特別レポート

フランスの「味覚週間(La Semaine du Gout)」と
イギリスの「食の2週間(The British Food Fortnight)」
−欧州の食育活動の一例−

ブリュッセル事務所 山崎良人、関 将弘

1 はじめに

 近年、わが国においても食品に対する消費者の関心が高くなっており、単に値段や色、形だけでなく、生産の由来や、加工、流通方法にも関心を寄せるようになっている。このような意識の変化は、食品に対する「安全」、「安心」から、「食品」または「食」そのものについての理解を高め、真に優れたものを食することに取り組む運動へとつながっている。その一つとして、地元食材の利用機会の拡大や、地元の料理方法の再評価、学童による農産物生産活動の実施などがみられるようになってきた。

 一方、欧州においては、従来から、地理的表示(GI)制度により地域の食品に対する理解醸成などに取り組んできている。さらに国全体として、また、国内の大きな範囲で、食についての理解を高めるための取り組みが実施されている国や地域もある。

 今年は、去る10月11日から17日まで、フランス全土で「味覚週間(La Semaine du Gout)」が開催された。この「味覚週間」とは、8割以上のフランス国民に認知され、知名度が高いものとして、フランスの食育活動の最も重要なものの一つとなっている。

 また、イギリスのイングランドとウェールズでは、9月18日から10月3日まで、「食の2週間(The British Food Fortnight)」が開催された。この取り組みは、国民特に若者に対して食物についての意識を高めるために、フランスの味覚週間に倣い、2002年から開催されたものであり、今年が3回目となる。

 今回のレポートでは、両国において、食育活動の一環として全国的に行われている「味覚週間」と「食の2週間」の概要を紹介する。


2 フランスの「味覚週間(La Semaine du Gout)」

(1)「味覚週間」の歴史

 1990年10月15日、フランスの有名なグルメテレビ番組の進行役であるジャン・リュック・プティトゥルノー(Jean-Luc Petitrenaud)氏とフランス砂糖協同組合の発案により、パリの中心部トロカデロ広場で、「味覚の1日(La Journee du Gout)」が開催された。この年の催しの一つとして、350人の料理人がパリの小学生を対象に「味覚のレッスン」(後述(3)−ア参照)を行った。

 1992年の開催からは、「味覚の1日」から現在の「味覚週間」と名称が変更され、この年には、1,200人の料理人が、3万人の生徒を対象に「味覚のレッスン」を行った。また、500店以上のレストランが学生のために「味覚のアラカルト」(後述(3)−イ参照)を提供した。この時、フランスでの味覚週間の知名度はすでに59%となっていた。

 1997年の開催では、3千人の料理人、9万人の子供たちが「味覚週間」に参加した。また、この年に味覚週間のウェブサイトが作られた。この時のフランスでの知名度は81%に達していた。

 2002年には、5千カ所以上で味覚のレッスンが行われた。この年から、フランス砂糖協同組合に加え、食肉情報センター:CIV(Centre d’Information des Viandes)、農業コンクール(Concours General Agricole)、農業食品産業全国協会(ANIA:Association Nationale des Industries Agro-alimentaires)、料理番組などが協賛となった。

 さらに、2003年からは、フランス農業漁業省が後援している。

(2)「味覚週間」の目的

 味覚週間の目的として、以下の5つが挙げられている。

ア 消費者特に若者への食の教育と実習

 食品関係の仕事に従事している料理人や専門家が、「味覚のレッスン」を通じて、消費者特に若者に対して味の教育をすること。また、「味覚のアラカルト」を実施するためのレストランを選抜し、子供向けの特別メニューの提供を通じて、食の指導を行うこと

イ 消費者への味や風味の提供

 できる限り多くの消費者に、いろいろな形態で、味や風味を提供すること。評判の高いレストランが割引価格で食事を提供したり、病院や学校の食堂においても、味や風味の意識を高めるように努めること

ウ 質の高い食品の生産

 食材の選択から調理、一皿の料理が出来上がるまでの各段階において、質の高いものとなるよう働きかけること

エ 食品の起源、品質などの情報の提供

 一般消費者に対して、食品そのものや、食品の生産方法、食品の起源に関して、明白で教育効果のある情報を提供すること。これには市場(marche:マルシェ)での料理人による出張指導や、消費者による生産地の訪問なども含まれる。

