特別レポート
最近のタイのブロイラー産業の動向
シンガポール駐在員事務所 宮本 敏行、小林 誠
タイの畜産業の中で、ブロイラー産業は最も発展し、鶏肉輸出の面から見て
も成功した分野である。2001年のタイのブロイラー業界は、日本やEUといった
主要輸出市場における鶏肉需要の増大や、中国で鶏の伝染病が流行するなど他
の輸出国に比べて競争力が高まったことによって、史上最高の輸出量を記録し
た。しかし、2002年3月、EUに輸出されたタイ産鶏肉から、EUで使用が禁止さ
れている抗菌剤が発見されたことから、鶏肉輸出が減少に転じるとともにブロ
イラー生産の低下を招いている。
一方、近年におけるブロイラー産業の目覚しい発展は、飼料部門を中核に持
つインテグレーターによって推進されてきた。ブロイラー関係者は、前段のよ
うな産業の未来に大きな影響を与える問題の再発を防止するためには、インテ
グレーターによるブロイラーの生産体制の再構築が必要と認識し始めており、
今後は業界の中でのインテグレーターの影響力が一層強まっていくものと思わ
れる。
本稿では、90年代後半の経済危機を体験したブロイラーおよび鶏肉の需給構
造の変化や、業界をけん引する大手インテグレーターの最近の動向を紹介する
ことで、今後のタイのブロイラー生産や鶏肉輸出の動向を考える上での参考と
したい。
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【5万羽が飼養される大手インテ
グレーター所有の鶏舎内】
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(1)ブロイラー生産
90年代後半以降、ブロイラーの生産量は、鶏肉輸出と国内消費の安定に支
えられて増加傾向で推移している。特に、2001年の生産量は、輸出の大幅な増
加を背景に、前年比11.2%増の9億9,920万羽と過去最高となった。
なお、ブロイラー生産の基礎となる種鶏のうち、生産に直結するペアレント
・ストックの調達は、そのほとんどを米国などからの輸入に頼っており、輸入
羽数は、鶏肉価格の動向に対応して上下する傾向がある。近年は98年に生産調
整のための輸入の底が見られるが、鶏肉輸出の増加に伴って99年以降の輸入は
増加に転じており、2001年は98年と比較して79.1%増の211万羽となった。こ
れに対し、ペアレント・ストック生産の元となる原種鶏(Grand Parent Stock)
の輸入には大きな変動はないものの、ペアレント・ストックと同様に99年の輸
入に大幅な増加が見られる。
農業経済局の2002年の当初予測では、ブロイラー生産は引き続き増大し、前
年比2.4%増の10億2,350万羽に達するとされていた。しかし、第2の輸出市場
である欧州向け輸出が大きく減少していることから、生産量も2002年5月以降
は前年を下回り続けており(本誌需給編参照)、実際には前年を下回るとみら
れる。
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【エバポレーション・システム
と呼ばれる鶏舎内冷却装置で生
産性が向上した】
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(2)鶏肉消費
近年、タイの鶏肉消費は、97〜98年を除いて経済がプラス成長となって
いることやファスト・フードの定着化に伴い安定的に推移しており、92年から
10年間の平均増加率は年率1.8%となっている。97年は、深刻な経済危機の影
響で前年比2.1%減の63万トンに減少したものの、食肉の中で国民に最も好ま
れる鶏肉は、98年には前年比3.6%増の65万3千トンと早くも回復基調が現れて
いる。99年は経済が一層回復する中で、消費も7.2%増の70万トンとかなりの
伸びを見せている。一方、国内消費については、、2000〜2001年の間は鶏肉輸
出が大幅に増加したこともあり、2年連続して前年を下回った。タイ農業協同
組合省によると、2002年は、EU市場における輸出の落ち込みで輸出全体が停滞
すると見込まれることから、国内消費が再び増加に転じると予測されている。
