特別レポート
企画情報部
米農務省(USDA)は、毎年2月、「農業観測会議」を開催し、米国におけ る主要農産物の需給状況や、今後10年間(2002年〜2011年)の長期見通しを明ら かにするとともに、政策推進上の課題や時事のトピックスなどについて、説明す るほか、ゲストスピーカーからも提言や分析などが行われている。 一方、豪州では毎年2〜3月に、連邦政府の農林漁業省豪州農業資源経済局(AB ARE)の主催により、「農業・資源観測会議」が開かれ、穀物や食肉などといっ た主要な第一次産品ごとに、短中期的な需給予測が発表され、あわせて時々のト ピックスを取り上げ各分野の専門家による分析、提言が行われている。 ここでは、2002年に行われた観測会議について、主要な畜産物の需給予測の概 要を報告する。
畜産物全般 飼料コストの低下などから生産は増加傾向 短期的には、穀物と大豆ミールが低価格であることが、引き続き米国内の畜産 に影響を与えるものとみられる。中・長期的には、飼料価格の緩やかな上昇と同 時に生産者の収益性の向上と小売価格の上昇も見込まれている。牛肉および豚肉 生産については、飼料コストの低下と生産者の収益性の向上、小売価格の上昇な どから拡大するであろう。しかしながら、ここ数年、牧草の状態が悪かったこと やキャトルサイクルのずれなどから2006年までの5年間には牛肉生産の回復の遅 れが予測される。また、鶏肉生産は、引き続き増加するものの、増加要因に頭打 ちがみられることからその増加の伸びは鈍化するであろう。 生産規模拡大がさらに進展 生産規模の拡大と商業化は、各畜種ともで引き続き進展するが、環境問題がそ の伸びを抑制するものとみられる。牛肉部門では、高品質な牛肉に対する需要の 高まりから垂直的調整(Vertical Coordination)の動きが活発となり、豚肉部 門でも垂直的調整はさらに進展し、大規模経営が市場シェアを拡大すると見込ま れる。酪農部門では、効率的な経営により、経産牛1頭当たり乳量が増加し、生 産コストの低減が図られるであろう。 鶏肉消費のシェアが増加 1人当たりの食肉消費量は、全体としては、緩やかに増加するであろう。その うち、牛肉と豚肉にはわずかな減少がみられるものの、他の食肉と比べ価格の安 い鶏肉は増加し、小売重量ベースで食肉全体の消費量の中でのシェアを伸ばすと みられる。 米国における畜産物需給の長期見通し 資料:USDA 「USDA Agricultural Baseline Projections to 2011」 注1:酪農は会計年度(10月〜翌年9月) 2:牛肉および豚肉の需給は枝肉ベース、ブロイラーの需給は可食処理ベース 3:豚の飼養頭数は前年12月1日現在 牛乳・乳製品 生産構造は2極化 生乳の生産構造は、伝統的な小規模家族経営と、雇用労働力による企業的大規 模経営との2極化がさらに顕著になるとみられる。伝統的な小規模家族経営は、 今後、経営の維持が困難となる一方、企業的大規模経営は、戸数、規模ともかな りのペースで拡大するものと見込まれる。 生乳生産は着実に増加 96〜01年は生乳価格が好調に推移したことで収益性の向上した農家による経営 の拡大や企業的経営の構築を図る動きが西部、北東部、中西部を中心に活発にな った。この長期的な進展により生乳は増加するとみられる。乳量は、飼養管理技 術の向上、穀物価格の低下による濃厚飼料の給与増などにより増加傾向が継続す るが、これまでのような穀物飼料の多給には限界がある上、経営規模による乳量 格差が縮小していることから、平均乳量は従前ほど増加しないとみられる。 ◇図:生乳生産量の推移◇ 乳製品需要は伸びが鈍化 乳製品の需要は、緩やかに拡大するものの、その伸びは鈍化が見込まれる。製 品別では、チーズについては以前ほどの伸びは期待できないものの、外食や調理 済み食品分野での需要が増加するであろう。この傾向はバターも同様である。こ れに対し、飲用乳の需要はわずかに減少するものとみられる。加工食品分野にお ける無脂乳固形分需要は、低価格や高品質製品への需要の高まりなどから今後回 復するとみられる。 乳製品の輸出価格は緩やかに上昇 比較的高水準で推移してきた脱脂粉乳の国際価格は、EUなどの供給が再び回復 することから、今後数年間は軟化するものとみられる。しかし、長期的には、ア ジアやラテンアメリカでの需要が増加するため、強含みで推移するとみられる。 