インタビュー概要


 モダリティ1次案改訂版に対する反応について、関係者に行った聴き取りの詳細を紹介します。

アルゼンチン


アルゼンチン農牧水産食糧庁(SAGPyA)イディゴラス食品流通局長

 同氏はSAGPyAにおける国際交渉関係のコーディネーターであり、2002年11月に日本外務省が主催した
「中南米資源セミナー」で「アルゼンチンの畜産の現状、輸出の展望」について講演するため来日している。

 インタビューは5月20日に行った。

(モダリティ案全般について)
・アルゼンチンはWTO農業交渉に大変期待していたため、モダリティの期限3月31日を守れなかったことで、
今後の交渉の見通しは大変暗くなったとみている。農業交渉は、各国スタンスがかなり違っており難しい交渉である
が、ハービンソンペーパーを実現する期待感があったが崩壊してしまった。前に進みたくない国があったからで、
EUは交渉を止めようとする態度を取っていると考えている。

・これから9月のカンクン会議までの間、合意に向けた解決策を見いだす会議が開催されるだろうが、解決すること
は難しいであろう。カンクン会議もおそらく成功はしないだろう。

・個人的には、解決策、目的、目標をはっきり示す必要があると考えている。日本外務省が主催した「中南米資源
セミナー」で講演するため日本を訪れた際に、日本は利害関係をはっきり示さない国だと思った。EUは輸出のため
の生産、日本は自給のための生産であり、それぞれ立場が違うのに、なぜEUと一緒に行動しているのだろうか。

・アルゼンチン政府としてモダリティ案は交渉の基盤としては良いが、@市場アクセスのうち関税はもっと大きく
削減すべき、A輸出補助金は撤廃であるが、その撤廃期間は再検討、B国内支持のうち「黄」の政策はケアンズと
しては撤廃だが、それは無理なのでアルゼンチンとしては60%以上削減してはどうかと考えているが、これは新し
い提案である。
(関税割当について)
・関税の引下げ交渉がうまくいかなかったら重要になるテーマである。ケアンズ・グループでは現行数量に
消費量の20%を上乗せさせることを考えている。一方、モダリティ案は国内消費量の10%とその算定期間の見直し
を提案しているが、アルゼンチンとしては輸出が拡大できるような、この2つの中間的なパラメーターを検討したい。

(非貿易的関心事項について)
・EUは農業が環境を保護すると言うが、補助金を出すための口実に過ぎない。アルゼンチンは農業セクターが
逆に環境に影響を与えていると考えている。アルゼンチンでも特に土壌保全が大切だと思うが、土壌を保全したいなら
補助金を出さない方が良い。

(輸出税について)
・ケアンズ・グループの中にあって、アルゼンチンだけこのテーマに対する意見が異なっている。日本は国際市
場の安定のため、輸出税を課さないスタンスだが、基本的にはその意見に賛成である。しかしながら、経済危機に直
面している場合には課税しても良いと考えている。

 また、原料とその加工品の輸入関税を一律にするかまたは撤廃するなら、輸出税を廃止しても良いと考えている。
普通、各国は原料の輸入関税を低くし、付加価値のついた加工品の輸入関税を高くしている。例えばある国がアル
ゼンチンから安く原料を輸入し、加工するとする。ここで輸出税を賦課すれば、原料をとても安く手に入れること
はできないし、加工品の輸入関税が原料と同じであれば、加工産業が発達していないアルゼンチンでも、原料の
安さから加工品を輸出する機会が増える可能性があるからである。


アルゼンチン農牧協会(SRA) ロカッタグリアタ国際交渉コーディネーター
 同氏は、SRAの中にある国際交渉研究所に所属し、国際交渉に係る調整を実施している。SRAは、
ブエノスアイレス州を中心とした大土地所有者(2000ha以上)からなる農牧業生産者の利益保護、農牧業及び
農牧業定着の振興を目的とした団体である。
 5月27日にインタビューを実施した。

(モダリティ案全般について)
・3月31日に合意できなかったことは残念だ。カンクン会議に向け、先進国が交渉を進展させる決断を示す
ことを期待する。特に市場アクセス、輸出補助金、国内支持についての進展を希望する。

・モダリティ1次案は、正しい方向に向かっていると思う。アルゼンチンのような農業国にとっては、さらに農業
貿易が開放されないといけない。


(市場アクセスについて)
・全体的に不満である。ケアンズ・グループとしてはスイスフォーミュラを提案しているが、SRAとしては
米国提案が最良だと思っている。提案しているスイスフォーミュラでは発展途上国があまりにも優遇されているので、
なるべく米国提案に近づけるように考えている。また、モダリティ案は途上国において関税の削減幅を小さくするこ
とができる「特別の品目」を指定することができるが、なるべくならその規定がない方が良い。なぜなら、アルゼン
チンにとって主な市場は途上国であり、肉、乳製品、穀物などの品目を政
策的に制限してもらいたくない。


