海外駐在員レポート
酪農家の副産物・乳おす牛による牛肉生産(子牛肉生産と乳去勢肥育)の状況(米国)
ワシントン駐在員事務所 渡辺 裕一郎、道免 昭仁
全米約8万6千戸の酪農家が飼養する約9百万頭の経産牛によって生産され
るのは、主産物である年間約7,800万トンの生乳だけではなく、年間約4百万頭
のおす子牛が分娩によって得られ、酪農家にとっての重要な副産物収入となっ
ている。
わが国では、こうした乳おす子牛の大半は、牛肉生産のために育成・肥育さ
れていることから、子牛の段階で肉用にと畜されるケースは、乳おす牛全体の
約1%に相当する年間5千頭程度にとどまっている。一方、米国では、現在も約
2割の乳おす子牛が子牛肉(Veal)生産に仕向けられており、残りの約8割が去
勢肥育用となっている。
米国における乳去勢肥育の歴史は比較的浅く、日本では1960年代後半から乳
去勢肥育が行われ始め、70年代前半以降一般化してきたとされるが、米国にお
いて乳去勢肥育牛の生産が拡大してきたのは、70年代後半から80年代半ばにか
けてであるとされている。
今回は、こうした米国における乳おす牛を活用した牛肉生産、すなわち、子
牛肉生産と乳去勢肥育の2つに焦点を当て、子牛肉と乳去勢牛肉の生産、流通
および消費をめぐる状況、特に、日本でも馴染みの少ない子牛肉生産の特徴な
どを中心に報告する。
(1)子牛肉生産
旧来、酪農家において生産された子牛は、基本的に、めすが搾乳のための後
継牛として保留され、経営内でほ育・育成されるのとは対照的に、おすの方は
生後間もない初生子牛(ヌレ子)の段階で売却され、そのまま肉用にと畜され
ていた。しかし、米国では、1950年代から、バターやチーズの生産過程で生じ
る副産物の脱脂乳やホエーを子牛に給与し、一定の増体を得た後、と畜して子
牛肉を生産するという方式もとられるようになった。アメリカ子牛肉協会(Am
erican Veal Association:AVA)によれば、こうした子牛肉生産方式は、次の
ように定義されている。
ア ヌレ子牛肉(Bob Veal)生産
酪農家において、生後数日〜10日程度、生乳主体で飼養された後、体重100
〜150ポンド(約45〜70キログラム)程度でと畜される。肉は、薄いピンク色
(light pink)で軟らかい。
イ ほ育子牛肉(Formula-Fed/Milk-Fed Veal)生産
子牛肉生産農家において、生後18〜20週の間、特別に調整された代用乳を給
与された後、体重420〜500ポンド(約190〜230キログラム)程度でと畜される。
肉は、クリーム・ピンク色(creamy pink)で、きめが細かく、締まっている。
現在、米国内で消費される子牛肉の約85%を占めている。
これら以外にも、体重750ポンド(約340キログラム)程度になるまで穀物や
粗飼料も与え、8〜9ヵ月齢でと畜する穀物肥育子牛肉(Grain-Veal)生産とい
う方式もあるが、その数は極めて少ないとされる。
全米の乳おす子牛と畜頭数の推移を、ヌレ子とほ育子牛とに分けて見たのが
図1である。
統計上の制約から、残念ながら86年以前のデータはないが、これを見ると、
全体の乳おす子牛と畜頭数が87年の約221万頭から2002年(推計)には92万頭
へと58%の減少となる中で、ヌレ子は、増減を伴いながら長期的には大幅に減
少(▲63%)する一方で、ほ育子牛は、ヌレ子に比べると緩やかな減少(▲41
%)となっている。15年前の87年には、ヌレ子の方がほ育子牛を20万頭程度上
回っていたが、2002年(推計)には、ほ育子牛(約59万頭)がヌレ子(約33万
頭)のほぼ2倍と、逆転している。
(2)乳去勢肥育
米国においては、長期的に見ると、経産牛飼養頭数が減少の一途をたどる中
で、1頭当たりの泌乳能力の向上により、生乳生産量は大幅に増加している。
表1 米国における酪農経営と生乳生産の推移
資料:USDA/NASS
経産牛飼養頭数の減少に伴い、87年には約485万頭であった乳おす子牛の生
産頭数も、2002年(推計)においては約412万頭にまで減少している。こうし