なお、タイ中央銀行によると、2003年のGDP成長率は2002年と同水準の3%と堅
調に推移すると予測されていることや、旅行者数の増大およびケンタッキー・
フライドチキンやマクドナルドといった鶏肉を使用したファスト・フードの需
要がますます増大するとみられていることから、国内消費量の増加傾向は今後
しばらく続くものと思われる。
(3)鶏肉輸出
タイで生産されるブロイラーの少なくとも3割は輸出に仕向けられると言わ
れ、その比率は次第に上昇しているものと思われる。92年から10年間の鶏肉輸
出量の平均増加率は9.1%となっており、国内消費の伸び率を大幅に上回って
いる。近年のブロイラー生産は、国内消費の動向よりも輸出需要に大きく左右
される傾向が強まっている。タイブロイラー輸出加工協会によると、2001年の
鶏肉輸出量は、前年比31.6%増の43万8千トンと大幅に増加し、史上最高を記
録した。2002年はEU向けが減少するとみられることから、同協会は、同4.1%
減の42万トンに減少すると予測している。
最大の輸出相手国は日本であり、2001年の日本向け輸出は全体の49%を占め
た。従って、ブロイラー業界の大きな関心事の一つは、日本市場における他の
競合生産国の輸出動向と言える。図3に日本の国別鶏肉輸入の推移を示したが、
近年は安価な労働コストやチルド製品も供給可能な立地条件などの優位性を持
った中国の台頭が著しい。中国産鶏肉の輸出の伸びは90年前半に顕著となり、
94年にはタイ、米国を抜いて対日輸出のトップへ踊り出ている。これに伴い、
タイ産鶏肉のシェアは漸減し、96年には落ち込んだが、98年以降は中国に次ぐ
2位をキープしている。なお、2001年にはニューカッスル病の影響で中国産の
輸入停止措置が相次ぎ、輸入量が激減していることから、2002年には約10年振
りにタイ産が対日輸出のトップを奪還する可能性もある。
一方、第2の輸出市場であるEUでは、近年、口蹄疫および牛海綿状脳症(BSE)
の影響の懸念が立て続けに広がったことから、消費者の選択が牛肉から鶏肉を
はじめとした他の畜産物へ大きくシフトしたと言われる。2001年のEU向け輸出
の割合は、98年と比較すると12ポイント上昇し34%を占めた。しかし、2002年
は、EUで使用が禁止されている抗菌剤がタイ産鶏肉から検出されたことからEU
が輸入禁止措置を取ったため、その割合を大きく減じるとみられている。また、
2002年5月下旬、EUは従来の方針を転換し、中国の8ヵ所の鶏肉加工場にEUへの
輸出認可を与えた。ブロイラー輸出加工協会は、これらの加工場で生産される
EU向け鶏肉は年間1万2千トン程度と見ており、今後は、EU向けの中国産鶏肉の
輸出が増える可能性もある。
なお、今後無視できない第3の輸出市場として、日本を除いた他のアジア各
国の動向も注視する必要がある。特に、一時の経済不振を脱し、再び経済力を
増してきた韓国の購買力の向上は目覚ましい。また、ウィルス性脳炎の発生で
養豚業が壊滅的な打撃を受け、鶏肉需要が大きく上昇したマレーシアや、経済
の伸長を背景に調製品を中心に鶏肉需要が引き続き高まるシンガポールや香港
への輸出も増大傾向にある。
(4)鶏肉調製品へのシフトが加速
年々激化する輸出市場における他の輸出国との競争に打ち勝つため、タイの
鶏肉輸出セクターは販売チャンネルの多角化を進めてきた。鶏肉企業の近年の
動きで見逃せないのは、冷凍鶏肉よりも付加価値の高い調製品の開発に力を入
れてきたことである。生産の重点を冷凍品から調製品へシフトする動きは、米
国やブラジルの飼料コストおよび中国の労務コストの優位性と対抗する上で避
けては通れない道であったと言える。91年には3.8%に過ぎなかった輸出量全
体に占める調製品の割合は、2001年には26.7%に達している。ブロイラー加工
輸出協会の予測では、2002年は全体の28.6%にまでシェアを伸ばすとみている。
一方、調製品の輸出額の伸びはさらに目覚しく、91年の総輸出額に対するシェ
ア6.6%から、2001年の39.7%へ大きく躍進している。2002年は、調製品の輸
出量は冷凍品の4割にまで上昇するが、輸出額はそれをはるかにしのいで冷凍
品の7割に達する大幅な伸びを見せると予測されている。