オ バランスのとれた食事の促進

 バランスのとれた食事となるように、食に関する活動への参加を奨励すること。さまざまな食品の摂取が食べる楽しさと健康につながるものであることを理解するとともに、食事のバランスを保つためのノウハウを共有する。

(3)「味覚週間」での取り組み内容

ア 味覚のレッスン(Lecon de Gout)

 この取り組みは、食に情熱を持つ職人(料理人、肉屋、チーズ製造者、パン屋、農家など)が、子供たちに、甘味、酸味、苦味、塩味などの味覚や食品の味を覚え込ませるものである。また、職人たちが、子供たちに食べ物のおいしさを伝え、料理の仕方など、知識や料理の工夫についてのアイデアなどへの関心を高める機会を与えるものでもある。

 職人たちは、実際に小学校に出向き授業を行う。授業を行うに当たり、このレッスンの指導者となる職人には、指導用の教材、(子供用の)コック帽、グルメの免状(修了証)、料理する上でのさまざまなアイデアなど授業を行うための道具が提供される。

 また、ウェブサイトでも指導のための方法やヒントを提供している。

*ウェブサイトでの「味覚のレッスン」の指導の一例(小学校低学年向け)

イ 味覚のアラカルト(Gout a la Carte)

 料理専門家などの推薦によって選ばれたレストランが、学生や子供たちに普段飲食することができないような料理を割引価格で提供し、味の再発見をしてもらうものである。このレストランの中には、フランスの有名ガイドブックで最高評価を受けているところが多数含まれている。

 この取り組みに参加するレストランの数も、2002年に357軒、2003年は394軒、2004年は400軒以上と年々増加している。

ウ マルシェ

 欧州各地では、新鮮な地元の野菜や果物を提供するマルシェが各地で開かれている。マルシェとは、フランス語で「市場」を意味する。マルシェには、野菜や果物、花、パン、乾物のみならず、食肉、乳製品さらには鶏の丸焼きなどの調理済み食品も並ぶ。フランス主要都市のマルシェでは、「味覚週間」の期間、(1)試食の機会を増やすことや、(2)マルシェに料理人を特別に配置することにより、消費者がマルシェで購入した食材をもとに献立や調理法のアドバイスを受けられるようにするほか、(3)食材に関する追加情報の提供を行っている。

エ その他

 病院に入院している子供たちにも、味覚の意識を持たせるための活動が行われている。また、この味覚週間は、子供のみならず、家族、大人も参加できる取り組みなど多様な催しとなっている(例:マルシェ、農家などへの見学など)。

(4)2004年の「味覚週間」

 2004年の「味覚週間」の一部を紹介する。

ア 前夜祭

 10月11日から実施された「味覚週間」に先立つ同月9、10日、パリのトロカデロ広場で「味覚週間」の前夜祭が催された。

 この前夜祭では、主にスポンサーとなっている企業や団体が、集まった消費者を対象とした味覚のレッスンや子供向けのクイズなどを行った。この中には、日本のしょうゆメーカーも参加していた。

パリの有名女性シェフのカトリーヌ氏(中央)による味覚のレッスン

 10月10日には、「味覚週間」を後援しているフランス農業漁業省のエルベ・ゲマール大臣が会場を訪れ、「味覚週間」の開会を宣言するとともに、一般の来場者と一緒に味覚のレッスンや試食などに参加した。開会宣言の中で大臣は、「栄養士が食物を薬と同様に扱い、味覚が規格化されてきていることに注意を払わなければいけない」と、栄養を数値だけで考えている最近の学校給食などについて警鐘を鳴らした。また、フランスの農業は、各地域に根ざした味覚、風味の多彩な食品を生産することなどフランスの農業や食品の特徴を強調した。