た中で、上記のとおり、子牛肉生産に仕向けられる乳おす子牛の頭数が大幅に
減少する一方で、肥育向けは増減を伴いながらも長期的には増加傾向にあり、
2002年における乳去勢肥育牛のと畜頭数は、乳おす子牛のおよそ3.5倍に当た
る約319万頭となっている。
なお、肉専用種を含む去勢牛全体のと畜頭数に占める乳去勢牛の割合は、お
おむね2割弱という水準で安定的に推移している。
(1)生産段階
米国では、酪農家が経営内に乳おす子牛を保留して、子牛肉生産を行ったり、
肥育素牛として仕上げるためにほ育・育成(さらには肥育まで)を行ったりす
る、いわゆる乳肉複合経営の例もあるが、これらは、伝統的な酪農地帯である
北東部や中西部などの比較的小規模な農家に多い。基本的に米国の酪農家は、
後継牛以外の子牛をできるだけ早期に手離し、本業の生乳生産の方に資本や労
力を傾注したいと考える者が多く、酪農家と子牛肉生産農家やほ育・育成農家
は、互いに独立した経営がそれぞれ大半を占めているとされている。
前述のとおり、子牛肉生産には「ヌレ子牛肉(Bob Veal)生産」と「ほ育子
牛肉(Formula−Fed Veal)生産」があるが、本稿における「子牛肉生産農家」
とは後者を指すものである(当然ながら、前者は酪農家によるもの)。
米国におけるほ育子牛肉生産の産業規模は、年間およそ6億5千万〜7億ドル
(780億〜840億円)、うち、およそ2億5千万ドル(300億円)以上が、子牛肉
生産農家におけるヌレ子や代用乳(ホエイ5千万ドル、乳たんぱく1億ドル相当)
の購入を通じて、酪農部門に寄与(付加価値を提供)しているとされている。
ア 地域的分布
現在、全米には、約900戸の子牛肉生産農家が存在するが、その数はこの5年
間で約500戸も減少したとされている。ほ育子牛のと畜頭数が年間約60万頭、
農家の1年間における子牛の導入・出荷のサイクルはおおむね2.5回転であるた
め、1戸当たりの平均飼養頭数は200頭程度ということになるが、大規模なとこ
ろでは、3千頭を超える飼養規模を誇る農家もある(今回われわれが訪問した
ペンシルベニア州のハリスバーグからランカスター近郊の3戸の農家は、いず
れも200頭程度の飼養規模の家族経営であり、それぞれ、ブロイラー、酪農お
よび乳おす肥育との複合であった)。
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【ブロイラー用の鶏舎を改造し、
3部屋に区画された牛舎で192頭
の子牛を飼う子牛肉生産農家】
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地域的には、ウィスコンシン、ペンシルベニア、オハイオ、ニューヨーク、
インディアナ、ミシガン、メリーランドといった伝統的な酪農州が中心である。
逆に言うと、これら以外の酪農州、すなわち、カリフォルニア、アイダホ、ワ
シントン、テキサス、アリゾナといった西部(山岳部や太平洋岸)諸州の新興
酪農地帯において生産された乳おす子牛は、去勢肥育に仕向けられるか、ヌレ
子の段階でと畜されるのがほとんどである(厳密には、各州ごとのヌレ子、ほ
育子牛および乳去勢牛別のと畜頭数に関する統計がないため、正確な実態は捕
捉し難い)。
中でも北東部諸州に子牛肉生産農家が特化しているのは、後述するように、
全米の子牛肉需要が特に北東部において多いということに加えて、AVAによれ
ば、ペンシルベニア州におけるアーミッシュ(同州内で質素な生活様式による
地域社会集団を形成しているキリスト教プロテスタント一派の信徒)の流れを
汲む農家のように、宗教上も共通のバックグラウンドを有する家族経営同士の
つながりが深いことも理由の一つであろうとのことである。
なお、北東部の中でもニュージャージー州だけは、動物福祉の観点から、子
牛に対する粗飼料の給与義務などを求めた州法が制定されており、現在、同州
内に子牛肉生産農家は皆無であるという。
イ 生産の特徴
@ 品種
子牛肉生産に用いられるのは、もっぱらホルスタイン種のおす子牛であり、