タイの鶏肉業界が史上最高の輸出量を記録した2001年、冷凍品の輸出量は前
年比3.6%増の32万1千トンとやや増加したものの、輸出額は同3.5%減の231億
バーツ(約670億円:1バーツ=2.9円)と3年ぶりに前年を割り込んだ。一方、
調製品は、輸出量および輸出価格ともに31.2%増の11万7千トン、31.7%増の1
52億バーツ(約441億円)と大幅に躍進している。これは、各国との競合が強
まる中で、タイが輸出市場における自国産調製品の優位性を最大限に生かすと
いう路線を一層明確に打ち出してきた表れと言える。
近年は中国の調製品輸出が急増し、日本の輸入量を見ると98年以降は中国産
がタイ産を上回っている。タイの鶏肉業界は、加工手法に炭火焼を取り入れる
など製品の付加価値を上げることによって、中国の一歩先を走り続けようとし
ている。関係者によると、当面は中国が不得意とするから揚げなどの分野で優
位性を保ちたいとしている。同時に、従来の業務用重視の視点を一歩進めて、
消費者により直結した小売用製品の比重を高めていくものと思われる。
(1)政府のブロイラー産業への関与
タイ政府のブロイラー産業に対する関わり方は、ブロイラーの生産や鶏肉の
流通段階における諸々の法規を整備するとともに、国際的な食品安全基準に沿
った取り扱いが行われるように現場を監督することに限定される。ブロイラー
業界に対する支援策は唯一、飼料原料(トウモロコシ、ソルガム、大豆粕およ
び魚粉)の輸入に係る関税の払い戻し(※)のみである。しかも、これは、輸
出に仕向けられた鶏肉生産に使用された分に限られる。タイはケアンズ・グル
ープ(輸出補助金なし輸出国)の一員として積極的に市場開放を推進する立場
をとっているため、生産者に対する過度の支援、鶏肉の価格操作や市場隔離な
どの介入施策は原則的に行われないのが特徴となっている。
なお、養鶏をはじめとした畜産行政の要である農業協同組合省畜産開発局は、
商業省国内貿易局および厚生省食品・薬品管理局と連携し、養鶏農家からの飼
料や薬剤、疾病、ふん尿処理をはじめとした環境問題などの相談に応じる体制
を整えている。
※関税相当分の払い戻しは、飼料輸入業者の申告に基づく飼料原料輸入量、そ
の使用状況および飼料を使用した場合の鶏肉の生産性などを総合的に判断し、
最終的には鶏肉の輸出量に応じて行われる。
(2)WTOおよびAFTA対策
ウルグアイラウンド(UR)合意により、タイはブロイラーおよびその製品の
輸入関税率を、99年の35〜50%から2004年までに30〜40%まで引き下げること
を約束している。また、アセアン(東南アジア諸国連合)の主要メンバーとし
て、アセアン自由貿易圏(AFTA)合意に基づき、域内の国々に対しては、2003
年から関税率を5%以下に引き下げることになっている。タイは今後、米国な
ど世界的に強大な輸出国の脅威にさらされる上に、アセアンという枠組みの中
での安価な鶏肉の輸出攻勢に対処していかなければならない状況に置かれてい
る。さらに、2001年には、10年以内の締結を前提として、アセアンと中国との
自由貿易協定(FTA)の作業もスタートした。今のところ、両陣営ともに農産
物の扱いを棚上げしないことを明確にしているため、数年後には中国産鶏肉と
の競争にも直面することになる。また、シンガポールが独自に進めている米国
とのFTA交渉の行方にも気を配る必要があろう。この二国間のFTAが実現すれば、
関税ゼロでシンガポールに流入した米国産鶏肉がアセアン各国へ再輸出される
可能性が高いだけに、タイのブロイラー関係者は危機感を強めていると言われ
る。
タイのブロイラー産業にとっては、まさに「待ったなし」の状況と言えるが、
こうした輸入鶏肉に対抗するため、ブロイラー業界は、飼料産業セクターと連
携して以下の戦略を展開するとしている。
@EUで定められた衛生基準や動物福祉の規定の順守を念頭に、生産施設や輸送
システムの改善に取り組む。
A飼料生産工場や鶏肉加工場などにおけるHACCP(危害分析重要管理点)の策
定やISO(国際基準化機構)9000シリーズの取得を急ぐ。
B小規模ブロイラー農家の救済を目的とした生産者組合の早期の設立を目指す。
Cブロイラー振興協会は、生産者に対して抗生物質の使用に関する教育プログ