開会宣言をするエルベ・ゲマール大臣

 大臣に続き、「味覚週間」の発起人であるジャン・リュック・プティトゥルノー氏があいさつをした。同氏は、「好奇心のない食道楽(グルメ)はいない」と述べた。これは、特に食べることが好きであるフランス人は、すべてこのような食に関するイベントに大いに感心を持っていることを強調したものと思われる。また、食の仕事に従事している専門家、職人や農家などこの活動に携わるすべての人が、味覚の話を伝えていくために1週間集結したことに敬意を表していた。

あいさつをするジャン・リュック・プティトゥルノー氏(左)、エルベ・ゲマール大臣(右)、「味覚週間」総裁(中)。

イ 味覚のレッスン

 ゲマール大臣は10月11日、パリ市内の小学校を訪れ、子供たちと共に味覚の授業に参加した。この授業で子供たちは、ズッキーニの花の試食や、サフランオイルの温度による味の違いを体験した(冷たい状態で味見をさせるとしかめっ面をした子供たちが、加熱しただけのものを食べておいしいと感じ喜んでいた)。

 この授業に参加した同大臣は、学校給食の栄養バランスの改善を教育省と協力して行うと述べた。また、「子供の味覚教育をし、食べることをきちんと学習させるためには、幼稚園から小学校まで両親や学校の先生の役割が不可欠である」と述べていた。

ウ マルシェ

 パリのマルシェの肉屋では、通常の値札のほかに、例えば生ハムの前に、「なぜ、生ハムには、薫製と塩辛い味があるのか?」と書いたカードを置くなど、消費者の関心を引いたり、商品の特徴を紹介したりするための情報提供に努めていた。消費者は、説明を聞きながら買い物をしていた。

 また、パリの別のマルシェでは、シェフが消費者の購入した食材をもとに献立や調理法のアドバイスを行うとともに、調理を実演し、一般の人に試食をさせていた。

 
パリのマルシェの肉屋にて
   

3 イギリスの「食の2週間(The British Food Fortnight)」

(1)「食の2週間」の背景

 イギリスでは、若者の間での食物に対する意識の欠如が大きな社会的問題の一つとなっている。これらの若者に、新鮮な農産物を食べることによる栄養摂取の恩恵および農産物の調理方法を教育しなければ、今後、消費者が、農業や生産者を支える理由を失ってしまう。また若者が、調理方法を知らない、バランスのとれた食事が分からないという理由で、新鮮な肉や野菜を購入しなければ、将来、出来合いの食事やファーストフードだけを購入する国民になってしまうと心配する声もある。

 このような中、イギリス各地では、食物に関する取り組みやイベントが多く行われていたが、近年国民全体が食に対する意識を共有できるようにするためのイベントが開催されていなかったことに気付き、フランスの「味覚週間」を参考にし、「食の2週間」が始められた。

(2)「食の2週間」の歴史

 「食の2週間」は2002年の秋に初めて開催された。500軒を超える店で地域の特産物を中心に販売促進を行うとともに、550軒のレストランがこの期間に特別のメニューを提供した。

 第2回目の開催となった2003年には、7千件以上の特別なイベント、試食などが開催された。また、教育雇用訓練省(DfES:Department of Education and Skills)に認められた若者向けの食に関する教育資料は、7千校を超える学校に配布された。

 2004年の「食の2週間」は、DfES、保健省(DH:Department of Hearth)、環境・食料・農村地域省(DEFRA:Department of Environment, Food, and Rural Affairs)の協力の下開催された。教育資料は、2万校を超える学校に配布された。この資料の中では、チャールズ皇太子がこのイベントを支持している旨の序文を掲載している。

(3)「食の2週間」の目的

 「食の2週間」の目的は、以下の通りである。

・消費者特に若者に、イギリスではとてもおいしいさまざまな飲食物が生産されており、これらを食べることが可能であることを気付かせること

・品質が高く、新鮮で、季節や地域に適した農産物が健康へ寄与することや、そのような農産物を食べることの喜びの意識を高めること

・教師に対し、この2週間の間に若者向けの特別なイベントを実施することを促し、学校での食の教育の機会を増加させること。年間を通して食の教育についての活動を実施し、児童・生徒の食についての興味や関心を引き出すこと