ジャージー種などのその他の乳用種のおす子牛は、ヌレ子段階でと畜されるも
のが多い。ちなみに、日本では、乳用種と肉専用種の交雑種(F1)が乳用牛に
よる子牛出生頭数の約3割を占めているが、米国における交配は、後継めす牛
確保が主眼であり、あえて肉専用種を交配したとしても子牛が高く引き取られ
るわけではないため、こうしたF1生産はほとんど行われていない。また、念の
ため記しておくが、肉専用種の場合も、母子放牧によるほ育期を経て、育成、
肥育プロセスに仕向けられるのが一般的であり、子牛肉生産には用いられてい
ない。
なお、酪農家において後継牛として選抜されなかっためすのヌレ子が、子牛
肉生産農家においてほ育されることはほとんどなく、肉用に出荷された場合は、
そのままと畜されることが多い。
A ヌレ子の導入
子牛肉生産農家は、家畜市場を通じてヌレ子を導入するのが一般的であり、
酪農家との直接取引は少ない。1頭当たりのヌレ子価格は、通常、100〜150ド
ル(12,000〜18,000円:1ドル=120円)程度とされる。しかし、最近では、去
勢肥育向け需要がおう盛であることから、170ドル(約20,000円)程度にまで
値上がりしているという。近年、全体的な乳用牛頭数の減少に加えて、米国に
おける酪農地帯が東から西へとシフトしてきているが、AVAによれば、子牛生
産農家戸数が減少する中で、子牛肉需要も減少傾向にあることから、ヌレ子の
供給頭数不足という事態は生じていないし、今後もこうした事態はあまり想定
されないであろうとしている。子牛肉生産農家にとっては、ヌレ子の絶対量不
足というより、去勢肥育向け需要の伸びに引っ張られて、ヌレ子価格が上昇す
ることの方が問題なのである。
逆に、ヌレ子を出荷する酪農家にとっては、それが子牛肉生産用であろうと
去勢肥育用であろうと、できるだけ高く買ってもらえればいいだけなので、売
り渡し先に対してそれ以外の意向が働くことはほとんどない。
B 飼養管理
子牛は、ヌレ子で導入された時点から、ほ育後の出荷に至るまでの間、完全
な舎飼いの環境下に置かれる。子牛肉生産は、いわば、養豚や養鶏と同様の典
型的な施設・集約管理型農業である。
牛舎は、密閉式であるが、明り取りの窓や電灯によって室内は一定の明るさ
に保たれる。換気は、換気扇や空調施設によって行われる。子牛肉生産におい
ては、飼料効率の向上や健康の維持(疾病の防止)を図る上で、換気による湿
気、臭気および熱気の舎外への排出が最も重要な飼養管理上のポイントである。
冬場の室温は、ガス暖房施設などによって自動調整され、発育のステージに応
じて16〜22℃の間の温度設定がなされる(若い子牛ほど室温は高めに設定され
る)。
子牛は、ネックストラップ(首輪)を装着され、1頭ごとに仕切られた木製
のストールに、ロープや鎖(長さ約61〜91センチメートル)でつながれる。AV
Aが作成したガイドラインによれば、体重181キログラムの子牛の場合、各スト
ールは、最低でも幅66センチメートル・長さ168センチメートルの大きさが必
要であるとされている。各ストールを隔てる仕切り板は、飼料給与時における
隣同士の接触を避けるためのものであり、腹部から後肢部分の仕切りはない。
今回訪問した農家の床面は、いずれも、前肢部分がすのこ式、後肢部分がビニ
ールコーティングされた拡張金網(目の粗いメッシュ)であり、排せつ物は、
これを通り抜けて下のコンベアの上に落ち、舎外に搬出される仕組みとなって
いた。
つなぎ飼いの理由は、農家における飼養管理のしやすさという点に加え、個
体同士の干渉(吸い付きなど)を避けるためであるが、ほ育後期になると、5
頭ごとに仕切ったペン内でロープや鎖を外して飼養する方法を試験的に実施し
ている例もある。
牛群の入れ替えは、オールイン・オールアウト方式が一般的であり、今回訪
問した農家では、牛舎全体を3部屋に仕切り、それぞれの部屋の同じ発育段階
の子牛グループ単位(各60頭程度)で牛群を入れ替える方式をとる農家と、牛
舎全体は2部屋に仕切られているが、その2部屋で飼養されている200頭すべて
