている。
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【加工処理工場】
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ブロイラー納入標準価格の存在
1980年代半ばから各州法において中立的な立場の委員会が設置され、ブロイラ
ーの工場への標準納入価格を決定し、併せて鶏肉加工処理業者と育成業者間の売
買契約を承認することとなっている。
これにより、育成業者は法律に守られた形でブロイラーの納入価格を決定する
ことができる。一方、鶏肉加工処理業者はコスト削減が容易にできないものとな
っている。
ACCC(豪州自由競争消費者委員会:
日本の公正取引委員会のような機関)の動き
ACCCはVIC州の鶏肉加工業者の要請により、標準納入価格は育成業者が
価格を容易に操作できることから、独占禁止の観点により各州法の見直しを検討
している。しかし、育成業者の政治的な力を背景にした抵抗は根強い。NSW州で
は、州政府がこの法律の見直しを検討した結果、育成業者の収入激減を理由に20
01年11月に見直しを行わないとの方針を示したところである。
しかしながら、ACCCは、今年3月26日、NSW州の育成業者と処理加工業者が直接
価格交渉を行える方向で、現行法を改正することが望ましいと新たな勧告を示し
ている。今後州政府との間で再度検討が開始されることとなる。
成長ホルモン
豪州の鶏肉には生産段階での成長ホルモンの使用は1960年から禁止されており、
40年間ホルモンを使用した鶏肉は市場に出荷されていない。豪州の農林水産省が
行う全国残留調査(National Residue Survey)においても今までに鶏肉からホル
モンが検出されたことはない。
抗生物質
1970年代から医薬品、特にワクチンの開発が進み、抗生物質自体の使用は減少
している。現在、産業界では疾病予防の観点からワクチンの接種を積極的に推進
している。
豪州では家畜用の医薬品については、全国健康医療研究協議会(National
Health & Medical Research Council)と全国登録局によって、人体に対する影響
など厳しく審査されたもの物だけがその使用を承認される。また、その使用は、
獣医による処方箋が必要であること、薬品投与を受けた家禽については、薬品ご
とに出荷制限期間が設けられている。
安全性確保のための課徴金制度
前出の全国残留調査によるサーベイランスやブロイラー産業の研究開発を行う
原資とするため、1969年にThe Chicken Levy Actの制定されている。現在、ブロ
イラー100羽当たり24豪セント(約18円)、調査研究に同19豪セント(約14円)、
全国残留調査に同2豪セント(約1.5円)、動物衛生協議会(Animal Health
Council)に3豪セント(約2.2円)が徴収され、それら目的のために使用されてい
る。
豪州の鶏肉産業界では、その歴史的な背景をもつ2大企業(インガム社とバー
ター社)が統合を進めており、2社の影響力は増大しつつある。業界の推計では
2社で豪州鶏肉産業の粗生産額の約75%以上を産出しているとされる。その内訳
はインガム社が45%、バーター社が30%となっている。近年、バーター社の動き
は非常に活発で鶏肉産業以外でも米国のOSI社との合弁により豚肉処理加工業者
を買収したとされている。
インガム社は、飼料会社、種鶏の育種改良場、孵化場、育成場、加工処理工場、
冷凍食品等の付加価値工場による垂直的な体系となっており、これに加えて大手
同士の吸収合併等が行われ今後も寡占化が強まる傾向にある。
豪州ブロイラー処理業者TOP10ランキング
資料:Food Management News Top 200 in 2000
豪州のブロイラー産業は、寡占化がさらに進む中で、その好調な国内消費に後
押しされ、拡大の一途をたどっており、その産業は、単に鶏肉の生産だけにとど
まらず、鶏肉をベースとして冷凍食品等食品産業へも深く浸透している。だが、
これまで海外の主産地に比較するとその生産コストが高く、また、品種改良の遅
れからその効率性の面で遅れているとされてきた。しかし、標準価格設定も試行
的ではあるが、撤廃の方向に向かっている。また、品種改良については、海外の
優良品種が導入され始めて10年を経ており在来種への根強い人気はあるものの、
大手処理業者はその優良品種の導入を積極的に進めている。これらの改善により
方向性が明確に見えているといってよい。また、安全性については、ホルモン剤
の不使用、抗生物質の厳しい管理下での使用規制など消費者のニーズに対する素
地は、ほぼ確立されていると考えられる。現在、行われている鶏肉の輸入規制が
緩和されれば、安価な外国産の鶏肉が豪州国内に流通し、おのずと輸入品が冷凍
市場を席巻し、高品質な製品は、更なる付加価値を求め輸出市場に展開していか
なければいけない可能性も大いに考えられる。
参考資料
Australian Chicken Meat Federation Inc
ウエッブサイト http//www.chicken.org.au/
Australian Chicken Growers Council Limited
ウエッブサイト http//www.acgcl.com/
Rural Industries Research & Development Corporation
ウエッブサイト http//www.rirdc.gov.au/
Affa ウエッブサイト http://www.affa.gov.au/
Australia Commodity Statistics 2001
2002 Year Book Australia
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