ラムを開始する。また、タイ産鶏肉の競争力を増強するための特別基金を創
設する。
D中国やブラジル、米国と直接的な競合関係にある冷凍鶏肉から、付加価値の
高い鶏肉調製品へのシフトを加速する。
Eより安価な鶏肉の流入を想定し、それを高付加価値製品に加工する技術の開
発に備える。
Fミドルマンと呼ばれる中間業者の関与を極力廃するとともに輸送方法の簡素
化など産業構造のスリム化を図る。
G政府に対し、シンガポールや台湾、米国、豪州などへのタイ産鶏肉の強力な
プロモーションの展開を要請する。
一方、輸入関税の引き下げは、飼料をはじめとした生産資材の輸入の面では
有利に働く。特に、国内生産が需要を満たしていない大豆および大豆ミールの
価格低下が期待されており、同時に、トウモロコシ価格も下落することが予想
される。ブロイラー業界は、政府に対し、飼料原料の関税引き下げの前倒しを
強く要求している。
表1 タイにおける鶏肉等の輸入関税
資料:商務省関税局
(1)インテグレーターがブロイラー産業を推進
タイのブロイラーの生産費は、7割が飼料費、2割がひな費、1割が薬剤費
・労務費・水道光熱費などで構成されており、飼料費の割合が極めて大きい。
タイのブロイラー関係者との会話の中で、「ブロイラーはえさで儲けるもの」
という表現がよく聞かれるが、これは、ブロイラーの大規模飼養を行う上では、
インテグレーターが極めて有利であることを意味している。飼料部門が中心と
なり、飼料製造をはじめとして、種鶏場・ふ卵場、養鶏場、鶏肉加工場および
輸出を含む販売流通業務を網羅したシステムが完成しており、タイのブロイラ
ー産業は、こうした大手インテグレーターにコントロールされてきたと言って
も過言ではない。
表 2 ブロイラー生産費
資料:農業協同組合省
(2)飼料の需給動向
タイ飼料協会によると、2001年の飼料生産量は、畜産業の規模拡大を背
景に前年比1.3%増の973万トンとなった。現在、タイには90余りの飼料生産工
場があり、2002年の同国の飼料生産能力は1,044万トンと見込まれている。こ
のうちの9割は9社の大手インテグレーターによるものとされている。表 3 に
タイの主要な飼料生産企業を示したが、そのほとんどがブロイラー生産に関わ
るインテグレーターとして知られている。
表 3 主要企業の飼料生産量(2002年予測)
資料:Agrisource社
@トウモロコシ
トウモロコシは、ブロイラーをはじめとする家畜用飼料の原料として最も重
要な穀物であり、ブロイラー用飼料の構成要素の65%を占める。すなわち、ブ
ロイラー飼養の成功のかぎは、トウモロコシをいかに安く仕入れ、保存できる
かにかかっている。
タイのトウモロコシ生産量は98年以降、400万トンを超えており、その95%
は国内の家畜用飼料として使用される。80年代後半までは、タイのトウモロコ
シの大部分は輸出に仕向けられていた。しかし、ブロイラー産業を中心に畜産
業の規模が急速に拡大したことから、国内需要が生産量とほぼ拮抗する状況と
なり輸出が減少している。生産量は年々増加する傾向にあり、現在、タイはト
ウモロコシのほぼすべてを自給することが可能となっている。過去10年間の平
均輸入量は19万8千トンと生産量の5%に満たない。
しかし、畜産業の規模拡大が今後とも続くと輸入量が増加していく可能性も
否定できない。米国はタイをトウモロコシの新たな輸出市場として期待してい
るといわれる。
表 4 トウモロコシ需給の推移
資料:農業協同組合省
注:飼料年度(3〜2月)
A大豆、大豆ミール
大豆は、搾油後、その絞りかすが大豆ミールとして飼料に用いられる。大豆
の生産は減少傾向にあり、この10年で約4割も減少した。その理由としては、
他の高額な商品作物へ農地の転用が進んだことが挙げられる。一方、大幅な生
産減に伴い、現在の輸入量は90年代前半と比較して10倍以上に増加している。
ブロイラー用飼料の3割を占める大豆ミールは、高価な魚粉の代用として利
用され、需要も次第に高まっており、生産、輸入ともに増加する傾向にある。
表 5 大豆需給の推移
資料:農業協同組合省
注:飼料年度(3〜2月)
表 6 大豆かす需給の推移
資料:農業協同組合省
注:飼料年度(3〜2月)