を同時期に入れ替える方式を取る農家とがあった。また、いずれも、清掃・消
毒のため、牛群の更新にはおよそ1週間の間隔が空けられるとのことであった。
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【経産牛80頭の酪農経営の傍ら、
2年前に200頭規模の子牛肉生産
を始めた農家の子牛用牛舎】
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【同牛舎内。定期的な換気と排
せつ物の舎外への搬出により、
臭いはほとんどしない】
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【ストールの後ろ側から見たと
ころ。床面は、すのこと拡張金
網】
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C 飼料給与
導入時から18〜20週齢で出荷されるまでの間、子牛に給与される飼料は、一
般的に粉末を湯に溶かした液状の代用乳のみであり、粗飼料やペレット状の人
工乳などは一切与えられない。代用乳は、子牛肉生産用に特別に調整された完
全栄養飼料であり、全米では、ウィスコンシン、オハイオ、インディアナ、ペ
ンシルベニアなどの州にある約20の飼料会社が、こうした子牛肉生産用飼料を
製造している。
訪問した農家のうち2軒は、米国で唯一の子牛肉生産から処理・加工を行う
垂直的統合企業マーチョ・ファームズ社(March Farms, Inc.:ペンシルベニ
ア州)の契約農場であり、同社製造の2種類の代用乳を給与していた。これら
は基本的に、たんぱく質と脂肪の配合割合が異なるものであり、ほ育開始から
2週間は粗たんぱく質22%:粗脂肪16%、その後出荷までの仕上げの間は粗た
んぱく質16%:粗脂肪18%の代用乳が用いられていた。同社によれば、1袋
(約23キログラム)当たりのコストは約25ドル(3,000円)、1頭が出荷される
間での間におよそ計12袋が給与されるため、1頭当たりの飼料費は約300ドル
(36,000円)であり、これは1頭当たり生産コスト475ドル(約57,000円)の約
63%に相当するとしている。ちなみに、出荷時の販売額はおおむね600ドル(2
ドル/枝肉1ポンド×300ポンド:72,000円)とのことなので、単純には利益率
約20%ということになる。
代用乳は、写真にあるようなタンク内で攪拌しながら湯に溶かし、37℃前後
の温度で、各部屋に通じたパイプラインにつながったホースを使って、各スト
ールの前に置かれたバケットに注いで給与される(そのままではうまく飲めな
い子牛には、バケット内にほ乳ボトルの乳首を浮かべ、それを吸わせて飲ませ
ていた)。
なお、ほ育期間中の子牛の1日当たり増体重(DG)は、2.5ポンド(約1.13キ
ログラム)程度が目安とされている。
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【仕上げ用の代用乳】
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【タンク内に粉末の代用乳を投入
し、溶解後、パイプラインを通じ
て200頭の子牛に給与】
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【ほ育作業は、朝夕1日2回、子
供たちも分担して手伝いをする】
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【発育ステージに応じ、ホース
の先につけた印の高さまで均一
に注がれる】
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【ほ乳ボトルの乳首を通じて吸
飲する子牛】
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D 生産形態
上記マーチョ・ファームズ社は、同社が、子牛、飼料、動物用医薬品などの