(関税割当について)
・モダリティ案の10%には不満である。交渉による関税の削減幅にもよるが、削減できなければ20%以上、削減
できれば関税割当は存在しない方がよい。また、枠内税率も削減すべきだと考えている。


(特別セーフガードについて)
・廃止すべきと考える。モダリティ案は削減期間があっても良いと言っているが反対。


(輸出補助金等について)
・全体的にほぼ満足。ケアンズ・グループの提案のようにもっと短期間で撤廃してほしい。輸出信用については
全体的に賛成だがもっと厳しく。輸出信用に「非常時の例外」規定があるが、ここには「非常時」の定義が書いて
おらず、細かく決まっていない。技術的問題になってしまうが、細かく決めてほしい。


(国内支持について)
・「黄」の政策については60%削減ではもの足りない。SRAはケアンズと一緒で、撤廃期間を提案している。
なお、デミニミスもケアンズと同じで廃止のスタンス。「緑」の政策については、「付属書2」には予算の上限が
ない。予算の上限を規定すべきだ。

 国内支持は国家予算の拡大にもつながる。また、輸入自由化により消費者は安くて良い品物を入手することができ
満足できるのではないか。


(非貿易的関心事項について)
・ケアンズと同じスタンス。検討は続けることにはなっているが、モダリティ案にも入っていない。今回の交渉で
決めるべきものではないと思う。


(輸出制限や輸出税について)
・アルゼンチン政府とわれわれは主張が異なる。政府は、輸出税はあって良いとの立場で、政府の予算不足を埋め
るための措置であり、また輸出税を賦課することによりある程度輸出を抑制し国内の物価上昇を抑え、価格を安定させ
るためやっていると言っている。しかし、現在ペソ高になっていても同じ税率を継続するのは説明にならない。SRA
としては禁止されるべきと考えている。


(食料自給率が低い国について)
・日本のように食料自給率が低くても、農業分野以外のセクターでは有利な立場なのだから、農業分野をもっと
世界に向けて開放すべきだ。日本での生産コストは高いのでもっと安く食品を購入するために開放すれば、国際競争に
より安くてかつ品質の良い物を手に入れられると思う。米のような戦略的な品目を守るのは当然だが、他の食糧は
生産効率の良い国から安く手に入れるべきだ。
 また、EUと連携するのはなぜか解らない。EUは輸出補助の国、日本は自給のための生産の国なのに。


ブラジル


○ブラジル農務省コルセラ農業政策局補佐官

 同氏は農業計画や政策の立案、農牧生産システムに関する調査・分析、通商政策および協定に係る調整を実施
する農業政策局において、貿易協定政策を担当。

 インタビューは5月21日に実施した。


(関税の削減について)
・ブラジルは大幅な削減を望んでいる。農業製品の関税の平均は工業製品に比較してまだ高すぎる。それに
関税率2〜3%のものもあれば400〜500%のものあるというようにあまりにも不均一である。そのため高い関税をより
多く削減し低い関税の削減率は少なくして均一化を図る「スイスフォーミュラ」の適用を提唱している。


(関税割当について)
・ウルグアイラウンドで非関税処置を関税に置き換えるという観点から導入され、それまでアクセス不可能
だった市場にもアクセスすることが可能になった。そういう意味では役割を果たしたので廃止するべきである。
スイスフォーミュラによって関税を均一化し、すべてアクセス可能なレベルの関税にすることが望ましい。


(特別セーフガードについて)
・今新たに途上国を保護するセーフガードが話題に上がっているが、現在の時点ではどういう形になるのか
よくわからない。途上国には輸出補助金や国内補助金を出す経済力は無く唯一の手段は関税であるが、途上国に
対する関税を急激に下げても先進国が補助金を出し続ければ途上国に対する弊害は無くならない。従って、課題
は段階的に補助金や関税を削減する何らかの方法を導入することである。


(国内支持、国内補助金について)
・各国の都合の良いように「緑」の政策に当てはめることを防ぐため、基準を見直し厳しく設定する必要が
ある。また、ケアンズ・グループはデミニミスの撤廃を提案しているが、ブラジルとしてはまずAMSを削減する
ことが肝要であり、デミニミスレベルまで下げることを熱望している。


(輸出補助金について)
・国際貿易の中でもっとも不当な手段であると思う。途上国の競争力を優遇するのではなく先進国の経済力
が優遇され、それによって途上国を国際貿易から排除することになるからである。