(3)畜種別の飼料消費動向
近年、各畜種の飼料消費量は、あひるを除いていずれも増加傾向で推移して
いる。2002年(予測)における主要畜種の飼料消費量を92年と比較すると、ブ
ロイラーが28.4%増の371万トン、豚が6.4%増の325万トン、採卵鶏が9.5%増
の181万トンとブロイラーの伸びが際立って高い。
98年までは、ブロイラーの飼料消費量は、豚を下回っていた。しかし、97年
後半から99年にかけての経済危機の影響で養豚規模が縮小したことから、99年
以降はブロイラーにその地位を取って変わられている。99年の豚の飼養頭数は
同26.8%減の877万2千頭に減少している。不況が続く中で、消費者の嗜好は安
価な鶏肉へより傾き、99年の1人当たりの豚肉消費量は97年と比較して6.4%減
の5.1キログラムに落ち込んだ。一方、生産余剰を輸出へ仕向けることができ
るブロイラー産業への経済危機の影響は限定的で、99年のブロイラー飼養羽数
は7,593万羽と、97年と比較して1.8%の減少に止まった。また、99年の1人当
たりの鶏肉消費量は、同4.3%増の13.5キログラムとなり、豚肉の消費動向と
対照的な動きを見せている。
チャロン・ポカパングループやベタグロ・グループなどの大手インテグレー
ターは、ブロイラーと同様に大規模養豚経営を手掛けるケースが多い。97年後
半に起こった経済危機は、インテグレーターがその経営戦略の軸足を、養豚か
らブロイラー飼養へ一層向けさせる転機となった。
(4)強化されるインテグレーション化の動き
タイのブロイラー飼養の規模は、大勢の経営様式が伝統的な庭先飼養形態か
らインテグレーターによる企業形態に移行したため、年々拡大する傾向にある。
現在、中・大規模養鶏農場のほとんどはインテグレーターに属しているが、そ
の傘下ではない小規模養鶏農場の経営はますます困難なものとなっている。こ
れは、生産コストの7割を占める飼料、2割を占めるひなの供給を、インテグレ
ーターが一貫して手掛ける体制が完成されているからである。従って、市場に
おける価格変動のリスクをヘッジすることが困難なこうした小規模農場が、イ
ンテグレーターに吸収される例はますます多くなっている。
さらに、2002年3月、EUがタイから輸入した鶏肉から、EUで使用が禁止され
ている抗菌剤のニトロフランが検出されたため、EUの厳しい輸入規制により、
2002年上半期のEU向け輸出は、前年同期と比較して16.1%も大幅に減少した。
ブロイラー業界を震撼させたこの問題は、輸出前検査の厳格化や輸出の自主規
制など官民一体となった努力によって、終息に向かいつつある。この抗菌剤は、
インテグレーターのコントロールの及ばない小規模農家が使用していたといわ
れている。こうした小規模農家は本来、国内向けの生鳥市場を主な活躍の場と
しており、インテグレーターによる独占的なブロイラーの価格形成を嫌い、そ
の傘下に入ることを拒む者も多い。今回の問題は、輸出の好調さからインテグ
レーション支配下のブロイラーに不足が生じ、非傘下の農家からブロイラーを
手当てせざるを得なかった状況が招いたものとみられている。ブロイラー産業
の将来に同様の深刻な問題を来たさないためにも、インテグレーターによる業
界の一層のコントロールが必要と認識され始めており、今後は業界のインテグ
レーション化の動きが強まっていくものと思われる。
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【大手インテグレーターの
鶏肉加工場内】
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近年の好調な鶏肉輸出の増大を受け、大幅に収益を伸ばした各インテグレー
ターは、こぞって生産ラインの増強に取り組んでいるといわれる。今後のブロ
イラーの生産動向や鶏肉の輸出動向を予測する上で、インテグレーターの動き
を把握しておくことは意義があることと思われる。以下に主要企業の生産活動
の概要および短・中期的な経営戦略をまとめた。
(1)チャロン・ポカパン(CP)社
同社はタイ最大のブロイラーのインテグレーターとしてだけではなく、同時
に同国最大の総合食品企業としても有名である。近年は中国をはじめ、インド