資材およびファイナンス(融資)を提供する代わりに、契約農家は、労働力や
施設などを提供するという生産契約を子牛肉生産農家との間で締結している。
このような生産契約(子牛の所有権はインテグレーターが保有)や販売契約
(子牛の所有権は農家が保有)をパッカーや飼料会社と結ぶという形態は、90
年代に増加し、現在では、取り引きされる子牛の80%以上がこうした契約に基
づくものであるとされる(地域的には、中西部の子牛肉生産農家の約6割が契
約を結ぶ一方で、北東部では25%以下と少ない)。
契約によらない、いわゆる独立農家が生産する子牛の割合は、逆に減少傾向
にあるとされるが、ニュージャージー州にある大手子牛肉パッカーのキャテリ
・ブラザーズ社(Catelli Brothers)社の場合は、長年の取引関係(紳士協定
のようなもの)にある同州以外の約150戸の独立農家との間で、と畜日の2週間
前を目途に毎回直接取引を行うとしており、農家と契約を結ばなくとも子牛の
確保には支障ないとのことであった。
E 品質保証プログラム
1984年に設立されたアメリカ子牛肉協会(AVA)は、現在、家族経営の子牛
肉生産農家や関係企業など約1,000会員を擁する唯一の子牛肉専門の全国団体
である。
AVAは1990年、子牛の健康や飼養管理上の快適性、子牛肉の安全性などを確
保するため、農家の任意参加による子牛肉品質保証プログラム(VQAP)をスタ
ートさせた。これは、子牛生産農家における、動物用医薬品の使用、飼料給与
などの飼養管理方法に関する基準、施設の設置に関する基準などの順守徹底を
図ることによって、特に、抗生物質などの化学物質の残留を防止することが主
眼にある。獣医師のチェックによって認められたVQAPの認定農家の数は、全米
の子牛生産者の8割近くに達するとされている(前述のキャテリ・ブラザーズ
社に子牛を出荷する約150戸も、みな認定農家とのことである)。
(2)流通・消費段階
ア 処理・加工
現在、米国には、子牛肉の処理・加工を行うパッカーが20社あり、その中で
も大手は、ウィスコンシン、ペンシルベニア、ニュージャージー、イリノイな
どの州に存在している。
前出の今回訪問したキャテリ・ブラザーズ社(ニュージャージー州)は、19
81年設立で、従業員約330人、2ヵ所の工場で子牛肉のほか羊肉(ラム)の処理
・加工も行っている。と畜頭数は1週間に1,500〜1,700頭(1日当たり約350頭)
であり、これは全米のほ育子牛と畜頭数の1割強に相当する。同社の子牛肉製
品は、小売向けがひき肉やカット肉のケースレディ(10種類)が中心であり、
ホテル、レストランなど(HRI)に向けられる業務用には、全米最大の食品卸
売企業シスコ社(SYSCO Corporation)のプライベート・ブランド製品も手が
けている(数量ベースでは小売用:業務用が6:4、金額ベースでは5:5の割合)。
日本向けにも、ほほ肉や可食内臓をはじめ、原皮(取引価格は1頭分で48ドル
(約58,000円)。子牛なので傷や穴が少なく、評価が高いとのこと)も輸出さ
れている。
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【キャテリ・ブラザーズ社の
Shrewsbury工場】
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なお、子牛肉の格付けは、米農務省(USDA)による任意の枝肉格付基準(肉
質と歩留りによる5等級)が設定されているが、肉色に関する規格が加味され
ていないため、実際にこれを適用する例は少なく、各パッカーが独自の格付基
準を採用しているのが現状である(キャテリ・ブラザーズ社でも、腹部の切開
面の肉色などによって「No.1」〜「No.3」の3等級の独自基準を基に格付けが
行われていた)。
イ 消費
子牛肉の消費量は、他の食肉の価格が堅調な場合に若干持ち直したことはあ
っても(最近では1995〜97年)、長期的には減少の一途をたどっている。
子牛肉の特徴は、前述のような白っぽい肉色や軟らかさに加えて、脂肪が少な