(非貿易的関心事項について)
・貿易交渉の中で議論すべきテーマではないと思う。最近、家畜衛生や植物衛生が叫ばれているが、これに
関しては別途に協定が存在し、貿易交渉に持ってくる必要はない。これを逆利用して貿易障壁に利用されることも
懸念されるので適当ではないと思う。また環境保護も家畜衛生同様、他に議論の場があるので貿易交渉に含むべき
ではないと考えている。


(輸出制限や輸出税について)
・輸出補助金と同様に国際貿易の「悪」であると思う。世界の人口増加に伴い食糧供給の安定を図るためには
生産と輸出の増加がますます必要になってくるが、輸出を制限してしまっては食料を必要とする輸入国はどうなるのか。


(食料自給率が低い国について)
・ブラジルのような供給大国には非常に有意義である。ブラジルは生産して輸出する必要性があり、日本など
は供給国の選択肢を増やして供給の安定を図る必要性がある。日伯セラード農業開発協力事業(ブラジル中西部を
中心に分布するセラード地帯を適切な土壌改良等によって畑地造成するため1979年から始まり2001年に終了した。)
で大成功を納めたように、お互いのニーズを出し合って有意義な協力ができるのではないかと思う。ロドリゲス農相は
日本との関係をより緊密にすることを望んでおり、3月に日本経団連の日本ブラジル経済委員会の訪問をうけて以来、
さらに意欲的になっている。


(途上国への対応について)
・途上国の取り扱いについては交渉の段階で取り組むテーマでは無いと思う。交渉によって大枠を決めた後に、
途上国を優遇するための措置を盛り込むべきである。交渉の段階でこのテーマを盛り込もうとすると交渉が非常に
複雑になるからである。


○ブラジル全国農業連盟(CNA)ベラルド貿易部長

 同氏はCNAの貿易部長であるとともに、「国際農業交渉パーマネント・フォーラム」の一員でもある。
このフォーラムは、ブラ
ジル全国農業連盟(CNA)、ブラジル組合機構(OCB)、ブラジルアグリビジネス協会(ABAG)を統合する
フォーラムで、国際農業交渉に際し民間を代表する最高機関である。

 インタビューは5月27日に実施した。


(関税の削減について)
・ブラジルにとって大きな問題が2つあり、それはタリフ・ピークとタリフ・エスカレーションである。この
2つの問題を一括して解決するためにはスイス・フォーミュラをそのまま適用することである。先進国はスイス・
フォーミュラに修正を加えて提案しているが、そのままスイス・フォーミュラを適用することが理想である。
もちろん交渉の余地はある。


(関税割当について)
・低関税である関税割当数量を段階的に拡大し100%にすることを要求し、それにより最終的には割当は
意味がなくなるため廃止することを提唱する。


(輸出補助金について)
・競争性を歪曲させるもっとも不正な施策であり撤廃を提唱する。段階的に撤廃することが唱えられて
いるが、われわれは即刻撤廃を求める。もちろん交渉の余地はあるが、期間的な交渉に応じても撤廃すべきという
点については譲らない。


(国内支持政策や国内補助金について)
・各国が国内農業を保護する政策をとることについては問題ないが、国際貿易を歪曲するものはいけない。
例えば米国が国内の大豆生産者を優遇する政策をとり、その結果として国際市場に対しより多くの大豆を供給する
ことになれば大きな歪曲効果をもたらす。従って輸出効果をもたらす支援策は排除するか規制する必要がある。


(非貿易的関心事項について)
・新しいテーマであり、ブラジルは疑いの目で見ている。これらのテーマに反する様な持続不可能な生産を
提唱しているわけではない。労働、環境、その他のテーマが議論されているが、これらを利用して新たな保護主義が
生まれることを懸念する。


(輸出制限や輸出税について)
・反対である。国際貿易の傾向と逆行している。輸出税は賦課すべきではない。


(食料自給率が低い国について)
・すべての分野において自給自足の国などあり得ない。ブラジルは近代技術に関して自ら供給できていない。
その国それぞれ得意な分野があるはずだ。日本が大豆輸入を制限して、国内において大規模生産を試みても無理
がある。従って外部からのアクセスを保護主義によって遮断し不得意な生産を試みるより、得意な国にまかせて
輸入を認める方が賢い。日本とブラジルの関係にしてもお互いの長所を出し合って自由な貿易を展開することが
賢明であるということを理解してほしい。


(途上国への対応について)
・経済力の低い途上国に対しては、より高い柔軟性を与えるべきである。途上国には先進国と同じレベル
で競える力は無い。例えば国内支持の削減が決定した場合、途上国に対してより長い猶予期限を与えるなど、
途上国に対してより柔軟な対応を許すべきだ。