ネシアやマレーシア、ベトナムなどの東南アジア各地や、米国、インドなど合
計12ヵ国への進出を果たしている。また、タイの飼料生産において4割のシェ
アを持ち、同国最大の鶏肉およびエビの輸出企業でもある。
同社は、食品企業の旗頭として国際的な食品安全基準の順守に努めており、
ブロイラー農場や鶏肉加工場などの一連の施設は、HACCPやISO各種の規範に基
づいた管理が行われている。
2001年の総売上は前年比30%増の700億バーツ(約2,030億円)と大幅に増加
した。2002年も同10%増の770億バーツ(約2,233億円)が予測されるなど、順
調な経営の拡大が見込まれている。
@経営活動の概要
バンコク市を取り巻く地域に第一の生産団地(ブロイラー飼養から鶏肉生産
までを一貫して行う複合施設)がある。鶏肉加工場の処理能力は1週間当たり1
50〜160万羽。当工場へブロイラーを仕向ける自社養鶏農場および契約農家へ
の飼料は、バンコク市にほど近いチョンブリ県の飼料工場から配給され、当飼
料工場の生産量は1月当たり3万トン。飼料生産量の8割は自社養鶏農場で使用
される。種鶏生産農場およびふ卵場も併設されている。
第二の生産団地はバンコク市の北120kmに位置するサラブリ県にある。1月当
たり4万トンの生産規模を持つ飼料工場、1週間当たり160〜170万羽の処理能力
を持つ鶏肉加工場および種鶏生産農場、ふ卵場で構成される。当地域には同社
の契約農家はほとんどなく、加工場に配給されるブロイラーの大部分は自社養
鶏農場からのものである。なお、当団地は、EUから要望の強い動物福祉の概念
を採用しており、主にEU向け製品に特化した施設である。
A今後の経営戦略
2002年、同社は40億バーツ(約116億円)を投じて、バンコク市の北東250km
に位置するナコン・ラチャシマ県に3番目となる生産団地の建設に着手した。
飼料工場の生産能力は、1月当たり3万トン、鶏肉加工場は1週間当たり100万羽
の予定である。加工場には、鶏の内臓を自動的に除去する装置など最新の技術
が導入され、世界でもトップレベルの衛生的な鶏肉生産を目指している。また、
徹底したオートメーション化によって大幅な人件費の削減が実現できることか
ら、こうした衛生面やコスト面での優位性をテコとして、輸出市場で競合する
ブラジル産などに競り勝ちたいとしている。この生産団地が完成すれば、同社
はタイにおける鶏肉生産の4割を占めるに至ると試算され、ブロイラー産業界
での同社の影響力はますます強まるものと思われる。
新たな生産団地では、鶏肉調製品の生産に力点を置くことが課題となってい
る。言わば、同社の当面の戦略とは、生産規模の拡充と併せて衛生面を徹底し、
高付加価値製品である鶏肉調製品部門を強化することでトップ企業としての地
位を一層強固にすることと言える。
なお、近年における中国産鶏肉の日本などへの輸出増の背景には、同社の中
国進出および技術移転があることが見逃せない。すなわち、中国のブロイラー
産業の躍進がタイにとっての損失であると単純に断定することはできないと思
われる。
(2)サハ・ファーム社
1969年、1週間当たり500羽の生産規模で創業を開始した同社は、2001年には
CP社やベタグロ社といったタイを代表する他のインテグレーターを抑え、冷凍
鶏肉部門の輸出で第1位に躍進した。一連の施設はHACCPやISOの規範に基づく
ほか、タイ中央イスラム委員会からハラル(イスラム教徒が食することが可能)
食品製造の認定を受けている。
@経営活動の概要
バンコク市の北東170kmに位置するロッブリ県に、年間6万トンの生産規模の
飼料工場および年間1億2,500万羽のひなを生産するふ卵場がある。ロッブリ県
およびバンコク市の2ヵ所の加工場への出荷羽数は1週間当たり315万羽である。
自社が所有する近代的な養鶏場は300ヵ所に上り、1週間当たり84万羽を生産
するほか、各地に5千戸の契約農家を持つ。なお、農業協同組合省が輸出適格
の養鶏農場として認定した600農場のうち、400農場はサハ・ファーム社の傘下
にある。
A今後の経営戦略
同社は、日本市場における中国産やブラジル産との競合を避けるため、今後