いため低カロリーで、コレステロール含有量も少ない、という点が挙げられ、
また、値段も他の食肉に比べると割高である(例えば、当事務所周辺のスーパ
ーでは、シチュー用の切り落としが牛肉では3.49ドル/ポンド(約93円/100
グラム)であったのに対して、子牛肉は4.99ドル/ポンド(約133円/100グラ
ム)と4割も高い)。子牛肉を食材として用いる習慣は、もともと、北欧、東
欧、イタリアンなどの欧州料理に多いこともあって、米国における子牛肉の消
費者層は、極めて限定されており、その実態にも明確な傾向が表れている。
USDAの取りまとめによるアンケート調査結果(1994〜96年に全米の約1万6千
人を対象に実施)を要約すれば、子牛肉を食べる消費者は、全体のわずか1%
に過ぎず、子牛肉を好むのは、「北東部」の「都市近郊」に住む、「高学歴」
「高収入」の「年配」の「白人」「男性」という消費者像が浮かび上がってく
る。裏を返せば、米国内では、こうした消費者以外の層において、まだまだ子
牛肉の消費拡大の可能性が残されているとも言えるが、やはり問題は割高な値
段である。
AVAによれば、安価なファストフードや冷凍食品などの原料には向かないの
で、今後も、子牛肉の「上品」で「高級」な「特別」の料理というイメージを
保ちつつ、脂肪が少ないといった栄養面を中心にPRすることで、くだけた雰囲
気のチェーン店のレストランなどでも子牛肉料理が定着することを目指してい
く、としている。
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(1)生産段階
米国における乳去勢肥育への取り組みは、ここ30年程度の歴史しかなく、そ
れ以前、おすのヌレ子は、ほとんど子牛肉用に仕向けられていた。当初、骨太
で歩留りが悪いという評価により、肉専用種との価格差も大きかったが、若齢
肥育技術の進展による評価の高まりとともに生産が増加してきた。
なお、米国には、乳去勢牛に関する正確な統計がない(肉専用種などとの区
別がつけられていない)ため、正確な実態を把握するには困難な面があるとい
うことに留意ありたい。
ア 地域的分布
酪農家からおすのヌレ子を購入し、ほ育・育成や肥育を行う農家は、子牛肉
生産農家と同様、中西部や北東部の伝統的な酪農地帯と、新興地帯のカリフォ
ルニア州をはじめとする西部の諸州に多い。特に、カリフォルニア州は、近年
ウィスコンシン州を抜いて全米最大の生乳生産量を誇る、大規模経営主体の酪
農州であり、子牛肉生産が減少する一方で、乳去勢牛肉の生産が拡大してきて
いるとされている。これは、後述するような、動物福祉の問題も背景にある。
イ 生産の特徴
@ ほ育・育成
乳おす子牛のほ育・育成経営は、ヌレ子の導入時から肥育素牛としてフィー
ドロットに出荷するまでのプロセスを担っているが、肥育後にと畜されるまで
牛の所有権を保持(retained ownership)する経営や、カリフォルニア州にあ
るカーフテック社(Calf Tech, Inc.)のように、ほ育・育成から肥育、さら
には処理・加工までを行う企業も存在する(同社は、各10万頭規模の2ヵ所の
フィードロットとパッキングプラント(ブランド:Vintage Natural Beef)を
有する全米最大の乳去勢牛肉の垂直的統合企業である)。
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【ハリス・ランチにおける乳去
勢牛の肥育風景。10万頭規模の
飼養頭数のうち、約15%を乳去
勢牛が占める】
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子牛は、通常、導入時から生後8週齢になるまでの間は、カーフハッチでの
代用乳および人工乳(スターター)によるほ育が行われ、その後、10週齢程度
で育成舎での群飼に移行し、粗飼料と濃厚飼料による育成が行われる。肥育素
牛としての出荷時体重にはかなりのばらつきがあり、平均的にもおよそ250〜5
00ポンド(約110〜230キログラム)の幅がある。また、体重800ポンド(約360