・生産者、小売業者、レストラン、パブ、土産物店が、消費者特に若者に対してその地域の飲食物を積極的に教育する役割を担うことを促進すること

(4)「食の2週間」での取り組み内容

 2004年の「食の2週間」のテーマは、「あの食べ物でもう一度感動しよう(Putting the Ooo! Back into food)」である。これは、以前食べて感動した食べ物を、もう一度味わうことによって、その感動を再現しようというものである。 

ア 教育分野での活動

 
  2004年の教育資料
   

  「食の2週間」の主催者は、各学校のイベントへの参加の促進およびイベントの実施手段として、食に関する教育資料をイングランドの学校2万6千校、ウェールズの学校2千校分作成し、配布した。

 この教育資料には、2週間分の具体的な取り組み内容が、小学校、中学校別に示されている。食に関する教育を毎日異なった科目(歴史、算数、美術など)に結び付けて行う具体的な方法を示している。

 また主催者は、学校での指導を支援する全国的なネットワークを形成しており、教育資料に連絡先と提供するサービス内容を記載している。

 例えば、

・レストラン協会のメンバーは、料理のレッスンをするキッチンを提供

・肉屋や食品小売業者の同業組合のメンバーは、試食や特別イベントの提供

・地域の市場では、新鮮で健康的な食品を食べることによる利点に関する討論会の実施

・ナショナル・トラスト(史跡・自然美を保護するための団体)は、家庭菜園、果樹園、農場の特別イベントを主催 など

 このほか多くの組織が、「食の2週間」期間中のサポートを約束している。

 この教育資料は、以下のアドレスから入手可能
 http://www.britishfoodfortnight.co.uk/pdfs/2004/schools-resource-pack-web-dist.pdf

 
  2004年の飲食店用手引書
   

イ 小売、飲食店の分野

 「食の2週間」の間、小売や飲食店の全国的な協会の協力により、1万5千以上の地域の食品販売店、パブ、レストランなどで質の良い、季節にあった地域の食品の在庫を増加し、地域的に独特で伝統的な食品や料理の販売および提供を行った。

 主な取り組み内容として、

・スーパーマーケットグループによる、各地域での食べ物の促進販売の実施

・1千のチェーン店を持つパブ、550のチェーン店を持つレストランによる、特別メニューの企画・提供

・食品販売同業組合のメンバーによる、試食や販売促進活動の計画・実施

 などがあった。

 また、「食の2週間」の主催者は、1万5千以上の地域の食品販売店、パブ、レストランなどのために手引書を作成し配布した。これは、地域の飲食物の販売量の増加や、新たな消費者の獲得を狙ったものである。この手引書は、DEFRAが実施するキャンペーンの支援を受けている。

  この手引書は、以下のアドレスから入手可能
 http://www.britishfoodfortnight.co.uk/pdfs/2004/advice-for-retailers-and-caterers-guide-web-dist.pdf

4 おわりに

 今回紹介したフランス、イギリス以外のEU加盟国においては、大規模に展開される食品見本市の中で食に関する知識普及の取り組みを見掛けることがあるものの、加盟国の中でも全国的に食育活動を展開している国はまだ多くないようである。また、EUレベルでも、一定の期間、同時に同じテーマで食に関する知識普及の取り組みを実施するには至っていない。今後更なる拡大とともに、統合を深めることを目指しているEUが食に関する知識普及の取り組みに、全体として取り組むことになるのか、また、その場合には、各国がどのように自国産の農産物、食品についての理解を得、かつ維持、発展させていくのか注目したい。

 また、EU全体としては、地理的に区別された地域で確かな特徴を持つ高品質の農産物について価値を評価し、また、農業生産の多様性を促進するため、原産地呼称保護(PDO)、地理的表示保護(PGI)を規則で定めている(本紙2004年8月号特別レポート参照)。今後EU全体として、この地理的表示に関する制度を通じて、地域農業の維持、発展にどのように取り組んでいくのか併せて注目したい。

(参考資料)

味覚週間ホームページ 
http://www.legout.com/

フランス農業漁業省ホームページ
食の2週間ホームページ
http://www.britishfoodfortnight.org/


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