はから揚げなどの鶏肉調製品へのシフトを進めるとしている。同社は、2002年
の鶏肉調製品の輸出量を8万〜8万4千トンに設定したが、同年3月にEUでタイ産
鶏肉からニトロフランが発見されたことでタイ農業協同組合省の輸出前検査が
厳格になったことから、その実現が危ぶまれた。しかし、EUが定める残留物質
の基準を測定可能な高性能の検査機器をいち早く導入し、自社製品の信頼度を
高めることに成功したことから、鶏肉調製品の輸出計画はほぼ遂行可能とみら
れている。
また、同社は近年、世界的な関心事となっている食肉の安全性に配慮して、
抗生物質の代わりに薬草を使用した「ハーブ鶏」の開発に努めてきた。これは、
特に輸出市場で成功しており、通常の他社製品と比較して1トン当たり600ドル
(約7万3千円:1ドル=122円)のプレミアムを獲得しているという。
さらに、国内の販路拡大とコスト削減のために、中間業者を可能な限り排除
した直販ルートの構築を推し進めてきた。同社は、こうして獲得した既存の独
自市場を守ることによってWTOやAFTAによる市場開放の波に対処しようとして
いる。仮に、安価な鶏肉がタイに流入した際には、それを再加工して輸出に仕
向けることで活路を探りたいとしている。
2002年には、国防省と提携して低所得層の軍人を鶏舎建設に動員するプロジ
ェクトを開始している。同社の中期的な戦略は、鶏肉調製品へのシフトをはじ
めとして、数々のユニークな独自路線で国内外の地盤を固めることと言える。
(3)ベタグロ社
ベタグロ社は、CP社に次ぐ規模の飼料生産部門を持つメリットを生かし、全
国でブロイラーや豚の生産を行っている。積極的に外資との合弁事業を推し進
めているが、タイのインテグレーターの中には、こうした合弁事業によって家
畜の生産や畜産物の輸出を伸ばしている企業が少なくない。
近年は、中国やベトナムなど経済発展の著しい国々へ、飼料部門の進出を果
たしつつある。将来的には、CP社の例に見られるように、安価な労務コストを
生かして現地でのブロイラー生産に踏み切る可能性も考えられる。2002年の同
社の総売上は、前年比20%増の200億バーツ(約580億円)と大幅に増加すると
試算されている。
@経営活動の概要
同社の売上げの約8割は輸出によるものであり、輸出の40%が日本、35%がE
Uに仕向けられている。国内向けには、鶏肉ソーセージやミート・ボールなど
の加工品をベターズ・グリルのブランド名で供給している。
同社は近年、種鶏生産農場などのHACCPを完全なものにするため、イギリス
から技術者を迎え入れ、国際的に関心の高まる食品の安全性を経営戦略のキー
としている。同社のブロイラー部門は、飼料生産から鶏肉加工に至るすべての
施設でISOの品質保証規格を取得している。
A今後の経営戦略
同社は、2004年までに30億バーツ(約87億円)、さらに、2007年までに50億
バーツ(約145億円)を投じて、ブロイラー生産規模の拡大と鶏肉の安全性の
確保に備える計画である。2003年の鶏肉製品の生産量は、前年比25%増の35万
トンへ大幅に増加する見込みである。同社の活動基盤であるロッブリ県に新設
される飼料工場では、輸出向け鶏肉への供給を前提とした飼料生産が行われ、
1月当たりの飼料生産量は4万2千トン、2003年10〜11月の竣工が予定されてい
る。これに伴い、養鶏用と養豚用の飼料製造ラインを完全に分離するなど、サ
ルモネラなどの感染の危険性に配慮するとしている。
また、同社の経営陣は、より強固なインテグレーションを目指しつつ、鶏肉
調製品へ比重を傾けていくことが今後の同社の採るべき方向としている。
なお、同社の興味深い試みとして、ロッブリ県における2,300ライ(約368ha
:1ライ=0.16ha)のチークのプランテーション経営が挙げられる。植林によ
る緑地化や土地の肥沃化などを通して地域社会に貢献することで、自社イメー
ジを高める効果を狙ったものと言える。
(4)サン・バレー社
同社は、米国の大手飼料会社の完全子会社として90年に設立された。同社
は元来、日本へ向けて冷凍鶏肉のみを生産していたが、96年にインテグレータ
ー化を大幅に進めたことを契機として経営方針を転換し、仕向け先を多角化す
るとともに調製品を主力に据える戦略に打って出た。米国の鶏肉業界も、利幅