キログラム)程度まで放牧主体で育成される場合もあるとされる。
肥育素牛の取引は、家畜市場経由か、ほ育・育成農家とフィードロットの間
の直接売買によるのが一般的である。ただし、カリフォルニア州にあるハリス
・ランチ(Harris Farms, Inc.)のように、近隣の大規模酪農家(1,000〜2,0
00頭規模)で育成された素牛を直接導入している例もある(この場合の牛の所
有権は、引き続き酪農家が保有)。
A 肥育
乳去勢牛のフィードロットには、肉専用種と合わせて飼養するところと、乳
去勢専門のところがある。ただし、前者においても、増体速度の違いなどから、
乳用種と肉専用種は別々の牛群(ペン)での飼養が普通である。概して、ウィ
スコンシン州やカリフォルニア州などの酪農州では、乳用種専門のフィードロ
ットも多いが、北東部や中西部の一部では、肉専・乳去両用のフィードロット
が多いとされる。
乳用種を飼養するフィードロットの規模は地域によっても異なり、正確な統
計はないが、西部が15,000〜20,000頭程度、中西部が1,000〜5,000頭程度、北
東部が1,000頭程度(いずれも頭数は乳用種)という大まかな見方もある。
乳去勢肥育牛の出荷時体重にも、およそ1,200〜1,800ポンド(約540〜820キ
ログラム)と幅があり、これは素牛の導入時の月齢および体重の違い、さらに
は飼料の給与内容にもよるため、出荷時月齢も一定ではない。フィードロット
への導入時から穀物主体で肥育し、月齢12〜14ヵ月・体重1,150〜1,300ポンド
(約520〜590キログラム)で出荷することを推奨する研究報告もあれば、月齢
17〜18ヵ月・体重1,500ポンド(約680キログラム)での出荷が最も収益性が高
いとする報告(表2)もあるなど、米国でも、肥育方法に定石はないというの
が現状である。
表2 米国の乳去勢肥育経営における1頭当たりの収益性(事例)
資料:University of Wisconsin Cooperative Extension(2001年2月1日)
(2)流通・消費段階
ア 処理・加工
米国における乳去勢牛肉の生産量は、年間、牛肉全体の約5%に相当する約
60万トン(枝肉換算)と推計される。
パッカーにおいては、乳用種も肉専用と同じラインでと畜・処理を行うケー
スが多いが、前出のカーフテック社や、2001年に世界最大の豚肉の垂直的統合
企業スミスフィールド・フーズ社(Smithfield Foods, Inc.)が買収したパッ
カーランド社(Packerland Packing Company, Inc.)は、乳用種の専用処理プ
ラントを有している。
パッカーランド社の4ヵ所のプラント(1日当たりと畜頭数1,000〜2,500頭規
模)のうち、ウィスコンシン州とアリゾナ州の2ヵ所は乳用種主体、ミシガン
州およびペンシルバニア州の2ヵ所は肉専・乳去両用であり、特に、ウィスコ
ンシン州とミシガン州のプラントでは中西部の各地から、アリゾナ州のプラン
トは同州のほかカリフォルニア州やネバダ州から、それぞれ出荷された乳去勢
牛が処理されている。その乳去勢牛の入手方法は、スポット買いか、フィード
ロットとの販売契約によるとされる。
イ 消費
米国では、サーティファイド・アンガス・ビーフ(CAB)のような一部のい
わゆる銘柄牛肉を除き、品種名が牛肉の小売パックに表示される例は多くない。
このため、一般的に、「チョイス」、「セレクト」といった格付け表示も含め、
乳用去勢牛肉も他の品種との区別なく販売されている(乳去勢肥育牛肉は「チ
ョイス」級の格付けのものが多いとされる)。
近年、米国内のユーザーにおいては、乳去勢肥育牛肉は、肉専用種に比べる
と、枝肉や部分肉の歩留りでは劣るが、脂肪が少なく、肉質の斉一性にも優れ
ているとして、その評価も向上している。こうした中で、低脂肪という特徴に、
抗生物質や肥育ホルモンを使用しないグラス・フェッドのナチュラル・ビーフ
という付加価値をつけて乳去勢牛肉を生産・販売するニッチ・ブランドもウィ
スコンシン州などに存在する。