バターの国際需要は、脱脂粉乳ほど強くはないことから、価格の上昇も緩やかな ものと見込まれている。 生乳価格は低迷が続く 生乳の生産者販売価格は、生乳生産の回復と景気低迷から今後数年間は低迷す ると見込まれる。その後は、わずかながら上昇するものの、その度合いはインフ レ率を下回る程度とみられる。 牛肉 キャトルサイクルは2003、4年を底に上向く 牛飼養頭数は、農家収益が改善されたにもかかわらず、粗飼料の状態が悪かっ たことから減少に転じた。コーンベルト地帯以外の主要な生産地では、2000年、 2001年に干ばつに見舞われ、さらに2001年は92/93年以来の厳しい冬であったこと で、更新用未経産牛の多くは保留されずに肥育に仕向けられ、1頭当たりと畜重量 の減少を招いた。このような飼養動向の中で、2003年から2004年に、キャトルサ イクルは9,600万頭程度で底を迎え、その後は上昇局面となり、2011年には1億400 万頭程度となるとみられる。今回のキャトルサイクルは、前回の9年間に比べて減 少局面が2年長いことから全体では13年となるであろう。ただし、牛群の調整が続 いていることから、その山はそれほど高くならないものとみられる。個体の大型 化や肥育の長期化によると畜重量の増加した牛肉へのシフトは、飼養頭数の増加 の必要性を一部相殺している。 ◇図:牛飼養頭数の推移◇ 生産は2004年まで減少傾向 牛肉生産量は、繁殖経営における未経産牛の保留増加を反映して2004年まで減 少傾向で推移し、その後、徐々に増加するものと見込まれる。牛肉生産は、国内 のホテル・レストラン向けおよび輸出向けのフィードロットで肥育される去勢牛 および未経産牛由来の高級牛肉が大部分を占めるものとみられる。また、子牛の 大部分がフィードロットへ導入されることから、子牛のと畜頭数は減少するであ ろう。 育成期間が長期化 子牛はキャトルサイクルが上昇局面となることから、これまでより、放牧育成 期間が長期化され、フィードロット導入当時の体重が増加するとみられている。 肥育牛は、セレクトまたはチョイス級の下位に格付けされる場合は、従来同様120 から140日間肥育されるとみられる。しかし、今後は、より高い等級への格付けが 目指されるようになるため、肥育期間が長期化し、1頭当たりの枝肉重量は緩やか に増加するとみられる。輸出向けやホテル・レストラン向けのチョイス級の価格 が好調となることから、セレクト級との価格差がさらに広がるものとみられる。 輸出は依然増加傾向 2011年には米国は牛肉の純輸出国となるとみられ、生産量に占める輸出量の割 合も、8〜9%から10〜11%に増加すると見られる。主な輸出先である環太平洋諸 国については、豪州およびニュージーランドがグラスフェッド牛肉を供給するの に対し、米国は、今後もグレインフェッド牛肉の主要な供給国であり続けるであ ろう。一方、オセアニア諸国にとって、米国での肉用経産牛のと畜頭数は減少す ることから、米国は依然として重要な輸出市場であり、ハンバーガー向けなどの 加工用牛肉を供給するとみられる。 ◇図:牛肉需給の推移◇ 豚肉 垂直的調整は今後も進展 90年代に再構築された生産から加工、流通、消費に至る供給チェーンでの垂直 的調整が今後10年間も引き続き豚肉部門での特徴とされるとみられる。このよう な垂直的統合により、内外からの様々な要求に応えうる大規模経営による市場シ ェアが拡大するとみられる。 カナダと米国での豚肉産業の再構築は、国境を越えて北アメリカ全体として進 展していくとみられる。カナダでは、米国向けの子豚生産を専門に担い、豊富な とうもろこしと安い労働力コストというコーンベルト地帯の優位性から肥育を米 国で行うというシステムがさらに進むとみられる。 生産はおおむね増加傾向で推移 さらに進んだ垂直的統合によりピッグサイクルはほぼ解消し、豚肉生産量は、 年間平均0.7%増とわずかな伸び率ながらも10年間を通じて増加傾向で推移する ものとみられる。2011年の生産量は916万3千トンと見込まれている。米国の1人 当たり消費量は、小売重量ベースで22.7〜23.7kgと見込まれている。 輸出はアジアとメキシコ市場で拡大 米国は、純輸出国として重要な地位を占めるとみられる。輸出量がどの程度増 加するかは、カナダとのアジアおよびメキシコ市場での競争によるとみられる。 また、メキシコは、新たな競争国となることも見込まれている。長期的にどの程 度増加するかは、他の輸出国と同様、生産コストや環境規制などによって決定さ れるだろう。