がより期待できる鶏肉調製品へのシフトを強めたいものの、労務コスト高がネ
ックとなりタイ産および中国産調製品のコスト・パフォーマンスには及ばない
とされる。同社の近年の活躍は、生産地をタイに移した米国資本の世界の鶏肉
マーケットに対する挑戦とも言える。
@経営活動の概要
サラブリ県に冷凍品製造を中心とした鶏肉加工場および調製品工場を持つ。
物流の効率化を図るために、そこから半径80km以内に飼料工場や20の自社養鶏
場などすべての施設が配置されている。飼料工場の1月当たりの飼料生産量は3
万9千トンで、そのすべてが自社養鶏場および契約農家で消費される。2001年
の鶏肉加工場への出荷羽数は1週間当たり140万羽。すべての鶏肉製品は日本や
EUを中心として、香港、マレーシア、中東地域、南アフリカといった海外へ輸
出される。
調製品は、顧客のリクエストに応じて製造する体制を整えており、最大のエ
ンド・ユーザーはマクドナルド社である。同社は2000年、マクドナルド社が4
千の原材料供給企業の中から2年に1度選出する「クォリティ・アワード」を受
賞している。
A今後の経営戦略
同社は、近年における大手インテグレーターの動きの中で、調製品へのシフ
トを最も強力に進めた企業である。2001年の調製品の輸出量は、CP社を抑えて
トップの座を獲得している。同年の鶏肉生産のうち、8割を調製品が占めたが、
数年内に製品のすべてを調製品にシフトする計画である。同社の今後の経営戦
略は、米国の穀物メジャーが培ったインテグレーションの経営手法を十分に生
かし、今後も調製品分野をリードすることで輸出市場における地位を一層高め
ることであろう。
EUで発生した牛海綿状脳症(BSE)への不安感の払拭が長引くなど、世
界の畜産をめぐる状況を勘案すると、基本的には、今後も世界的な食肉消費が
鶏肉に傾斜する傾向が続くとみられる。97年代後半、通貨危機で社会にみぞう
の打撃を被ったタイにとっての生き残り策の1つは、一次産業を中心とした比
較優位産業に傾注することであり、畜産分野で考えればそれはブロイラーであ
ろう。タイではここ数年の鶏肉の輸出拡大を受け、本文に紹介したトップ企業
の規模拡大策に見られるように、当面は輸出を主眼とした生産増に向けたイン
フラの整備が続くとみられる。また、規模拡大が進めば、ブロイラー生産の増
大に伴って、トウモロコシや大豆の輸入が増加していく可能性もある。
しかし、主要な輸出市場である日本の長期にわたる経済停滞や、2002年3月
のEUにおけるタイ産鶏肉への信頼の失墜によって、ブロイラー産業の生命線と
も言える輸出が減少に転じる兆しが見られる。タイのブロイラー産業は、飼料
部門が中核となったインテグレーターによって推進されていることから、鶏肉
の輸出不振が他産業、引いては経済に与える影響は決して小さいものではない。
タイは近年、ブロイラー産業に関わる人々の衛生観念への意識の底上げに官
民を挙げて取り組み、衛生基準の厳しいEUへの鶏肉輸出が可能である点を強み
としてきた。農業協同組合省はこれを一層確固なものにするため、輸出に係る
ブロイラーを生産する養鶏場の登録制度を通してリスクマネージメントを確保
する試みに着手しており、タイ産鶏肉の信頼の回復に力を注ぐものと思われる。
EUで起きた問題をチャンスとして捉え、インテグレーションの強化という業界
全体の構造改革を進めることができるかが、タイのブロイラー産業のさらなる
発展の1つのかぎになると思われる。
Present Situation of Thailands Broiler Industry
Thai Broiler Processing Exporters Association HP
Ministry of Agriculture & Cooperatives,
Agriculture News, August 2002
Feedgrains Import Tariffs Policy Study
Feedmill Industry Magazine, January−February 2002
財務省「貿易統計」
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