(1)子牛肉生産における動物福祉問題への対処
子牛を完全な舎飼いでの環境下に置き、生後20週齢程度でと畜する子牛肉生
産は、動物福祉団体による格好の攻撃先になりやすく、先にも触れたとおり、
州によっては、子牛の飼養管理方法に厳しい規制を導入しているところもある。
動物福祉団体の主張(カッコ内は子牛肉業界の反論)は、@ストールにつな
がれ、動きが制限されるため、子牛の足や関節に障害が生じる(つなぎ飼いは、
おす牛を扱う農家の安全確保につながり、また、最近のストールは十分な広さ
がある)、A肉色を白くするため、鉄分や繊維に乏しい人工乳を給与し、子牛
を貧血にさせている(子牛に繊維の消化・反すう能力はなく、また、個体管理
なので鉄分の管理は行き届いている)、B母牛から引き離すことで、子牛が不
安症になる(分娩後、母牛は人の消費用として生乳を生産する。子牛は他の個
体と一緒に飼われる)、というものである。
こうした中で、カリフォルニア州においては、これまでにストールの大きさ
などを規定する複数の州法が制定されてきたことから、現在では、乳去勢牛の
生産に特化し、同州内の子牛生産農家はわずか2ヵ所しかない。また、ニュー
ジャージー州においても、かねてから提案されてきた子牛の人道的な扱いを求
める州法が2002年に成立した。これは、子牛に14日齢から鉄分と繊維を給与す
ること、つなぎ飼いを止めること、子牛が360度回ることができるようなスト
ールの広さとすることが規定されており、この規制は、同州内における子牛肉
の消費にも間接的な影響を与えているとされている。
(2)子牛肉生産と乳去勢肥育の競合問題
子牛肉生産と乳去勢肥育は、同じ酪農家由来の乳おす子牛を用いるという点
で表裏一体の関係にあり、このことは、それぞれのと畜頭数の動向に明確に表
れている。そのと畜頭数の変動要因は、牛肉の価格水準であり、図5でも分か
るように、牛肉価格が低下傾向にあるときには、乳去勢牛と畜頭数が減少する
一方で、乳おす子牛と畜頭数が増加し、逆に、牛肉価格の上昇期には、乳去勢
牛と畜頭数が増加する一方で、乳おす子牛と畜頭数が減少するという傾向にあ
る。これらの動きは、フィードロットにおける乳去勢素牛の導入意欲が左右し
ている。
乳去勢肥育牛肉は、牛肉相場が下降局面にある際には、肉専用種以上に価格
低下による影響を受けやすいとされており、今後も、キャトルサイクルによっ
て牛肉価格が低下傾向に転じた場合には、フィードロットにおける乳去勢素牛
の導入意欲が減退する一方で、子牛肉生産に仕向けられる乳おす子牛頭数が増
加することも想定される。しかし、これはあくまでも一時的、短期的な動きで
あり、酪農家における子牛の分娩頭数自体が減少を続ける中、前述のような、
子牛肉需要の減退や子牛肉生産に対する動物福祉問題といった制約要因が存在
する限り、子牛肉生産(乳おす子牛のと畜頭数)の減少傾向に歯止めがかかる
可能性は少ないものと考えられる。
以上、米国において、酪農家由来の乳おす子牛がどのように活用されている
のかを概観してみた。特に、乳去勢牛肉の分野に関しては、時間的な制約など
もあって関係者からの話をほとんど聞くことができなかったのは残念であった
が、AVAの協力もあって、いわば乳去勢牛と表裏一体の関係にある子牛肉生産
の状況を、今回初めて深く知ることができた。むしろ、このような貴重な機会
を与えていただいたことに感謝したい。
米国では、子牛肉生産が縮小する一方で、乳去勢牛肉生産が拡大していると
いう状況にあるが、日本においては、子牛肉(ほ育子牛肉)生産というプロセ
スをこれまでも経験することなく、すでに、乳おす子牛のほとんどが乳去勢牛
肉生産に仕向けられているなど、日米の状況には大きな違いがある。しかし、
乳おす子牛の有効活用によって何らかの付加価値を与えようとする取り組みが
積極的に行われているという点に違いはない。
本報告が、今後の乳おす子牛の活用のあり方を考える上での一助にでもなれ
ば幸いです。
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