米国の輸出市場は特に環太平洋諸国を中心に緩やかな増加が見込ま れる。一方、輸入量は、EUからの供給が減る一方でカナダからの部分肉輸入を中 心に、緩やかに増加するとみられる。 ◇図:豚飼養頭数、豚肉需給◇ 家きん肉 価格の安さから消費シェアを拡大 家きん肉の消費量は、牛肉や豚肉との相対的な価格の優位性から、食肉消費全 体の中で引き続きシェアを伸ばすものとみられる。また、高水準の生産を維持す ることで、ブロイラー業界では、国内および海外双方での市場拡大を目指すもの とみられる。海外向けには、安定した量の供給と低価格製品の提供が求められて いる。一方、国内向けには、家庭用、レストラン用に半調理済みまたは調理済み など加工度の高い製品の開発が焦点となってくるだろう。七面鳥も、外食や輸出 などの需要により、生産の拡大が見込まれる。 輸出は緩やかに増加 ブロイラー生産は人口の増加率をわずかに上回るペースで増加するとみられる。 2000年、2001年のブロイラー輸出量は大幅に増加した。2002年からの数年間は、 主要な市場で個人所得の伸びがそれほど見込まれないことやドル高などから、増 加ペースは緩やかなものとなると見込まれる。さらにブラジルをはじめとした他 の輸出国との競合が激化するとみられる。アジアやロシア向けの輸出が拡大する ものの、ここ数年の増加率を下回るものとみられる。 ◇図:鶏肉需給の推移◇
経済一般の短中期見通し 世界経済は2002年後半から回復する見通し 2001年の世界経済の成長率はこれまでの成長率と比べて低くなった。米国や日 本などのOECD諸国における経済停滞が、アジア経済にも影響を及ぼし、台湾やシ ンガポールなどの経済後退を招いた。 2002年は、米国経済が2001年9月のテロ事件の影響から年の後半には立ち直る との見方から、世界経済も回復するとみている。また、2003年以降の経済も順調 に拡大するとみている。 表1 世界の主要経済指標 資料:ABARE「OUTLOOK2002」 注:2001年以降は、ABAREによる予測値 経済成長率とインフレ率は前年比 東南アジアは、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、 タイ 中国は香港をのぞく 第一次産品の国際価格も回復 世界経済の成長に合わせて、第一次産品の価格も変動するとみている。200 2年の第一次産品価格は、世界経済の停滞により抑制されて推移するとしている が、2003年以降については、経済成長に伴い需要も高まることから堅調に推移す るものの、長期的な傾向によると2007年には下降基調になると予測している。 豪州の経済状況 世界経済の停滞にもかかわらず、2000/01年の豪州経済は、活発な住宅建設と 豪ドル安による輸出増加により好調を維持した。2001/02年以降は、好調な世界 経済の影響を受け、さらに経済成長率は上昇するとみている。 表2 豪州の主要経済指標 資料:ABARE「OUTLOOK2002」 注:2001/02年度以降は予測値 経済成長率とインフレ率は前年度比 豪ドルの為替相場 2000年から2001年9月まで、豪ドルは主要通貨、特に米ドルに対して安値で推移 しており、輸出を後押しする要因となった。10月以降、豪ドルの為替相場は上昇 傾向に転じたものの、依然として安値圏であることは変わらない。 2002年以降の為替相場は、米国経済の回復により米ドルの通貨価値が高まるこ とから豪ドルは弱含みとなり、2007/08年度までは、1豪ドル=60米セント以下で 推移するとみている。 牛乳・乳製品 規模拡大による減少が予測される酪農家戸数 2000年6月に行われた豪州の酪農乳業界の制度改革により、業界の構造は変化し た。1980年代中頃から続いていた酪農家戸数の減少は、2001年にはさらに顕著とな り、一方で規模拡大はさらに進んだ。この傾向は長期的に続くものと予測しており、 将来的にも生産コストの高い酪農家の離農は促進されるとみている。 生乳生産は増加の予測 90年代を通じて拡大してきた豪州の生乳生産は、2002/03年度までの短期的には 経産牛飼養頭数の増加を要因に増産が見込まれている。また、中期予測としては飼 養頭数はほぼ横ばいで推移することから、2006/07年度までの生乳生産は、1頭当 たりの乳量の増加により増加するとみている。 チーズ生産に傾斜の予測 短中期的な乳製品国際価格の予測の中で、もっとも強含みで推移しているのは、 チーズ価格である。そのため、豪州の乳製品生産は特にチーズにシフトすると予測 している。2006/07年度の乳製品生産量は、2000/01年度と比較するとバターが同、 チーズが13.0%増、脱脂粉乳6.4%増、全粉乳が27.8%増とほとんどの品目で増加 の予測となっている。 東南アジアのチーズ需要を中心とした乳製品輸出 中期的な豪州の乳製品輸出は、増加が予測される生乳生産量を要因として、好調 を維持すると予測している。国内の乳製品需要には限りがある一方、海外の需要は 拡大し続けると予測している。乳製品の低コスト生産が可能である豪州は、特にア ジアにおけるチーズ需要の強まりに対応できるとしている。また、将来的な乳製品 輸出の拡大のためには、一層の貿易自由化が必要であるとしており、貿易交渉に注 目が集まることが予想される。 豪州の乳製品需給予測 資料:ABARE「OUTLOOK2001」 注1:2001/02年度の米ドルを基に算出 2:3月31日時点 3:2001/02年度の豪ドルを基に算出 4:2001/02年度以降はABAREによる算出 牛肉 緩和する牛肉価格 海外からの強い需要と豪ドル安に支えられ、2001/02年度までの牛肉価格は高値 で推移してきたが、2002/03年度以降の価格は、日本からの需要減少と牛肉生産の 増加により比較的緩和するとみている。肉牛価格についても、牛肉価格の下落に伴 い下落するとしている。 2002/03年がピークの牛肉生産 2001/02年度までの高い牛肉価格を反映し、肉牛農家は飼養頭数を拡大した。そ のため、2002/03年度の牛肉生産量は大きく増加するとみている。しかし、2003/ 04年度以降は、肉牛飼養頭数の減少により伸び悩むとみている。なお、特にほとん どが日本向けであったグレイン・フェッドは、日本における需要減少により生産も 減少するとみている。 米国向け輸出 米国における豪州産牛肉に対する需要は、米国内で牛群の再構築が行われること により牛肉生産量が減少するため、堅調に推移すると予測している。また、南米で 発生した口蹄疫の影響により、南米産牛肉の供給が滞っていることも豪州産牛肉へ の需要を強める要因としている。しかし、米国は、豪州産牛肉に対して関税割当を 行っており、これが輸出量増加を妨げる要因としている。 日本向け輸出 豪州の牛肉輸出で最も大きい輸出額を占める日本向け輸出は、2001/02年度には 牛海綿状脳症(BSE)問題により減少した。しかし、2002/03年度には、日本におけ る牛肉消費の回復に伴い、徐々に増加するとみている。 生体牛輸出 豪州からの生体牛輸出は97年のアジア経済危機で一旦落ち込みを見せたものの、 これまでもおおむね増加傾向で推移してきた。2002/03年度の生体輸出は、インド ネシアなどにおける経済成長による需要回復や豪ドル安の為替に相場を予測してい ることにより大きく増加すると見込んでおり、今後もその傾向は続くとみている。 豪州の牛肉品需給予測 資料:ABARE「OUTLOOK2002」 注1:2001/02年度の豪ドルを基に算出 2:3月31日時点 3:船積みベース
会議の中で、USDAのペン次官は、農業の輸出への依存度は米国経済におけ る平均を2倍以上上回っていると延べ、農産物輸出の重要性を改めて強調した。 このことからも明らかなように今後も米国は、輸出志向を明確に打ち出していく ものと考えられる。また、コリンズ首席エコノミストは、今後の米国の農産物貿 易に関して注目すべき項目として、米国の次期農業法案の動向や世界経済の動向 などを指摘した。次期農業法が成立すれば新たな動きが始まることから、畜産物 の動向を引き続き注視していく必要があるだろう。 今回のABAREの会議では、ABAREの経済研究学者のIvan RobertとUSDA海外農業 局次官であるJB Penn、EU委員会の農業ダイレクターのJose Manuel Silvaを招い て講演を行い、農業交渉を進めるために、次期WTOラウンドを開始する必要性につ いて議論したた。Robert氏は、貿易交渉について抱える問題は多く存在するとし ながらも、豪州の立場としては、変わらず保護貿易と対立する形になることが予 想されるだけに、今後の動向は見守る必要がある。
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